狼姫<ROKI>
不屈


間桐雁夜。
祖先たる老いに老いた魔術師、マキリ・ゾォルケンの恐ろしさ故に魔術を忌み、生家を出奔した男。
しかし、初恋の人の娘の危機を知り、敢て闇の世界へと舞い戻った男。
毎日毎日、蟲によって蹂躙される苦痛の日々を乗り越え、魔術使いとなった彼は、狂気の英霊を召喚した。
だが、一人の騎士との出会いによって彼は新たな起点を迎える。
完全に人を捨てる代償に得たのは、大きな魔性の力と、ちっぽけな勇気だけ。

遠坂時臣。
由緒ある魔術師の家に生まれし五代目。
余裕を持って優雅たれ、という家訓を日ごろから体現し、自らの使命を全うしてきた男。
彼は優れた魔術師であり、そのことを何よりの誇りとしている。
だから、彼は解らない。どん底に生きる者が縋るモノを。
だが、今宵になって彼は知る。今まで凡愚と侮っていた男が秘めるたった一つを。

水と油。
相反する二人が、初めて肩を並べた。
共通する敵を打倒する為に。

『人間は本当に良い。俺様を退屈させないからな』

警察や軍隊の特殊部隊じみた衣装で全身を包み上げ、顔さえもガスマスクで覆い隠した人影。
その両手には大口径の回転式拳銃が一丁ずつ握られている。

魔弾の射手―――そう渾名される上級ホラーことレライハ。

彼は今や、自分の退屈を解消してくれる者達の気合を感じ取ったのか、どことなく上機嫌そうにさえ見える。

『そんじゃまあ、やろうか?お二人さん』

どこまでも傲岸不遜な態度で挑発を駆けてくる魔物。

「舐めんなよ、化け物!」
「我が遠坂家の秘術、とくと味わうがいい」

魔導筆と宝石の杖。
それぞれの礼装を手にし、雁夜と時臣が謳う。

Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)―――」

二小節の詠唱が紡がれると、紅玉が嵌められた杖から高温の赤い炎が噴き出し、蛇が這いまわる様な軌道を描いてレライハへと飛び向かう。

『へぇ、いい術式だ。……しかし―――』

自分に迫る脅威を冷静沈着に見定めた射手は、愛銃を構えてこう言った。

『火力が足らんな』

――パンパンッ!――

指が引き金を弾き、撃鉄がシリンダーに籠められたモノを銃口から吐き出させた。
両の銃から発砲された計2発の弾丸。
真っ黒な弾道を往きながら魔性の炎へと自ら飛び込み、そして―――

――シュンッ!バッ!――

「ぐぅ―――!?」

片方の弾丸が炎と相殺し、片方の弾丸が時臣の体に命中し貫通した。
いや、それだけならまだ良かったかもしれない。

なぜなら、

――バッ……!――

「な―――ッ!?」

雁夜にもまた、銃弾が命中したのだから。
それは時臣に命中した一発が、彼の身体から突き抜けた直後、様々な法則を無視した動きで軌道を捻じ曲げ、雁夜の背中を取っていた。

『この俺様がただの鉛を吐き出すかよ』

自慢するかのように、それが当たり前であるかのように、レライハは嘲笑じみた声で述べた。

『これこそ俺様の二つ名の由来だよ』

そう。魔弾の射手と呼ばれているレライハ。
手にした銃から発する弾丸の軌道を自由に操り、強引な百発百中を実現する摩訶不思議な能力。

「くっそ……結構イテぇな……」

傷口を手でふさぎ、血を押しこめる雁夜。

「だけど……あいつに弄られるのと比べりゃ……まだマシか」

それでも退きはしない。
魔術回路や魔術刻印の強引な移植、それにはこの上ない激痛を伴った。
身体を突き抜ける熱を伴った痛みはキツいが、やはり、雷火から賜わされたモノと比べれば見劣りする。
更にいうと、精神的に弄られない分だけ、こっちの方がまだシリアス感があって良いとさえ思えてくる。

痛みにつぐ痛みを経験していると、慣れというものが生じてくる。
それが人間の融通が利く処であり、恐ろしいところでもあると、雁夜はシミジミ思っていた。

「おい、時臣。まだやれるよな?」
「当然だ」

問いを投げると、時臣は自らに治癒魔術を施しながら答えた。
上等だ、と雁夜はさらに返した。

『ククク……やっぱいいな。その辺の三流どもよりは、愉しめそうだ』

レライハは二人の様子を見て笑みをこぼす。
明確な愉悦の色を示す声を出しながら。





*****

下らん雑務だ(スガマユダクヌガ)

