Fate/BattleRoyal
22部分:第十八幕

第十八幕


 これは懸命に愛を与えた少女の物語・・・そして、とうとう誰にも愛される事はなかった少女の物語。

少女は望まずして帝座に座った。母の私欲と姦計の末に戴いた呪われた帝座だった。
その反動故か少女は身内を厭い、他者に多大な愛を与えた。何よりも民草を第一にと考える為政者たらんとした。
望まずして帝座に座ったとは言え、少女は有能だった。帝座につく以前から、公正な裁判官として様々な重要な訴訟を取り扱い適切な裁断を下して来た事もあり、民衆に慕われ支持も高かった。さらには優秀にして最も信頼の置ける友にして師がいた為、少女の治世は順風満帆と言って良いスタートを切った。
即位の後は全ての間接税を廃止し減税して皇帝即位の祝い金を民衆一人一人に与えもした事で更なる支持を得る。また、都市を襲った大火災への対処も適切且つ迅速で自ら救助の陣頭指揮を執り、その後の都市の再建など為政者としての手腕を遺憾なく発揮した。一方で少女は芸術を愛し自ら独唱会を開いたりなど皇帝らしからぬ放埒な振る舞いも目立ちはしたが、それでも少女が善き治世者である事に変わりはなかった。
だが、何時かからか少女の周りに翳が差し始めた。少女が帝座についた時から国の元老院は私利私欲に腐敗し切り特権化しており、これを打開する為、元老院属衆と皇帝属衆を統合させ国庫を一本化させるなど積極的に改革を推し進めるが、元老院は当然の事ながら、自らの既得権益が脅かされかねない政策に強い抵抗を示し少女の改革は決して一筋縄で達成される物ではなかった。
さらに、少女の敵は元老院ばかりではなかった。私欲によって自らを帝座につけた母も次々と私欲による国政への口出しをして来るなど、少女の頭を悩ませてばかりいた。
そして、少女は母の抹殺を決意し何度も暗殺を試みるが、悉く失敗。とうとう―――公衆の面前で母を粛清せざるを得なかった。しかし、母は少女に幼い頃から逆らえぬようにと毒と解毒剤を盛られており、母を殺した事で以降、毒による後遺症の頭痛に生涯苦しむ事となる。それでも少女は淡々と国政にのめり込んだ。
それから、少女の日々はさらに惨憺たる物となる。母によって強制的に婚姻させられた妻の自殺。義弟の暗殺。そして、遂には自らの治世を支えてくれた唯一の友であり師も少女を恐れて自刃した。少女は師を許すと言ったが、師にはそれが信じられなかった。民衆に絶大な人気を誇った少女は同時に親族や身内にとっては死と恐怖を撒き散らす悪魔でしかなかったのだから・・・・それでも、少女は国家の為に身を尽くした。だが、この時から、徐々に周囲は少女を疎み始めていた。少女もそれを肌で感じ取ってはいただろう。だが、最早、どうする事もできなかった・・・
そして、当然のように反乱が起き少女は帝座を追われた。だが、この時になっても少女は楽観もしていた。民衆が自らの退位を許す事など有り得ないと・・・だが――――
何もなかった・・・彼らからは何もなかったのだ。民衆は長い物には巻かれろと言わんばかりに事態の静観を決め込んだ。少女は偽りなく民衆を愛した。だが、悲しいかな、少女の愛と民衆の愛はその形と性質を大きく違えていた。少女の愛は我が儘―――何もかもを与える代わりに何もかもを奪わねば気が済まない焔のようなものだった。全てを捧げ、費やし、燃え尽きる愛・・・繁栄しながらも永久を望むぬ情熱の形。それは民衆が望んでいた愛の形ではなかった。
少女とて気づいてはいた。だが、気づいてはいても理解はできなかった・・・彼らと愛を共有する事ができなかった。愛し、愛される歓び。誰よりも人を愛した少女であったが、そんな簡単な歓びを最後の最後までとうとう理解する事はなかった――――

