Fate/BattleRoyal
28部分:第二十四幕

第二十四幕


 ボルドフの銃弾が轟くと同時に切嗣は固有時制御を使う。
固有時制御(Time alter)()二倍(double)(accel)!」
切嗣はトンプソン・コンテンダーとキャリコM950を両手に己の身を固有結界にして体感時間を二倍速させデザートイーグルの弾丸を避け、そのまま部屋を高速で出た。ボルドフも強化魔術で追い掛ける。
「切嗣!」
アルトリアはすぐさま、マスターの前に出ようとしたが、ボルドフが引き金を引いたと同時に実体化したペンテシレイアに阻まれる。
「なぁッ!貴様は!?」
アルトリアの問いにペンテシレイアは戦斧を彼女の見えざる剣に当てながら威厳を湛えた声で答える。
「私はサーヴァント・ランサー。真名はアマゾンを束ねる女王ペンテシレイア」
「なんと・・・貴女が彼のペンテシレイアと?・・・ッ!」
アルトリアが驚いた声を上げる間もなくペンテシレイアの斬撃が凄まじい速度で繰り出される。
「騎士王よ・・・貴様は恥と言う物を知らぬのか?」
突然の糾弾と侮辱にアルトリアは猛然と食って掛かる。
「なんだとッ!?」
「貴様の願いとやらはサー・ランスロットから聞いた。随分と浅ましい願いを抱いた物だ」
「なッ!?」
アルトリアは翠緑の瞳を怒りに染め上げ憤激を迸らせようとしたが、それを遮ってペンテシレイアは更に言い募る。
「挙句、それを叶える為に弱者の犠牲も厭わぬ外道のマスターに仕えるとは・・・名高き騎士王も地に堕ちたものだ。その上、自らが歩んで来た道筋を否定するなどと・・ッ!王を名乗る者の風上にも置けぬ!!」
「クッ・・!黙れ!貴様などに何が分かると言うのだ!?」
アルトリアはそれを掻き消すようにして剣を振るう。

