「おきるのだ! 真九郎」

 薄汚れた一畳間の部屋に響き渡る活発な少女・九鳳院紫の元気な声。一畳間に敷かれた布団に気持ち良さそうに眠る青年・紅真九郎を眠りから覚まさせる。しかし、目は未だに眠りに戻りたそうに薄く開いては閉じてを繰り返している。

 眠りから覚めようとしない真九郎に覆いかぶさっている掛け布団をガバっと宙に捨てる。初冬という事もあり、寒さに凍える真九郎はゆっくりと眠りから覚め、体を起こす。
 高校受験を控えた中学三年生にも関わらず毎日足しげく通う紫に苦笑しつつも、嬉しく思う。
 小学校中学校を過ぎても、幼い頃に救い出した頃と変わらず接してくれる紫の存在は、裏の世界に身を置く真九郎にとっては太陽のようにも思える。

「まだ、左腕は動かぬのか?」

「ぁあ、肘から先はうんともすんとも動きはしないよ」

「そうか、まぁ気にするでない! 一生動かなかろうが、私がサポートしてやるからな」

 魔法が存在する世界で戦闘を繰り広げるようになってしばらく……
 
 そう、今から三年前に左腕に痛みが走った事から全ては始まった。
 定期的に襲ってきていた痛みと共に、左腕の動きが鈍くなっていく。
 3ヶ月前にピクリとも動かなくなった。

 揉め事処理屋の仕事も休み、異世界にいるシャマルの元へ週に2日通っている。
 診察を繰り返すも、原因は不明。

 仕事や手伝いを頼みに来ていた時空管理局公安部隊総司令の八神はやてからは一切連絡が来ない。
 戦えない紅真九郎には用はない……っと言っているかのように。





紅×魔法少女リリカルなのは
紅のなのは
外伝「夜、共に歩む鬼と花」 前編

作者:まぁ





 週に2日の診察は、3ヵ月もしていれば日常の一部になってしまう。

 始めは、原因が何なのか? このまま全身動かなくなるのか? そればかりが気になって、緊張していた。

 だが、今となっては毎回同じ言葉を貰う為に言っているかのようだ。

『動かなくなった原因は不明。麻痺は後退も進行もしていない』

 左腕が麻痺して2ヶ月は治らない事に苛立ちや焦りを持っていたが、今ではもう……

「やっぱりだめねぇ」

「仕方ないですよ。“こんな身体”ですし」

 自虐的に笑う真九郎に、シャマルは背筋がゾクッとするような感覚に陥る。

 確かに、真九郎の身体は異常だ。
 右腕には、構成物質がわからない角が骨を押しのけるように真っ直ぐに納まっている。
 臓器にしても、常人では考えられない強さを持っている。

 左腕に至っては、まるで殻に篭っているかのようにレントゲン等に内部が映らず、検査する意味を持たなくなっていた。

 目の前に座る紅真九郎を徹底的に調べ、その結果を使えたら戦闘機人に並ぶ戦闘力を持つ非魔道師部隊が出来るだろう。

 そんな実行できるわけない事を考えながら、シャマルは真九郎と少しばかりの雑談を交わす。

 話題はもっぱら九鳳院紫についてである。

 八神家と紫は知り合ってから、かなりの親交がある。
 はやてが紫を気に入ったからという事もあるし、八神家全員が紫を妹のように思っているからである。
 真九郎が話す紫の日常の何気ない話が、嬉しい。

 離れて暮らす妹の近況を聞いているようで……






「中々遅いではないか……真九郎のやつ」

 白い吐息を吐きながら、制服の上にコートを着た紫がお迎えの車に持たれながら、診察に行っている真九郎を待っていた。
 診察に着いて行くと言っても、真九郎は学校に行くように言ってくる。
 それに、わざと学校のある日を狙って診察を入れている。

 当たり前に享受できる日常を大切にしてほしい、という真九郎の心配りはありがたい。
 でも、好いている人の隣にいたい……そんな乙女心にも気づいてほしい。
 クリスマスのプレゼントもくれなかった……。
 あの時は、ひどく落ち込んだものだな……。っと苦笑していた。

