ブリタニアによるEU侵攻もブリタニアの勝利という形で幕を閉じようとしていた。
 EU側に残されたのは僅かな領土と全盛期の三分の一にまでなってしまった兵団、
そして決死の覚悟であった。

 背水の陣の如く布陣し、ブリタニアの軍勢と正面から向き合う。
 セグラントはそんなEUの様子を望遠カメラで見ていた。
「決死の覚悟が見えるな。これは、一筋縄じゃあいきそうにねえな」
 彼の横にいるモニカやアー二やも同様の感想だったのか、彼の言葉に同意した。
「それでも、私達ナイトオブラウンズが戦場に出る以上ブリタニアに敗北は許されないわ。
分かってるでしょう?」
 モニカはセグラントの言葉を弱気と取ったのか、軽く諌めるような口調で注意を促す。
「分かってらあ。俺達に敗北は許されず、あってはならない、だろ。さあ、始めようか!」
「いや、開戦はまだだから」
 モニカがセグラントの言葉に突っ込みを入れる。
 その時だった。
「ナイトオブラウンズの方々! 出撃をお願いします!」
「……だって」
「うう。突っ込んだ私が馬鹿みたいじゃない」
 モニカは頬を軽く赤く染めながら、一番に出撃していく。
 そんな彼女の様子にセグラントは肩を竦め、自身も愛機に乗り、戦場へと向かう。



 戦場ではありとあらゆる声がそこかしこで飛んでいた。
 それは怒声であり、悲鳴であり、味方を鼓舞する声、様々だった。
 EU側とブリタニアのKMFではやはり性能差があり、EU側は徐々に圧され始めていた。
 しかし、それでも彼等が退く事は無く、逆に吶喊を敢行してくる。
 EU側のKMFの一機がブリタニアのKMFに取り付く。
 
 そして、

 爆発した。

 爆発は取り付いた一機だけでなく、その周囲にいた二機を巻き込む程の爆発だった。
 何が起きたのか分からなかった。
 自軍の機体が敵に取り付かれたかと思えば、敵が爆発し、吹き飛んだ。
 その事を理解した彼等から一斉に悲鳴が上がる。
「爆発した!? 全機、下がれ! 取りつかれるな!」
 部隊の指揮官である兵が叫ぶが、時既に遅く、彼の前にはEUの機体。
『ユーロ・ユニバースに栄光あれ!』
 オープンチャンネルで響くEU兵士の言葉を最後に指揮官機は爆散した。
 目の前で自分たちの指揮官が爆死したのを見た部隊の兵士達は一歩後退する。
 既に勝ち戦と思っていた戦い。
 だというのに、今目の前で起きたのは何だ?
 指揮官が敵に取り付かれたかと思えば、爆発し、死んだ。
 足が止まる兵士達。
 勝ち戦にあった兵士であったがゆえの停滞。
 そこをEUが見逃す筈が無く、足を止めた機体から討たれていく。
 
 浮き足立つ自軍を見たセグラントはこの場にいる全員へと叫ぶ。
「何をボサっとしてやがる! 気合をいれろ! コイツらは死兵だ! 足を止めれば死ぬ
ぞ! 死にたくねえなら止まるな! 喰らい尽くせ!」
 セグラントの一喝に浮き足だっていたブリタニア軍はようやく立ち直り、銃を構える。
『そうだ、落ち着け。総員、こちらに吶喊してくる機体を率先して撃て! 
必ず複数で当たれ!』
 落ち着きを取り戻した副指揮官の言葉にブリタニア軍の動きに精彩が戻る。
 しかし、EU側も大した物であり、爆発する機体を特定させない為か、常に複数で動く。
 どの機体が爆発するのか、それとも全ての機体が爆発するのか。
 見えない、分からない。
 これらの恐怖は少しずつ、しかし確実にブリタニア軍の精神を削っていく。

『セグラント! このままじゃ戦線が崩れるわ』
 モニカの言葉にセグラントはどうしたものか、と考える。
 このままでは戦線が崩れ、一時撤退をせざるを得なくなるだろう。
 そうなれば敵に再び軍備を整える時間を与えてしまう。
 セグラントは下唇を噛む。
 どうする、どうすればいい。
 考えて、考えて、考えて。