切嗣はその頃、城の廻廊の片隅で疲弊していた。固有時制御の反動がぶり返しているのだ。それを嘆息で以って見つめるボルドフに切嗣はいつもの冷徹な顔はどこへやら忌々しげに睨み付ける。
「どうした?何時になく余裕がねえじゃねえか」
切嗣は返答にキャリコの連射で応酬した。ボルドフはそれを強化魔術で難無く避けショットガンを片手でお見舞いする。切嗣はそれを辛うじて避け・・いや、ボルドフが敢えて避けたのだろう。それを察した切嗣はさらに視線を鋭くする。
「どう言うつもりだ?」
「いや、なに俺の役目はあくまでお前の足止めだけなんでな。別に命を取ろうとかは思っちゃいない」
その舐め切っているとしか思えない言葉に切嗣は激しい怒りを隠し切れず低く唸る。
「ふざけるな・・・ッ!」
「お前、本当にどうした?この程度の挑発なんざ、いつもなら無視するだろうに」
その言葉に切嗣はつくづく自分がこの九年で衰えた事を自覚した。妻と娘・・・自分の人生に置いて得るはずがなかった不純物。これを得た事で自分は・・・『衛宮切嗣』と言う名の殺人機械はどうしようもなく壊れてしまった。もう、元には戻れないと言う程に・・・だが、だからこそ今はまだ本当の意味で壊れるわけにはいかない!
「・・・・固有時制御(Time alter)()二倍(double)(accel)・・・ッ!」
切嗣は疲労した身体に鞭を打って再び体感時間を倍速させる。そして、ボルドフの背後を取る。ボルドフの武装は魔術加工していない通常の武装だ。故に起源弾の効果は殆ど期待できない。故に切嗣はトンプソン・コンテンダーではなくキャリコの引き金を引こうとするが、そこでボルドフは絶妙とも言えるタイミングでショットガンの柄を突き出し切嗣の顔面を穿った。
「ぐがあっ!」
切嗣は鼻や口から血を出して後ろへ弾き飛ばされた挙句に固有時制御を立て続けに使った反動もぶり返し、その場に蹲ってしまう。ボルドフはそれを見下す風でも嘲る風でもなく唯、少しばかりの憐憫に満ちた眼を注いでいた。
「衰えたな・・・いや、技量がじゃねえぞ。“戦士の心”がだ。初めに会った時から分かっていたが、お前はやっぱり戦士には向いてねえよ」
それに対し切嗣はギラッと殺気に満ちた視線を送る。だが、ボルドフは意にも介さず更にこう続ける。
「戦士として生きるにはお前は優し過ぎる・・・まあ、それは雁夜にも同じ事が言えるが・・・・あいつはお前よりかはまだいい」
何故、そこで間桐雁夜の名が出て来るのかと訝る切嗣だが、自然と耳を澄ました挙句に問うていた。
「それは・・どう言う意味だい?」
すると、ボルドフは嘆息をついて答える。
「自分一人の掌が小さいって事をちゃんとあいつは自覚しているって意味さ」
「!?」
その言葉に切嗣は面食らうような顔になるが、ボルドフは構わずに続ける。
「あいつは自分一人の力が如何にちっぽけであるかを誰よりも承知している。だからこそ眼の前にある大切な物を守ろうと今日まで必死に足掻いている。だが、お前はどうだ?目の前に在る家族って確かな存在を蔑ろにして、いつまでも叶いっこない妄想を追い掛けている!おまけに罪のない子供達をその妄想の為の生贄にしてな!その馬鹿さ加減の為に何人の人間を犠牲にする気でいるッ!?」
その言葉に切嗣は拳を血が出るまで握り締め歯軋りする。
(妄想―――だってッ!?―――ふざけるなよ!)
切嗣は全身を苛む痛みを押し殺して徐に立ち上がり荒々しく口を開く。
「・・・・決まっているッ!この理想を完遂するまでだッ!!僕はこの手に聖杯を掴み獲り長らく世界を蝕んで来た人の・・これまでの在り方を必ず変革するんだぁッ!!・・・・・・固有時制御(Time alter)()三倍(triple)(accel)・・・ッ!」
切嗣は己の疲弊した身体すら省みずに二倍速以上の倍速に挑んだ。
「このぉ・・・分からず屋がぁッ!!」
ボルドフは咆哮しながら自らも身体強化で迎え撃つ。

それと同時に彼らのサーヴァントの戦いも激化していた。
「王であった私が至らなかったが為に民草と騎士達が死んだのだ!それを悔みやり直そうと思う事の何が浅ましいと言うのだッ!?」
アルトリアは剣を振るい激昂する。それを巧みに受け返しながらペンテシレイアは吐き捨てるように言う。
「ふん!それが分からぬならば、貴様は王としてはそれまでよ!」
その言葉にアルトリアは衝撃が走ったように顔を強張らせ、またもあのキャスターの言葉が脳内で反芻された。

『それが分からないと言うなら、お前は王として―――』

アルトリアは頭を激しく振って、その言葉を振り払い剣を振るい続ける。
「それでも・・・それでも私は―――!」

その戦闘をアイリスフィールに舞弥、藤二とガルフィス、二人のサーヴァントは黙したように見ていた。ただ、アイリスフィールは切嗣の身を案じてオロオロし舞弥達に・・・
「ねえ・・・切嗣の加勢に行かなくていいの?」
「マダム・・・彼は代行者クラスの魔術師狩りの達人です・・・私達が行っても却って切嗣の足手纏いになります」
舞弥の言葉に藤二も頷く。
「ああ、俺とガルフィスの礼装は屋内向きじゃないからな。ボルドフ相手にそれは通用しない」
「だったら、サーヴァントを!あ・・」
言い掛けたアイリスフィールは彼らのサーヴァントの如何にも不服そうな顔を見て口を噤んだ。
「藤二・・・俺は助けになど行かんぞ?奴が行おうとしている作戦など到底許容できん。ついでに言えば、騎士王の一騎打ちにも横槍を入れるつもりもない。それは何れも騎士として恥ずべき行いだ。どうしてもと言うならば、手に刻まれた令呪を使うがいい。やはり、俺はあの切嗣と言う男が好きになれん。あの恥気もなく手段を選ばぬ奴の性質がな」
エル・シドは憮然とした顔で吐き捨てる。更にはベディヴィエールですらも顔を顰めて言う。
「私も同感です・・・正直に申し上げて、あのような徳なき行いを平然と行える人間が高潔な理想を口にした所で到底、信用できません」
二人とも切嗣の悪辣な戦術にすっかり不信感を募らせているようだった。
「そ・・そんな・・・」
アイリスフィールは夫の危機にかなり、やきもきしていたが、不意に藤二が言う。
「大丈夫だよ。ボルドフに切嗣を殺す気は全くないから」
「え?」
アイリスフィールが呆けたような声を出すとガルフィスが髪をボリボリと掻いて言う。
「あの野郎・・・さっきから殺気って奴が皆無なんだよ・・・まったく面倒臭い奴だぜ」
「え?それって・・・」
アイリスフィールの言葉に藤二は苦笑して頷く。
「ああ、ボルドフの奴も違った意味で切嗣の奴を放って置けないのさ・・・」

