Fate/BattleRoyal
14部分:第十幕


ふかやんさんから頂いたオリジナル・マスターとサーヴァントを三組程、登場させました。
ふかやんさん・・・応募して下さったのとイメージが掛け離れてたら、すいません。

第十幕


 トリスタンとジュリオが辿り着いたのは冬木市、新都の港だった。そこには案の定、二組の人影があった。一人は紺のスーツとトレンチコートを着た白銀の髪に真紅の瞳と言う浮世離れした美貌を持った青年で場に似合わない柔和な笑みを浮かべている。そして、隣には恐らく、サーヴァントなのだろう。如何にも白兵戦向きなシンプル且つ堅実な作りの長槍を片手に持ちオレンジのスカーフを絡ませた甲冑を纏い足の膝小僧まで覆った鉄製のブーツと言う出で立ちの男性で逆立った金髪に猛禽のように鋭い金色の眼、顔立ちは大層な美丈夫と言って差し支えなく屈託の無い笑みを満面に浮かべている。
それを見てトリスタンは口を開いた。
「先程から誘って来たのは貴殿達ですね?」
その言葉に銀髪の青年は口を開いた。
「ああ、少々、退屈していたものでね・・・それにしても大した遣い手のようだね。殺気を発してからそれ程、経っていないにも拘らず、もうこの場所を見つけるとは…」
銀髪の青年は相も変わらず柔和な笑みを浮かべている。それを見て取ったトリスタンは瞬時に敵の力量を量る。

かなり、余裕を感じられる顔ですね。恐らく、魔術師としての力量は相当な物なのでしょうし、かと言って油断も慢心もない。ですが、この者はどちらかと言うと戦人と言うより、研究肌を思わせます。しかし、サーヴァントの方は…。

そこでトリスタンは屈託の無い笑いを浮かべながらも獰猛なまでの殺気を発する槍兵の方へ眼を向け彼の者の力量を悟る。

相当に手強そうですね…。

トリスタンは涼しそうな顔をしながらも、内心は冷や汗を禁じ得なかった。
「まずは名乗りを上げるべきだね・・・私はヨシュア・マティウス。マティウス家、六代目当主だ。こっちは私のサーヴァントであるランサー。いざ、尋常なる立ち合いを臨みたい。いいかな?」
ヨシュアは柔和な笑みの中に凄みを混じらせて問う。それに対し、ジュリオはそれに呑まれそうになりながらも毅然とした態度で答える。
「受けて立つ…僕は魔術師ジュリオ。サーヴァントはアーチャーだ。アーチャーッ!僕に勝利を!!」
ジュリオは敢えて、自らの姓名を伏せて名乗る。サルヴィアティではない…唯一人の魔術師として!その決意にも似た命に対し、いつも通りの涼やかな微笑みでトリスタンは頷く。
御意、我が主(イエス・マイ・ロード)。では御下命故に殺りに行かせて貰いましょう、槍兵」
毅然とした宣言に対しランサーも悠然とサバサバした態度で応える。
「応、いつでも来な。俺も己の為…(マスター)の為に弓兵、貴様の首を貰おう」
そう言うとランサーは自身の宝具であろう長槍を手に取り構える。すると、トリスタンも自身の手製の弓にして宝具である『約束された必中の弓(フェイルノート)』を番える。
「では―――いざ!」
ランサーは掛け声と共に神速のような突きを繰り出す。トリスタンも矢を放ち、それによって槍の勢いを削ぐと同時に第二、第三射を的確にランサーへと放つ。それに対しランサーは瞬時に槍でそれらを叩き落とす。トリスタンはそれを内心で息を巻きながらも冷静に対処策を考えていた。
(ふむ、流石に最速の槍兵(ランサー)を相手に速度では歯が立ちませんね…ならば!)
トリスタンはここで距離を後ろへと大きく取る。それを受けてランサーは距離を縮めようと前に出るが、トリスタンの方が一瞬だけ速かった。一度に三本の矢を放ちランサーの急所である喉、心臓、肝臓を的確に捉え射抜く―――!
これぞ彼トリスタンの宝具『約束された必中の弓(フェイルノート)』の真骨頂。標的を必ず射抜き、筋力と敏捷の値を二ランク上昇させ、遠距離であればある程、精度と威力を増す。元は名のある武器ではなく彼手製の弓でしかないが、英霊となった今、彼自身の絶技にまで昇華された弓技の具現ですらあり紛れもないトリスタン必殺の宝具である―――はずだが!
「甘えッ!」
なんとランサーは物ともせず急所を射抜くはずの矢が身体その物に弾かれるように力を失くした!トリスタンはギョッとする間もなくランサーの長槍で脇腹を刺し貫かれた…!
「アーチャーッ!」
ジュリオが悲痛な声を上げると共にトリスタンの口からゴボッと鮮血が飛び出る。ランサーは長槍を引き抜き、崩れ落ちたトリスタンの前に悠然と立っている。
「そんな馬鹿な…アーチャーの矢がこんな簡単に!?」
ジュリオが呆然と呟くとランサーの代わりにヨシュアが答える。
「生憎と彼の肉体は特別製でね。滅多な事じゃ疵一つ付ける事はできないなあ」
どうやらランサー自身のスキルか宝具による物らしい。
「他愛ねえな…初っ端からこれかよ。失望させてくれるぜ…もういい、ちゃっちゃっと死にな」
ランサーは詰まらないとばかりに落胆と嘲りの声を出し長槍を振り上げる―――が…!

