Fate/BattleRoyal
7部分:第三幕

第三幕


 「()()()・・・問おう、貴殿が私のマスターに相違ないか?」
一瞬、雁夜は何を言われたか分からなかった。否、何を言われたかは勿論、分かっている。自分が己が主かと問われたのだ。それはサーヴァントが最初に召喚されたならば必ずする問い掛け。おかしい事でも何でもない。
だが、現実におかしい。自分は予めバーサーカーを召喚する為の詠唱を捻じ込んだはずだ。そして今、自分の頭に流れ込んで来る眼の前にいるサーヴァントのステータスは彼をバーサーカーだと如実に語っていた。
しかし、バーサーカーとはサーヴァントの理性と言語能力を喪失させる事で能力を底上げさせるクラスのはずだ。にも拘らず、眼の前のサーヴァントはハッキリとした言葉で自分に主なのかと問うた。それも理性すら感じさせる声で・・・
「どうした・・貴殿が私のマスターではないのか?」
再び、サーヴァントに問われ雁夜はハッとなって答えた。
「あ・・ああッ!俺がお前のマスターだ」
「承知した。これにて契約は成立された。サーヴァント・バーサーカー、これより貴殿の剣となり盾となって御身を聖杯へと誘わん」
契約が受理された事を確認した雁夜はそこでバーサーカーに訊ねた。
「なあ、お前がバーサーカーと言うなら何故、お前には理性があるんだ?それに、お前はさっき始めに『今再び』とか言ったよな。それってどう言う意味だ?」
すると、バーサーカーから返って来た答えはさらに雁夜を驚愕させる物だった。
「それは私が此処と似て非なる並行世界において貴殿に召喚された事があるサーヴァントだからだ」
「なッ!」
雁夜が開いた口も塞がらないと言う顔になるとバーサーカーはさらに続けた。
「私に何故、理性が残っているかについては私自身にも答えかねる。ただ、以前の並行世界において私は紛れもない狂戦士(バーサーカー)として召喚され貴殿の魔力を好き放題に吸い取って狂気の赴くままに戦い敗れた。そして、貴殿もまた、その狂気に染まりとうとう、貴殿の想い人を手に掛けると言う破局を迎えた。」
雁夜は今度こそ眼を大きく見開き怒鳴った。
「嘘だッ!!お・・俺が・・葵さんを手に掛ける?俺が・・?そんな馬鹿な事があって堪るか!」
雁夜は我を忘れ怒鳴り続ける。それに対しバーサーカーは冷静に言った。
「事実だ・・故に雁夜。私は貴殿に問わねばならない。貴殿が何故にこの戦いに身を投じるのかと言う事を」
その諭すような口調に雁夜はある程度、落ち着きを取り戻し答えた。
「俺は間桐に囚われた桜ちゃんを救う為に・・・」
雁夜がそこまで言うとバーサーカーが先を遮るようにこう言った。
「そこまでは確かに良いだろう・・だが、その先はどうだ?」
「その先って・・・それは・・・・」
雁夜はその時、脳裏に一人の男の姿を思い浮かべた。遠坂時臣・・・自分の娘を地獄へと突き落とし葵さんを哀しませた張本人ッ!
かつてはこの男に期待した事もあった。この男なら葵を幸せにしてくれるのではないかと・・だが、今となってはッ!
雁夜が忌々しげに顔を歪めるとバーサーカーはその内心を読んだかのように必死で言葉を続ける。
「雁夜、サーヴァントの身で出過ぎた事と承知で言わせてもらう・・・それでは誰も救えない。その桜と言う御子も貴殿の想い人も・・そして、貴殿自身すらも」
「何を根拠に・・・」