「ぐはあぁッ!」
切嗣は血反吐を吐いてその場に倒れ込んだ。ボルドフの攻撃による物ではない。自滅だ。固有時制御は唯でさえ返って来る反動が大きい。体感時間の倍速など二倍速が限度だ。それを三倍速など自殺行為もいい所だった。ましてや、それが固有時制御を立て続けに使いボロボロになっている身体ならば尚の事だろう。
ボルドフは銃を下ろして切嗣を見下ろしその無茶を諫める風でもなく唯一言だけ言った。
「精々、家族だけじゃない・・自分って奴を省みるんだな」
それだけ言って彼は踵を返した。その後ろ姿を撃とうにも全身に至る激痛で切嗣は虚ろな眼で睨む事しかできなかった。
(冗談じゃない!僕はまだ、こんな所で倒れるわけには行かないんだッ!奇跡の願望機をこの手に掴む・・・その時まで立っていなければ、ならない!でなければ、僕が今まで切り捨てて来た物は一体・・・・ッ!一体、何だって言うんだッ!?)
切嗣は声にならない叫びを迸らせる・・・が、身体は軋む程の痛みが走って全く言う事を聞いてくれなかった。そんな彼の前に有り得ざる者が現れた。それを見た切嗣は眼を愕然と見開き呻くように呟く。
「シャ・・ッ!シャーレイ・・・ッ!?どうして、君がここに・・・・グッ!?」
そう・・彼の前には嘗て自らが殺せなかった初恋の少女が昔のまま目の前にいた。少女―――シャーレイは驚く切嗣を昔と変わらない笑顔で見る。そして、その手で――――――――切嗣の腹部を刺した。
「ぐがああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
その瞬間に走った激痛に切嗣はこれまでにはない程の絶叫を轟かせる。その顔には“何故?”と言う疑問がありありと刻まれていた。やがて、少女はその手を切嗣の腹部から刺し抜いた・・・が、その瞬間に訪れたのは鮮血でも激痛ですらなく――――
「うっ・・・はあぁぁぁ・・・これは?」
切嗣は思わず呆然とした声を発する。それもその筈、先程まで彼を苛んでいた激痛は嘘のように消え全快と言って差し支えないコンディションにまで回復していた。
切嗣は徐に起き上がり眼の前にいる少女に問う。
「シャーレイ・・・君は一体、何を?」
だが、少女の口から発せられたのは彼が良く知る声でも話し方でもなかった。
「なに・・・大した事などしていない。ツボに魔力を流し込んで機能を強制的に回復させただけだ。しかし、君も随分と合理的な思考に見合わぬ無茶をやった物だ。自らの体感時間を固有結界内で過剰に加速させるとは・・・下手をすれば、全身の神経が断裂しているぞ」
その言葉と雰囲気に切嗣は瞬時にその合理的思考でこの者が自分が良く知る少女ではないと悟る。そして、0.1秒にも満たない速さでキャリコを少女の眉間に向け冷徹な声で問い質す。
「お前は誰だ?何故、そんな姿で僕の前に現れた?」
その声は静かで何の抑揚もなかったが、言葉の端々に殺気が見て取れた。すると、少女の姿をした何者かはそれに臆す所かやれやれと言う余裕ある仕草で言った。
「パートナーに似て気が短いな・・・・君もあの娘も少しは肩の力を抜いたらどうかね?」
その言葉と共に少女の輪郭が徐々にボヤケ始めた。そして、それは黒のローブを羽織った銀髪碧眼の少年の姿を形作った。それを見た切嗣は驚嘆すると共に舌打ちする。