トスッ!

槍を振り上げた右腕に矢が突き刺さる。ランサーは一瞬、眼を見開くと同時にギョッとする。眼の前で傷を負い蹲っていたトリスタンの姿が消えたのだ。
それに一瞬、呆ける間もなくもう一度、矢がランサーの肩を後ろから射抜くと同時にトリスタンの声が響く。
「それは失礼、ここからは私も本気で行かせて貰います」
その言葉にランサーが振り向くとそこには矢を番えた体勢でトリスタンが悠然と狙いを付けていた。
「後ろから…これがテメエの戦法か?」
ランサーが不快気に眼を鋭くするとトリスタンはいけしゃあしゃあと言う。
「トリッキーでしょう?」
「抜かせッ!」
ランサーは激昂したような声を出すが、その面貌は不思議な事に怒りよりも歓喜に満ちていた。そして、すぐに神速とも言うべき速さと猛禽類のような荒々しい鋭さで突きを繰り出す。トリスタンも手を休めず且つ移動しつつ時には離れ、時には近づき、矢を次々と…ただし、一本一本を的確に連射する。それらはさながら、矢と槍の凄まじい円舞曲(ロンド)へと昇華されて行く。
その円舞の最中、二人は互いの力量を認め、賞賛すると同時に互いの真名をも悟っていた。そして、ランサーは自らが射抜かれると言う久しく感じていなかったカルタシスに狂喜していた。
「ハハハハハハハ!面白い!面白いぞ、アーチャー!お前は人の身でありながら俺を傷つけ殺せると言うのか!!流石は“無駄なしの弓”の異名に偽りなしと言った所か…円卓の騎士が一人、『悲恋の騎士』サー・トリスタンよ!しかし解せねえな?俺に攻撃を通せる者なんぞ俺と同じく神の血を引く者だけと相場が決まってんだがなあ!!」
ランサーは樹木の槍で矢を捌きながら真名を言い当て疑問を口にするとトリスタンも矢を急所目掛けて放ちながら、お返しとばかりに彼の真名を口にし疑問にも答える。
「お誉めに与り光栄の至り。そちらこそ、その如何なる攻撃を“踵”以外の部位に受けようとも決して、息絶える事はない『不死身の身体』に偽りはなしと見えます。加えて、その神速とも言うべき足捌きやトリネコの樹木で作られたと見受けるその槍…流石はプティーア王ペレウスと海の女神テティスの御子、『駿足のアキレウス』殿と言った所ですか?さて、その質問に答えますが、私の弓は我が必中の弓技が宝具にまで昇華された物…基本的に射貫けぬ物などありはしませんし更に真名を解放すればあらゆる防御概念・加護をも突き破って確実に標的を射抜きます」
「ああ、真名が…」
ジュリオが頭を抱えて呻くのをヨシュアが苦笑と共に引き継ぐ。
「バレちゃたねえ…でも」
だが、すぐに余裕ある笑みを零し、それを彼のサーヴァントがさらに引き継ぐ。
「真名が分かったからって勘違いすんなよ。お前に勝算がない事に一切の変わりはない」
ランサー…アキレウスの豪語にトリスタンは優雅な笑みで返す。
「ほう…それはどう言う意味ですか?」
「お前は俺の真名を悟った事で踵を狙う算段なんだろうが、見くびんなよ」
その言葉に裏付けされたように彼が履いている鉄製のブーツが光る。
「これは我が母より新たに授かった宝具『神鉄の足甲(オレイカルコス)』…A++以上の対城宝具でも持ち出さん限りは、傷一つ付ける事すら叶わねえ神具だ。幾らお前の弓が防御概念と加護を無効化するつっても威力が伴わなきゃ意味がねえ。これで俺の死角は消えた」
「おやおや、それは些か過信に過ぎますね。勝負は蓋を開き切るまでは何が起こるか分からないのが相場ですよ?」
トリスタンは軽やかに一蹴する。
「試してみるか?悲恋の騎士サマよ」
アキレウスは凄みの効いた眼と声でトリスタンを威圧する。それに対しトリスタンは臆す事なくやはり、軽やかに微笑んで見せる。
「ええ、それでは遠慮なく試させて頂きます―――」
そう言って再び、矢を番えようとした時―――!
「はーい!両陣営共にそれまでです〜!」
第三者の声が介入する。対峙していた二組はその声がした方へ向くとそこには黒い修道服を纏った安っぽい笑顔を振りまく青年が立っていた。
「私、聖堂教会から派遣されました袴田淳一郎と申します〜!本日は教会から通達を申告する為、この場にまかり越しました〜!」
「通達だと?」
勝負に水を差されたアキレウスは不快気に袴田を睨み、トリスタンは「ふむ」と考える仕草をする。
「通達とは何かな?今夜、私達は戦争の規定や神秘の秘匿に抵触するような事は一つたりともしてはいないが?」
ヨシュアが首を傾げて言うと袴田は縦に頷く。
「ええ、貴方方に非は一切、ありません。ただ・・今回は一時休戦を通告しに参ったのです」
「一時休戦…?」
ジュリオがオウム返しに聞くと袴田は頷いて答える。
「ええ、そうです。実は魔術の心得を元より持たない連続殺人犯が突発的にサーヴァントを召喚してマスターとなって暴走しているのです」
その言葉に四人は一様に驚きに眼を見開く。
「暴走とは…具体的には何を?」
トリスタンが徐に訊ねると袴田はこう続けた。
「魔術を人前で平然と行使し、それによって市民にも害を及ぼし、多くの幼い子供達を誘拐しています」

