「魔剣と刃物」





 平和な冬の午後の日差しが差し込む中途半端な都会の一角。世間では穏やかな日常が進んでいた。

 ある者は仕事に精を出し、ある者は愛する人と街を歩く。

 ある者は犯罪を犯し逃げていたり、慌しくも穏やかな日常はゆっくりと回っていく。

 そんな街の一角。白と灰色のコンクリートブロックの壁に囲まれた行き止まりの道。

「っけ!しょうもねぇ・・・」

 白と灰色の壁にアートのように散りばめられた紅い液体とそのアートの中心に置かれた切り刻まれた人体が、そこで起きた事件を表していた。

 それの鑑賞者とでも言うべき黒いリボンで髪を結んだ少女はマフラーにスカジャン、ホットパンツにニーソと動きやすい格好をしていた。

 両手に握っていた包丁を興味なさげに切り刻まれた人体に放り投げると、すぅっと今まで纏っていた刺々しい殺気が抜けて、そこら辺に普通にいそうな大人しそうなオーラを纏う。

「・・・しゃぶい・・・」

 そう言って人体のアートから立ち去る。

 その人体のアートの中心に刺さっていた西洋の剣が淡い光となって消滅していく。

 しかし、少女はそれに気づく事もなく寒さに震えながら去っていく。




















「えっと、これが緊急でシグナムとフェイトちゃん達に入ってきた捜索任務や。出向いて捜索してな」

 機動六課の隊長室で隊長の八神はやては、部下である烈火の騎士、シグナム。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。

 その直属の部下、エリオ・モンディアル。キャロ・ル・ルシエは、渡された資料に目を通していた。

「主はやて、私達にこの捜索の任務の依頼が来たのは・・・」

「物理系の接近戦を得意としとうからね。それにシグナムが適任やと思ってね。伝説の剣を抑えてもらわなあかんしね。」

「手に持った人を乗っ取って剣の腕を振るう魔剣と呼ばれたロストロギア“魔王の剣”。」

「これは基本的にこのロストロギアの確保を優先で頼むな。」

「はい。」

「でも、なんでこの第102管理外世界に留まってるんだろう?」

「さぁ、気に入った相手でも見つけたんかもしれんな。早速向かってくれるか?最終出現地点にまず向かってくれるかいな。後はフェイト執務官とシグナムの判断で頼むわ。」

 その一言で、解散となってシグナムたちは指定された世界に向かう。

「シグナム、このロストロギアに何か因縁でもあるの?睨むように見てたけど・・・」

「あぁ、数年前に一度対峙した事がある。」

「逃がしたんですか?」

「あぁ、使用者はキャロほどの小さな女の子だったが、互角以上に戦われた。その後、調べた結果ドンドンと対戦相手の技術を盗むらしい。」

「後になればなるほどキツクなりますね。」

「あぁ、急ぐとしよう。」

 話の中から、対象となるロストロギアの危険性を刻み込んだ。
















「これは・・・どっちだと思います?シグナム」

「・・・魔剣の方だろう。早くも犠牲者がでるとは・・・」

 エリオとキャロの目をふさいでいるフェイトは足早に去っていく。ホテルにて、4人は先程の人体のアートから情報を得ようとしていた。その結果見えてきた事は、死体は魔剣が切り刻んだものではないという事。

