Fate/BattleRoyal
13部分:第九幕

第九幕


 今より一ヶ月前・・・冬木市・・某邸、地下において、十二歳程の灰色の髪に琥珀の瞳をした少年が銀を垂らして魔法陣を描き、詠唱を唱えていた。前方の祭壇には弓の欠片が置かれている。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。我が祖には太祖リュシアン・サルヴィアティ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
少年はそこで三画の聖痕が刻まれた右手を魔法陣にかざし、さらに詠唱を続ける。
閉じよ(みたせ)閉じよ。(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
繰り返す都度に五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
そこまで唱えると右手の聖痕を通してマナが満ちて行く。

Anfang(セット)

「――― 告げる」

「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

詠唱が完成し聖痕たる令呪を通して魔法陣が発光し、少年の視界を光と暴風が包んで行く―
それが収まり、魔法陣の中央には翡翠の甲冑を纏い、爽やかな美貌の顔立ちに緑がかった金髪の青年が竪琴を手にしてグレーの瞳で少年を見つめて口を開いた。
「問いましょう。君が私を現世(うつしよ)に招きしマスターですか?」

そして、時は戻り・・・コンテナターミナルの戦いの後、冬木ハイアットホテル最上階のスイートルームでケイネスは自分のサーヴァントに対し猛り狂っていた。
「ライダー!貴様は何を心得違いをしている!?此度は偵察が目的だった・・・それをあのような挑発で姿を晒したばかりか、真名まで明かすとは・・・これは貴様らサーヴァントの誉れを競う戦いではないのだぞッ!!」
ケイネスの怒髪天を衝いた叱声などライダーことピョートルは意にも介さず、ワインをボトル口で飲み―
「ぷっはあー!流石は高級ホテルの逸品だな。なかなかに美味じゃねえか」
ご満悦に興していた。それがケイネスの怒りに次々と油を注いで行く。
「貴様ッ!主である私を無視して酒などを呷っている場合か!!そもそも―――」
「温いんだよ、お前は」
突如、ケイネスの言葉に遮るようにピョートルが言った。
「なっ・・なんだと?」
ケイネスは思いも寄らぬ言葉に一層、ピョートルを睨み付ける。
「そっちこそ戦争を舐めてねえか?こいつはお前ら魔術師がやっているようなお遊戯の決闘なんかじゃないんだぜ」
その瞬間、ケイネスの額に幾つも青筋が立つ。自分はこれでも幾多の魔術師達と決闘し、その全てに勝利して来た。それをこのサーヴァントは“お遊戯”などと言う言葉で貶めたのだ。これは『神童』と呼ばれた自分にとって耐え難い侮辱だ。
「サーヴァント風情が何をご大層な事を・・いいか、これは魔術師の闘争なのだぞ。如何に貴様が英霊と言ったって元は魔術師ですらない凡愚に何が分かるかッ!!」
その言葉にピョートルは一層、溜息をついて言った。どうも、自分のマスターは魔術師以外の人種を多分に劣等種として見下している節がある・・いや、実際に見下しているし。隠しもしていまい・・・典型的な選民思想家だ。別にそれが悪いとか野暮な事を言うつもりは毛頭ないが、戦場に置いては間違いなく、それは害だ。今の内にそれだけは正して貰わねば・・・・でなきゃこっちの身にだって関わる・・・
「確かに俺様は元を辿りゃあただの人間さ。だが、同時に戦争ッて奴を知り抜いたプロでもあるんだ。お前のようなハナタレ坊主とは元より年季って奴が違うんだよ」
「なあんだとぉ・・・ッ!」
ハナタレ坊主と言われケイネスの顔に朱が走り怒りの為に血管は膨張している。そんなケイネス(マスター)にピョートルは言った。
「あのなあ・・・聖杯ってのは万能の願望機だ、何でも願いが叶うってな。だったら参加者の中には、そいつを手にする為なら、この生存戦(バトル・ロワイアル)を形振り構わねえ手で・・・それこそ、“魔術”なんて手段に限らず多様な手で勝ち残ろうとする奴も多分にいると何故、考えねえ?」
