資材を盗んだ犯人がナイトオブラウンズ専属の技術者である事が分かった事により、
資材泥棒の件は一先ず解決したといってもいいのだろう。
 ローディーとしては犯人が害の無いとは決して言えないが、自国に損害を齎す人物で
ある事に安堵したが、物資が盗まれたなどという事を外部に、特に敵方に知られる訳には
いかないので、クラウンが盗んだ物資で開発したセグラント専用機の装備を彼等と共に見
に行くこととした。
 装備の詳細を知り、あの物資は予めその為に運ばれてきたものであるとするためだ。
格納庫へと続く道を歩きながら、ローディーはため息をつく。
「まったく。あの博士は……。持って行きたいのならば何か一言でも言ってくれれば
良い物を。そうすればここまで騒がれる事は無かったというのに……。セグラント、
君からもあの博士に言っておいてくれ」
「なんつーか、すんません」



「ようやく来たか。遅かったじゃないか」
「遅くなったのはお前のせいでもあるんだがな……」
 セグラントの呟きは聞こえなかったのかクラウンは先に格納庫の奥に歩いて行く。
 奥には例の如く黒い布を被せられた機体が鎮座していた。
「また黒い布か……」
「当然だ。これは一種の儀礼の様な物だからな。科学者たるものこういった心を忘れては
ならない、というのが私の持論だ」
「お前の持論かよ」
 握りこぶしを作りながらそう熱弁する彼に対する周りの反応は様々な物だった。
 モニカは少しひき、アーニャはそんなクラウンを写真に収め、ローディーは額に手を
やっていた。
 セグラントもクラウンには慣れた物で余り気にする事なく話を進めるように
促す。
「おお、そうだった。さあ見てくれ! これが私が作り上げた新兵装!」
 クラウンは宣言し、黒い布を剥ぐ。
 現れたのはセグラントにとっての愛機にして相棒のブラッディ・ブレイカー。
 しかし、細部が彼の知るブラッディ・ブレイカーとは違っていた。
 背部に取り付けられていたガトリングが外され、代わりにバックパックが
取り付けられていた。
 バックパックからは二本のチューブが出ており、それぞれがブラッディ・ブレイカーに
接続されている。
「ガトリングの位置が変わったな……」
「まあ背部は取り敢えずだったからな。だが、移すだけの価値が
あのバックパックにはある」
 クラウンの顔には自身が開発した物に対する絶対の自信が浮かんでいた。
 その顔は自慢の玩具を紹介する子供の様でもあった。
 彼は白衣から一本の棒を取り出し、ブラッディ・ブレイカーを指しながら語る。
「今までのブラッディ・ブレイカーの一番の弱点は稼働時間の短さだ。
これでは如何なる戦場でも勝利を得る事が出来る機体には程遠い。そこで作ったのが
この装備だ。これの中にはエナジーフィラーが詰められている。これを横についている
チューブを用い循環させる事により、動力であるユグドラシルドライブの稼働時間を
大幅に伸ばす事が出来たのだ。これはまだ計算でしかないがこの装備ならば
ブラッディ・ブレイカーの稼働時間は今までの4倍! どうだね、凄いだろう!」
 手を大きく広げ、感想を求める。
 周りは彼の高いテンションに付いていくことが出来ずただ呆けるばかりである。
 一番最初に感想を送ったのはやはり、というべきだろうかセグラントであった。
「クラウン! ありがとよ!」
「おお、やはり君ならば分かってくれると思っていた! さあ、早速動かそうじゃあ
ないか。そして私たちに敵は無い、ということを証明しようではないか!」
 クラウンは感極まったのか目尻に涙を浮かべながらセグラントと肩を組み、
夕陽に向かって叫ぶ。
 ローディーは夕陽に向かって叫ぶ彼等にただ一言告げる。
「……せめて出撃命令が出るまでは待ってくれよ」
 