「奏者ッ!!」
眼が覚めた神威の眼前に最初に入って来たのは涙を眼に溜めたセイバーの顔だった。それを見て神威はまだ、頭と意識が覚束ないながらも徐に起き上がり弱々しい笑顔を浮かべて口を開いた。
「ああ・・おはよう・・・」
「奏者ァァァァッ!!」
セイバーが感極まって抱き付いた瞬間、神威は背に激痛を感じた。
「・・・・・―――――ッ!!」
神威が声にならぬ絶叫を発すると、それをやんわりと窘める声がした。
「君・・彼はまだ傷が治り切っていないのだから、無茶は駄目だよ」
神威はふと、その声の主をみると、そこには湯飲みと薬を盆に乗せて運ぶ黒髪をポニーテールに纏めたかなり、顔立ちが端正な少女が立っていた。それから周囲を見渡すとそこは和室で次に自分の方を見ると上半身に包帯を巻かれて布団に寝かされていた。

僕・・確かリオンと戦っていて・・・それで―――

疑問に思い首を傾げる神威にさらに聞いた事もない声が答える。
「倒れて気絶したお前を涼香が介抱し、この家に招いたのだ」
その声にハッとなった神威の眼前で黒髪の少女の隣に藍色の長髪を靡かせた騎士然とした青年が実体化した。
「サーヴァント!?」
思わず、神威が身を強張らせると黒髪の少女が盆を床に置き、手でそれを制し口を開いた。
「安心してくれ。私は君達に害を為す気はない。と言うより、その気ならとっくにそうしているはずだろう」
そう言われ神威はセイバーの方を見るとセイバーも頷いて答える。
「うむ。こ奴らは今の所、我らに敵意はないようだ。奏者よ、そなたの傷がまだ、完全には癒えていない事もある。今の所はこ奴らの厚意に与るとしようではないか」
セイバーにもそう言われ神威も取り敢えずは力を抜いて眼の前の二人に礼を言った。
「その・・・色々とありがとうございます」
「いや、礼には及ばないよ。先に助けて貰ったのは此方なのだから。此方こそ改めて礼を言うよ。私はこの柏木道場の娘で柏木涼香と言う。よろしく」
黒髪の少女―――涼香が笑みを浮かべて名乗ると彼女のサーヴァントも同時に名乗った。
「俺はサーヴァント・セイバー。真名はディートリッヒ・フォン・ベルン。涼香のサーヴァントだ」
「あの・・そんな簡単に真名を名乗っていいんですか?」
思わず神威が問うとディートリッヒはフンと鼻を鳴らして答える。
「お前達如きに真名が知れようとも大した瑕瑾にもならん。何故なら、お前達が俺に勝つ事はできぬからだ」
その自信有り気且つ高慢な物言いは彼の英雄王を思い出させた。神威は一瞬、面喰らうが、セイバーの方は睨み返して言う。
「相も変わらず英雄王並みに態度がでかいなベルンの大王。その慢心命取りとなるやも知れぬぞ?」
「勘違いするな小娘。これは慢心ではない・・・矜持だ」
ディートリッヒの言葉にセイバーがオウム返しに問う。
「矜持?」
「そうだ。俺は騎士として・・また、王として敗北などは断じて許されない。王の敗北とはそのまま王国の滅亡へと直結するのだから・・・故にこそ俺は己に懸けても国に懸けても負けられぬし勝利は元より最低条件であり、俺自身に課した絶対法なのだ」
ディートリッヒは凛とした顔と態度で豪語する。それを見て神威は改めて英霊と言う存在の凄みを間近に感じていた。
(この人といい・・イスカンダルといい、あのギルガメッシュといい・・・・英霊って皆キャラが濃いのかな?まあ、それを言ったらセイバーもだけど・・・・)
神威はセイバーの方を見て、そう内心で呟く。当のセイバーはディートリッヒの言葉に対しこう返した。