自らの手で徹底的に斬り崩したビルの残骸を見下ろしながら、フォーカスは魔界語で呟いた。
彼ら魔戒騎士とではなく、あのような傲慢極まる魔術師の相手をしなければならない役割がいたく不満らしい。

「貴様……あの時のホラーか!?」

溜息を吐いていると、標的がヒステリック気味な声を出している。
表情も激昂じみたものになりつつある。

『……まあ(ナラ)……これも仕事だ(ソメノチゾコガ)

諦めるように、退屈に満ちた声を吐き出す。
間違っても相手がこれ以上、鬱陶しい金切り声を出さぬよう、敢て魔界語で呟きながら。

「け、ケイネス……!」
「安心したまえ、ソラウ。君を逃がせるだけの時間は稼いで見せる」

目の前に迫った恐怖に震えるソラウをケイネスが庇うようにしてフォーカスの前に立つ。
やはりそこは惚れた者ゆえの矜持があるのだろう。ここにきて漸くケイネスは自らの力量を発揮する時が来たのだ。

Scalp()―――!」

その一言と同時に、「月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)」の形が崩れた直後、水銀は鋭い刃へと変わり、魔物めがけて飛び交う。
その気になれば城門さえも一瞬で切り刻むことのできるこの攻撃こそが、ケイネスが最も得意とするものだ。
純粋な意味での魔術師対魔術師の闘いなら、間違いなくケイネスはトップクラスの実力者だ。

しかし、目の前にいるのは魔術師ではない。
そもそも人間ですらない。

『朧月斬』

だらりとぶら下がった両腕の籠手から生えた魔双刃。
それはフォーカスが両腕を上げたと同時に凶器へと戻った。
そして、

――プシュゥゥ…………――

魔性の刃と水銀の刃が衝突した瞬間、水銀の刃は煙のように消えてしまった。

「な……に……」
『他愛もないモノだ』
「貴様……何をした!?」
『簡単だ。お前の武器を気化させたのだ』

当たり前のように、フォーカスが言って見せた。

「気化、だと?魔力の通った水銀を気化させるだと!?」
『今の朧月斬は、刀身に魔力を込めることで”変化”を引き起こし、強力無比な炎熱を生む物に変わったのだ』

魔術の中でも最もオーソドックスでスタンダードなものは『強化』である。
そして、その強化から派生する魔術こそが『変化』―――文字通り、対象となるモノの性質を変化させる魔術だ。
以前、フォーカスは魔術回路を秘めたシリアルキラーこと雨生龍之介を喰っている。
無論、彼の躰と魂を喰ったという事は魔術回路を得たことに等しい。

驚くべきことに、このフォーカスは他人から得てまだ一ヶ月と経っていない魔術回路を使って変化の魔術を行使して見せたのだ。
しかも、ケイネスの最高傑作さえも無力化させる程の練度にまで至っている。

「バカな……貴様如きが、魔術の薫陶を……」
『否定したいならするがいい。オレには関係のないことだからな』

カシャ、カシャ、という足音を立ててフォーカスが近づく。
このままではケイネスもソラウも間違いなく斬り殺される。

そう、このまま、だったら―――

――ガギンッ!――

「お怪我はありませぬか!ケイネス殿!ソラウ殿!」
「「ランサー!」」

俊足の槍兵が現れ、二本の槍で魔剣を弾いて見せた。
ランサーは急いで主たちの盾の如く立ちふさがり、翼を広げるような構えを取る。

『遅かったな、最速の英霊』
「フォーカス。なぜこのような無粋な真似をした?」

無粋な真似、とランサーはゐの一番に言った。
その表情は実に険しかった。騎士の誇りに泥を投げつけられたかのように。

『オレとてこのような事、暗君からの命でなければ、考え付きさえしない』
「暗君?……お前にも主君がいるのか?」
『不愉快至極極まりない話だがな』

孤高の剣士であるフォーカスに主人がいた、というのは少しばかり驚くに値する情報だ。
しかし、フォーカス自身はその主の事を酷く嫌っているらしい。

『だが、こうしてお前ほどの騎士と今一度戦えるのであらば、従うのも吝かではない』
「そうか。……ならば、此処でお前との決着を果たそう!」
『よかろう。となると、オレも出し惜しみは無しだ』

そういうと、フォーカスは籠手から現出している魔双刃を消失させた。
星屑のように散っていく魔力の刀身を前に、ランサーの表情が曇る。

「今度はなんのつもりだ?」
『オレの真の剣を抜く』

強い意志とプライドに満ちた声が確かに響く。
フォーカスは自分の背中についているボロついたマントの端を摘んで正面に持ってくると、もう片方の手をマントに突っ込んだ。
マントはまるで異次元へのゲートの如く、持ち主の腕を飲み込んでいく。その異常な光景には流石のディルムッドは勿論、ケイネスとソラウも目を見張った。