 クラウンの開発騒動から一週間経った今でもそれは変わらず、現在の戦線はお互いに
様子見といった所である。
 ブリタニア側は大攻勢に向けての物資の調達、機体の整備などで動かず、EU側は
基本は自ら動こうとしない為、戦場であるEUには一時の平和があった。
 この平和が打ち破られたのは、それから更に一週間が経過してからの事であった。
 セグラント達は総司令に呼ばれ、総司令の下に向かっていた。
 総司令室までの廊下は他の場所と違い、戦場とは思えない程の華美な調度品や
芸術品が並んでいた。
 セグラントは調度品の一つである壺を指で軽く弾く。
「ここは戦場の筈なんだがな。なんだ、この壺やら絵画は……」
「総司令の趣味でしょ。それにしてもここにある物、どれも見たことのある物ばかりよ。
貴方が今触った壺もブリタニアのサラリーマンの平均年収十数年分は必要なはずよ」
 モニカの言葉にセグラントは眉間に皺を寄せる。
「そんな高価な物、持ってくんなよ。……で、アーニャ。お前はさっきから何をしてる」
「……撮影?」
「いや、首を傾げながら言われてもよ」
 話しながら廊下を進むと、総司令室の扉と警備の軍人の姿が見えた。
 軍人はセグラント等の姿を確認すると敬礼をする。
「ヴァルトシュタイン卿、クルシェフスキー卿、アールストレイム卿ですね。
総司令室がお待ちです。どうぞ中へ」
 軍人は敬礼を解き、扉を開ける。
 三人はその軍人に適当に礼を言い、中に入る。
「おお、よくぞ来てくださった。初めまして、ダイアン・フォノリックです」
 挨拶をしてきた人物は大きくお腹を揺らしながら三人の方に向かい、手を差し出す。
「お、おお。よろしく頼む。あんたが総司令でいいんだよな?」
「ええ、そうですとも! シュナイゼル殿下に言われましてね、こうして総司令を
やらせていただいております」
 ダイアンは笑いながら、顎をさする。
 傍目から見ても分かる程の贅肉に包まれた体からは軍人の雰囲気は一切感じられない。
 セグラント達は何故彼が総司令を任されているのかが分からなかった。
「失礼ですが、フォノリック卿。貴官は何故、このEU戦線の総司令として任命されたのでしょ
うか?」
 モニカの質問に対し、ダイアンは
「さあ? 非才なこの身ではシュナイゼル殿下のお考えを察する事など出来ませんな。
ただ分かるのは任されたからには神聖ブリタニア帝国の誇りを持って敵を打倒するべき
だという事のみです。まあ、私には一片の武才も無いのですがな」
 そう言って笑うダイアン。
「……。フォノリック卿、私たちを呼んだ理由はなんでしょうか」
「おお、その事なのですがな。特に理由は無いのですよ、ナイトオブラウンズの方々と
話をしてみたかったというのと、次回の戦場ではぜひ頑張っていただきたいのでその激励
といった所でしょうか。どうですか、この後一緒に食事でも」
「いや、すまねえが先にローディー司令に誘われてるんでな。またの機会に頼む」
「おや、そうでしたか。それは残念。それではまたの機会に。ああ、用は済みましたので
退出していただいて結構です」
 ダイアンはそう言うと腹を揺らしながら再び席に戻っていく。
 これ以上此処にいても仕方がない、と判断した三人もまた部屋から退出した。
「よく分からんオッサンだったな。なんであれが総司令なんだ?」
「……分からない。でも、すごいお腹だった」
「そうだな。アレほどの腹は見た事がねえ。……ところでモニカ、さっきから
何を考えてんだ?」
 セグラントは部屋を出てから一言も喋らないモニカの方を向く。
 彼女はずっと何かを考えており、整った顎に手をやり、唸っていたかと思えば、
「思い出した!」
 そう叫んだ。
「いきなり叫ぶな。何を思い出したってんだよ」
「御免。あのフォノリック卿の事よ。どこかで聞いた事があると思ったら、彼は確か
武才は無いけど土地経営、というか治政においては相当な切れ者だった筈よ」
「本当か? あのオッサンが?」
 セグラントは疑問を浮かべるが、横にいたアーニャが携帯で調べた結果を見せた。
「……ダイアン・フォノリック辺境伯。確かに彼の土地の治安はブリタニアでも
五指に入る位に良い」
「つまりなんだ。あのオッサンは戦争では役に立たんが、その後の治政で凄えと?」
「おそらくね。シュナイゼル殿下が後釜に置く人物だから何かあるとは思ってたけど。
まさか、勝った後の事を考えての人選だったなんて……」
「色々と早すぎねえか?」
「多分、シュナイゼル殿下の考えだとEU戦は直ぐに終わる予定だったのでしょう。
それがEU側の不可解な動きで予定が狂ったんじゃないかしら?」
 モニカの考えに納得したのか、セグラントは頷きながら
「つまり、さっさと戦いを終わらせろ、と?」
 歯を剥き出しにしながら笑った。
 モニカはそんな彼を見て苦笑いを浮かべる。
「そういう事ね。アーニャ、良く見とくのよ。これが猛獣たる所以よ」
「……記録」



 

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