 彼は考えるのをやめた。

「モニカ! アーニャ! 前に出るぞ!」
「え、えええ!?」
「……無謀」
「うっせええ! 考えたって分かんねえんだ! だったら行動で示すしかないだろ!」
 セグラントはそう叫ぶと、自身の愛機を前へと駆り出す。
「どけどけどけ! ドイツもコイツも噛み砕くぞ! ごらああああああ!」
 咆哮が木霊する。
 モニカとアーニャは通信画面越しに顔を見合わせる。
『あんなんだから猛獣って呼ばれるんでしょうね』
『……。私たちもいく』
『そうね。アイツにばっかりいい格好はさせらんないわね』

 前に出たセグラントは味方に自身の戦いを見せるかのように暴れ回る。
 しかし、彼の機体は至近距離に重きを置いている為、近づいてくる機体をそのまま破壊
すれば彼も巻き込まれてしまう。
 その為、セグラントの戦い方は腕で掴んでは投げ、ガトリングで撃ちぬく、といった
物に制限されていた。
 EU側もナイトオブラウンズを堕とせば戦局が傾くと理解し、狙いをセグラントに絞る。
『全機、あの竜を狙え! 奴を堕とせ!』
「殺れるもんなら殺ってみやがれ!」
 セグラントの叫びに呼応するかのようにブラッディ・ブレイカーの機体が唸る。
 竜の咆哮とも呼べる唸り。
 EUの機体が殺到してくるなか、セグラントはガトリングを構えるが、それと同時に背後
から銃撃が飛んでくる。
「おせえぞ!」
『貴方が早いのよ。というか至近距離が主な癖になんで挑発してるのよ。死ぬ気?』
『……少しは自重して』
「死ぬ気は毛頭無えよ。それに、お前らが来てくれるしな。ナイトオブラウンズが三人も
揃うんだ。負ける筈がねえ」
『まったく調子が良いんだから』
『でも、セグラントの言うとおり。……敗北は無い』
『それもそうね』
 彼等は話しながらもその機体を止める事なく、各々が持つ技量を奮い、戦場を支配
していく。世界にその名を轟かせるナイトオブラウンズの肩書きに恥じない動きだった。
 そんな彼等の姿を見たブリタニア軍の兵士達の士気も高まる。
『ナイトオブラウンズの方々のみに戦果を上げさせるな! 全機、奮起せよ!』
『イエス・マイロード!』



 結果から言うならば、ブリタニアの勝利で戦いは幕を閉じた。
 あの後、ブリタニア軍は見事な連携を取り、EU軍の死兵を討ち取っていった。
 しかし、戦闘を終えた彼等の心には歓喜はなく、只々安堵がその胸中を占めていた。
 思い出されるのは、討ち取られる間際まで叫び続けたEU、ユーロ・ユニバースの兵士達
の魂の叫び。
『ユーロ・ユニバースに栄光を!』
『祖国に我が魂を捧げよう!』
『ユーロ・ユニバースに勝利を!』
 彼等の叫びは真にその場にいる兵士達の心に残った。
 それはセグラント達にも同様の事であり、彼等は今、基地の制圧にいくことなく、後方
にて、待機していた。
「……強かった。技量以上に心が」
「そうね。彼等は強かったわ」
「……記録は出来ない。でも、忘れる事はできそうにない」
 三人は思い思いの言葉を口にし、黙る。
 彼等の視線は戦場に向けられている。
「これでEU戦線も終結か。この後はどうなるのかね」
「とりあえずEUはエリアになるでしょうね」
「EUの事じゃねえ。俺たちが、だ」
「……分からない。でもまた何処かの戦場に行く」
 アーニャの言葉にセグラントは頷く。
 そして彼等の間に言葉は再び無くなった。
 