そして、遂にソレが姿を現した。

光り輝く月下にて、一振りの名剣が掲げられる。
一見すると片刃の長剣だが、刀身の柄近くには円形の結晶が埋め込まれており、その部位だけ刀身が丸く湾曲している。
あたかも月の満ち欠けを示すかのように円形の結晶は剣の動きと共に光と影を生んでいる。

『月光剣』

フォーカスはただの一言で、これまで隠してきた秘蔵の名剣の名を呼んだ。
そうしてディルムッド・オディナは初めて悟った。
目の前にいる男が魔物であろうと、彼の中には真の剣士としての揺るぎ無い矜持がある。
この場で姿を見せた剣の煌めきが全てを静かに語っていた。

「俺も、まだまだ未熟だな」
『気にすることはない。あとは剣戟にて全てを伝え合う。武人の一刀は、百の言葉に匹敵する』
「確かにな」

ディルムッドは今でこそランサーであり、二本の槍を携える身だが、本来の彼は魔槍だけでなく二振りの魔剣使いとしても名を馳せていた生粋の武人だ。
故に剣士としての心構えも十二分に理解できる。即ち、フォーカスが如何に誇り高い騎士かを分かることもできた。

「―――フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ―――推して参る!」
『フッ、孤高のホラー剣士ことフォーカスが受けて立つ……!』

そして、

「『いざッ―――!』」

二槍と一刀が、火花を散らしてぶつかりあった。





*****

――斬ッ!斬ッ!――
――ズギュンズギュン!!――
――ザシュザシュ!!――

その頃、未遠川では魔戒騎士たちとサーヴァントたちによるホラー掃滅戦が行われていた。
輪廻は魔戒剣で素体ホラーたちを一刀両断し、デュークは魔戒銃で上空のホラーたちを撃ち貫き、雷火は硬く鋭い爪を伸ばしてホラーたちを串刺して滴る黒い血を啜っている。
セイバーも魔力放出でブーストされた腕力で敵を粉砕し、ライダーは戦車を引く牡牛らの蹄と稲妻で魔獣を潰し、キャスターは次々と大量の刀剣を投影して射出し、バーサーカーは投影された剣の一本を借り受けて連中を切り刻む。

百戦錬磨の猛者でも滅多に見ることの叶わぬドリームマッチがそこで展開されていた。
しかし、倒せども倒せども、ホラーたちは河の水面をゲートにして際限なく出現してくる所為で、キリというものがなかった。
このままではただ単に体力と魔力を消耗するだけだ。

「くッ、斬っても斬っても……!」

輪廻は魔戒剣を振りかざしながら、目減りする様子のないホラーたちを激しく睨んだ。
自慢の長い黒髪も、風邪で棚引いているはずだというのに、なぜかその怒気で動いているようにさえ見える。

「落ち着けマスター。ただでさえ君は消耗している。下手にリキを入れるな」
「そりゃそうだけど、やっぱしこの鬱陶しさにはイラっとくるのよ」

宥める従者に主人は納得したいという思いはあれど、この鬱積した状況に腹を立てていたのも事実だった。

『やはり、この邪気を垂れ流した大本を絶たねばならんようだな』
「つーことは、あのレライハっていうのを叩かなきゃならないようね」
「それについてはご安心を」

ヴァルンと輪廻の言葉に雷火が続いた。

「姉さん、どうして?」
「今そのホラーは雁夜さんと戦っていますから」
「―――はい?」

今の間桐雁夜は聖雷火の使い魔だ。
その使い魔・カリヤの動きを、主人たる雷火が解らない筈が無い。

「大丈夫なのソレ?」
「ですからご安心を。時臣氏と一時だけの共闘をしているらしいので」
「そう」

これ以上は無駄な言葉だと、輪廻は悟った。
姉の口調からどことなくだが察せられた。
自慢の姉がどれだけ、雁夜という男に期待をかけているかを。





*****

「蟲どもよ、魔獣を喰い尽くせぇ!」

雁夜が号令を下すとともに、カマキリのような姿をした凶悪極まる翅刃虫らは一斉にレライハ目がけて飛んでいく。
その気になれば豚の頭骨や牛の首さえも噛み切って見せる強靭な顎と鎌がギリギリと音を立てていく。

