転送を繰り返し、ようやく辿り着いたメールに書かれていた地点。
 無骨な印象を与える研究所のような外観の建物を見つけると共に、真九郎はバイクの速度をMAXにしたまま突っ込んでいく。

 異変に気づいたのは、振り落とされないように真九郎に抱きついているはやて。
 かなり大掛かりなAMFが張り巡らされており、奥に進めば進むほど濃度は濃くなっていっている。
 このまま行けば、研究所内ではゆりかご壊滅時と遜色ないほどの魔法キャンセル空間が形成されているはずだ。
 危機感を持ちながらも、はやては進む事を選択する。

 魔法の効力が薄くなるという不利な条件を突きつけられただけで立ち止まってはいられない。
 魔法の力もなく、武器も身につけず、左腕が使えないというハンディしかない状況でも迷わず進む人が目の前にいるのだから……。





紅×魔法少女リリカルなのは
紅のなのは
外伝「夜、共に歩む鬼と花」 中編

作者:まぁ





 要塞のようにガッシリと建てられた建物の正面玄関のガラスに高速のまま突っ込んだ真九郎は、バイクから飛び降り、ロビーの一部を破壊する。
 その音と衝撃に、建物の中にいた敵たちは真九郎達の存在に気づく。
 配置されていたのだろう、一瞬にして真九郎達を狙う銃口は100を越えていた。

 しかし、真九郎は人のいないビルを歩くかのようにゆっくりと歩み始める。
 視線を反らさず、正面を見据えたままに……
 はやてに至っては、まるでいないかのように静かに後を歩んでいた。


「止まれ! とまらな」

「どけ……!」

 100の銃と1の拳。銃の間合いに包囲している状況と圧倒的なまでに真九郎に劣勢な状況の中にして、両者の心境は真逆であった。
 真九郎の吐き出す気は既に鬼気とも呼べないほどに膨れ上がり、銃を構える100人の敵を飲み込む。
 圧倒的優勢にいながらにして、武器も無しに飢えている獣の檻に閉じ込められたかのような恐怖を抱く者達の中を真九郎は静かに歩んでいた。

「邪魔をしなければ……壊しはしない」

 静かに放たれる真九郎の言葉をまるで聖典であるかのように、守ろうと銃を下ろし、真九郎に道を開ける。

 飛び道具と数の力を“唯”手に入れた者は、真に力を持つ者と対峙する事すら適わない。
 力を制御する心が貧弱であるから……
 真九郎から放たれる気を目の当たりにして、抵抗も出来ず飲み込まれる。

「紫はどこにいる……」

 道を作っている誰に言ったでもなく放たれた言葉に、身動き一つ出来ない者達は即座に反応して、真九郎の向かっている先を指差す。
 恐怖で固まっている者達が言葉を発する事も出来ず、指差す事で精一杯。
 真九郎は、全員が同じ方向にあるコンクリートの壁をを指差している事を確認すると、歩み始める。
 
 分厚いコンクリートの打ちっぱなしの壁をまるでポスターを剥ぐように、軽く右腕を振るって破壊する。
 真九郎は文字通り、まっすぐに進んでいく……構造体の壁をものともせずに。

「真九郎さん! 後から来る子らの為に、AMFを発生させてる装置壊してくる」

「死なないでくださいね……」

 声のトーンは先程と変わらないが、はやてにとっては心底優しさに満ちているように感じられた。
 それだけでこの戦い戦っていける。







 真九郎達が突入した研究所の最深部。
 ホールのように高い天井と広い空間の中。
 薄汚れた検査着を着せられ鎖に繋がれ、床に突っ伏した九鳳院紫が、スウェート・バルサ率いる研究者達に囲まれていた。

 研究者達は紫に興味を示さずに、目の前に現れているキーボードを操作していた。
 先程、建物が揺れる衝撃を受けてから即座に始まった作業が何かわからない紫は辺りをキョロキョロと見回す。
 紫の行動が目障りだったのか、すぐ近くに立っていたスウェート・バルサは紫を踏みつける。