「うむ。王としての殊勝な覚悟・・中々に大義である。しかし、余とて負けられぬのは同じ。必ずや聖杯は我が奏者を見染めるであろう」
すると、ディートリッヒは失笑して言う。
「それは何の根拠が在っての事だ、小娘?俺が見た所、この小僧には然したる長所も強みも感じない。案山子以前だ。おまけに瞳や顔付きにも力や意欲を感じぬ。寧ろ、惰弱の部類に入る顔つきだ」
散々な言い様だったが、概ね間違いではないと神威は認める。自分には魔術師としての実力など皆無に等しいし、どうしても聖杯を得たいと言う意欲も戦いに対する覚悟など更々ない。そんな自分がこの戦争を勝ち残れる道理など在るだろうか?
さらに、ディートリッヒは続けて言う。
「実際、我がマスターを襲った賊の魔術師相手に全く歯が立たなかったそうではないか。それでも尚、この小僧が勝ち残れると言う根拠は何なのだ?」
それは神威も気になり耳を澄ますが、彼女の答えは―――
「そんな物はない!」
そう言い切るセイバーに神威もだけでなくディートリッヒや涼香も思わず、ズッコケた。そんな中、セイバーはさらにこう続けた。
「そんな物は確かにない―――だが、余は最強の英霊であるぞ?ならば、その余の奏者(マスター)とて最強の魔術師に至るのが必定であろう」
「ちょッ!セイバー!?」
幾ら何でもそれは持ち上げ過ぎだと神威は制止しようとするが、続くセイバーの言葉に阻まれる。
「何故ならば、我が奏者は未熟ながらも奥底に“生きる”と言う何にも勝る気概を持っておる。故にこそ余も召喚に応じたのだ。余は生きる事に必死にもがき、足掻いている者が大好きだ!力なき者が力ある者に迫ること、その命は真に我が焔に相応しい」
(そんな風に思っててくれたんだ・・・・)
神威は気恥かしいやら照れるやらで頬を思わず掻いた。すると、涼香もディートリッヒに言う。
「私も彼女の言に概ね賛同するよ。何より彼は自らも傷を負っているにも拘らず、私をその身を呈して救ってくれた。少なくとも、惰弱な人間が持ち合わせている気概では決して、ないよ」
その言葉にディートリッヒも渋々と言う顔で頷いた。
「ま・・まあ、確かにそれは認めねばならぬ事ではある・・・」
「ほう・・存外に素直だな、そなた。」
セイバーがニタリと言うとディートリッヒは憮然とした顔で答える。
「事実を認めただけだ。別に貴様のマスターを認めたわけではない」
「セイバー・・」
涼香が窘めるように呼び掛けるとディートリッヒは不意に困ったような声でぼやく。
「その呼び名・・・ややこしいにも程があるな。おい、赤いセイバー。こうして俺も真名を名乗ってやっているのだ。ならば、お前も真名を明かすのが礼儀ではないか?それに、クラスが重複している今。ややこしいにも程があるしな」
だが、それに対しセイバーは即答で断る。
「論外だ。そなたも知っての通り真名は我ら英霊にとっては弱点に直結する程の重大事だ。そなたの甘言に乗って教えるような物ではない」
すると、ディートリッヒは嘲笑を浮かべて言う。
「屁理屈も良い所だな。皇帝と言いながら、その実は大方、後世の歴史書にも残らぬ程の暗君か、自称しているだけの英霊モドキと言った所だろう」
「無礼な!この身は紛う事無き王の中の王である皇帝ぞッ!如何に名高き名君と誉れ高いそなたで在ろうとその侮辱は許容できぬ!」
セイバーはいつにない程、烈火の如く激怒する。それを傍で見ていた神威はふと、先程まで見ていた少女の夢に思いを馳せていた。