『今、聖杯戦争は重大な危機に見舞われている。キャスター…真名は恐らくジル・ド・レェのマスターは昨今の冬木市を騒がせている連続誘拐事件の犯人である事が判明した。
よって、私は非常時に置ける監督権限をここに発動し暫定的ルール変更を設定する。全てのマスターは直ちに互いの戦闘行動を中断し、各々ジル・ド・レェ殲滅に尽力せよ。
そして、見事ジル・ド・レェとそのマスターを討ち取った者には特例措置として追加の令呪を寄贈する。これは過去の聖杯戦争で脱落したマスター達が使い残した令呪である。諸君らにとってこの刻印は貴重極まりない価値を持つはずだ。ジル・ド・レェの消滅が確認された時点で改めて聖杯戦争を再開する物とする…。
さて、質問がある者は今、この場で申し出るがいい。尤も、人語を発音できる者のみに限らせて貰うがね』

聖堂教会から派遣された監督役、言峰璃正からの通達はその日の内に全マスターに知れ渡った。この通達に対するマスター達の対応は様々だった。
令呪の寄贈と言う特典を独占しようと躍起になる者、逆に胡散臭いと勘繰る者、またはその特典に吸い寄せられた蟻を側面から潰そうと暗躍する者・・・そして、少数ながら純粋な義憤で起ち上がる者達…。

