IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫

第六十五話
「涙」



 ラクスと食べさせ合いっこをしていたキラは、一夏が箒に食べさせてもらおうとした時に蘭の視線を感じた。
 見てみれば蘭は一夏と箒に注目しており、何処か絶望したかのような表情をして、目尻には涙を浮かべている。

「一夏」

 だから、キラは一度止める事にしたのだ。一夏と箒、そして蘭・・・他にもラウラや鈴音の事もあるが、今はこの三人の事と、それから・・・一夏自身の気持ちを、そろそろハッキリさせた方が良いと思うから。

「そろそろ、一夏は答えを出すべきだと思うよ」
「答え?」
「うん、君は何を思ってこの場所での夕食を選んだのか、僕は知らない。だけどね、一夏・・・君は何も知らずに、知らないが故に傷つけてしまう」
「き、傷つけるって・・・誰を?」
「それは・・・弾、蘭、こっちに来て」

 キラが弾と蘭、二人を呼んだ。呼ばれた二人は何事なのかと首を傾げながらも、厳に許可を貰ってキラ達の席まで来る。
 様子を厨房から窺っている厳と、カウンターで窺っている蓮の表情は、真剣だった。恐らくはキラの意図を察したのだろう。
 そして、これは孫の、娘のこれからの人生において、とても大切な事なのだと察して、何も言わずにキラへ視線だけで宜しくと頷いた。
 周りの客も、全員理解したのか食べ終えた者は勘定を済ませて店を出て、食べ終えてない客も急いで食べ始める。

「さてと、一夏と箒・・・本当はこの場にラウラと鈴も居たら良かったんだけど、贅沢は言わない。今、やらないといけないのは一夏の考え方を変える事だから」
「俺の考えを?」
「そう、弾・・・弾から見て、一夏が今日、ここに来た事を如何思う?」

 キラに問い掛けられ、弾は真剣な話なのだと思い。いつもの様は態度を仕舞って、真剣な表情でキラとラクス、それから一夏と箒の順に視線を向けた。

「正直な話、キラとラクスと一夏だけならまぁ・・・文句は無かった。キラとラクスが付き合ってるってのは知ってるし、蘭もそれは知ってる。だからそれなら良かったさ。だけど、彼女・・・篠ノ之さんを悪く言うつもりは無いけど、彼女を連れて来た事は・・・正直、一夏をぶん殴りたいくらい怒ってるぜ」
「だ、弾・・・何を」
「一夏、黙っててくれ・・・正直な、今まで言わなかったけど、俺はお前のそういう所は嫌いなんだ」

 ショックを受けた一夏だったが、やはり弾が何を怒っているのか、理解していなかった。

「箒、箒はこの店で食事をするって一夏が決めた時、如何思った?」
「わ、私は・・・その・・・正直、嫌だった。この店の料理は凄く美味しいし、また来たいと思うけど、正直に言うなら・・・今日は、この店に来たくなかったな」
「箒・・・」

 箒まで何を言っているのかと、一夏は視線を向けたのだが、箒はチラッと一夏の方に視線を向け、直ぐに俯く。

「さて、此処からが重要ですわ。蘭さん、貴女は箒さんがこの店に来て、如何思われました?」
「え、と・・・、嫌、でした」
「蘭まで・・・」
「一夏、誤解はしないでね。弾も蘭も、箒が嫌いだから言ってるんじゃないから」
「だったら何なんだよ! さっきからキラの言いたい事、全然解らねぇよ!!」

 何が何だか、もう解らなくなった一夏が立ち上がって叫んだ。だが、キラもラクスも、それを見ながら冷静に座る様諭すと、先ほどから立ちっぱなしの弾と蘭にも座る様に言う。

「一夏さん、何故・・・蘭さんが箒さんがこの店に来た事を嫌だと言ったのか、箒さんが何故、この店に来るのは本当は嫌だったと言ったのか、考えてみてください」
「そんな事、言われても・・・」
「言い方を変えようか、一夏・・・例えば僕の事が好きだって女の子が居るとする。ラクスも、その子が僕の事が好きだって事を知っているとするよ。僕とラクスがデートの帰りに外食して帰ろうと思って、僕はその女の子がアルバイトをしているレストランに、その女の子がシフトに入っている時間なのにも関わらず行ったら、ラクスは如何思うか、解る?」
「それは・・・」

 いくら鈍感な一夏にだって、それは解る。

「ラクスとしては、嫌だろうな・・・だって、自分の彼氏の事が好きだって女の子がバイトしてる店に、しかもその女の子がシフトに入ってる時間に一緒に行くなんて、ラクスとしたら面白くないだろ」
「はい、私だって嫉妬くらいしますから、そんな事になれば当然、嫌だと思います」
「じゃあ、今度は一夏、今回の場合に置き換えてみようか?」
「いや、だって箒は俺の彼女じゃねぇし、蘭だって、別に俺の事が好きとは限らないだろ?」