その提言をケイネスは鼻で笑った。
「何を愚かな・・・これは仮にも魔術師同士の戦いだぞ?そのような己の矜持を地に落としてまで勝とうなどと言う愚物がいるはずがないッ!」
断固とした声で言うケイネスにピョートルはますます、頭を抱えて言った。
「その根拠はどこから来る?戦場の空気なんぞロクに吸った事もない奴が・・・」
すると、ケイネスは然も当然であるかのようにのたまわった。
「それが魔術師と言う者だからだ。世間の法から外れた存在故にこそ遵守せねばならん己自身の法だからだ。貴様のような凡愚には一生涯かけた所で理解はできんだろうがな」
殆ど予想通りの返答が返って来た事でピョートルはかなり、大きな嘆息をつく。
「はあ・・・俺様とも在ろう者が何だってこんな馬鹿に引き当てられちまったんだか。どうせならディルムッドやランスロットのマスターに引き当てられたかったぜ」
「なんだとッ!貴様は私があんな小娘や間桐の落ちこぼれに劣るとでも言うのかッ!?」
それはケイネスにとって決して聞き逃せない侮辱だった。ケイネスとて日本に入るまでに敵の情報収集くらいはやって来た。
小娘のルクレティア・サルヴィアティはイタリアの名門魔術家の幼き当主で彼女自身も既に才能だけならば自分と遜色ない神童と言われている。だが、現時点では自分の方が技量もキャリアも遥かに上だ。少なくとも下に見られる謂れなどない。
もう一人の間桐雁夜などは論外だ。確かに強力なサーヴァントを従えているが、彼自身は衰退した間桐に見合ったお粗末な魔術回路しかなく十一年前に出奔。魔導から背を向けた落伍者。それが今回の戦争で呼び戻されただけの付け焼刃の魔術師でしかないはず・・・それを―――!
すると、ピョートルはあっけらかんな口調で答える。
「確かに・・・学究面と純粋な魔術師の腕に置いては二人とも、お前の足元にも及ばないだろうよ。だが、二人ともお前とでは戦場に置いての心構えが天と泥程に違う」
「どう言う意味だ?」
ケイネスが苦々しい声で聞き返す。
「まず、ディルムッドを従えている嬢ちゃんだが、ありゃ魔術だけじゃねえ。かなり、体術を遣り込んでいる体格だ。おまけに周囲の警戒も怠っちゃいない。まあ、確かに実戦レベルにはまだ到底、及ばねえが、あの歳で戦場にサーヴァントと共に出て来るあたり、上に君臨する者の資質は大だ。同じ神童とやらでも戦略や戦術を魔術一辺倒しか想定せず戦場に直接、出て来る度胸もないお前とはこれだけでも大きな違いだ」
「だとしても・・ッ!間桐の落ちこぼれに私が遅れを取っているなど言う謂れはないはずだ。確かに規格外のサーヴァントを従えているのは先の戦闘でも認めるが、奴自身は取るに足らん魔術回路しか持ち得ない、しかも、一度は魔導から背を向けた落伍者がこの戦争の為、強引に呼び戻されたに過ぎない付け焼刃のお粗末な魔術師でしかないはずだ」
「馬鹿か、お前は?」
突然の罵倒にケイネスは一層、ヒステリックな声を上げる。
「貴様ぁッ!二度までもッこの私を愚弄するかッ!!」
それに対しピョートルは冷静な点を指摘する。
「寧ろ、嬢ちゃんよりもランスロットのマスターが要注意だ。そいつ自身が言ってたろう?間桐家の当主は死んだと。強引に呼び戻されたって言うなら、その当主が死んだ時点でトンズラしてるさ。にも拘らず戦場に出て来たって事は奴自身の意思で参戦したんだろうさ。それ相応の覚悟と鍛錬を積んでな」
「何故、そんな事が分かる?」
「言ったろう?匂いだ。ランスロットのマスターからは明らかに戦闘職の匂いがした。匂いだけじゃねえ。あの体格から物腰には隙がない・・・さらに英雄王による宝具の連射攻撃を間近に受けながらも眼は一瞬たりとも微動だにしちゃいなかった。ありゃ相当、戦場を渡り歩いて来た奴の眼だ」
「だとしても・・それがどうした?そのような奴ら私の魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の前には赤子も同然だ」
ケイネスは自信たっぷりに言うが、ピョートルは白けた眼で・・・
「・・・だと良いけどな」
その態度にケイネスは一層、屈辱に身を震わせる。