『ヘッ、やなこった。喰うのは俺様らの専売特許なんだよ』

――パンパンパンパンッ!――

反撃、いや、迎撃の銃声が四回。
鉄ではない魔の銃弾が、自らの意思を持ったかのように曲がりくねり、次々と蟲たちにその身を当てていき、四散させていく。
だが、蟲の最大の武器は数の多さにある。撃っても撃っても、一向に数が減る気配がしない。寧ろ増えていくようにさえ見える。
生態系において虫というのは下級に位置する。だが、下級に位置するという事はそれだけ多いということでもある。

人間だった頃の雁夜なら魔術の行使だけで寿命を削っただろうが、今の彼は使い魔だ。
魔力を供給してくれる雷火が許す限り、彼は無負担で術を発動できる。
下手に彼女への負担を課すのは心苦しいが、今は意地と執念を燃やすべき大一番。
絶対に負けるわけにはいかず、絶対に殺されるわけにもいかず、そして決して死なせるわけにはいかない。

「フプシオルヅ!」

魔導筆に魔導力を籠め、呪文と共に術が発動する。
穂先からは瞬く間に猛烈な強風を伴った雪が生成され、レライハに襲い掛かる。
まるで南極のブリザードの如きそれは、瞬間的に魔獣の身へと届き、まず最初に足を、次に胴体を氷漬けにしていく。

『あめぇ!』

――バギンッ!――

だが、レライハは賤しくも上級ホラーの一角。
覚えたての法術風情などに屈するタマではない。

「だったら―――シパヌスベピ!」

今度は氷と水で象られた二匹の蛇が現れ、レライハに向かって行く。
ただし、

『無駄な事を』

――パンパンッ!――
――バクバクッ!――

レライハの魔弾を噛み砕き、飲み込みながら。

『なにっ?』

――パリンッ――

そして、小気味よい音を立てながら、氷水の蛇らは砕け散った。

『―――まさか、俺様の魔弾を、避けるのではなく、喰ってしまうとはな』

驚いたのはレライハだけではない、時臣もだ。
彼の雁夜に対する評価は、それなりの才能が有りながら魔術師の家督を拒んだ愚者。
そして、今さらながらに魔術の薫陶を受けようとし、あまつさえ使い魔に成り果てた干物レベルの男だった。
しかし、今この時をもって、それを撤回せざるを得なくなった。

(確か……間桐の属性は水……いや、吸収だったか)

その特性を上手く活用すれば、如何にホラーの攻撃と言えど、自らの魔術諸共に溶かしてしまえる。
その隠れた手腕に時臣は無自覚的にも称賛を禁じ得なかった。
ただし、この尋常ならざる芸当は全て、雷火から受け取った魔術回路と魔術刻印によるところが大きいのだが。

「凡骨には凡骨なりの意地ってヤツがあるんだよ……!」
『結構。気に入ったぜ』

根性に満ちた雁夜に対し、レライハは実に愉しそうな声で応えた。
その直後、

『そんじゃあ、今度はそっちの貴族モドキにも頑張ってもらいますか』

――チャキ――

「―――望むところだ」

戦いは佳境へと入って行った。





*****

「ハアアアアアアアアッッ!!」

――ガギッ!――

『フッ、良い槍捌きだ。中々に冴えている』

ディルムッドの二槍を一刀にて見事に受け流しつつ、フォーカスは静かに称賛した。

「―――フォーカス。何度か打ち合って、何処となくわかったことがある」
『ほう。何をだ?』
「その秘剣についてだ」

ディルムッドが月光剣に関する話題をふると、途端にフォーカスの雰囲気が変わり、沈黙した。

「最初に戦った時には確信が持てなかった。しかし、今こうして果たし合って確信が持てた」
『……流石はフィオナ騎士団随一の騎士”輝く貌”というわけか』

まさか幾度か打ち合っただけでバレるとは。
フォーカスは目の前の武人の有能ぶりに脱帽せん思いだった。

『お察しの通り―――この月光剣はソウルメタルだよ(・・・・・・・・・・・・・・)

ソウルメタル。
それは下級ホラーが触れれば、それだけで浄化の憂き目にあう物。
ホラーたちにとって例外なく忌避と恐怖の対象とすべき物質。
その金属で出来上がった武具を当たり前のように愛剣とするワケ、それは一つしか思い浮かばなかった。

「やはり、貴公は……」
『無駄話は此処までだ。続きを楽しむとしよう。もっとも―――』

フォーカスは一旦後方へと跳躍して距離をとり、再び剣を深く構えてこう言い放つ。

『次が締めであろうがな』
「フン、望むところだ」





*****

未遠川。
そこでは依然としてサーヴァント&魔戒騎士VSホラー群の闘いが続いていた。

「そろそろマンネリ化しそうで怖いですね」
「さりげにメタな発言は止めてください……」

姉が零した一言に妹が呆れるように反応した。

「でも、確かにこれ以上はもたせられない。さっさと決めるとしよう」

口調を男臭いものに変え、輪廻の双眸が鋭く細まった。
魔戒剣を体の真正面にて構え、両手で柄をしっかりと握りながら、ある言の葉を紡いだ。

風よ(サデヲ)竜の蜷局を巻け(ミョルオコズモヨナセ)