「ようやく来たか……待っていた。待ち焦がれていた!! あの素材を……! 我が最高傑作のクローンを壊したあの鬼を」

「真九郎を……真九郎をどうするつもりだ! 真九郎にひどい事をしたら許さぬからな!」

 踏みつけられ、スウェートの顔が見えないながら、紫は力一杯に叫ぶ。
 しかし、スウェートは声高に笑うだけだった。

「あの身体能力を可能にするあの肘の角……解明したいなぁ〜。

 俺のいない管理局の地上部隊のバカ達は崩月の解析結果すら残せなかった。

 聞けばあの鬼は左腕が動かないそうじゃないか……! なら狙わない手はない。

  ――お姫様の騎士となろうとしてるバカな鬼さんをね!!
  キャハハハハハ!!」

 スウェートが言った“お姫様”が自分を指している事に気づくのに、そう時間は要らなかった。
 6歳の頃より真九郎にべったりと一緒にいるのだから……

 唯、真九郎を呼び出す餌とされた事が悔しい。
 真九郎は来てしまう……
 予感がする。
 
 戦えない身体など省みないで来てしまう。
 罠があるとわかっているのに……。

 悔しくて悔しくて涙が零れてくる。
 真九郎に救われたあの夜のように……身体に力が入らないで、唯泣く事しか出来なかった6歳の頃と何も変わらない。

「真九郎……助けて……真九郎……ごめん」

 ブツブツと囁かれえる紫の言葉を鬱陶しく思い、スウェートは足を押し付けて黙らせようとする。
 しかし、紫は止めようとはせずに、祈りのように呟き続ける。

『……ぃ……!』

 紫の祈りが始まると同時に、鳴り始める構造物を破壊する音。
 その合間に微かに聞こえる人の声。

 その声は段々と大きくはっきりと伝わってくる。

    『紫』

 声は何度も声を荒げながら呼んでいた。

 ――泣いてしまった一輪の姫君の名を。






「紫〜!!」

 何枚目の壁を破壊したときだろう。
 右の拳の皮が裂け、血を流し始めたのは……
 叫び続け、喉が渇き張り付くような痛みが走ったのは……

「紫〜!!」

 壊してきた壁がまるで自分を縛っていた鎖だったかのように、何か軽くなっていく。
 心が軽くなっていくうちに、蘇ってくる記憶……
 
 ――かつて、九鳳院の掟に飼い殺されようとしていた紫を救い出した時の気持ちが蘇ってくる。

 使う事を恐れた崩月の角を使う覚悟をしたあの日……
 憧れの揉め事処理屋、柔沢紅香に“漢”だと笑ってもらったあの日……
 生きていくのも悪くないかもしれないと思えたあの日……

 俺はこの10年以上の間に弱くなってしまったのか。
 強くはなっていないな、こんなにも心は怯えているのだから。
 この先にいる紫にこんな心……顔は見せれないな。

 ――俺は、あの子の前では史上最強でなければならないのだから

 覚悟を決めろ……







 研究所の最深部の壁が脆くも崩れ去り、一人の男が現れる。
 『欠陥品の姫の騎士になりたがっている鬼』
 『最も興味をそそられる研究素材』
 『ファーストキスの相手』
 『紫を守ってくれると誓ってくれた騎士』

 ――崩月の戦鬼、紅真九郎である。






 100m近く離れた地点にいながら、真九郎ははっきりと視覚してしまう。

 ――鎖に繋がれ、足蹴にされている紫を……涙を流しながら、祈りを挙げている紫を。

 冷静だったはずの頭は一瞬にして沸騰し、警戒もせずに突っ込んでいく。

「今だ。発動

 ――“デアボリック・エミッション”」

 真九郎が加速を始めると同時にだだっ広い空間に魔法が発生する。
 頭に血が上りきり、思考を捨ててしまった真九郎は構わず加速を続ける。

 紫の元まで50mを切った地点で捕まり、飲み込まれる。

「キャハハッハハ!! 掛かったぁ! 計画通り……後は、研究所をうろちょろしているロストロギアを捕まえられば終わりだ」

「し……真九郎っ! 真九郎!!」

 目の前に広がる真九郎を飲み込んだ魔法に突っ込もうと、両手両足を使って前に進もうとあがく。
 しかし、鎖によってすぐに進めなくなる。
 少し先に発動している魔法を絶望の眼差しで眺める紫を楽しむように、スウェートは笑いながら紫を踏む。