 それは死体の周りに落ちていた包丁が転がっていた事により、魔剣は確かにその場に出現したが、直接殺害したのは包丁を持った別の誰かということ。

「私は裏の情報を中心に探ってみます。シグナムは魔剣対策を練っていてください。エリオを付けておきます。」

「わかった。お前もキャロがいるんだ、気をつけるんだぞ。」

「はい。」

 そうして、二組に分かれて魔剣捜索に入っていった。




















 裏の情報から探りを入れる事になったフェイトとキャロは楓味亭と掲げられたラーメン屋を訪れていた。

「フェイトさん、ここは?」

「ラーメン屋さんだよ。」

 そう言ってフェイトはスゥと入っていく。キャロも遅れて入っていく。外からは想像も出来ないくらい中に人が溜まっていた。

 皆笑顔でガハハハと大きな笑い声を上げていた。その店の店主と思わしき男はその声に負けない

 大きい声でフェイト達を迎えた。看板娘と思わしき黒髪のショートの女性が足早にラーメンを運んでいた。

「いらっしゃいませ、ご注文が決まりましたら言って下さい。」

 お冷を出して看板娘は店の奥にすっこむ。

「さぁ、キャロ。何にしようか。」

「私、もやしラーメンで。」

「そう、」

 フェイトは看板娘を呼ぶと、もやしラーメン2つと餃子とチャーハンを2つずつ注文する。笑顔で去っていった。

 看板娘はしばらくすると、注文の品をもってやって来た。

 2人は食事を開始する。キャロは未だフェイトがここに連れてきた真意がわからなかった。

 食べ終えると、フェイトは看板娘をもう一度呼び寄せる。

「どういたしました?」

「村上、銀子さんですよね?情報屋の」

「・・・なんの事でしょうか?」

「先日お送りしたメールは見ていただいたと思うのですが。」

「フェイトさんですか。」

「はい。直接伺うのは失礼と思いましたが、悠長には出来ないので」

「いえ、こちらも手間が省けます。一時間後に裏に来ていただけます?」

「はい。わかりました。では、御あいそを」

「2500円になります。」

 フェイトは払い終えるとキャロを連れて出て行く。銀子は笑顔で2人を見送ると、どこかに電話を入れていた。

 一時間後、フェイトは言われたように店の裏側に入っていく。そこには、銀子が眼鏡をつけて待っていた。

 その後ろには貧弱という言葉が似合う青年が立っていた。

「単調直入に行きます。メールで書かれていた事で依頼はよろしいですね?」

「はい。」

「今日の午前に一件不可解な事件がありましたね。こちらの情報として言えるのは、殺害したのはうちの馬鹿の知り合いですが、かなり困惑してました。まるで何かに乗り移られたようだったと証言しています。正当防衛として殺害したとの事です。」

「情報は以上ですか?」

「あなたの提示した金額ではこれくらいですね。」

「銀子、お前厳しすぎないか?」

「あんたは黙ってて。こっちも仕事なの。あんたみたいな二流の仕事とは違うのよ。」

「あのな・・・」

「では、更に詳細をお願いします。お金は指定された分はちゃんと払います。」

「・・・わかりました。殺害された人についての詳細はまだ出ていませんので省きます。殺害した本人の言によれば、相手は錯乱に近い状況で、何処からともなく包丁が出現したとの事。西洋の剣を持っていて、かなりの使い手だったそうです。後の詳細は追ってメールします。今回の金額は先に提示した分で結構です。では」

 銀子はそういうと家に入っていく。

「本人に合わせてもらえませんか?!」

「それは無理です。こちらも信用問題ですので。」

 バタンと閉じられた扉を見て、出来るだけの情報は得たとホテルに帰っていく。






















「シグナム副隊長、なんでこの魔剣は補足出来るのに拘束できないんですか?」

「使用者が異常なまでの剣の使い手になる事と、使用者が死ぬと勝手に転送して姿を晦ます。拘束するには対戦する者と、拘束する者が必要となるがその転送のタイムラグのわずか5秒の間に拘束しなければならない。」