その瞬間、呪文の詠唱に呼応して、術者たる輪廻の周辺には強風が吹き荒れる。
さらに輪廻は魔戒剣の切っ先を天に掲げて円を結び、門から鎧を召喚し紅蓮騎士ロキとなった。

そして、発動するのは金色の魔導火を断罪剣に纏わせた烈火炎装。
刻々と強くなる風に伴い、魔導火もまた大きく煽られつつも勢いを増していく。

――ビュゥゥゥゥゥ……!――
――ボオォォォォォ……!――

「燃え尽きろ、ホラー共!」

――斬ッ!――

次の瞬間、ロキは自らの剣を幾度となく振るった。
縦に、横に、斜めに。
振るわれるたびに魔導火の刃が飛ばされ、次々と素体ホラー達を塵に還していく。
しかも、小型の竜巻が起こる中で振るわれた烈火炎装の斬撃は、一撃一撃が複雑に絡み合い、たったの一斬で複数体の魔物を一掃している。

そうして、鎧の装着時間の99.9秒を迎えるまで、ロキは剣を振り続け、炎撃を放ち続けた。
そして鎧が解除され、ロキが輪廻に戻った時には、空を覆い尽くす黒い翼を広げるホラーたちは一掃され、川を埋め尽くすホラーたちは血の一滴も残さず、地に蠢くホラーたちは跡形もなく消えていた。

「ふぅ…………ざっとこんなものか」
『まったく、最後の最後で美味しいところをかっさらうとは……流石ワタシのマスターだよ』

ヴァルンが静かに口を動かし、己が主人を讃えた。



――ヴァサァ…………ッ!!――



「「「「「「「――――――――――!?」」」」」」」

が、そう易々と幕は下りなかった。

『『『『『ギィィィィィィィ!!』』』』』

素体ホラーどもの軍団は、川の水面をゲートにして再び大挙して押し寄せてきたのだ。
幾ら未だに邪気が残っているからと言って、流石に―――

「流石にさ……好い加減になさいよあんたらァァァ!!」

どれだけ無謀で理不尽とは解りつつも、虚空に向けて叫ばずにはいられなかった輪廻であった。





*****

その頃、邪気の源であるレライハは―――

Intensive Einasherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)―――ッ!」

時臣が唱えた詠唱と、振るわれた杖と共に、再び火炎がレライハに繰り出された。
先程以上に魔力を注ぎ込んでの発動ゆえ、威力は段違いのものとなっている。

火炎は真っ直ぐにレライハ目がけて突き進む。

『イノシシじゃあるまいし……』

呆れたように迎撃の構えを取るレライハ。
しかし、

――バッ――

『んッ』

火炎は突如として拡散し、レライハの視界を奪う膜となった。
つまりこれは、攻撃の為ではなく、

「ビョルザオシパヲっっ!!」

味方の攻撃を通させるための―――


――ガギィ……!――


『―――――!?』

その瞬間、レライハは初めて自分の身に大きな衝撃が与えられたことを認識した。
下を見てみると、巨大な氷柱のようなものが、腹に突き刺さり、背中へと貫通しているではないか。

『…………ほう』

驚きこそすれ、時間が経つとレライハは興味深そうにそれを眺めた。
すると、視線はいつの間にか氷柱から目の前にいる二人に向けられている。

『ホント、面白い奴らだよ、お前ら』

僅かながらに称賛の声を漏らす射手。
すぐさま胴体に突き刺さった氷柱を握ると、戸惑うことなく一気に引き抜き、その辺へと投げ捨てた。
見事な風穴の空いた身体。でも、何ら問題とするところではない。

所詮、本当の躰ではないのだから、幾らでも直せる。

「な、なに……っ?」

雁夜が驚く。

「まさか……」

時臣も驚く。

当然だ。それなりに高度な攻撃を喰らわせてやったというのに、レライハの土手っ腹に空いた大穴は瞬く間に塞がって行った。
それこそ、深い穴を土砂で埋めるかのように。

『俺様に此処までのダメージを負わせるとは……確かに、これだから人間は侮れない。いや、既に侮った後では遅いか』

当のレライハは独り言を呟くように何かを言っている。
尤も、聞くものなどいないため、あくまで彼の独り言にすぎないのだから。

『となると―――次に試すべきは根性だな』

どことなくだが、実に愉しそうに、愉快そうに、レライハは両手の愛銃を構えてこう言い切って見せた。

『踏ん張ってくれよ、あっさり死なれちゃ困る』





*****

ディルムッド対フォーカス。

――ガギンッ、ガギンッ、ガギンッ!――

打ち合う刃と刃。
弾ける火花と火花。
一振りの月光剣に対するは破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