あの夢・・・・あれ多分・・・セイバーの事・・だよな?
何となくだけど、分かる。あれはセイバーの生前の記憶だ・・・あの都市やそこに居た人の姿格好・・あれは間違いなく古代ローマの風景だ。そして、そこで起こった出来事・・・あれは間違いなく彼の『ローマ大火』・・・さらにその先に続く結末・・・だとすれば、セイバー・・いや、彼女の真名は―――

そこまで考えが及んだ時、不意に涼香が突然、自分の眼前にまで近づいて話しかけて来た。
「それはそうと君。幾つか聞きたい事があるのだが?」
「はいッ?」
突然の事に神威は顔を赤らめながら問い返す。すると、その瞬間に―――

ギラッ!

白銀の刀身が神威の首元に当てられ神威は恐る恐る横を見るとディートリッヒが凄まじい殺気と怒気を込めた瞳で自分を射抜いていた。
「貴様・・・涼香に馴れ馴れしく・・・」
(ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!ななな何でぇぇぇッ!?)
神威は一気に青褪めて思わず両手を上に上げた。すると、今度はセイバーがアエストゥス・エストゥスをディートリッヒに向け凄んだ。
「奏者から離れよ、下朗」
涼香は慌てて彼を止める。
「セイバー、私から近づいたんだ!剣を下せ」
それにディートリッヒは舌打ちしながらも渋々と剣を下ろした。
「セイバーももう、いいから・・・」
神威もセイバーに退くように言い、セイバーもそれに従った。その後、涼香が申し訳なさそうに詫びる。
「すまなかったな・・・ええと君の名前は?」
そう言えば自己紹介がまだだった事を思い出し神威は徐に名乗った。
「紫之寺神威です」
「では紫之寺君・・・君の制服を見て気づいたのだが、君は如月冬華と言う女生徒を知っているか?」
その言葉に神威は少し眼を瞠って答えた。
「如月さん・・?如月さんがどうかしたんですか?」
如月冬華と言えば自分と同学年の生徒で札付きの不良として敬遠されている女生徒だ。ただ、時々、自分をパシリに使っていた連中をボコってくれていたが・・・
すると、涼香は飛び上がるように身を乗り出して再び問い質した。
「やはり、知っているんだな!教えてくれ、今、彼女は―――」
「あ・・すいません。僕も学校が襲撃された後、死に物狂いでして・・・」
「そうか・・・すまない。興奮し過ぎた」
かなり、落胆した声音だ。神威は徐に聞き返す。
「あの・・・友達ですか?如月さんの・・・」
「ああ、私の一番の親友だよ。それはそうと先程の君の言を鑑みるに君はあの学校襲撃事件の渦中にあった・・・そう考えてもいいのかな?」
それに神威は頷いた。
「そうか・・・聖杯戦争の事は私のセイバー・・ディートリッヒから聞いている。そして、君や冬華の学校を襲ったのは暴走したサーヴァントであろう事もな」
「そうだ。そして、そのサーヴァントこそ二日前にそなたを襲った賊・・・リオンとセイバーことチェーザレだ」
そうセイバーが捕捉した時、神威はギョッとした。
「二日前!?」
すると、セイバーは「うむ」と頷いて答える。
「奏者よ。そなたはリオンとの戦闘から丸二日も眠っておったのだ」
そんなに眠ってたのかと神威は我が事ながら唖然とした。涼香は咳払いして「いいかな?」と尋ね、神威とセイバーは首を縦に振る。
「その襲撃事件・・・冬華は難を逃れたが、暫くして姿を消したんだ。恐らく、彼女の事だ。襲撃事件の犯人を捕まえようと飛び出したんだろう。それからずっと音沙汰がない状態だ」
涼香が嘆息をついて言うと神威もどこか納得したような顔になる。
確かに冬華は普段は素行が悪いみたいな風評が立っているが、あれで曲がった事は大嫌いみたいな所がある。それは自分を何度か助けてくれた事からも分かる。
「それで・・・どうだろうか?」
そこで涼香は真っ直ぐに神威を見て言葉を繋いだ。
「私達と同盟を組んで見ないか?」
「同盟・・・ですか?」
神威がオウム返しに聞いて来ると涼香は頷いて言葉を続ける。
「ああ、そうだ。君のセイバーから現在、戦争はそのチェーザレ陣営と巷を騒がせている誘拐事件の犯人であるジル・ド・レェ陣営の討伐を最優先として休戦状態にあると聞いた。それを差し引いても冬華の行方も気になる。ならば、ここは協力関係を結び、彼らを討伐する傍ら冬華の行方を共に探してはくれないだろうか?」
神威は暫く考えるように黙りこくる。

確かに・・・二人と同盟を組む事は大きなメリットかも知れない。柏木さんは僕と同じように魔術を知らないで参加したみたいだけど、剣道場の娘でおまけに如月さんの親友って言うからにはきっと僕なんかとは比べ物にならないくらい強いんだろうし・・・それはリオンに気づかれずに接近した上に簡単にその腕を捻じ伏せた事からも分かる・・・・
それに・・・彼女のセイバー・・・ディートリッヒのステータスもかなりの値だ。手を組むメリットは・・・かなり、ある―――とは思うけど・・・