「こっちは計画成功で悦に入ってるんだ。静かにしろよ

 ――近親相姦でしか、ガキ産めないすぐ死ぬ機械のくせによ」

「……な、なんで……それを」

 紫は信じられなかった。

 紫の世界でも数えるほどしかその事実を知らないはずなのに、自分を真九郎を誘い出す餌としかみていなかったはずなのに、その事実を知っている事に……

「少し調べれば、簡単に出てくるよ。この変態が!」

 一瞬にして目の前が真っ暗になった気がした。
 身体の芯から、心の底から震えてくる。

 幼い頃、大好きな母が近親相姦で自分を産んだ事を知った。
 その事を隠す為に、自分は戸籍を貰えなかった……そう思っていた。

 しかし、真相は違ったのだ。

 九鳳院は日本古来より存在する一族。
 近親相姦を繰り返して世代を重ね、一族の血を濃くしていった。
 しかし、弊害も現れたのだ……。

 “近親相姦”でしか、子を成せない身体になってしまったのだ。
 女の身体に異常があるのか、男の身体に異常があるのかはわかっていない。
 しかし、女は子を産めば、10年も生きる事は出来ない。
 九鳳院紫は、そういう運命を持っているのだ。

 だから誰にも知られないように生きて、静かに去っていこう……そう決めていたのに。


 幼い頃にはわからなかった……。
 唯、母は兄である父と愛し合ったという事しかわからなかった。
 しかし、外の世界で学ぶうちに知ってしまったのだ。
 近親相姦が、タブーであると。


 だから、この事は一切公言しないし、知られないようにしてきた。
 知られるという恐怖がこれほどのモノだとは思いもしなかった。

 親しい者ではなく、唯の知り合いですらない人間に知られただけでこれほどの震えと恐怖。
 友達のヴィヴィオや、散鶴、雨、雪姫、円、光達に知られたら……自我を保っていられるのか……。

「いやだ……いやだ……いや……真九郎……助けてくれ」

 涙を流しながら、紫は力なく真九郎を呼び続ける。

 ――デアボリック・エミッションに飲み込まれた真九郎を。







 ――やはり、俺ではダメなのだろうか。
 戦鬼の自分が、騎士になろうなんて。

 全身の皮膚が裂け、血が飛び散り、なおも身体を破壊する魔法は襲い続けてくる。
 このまま反撃も出来ず、ボロ雑巾のように突っ伏してしまうのか……。

『……ぅ……! し……ぅ!』

(声が……聞こえる。
 とても大切な人の声だ。

 この人に何度救われた事か……
 太陽のように輝く笑顔で、疑いもなく無邪気に話しかけてくれる

 たったそれだけの事が、俺には眩しかった。

 この人の笑顔を守る為に生きるのも悪くないと思えたんだ)

『真九郎……! ……ぅ……! た……ぇ!』

(泣いて……いるのか……?
 泣かされているのか?

 絶望に……醜い欲望に……
 耐え難い運命に……

 この人を……“紫”を泣かせるヤツは……!!

 俺が!!)

 広域に広がった単純魔力攻撃により、身を動かす事も出来ず、ただ皮膚や肉が裂けていくのみだった。
 動いて逃げる事も、耐える事も出来なかったはずが、動かなかったはずの左腕が軽くなっていく。
 まるで腕の中に何か産まれたかのように、左腕に向けて溶けた鉄が流れたかのような熱い血液が流れていく。
 無意識に、動かないはずの左腕は前に掲げられていた。

『真九郎!! 助けてぇ!!』

 失いすぎた血液が身体の芯から凍らせる。
 しかし、まるで反逆するかのように、心臓からは何よりも熱い血液が流れる。
 まるで、引き金を引いてほしいと、体中に力が満ちる。

(引くさ……

 それで紫が守れるなら

 例え、修羅に……鬼になろうとも!)

 紅真九郎は引き金を引いた。
 師から譲渡された崩月の角が、開放される。

 しかし、それだけでは終わりはしなかった。
 掲げた左腕にビッシリと血管が浮かび上がり、肉は凝縮していく。
 勢いよく、肘から小さな角が肉を突き破り生える。
 左腕の肘から先の周囲に存在し、今尚真九郎を殺そうと襲ってくる魔法攻撃が左腕に吸収されていく。
 吸収された魔法素をエネルギーに変換し、放出しているかのように角から大量の煙が立ち昇る。

 真九郎は、左腕以外は無防備に攻撃を受け続けながら、進み始める。
 止まっても死、進んでも死、50m程の道のりが気が遠くなるくらい遠い。
 しかし、真九郎は足を止めはしない。

 進めば進むほど、身体は死へと登っていく。
 しかし、真九郎の意識は変貌を遂げていく……。
 
 ――唯純粋な戦闘をするだけの戦鬼へと。




     中編 完



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