雁夜は睨むように己のサーヴァントを見据えるとバーサーカーは静かな声で続けた。
「私もかつて、貴殿と同じく夫君を持つ女性を愛した」
その言葉に雁夜は少し、眼を見開いた。
「確かに貴殿とは事情こそ異なるが、私もその女性を救わんと行動した。だが、その結果は・・・・悲惨だった」
バーサーカーは最後の部分を力が落ちたような声で言った。自然と雁夜もその声に耳を傾ける。
「結局の所、私がした事は彼女を慚愧の淵に突き落とした挙句に止まらぬ涙を流させただけに過ぎなかった・・だからこそ雁夜・・・貴殿もこのまま突き進めばその先に待っているのは―」
「分かっているさ・・・」
今度は雁夜がバーサーカーの言葉を遮るように口を開いた。そして、こう続ける。
「あんな奴でも葵さんにとっては大事な奴で・・・凛ちゃんや桜ちゃんにとっては大好きな父親だって事くらい分かっているさ・・・・」
雁夜はどこか憑き物が落ちたように語る。それをバーサーカーは静かに聞いている。
「それに、お前が言っている事も真実だと言う気がする・・・いや、お前の話を聞いてあの夢が正しく真実だと確信できた」
「夢?」
バーサーカーは怪訝な声で問うと雁夜は表情に翳を落として言った。
「俺が間桐の家を出た後も魔術の修練を独自に積んで来たのもそれが理由さ。家を出た時はもう魔術なんて物に関わる気は一切なかった・・・だけど、それから妙な夢を見るようになった」
「それは如何なる夢なのか?」
バーサーカーが問うと雁夜は重い声で答える。
「悪夢・・だよ。よく覚えてはいないけど、内容はお前がさっき言ったような物だった気がする。その時、俺は無力で何もできやしない癖にジタバタして・・・自分勝手な気持ちで足掻いて・・・結果はお前が言ったような物だった・・・」
それから重い沈黙が流れるが、暫くして雁夜の方から口を開く。
「なあ、バーサーカー。お前は俺がそう言う未来に向かう事を防ぐ為に態々、この世界でも俺の召喚に応じてくれたのか?」
「確かにそれもある。あの結末はサーヴァントでありながら諫言一つできなかった私にも非があること故に・・だが、それだけではない」
「何だ?」
雁夜がオウム返しに訊ねると・・・
「この世界においても召喚されるであろうあのお方の願いを阻む為に召喚に応じた」
「それはお前にとって大事な人なのか?」
「ああ、私が唯一無二、剣を捧げた唯一人の主君だ。あの方はその潔白さ故に大きく誤った願いを聖杯に請おうとしている。故にお止めする。それが私の願いだ」
それを雁夜は穏やかな顔で聞くと再び、口を開いた。
「バーサーカー、俺の願いを告げる・・・」
その言葉にバーサーカーは身構えてその言葉の続きを待つ。
「間桐臓硯を倒し桜ちゃんを救う・・そして、時臣の野郎をぶん殴るッ!だが、時臣は殺さない。桜ちゃんも時臣も生きて葵さんの下へ返す!」
それが間桐雁夜の答えだった。その答えにバーサーカーは冑を取る。すると、そこには鮮やかな長髪が垂れ凛々しい騎士の面差しが露わになる。そして、バーサーカーは雁夜に対し臣下の礼を取って応える。
「承知した雁夜。今より貴殿が我が王(マスター)だ。サーヴァント・バーサーカー・・・否!このサー・ランスロット、御身の願い必ずや成就せん事を盟約にて誓う!」
ここに新たな主従が盟約を結んだ・・・・






