こいつは間桐雁夜と手を組んだキャスター!?しまった・・・もっと早くに“何故、こいつの姿が見えなかったのか”に思考を至らせるべきだったッ!

少年・・・キャスターはその幼い容姿に似合わぬ口調で言った。
「そもそも今は死徒達を葬るまでは休戦中だ。それを横から闇討ちとはルール違反もいい所だろう」
その言葉を切嗣は無表情で吐き捨てる。
「何を寝ぼけた事を・・・これはバトルロワイアルだ。僅かな勝機も逃さず物にするのは戦争の基本中の基本だろう?」
すると、キャスターは顎を手で撫でながら「ふむ」と頷く。
「それは尤もな意見ではある・・・が、ならば何故に私の眉間に狙いを定めているその銃の引き金を今すぐ引かないのかね?」
サーヴァントに銃弾など通じる道理などないと知っていながら、ワザとらしく言うキャスターに切嗣は思わず歯軋りする。
(こいつ・・・ッ!よくも白々とッ!)
「おや、気に障ったのかね?この程度の挑発に乗るとは・・・激情は戦場に置いては命取りだよ。これも基本中の基本だな」
キャスターが腕組をしてのたまう。その態度に切嗣は鉄面皮を崩しこそしなかったが、段々と苛立ちが込み上げ殺気が多分に籠った声で問う。
「それよりも質問に答えろ?何故、お前がシャーレイの姿をしていた?どこで彼女の事を知った?」
その畳み掛けるような問いにキャスターはキョトンとした眼になる。
「ほお・・・あの姿はシャーレイと言う娘の物だったのか?君の初恋の君か何かかね?」
そのすっとボケるような態度に切嗣はキャリコの火を吹かせ複数の弾丸を撃ち込んだが、当然全てキャスターの身体をすり抜けて行った。それにキャスターは嘆息をついて言った。
「ふう・・やれやれ無駄弾を連発するとは随分と沸点が低いものだな。何を誤解しているかは知らんが、私は君の知り合いについては何ら与り知る所にない」
「ふざけるな・・・だったら、あれが唯の偶然の悪戯だとでも言う気か?」
切嗣は何時になく敵に対し饒舌だった。然も在りなん。眼の前には敵のサーヴァントがおり自分はそれだけで丸腰も同然だった。令呪でセイバーを呼ぼうにもそれを眼前で堂々と許すサーヴァントではあるまい。故に少しでも時間を稼ぐ必要があった。尤もそれと同時に先程のこのサーヴァントの悪戯は切嗣にとっては到底許容できる事ではなかった。故に眼光鋭く問い質した。
それに対しキャスターはこう続けた。
「先程の姿は君自身が見たいと思ったものだよ」
「!?」
切嗣は思わず絶句する。

望んだ?僕が!?

