IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫

第二十七話
「ブリュンヒルデが蘇る」



 ラクスに勧められて気分転換も兼ねた散歩に出た箒は、そのまま夕暮れの砂浜を歩いていた。散歩をしていて思い出すのは幼い頃、まだISが生まれる前の、一夏との楽しかった日々や、学校で虐められて泣いていた自分を助けてくれた一夏の姿。

「一夏・・・」

 初恋だった。昔から剣道をやっていた為、男女と呼ばれて男子に虐められていた自分を、一夏はいつも庇ってくれて、昔は剣道で常に自分の上を行っていた憧れの存在で、一緒に剣道をやっている事が本当に楽しかった。

「紅椿・・・、私は」

 左手首に巻き付いている待機状態の紅椿、それを見つめながら、初めて紅椿に乗ったときの自分を思い出す。
 あの時は自覚していなかったが、今改めて思い出すと、確かに自分は浮かれていたのだろう。一夏はそれに気付いていたのだ。

「箒!」
「っ」

 突然、後ろから声を掛けられた。振り向かなくても声で判る、鈴音だ。自分と同じ、一夏の幼馴染で、そして・・・自分と同じ、一夏が初恋で、今尚恋するライバル。

「はぁ〜あ、判りやすいわね。あのさ! 一夏がこうなったのって、アンタの所為なんでしょ!?」
「・・・・・・」

 そう、全て自分が悪い。初めての専用機で浮かれて、慢心して、油断して、キラの指示も聞かず、自分なら出来ると過信して、その挙句にキラに叱責されて動きを止めてしまった自分を庇って、一夏は落とされた。

「で、落ち込んでますってポーズ? っ! っざけんじゃないわよ!!」

 鈴音に胸倉を掴まれ、真正面から睨みつけられた。その真っ直ぐな視線、箒に対する強い怒りの篭った瞳、それが今の箒には堪らなく怖い。

「やるべき事があるでしょうが!! 今、戦わなくて如何すんのよ!!」
「・・・・・・もうISは、使わない」

 Isに乗っただけで自分は浮かれ、そしてあんな悲劇を起こしてしまった。こんなにも弱くなってしまった。だから、もうISに乗らない。いや・・・ISに乗るのが、怖いのだ。

「〜〜〜っ!!」

 バシン! という音と共に、箒は鈴音に思いっきり引っ叩かれた。いつもの自分だったら、それに反撃するぐらいのことはしたというのに、それすらしようという気になれない。もう、本当に弱くなってしまったのだと、心のどこかで思っていた。

「甘ったれんじゃないわよ!! 専用機持ちっつーのはね、そんな我侭が許される立場じゃないの!! それともアンタは、戦うべきときに戦わない臆病者な訳!?」
「・・・っ、どうしろと言うんだ、もう敵の居場所もわからない! 戦えるなら、私だって戦う!!」

 でも、キラが足止めをして、それでも既に移動をしてしまった福音の居場所が判らない以上、戦う事なんて出来ない。

「やっとやる気になったわね」
「あ・・・」

 鈴音が目を向けた先、箒も目を向けると、セシリア、シャルロット、ラウラが揃って立っていた。

「あ〜あ、めんどくさかった!」
「な、何・・・?」

 皆、笑っている。箒を嘲笑っているのではない、挑戦的な意味合いの笑みを浮かべているのだ。

「みんな気持ちは一つって事!」

 シャルロットが・・・。

「負けたまま終わっていい筈がないでしょう?」

 セシリアが・・・。

「泣き寝入りするには、まだ早い」

 ラウラが・・・。
 皆、まだまだ自分達の負けを認めていない。代表候補生として、戦意はまだ失われていないという事だ。

「ラウラ、福音は?」
「確認済みだ」

 ラウラが開いた空中ディスプレイに映ったのは福音の現在地を示す地図とマーカー、ラウラは既に福音の居場所を見つけていた。

「ここから30km離れた沖合いの上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で発見した」
「流石ドイツ軍特殊部隊! やるわね」
「お前達の方は如何なんだ? 準備は出来ているのか?」
「甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済み!」
「こちらも完了していますわ」
「僕も準備オッケーだよ、いつでも行ける」

 皆、準備もやる気も充分、後は行動に移すだけだ。

「待ってくれ! 行くと言うのか? 命令違反ではないのか?」

 それでは命令違反になる。戻ってきた時に、千冬からどんな処罰が待っているのかも判らないのに、それでも行くと言うのだろうか。

「だからぁ? アンタ今、戦うって言ったでしょ?」
「お前はどうする?」
「私、私は・・・戦う、戦って勝つ、今度こそ、負けはしない!」
「決まりね! 今度こそ確実に落とすわ」

 命令違反だろうが何だろうが、そんな事は関係無い。やる事が決まったのなら、直ぐに行動に移すだけだ。
 全員、ISを機動させようとした時、5人の中心の地面に一筋のビームが撃ち込まれた。5人とも、何事かと警戒しながらビームが飛んできた方を見ると、ストライクフリーダムを展開して、ビームライフルの銃口を向けるキラの姿があった。今までに無い、憤怒の表情を浮かべて。

「皆、何をしている?」
「お兄ちゃん・・・」
「君達のやろうとしている事は命令違反だ。それを理解していない筈もないでしょ? なら、ここで射殺される覚悟も出来ているという事だね」