そして、話は今から二カ月前に遡って・・・此処にも新たな主従が盟約を結んでいた。

「おい、ちょっとあんパン買って来てくれる?」
「じゃあ俺は煙草ね!」
「俺はポテチ!あとコーラも」
「え?」
如何にも柄の悪そうな生徒達が一人の気弱そうな男子生徒に寄って集って買い出しを強要して来る。如何にも漫画のような一場面。その被害者は柔弱そうな面差しと黄金色の眼に縁眼鏡をかけた少年だ。彼の名は紫之寺(しのでら)神威(かむい)、高校一年。家族構成は両親と下に妹が一人・・・どこにでもいる最下層の高校生・・・
「あ・・あのお金は?」
神威がオズオズと言うと途端に生徒達にジロッと睨まれる。それに気圧され・・・
「ですよね・・・」
と卑屈笑いをしながら引き下がる。我ながら情けなかった・・・・
神威はトボトボと言われた買い物を全て行い学校へと戻る・・その道中、神威は溜息をついていた。

僕は一体、何をやっているんだろう・・・大して成績が良い訳でもない僕が必死に勉強して折角、入った高校なのに結局、ここでもああ言う連中の小間使いなわけで・・・中学の時と全く変わっていないわけで・・・これから高校の三年間もずっとこんな調子で過ごして行くのだろうか?
それで良いんだろうか?
思えば、僕はこれまで流されるように歩いて、それと同時に他人との間に波風を立てないようにして息を潜めていた気がする。それが悪い事だと思った事は一度もないけれど、事実ここまでは我ながらうまくやれたとは思う・・・・まあ結果として、ああ言う連中に眼を付けられて、こうして良いように使われるようにはなったけれど、少なくとも従順に従って来たからか暴力沙汰には一度も至ってはいない。
海外を飛び回っている資産家の親から毎月送られて来る50万なんて法外に過ぎる小遣いだって学生相応にしか引き出してないし、他の誰にも言っていない。だから、せびられるお金だって少量で済み大事には至っていない。と言うか他の人が聞けば、それだけ貰っているんだったら好きな物を漫画でもゲームソフトでも買いたい放題じゃないかと言われるんだろうけど・・・・僕にはないんだ。そんな欲しい物とか・・・何も。だって、僕が欲しい物は―――
そこで僕はふと気付いた。あれ?僕が欲しい物って・・・・何だっけ?

そんな事を考えながら歩いていると一人の男とすれ違った。その男は白のダウンジャケットを羽織った青年で顔はフードに覆われて分からなかったが、その陰からみえる鋭い視線を神威は一身に受け身が竦んだ。
男はそのまま何も言わずすれ違っていった。
「何だろう・・あの人?」
神威は思わずその後ろ姿を見つめていたが、腕時計を見て慌てた。
「うわっ!いけない・・・もう昼休みは終わりだ。急がなきゃッ!」
そうして学校への道のりを急ぐ・・が、そこへ着いた彼が眼にしたのは想像を絶する大事態だった―――!


学校が・・・・燃えていた。さらに校庭には夥しいまでの生徒や教師達の惨殺死体が転がっていた。中には手や首、胴が断たれた者もいる。内臓が飛び出した者もいる・・・さらに驚くべき事はそれらの死体は皆、腐っていた。恐らく殺されてまだ、間もないと言うのに・・・

なんだ・・・これ?

これ程の大惨事にも拘らず神威は現実に頭が追い付いていなかった。その凄惨な虐殺劇を前に吐きもせずただ、呆然と見つめるのみ―だが、そのような時間を彼に許してくれる程、世界は優しくなかった。
そこへ一組の男女が神威の前に現れた。一人は神威と同じくらいの少女でゴスロリ色の強い衣装を身に付けている。そして、もう一人は甲冑に赤のマントを羽織った大柄の青年でネットリとした黒髪に顔立ちはかなりの美丈夫で猛禽類を思わせる黄色の眼はまるで、獲物を探しでもするかのようにギョロリとしており、その右手には赤と黒を基調にした禍々しい形の大剣を持っていた。
そして、少女は神威を見て酷薄な笑みを浮かべた。
「あら?この学校の生徒かしら。だとしたら気の毒ね・・・ノコノコと学校に戻って来なきゃ難を逃れられたでしょうに」
その言葉が神威には死刑宣告のように聞こえた。いや、現実にこれは死刑宣告なのだ。この惨状を作り出したのがこの二人である事は彼らの出で立ちや雰囲気からも明白だった。
神威は一刻も早くこの場を去りたかったが、身体が言う事を聞かない。恐怖に震えるばかりで身体のあらゆる機能が役立たずとなっていた。それにこれは勘だが、逃げても無駄だと神威は小動物の如き本能で悟っていた。
「後で騒がれても面倒なだけだもんね、よし、セイバー!・・・・殺しなさい」
少女は冷徹に隣の青年に命じた。
「心得た。我が主よ」
青年は獲物を与えられた事を喜ぶように右手の大剣を神威目掛けて振り下ろした。