ここで神威はセイバーの方を見る。すると、セイバーも首を縦に振って頷く。
「うむ・・・いづれは敵になるとしてもこの状況下に置いての共闘は余も賛成だ。寧ろ、チェーザレやジル・ド・レェと言った強霊だけでなくサーヴァントを従えた死徒の集団も台頭して来た今となっては単独の戦闘は余りに危うい」
その言葉に神威はキョトンと首を傾げる。
「“死徒”?」
「うむ。そう言えば、奏者にはまだ、告げてはおらなんだな。実は奏者が目覚める二時間ほど前に教会から新たに通達があったのだ。先日、刑務所から脱走した囚人達が死徒の集団で各々にサーヴァントを使役して市内で所構わず暴れ回っておるとな。故に討伐の対象へと認定された」
「その・・死徒って何?」
神威の問いに答えたのはディートリッヒだった。
「一言で言えば、吸血鬼だ」
「吸血鬼ッ!?」
神威が思わず素っ頓狂な声を出すとディートリッヒは失笑して言う。
「今更、驚く事でもあるまい。これだけ魔術師だの、英霊だのと一見非現実的な事態に遭遇しておきながら」
「まあ・・・そりゃそうですけど・・・」
神威は口をあんぐりと開けながらも頷く。
「私も聞いた時は耳を疑ったよ。魔術師や英霊の次は吸血鬼が来るとはね・・・」
涼香も苦笑して神威に同意する。
「だが、事実だ。現実に“死徒”と言う吸血鬼は存在し、そして今、サーヴァントをも従えて公衆の面前も憚らず無辜の民草を面白半分に蹂躪していると言う・・・このような無軌道を見逃しては皇帝足る余の沽券に関わる。直ちに誅罰を下さねばなるまい!」
セイバーが力強く宣言するとディートリッヒも頷く。
「同感だ。俺とて騎士の端くれとして・・・何よりも王としてこれを看破する事などできない」
涼香も自らのサーヴァントに同意して言う。
「うん。私も剣を振るう者として・・・あのリオンとか言う者は元より、そのような輩に好き勝手をさせるわけにはいかないね」
「勿論」
そして、意外にも神威も即答で返した事でセイバーは元よりディートリッヒと涼香も神威の方を見た。それに神威は面食らい言った。
「な・・何で、皆、僕の方を見るんですか?」
すると、最初に口を開いて答えたのはディートリッヒだった。
「いや・・・少しばかり意外に思っただけだ。小僧、貴様・・存外と骨がある奴なのだな」
それを涼香はクスクスと笑いながら窘めた。
「それは失礼だよ、セイバー・・・最初から言っているだろう?彼は決して惰弱ではないと」
そして、セイバーはと言うと・・・何故かいつも以上に満面の笑みで顔中を綻ばせ神威を見ていた。
「どうしたのさ・・・?セイバーまで」
神威が解せないと言う顔で問うとセイバーは清々しい笑みで答えた。
「いや、そなたも段々と余の奏者に相応しき男へと成長して来たな」
「そ・・そうかな?」
神威は照れ臭いと言うより半信半疑という声で言うとセイバーが一層力強い声でもう一度、肯定した。
「うむ!もっと自信を持て奏者よ!そなたは日々、成長しておる、一歩づつな。余も望外にそなたの事が好きになったぞ!」
その瞬間、微妙な空気と沈黙が流れた。当の神威は呆然と眼を白黒させている。傍らにいるディートリッヒと涼香はビデオの停止ボタンよろしく表情と身体がピタリと止まっていた。唯一、セイバー一人がその様を?マークを顔に浮かべて見ていたのだった。