 ドラグーンをパージして、それぞれの銃口を5人に向けた。

「キラ! 邪魔しないで!!」
「私たちは負けたままで終わる気は毛頭無い!!」
「たとえキラさんでも、私達を止められませんわ!!」
「そう、なら・・・」

 ビームが5人を貫く、そう思った時だった。ドラグーンがビームを撃つ事無くストライクフリーラムの翼に戻されたのは。

「キラ・・・?」
「はぁ、織斑先生、これで良いですか?」
「ああ、充分だ。小娘どもの気概を見せてもらったからな」

 ビームライフルを下ろしたキラが目を向けた先、そこにはISスーツを着たラクスと、千冬が立っていた。

「教官!?」
「お姉ちゃんも!」

 ラクスは判る。オルタナティヴというISを束から受け取ったのだから、ISスーツを着ていても違和感は無いのだが、それでは千冬がISスーツを着ている理由は・・・。

「篠ノ之、オルコット、鳳、デュノア、ボーデヴィッヒ、貴様等に命令だ。これより福音殲滅戦を行う、その殲滅戦に参加しろ」
「え、それって・・・」
「正式に、福音と戦えるという事ですの?」
「そうですわ、そして今回の殲滅戦、キラを隊長としたIS部隊を限定的に発足、そのメンバーとして皆さんを登用する事にしました」

 しかし、それでは千冬がISスーツを着ている理由にはならない。千冬は確かにモンドグロッソの制覇者で、世界最強の名を持つブリュンヒルデだが、それも昔の話、現役を引退して嘗ての愛機も無い筈なのに。

「心配はいらん、私も専用機が届いたのでな・・・行くぞ、暮桜・真打!!」

 千冬の首から下げられていたペンダントが光り輝き、彼女は白いボディを基本として、所々に桜色のラインと花模様を浮かべたISを纏った。

「それって・・・!」
「千冬さんの、嘗ての愛機・・・」
「織斑先生と呼べ、馬鹿者……これは嘗ての暮桜を束が改良した第四世代型のIS、暮桜・真打と言う、私の新たな剣だ」

 暮桜は元々、第一世代のISだった。それを改良して一気に第四世代にした機体、そして白式と紅椿のプロトタイプ、それが暮桜・真打だ。

「殲滅戦、私も出る事になった。まぁブランクこそあるが、まだまだ貴様ら小娘に遅れは取らん」

 千冬が、嘗ての世界最強が共に戦う、これほど心強い事は無いだろう。皆、沸き上がる感動を抑えきれず、気合いを入れて自分達の愛機の名を呼ぶ。

「紅椿、行くぞ!」
「行くわよ、甲龍!」
「参りますわよ、ブルーティアーズ!」
「行くよ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムU!」
「教官との初の共同戦だ、シュヴァルツェア・レーゲン!」

 全員、ISを纏った。ラクスも、いつの間にかオルタナティヴを展開しているので、これで準備は完了、いつでも行ける。

「ラクス、カタパルトを」
「ええ、ナノマシンカタパルト展開、システム接続」

 合計、7つのカタパルトが砂浜に造られた。その上にそれぞれが乗り、接続する。

「それでは、皆さん、宜しいですか?」
『おう!』

 オルタナティヴが飛び上がり、ハイパーデュートリオンエンジンからのエネルギーをナノマシンカタパルトに通す。

「Nカタパルト接続、システムオールグリーン、進路クリアー、X20Aストライクフリーダム、発進どうぞ!」
「キラ・ヤマト、フリーダム! 行きます!!」

 ストライクフリーダムが発進して、バレルロールをしながらVPS(ヴァリアブルフェイズシフト)装甲を展開しながら上空へと飛び上がった。

「続いてブルーティアーズ、発進どうぞ!」
「セシリア・オルコット、ブルーティアーズ! 参りますわ!!」

 ブルーティアーズが優雅に上空へと舞い上がり、ストライクフリーダムと並ぶ。更に、それを追う様に、鈴が下半身に力を込めた。

「続いて甲龍、発進どうぞ!」
「鳳 鈴音、甲龍! 行くわよ!!」

 力強さを感じさせる勢いで飛び上がった甲龍を見送り、今度はシャルロットの番だ。

「続いてラファール・リヴァイヴ・カスタムU、発進どうぞ!」
「シャルロット・デュノア、ラファール・リヴァイヴ・カスタムU! 行きます!!」

 オレンジ色の軌跡を残しながら、ラファール・リヴァイヴ・カスタムUが飛び上がり、ストライクフリーダムに並んだ。
 次は黒い兎、ラウラの出番である。

「続いてシュヴァルツェア・レーゲン、発進どうぞ!」
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ、シュヴァルツェア・レーゲン! 行くぞ!!」

 シュヴァルツェア・レーゲンが発進して、箒は先ほどまでの迷いを完全に打ち払った瞳で茜色から夜空に変わり始めた大空を見上げる。

「続いて紅椿、発進どうぞ!」
「篠ノ之 箒、紅椿! 参る!!」

 先の戦いでの失態を、汚名を返上するべく、箒は姉から受け取った相棒を夜空へと舞い上がらせた。

「久しぶりの実戦だ。また頼むぞ・・・暮桜」
「続いて暮桜・真打、発進どうぞ!」
「織斑千冬、暮桜・真打! 出る!!」

 最後に、現役引退から数年経って再び復活したブリュンヒルデがスラスターから桜吹雪を思わせる光を放ち、生徒達が待つ空へと、数年ぶりに舞い上がるのだった。
 全員の目標、福音の撃破、それを目指して8機のISが今、星空を進む。



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