その剣戟は熾烈を極めに極め、もはや凄惨どころか芸術の域に達していた。
まさに粋な舞としか思えなかった。

しかし、これを良しとするものと悪しとするものがいた。
言うまでもないが、ソラウとケイネスである。

この戦いを眺めていた二人の反応は実に両極端だ。
ディルムッドの冴え技に恍惚とした表情で見守るソラウと、何時まで経っても決着のつかない決闘に苛立つケイネス。
愛の黒子の影響でディルムッドに恋慕するソラウはともかく、純然たる魔術師のケイネスはこの非効率的な光景に舌打ちをした。

(何故だ、何故勝てぬ?以前の闘いでは奴にあれほどの手傷を負わせたというのに……!)

あの時とこの時とでは、思いのほか状況が違う。
以前の勝負ではフォーカスは本気ではなく、ランサーの実力を図る為だった。
しかも今回は秘蔵の剣まで持ち出している。

武を極めた者しか解らない領域の話だからこそ、ケイネスは眼前の闘いが全て無駄に見えてしまっていた。

(こうなれば―――!)

次の瞬間、ケイネスは右手の手袋を外して、唇を動かし喉を震わせた。

「ランサー、令呪にて命じよう(・・・・・・・・)己が限界を超えた速度と膂力にて魔物を突き殺せ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

そうして、二画目の令呪がまたしても、無粋な命令によって目減りした。
結果、

――グサッ!――

『―――――ッッ』
「な――――!?」

二本の魔槍は容赦なく、フォーカスの身体を貫いていた。
それを放ったランサー自身ですら驚いてしまう程の超速で。

「な……ぜ……ッ、主よ、何故ですか!?」
「黙っていろ、ランサー。私はお前を勝たせる為に、わざわざ令呪まで削いでやったのだぞ」

ディルムッドの目的は一重に主君への忠道、騎士としての本懐だ。
故に主の言葉には余ほどのことがない限り従ってきたが、セイバーとの戦いの時といい、一対一の尋常な勝負を穢されることについては大きな抵抗があった。
だからこそ、叫ばずにはいられなかった。
ただし、忠を尽くすべき者には、その高潔さを理解する精神はなかった。

『…………バカめ』

と、そこへフォーカスが小さく呟いた。
気付くと、その言葉と共に彼の手が己を突き刺す二本の槍を器用に掴んでいる。
魔物特有の怪力ゆえか、槍を握る力がかなり強く英霊といえどちょっとやそっとじゃ抜くことが出来ない。

そして、

――斬ッ――

次の瞬間、月光剣の刃が朱に染まった。
撫で斬りにされ、体に斜め一文字に切り裂かれ―――ディルムッドの胴体からは止めどもなく鮮血が溢れだした。

『―――このような決着、つけたくはなかった。実に後味が悪いぞ』

フォーカスは二つの魔槍を身体から引き抜いた。
いとも容易く。当然だ、何故なら―――

「あ……る……じ」

既にディルムッドは死に体も同然なのだから。
いや、そもそも地に倒れ伏した者に、二本もの槍が掴める筈がない。
そしてまた、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の呪縛もまた、意味を為さないだろう。

月光剣の刀身は、ディルムッドの身を深く深く、霊核(しんぞう)を切り裂くに至るまで達していたのだから。
もはや、治癒魔術すら実を結ぶまい。

「ディルムッド……ディルムッドぉっ……!」

想い人の死に至る姿を見て、ソラウが恐慌状態に陥ったかのごとく、只管にディルムッドのことをヒステリックな声で叫び続ける。

「―――――」

ケイネスにいたっては絶句している。
眼前にて、自分の聖杯戦争が終わる瞬間を目に焼き付けさせられたのだから。
しかも、それが自分と同じ魔術師の采配によるものではなく、唾棄すべき魔物の凶刃ゆえとなれば尚更だ。

『ゲスが』

そして、

――ボォゥ――
――バッ……!――

紺色に鈍く光る魔性の火炎が、凶つ刃となってケイネスに襲い掛かり、そして喰らった。

「―――が―――ッ」

直撃、ではなかった。
寸での所で月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)が盾となったが、それさえも意味を為さなかった。
まるで高熱に解ける金属のように、水銀である筈のそれは簡単に消し飛ばされ、消滅した。
火炎の勢いはある程度は弱まったが、命中してしまえばそれまでだ。