こいつ・・・サーヴァントの分際で主である私になんだ、あの態度は〜!誰のお陰で本来、亡霊でしかないその身がこの世に現界できると思っている?
生前はともかく、サーヴァントなど我ら魔術師にとってはこの戦争を戦う為の魔術礼装でしかないではないかッ!
にも拘らず、その礼装が持ち主に意見をするとは何事だッ!?何様のつもりだッ!?いっその事、令呪でッ!いや・・・たった三回しか行使できない絶対命令権をこのような事で消費するなど馬鹿げている。と言うより私に服従しろなどと命じた所で令呪は長期的な命令や漠然とした命令には効果が薄い・・・冷静になれ、ロード・エルメロイ!これを使うのは今、ここではない。

ケイネスはそう自分に言い聞かせながら、令呪の使用を思い止まる。そんな時、彼に声をかける者があった。
「だったら偵察なんて姑息な事しないで打って出れば良かったんじゃなくて?」
その声にケイネスは「うぐっ・・」と呻き声を出す。その声は彼がこの世で最も頭が上がらない女性の声だった。
声の主は鮮やかな赤い髪と氷のような美貌を持ち『女帝』のような風格を備えた貴婦人で名をソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。ケイネスの婚約者だ。
「ケイネス、貴方は自分が他のマスターに対してどう言うアドバンテージを持っているのか理解していないわけじゃないでしょう?本来の契約システムに独自のアレンジを加えたサーヴァントとマスターの変則契約。貴方が令呪を宿し、私がもう一人のマスターとして魔力の供給する。流石、降霊科随一の神童と詠われただけの事はあるわ」
そう、これによってケイネスはサーヴァントへの魔力供給を気にする事無く、自身の魔術行使に専念できる。
「でも、貴方はそのアドバンテージを全然、生かし切れていないじゃない。他人の戦いを指を加えて見ているだけで自分からは動こうともしないなんて・・・情けないったらありゃしない」
彼女にそう言われケイネスは何も言えずにうな垂れる。普段なら、このような侮辱に対してはヒステリックに喚き返すのだが、ケイネスの中で彼女だけは別格だった。要約すると惚れた弱みと言う奴である。
だが、それをやんわりと弁護したのは意外にもピョートルだった。
「まあ、そう言ってやるなよソラウ嬢。こいつは多分に研究肌だ。理論をいきなり実践しろなどと言われても身体が追い付くまいよ」
すると、ソラウは意外そうに首を傾げる。
「あら、ライダー。さっきとは言ってる事がまるっきり、違うじゃない?貴方だってさっきまでケイネスを散々、詰めが甘いみたいに言ってた癖に」
その言葉にピョートルは「まあな」と素直に認め、こう続けた。
「けど、済んだ事をグチャグチャ言っても仕方がねえ。大事なのはこっからだ」
自分のサーヴァントにそうフォローされケイネスは反ってさらに歯軋りをする。だが、突如、ピョートルが放った言葉に耳を澄ます。
「まあ、他にもヤバい敵はいるけどな」
「なに?」
「青いセイバーのマスターだよ。あの手合いは敵の寝込みを平然と恥気もなく撃って来るぞ。それこそ形振り構わない手でな」
その言葉にケイネスは先達ての戦闘に置いてピョートルが言っていたライフルでディルムッドのマスターを狙っていた気配とやらを思い出し、失笑する。
「それがどうした。仮にそうだとしても我々が根城にしているこのホテルの最上階は丸ごと私が丹精を込めて作った魔術工房に改装してある。
結界二十四層、魔力炉三基、猟犬代わりの悪霊、魍魎数十体、無数のトラップに廊下の一部は異界化させている空間もある。正に万能の要塞。如何なる魔術師でもこれを突破する事は不可能に等しい」
得意げに自らの工房を自賛するケイネスにピョートルはどこか考え深げに言った。
「まあ、魔術に関しては天才のお前さんが言うんだ。その自己評価に間違いはないだろうが・・・」
とは言え・・・あの青いセイバーのマスターがこの工房に対し、魔術師らしい正攻法などで挑むであろうか?とピョートルは甚だ疑問であった。因みにピョートルは元より()()()()のケイネスですらも知る由はないが、此処とは異なる並行世界においてディルムッドを召喚しアルトリアに癒えぬ手傷を負わせたケイネスは必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の呪いを解く為に襲撃して来た切嗣をこの自らが設えた魔術工房にて迎え撃とうとしたのだが・・・ピョートルの予想通り、切嗣はこれに真正面から挑む気など更々なくビルの解体用爆弾にて工房と化した最上階ごと吹き飛ばしている。
尤も、この世界に置いてアルトリアに癒えぬ傷を負わせたディルムッドのマスターはケイネスではない為、今の所は切嗣の標的には入ってはいない為に今回はビルの爆破は免れたのだった。
そして・・・今現在、切嗣の目下の標的となったディルムッドのマスター、ルクレティアは・・・