その呆けたような顔に構わずキャスターは説明を続けた。
「私が先程使った変身魔術は対象が深層意識に強く刻まれた人物が投影される。言わば対象によって私を見る者はそれぞれ違う人間と私を錯覚する魔術なのだよ」
その言葉に切嗣は呆然とした思考を再び起動させ更に時間稼ぎの為の質問を続けた。
「それでお前は何が目的だ?僕をここに足止めする為だと言うなら何故、治療などした?寧ろ、そのまま止めを刺してしまえば、目的は完全に達せられたばかりかサーヴァントを一騎脱落させる事ができたはずだ」
すると、キャスターは朗らかな笑みを浮かべて答える。
「うん。多少は動けるようになって貰わなければこちらも講習会(セミナー)にならないからね」
「セミナーだと?」
切嗣は冷徹な声を保って問うとキャスターは頷いて答える。
「そうとも・・・この最弱にして最強の魔術師(キャスター)が主宰する困ったちゃんと()()()()()()()の更生講習会(セミナー)だ」
その言葉に切嗣はとうとう、顔を憤怒に歪ませた。
「貴様ぁ・・・ッ!」
その言葉でこのサーヴァントが自分の願いを知りそして、それを知った上で嘲った事を知った切嗣は込み上げる憤激を抑える事ができなかった。何故、このサーヴァントが自らの願いを知っているかなど余りに愚かし過ぎる疑問だ。大方、ボルドフ辺りが彼らに喋ったに違いない。
「俺としてはその願いを早々に諦めてくれると助かるんだけどな」
突如、第三者の声が後方から聞こえ切嗣は瞬時に振り返りキャリコを向けようとするが、時は既に遅くそこには誰もいなかった。そして、その声は間逆の所から聞こえた。
「なんせ傍迷惑もいい所だ」
切嗣が眼を向けるとキャスターの隣には嘗て、倉庫街の戦いで見たキャスターのマスターであるボサボサな髪の青年がいた。手にはコンバットナイフが一つだけ。切嗣はすぐさまキャリコの火を吹かせるが、青年―――奏はいち早く詠唱を唱えていた。
消失音速(Scomparsa)六分(sesto)(sonico)・・・」
すると、奏の姿は着弾の瞬間に消える。切嗣がギョッと眼を剥いた時には彼の視界には六人に分かれた六人の奏が音速を超える速度で迫り気付いた時には切嗣は肩や腕、足、腹など六か所の浅い傷を付けられた後だった。
相手がその気だったら自分は今ので仕留められていた・・・その事実に切嗣は何時になく背筋が凍ったが、それも一瞬、すぐに精密機械の如き冴えで臨戦態勢を整えた。
(そうだ・・落ち付け。そもそも僕はさっきからどうかしていた。サーヴァント相手に無駄弾を撃ち、固有時制御を無用に使った挙句に三倍速なんて正気の沙汰じゃない。思考を愚鈍化させるな!ましてや相手のペースに呑まれては駄目だ!)
切嗣はいつもの冷徹な顔に戻って自身に言い聞かせるが、状況はハッキリ言って芳しくない所か絶望的だ。眼前にはサーヴァント一騎とそのマスター・・・サーヴァントの方は最弱のキャスターだが、現行の魔術元帥すら凌ぐであろう魔術師の英霊に人間であり魔術師としては平均の域を出ない自分が到底、太刀打ちできるはずもない。更には当然ながら英霊相手では自らの切り札である起源弾の効果も望めない!ならば、狙うのはマスターの方だが・・・これも難しいかも知れない。先程の自らに一瞬で六か所の傷を付けた速さ・・・あれはサーヴァントにも匹敵し得る速さだ。あのボルドフや間桐雁夜・・・そして、当初から警戒していた言峰綺礼ですら、こいつに比べれば赤子だとすら思える。近接戦闘では絶対に勝ち目はない!ならば、固有時制御を使い距離を取って起源弾を撃ち込む以外に活路を見出す術はない!
救援は・・・恐らく望めない。今、セイバーは恐らくボルドフのサーヴァントに足止めされているだろう。令呪でここに呼び出そうにもその隙をこいつらが許してくれるとは到底、思えない。さらに藤二とガルフィスはボルドフに最初から自分を殺す気がなかった事を見越して静観しているだろう。二人のサーヴァントに関しては自分に不信感を抱いている事から令呪を使いでもしない限り、救援に来る事など有り得まい。そして、二人もサーヴァントの意思を尊重して決して使わないだろう。仮に二人が異変に勘付いてもボルドフがこいつらとグルなら二人の足止めにきっと回るだろう・・・舞弥は自分の役割を心得ている。今回の聖杯の器を内包したアイリを護る事に専念する・・・そうでなくては困る!
そう思考を大きく巡らせていた切嗣に突然、キャスターがあっけらかんな声をかけて来た。
「君、今すぐに自分のサーヴァントを呼びなさいよ。でなければ、講習会(セミナー)にならないじゃないか」
「は?」
切嗣はその言葉の意味が頭に染み渡るまでに数秒の間を要した。そして、その意味が染み渡って来ると思わず問い返していた。
「正気か?態々敵に・・それもキャスターのお前が選りにも選って最大の天敵であるセイバーを呼び出す事を促すなんて・・・」
すると、キャスターはそれを鼻で笑って答えた。
「なに如何に最優のサーヴァントであろうとマスターがこれでは宝の持ち腐れだからね。何の瑕瑾にもなりはしないさ」
その言葉に切嗣は眉を僅かにピクッと顰めるが、すぐに首を振って問い返す。
「・・・どう言う意味だ?」
すると、キャスターはあからさまな嘆息をつき大仰な身振りで述べる。
「どう言う意味も何もない・・・先程から君達を観察していたが、君はパートナーがどうあるべきかと言う事をまるで分かっちゃいない。聖杯戦争は言わば、魔術師と英霊のタッグ戦だ。にも拘らず・・・そのパートナーとの相互理解を怠って勝ち抜けると正気で考えているのかね?」
その言葉に切嗣は失笑で返す。