何故なら、

――ボオオオオオオオオオ……!――

魔導火と同じ性質を持った魔炎は、その手の修行をしていない者を容赦なく灰燼に帰すのだから。

結果として、魔術師ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、まったくもって許容できない死を迎えた。
肉は焼き尽くされ、骨も崩れ去り、後に遺されたモノは、ただただ積りに積もった灰ばかり。

フォーカスは黒い血が噴き出る腹を抑えながら、倒れているランサーに語りかけた。

『ディルムッド。恨むがいい。悪く思うがいい。だが、これが運命(フェイト)だ』

フォーカスの傷は回復していく。あの呪いを受ければ、塞がるはずのない傷が。

『だが、アレに喰われる前に一つ、敗因を教えておく』

孤高のホラー剣士は語る。
今まさに消え去ろうとしている槍兵に向けて。

『簡潔に言うぞ。お前らは、解り合えなかった。分かり合おうとさえしなかった。―――それだけのことだ』

ただそれだけのこと。

「……俺……は……なぜ……」

蚊蜻蛉のように小さな声。
そんな声にさえ、彼は律儀に答えて見せた。

『なぜ、か。お前は紛れもなく正道の騎士だ。武人の中の武人だ。故にこそ、こうなった。解るかランサー?騎士道と忠義は別物だ。両立するのは至極難しく、そのためには主が聖君でなければならん。だがな、そこの灰は典型的な魔術師だ。そんな期待はするだけ無謀だ。だからな、サーヴァント』



”お前の忠誠、お前の忠義、お前の忠節は、騎士を捨てることでしか遂げられなかった”



「あ……あ―――あ」

そのどうしようもない答えに、輝く貌が曇った。
何故気付けなかったのか。何故気付こうとしなかったのか。

「だが、それでも―――」

しかし、彼の意思は変わらない。
それだけが、彼に残された唯一なのだから。

『……そこまで言うのなら、最早小言は漏らさん。消え去るがいい、悲恋の騎士(サー・ディルムッド)

こうして、サーヴァント・ランサーは―――ディルムッド・オディナは現世から消滅した。
形は歪なれど、一対一の決闘に敗れ、無粋ながらもその命を散らして。

『――――――――――』

そして、魔物は立ち去って行った。
意気消沈とした女には目もくれず、己が役目を果たした者の背中を、その薄汚れたマントで隠しながら。





*****

その頃、未遠川河口。
上空には無量大数のホラーどもが跋扈しており、最早魔戒騎士や英霊たちを以てしても狩り切れずにいた。
というより、この状況で未だに市井の人間が被害に遭っていないことが既に幸運だった。

だが、そこへ更なる幸運が、皮肉なことに訪れていた。

「―――――あ」

セイバーが、ほんの僅かに声を漏らした。
ふと、自らの左手を眼前に据えると、五本の指全てを、確認作業をするように閉じたり開いたりしている。
それはつまり、

「…………ランサー」

好敵手の消滅を意味していた。
だが、これはまたとない好機でもあった。

「輪廻」
「え、なに?」

偶々近くにいた輪廻に話しかけるセイバー。

「みなに川から離れるよう伝えてほしい。……頼めるか?」
「……やれるのね?あいつらを」
「あぁ」
「そう。それなら任せるわよ、騎士王。―――ヴァルン」
『うむ。姉君たちに繋げよう』

魔導輪は同胞を介し、騎士たちとその近くにいる英霊に伝えた。
この戦況を覆す必勝の剣の復活を。

その後の行動は実に早かった。
全員が巻き添えを喰わぬよう、川岸へと身を引き、セイバーは河の中央へと跳躍し佇んだ。
湖の乙女より得た加護により、水面を地面のようにして立つその姿は、彼女の美貌と合わさりまるで妖精のそれを彷彿とさせる。
そして、遂に露わとなる宝剣。十重二十重に張り巡らせ、光をも屈折させる程の風の鞘は、漸く封を切った。

青い柄、黄色い鍔、そして何より、神造兵器であることを如実に示す妖精文字が刻印された黄金の刀身。
あれこそアーサー王伝説における最強の聖剣。

輝ける彼の剣こそは、過去・現在・未来を通じ、戦場で散っていく全ての兵たちが、今際のきわに懐く哀しくも尊き理想(ユメ)―――『栄光』と言う名の祈りの結晶。
その意志を誇りと掲げ、その信義を貫けと糾し、いま常勝の王は高らかに、手に執る奇跡の真名を謳う。
其は―――