「一刻も早く、ジル・ド・レェとそのマスターを排除するべきだ!」
間桐邸の居間において雁夜が力強く主張する。
彼は間桐を捨てながらも十一年間、魔術の研鑽を積みながら、その感覚や倫理観は一般人とほぼ、大差はない。寧ろ、このような醜悪な家に生まれた者だからこそ『普通の日常』を尊いものだと慈しんでいる。それだけに今回の事件はその尊い日常を踏み躙る邪悪な行いだとして激しい怒りを感じていた。おまけにその主なターゲットは凛や桜と同年代の子供達だと言う。故にこそ、その魔の手が彼女達に向かないなどと言う保証はどこにもない。令呪の寄贈と言う特典以前に一刻も早く、ジル・ド・レェ陣営を討つ必要がある!
「私も雁夜殿と同意見です。このような輩を騎士として見過ごすわけには参りません」
勿論、ランスロットも雁夜と意見は同じだ。彼とてかつては『騎士の鑑』とまで呼ばれた騎士。このような非道を看破できる騎士ではないし、また、看破できる彼でもない。
一方、普段は面倒臭そうにする奏も今回ばかりは彼も眉間に皺を寄せて義憤を顕わにし自らのサーヴァントに意見を求める。
「俺も雁夜さんやバーサーカーと同意見だけど、キャスターお前はどう思う…てッ!」
奏がマーリンの方を向いて意見を求めた時、彼は…。
「ふむ…このアイテムをこのキャラクターに装備した方が効率がいいか。後、やはり回復系がパーティーの要だな。ううむ、中々に奥が深い…」
コントローラーを両手にコンピューターRPGに没頭していた。
「おいぃぃぃッ!!何やってんだ、お前はあああああああッ!?」
「不謹慎だろッ!!」
「マーリン殿ッ!!おふざけになっている場合ではございませんッ!!」
奏、雁夜、ランスロットの順で雷が落ちる。それに対しマーリンはあっけらかんに言った。
「ふざけようじゃないか」
「「「はあッ!?」」」
その言葉に三人は思わず、素っ頓狂な声を揃えて出す。
「君達の心意気は買うし、私もこの件に対する基本方針はそれでいいと思う。だが、その者達の居所も皆目見当も付かない状態でジタバタしても事態は好転しない。まずは敵の能力と動向を知り、分析しなければ」
その言葉に三人は沈黙せざるを得なかった。確かに闇雲に探せばいいと言うものではない。
「それに他のマスター達がこれに乗じてどう動くかも分からない。そちらの対応とて考えなければ」
その言葉に奏は怪訝な声で問う。
「どう言う意味だよ?」
「要するにこの戦争に参加している魔術師(マスター)にしろ、英霊(サーヴァント)にしろ、その殆どは『聖杯』と言う願望機に眼が眩んだ亡者共だと言う意味だ」
その言の意味を最初に汲み取ったのはランスロットだった。
「つまり、監督役の通達を無視するのみならず寧ろ、利用して他の陣営の脱落を目論む者達がいると?」
マーリンは相変わらず、コントローラーを操作しながら頷き、こう続ける。
「令呪の一画・・・それは確かに魅力的だろうさ。何しろ、三回しか使えない絶対命令権をもう一つ、くれてやると言うのだからな。喰い付く連中も多分にいるだろう・・・同時にそれを盲点として砂糖に群がる蟻を駆逐して行こうと目論む連中もな」
その意見に雁夜も頷く。
「確かに…時臣辺りならそう考えるだろうな」
「だからこそ、マスター達は特に細心の注意を払った方がいい。この戦いに置いてはサーヴァントよりもその繋ぎとなっているマスターの方を狙うのが常道だからな」
マーリンの言葉に奏と雁夜は同時に頷く。
「それはそうとランスロット。君は此度の件も並行世界の出来事により予期し現実に的中したわけだが、ジル・ド・レェの能力の詳細は知っているかね?」
「宝具である魔導書により魔物や怪異を召喚する能力です。貴奴はその魔導書の恩恵により魔術の一切を行使していました」
ランスロットの説明にマーリンは相変わらずゲームを続けながら「ふむ」と頷き。
召喚師(サモナー)タイプか・・・魔術の一切を宝具で行使していると言う事はその者は正規の魔術師ではないな。まあ、然もありなん。彼のジル・ド・レェ元帥は精神に異常をきたした事で黒魔術書を読み耽り、生贄と称して大量の少年を虐殺した単なる素人同然の殺人狂でしかない。それが何の因果で魔術師(キャスター)のクラスに収まったかは知らないが―」
そう言ってマーリンはコントローラを手早く操作し、画面上のボス・モンスターを瞬く間に撃破する。
「この最弱にして最強の魔術師(キャスター)が“格”と言うものを教えて上げよう」
その朗らかな眼に凄みを宿して言うが、三人は……
(((いや・・・TVゲームをやりながら、格好をつけられても…)))
呆れた眼で見ていた・・・
「ランスロット、君がかつて居た世界に置いて、ジル・ド・レェはどう言う動きを見せていた?」
マーリンが続けて問うとランスロットは申し訳なさそうに答える。
「申し訳ありません…私もそこまでは…。私自身、完全に狂化されていた時の記憶は曖昧なのものですので。そもそも、ジル・ド・レェの事をもっと早くに思いだしていれば、このような事態になる前に防げたかも知れない物を…ッ!」
ランスロットは拳を握り口惜しそうに言う。
「まあ、仕方ないさ。君も奴が召喚された経緯や場所まで元より把握していた訳ではあるまい?そもそも、君が居た世界とこの世界は既に大きくズレてしまっているのだ。完全に同様な事が起きるとは君でも断言はできないし、予測できなかった事だろう」
マーリンはそうフォローするが、ランスロットはずーんと沈み込んでいる。相も変わらず堅い奴だなとマーリンは思いながら、コントローラーを動かす指を一切、止めていなかった。
そこへ居間の扉がギイと開いた。
「雁夜おじさん…?」
そこへ人形のように整った顔立ちの少女が感情のない眼で彼らを見た。
「桜ちゃん、どうしたんだい?」
雁夜は少女…桜の所に駆け寄り彼女と同じ目線で身体を低くする。
「なんだか眠れなくて・・・」
桜は感情のない眼で答えると雁夜はズキッと胸が痛んだ。