あの騎士王サマと相互理解だって?有り得ない。人殺しを誉れなどと称して持て囃す狂った殺人者に理解を示せ?馬鹿馬鹿しい・・・おまけに魔術師と英霊のタッグ戦?何を寝惚けた事を・・・英霊と言えども一度サーヴァントとして召喚させれば、魔術師にとっては―――

「ふむ。単なる魔術礼装も同然と?」
キャスターが思考を見透かしたように答え切嗣は思わずギョッとした。その様を見てキャスターはますます愉快そうな笑みを浮かべる。
「君、思っている事が顔に出過ぎだよ。それにしたって君は我々英霊を舐め過ぎてないかい?確かに我々サーヴァントは英霊の座より切り離された影でしかないかも知れん。だが、こうして自ら考え動き感情とて抱く。そのような当たり前の事も察せず世界平和とは良くのたまわった物だね」
切嗣はギロッと視線を更に鋭くするが、激昂はせず唯、淡々と時間稼ぎの為の質問を続ける。
「で、お前達は何がしたいわけだ?さっきも言ったが、僕の足止めの為に来ていると言うなら今、ここで首をサックリ落とせば、それで済むはずだ」
だが、それに対しキャスターは相も変わらず余裕ある朗らかな笑みを浮かべ続けのたまう。
「なに、だから講習会(セミナー)だよ。君と騎士王のね。断っておくが、これで君らの命を取ろうとは思ってはいない。何故なら、これは戦闘ではなくあくまで講習会(セミナー)だからね。生徒を講師が殺してはシャレにならないだろう?」
その完全にこちらを舐め切っている態度に切嗣は灼熱のような怒りを発するが、それを表には出さず唯、静かに殺気と怒気を込めた視線で一瞥してやる。だが、それも意に介さずマーリンは更に挑発した。
「どうしたね?今、この状況で君が活路を開くには唯一つの道しか残されていないはずだよ?それとも君にマスターとサーヴァント両方をまとめて相手にできる余裕などあるのかな?意地と言うのは張れるだけの技量があってこそ張れる物だよ」
その言葉に切嗣は熱く滾った頭を冷やした。
(敵に指摘されるのはこの上もなく癪だが、こいつらの言う通りだ。僕にサーヴァントとこのマスターを一人で相手にして倒す所か生き残れる余裕も技量もない!ここは令呪を以ってセイバーを呼ぶしかない・・・いいだろう。そちらの誘いに乗ってやる!何を企んでいるかは知らないが、そちらこそ大見栄を張った事を最後の瞬間まで後悔するんだな!)
切嗣は意を決して自らの手に刻まれた三画の聖痕をかざし離れている己が道具に命令を発した。
「令呪を以って我が傀儡に命ず!直ちに我が下へと参じろ!」