「だから、こうして複数で動いているんですね。」

「そうだ。我らはここで魔剣が出てくるまで待機だ。テスタロッサが有力な情報を得ているかもしれんからな。」

 ホテルで待機しているシグナムとエリオは沈黙のまま時間を過ごしていた。

 そこへ、魔剣発生のアラートが鳴り響く。

「行くぞ!エリオ。気を引き締めていけ。相手は殺人衝動にかられている」

「はい!」

 堂々と転送なぞ使えるわけもなく、2人は走って現場に向かっていく。現場は待機しているホテルから約2km。

 走って向かっていると、あと500mになった所で反応が消滅する。一度、現場を見ようと2人は急ぐ。

 何度か角を曲がった時、黒いリボンで髪を縛ったエリオよりも少し上の少女がシグナムとぶつかって倒れる。

「あぁ、すまない!急いでたもので」

「いえ、」

「エリオ、この人を介抱してくれ。私は先に行く。」

「えっ!?はい。」

 エリオを残して走っていくシグナム。エリオは言われたとおり、倒れている少女の介抱を始める。

 手を貸して起こすと、怪我がないか確認してから謝罪と別れの挨拶をして去ろうとする。

 すると、少女がエリオの肩の服を掴む。

「ゆーあーないすがい。」

「は・・・はぁ」

「しーゆー」

 そう言ってマフラーを鼻まで捲り上げると寒そうに震えながら去っていく。

 エリオはその胡散臭い英語に驚きながらもシグナムを追っていく。

 現場に到着すると、またもやそこには人体の切り刻まれたアートがあった。そこにまたも2つの包丁が存在していた。

「またも、同一犯か。さしもの主はやての言った事もさほど外れてはいないということか。」

















「っあ!切彦ちゃん。災難だったね。」

 銀子と共にフェイト達に会った青年紅真九郎は街の一角で、黒いリボンがトレードマークの少女、斬島切彦に声を掛ける。

 切彦は寒さに身を震わせながら振り向く。

「あ、真九郎さん。災難です。日に2回も挑まれるなんてしんどいです。」

「珈琲おごろうか?」

「熱いのも寒いのも苦手です。」

「花粉症はないんでしょう?」

「はい。」

「一旦五月雨荘に行こうか。こうも連続で挑まれると恐いしね」

「ゆーあーないすがい」

「ありがとう、切彦ちゃん。で、どうだった?相手は」

「まだまだ、100円均一の包丁で十分です。」

「あらら、さすがは“裏十三家”の一角の正統」

「私、処女です。」

「毎回言うけど、言わなくていいから。切彦ちゃんが女の子なのは知ってるし」

「ゆーあーないすがい」

「ありがとう。」

 微笑ましく2人は並んで歩いていく。

「そういえば銀子からの情報によれば、近日中にまた切彦ちゃん狙いの剣士が上京してくるらしいから。」

「裏の仕事を控えてるんですけど、減りません。」

「はは、でも最近は仕事をちゃんと選んでるんだね。エライエライ」

 紅真九郎の部屋である五月雨荘につくと、切彦は布団に包まってゴロゴロとくつろぎ始める。

 連日命を狙われる切彦がこうも寛げるのは、切彦が持つ実力と五月雨荘の持つ特殊な協定によるものだった。

 今にも壊れそうなボロアパート。しかし、そこはこの腐りきった凶悪な世界で屈指の安全地帯となっている。

 その理由は世界の暗黙の了解となっている不戦の協定によるものである。

 誰がいつなんの目的で提携されたかはわからないが、このアパートでは殺人事件はおろか窃盗・ストーカーなどの犯罪が起きた例がない。

 真九郎は切彦が無差別な殺人を止め、仕事を選りすぐりするようになってからよく会う様になった。

 真九郎の幾人かの知り合いはそれにいい顔をしないが、真九郎は嬉しかった。

「さて、こっちも仕事を始めますか。」

 軽く背を伸ばすと足軽に五月雨荘を出て行く。

















 楓味亭を出てからフェイトとキャロは銀子の後ろにいた青年紅真九郎を尾行していた。

 様子からして尾行されている事に気づいていない。街中で知り合いと偶然落ち合うとそのまま一緒に自宅と思わしきアパートに入っていく。

 その知り合いが女の子だったので、フェイトはまさか・・・と少し顔を赤らめていたがキャロは気にしない事にした。

 しばらくそのアパートを監視していると、冷えてきた事とシグナム達から報告が入った為、五月雨荘から離れようと後ろを振り向いた瞬間、湯気を伴った肉まんを持った笑顔の真九郎が立っていた。