きっとまた、虫蔵での夢を見たんだろう…身体が治っても心まで救うには俺は遅過ぎた。

雁夜は臓硯を倒し、マーリンによって桜の体内に巣くう蟲達を除去した後、マーリンに言われた言葉を反芻していた。

『取り敢えず、体内の蟲は一匹残らず除去したし、必要な処置も施した。もう、心配はいらない。少なくとも身体的にはと言う意味に置いてだが・・・生憎と“心”の方までは私でも治せない。後は時間とこの娘自身の気力に賭けるより他はない』

雁夜はギュッと唇を噛み、自分を責める。自分がもっと早くに決着を着けていれば、この娘をこんな目に会わせる事もなかったのだと。
重い空気が場に流れていた時、マーリンは桜を手招きして言った。
「眠れないと言うなら是非もない。君も遣り給えよ」
そう言って、彼は傍らのゲーム機やコントローラーを指し示す。
「お前・・こんな時に」
奏が渋い顔で窘めると桜はそれらを覗き込んで淡白な声で言った。
「何それ?」
その答えを聞いた瞬間、一同は少しだけ耳を疑った。遊びたい盛りの子供でゲーム機を知らないなどと言う事があるのだろうかと。
「何ってTVゲーム機だよ。君らくらいの歳なら知らぬ道理はないと思ったのだが?」
マーリンが首を傾げて言うと桜はこう答える。
「前のお家では機械は殆ど、なかったから…」
その答えに一同はああと納得した。よくよく考えれば、あの如何にも機械文明を厭う魔術師の典型とも言える遠坂時臣が娯楽の為の機械なぞを自身の娘に買い与える道理など在ろうはずもなかった。
「よし、ではこの私が一から君に伝授して差し上げよう」
マーリンは大袈裟な身振りで桜にコントローラーを差し出し、促す。
「だから…こんな事をしている場合じゃ…」
奏はそう言って止めようとするが、雁夜は手で奏を制した。
(桜ちゃんにとってはこう言うのも気分転換になっていいかも知れない)
そう考え、敢えて、この場はマーリンに任せる事にした。それにしても…と雁夜は思わず、笑みを零す。ランスロットをサーヴァントとし、奏やマーリンのような者を仲間としたのはこの上もない僥倖であったと雁夜は思った。自分一人だったら、きっとロクな事を考えなかったし行動しなかっただろう・・・
きっと、あの悪夢の通りの結末を迎えていたに違いない。三人には感謝してもし切れない…。だからこそ、本当の意味で自分は目的を遂げねばならない。そして、必ず、聖杯を破壊しこのくだらない戦争を解体する!
雁夜は…いや、四人は改めてそう誓った。






