翌日。冬木市、新都の繁華街・・・今は昼に差し掛かった時間で人通りが一番、激しい時間帯だった。そんな人通りに紛れて・・・

(主よ・・・)
ディルムッドが霊体化したまま念話で訊ねる。それに対し・・アフロの黒人少年―ルクレティアは同じく念話で答えた。
(何ですかランサー?外では極力話し掛けるのは禁じたはずですよ)
すると、ディルムッドは困惑したような声で言った。
(敵の眼を欺くと言うのは理解できますが・・・そのお姿は如何なものでしょうか?)
彼が言っているのはルクレティアが現在、自らに施している変装だった。アフロのカツラに特殊メイクによる黒い肌の再現にかなり、ロックな少年物の服装・・・いくらなんでも、濃・・否、敵の眼を眩ませる為とは言え、目立ち過ぎではないだろうか?そんなディルムッドの懸念に対しルクレティアは言った。
(何を言いますか?これなら私だと結び付ける要因はないでしょう。それにこれはルールなど皆無に等しい生存戦争(バトル・ロワイアル)・・・何時どこで襲って来るかが分からない以上、用心はいくら重ねてもそれに越した事はありませんわ)
(それならそれで何処かに拠点を置き『工房』を作られても宜しかったのでは?)
ディルムッドがそう提案したが、彼女は首を横に振った。
(それこそ論外です。元からサルヴィアティ家のテリトリーならばまだしも、敵地(アウェー)に等しい土地で工房を構えれば、工房を作るに適した場所に既に物理的な工作を仕掛けられていないとも限りません)
その言葉にディルムッドはそこに潜む意味を汲み取って言った。
(セイバー・・・いえ、騎士王のマスターの事を気にしておいでですか?)
(ええ、ロード・エルメロイのライダーの言を真実とするなら、その人物は魔術師と言う枠に納まる戦術を取って来るとは思えません。銃刀法違反のこの国でライフルを持ち込むような者であれば、工房を構えたとしてもそれごと吹き飛ばせるような爆発物を所持していた所で不思議はありませんもの)
(しかし、主の仰る魔術師は皆、物理的な科学を軽蔑しているとお聞きしていますが・・・)
ディルムッドは疑問に思いそう口にする。
(魔術師全てがそうと言う訳ではありません。それに、今回は百人もの魔術師(マスター)が参加しているのです。その中にそう言う“外道”の戦法を是とする者達もいると言う事でしょう)
その言葉にディルムッドは珍しく異議を唱えた。
(しかし、騎士王は私と尋常な立ち合いを誓いました。それが・・)
(ええ、それは分かっていますランサー。けれど、マスターまでそうだとは限りません。いえ、寧ろサーヴァントの意思などお構いなしでマスターを狙って来る者達が主でしょう)
ディルムッドは歯痒そうに呻く。それに対しルクレティアは言った。
(ランサー。武人としてあなたの気持は理解できます。ですが、私達はこの戦争を一刻も早く終息させる為に参戦したのです。それだけは忘れないで)
(ハッ!分かっております、我が主よ。この戦いは元より我ら英霊の武を競う戦ではない・・・今生にて誓いを交わしたマスターである貴女に捧げる戦であると)
ディルムッドは歯痒さを押し退けて答える。それにルクレティアはクスと笑みを零して言った。
(しかし、また、騎士王と対峙する機会を得た時はあなたが頼りですランサー・・いえ、ディルムッド。その時は
あなたはいつも通り最善を尽くして勝ちなさい)
この言葉にディルムッドは感極まったと言わんばかりに頷く。
(ハッ!必ずやッ!!)
ルクレティアは己のサーヴァントの心強い返事を頼もしく思いながらも周囲の警戒は怠っていなかった。何しろ相手は平然と銃撃すら辞さない相手なのだから、それに騎士王の癒えぬ傷を一刻も早く完治させたいであろう騎士王のマスターが最初に狙う標的は間違いなく自分達なのだから、気を一層、張り詰めなければ・・・