「誰かと待ち合わせですか?」

「・・・何時の間に・・・」

「これどうぞ。寒かったでしょうから」

 そう言って、肉まんを渡してくる真九郎。少し警戒しているフェイトを尻目にキャロは肉まんをホクホクと食べ始めていた。

「いつから気づいていたんですか?」

「楓味亭を出た辺りですね。あなたがそんな目をしてましたから。」

 真九郎はその外見に似合わずかなりの手練だ。そうフェイトに認識させた。

 そして、尾行されている事を知っていながら自宅まで帰ってきた事。

 そして、外で見張っている自分達を気遣う心意気。本当に強い人なんだ。

 フェイトは肉まんを受け取りながら真九郎の認識を改めた。

「何か用があって尾行していたんでしょう?」

「はい、襲撃されたというあなたの知り合いにお会いして話を聞きたいのです。」

「こちらとしても聞きたい事もあります。まずは答えてくれませんか?」

「内容によっては・・・」

「あなたはこの世界の人間ですか?」

「・・・」

 いきなりの直球。フェイトは少し悩んでしまう。魔法技術のないこの世界で身分を晒すのはさすがにマズイ。

 しかし、これに相手を納得させなければ道も開けない。そう悩んでいると真九郎は苦笑しつつ、答えを待つ。

「わかりました。冗談に聞こえるかもしれませんが、事実を話します。」

 真剣な目で真九郎を見据えてフェイトは話し始める。

 自身がこの世界の人間ではなく、平行して存在する世界の人間で、その世界で開発されたと思わしき古代の技術が詰まった剣がこの世界に来て人を襲っているから、その捜索に来た。と隠さずに告げる。

 真九郎は聞き終えると2人を五月雨荘に招き入れる。真九郎の部屋と思わしき部屋の前に来ると真九郎はドアをノックする。

「切彦ちゃん。入るけど大丈夫?」

「おーけー。」

 と棒読みの英語が帰って来る。

 部屋に入ると布団に包まりながらテレビを見つめる切彦がいた。

「この子です。」

 フェイト達の前に現れたのは、戦闘はおろか運動という事から最も遠いと思わせる少女だった。

 フェイト達がボロアパートの一室に相応しいボロイ部屋に入って、切彦に質問をぶつけようと息を静かに吸った瞬間、切彦の携帯が鳴り響く。

 ゆったりとした声で受け答えする切彦。電話を終えると真九郎を凝視して、耳打ちして立ち上がる。真九郎は切彦の腰にナイフが刺さった皮製の鞘を巻きつける。

「それじゃぁ、緊急時だけだよ。抜いていいのは」 

「おーけー、しーゆーあげいん。」

 また、棒読みの英語で別れの挨拶をして部屋を出て行く。

「あの・・・あの子は・・・」

「あぁ、仕事です。」

「仕事ですか・・・」

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。揉め事処理屋の紅真九郎です。切彦ちゃんは処刑屋です。一様言っておきますけど、あんまり深く詮索すると殺されますから。」 

「あんな子供が殺し屋ですか・・・」

「あなたの探し物はどうやら切彦ちゃんを狙っているようですし、見に行きますか?連れて行きますよ」

 お願いします。とフェイトは即答したが、キャロを仲間の下に送ってからでいいかと質問してくる。

 歳の幼いキャロを気遣っての事に気づいた真九郎は笑顔でいいですよ。と返事を返す。

 キャロをシグナム達に合流させると、フェイトはシグナムを連れて真九郎に着いて行く。

「ところで、揉め事処理屋とはどういったものなんだ?」

「警察の代わりの組織と思ってください。この世界の警察はあまり動きませんから。お金を出せば、こちらは動きます。」

「あなたもそうなんですよね?」

「ええ。端くれですけど。」

 シグナムはそう笑顔で返してきた真九郎がそんな事出来るようには見えなかったが、よくよく考えるとフェイト達隊長格も実力や肩書きを知らなければ唯の女の子。そう考えると真九郎の言う事の信憑性も上がってくる。