一方、冬木市、新都の繁華街においてもこの非道に対し純粋な義憤を感じている者達がいた。
ビルディングに設置された大型モニターから児童連続誘拐事件のニュースが流れている。それを聞きながら、雑踏の中に居る一人の少女がチッと舌打ちする。その音を聞いた近くの人は振り返って見るとすぐに慌てて少女から眼を離す。その少女は栗色のロングヘアーに蒼色の瞳をしており、顔立ちも整って間違いなく美女と言う類に入るだろうが、その顔には険があり、眼つきはかなり鋭い。背には木刀を入れた棒ケースを背負っている為、一層、近寄りがたさを感じさせていた。
そんな彼女に隣に居た男性が窘めるように声をかける。
冬華(とうか)、女性が舌打ちなどをするものではない。殊に人前ではな」
その男性はサンディブロンドをオールバックにし、顎鬚を蓄えた三十代程の男性で中々に精悍な顔つきと体格をしており、纏う雰囲気も尋常ではないオーラを醸し出している。
「ふん、舌打ちだってしたくなる…うちの学校を襲った連中の足取りも掴めねえ内から、こうしてまた、ムカつく野郎共が出て来るんだからな」
少女・・如月冬華は不機嫌な顔で吐き捨てる。
「それでどうする?教会からの通達通り、ジル・ド・レェ陣営の討伐に乗り出すのか?」
男性が静かに問うと冬華は即答で答える。
「決まってんだろ。同じくこの戦争に身を投じている者として、これを放って置くわけには行かない。必ず、ブッ潰すぞセイバー」
すると、男性・・セイバーは頷いて了承した。
「承知した」

如月冬華・・・彼女は壊滅した紫之寺神威の学校の生徒であった。冬華はいわゆる“不良”と呼ばれる生徒であり当然のように喧嘩が強い。それもそのはず、彼女の実家は冬木市でも有名な剣道場であり彼女も幼い頃から腕を磨いて来た。更に彼女生来の気性の荒さも手伝い同年代では知らぬ者はない猛者となっていた。
そして、そんな彼女の母は魔術師の家系であり母も魔術師としての心得があったが、その頃には一般の家庭になっていた。彼女自身も母から魔術の心得を多少なりとも受けていたが、それだけで冬華も母と同じく魔術の世界に本気で関わる気は毛頭なかった・・・・そう、あの日までは―
リオンとチェーザレが学校を壊滅させた日、彼女は実家の剣道場で修行をしていた為に難を逃れており、その直後に令呪が刻まれ、母から聖杯戦争の詳細を知らされたと同時に件の学校壊滅は自分と同じく聖杯戦争の参加者であるらしい事も知った。母も父も今すぐに令呪を破棄するように言ったが、彼女は頷かず、両親の反対を押し切り参戦を決意する。
冬華は一見、如何にもな“乱暴者の不良女学生”と言う見方が周囲の概ねの評価ではあるが、内面は決してそうではない。真っ当所か弱い者虐めを何より嫌うかなり、熱い性格の持ち主であったりする。故にこそ今回の事件は彼女からすれば到底、容認できるものではなかった。
圧倒的な力を持つ者が好き勝手に弱者を蹂躙する・・・その陰惨且つ恥知らずな行いをする者を素通りできる程、自分は人間ができてはいない。そして、また、強者と言う驕りの下に関係のない人間を傷つける馬鹿野郎がいる。聖杯だの英霊だのと言うのはよくは知らないが、そんな奴らの好きになんてさせるもんかッ!
冬華は瞳に強い決意を宿して雑踏の中を歩いて行った。