それから五時間後・・・新都の外人墓地では・・・・

「七孔憤血・・・巻き死ねい!!」
李書文は拳を槍の如き拳圧を以って死徒やサーヴァントに叩き込み次々と屠って行く。
「呵呵呵呵呵ッ!どうした!どうした!どいつもこいつも他愛ないのう!欠伸が出る程に動きが遅い上に面白味がないぞッ!」
その言葉通り、サーヴァントにしても、死徒にしてもただ、獣のように力任せに突っ込んで来るだけで動きが単純化していた。ただ、死徒の方は倒された後も傷が再生し再び立ち上がったりはした。それを見た李書文は鬱陶しいと言わんばかりに舌打ちする。
「死に損ない共め・・・流石にしぶといのう。一度、致命傷を与えた程度では何度でも立ち上がりおる」
「だが―――」
その言葉を後方でマスター達を護っているディルムッドが後方へと飛び出た死徒の心臓を黄の短槍で以って穿ち継いだ。
「この『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』ならば一撃で事足りる」
ディルムッドが不敵な笑みを浮かべて言うと李書文も不敵な笑みを返す。
「呵呵呵呵ッ、違いない!」
二人のサーヴァントが絶妙のコンビネーションで敵を屠って行く中、二人のマスターも善戦していた。鷲蘭は双剣に火を纏わせ死徒を焼き切り、ルクレティアは火と風を巧みにコントロールした攻撃でディルムッドや李書文の後方支援に徹していた。
そんな中でルクレティアは敵を観察していた。
(どうやら彼らが従えているサーヴァントは見た所、全員バーサーカーのようですね。皆動きに協調性などが見当たらない上に言語を一言も発していない。しかし、このサーヴァント達の姿格好・・・宝具・・・どこかで見覚えがあるような・・・?何処ででしたかしら・・・)
などと思っている内に敵サーヴァントと死徒の戦闘は瞬く間に終息した。
「ふん、詰まらん。こやつらバーサーカーとしてステータスを底上げして置きながら、この程度か?死徒どもにしても自らの不死性とパワーを過信するだけして馬鹿正直に突っ込む事しか知らんかった・・こやつら明らかに魔術師としても、戦士としても素人レベルじゃ」
李書文は拍子抜けしたと言う風に欠伸をしながら言うとディルムッドも同意する。
「ああ、思っていた程でもなかった。従えていた英霊にしても技量は元より格自体もそれ程、高いとは思えない。まるで英霊モドキでも相手にしているようだった」
その言葉にルクレティアはハッとしたように大声を出した。
「そうか!そうでしたのね!」
その大声に他の三人は面食らう。
「主よ・・どうかなされたのですか?」
ディルムッドが徐に問うとルクレティアは再び大声で答える。
「映画ですわ!ホラー映画!」
「「「映画・・ッ!?」」」
思わず三人は素っ頓狂な声を上げるが、ルクレティアは構わず続ける。
「ですから、ホラー映画です!死徒達が従えていたサーヴァント達・・・どこかで見覚えがあると思ったら、全員、マイナーなホラー映画に出て来るキャラクター達だったのです!」
しかし、その答えに李書文は首を傾げた。
「つまり、架空の英霊だと?しかし、そんな事が・・・」
それを鷲蘭が補足した。
「いや、理屈の上では在り得ない事じゃない。英霊とは元より人々の想念が英雄と言う信仰の対象に祭り上げられ世界によって具現化された者達だ。それが実在の人物であろと架空の人物であろうと人々の想念がそれを英雄と認めたならば、英霊としての姿を得る」
「しかし・・・主が言っておられる映画のキャラクター達と言うのは・・・その・・主に殺人鬼や殺人狂と言った類なのでしょう?そのような物が英霊に?」
ディルムッドは疑わしそうに問うとルクレティア自身も顎に手を当てて一考する。
「確かに・・・普通ならばあれらが英霊として召喚される事など有り得ません。いかに呼び出したマスターが凶暴極まりない死徒だと言っても・・・それがどうして―――」
「決まっているでしょう?狂っているからですよ・・・聖杯は」
第三者の声に四人はハッとなって振り向くとそこには修道服を身に付けた十歳程の色素が抜けた髪に半眼の少年が十字の墓標の上に立って四人を見ていた。
最初に口を開いたのはルクレティアだった。
「どなたかしら?と言うより、見た所は聖職者のようですけど、それにしては随分と不躾ですわね。死者の墓石を足下にするなんて」
すると、少年はクスと笑みを漏らして言った。
「まあ、日本流に言えば破戒僧と言う奴ですよ。どうかご容赦を」
今度は鷲蘭が少年に問うた。
「それよりも先程、聞き捨てならぬ事を言ったな・・・“聖杯が狂っている”とはどういう意味だ?」
「あなた達にはどの道、関係がない事です・・・」
「なに?」
鷲蘭が不穏な響きを持った声で問い返すと少年はその顔を歪な笑みで歪ませ言った。
「ここが文字通りにあなた方の墓場となりますから・・・・アリス!」
その言葉と共に少年の隣に黒いドレスを着た同い年程の白い髪を二つに分け三つ編みに結った少女が実体化した。
「サーヴァント!?こんな子供が・・」
ディルムッドは眼を見開いて驚くが、そんな間もなく少女のサーヴァント―――アリスは魔術を行使しその場の空間を―――包んでいった。
四人は気づくと森の中にいた。
「これは・・・固有結界!?」
ルクレティアは呆然と呟く。
「と言う事は・・・キャスターのクラスか!」
鷲蘭は双剣を構えて対峙する。
一方、少年は森の真ん中にあるテーブルで余裕ある佇まいと言う出で立ちで少女とお茶に興じていた。
「よこうそ、皆さん。アリスの『名無しの森』へ」