「っあ!切彦ちゃんだ。スイッチが入ってるって事は・・・」

 街角の一角、人ごみの中器用に切彦を見つけた真九郎は指差してフェイト達に報せる。人ごみの中微かに見える。

 その表情には、先程までのおっとりとしたものは存在せずに、凶悪なまでの殺気を抑えている表情が浮かんでいた。

 その進行方向には、どこにでもいそうな人の良さそうな中年男性が歩いていた。中年男性と切彦ガすれ違う時、真九郎が、あっ終わった。と簡単に言うと、フェイト達に笑顔を向ける。

「切彦ちゃんも仕事が終わったみたいだし、」

「ちょっとまて、殺し屋なのだろう?切彦という少女は」

「はい。多分、あの人が家に帰って寛いだ時にドバッと」

 っと、真九郎は腹から何かが出るジェスチャーを2人に見せる。

 なんなら、追跡してみます?その魔法とやらで・・・っと笑顔で言う。シグナムも確認がてらと追跡用簡易魔法を中年男性に付けて置いた。

 夜にはそうなってると真九郎に言われたので、夜に確認しようと心に刻んで真九郎と別れを告げる。

 フェイトは明日にでも切彦と話をしっかりとさせてくれとだけ頼んで帰っていった。











 その夜、中年男性に付けた追跡魔法の映像記録を見て、シグナムは衝撃に息を呑んだ。

 真九郎の言った通りに中年男性が家についてソファーで寛ぎ始めた瞬間、腹がバッテンに裂けて内臓がドバッと出てくる。

 その光景に驚いて動けない中年は程なく絶命した。

「なんなんだ・・・これが生身の人の出来る事か・・・?」

 その答えが聞きたかった。切彦と中年男性は一瞬といってもいい程の時間しか接触できなかった。

 そんな間に切彦はこんなにまで人間離れした所業を達成した。

 武器がナイフという事を聞いてから、シグナムは無性に切彦と戦いたくなった。

 騎士として、剣士としての血がそう思わせるのかもしれない。

 真九郎との別れ際、シグナムは軽く聞いた事を思い出した。

「彼女は剣士なんだろう?」

「いいえ、刃物を扱うのが上手な女の子ですよ。剣士からは少し嫌われていますけど。あなたも剣士ですか?

 でも、出来るなら挑まない方がいいですよ。」

 その理由が少しわかった気がした。剣の技術とは違う何かを持っている。それだけはわかる。












 次の日、真九郎に急用が入り、切彦との話をずらして欲しいと電話が入り、真九郎が帰ってくるまで切彦との話はお預けとなった。

 フェイトとエリオ、シグナムとキャロがペアとなって魔剣捜索が開始された。探査用のスフィアを設置はしたものの、反応した場所に向かうと、魔剣は既に転送を果たし、人体のアートが置かれていた。