「お嬢様、身体が冷えます。車の中へ」

 何度目になるかな……っと心の中で笑いながら、紫は大丈夫だと手を小さく挙げて下がるように指示する。
 さすがにこれ以上唯待っているのは、身体に悪いと思ってか、暖められたペットボトルのお茶を渡してくる。

「ありがとう……騎場」

「いえ……私にはこれくらいしか」

 外見は完全にガタイのいいヤクザ。
 しかし、態度は腰の低い紳士。
 紫の護衛と送迎について10年以上なる騎場大介は、深く頭を下げると紫の視界から消える。

 辺りはすっかり日も暮れ、空は星が支配しようかという時間になっても、真九郎は帰ってこない。
 偶にこういう事はある……約束もなしに夕食を取ろうと待っているときは。

 今日は暖かい鍋がいいなっと今日一緒に食べる夕食を考えていると、離れて待機していたはずの騎場が殺気を纏いながら紫の前に現れる。
 ゆっくりと、騎場の前に一人の男が現れる。

 飄々とした態度で、髪など意識にないかのようにボサボサに寝癖がついた男がゆっくりと歩いてくる。
 ゲッソリとやせ細った身体を包む白衣が、どこか狂気を孕んでいるように見える。

「止まれ……! 引き返さなければ、武力を持って対応させてもらう」

 真後ろで見ている紫でさえ、呼吸が苦しくなりそうな威圧感を感じているのに、対峙している男は飄々とした態度を変えはしなかった。

「そう……ですか。なら先手を取らせてもらいましょう」

 男は右腕を前に掲げると、魔法陣を形成すると、右へ勢いよく振る。
 騎場には何をしているのかはまったくわからなかったが、何か来る事だけは長年の勘が叫んでいる。

 全身に力を入れ、何が来ようとも対処する構えに移る。

 しかし、騎場の機転虚しく、攻撃は予想もしていなかった場所から襲ってくる。
 騎場の死角から魔法弾が高速無音で構える騎場に当たる。

 3mは吹き飛ばされるも、すぐに立ち上がり、敵の排除を試みるも赤黒く光る光の輪が騎場を締め付け、拘束する。

 男は、騎場を逆に排除すると、紫の元へ向かう。

「お逃げください! 紫お嬢様」

 騎場の言葉が届いていないかのように、紫は足を動かす事が出来なかった。
 昔、管理局に誘拐された時の恐怖が蘇ったのか、男が醸し出す狂気が紫を固めているのか……。

「さぁ、来てもらいましょうか。
 楽しい実験が待っていますよ」

 男は固まっている紫の首を優しく掴むと同時に、転送魔法を展開する。

「紅真九郎に伝えなさい……。

 かつてお世話になった礼は返さないといけませんから……

 『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』……キャハハッハ」

 身動きできない騎場を見下すと、男は言葉を残し、転送され紫と共に消える。






 真九郎が現れたのは、紫が消えて一時間が過ぎた頃であった。
 紫の護衛である騎場が真九郎に、紫が誘拐された事と男が残した伝言を伝えた。

 血相を変え、ミッドへと跳んだ真九郎はふざけた伝言以外手がかりがない中、しらみつぶしに捜索を始める。



 時を一日進み、はやて率いる公安部隊に動きが現れる。
 秘密裏に建てられたであろう違法研究所から高魔力反応が検知される。
 まるで鬼をからかい鳴らされる手のように、数箇所で魔力反応は探知された。。

 踏み込む為に周囲の環境、施設の内部構造等調べられる限りの情報を探す。
 情報が入り始め、はやても情報を見る。

 そこにははやてを凍りつかせるに十分な写真が一枚映し出されていた。

 ――鎖に繋がれる紫の写真が。






 一枚の写真を見つめ、顔面蒼白となっているはやてに気づいたのは、集まり始めた情報を元にどう攻めるのかを相談しに来たリインフォースU。
 はやての背中越しに覗き込み、やっぱり……っと苦笑する。
 リインも既にこの写真を見ており、この事をどう対処するかを聞きにきたのだ。

「司令官! どういたしますか!?」

 情報収集に勤しんでいる司令室の隊員達にも聞こえるようなはっきりとした声でリインははやてを見つめる。
 完全に動揺して、視線がはっきりしないはやては黙りこくるしかできなかった。

(はやてちゃん……がんばって下さいです!
 はやてちゃんがしっかりしないと、紫ちゃんも帰ってこないですよ)

 リインははやてに念話を送り、はやてに渇を入れる。
 ここで、はやてが凛として指揮を執らねば、どのような作戦であれ成功はしないのだから。

「……助けるで!
 逃がさへんし、危険も最小限に抑えるよ!