それと同時刻。冬木市の街中を走る少年がいた。その少年は灰色の髪に琥珀色の瞳で一目で外国人と分かる容姿だった。
少年は見るからに焦った様子で駆け回っていた。息を切らせ額には幾つも汗が流れている。
「クソッ・・・あいつ、また勝手にいなくなって・・・でも、どうせ大方は・・・いたッ!」
少年はそう毒づきながらも訪ね人を見つけた。少年の眼前にはカフェでかなり容姿が整った女性の手を握り、如何にも爽やかで優雅な微笑みを投げ掛けている緑がかった金髪の青年がいた。青年の身なりは育ちの良い御曹司のような礼服を纏っており、事実その仕草も育ちの良さと言うものを醸し出していた。
「お美しいお手ですねお嬢さん。まるで、陶磁器のようです・・・このままずっと、感触を味わっていたいくらいだ」
そんな歯が浮くようなセリフをペラペラと並び立てているこの美青年こそが腹立たしくも少年・・・ジュリオ・サルヴィアティのサーヴァントであった。しかも、これだけベタなセリフだと言うのに相手の女性はウットリとした陶酔の表情と眼で青年に魅入っている。
ジュリオは青年を見つけると怒鳴り声で呼んだ。
「アーチャーッ!!」
その声に青年―――アーチャーは「おや」と言ってジュリオの方を見る。
「ジュリオ、そんなに汗をかいてどうしたのですか?」
アーチャーは爽やかスマイルを浮かべてケロッと言う。それに対しジュリオはますます、沸点が沸いたように顔が赤くなる。
「お・ま・え・なぁッ!!」
瞬く間にジュリオの雷が落ちた。

・・・九時間後・・・日はすっかり沈んだ時分、人気のない路地でジュリオは自らのサーヴァントに延々と説教していた。

「まったく、お前はサーヴァントとして戦争に身を投じた自覚はあるのか?」
ジュリオが呆れたように問うとアーチャーはにべもなく答えた。
「勿論ですよ、我が主(マイ・ロード)。この身は君の剣で在り盾で在り、また、弓矢となって仇名す敵を射抜きましょう」
それでもジュリオは疑わしい眼で見つめて吐き捨てる。
「眼が嘘くさい」
「えぇッ?アッサリ言われると私も傷つきますねえ」
アーチャーが大仰に驚いて言うとジュリオは諦めたように嘆息をつく。

まったく・・・美女を見かけるとすぐ、これだ。まさか、こんなプレイボーイが彼の『ロミオとジュリエット』の原型とも言われる悲恋の主人公にして円卓の騎士が一人、“悲恋の騎士”サー・トリスタンだとは・・・