その頃、ペンテシレイアと刃を交えていたアルトリアは離れた主からの命令を受信していた。
「切嗣!?」
アルトリアは戸惑った声を発するもその間もなく、その姿は光に包まれ消えて行った。
「セイバー!」
アイリスフィールが叫ぶとその傍で藤二が言った。
「大丈夫。これはきっと令呪によるサーヴァントの瞬間移動だろう。今、騎士王は切嗣の下へ向かった」
「みたいだな」
そこで第三者の声が聞こえた。皆がハッとなって声がした方角に振り向くとそこには今まさに切嗣と戦っている筈のボルドフ・グヴィンの姿があった。ペンテシレイアは己のマスターの姿を認めると彼の傍にその身を置いた。
「ボルドフ、意外と早かったな。マーリンと奏の首尾はどうだ?」
その言葉に最初に反応したのはボルドフではなくベディヴィエールだった。
「なっ!マーリン殿が此処に来ておられると言うのか!?」
すると、ペンテシレイアはベディヴィエールを怪訝な眼で見た。
「不躾だが、貴様は?」
「私はサー・ベディヴィエール。アーサー王に仕えた円卓の騎士が一人だ」
「ほう、貴様が騎士王の最後を看取り、その墓守として過ごした騎士か。さて、先程の問いだが、左様だ。彼の大魔術師も軟弱と成り下がった騎士王に居ても立ってもいられなくなったのだろうよ」
一方、アイリスフィール達も彼のアーサー王伝説をプロデュースした大魔術師が参加した事に各々、驚きを隠せなかった。しかし、その間もなく一同は大きな異変を感じていた。それは眼に見える物ではなく有り体に言えば、周囲に至る空気だ。その空気が異様に重い。やがて、ペンテシレイアを除くサーヴァント達がガクンッと身体を沈み込ませ膝を突いた。
「エル・シド!?」
「おいおい、どうしたってんだよ!?」
藤二とガルフィスが驚きの声を上げる。エル・シドとベディヴィエールは何れも苦悶の表情を浮かべまともに動く事が儘ならぬようだった。
「な・・何だ・・・ッ、これは!?」
エル・シドは自分の身に起きた異変に信じられないような顔で戸惑うが、ベディヴィエールは儘ならぬ身体を徐に動かそうともがきながらもその原因を悟っていた。
「こ・・この力・・・・確かにマーリン殿の・・・ッ!」





















それと同じ頃、チェーザレ、エリザベート、ジル・ド・レェを筆頭とする死徒のサーヴァント達も同じ憂き目に会っていた。
「グゥ・・ッ!何だ?この重圧は!?」
チェーザレが顔を歪めて膝を突く。ジル・ド・レェなどはまるで、見えない巨岩の下敷きになったかのように身体を後ろか大の字で突っ伏した。
「己オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレェェェェェッ!!!不届き千万の輩共めぇぇ・・・一体、何をしたああああああああああああああああッ!!!」
「これは・・何とした事じゃ?か、身体が・・・重いッ!」
エリザベートは四つん這いになり呻く。
それらの疑問にはランスロットが答えた。
「動かれたのだ・・・・我が故国最高にして最強の大魔術師がな」