「貴様ら随分な舐め様だな。敵を前に茶会などと・・子供とは言え、それは我らに対する侮辱に相当するぞ」
ディルムッドが怒気を込めて槍を向けると少年はクスと笑って言った。
「いいえ、舐めてなどおりません。これが僕達の戦闘スタイルなのですよ」
「戯言を!」
そう言ってディルムッドは少年とアリスに向かって突っ込もうとする―――が・・・
「ランサー!」
不意に李書文が呼び止め、振り返ると―――そこには身体が徐々に透けて行くルクレティアと鷲蘭の姿があった。
「主!」
ディルムッドはルクレティアの下へ駆け付けるとルクレティアは虚ろな眼で身体がどんどんと輪郭がぼやけて行った。
「どうやら、これがあの童共の宝具のようじゃな。対象の存在を根幹から脅かす固有結界とは・・ッ!」
李書文は鷲蘭を肩を貸し抱き抱えながら、何時にない程、歯噛みして眼の前の少年とアリスを睨み付けている。それに対し少年はお茶やお菓子口にしながら酷薄な笑みを浮かべて宣告する。
「ここは僕とアリスが創った想念の世界・・・言わば本来なら僕達以外が立ち入る事を許さぬ絶対領域と言った所ですか。あなた方のマスターは元よりあなた方も間もなく成す術もなく消え去る運命です」
その言葉通りディルムッドと李書文の姿も徐々に透けて行く。
「グッ!おのれ・・・」
李書文はガクッと膝を突きながらも眼前の少年に喰らいつかん程の眼光を浴びせる。
「主よ・・お気を確かに・・・」
ディルムッドは自らも消えかけながらも主を気遣うが、次の瞬間、ルクレティアの口から出た言葉に愕然とする。
「あなた・・・誰?」
「あ・・主・・・何を!?」
そんなディルムッドを嘲笑うように少年は言った。
「ここは『名無しの森』ここに誘われた者は等しく自身の名ばかりか自身が何者であったかすら忘れ去り、最後にはこの世から存在その物を抹消される。心配には及びません・・・あなたも間もなく、そうなるのですから」
「きっ・・貴様ぁぁぁぁぁぁッ!!」
ディルムッドは激昂するも身体に力が入らなかった。それを見て少年はますます、おかしそうに笑う。
「結構、頑張りますね・・・流石、対魔力・Bは伊達ではないと言う事ですか?でも、生憎とこの魔術宝具のランクはA++・・・つまりはあなたでは役不足なのですよ」
その言葉にディルムッドは逆に嘲笑って見せた。
「粋がるなよ・・小僧・・・ならば、お前とサーヴァントをここで討ち取れば良いだけの話しだろうが!」
そう言って赤い長槍・・『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を抜き放った・・が、放つ先は少年とアリスではなかった。狙った先は―――
「穿て・・・『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』ッ!!」
放たれた赤い長槍は天空目掛けて穿った。すると、森を投影していた固有結界が穿った点から罅割れて砕け散った。
「ほう・・・魔を断つ赤槍・・・あなたがフィオナの『輝く貌』ディルムッド・オディナですか。これは誤算でしたね」
少年が感心した声音で呟く。一方、固有結界が破られた事で消えかかっていた四人の身体は元に戻っていた。
ディルムッドはルクレティアの方に向き直り無事を確認した。
「主よ・・・ご無事ですか?私の事は覚えておいででしょうか?」
すると、ルクレティアは弱々しいながらも笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、勿論ですランサー」
ディルムッドはホッと息を付いた。李書文と鷲蘭も頭を抱えながらもスッキリしたと言う顔で息を付いた。
「礼を言うぞランサー。お陰で霞がかかった頭が晴れ晴れとしたわ。さて」
李書文は両拳を不気味に鳴らしながら、少年とアリスを睨む。
「如何に童のした事とは言え、度が過ぎたな・・・」
すると、ディルムッドも双槍を構えて凄む。
「そうだな。覚悟して貰おうか」
すると、少年は相も変わらず余裕ある笑みで首を横に振った。
「いえ、今回はここでお暇しましょう。もう興も醒めて来ましたし」
「随分な物言いじゃな・・・先に仕掛けて置きながら」
李書文が怒気と殺気を込めた声で威圧するも少年は動じた風もなく逆に言い返した。
「続けようにも寧ろ、皆さんの方が疲労困憊なのでは?特にそちらのランサーは僕達の固有結界を破る為にかなりの魔力を使ったはずです」
指摘されディルムッドは歯噛みする。
「まあ、今夜の所はその健闘に免じて退きましょう・・・でも、その次は―――」
その声を最後に少年はアリスを伴ってその場から消えた。
それを見届けたルクレティアと鷲蘭は疲労からその場にヘタリと座り込み息を付いた。
「見逃された・・・のでしょうね」
口惜しいながら、ホッとしたような声でルクレティアが呟くと鷲蘭も頷く。
「ああ、今の私達のコンディションでは、あれの相手はきつかったかも知れない・・・」
すると、ディルムッドはルクレティアに跪いて詫びる
「主よ・・・申し訳もありません・・・・この身が不甲斐ないばっかりに不覚をとりました」
ルクレティアは首を横に振って自らの従者に労いを口にする。
「いいえ、良くやってくれましたランサー。あなたがいなければ、私達はあの結界の中で誰に気づかれる事もなく消されていたでしょう。しかし、あの少年は何者かしら・・・死徒ではありませんよね?」
ルクレティアの問いに鷲蘭も首を傾げて答える。
「ああ、あれは間違いなく人間だ。ただ・・・」
「ただ?」
「気配だけは・・・・人間ではなかった」