「と言うかお前・・・イゾルデはどうしたんだよ?」
思わず唐突に問うたジュリオにアーチャー・・トリスタンは無駄に爽やかな笑顔を振りまいて答える。
「それはそれ、これはこれです」
「ぶっちゃけやがったな・・・こんちくしょう」
ジュリオは限りなく棒読みな声で言った。すると、トリスタンは先程、女性を口説いた微笑みのままにただし、声には不敵なまでの自負を込め言った。
「心配には及びませんよジュリオ。聖杯は必ずや、君の手に献上致します。我が弓に懸けて」
この時は流石にジュリオも頼もしく思え、ただ、静かに頷いた。
さて、勘のいい読者諸君には姓名で分かるだろうが、彼ジュリオ・サルヴィアティはディルムッドのマスターであるルクレティア・サルヴィアティの実弟である。
彼は幼くして魔術の知識や基礎理論の造詣が深いが、魔術その物の腕前は“神童”と言われる姉には遠く及ばなかった。属性は単一の火、魔術回路にしてもそれ程の数がある訳でもない。精々が凡庸と言う域を出ない程度の物だった為に両親は元より、一族の者達にすら期待されず省みられずにいた・・・・
対する姉は正しく次期当主に恥じない程の才覚で頭角を現していた。火と風の二重属性を持ち、四十五本の魔術回路。若干十二歳にして家督を継承し、約束された華々しい将来・・・それをジュリオは身近で憧憬と嫉妬が入り混じった感情で見ていた。
そんな中、姉に令呪が刻まれ冬木の聖杯戦争に参加する事となり、家は総出で姉を支援した。聖遺物の入手から魔術工房を造る為の資金等々・・・それをジュリオはいつものように苦々しい眼で見ていた。
そんな中、ジュリオは親戚の叔父から土産として貰った古い弓の欠片の事を思い出した。その叔父は魔術一族の中に在ってかなりの変わり種で考古学に傾倒し時々、愚にも付かないガラクタを送って来る事があった。弓の欠片もその一つだった。
ジュリオがいつ、そんな大それた事を考えていたかは分からない。叔父から貰った古ぼけた弓の欠片の事を思いだした時だったかも知れないし、若しくは姉が聖杯戦争に参戦すると聞いた時からだったのかも知れない。気が付けばジュリオは自身のポケットマネーとパスポートを持ち日本の冬木市に赴いていた。そこで廃屋となった某邸の地下に忍び込み、そこで召喚儀式の準備を行った。そうして行く中で自らの右手に令呪が刻まれた時は歓喜した物だった。
だが、彼の目的はその先・・・この戦争で何としても姉に勝ちたい!勝って自分の存在を一族に・・・両親に認めさせたいッ!彼の願望はズバリ、それだった。
そうして、臨んだサーヴァントの召喚・・・結果、自らが引き当てたのは・・・彼の円卓の騎士に置いて一二を争う騎士サー・トリスタンだった。叔父から貰った弓の欠片は当たりだったのだ。この時になって初めてジュリオは叔父に感謝したと言う・・・しかし・・・

「それが選りにも選って、こんなドン・ファンな奴だったとは・・・」
ジュリオが頭を抱えて言うとトリスタンは感心したような声で言う。
「おや、君ほどの歳で随分と物知りですね」
そう言われ、ますますに頭を抱えるジュリオ。

しかも、いくら、こいつの伝承上、仕方ないとは言え、高い単独行動スキルを持つアーチャーで現界されるなんて僕が眼を離したら何をしでかすか分かったもんじゃない・・・

そんな主をトリスタンは?マークを浮かべながら見ている。だが、突如、彼の顔が険しくなる。それをジュリオは見て取り・・・
「どうした?」
「サーヴァントの気配です。明らかにこちらを誘っていますね。どうしますか?我が主(マイ・ロード)よ」
その言葉にジュリオはゴクリと生唾を飲み込んだ。

とうとう、戦いが始まる・・・僕の戦いがッ!

ジュリオは興奮とも恐怖ともつかない感情を抱きつつも迷わずに言った。
「上等じゃないか・・・アーチャー。早速、その弓で僕に勝利を捧げて貰うぞ!」
そう命じるとトリスタンも瞬く間に戦人の顔となって頷く。
「畏まりました・・・必ずや、敵の首級を我が弓にて射抜き御身に献上奉りましょう。我が主(マイ・ロード)
その言葉と共にトリスタンは瞬く間に翡翠の鎧を纏い、竪琴のような弓を手にした姿となる。そして、ジュリオはトリスタンに左腕で抱き抱えられる。
我が主(マイ・ロード)よ。少しばかり走ります。舌を噛まれませんように」
それだけ言うとトリスタンは一気に夜の路地を走り跳び上がって翔けて行った。



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