ダールトンを己の副官として登用したセグラントは本国へと戻っていた。
 コーネリアなどはそのままエリア11に残り、黒の騎士団への対策としたかったよう
だが、セグラント達は皇帝の騎士であり、彼女に命令権は無くセグラント達もまた皇帝
に本国へと戻るように言われている為、本国へと戻ったという事である。

 帰還した彼等は直ぐに謁見室に来るように皇帝直属の文官から指示されていた為、
機体を自分達の開発チームに預け、謁見室へと足を運んでいた。

「陛下、ナイトオブトゥエルヴ帰還しました」

 謁見室に入ると同時にモニカが頭を垂れる。
 それに続き、アーニャとモニカも帰還の言葉を告げ、皇帝シャルルの言葉を待つ。

「よく帰った。我が騎士達よ。まずはEUでの戦ぶり見事、と言おう」

「勿体無きお言葉」

「謙遜するでない。……まあ良い、それでは次の指令をお前たちに与える。お前たちは
これから自分の部隊を作れ。これは開発チームではない。お前たちの手足となる部隊で
ある。人員に関しては個々の判断に一任するものとする。以上だ」

「イエス、ユア・マジェスティ!」

 シャルルは返答を聞くと王座から立ち上がり、奥の間に消えていった。
 残されたのは頭を垂れたままのモニカ達とビスマルクだった。

 シャルルが完全に奥の間に消え、セグラント達も頭を上げる。

「……部隊を作れってよ。どういうことだと思う?」

「そのままの意味でしょ。近頃は敵方の戦力も充実してきているからこちらも戦力の
補強をするって事じゃないの?」

「……どちらにせよ暫くは本国に居る事になる」

「アーニャの言うとおりだな。まあ取り敢えず、だ。俺はクラウンに会ってくる」

 セグラントはそう言い、謁見の間から立ち去ろうとしたが、それを止める者がいた。
 それは今まで沈黙を保っていたビスマルクだった。

「セグラント、少し待て」

「ん、どうした親父」

「久々に帰ってきたのだ。共に飯でも、と思ってな」

「別に構わねえけどよ」
 
 ビスマルクはセグラントの答えを聞くと、彼に先に屋敷に戻っている、
と告げ、去っていった。セグラントはそんな父の姿に肩を竦めながらも後を追う。

「ビスマルク卿、随分と嬉しそうだったわね。でも、
それと同時に何か迷いでもあるのかしら」

「……いつも通りだったと思うけど?」

「そうでもないわよ。いつもより眉間に皺が寄ってたわ」

「モニカ、良く見てる」

「ふふ、こうやって目を良くしていかなきゃセグラントの厄介事に巻き込まれるから」

 そう言った笑うモニカの顔は疲れきっており、彼女が今までどれだけセグラントの
厄介事に巻き込まれてきたかを雄弁に語っていた。
 
 そんな彼女に対し、アーニャは心の中で今度胃薬でもあげよう、決意していた。
 


「……EUはどうだった?」

 ヴァルトシュタイン家にて食事――いつも通り肉――を食べていると、ビスマルクが
尋ねてきた。

「忠義の烈士達がいた」

 セグラントの答えにビスマルクはその厳つい顔にニヤリと笑みを浮かべる。
 息子がまた一つ戦場を学んできた事が分かったからである。
 それ故に聞くのだ。

「……強かったか?」

「ああ、強かった。機体でも、技量でも、肉体でも無い。魂が強かった」

「勉強になったか?」

「糧になったさ」

「更なる高みが見えたか?」

「未だ頂点は見えず、だがな」

「それで良い。お前はまだ若い。焦らず頂点を目指せ」

 ビスマルクの普段とは違う物言いにセグラントは疑問を覚えた。
 普段のビスマルクであれば頂点などと言えば、十年早い、と一喝してくるだろうと
いうのに、今回は言ってこない。

「親父、どうしたんだよ。らしくないぜ?」

「らしくない、か。私も歳を取ったのかもしれんな」

 そう言ってため息をつく。 

 一体何だってんだ。
 本気で今の親父はオカシイ。
 セグラントはそう思わずにはいられなかった。

「親父?」

「……セグラント。私はな、騎士だ。この帝国で最強の看板を背負う騎士だ。私に敗北は
許されない。自惚れかもしれんが私の敗北は帝国の敗北だ。故に、私は勝ち続ける。
そしてこの剣は帝国とシャルル皇帝陛下に捧げると決意している。だがな……」

 ビスマルクはそこで一旦言葉を切り、涙を堪えるかのように俯く。

「だが、近頃思うのだ。陛下の世界に私の剣はいるのだろうか、と」

「親父、一体どういう事だ。親父はこのブリタニアを支える支柱じゃないか。
どうしたってんだよ。何が親父にそこまで言わせるんだよ!?」

「セグラント。戦の無い、嘘の無い、涙の無い世界に……。
…………私たち軍人の、戦士の居場所は存在するのか?」

 父の言葉にセグラントは心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
 父、ビスマルクの言ったシャルルの望む世界、それは以前会ったアーニャの中に存在
するマリアンヌの言う世界だったからだ。

 ビスマルクの帝国への忠義はセグラントが一番良く知っている。
 その背中を、雄姿を誰よりも間近で見てきたのだ。
 誰よりも強く、誰よりも誇り高い自慢の父。
 その父が弱音を吐いている。
 
 ヤメテクレ、そんな姿を見せないでくれ。
 親父、アンタのそんな姿を俺は見たくない。

 セグラントはガタリと席を立ち、ビスマルクの前に立つ。

「親父、弱音を吐かないでくれよ! アンタがそんなんじゃ俺はアンタを超える意味が
無くなっちまう! 今のアンタを倒して超えたなんて言っちまったらエディに笑われる!
叔父貴の考えている事なんてさっぱり分からねえさ! でも、親父、俺たちは騎士だ!
主君の望む道を血風の中を進んで切り開くのが仕事だ! そのトップのアンタが迷わない
でくれよ! アンタが迷っちまったら俺たちはどう進めばいいんだ! 親父ぃい!」

 セグラントの叫びにビスマルクは俯く。
 そして、再び顔を上げた時に彼の顔にあったのは弱々しいが笑みだった。

「ヒヨッコが、言いよるわ。そう、だな。私は少し弱気になっていたようだ。主君の望む
世界の為に血風を突き進むが騎士、か。まさかお前にそんな事を言われるとは、な」

「親父があんまりにも情けないからよ」

「ふ、ふはは。そうか、そうだな。セグラント、先程の私は忘れろ。些か弱気に
なっていたようだ。さて、冷めてしまったが食事を再開しよう」
 
 普段と同じ様子に戻った事に安堵を覚えながら、セグラントも席につく。
 冷めてしまった肉を口に運びながらも他愛の無い話に花を咲かせ、時間は過ぎていく。
 
 後年、セグラントは語る。

『あの親父の弱気な姿を見たのはアレが最初で最後だった』と。

 
 ビスマルクは内心で考えていた。

 戦い方は獣なれど、その精神、その心は正に騎士であった息子。
 いつか、いや近いうちに胸を張って言えるだろう。
 アレは自慢の息子だ、と。

 ――陛下、若い風が吹こうとしております。

 ――古き者を吹き飛ばし、世界を支える新たな風が。

 ――貴方の目的を知りながらも、
この若き風の行く末を見たい、と思うのは不忠でしょうか。

 ――それでも、私は…………。



 

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