その翌日五時、冬木市空港・・・

出入国のゲートでこんな事があった。
「あの・・お客様。こちらの方のパスポートは?」
管理官の男性が困惑した顔で目線遥か下の妖精のような愛らしさを持った銀髪に赤眼の女の子に問うと女の子―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは唯一言・・・
「えー!もう、そんなの確認したでしょ?」
「確認した?」
「うん。もう確認したのー!」
イリヤスフィールがもう一度、言うと管理官も虚ろな眼で言った。
「そうでしたね。真に失礼致しました。それではお通り下さい」
「うん!じゃあねえー!行こう!」
イリヤスフィールはそう言ってゲートを後ろの多大な巨躯を誇る男性を促す。その男性はたてがみのような長髪に精悍且つ厳かな顔つきをしており巌と言うイメージがピッタリに思われた。その巨躯は元よりそこに居るだけで衆目の視線を引き付けずにはいられない存在感を誇っていた。
男性はイリヤスフィールに徐に問うた。
「イリヤ・・・やはり、私は霊体化した方が良かったのではないか?」
すると、イリヤスフィールは首をブンブンと横に振って言う。
「ダーメ!ヘラクレスはイリヤと一緒にいるのー!」
男性―――ヘラクレスは溜息を付きながらも微笑みを浮かべて頷いた。
「分かった。この身は常に君と共に在ろう」
「うん!」
イリヤスフィールは笑顔で頷き元気よく駆け出して行く。ヘラクレスも彼女の後を追って暖かな眼差しで彼女を見守っていた。
イリヤスフィールは駆け出しながら、この地に居るであろう両親に呼び掛ける。
「待っててね、切嗣!お母様!」




アリスに関しましては苦情は受け付けます・・・・ですが、しっかりとした理由があるので悪しからず・・・今は明かせませんがね。



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