そして、それと同時刻・・・・冬木市のある某所で、当のジル・ド・レェ陣営は新たな犠牲者を手にかけようとしていた。
「ねえ、旦那!この娘、超良くねえ?髪も艶々だし、肌も滑らかだしッ!」
赤みがかった茶髪の青年・・・雨生龍之介が縄で縛り付けた高校生くらいの少女を指し示しながら嬉々として言う。少女は栗色の髪をポニーテールに纏め、灰色の瞳を涙で潤ませ、身体を恐怖に震わせ、眼の前で自分を品定めするように見つめている龍之介と奇抜な格好をした大柄なギョロ眼の男を自身も見ていた。彼らの傍らには眼を背けたくなるような凄惨な()()が山のように横たわっていた。それらは腸であったり、肝臓であったり、果ては心臓や脳髄、眼玉。ありとあらゆる人間の残骸が辺り一帯を埋め尽くしていた。
(どうして・・こうなっちゃったの?)
少女・・・井上奈緒は脳内で何度もその言葉を反芻していた。とは言え、彼女も自分に今、どう言う経緯で何が起きたかは理解していた。
自分は塾の帰り道に人気のない場所を家への近道だからと利用し、その背後を後ろから襲われ何処か知らない此処へと連れて来られたのだ。そして、眼の前の二人は最近、起こっている連続誘拐事件の犯人に違いない奈緒は確信していた。だって、二人の側に埋め尽くされた残骸はいづれも幼い子供達が殆どであったからだ。
そして、細身の青年・・龍之介が興奮して奈緒をギョロ眼の男に指し示して言った。
「それでさ、俺、この娘を人間パイプオルガンの装飾に使おうと思うんだ!ほら、この娘の髪とか肌もそう言うのに使えそうじゃん!どうだろう旦那?」
その言葉に奈緒の思考は止まりそうになる。一方、ギョロ眼の男もニンマリと笑い答える。
「ええ、それはいいですねえ龍之介。きっと素晴らしい物ができる事でしょう」
奈緒は眼を瞑って声にならない叫びを心の中で木霊する。

お父さん!お母さん!

「Cool!それじゃあ折角だからこの娘の腸はオルガンの鍵盤にしようッ!と・・言う訳だから・・・君・・いっちょ、死んでくれる?」
龍之介が奈緒の方に身体を向け、ナイフを手に近づいて来た。奈緒はビクッと身体を痙攣させ涙を両目から流しながら迫り来る殺人狂を見つめる。一方、殺人狂こと雨生龍之介はそんな顔にすらそそられると言わんばかりにナイフの刃をぺロッと舌舐めづりし、歩を進める。
奈緒はますます、恐怖に頭が真っ白になる。そして、叫び声すら上げる事すらできずにそれを心の中で・・・意味などないと知りながらも叫び続けた。

嫌だ!嫌だ!嫌だッ!助けてぇ・・・お父さん・・お母さん・・・助けてぇッ!だ・・誰かッ・・!助けてよおおおおおッ!!

そうして、彼女もまた、彼らの愉しみの犠牲者と・・・・()()()()()()()()

奈緒がそう心の中で叫ぶと同時にまるで、彼女の叫びに呼応するかのように奈緒の右手に赤い三画の聖痕が刻まれる。そして、それに伴ない彼女の前方には幾何学的な魔法陣が発現する。龍之介は呆気に取られる間もなくそこから暴風と閃光が炸裂した事で後ろに吹き飛ばされる。
そして、全てが収まり、静寂が訪れた頃、奈緒の眼の前には一人の男が立っていた。黒のマントを羽織り、古代を思わせる鎧を纏い、長い灰色の髪を右側に纏め左目に眼帯を巻き、そして、残る鋭さを誇った真紅の眼は眼の前の少女を真っ直ぐに見据えている。
奈緒はその姿を呆然としか言い様のない風情で見つめているが、彼はそれも構わずに口を開いた。
「サーヴァント・ライダー。聖杯の招きに応じ、ここに現界した。それでは初めに問うておく・・君が私に助けを求めしマスターか?」



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.