それと同時刻、令呪によって強制的に切嗣(マスター)の下へ移動させられたアルトリアは途端に重苦しい空気に膝を突きそうになるが、懸命に堪えた。そして、眼前には負傷した切嗣とそれに向かって対峙している銀髪碧眼のサーヴァントと彼のマスターであろうボサボサな黒髪にコンバットナイフ一つを所持した青年の姿を捉えた。
「お前達は・・・ッ!」
アルトリアは特に銀髪碧眼のキャスターを睨み据え歯軋りする。それに対しキャスターは朗らかな笑みで応える。
「やあ、また会ったね騎士王。未だに童の如き駄々を捏ねているのかね?」
その明らかに自らの悲願を嘲るような物言いがアルトリアの怒りに火を付けた。
「その侮辱・・ッ!高く付くぞ、魔術師(メイガス)!私はブリテンを預かる王として、その身命に代えてでも故国の滅びの運命を変えると誓ったのだ。それを嘲る事は誰であろうとも許さない!」
すると、キャスターは今度は大きな嘆息をついて言った。
「まだ、気付かないのか?最も嘲っているのは君自身であると言う事に・・・・・」
「またも侮辱するかッ!」
アルトリアは見えざる剣を手に更に猛り狂う。
「やれやれ・・・最早、言葉では分からないか。ならば、実力行使と行かせて貰おう―――」
そう言うとキャスターは両手をクロスし両掌から高密度の魔力を練り上げて生成した光の刃を手裏剣の如くアルトリアに向け放った。アルトリアはそれを打ち払おうとするも光の刃は見えざる剣の軌跡を掻い潜り、彼女の太股と肩を鋭く薙いだ。アルトリアは痛みに顔を顰めながら信じられないと言う顔になる。然も在りなん・・・彼女は三騎士中最強の対魔力を持つセイバーだ。にも拘らずキャスターの魔術による刃を無効化できなかった所か手傷を負わせられるなどと・・・それは切嗣も同意見らしく、いつもの冷徹な顔が明らかに焦りの色を湛えていた。そんな彼らにキャスターは平然とのたまう。
「生憎と私の魔術は魔力よりも妖精の天力の割合が遥かに大きい。無論、対魔力での抵抗は可能だが、ランクA相当の対魔力ですらDランク程度の抵抗しか叶わぬのだよ」
その言葉に切嗣はあからさまに舌打ちする。

Aランクの対魔力すらDランクの抵抗力しか発揮できない魔術だと!?そんな滅茶苦茶なキャスターは聞いた事がない!一体、何処の英霊だ?今、左腕を負傷しているセイバーでは・・・ッ!

一方、アルトリアもこの得体が知れないキャスターに畏怖しながらも同時に不思議な感覚を感じていた。

何なのだ・・このキャスターは?対魔力が全くと言っていい程に通じないなどと・・・ッ!その上、さっきから感じるこの重圧は何だ?嫌にいつも以上に身体が重い!おまけにステータスまで減少している!?これは一体!?
だが、何よりも―――

そこでアルトリアは改めて銀髪のキャスターを見る。

何故だろう・・・このキャスターを見ているとどこか懐かしい空気を感じる。まるで、私が生まれた時から見守っていたかのような・・・何を馬鹿な事を!そんなはずがない・・・第一、彼とこの者では歳に差が・・・・

そう思い頭を激しく振るアルトリアだが、そこで周囲の建物が徐々に変容して行っている事に気付く。狭い廻廊が徐々に広がり外観まで変わって行く。空間が無限に思える程に広がりやがては星星が天高く輝く宇宙を形作って行く。切嗣はその様を見て思わず絶句して呟く。
「固有結界!?いつの間に・・・ッ!」
一方、キャスターは厳かとも言える身振りで宣言する。
「あらゆる質量、時間、空間を自在にコントロールし且つサーヴァントをも弱体化させる究極の魔術要塞結界。
我が最強宝具が一つ・・・『幾星霜の理想郷(アンブロジウス・アヴァロン)』」
その宝具の真名を解放した途端に切嗣は元より・・アルトリアは特に絶句し愕然と眼を見開いていた。
「そ・・そんな!?」
もう、疑いようがない。この宝具の真名が何よりもこのキャスターの正体を雄弁に語っていた。何よりも初めに会った時から自身の直感スキルは警鐘を鳴らしていたのだ。だが、生前に自分が知る彼の姿とはすっかり様変わりしていたから気付かなかった・・・だが思えば、その朗らかな笑みに飄々とした立ち振る舞い、彼と断定できる点は随所に見られたのだ。それでも信じたくはなかったと言うのもある。よもや、ランスロットやベディヴィエールだけでなく()までもが自分の願いを拒絶するなどと―――!
アルトリアは悲壮を滲ませた震える声で眼の前に居る嘗ての軍師であり師でもあり最も信頼のおける盟友ですらあった男の真名を叫ぶ。
「貴方も・・・貴方までもが私が間違っていると言うのかッ!?マーリン・アンブロジウス!!」
それに対しキャスター・・・否、マーリンは朗らかな笑みを浮かべた顔で言う。
「さあ、アルトリア。並びにそのマスターよ。二人とも揃った所で講習会(セミナー)を始めるとしようか」



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.