約束された(エクス)―――勝利の剣(カリバー)ッ!!」







*****

そして一方、魔弾の射手と、それに立ち向かう二人の漢は。

――パンパンパンパンパンパンッ!――

乾いた銃声が鳴り響く。
銃口から火花が噴くより先に放たれた魔弾が、目で追い切れない速度と複雑な軌道を描き、雁夜と時臣に襲い掛かる。
発射されたのは全部で六発。そのうちの三発が雁夜、もう三発が時臣に向かって行く。

「ぎ……ッ」
「ぐ……ッ」

今度は防ぎきれず、一発目と二発目は腕と脚に命中し、三発目はやや遅れて肩を貫いた。
当然、二人の足は崩れて立つのもままならず、腕に力は入らず筆と杖を落としてしまう。

『おいおい、さっきまでのガッツはどこへいったんだ?もちっと、俺様を愉しませろ』

あからさまに二人を見下す態度をとるレライハ。
当然だ。今は彼が圧倒的優位にあるのだから。

「―――せぇ……」
『あ?なんつった?』
「うるせぇって、言ったんだよ!」

その瞬間、傷口から血が噴き出るのも顧みることなく、間桐雁夜は立ち上がった。
その手には何も持っていない。折角の魔導筆を拾おうともせず、ただ自らの拳の身を握りしめている。
そう。初めから武器など要らなかった。必要なのはただ一つ。

「テメェなんか、殴り飛ばすだけで充分だァッ!!」
『へ、上等!』

――パンパンパンパンパンパンッ!――

駆け出し拳を振り上げる雁夜。
迎撃として魔弾を発砲するレライハ。
全弾は小癪な複雑軌道を描かず、真っ直ぐに進んでいき、雁夜の躰に風穴を空けていった。
だが、

「オおおおおおアあああああッっ!!」

まるで野獣のような絶叫を上げながら、雁夜は突っ走ってくる。
あれだけの銃弾を喰らえば、とうに痛みで気絶しているはずなのに。
あれだけの血を失えば、動く機能も働かないのに。

理由は明快。彼はもう人間ではなく、使い魔だから。
しかし、それだけではない。
丸一年もの間、蟲蔵での拷問じみた修練、さらに魔術回路と魔術刻印の移植、そして、今まで自分を支えてきた執念。
それら全てが今、この時になって集束していた。

『―――っ』
「ガアアアアアアアアアアっっ!!」

そして、

――バゴッ……!!――

たった一人のちっぽけな拳が、魔物を殴り飛ばした。
後方へと仰向けに倒れる魔弾の射手は、動く気配を見せず、静かに身体を停止させている。
一方で雁夜は、両膝をついて荒息をついている。
時臣に至っては、雁夜の創造の埒外と言える行動に目を見開いていた。

すると、

『は―――はは……ハハハ』

レライハが倒れながら笑った。

『面白い。本当に人間は面白い。ああ、こういうのも悪くねぇよなぁ』

どこか満足げな声音で本心を語る魔物の姿からは、なぜか邪気を感じなかった。

『おい、亡者モドキ』
「カリヤだ。間桐雁夜」
『じゃあカリヤ。俺様の力をお前さんにくれてやる』

唐突に、レライハが途轍もないことを言ってきた。

『何故ってツラだな。まあ当然の事だろう。だがよ、俺様は面白いこと、愉しいことが大好きだ。その為ならどんな無茶だってする。殺し合いだって、使われるのだってな』

レライハの躰が、人型の躰が黒い霧のように解けていく。
まるで役目でも終えたかのように。

『この体は所詮俺様の魔力と邪気の結晶。俺様が俺様を使うための人形だ。でもよ、折角だから―――使われて戦うのも、悪くねぇ気がする。ましてやそれがこういう阿呆とくりゃ尚更だ』

それは嘘偽りない本心。
武器の陰我ゆえ、二丁拳銃という歪な姿で生まれたホラー。
その願いは、ただひとえに使い手が現れること。

その為の挑戦、その為の嗜虐。
そして、相応しい者はやっと見つかった。

「…………」

レライハの言葉に嘘偽りがないことを悟ると、雁夜は片足を引き摺りながらレライハのもとへよった。

「俺でいいのか?」
『何度も言わせんな、ボンクラ』

そしてレライハは―――



”俺様は、泥臭いのが好きなんだよ”



そう言い残し、本体とも言える二丁拳銃を残して消えていった。
雁夜はその託された物を手に取ると、そっと懐の中へと仕舞い入れた。。

それは紛れもなく、誰からでも与えれた物では決してない。
間桐雁夜が自分の力で獲得した、自分だけの力であり、成果だった。




次回予告

ヴァルン
『救済を求める愚か者と答えを求める馬鹿者。
 この二つが和合することはない。だが、交り合うことはある。
 次回”回答”―――それは、殺し合い』



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