 これだ。何故、自分の事になるとここまで鈍感になれるのか、寧ろ蘭が可哀想で可哀想で、蘭など今にも泣きそうな顔になっている。

「はぁ・・・ねぇ、何でそう思うの? じゃあ、今度は弾の場合に置き換えるよ? 弾、もし虚さんの事が好きって男の子が他にも居て、弾と虚さんが休日に一緒に出かけたとする、それで夕食に虚さんが行きたいと言った店にはその男の子がアルバイトをしていて、丁度シフトに入ってる。弾なら、如何思う?」
「・・・嫌だな。この際だから誤魔化しもしねぇけど、俺は虚さんに惹かれてるから、もしデートに誘えて、それで晩飯に誘えて行った店にそんな男がいるなら、俺は嫌だぜ」
「ありがとう、弾。それで一夏、これを今回の場合に置き換えたら如何? 弾は別に虚さんとは付き合ってないよ」

 これでもまだ解らないなら、一夏は救いようが無いと思う。が、漸く一夏も何となくだが理解してきたみたいだ。

「まさか・・・え、でも・・・俺、何も聞いてないし」
「何も聞いてないのに誰が一夏の事が好きなんて、判らないと思うよ」

 後は蘭と箒次第だ。ラクスが箒を促す前に弾が蘭を促した。

「お兄ぃ・・・」
「言うなら、今しか無いぜ。折角、キラがこんな場を作ってくれて、この馬鹿もやっと気付き始めたんだからよ」
「・・・わかった。一夏さん!」
「お、おう・・・」
「わ、わた、私・・・その、い、いい、い、一夏さんの事が・・・す、好き、です・・・」
「っ!」

 ラクスは蘭が先に告白をしたので、箒は後にするべきだと思い、箒にプライベートチャネルを開くと、学園に戻ってから、ラウラと鈴音を交えて、改めてするべきだと伝えた。
 箒も最初は渋っていたが、確かにラウラと鈴音の事も考えれば、その方が良いと考え、学園にはまだ入れない蘭に、この場を譲る事に。

「お、俺は・・・その、今まで蘭の事、そんな対象として見た事、無かったんだよな。親友の妹、だからさ。だから俺にとって蘭は妹分みたいな感じで」
「っ」
「それに・・・」

 それに、何と言おうとしたのかは判らないが、そこで一夏の言葉が止まった。

「(それに・・・俺は、如何なんだ? 俺は・・・誰かの事、好きなのか? そんな事、今まで考えた事も無かったけど・・・)」

 チラッと、箒の方に視線を向けた。
 俯いているので表情は判らないが、何となく昼間の事を思い出して、その時に感じた事を、その時の箒に対して思った事を、思い出す。
 それから、ラウラ、鈴音と二人の顔を思い出し、二人とのこれまでの事を思い返して、やっと気が付いた。

「(ああ、そうか・・・俺、好きになってたんだ。今までそんな事、考えた事も無かったのに。でも、気が付いたら好きになってたんだな・・・)・・・ごめん、蘭・・・俺、蘭の気持ちに応えられない」
「っ!? それって・・・」

 蘭の目尻に、涙が浮かび、本当に泣きそうな顔になって、改めて気付かされた。蘭は、ここまで一夏のことを想ってくれていた。好きでいてくれたんだという事を。

「本当に、ごめん・・・今、気付いたんだ。蘭の事も、本当に申し訳ないことをしたと思う、殴られても文句言えないよな・・・でも、俺は、好きな女の子がいるんだ。好きだって、気付いたんだ・・・その子の事が好きだって」
「っ・・・そ、う・・・ですか・・・。あ、あはは・・・ふ、ふられ、ちゃったぁ・・・うぐっ、…っ!」

 ポロポロと蘭の瞳から涙が流れる。ラクスは立ち上がって蘭を抱きしめると、堪えきれなくなった蘭がラクスの胸の中で泣き始めた。もう店に客は誰も残っていないので、盛大に、大声で。

「クラインさん、でしたっけ? 代わりますよ」
「はい・・・さ、蘭さん」

 蓮がラクスに近づいてきて泣き続ける蘭を受け取り、自分の胸に抱きしめる。こういうときは母に抱きしめてもらって泣くのが一番なのだ。

「弾・・・」
「何だ、一夏」
「お前にも、色々と謝る。お前にとって、蘭は大事な妹なんだもんな・・・」
「・・・ああ、そうだな。だから」

 そう言って、弾は一夏の胸倉を掴んで立ち上がらせると、思いっきり殴り飛ばした。殴られて店の床を転がる一夏は、黙って俯くと、もう一度だけ「…ごめん」と謝る。

「一夏・・・大丈夫か?」
「箒・・・ああ、ごめん。今は、近づかないでくれないか? 今、箒に近づかれると、蘭にも、弾にも、五反田家にも申し訳ないから」
「あ、ああ・・・」

 箒は蓮の胸で泣き続ける蘭を見て、一夏に近寄るのを止めると席に座りなおす。

「一夏、今のは蘭を泣かせた分と、今まで蘭の気持ちに気付かなかった分だからな」
「ああ……っ」

 殴られ、腫れた頬をそのままに、一夏は床に座り込んで俯いたまま、一筋だけの涙を流す。それは、今まで蘭の事を気付けてきた事を思い出して、その自分の不甲斐なさと、蘭を泣かせる結果となった今の自分の惨めさの表れだった。



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