その間、神威の時間は白昼夢のように止まり眼の前に振り下ろされる大剣が少しづつ神威に近づいて来る。

ああ・・僕の人生はここで終りなんだ。折角、高校に入れたのに・・・呆気なかったな僕の人生。
けど・・・本当に?これで終りで・・・いいのかな?正直に言ってまだ、終わりたくはない。だって僕の人生はまだ、始まってすらいない・・夢だってそれなりに持っているし・・女の子とだって・・・出来るなら交際したい。
なのにこんな所で終わるのか?いやだ・・・

そこで漸く神威は心の大鼓を叩いて迸る。

僕はまだ、何にもやれていないし・・と言うかそれを見つけてもいない!それに・・・欲しい物だって、まだ思いだしてもいないんだッ!こんな終わり方は絶対に嫌だッ!!僕は・・・・僕は・・・・ッ!
僕はまだ、何も生きていない―――――ッ!!

その瞬間に彼の右の甲に鋭い痛みが走ると共に血の色に染まった三画の聖痕が刻まれる。それを見た少女は驚愕に眼を剥く。
「なッ!こいつも参加者だって言うの?でも、ご生憎様ね・・今更、サーヴァントを呼ぶゆとりなんてない―ッ!」
そう言い終わらぬ内に神威の眼の前に魔法陣が突如として発現する。それは紛れもなく・・・
「ま・・まさか、詠唱すらしていないのに・・・サーヴァントの召喚をッ!」
閃光と暴風が周囲を巻き込んで行く。それが収まった後、その余波で起こった土煙りから快活な声が響き神威に言った。
「うむ!死を眼の前にして尚、強く生きたいと願い、更にはその魂が真に欲する物すら追い求めんとするか!見事だ、よくぞ言った名も知らぬ路傍の者よ!その願い、世界が聞き逃そうとも余が確かに感じ入ったぞ!」
そして、土煙りが晴れ、眼の前には見事な金髪に快活さを感じさせる翡翠の眼に赤を基調にした何気に露出度が際どいドレスを纏った少女が立っていた。そして、少女は高らかに言った。
「さあ、拳を握れ!顔を上げよ!命運は尽きぬ!何故なら、そなたの運命は今、始まるのだから!」
その少女に対する神威の第一印象は・・・

か・・可愛い・・・

そう場違いながら神威は少女に見惚れていた。事実、少女の容姿は整っている。スタイルも均整が取れている。間違いなく美少女の部類に入るだろう。
そして、少女はズイと神威に近づいて問うた。神威は思わずギョッとする。
「答えよ、そなたが余の奏者(マスター)か?」

はい?マスター・・・?

突然、少女にそう問われ神威は呆然となる。すると、少女はさらに顔を近づけて問い掛ける。
「どうした?早く、答えよ!そなたが余の奏者(マスター)なのだな?」
その強引な押しに思わず神威は・・・
「はは・・はいッ!」
「うむ・・特別に許す!余はサーヴァント・セイバー!そなたに余の奏者(マスター)たる栄誉を与えよう!」
ここに半ばマッハスピードで主従の盟約が交わされた。
その時、先程のゴスロリ少女が金切り声を上げる。
「ちょっと!人を無視して勝手に盛り上がらないでくれる?おまけに『セイバー』ですって?ふざけんじゃないわよ!セイバー!この偽物をこのモヤシ諸共、殺しなさいッ!」
「心得た・・・クククッ、同じセイバーを名乗ったからには精々、楽しませてくれるのだろうな小娘?」
男性のセイバーはあの禍々しい大剣を神威達に向ける。それから守るように神威のセイバーが立ち塞がり、こちらは赤を基調にしたかなり、奇妙なフォルムの剣を構える。
「奏者、任せよ。一蹴に附してくれる」
そう言って少女の剣士(セイバー)は敵へと向かって行った。

この日を境に神威は変わらない日常から変わらざるを得ない凄惨な戦場へと身を置く事となった。



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