 本局に連絡して可能な数武装局員借りてきて!
 傭兵組織の『グラム』から各施設に二部隊ずつ派遣してもらって!

 急ぎや!
 情報が揃い次第、一気にしかけるで」

 リインの配慮で立ち直ったはやては、キビキビと指揮を執っていく。
 時空管理局地上部隊壊滅事件後、ミッドを中心としたかつての地上部隊の管轄を護る為に、伝説の三提督指揮の下新設された組織の一つであるグラム。
 グラムは事件発生時に、管理局の申請を受けて戦力を提供する組織である。

 慌しくなった司令室へ、フラフラと入ってくる真九郎。
 しかし、左腕が動かなず戦力にならない真九郎を相手にする人間はいなかった。
 既に指揮に集中していたはやては真九郎が入ってきたのを知ったのは、作戦開始までこじつけた時である。
 しかし、情報収集も手伝えず、唯立ち竦んでいる真九郎になんと言葉を掛けていいのかわからなかった。

 はやてがどう話しかけようと悩んでいると、無情にも作戦開始の時を迎える。







 複数の現場で同時に作戦を遂行するとあって、司令室はいつも以上に慌しい。
 その中にあって一人静かに立っている紅真九郎。
 作戦開始に際し、慌しく指示をだすはやてを見て、真九郎は一層孤独感に陥る。

 左腕が動かないというハンデを背負うだけで、紫を救う為の作戦に参加する事も口出しする事も出来ない。
 そんな自分に静かに怒りを燃やしていた。

 一人だけ違う空間にいるかのように取り残されていると、作戦が開始される。

 幾時か経った時、真九郎の携帯端末に一通のメールが送られてくる。

【親愛なる角を持つ鬼よ。
 一輪の花の姫は此処だよ

     ――スウェート・バルサ】

 メールを開いた瞬間、真九郎の血は一瞬にして温度を失った。
 かつて、“存在させてはいけない”生命体であると判断した男がメールを送ってきたのだ。
 星噛絶奈が殺した所を確認したはずなのに……。

 血が凍ったかと思うほどの寒さを感じると同時に心臓がマグマのような熱を持った血液を全身に急速に流す。

「くそぉぉぉお!!!」

 何故叫んだのか、何故黙って飛び出せなかったのか……

 取り残されていた鬱憤を吐き出すと、真九郎は注目を浴びつつも、その視線を無視して飛び出す。
 司令室にいた全員が呆気に取られていたが、一瞬にしてそれぞれが業務に意識を戻す。

 ――唯一人、司令官の八神はやて以外は。

「まって! 真九郎さん!!

 リイン、後頼んだで!」

 真九郎の後を追って、はやては全力で駆け出す。
 全員がはやてを止めようと声を出すが、はやては聞く耳を持っていなかった。
 司令官を失った司令室は、ざわつき始める。

「皆さん! 作業を続行してくださいです!

 八神はやて司令官に代わって、リインフォース副司令官が、指揮を執るです!
 既にお伝えした作戦に変わりはないです。
 早期解決し、平和な日常を取り戻すです!」

 混乱し始めた司令室で何をすべきかを判断したリインは、凛とした態度で場を仕切り始める。
 主の我侭の責任を執るかのように……

 リインUの機転によって、司令室は冷静さを取り戻し、作戦遂行作業に戻っていく。





「止めるつもりですか? 八神はやて……司令官」

 駐車場まで出たところで、突然足を止め振り返った真九郎の目は、冷たかった。
 はやてがこの目を見たのは二度目

 ――10年前に紫が時空管理局地上本部の暴走によって誘拐された時だ。

 紫ちゃん達が幽閉されていた地上本部に殴りこみに行ったのは、裏十三家の2つ、崩月の現当主と次期当主、弟子と斬島の現当主の四人。
 その結果は、四人は無事帰還し、地上本部は壊滅。