 そんなことが3日過ぎた頃、人体のアートは既に10個を越えていた。

 やっと帰ってきた真九郎は切彦を連れてフェイト達と合流した。人気のない所を狙って一同は散歩していた。

 キャロがなんの悪意もなしに、どんなお仕事だったんですか?っと真九郎に聞くと、真九郎は笑顔でキャロの頭を撫でながら、女の子の護衛だよ。っと答えていた。

 そんな一同の前に、服の上からもわかるぐらい鍛え抜かれた身体を持つ男が立ちふさがる。

「斬島切彦とお見受けする。剣による勝負を挑ませてもらう。」

「・・・どうしてもですか?」

「30年、腕を磨き続け、剣士の敵であるあなたを殺すに足る実力を得たと確信した。引くわけにはいかない。」

「そうですか。どこか人の来ない廃墟でいいですね。」
 
 そうして、剣士と思わしき男は背に背負った長い布の中から一本の日本刀を切彦に渡そうと差し出す。

「いりません。その代わり、そこの100均によってもいいですか。」

 そう言うと、さっさと切彦は店に入って、5分とせずに出てくる。

 その手にはビニール袋が握られており、何かを購入したようだ。あんな店で買えるもので凶器となるものは少ない。

 凶器となったとしても殺傷力はかなり低い。それを当然のようにする切彦。

「後で後悔しても知らんぞ。切彦よ。」

「しゃぶいです・・・」

 人気のない廃墟に着くと、決闘する2人はその階の中心まで歩いていく。

 男は日本刀を構える。その刃は不思議な光を纏いつつも、美しさを失ってはいなかった。

 その光はその刃に触れるものを切り裂くと見ているものに告げている。

 その対面にいる切彦は、ビニール袋から肉きり包丁を取り出して握る。その瞬間、纏っている雰囲気が一瞬にして激変する。

 背筋が伸び、マフラーから口元を出して不敵な笑みを零していた。

「不動流皆伝、源田隆二。いざ!」

「だりぃ。」

 そうして、2人の決闘は始まった。源田はどっしりとした構えを取り、踏み出すタイミングをうかがっていた。 

 切彦はダランと立っているだけ。どうみても素人。シグナムはこの決闘は二分と持たないと、切彦の完敗で死亡するとみた。

 そんな決闘を止めようとしないのは、少なからず切彦にイラツキを覚えたからかもしれない。

 剣士への侮辱とも取れるあの武器。安物の肉きり包丁で勝てるという切彦の自負。

「はぁぁ!!!」

 源田の縦一文字の斬撃。切彦は後退して避けていく。源田は尚も前進して攻撃を加えていく。

 切彦は包丁で受けとめつつ、溜息をつく。切彦1人に集中している源田にとってそれに気づくのは簡単だった。

 そして、顔を紅くして激高したまま、距離をとる。

「何がおかしい!!?」
 
「よえぇ。雑魚にも程があるってんだよ!」

 切彦は一瞬で源田との距離を詰めると肉きり包丁で攻撃を加えていく。源田はなんとか受け流していく。

「攻撃も雑魚、防御も雑魚。そんなんじゃ、戦鬼にならねぇ紅とやった方がおもしれぇわ。」

 切彦のギアが上がる。包丁を打ち上げると共に源田の右腕が胴体と別れを告げた。

 そこから源田をだるまにするのに5秒と掛かってはいなかった。

「おい、雑魚!何か言い残す事は?せめてもの情けだ。聞いてやるよ。」

「無念だ・・・しかし!いつか剣士がお前を・・・斬島を滅ぼs」

 無表情の切彦がまるで煙を払うかのようにスゥッと横に薙ぎ払う。

 それと同時に源田の首が宙を舞う。噴水のように吹き上がる源田の首からの血。

 切彦は肉きり包丁を持ったまま、真九郎達に近づいてくる。それを笑顔で迎えたのは真九郎だけだった。

「お疲れ様、切彦ちゃん。」

「あぁ。だりぃ。」

 シグナムの敵意を持った目に気づいたのか、切彦はシグナムを睨むように見据える。

「やんのか?でかぱいの姉ちゃん?」

「・・・」

「魔剣出現しました!」

 スフィアの反応をいち早く探知していたキャロが一同に報告を入れる。

 そして、出現ポイントをキャロは指差す。その先には、人体アートとなった源田があった。

 その頭上に青い光が収束していき、魔剣が勢いよく源田につき刺さる。

 そのまま、源田を取り込みつつ光を撒き散らす。

「魔剣が暴走してる?」