 セグラント達が話しているのと同時刻、ブリタニア軍はEU最後の砦内に残る軍の掃討、
捕縛を行おうとしていた。

 先に捕縛した兵士によれば、此処に展開されていたEU軍の指導者は、
 グライン・マキシム元帥、ブラッド・ダラス中将、ウォリア・フォルクス参謀長の三人
であり、いずれも高潔な軍人として名を馳せる人物だった。

 そして、その彼等は現在何処かに逃亡を図るでもなく、ただ何かを待つかのように
司令部にいた。
「マキシム元帥。我等の敗けです」
 ブラッドの言葉にグラインはその眉間に深く皺を寄せ、ただ一回頷いた。
「ブリタニアは強い。強すぎた。そして、我等は弱かった。それだけの事だ。
そう、たったそれだけの事」
 そう呟くグラインの瞳から一筋の涙が溢れる。
「……元帥。しかし、我等にはまだやるべき事。最後の仕事が残っています」
「分かっている。最後に確認しておく。貴官らまで付き合う必要は無かったのだぞ?
良いのか?」
 グラインの確認に、ブラッドは笑みを、ウォリアは眼鏡を外し、また掛ける。
「何を今更。それに既に脱出の時は有りはしません」
「まったくです。我等の祖国はユーロ・ユニバースであり、ブリタニアに占領された後に
残るエリアではありません」
 二人の言葉にグラインは深く頭を下げる。
 そして、司令部にある簡易冷蔵庫から一本のワインと三つのグラスを取り出した。
 グラインはワインを注ぎ、全員に回す。
 グラスが全員に回ると同時に、司令部の扉が乱暴に開け放たれる。

「両手を上げろ! 少しでも抵抗を見せれば射殺する」
 指揮官らしきブリタニア兵士が銃を構える。
 しかし、三人は両手を上げるどころか、その手に持つグラスを下ろす事もしなかった。
「聞こえているのか! 両手を上げろ、と言っている!」
 怒鳴る指揮官。
 それに対して、グラインの返答は。
「……既に我等の敗けは確定している。その上で一つ聞きたい。何、冥土の土産とでも
思って聞かせてくれ。此処には、この基地には如何ほどの軍が集結しているのかね?」
「…………。EU侵攻部隊の6割だ。さあ、立て」
 指揮官の答えにグラインが、ブラッドが、ウォリアが笑みを浮かべる。
「諸君、私たちの最後の仕事だ」
「ええ、6割ならば十分でしょう」
「では、元帥」
「ああ、ユーロ・ユニバースに栄光あれ」
 三人はグラスを合わせ、ワインを一口に飲み干した。
「貴様ら! 何をしている! さっさと動…………け」
 指揮官の言葉は最後まで続く事は無かった。
 何故なら、グラインがいつの間にか手に握っていたソレが目に入った為である。
 それは何かのスイッチのようだった。
 直感と言っても良かった。
「全員、アレを押させるな! 撃て!」
「遅いよ、若造」
 スイッチは押された。

 スイッチが押された事により基地の各所に仕掛けられた爆薬が爆発する。
 その周りに配置された大量の流体サクラダイトの入った容器と共に。
 基地は一瞬にして、爆炎に包まれる。
 それはEUという国の最後の抵抗。
 基地に入ったブリタニア軍全てを巻き込んだ大爆発。

 爆音が上がると同時に、セグラント達の目は基地に注がれる。
 遠くで基地が崩れていく。
 爆炎によって生じた風に頬が叩かれる。
「……自爆」
「まさか、基地ごとだなんて」
「……執念、違う、誇り故にか」
 自軍の大半が巻き込まれたこの爆発にナイトオブラウンズとして、軍の頂点に立つ者と
しては怒らなければ、自軍の心配をしなければならないだろう。
 だが、それを行うよりも先に。
 セグラントは自然と立ち上がり背筋を伸ばし、基地に向かい敬礼をしていた。



「貴官等の誇りに敬意を払う。あんたらの事は忘れはしねえ」
 セグラントの呟きは小さく、隣にいた二人にのみ聞こえた。

 この日、EU戦線は完全にその幕を下ろした。ブリタニアにも多大な被害を齎して。



 

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