 わかっていたつもりだった……
 でも、根本のところで思い違いをしていた。
 彼らは、大切な人に害をなす者の命など、虫以下に思っているのだ。
 対峙した者全ての命を無常なまでに奪っていった。

 私達管理局に属している者とは根本で違う存在……そう言われた事がある。
 

「何かあったんやろ……あんな叫んで飛び出すなんて」

 冷たい目をしたまま、携帯端末をはやてに放り投げる。

 はやてが中身を確認している間に真九郎は、バイクのエンジンを掛ける。
 
 内容は驚愕としか言いようがなかった。

 10年前、真九郎の身体に埋め込まれた角の存在を発見し、散鶴達が狙われる原因を作った男。
 星噛絶奈の手によって死亡したはずの男がメールを送ってきていたのだ。

 しかし、ロストロギア関連の事件に関わってきたはやては、すぐに仮説を立てる。

 10年前の行動を起こす前にクローンを残していた。
 クローンとして誰かに生みなおされた。

 のどちらかであろう。

「行くつもり……なんやろ? あっちはきっと真九郎さんを捕らえる罠張ってるで」

「関係ない……! 紫をあんな所に一秒もおいておけない」

 はやては真九郎の瞳の奥にあったはずの強く冷たい光が力強さを失いゆらゆらと揺れている事に気づくと同時にわかってしまう。

 ――真九郎にとって、紫とは心の支えであるのだ。
 彼女が笑っているから、彼は立っていられる。

 しかし妙である。
 10年前とは違い、真九郎は焦りすぎている。
 何かあるのか……あるのだろう。

『真九郎さん達の内情は、踏み込めば抜け出せなくなる蟻地獄のようなモノ』

 かつて、リンディ提督達との飲み会で、はやてが真九郎達と関わっていこうと思うと言った時の返しである。
 リンディの顔は真剣そのものだった。

 はやてもその言葉以来、必要以上に踏み込み事はしないようにしてきた。


(ごめんな……皆。

 うち、一線越えるわ)


 管理局壊滅以来、年に数回会うようになった紫は既に妹のように可愛い。
 今回の誘拐事件で、リイン達部下が渇を入れてくれなければ冷静さなんてものは取り戻せなかっただろう。
 それほどまでに、紫は自分の中に入り込んでいる。

 真九郎にしてもそうだ。
 管理局壊滅事件後に、違法研究の被害者を出さないために、管理局が再び暴走しないために、公安部隊のトップに上り詰めた。
 その手伝いを無償で文句も言わずに名乗り出てくれた。
 だから、ここまで早く上り詰められた。

 この2人の為なら、蟻地獄だろうと進んでやろう。

「聞かせて……うちに紫ちゃんの、九鳳院の事を」

「日本を、世界を牛耳る財閥ですよ」

「ちゃうよ、九鳳院の表なんてもう知ってるよ。うちが言ったんは、九鳳院の裏……やで」

 はやての真剣な表情を見て、真九郎の目にも力が戻ってくる。



 管理局が一部壊滅してから、はやての頼みで数え切れないほど関わってきたが、ある一線からは踏み込もうとはしてこなかったのに。

 こちらへ……
 殺人を犯そうが、護る
 俺達の流儀に乗ろうというのか。

 八神はやて、あなたが問いかけたその問いの答えを聞くという事は……紫の全てを受け入れ、護らないといけないという事は
 ――わかっているんだな。

 あなたは俺が思っていたよりも、強く優しい人なんですね……。



 言葉もなくホンの数秒見つめあっていた2人は、薄っすらと笑みを浮かべていた。

「紫は……兄の子しか産めない身体と言われています。
 そして、短命。
 30歳を待たずして、紫は死にます……寿命で」

「そうやったんか……それであんなに強く生きてたんやね。
 なら救いださなあかんな」

 はやては腰まで伸びた髪を括り、団子に纏めるとバイクに跨る真九郎の後ろに飛び乗る。
 お互いに言葉はなかったが、通じ合っていた。

 何をしようとも紫を救い出す。
 鬼と呼ばれようとも、また大量殺人をしようとも……それが修羅に落ち、二度と戻れなくなろうとも。





      前編 完



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