 光が収まると魔剣は切り刻まれた源田を再生させつつ、自身を取り込ませ、人をベースにした何かになっていた。

 右手に大きな剣を生やし、身体の各部に鉄の鎧を纏っていた。

「どういうことです、シグナム。」

「これまで魔剣は、勝ちつ負けつと戦績を収めてきた。しかし、この世界では負け続け・・・それも包丁で。

 鬱憤が溜まっていてのだろう。それが暴走してそれなりの剣の使い手を取り込んだ。」

 シグナムたち管理局組は魔剣の暴走に気を取られて、失念していた。武器を展開する事を。

 それを好機と源田(改)はシグナムたちに襲い掛かる。

 その斬撃は先程までの源田の攻撃を2回りも上回るほどの鋭さを持っていた。魔剣を合わせてもその威力は計り知れなかった。

 それを無防備で受ける事となった管理局組。一気に背中に大量の冷や汗が噴出す。

 しかし、その斬撃は管理局組の誰にも届く事はなかった。源田(改)との間に割って入った切彦が肉きり包丁で受け止めたのだ。

 受け止めた事事態に賞賛を送りたいものだが、切彦はそれを何度も受け止める。

 しかし、安物の肉きり包丁の耐久性の限界と共に切彦は斬撃を自身で後ろに飛んで吹き飛ぶ。

 尚も武器の展開を行っていない管理局側に源田(改)は斬撃を放つ。と共に、真九郎の蹴りが源田(改)の腹に突き刺さり反対側の壁まで高速で吹き飛ぶ。

「切彦ちゃん!そこら辺にもう一本武器があるはずだ!」

「わかってるよ!それまでそれをとめてろ!」

「了解!」

 また、突進してきた源田(改)の打ち下ろしの斬撃を真九郎は左手を軽く打ち抜いて斬撃を反らす。

 そして、ガラ空きの顎に右手の小型のアッパーを打ち込む。

 その打撃音は微かに低音が響いただけと、音のインパクトは少ないながら、その威力は想像を絶していた。

 80kgはある源田(改)を1mは浮かせる。流れるように真九郎は飛び上がりながら踵下ろしを顔面にお見舞いして地面に叩きつける。

 そのまま真九郎は天井を足場に勢いをつけ、源田の後頭部に膝を入れる。

 そのコンビネーションは確実に人を死に至らしめるものだった。

 しかし、ロストロギアとなってしまった源田(改)はそこそこダメージを受けたものの、活動停止には至ってない。

 しかし、肉体は損傷を受けており、それを補うように鉄が傷口を塞ぐように纏っていく。

「真九郎!もういい。武器を見つけた」

 その言葉通りに日本刀を肩に担いだ切彦がゆっくりと出てくる。選手交代と真九郎は源田(改)を蹴り飛ばして後退する。

 そうなってようやく武器を展開していない事に気づいて、展開して源田(改)を相手にしようと前へ出て行く。

 しかし、それを止めたのは真九郎。シグナムとフェイトの肩に軽く手を載せる。

「ダメですよ。今は切彦ちゃんの決闘の途中です。」

「しかし、魔剣を相手に」

「あれぐらいなら、今の切彦ちゃんなら楽勝です。」

「そういうことだよ、デカパイども。黙ってみてろ。こっちぁ鬱憤が溜まってるんだよ!」

 切彦の言葉を受けるも、シグナムたちも引けはしない。真九郎の手を退けて進もうと力を入れる。

 しかし、真九郎の手をどける事も、その場から動く事すら出来なくなっていた。真九郎の手にはそれほどの力が込められていた。

「少し待っててくれればいいんです。あなた達の目的は、アレの捕縛であって撃墜ではないでしょう?」

「そうですけど、一般人を危険に」

「切彦ちゃんは裏の世界の第一級です。」

 その間にも切彦と源田(改)が斬り合いを続けていた。切彦がいくら切り込もうが、再生されて埒があかない。

 そんな絶望とも取れるこの状況に切彦はこれまでにないくらいの笑みを零していた。

「ヒャハハ、最高だ。やっと切応えが出てきた!真九郎、邪魔すんじゃねぇぞ!」

「わかってるよ。」

 斬り合いを繰り返していると、源田(改)は慣れてきたのか構えがしっかりとしてくる。

 それに伴い斬撃も鋭さを増す。それに対して、切彦は構えすら取らない。この対極な2人は拮抗した戦いを繰り広げているように見えた。

 しかし、互いの武器にハンデがあり過ぎた。片や、ロストロギアの魔王の剣、片や、そこら辺にある日本刀。

 耐久性もその威力も桁違いに魔王の剣に分がある。それを拮抗した戦いに持ち込む切彦の実力。

 シグナムは既に介入する意思が消えていた。目の前の光景に目を奪われていた。

「カヒャカヒャ!」

 意志が覚醒したのか、源田(改)が言葉を発し始める。しかし、切彦は気にも留めない。

「フドウRyuu、魔王。いざ!!」

「<斬島>第六十六代目、切彦」

 お互いに名乗りを上げると、またも切り合いを再開する。しかし、先程までの拮抗はなかった。

 切彦の斬撃が源田(改)に纏っている鉄を切り裂き、源田に剣を届かせていく。

 そこにはやはり、剣術と呼ばれるような技術は一切なかった。

 ただ、刃物を振り回しているだけにしか見えないながら、その切れ味はどんな達人も踏み込めない領域にいた。

 2分と掛からずに、再生が追いつかなくなった源田(改)が活動停止する。

 魔剣はまた、剣の形態に戻ると、シグナム達の封印処理を逃れるように、切彦の手元に逃げていく。

 見事切彦の手元に収まった魔剣。

 シグナム達は戦闘体勢に入り、切彦と対峙する。

 完全に魔剣に乗っ取られたと思い、一瞬にして攻撃に移れるように集中していく。

 しばらくの静寂の後、切彦がゆっくりと動き始める。

「いるかよ、こんなダセェの」

 呆れたように魔剣をシグナムたちに放り投げると、もう片方に持っていた日本刀も放り投げる。

 そうして、スイッチが切れたように背中を丸めてマフラーに口元を埋めると、両手をポケットに入れる。

 シグナム達は即座に魔剣を封印して、今回の魔剣捜索任務は終わりを告げる。

 任務を終えると、一同は楓味亭を訪れた。先頭に立って入って行った真九郎に対して、看板娘の銀子は一言。

「女たらし」

 と毒を吐くと、笑顔で業務に戻っていく。切彦は銀子に礼と報告を軽くすると、ラーメンを注文した。

 一同も夕食をそれぞれ注文してまったりと、夕食を楽しんだ。

 一様、道中で真九郎達に一様の説明をした結果、2人ともなんとなく納得して笑っていた。

 この世界の人間はよく笑って理不尽にも納得する。頼もしいような恐いような印象を受けた。

 フェイトは追加で貰った情報料を銀子に払って、上に報告するように資料を纏めていた。

 夕食を済ませると、シグナム達は管理局に戻っていった。真九郎達は普段の生活に戻っていった。


















「ほんじゃぁ、まずは、ご苦労さん。報告はソファーにでも座って聞こうかな。」

 機動六課の隊長室で、フェイトとシグナムは隊長のはやてに報告を入れる。

「という事は、魔王の剣は、剣の心得のある相手を選んで飛んでたわけやね。」

「そういう事になるね。こっちが得た情報では全員が剣を習ったりした経験を持ってたし。」

「じゃぁ、切彦って現地協力員の人は乗っ取られんかったんやろ?」

「もう1人の現地協力員の話によれば、切彦は刃物の扱いには長けているが、それ自体にまるで興味もないとの事です。だからかと・・・魔王の剣は相手を魅了して乗っ取るのかと」

「そうみたら自然やね。んじゃぁ、これでこの任務は完全に終了やね。」

「はい。」

「それで、シグナム?切彦ちゃんとやってみたかった?」

「・・・正直、初めの方はやりたくて仕方ありませんでしたが・・・あれは剣であって剣でないように思えて、やる気にはなりませんでした。」

「やってたら勝ててた?」

「負けてました。確実に・・・勝てるビジョンが浮かんできませんでした。まだまだ、未熟です。」

「そうか、精進していこうか。まだまだ、この部隊も始まったばっかりや」

「はい」

 そうして、この事件は幕を閉じた。





















「色々、災難だったね。」

「はい、久しぶりの休日もパーです。ゲームしたかったです。」

「今から行く?保護者になってあげるよ?」

 そうして、真九郎と切彦は夜の街に消えていった。

「はい、珈琲。」

「さんきゅー。ゆーあーないすがい」

「どういたしまして」

 切彦はホットの珈琲を手にとって、フーフーと一生懸命冷まして、チビッと飲む。

「あふぅいっ」








 完





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