Fate/BattleRoyal
31部分:第二十七幕

第二十七幕


 鷲蘭は唐突に眼を覚ました。眼をパチクリと開けた瞬間にガバッと起き上がり同時に身体に痛みを感じ呻き怪訝な表情を浮かべる。然も在りなん。先程まで彼女は黄円のサーヴァントの宝具能力によって気絶した所を夢の中に侵入されそこでそのサーヴァントの攻撃を一方的に受けていたはず・・・それがどう言う―――
と、そこで黒の忍び装束を纏ったサーヴァントが控えており、鷲蘭はすぐさま身構え双剣を向けるが、忍びのサーヴァントは手でそれを制して言った。
「ご案じめさるな。拙者は貴殿らに加勢されたお頭の手勢が一人にて」
「加勢?」
鷲蘭が怪訝な声を出すと李書文が自分を背に先程まで自身を夢の中で傷つけていた黄円のサーヴァントを含む敵勢と拳を打ち合いながら、答える。
「そ奴が敵の術に嵌まったお主を解放してくれたのじゃ!礼を言って置け!」
「彼が・・!?」
そうしている中、戦局は再び激変しようとしていた。あちこちで死徒やサーヴァント達が突如、ある者は足を斬られ、ある者は喉を掻っ切られたりとかなりの混乱が起こっていた。
「だ〜!もう〜!!今度は何だってえのよ!?」
リオンは苛立った顔に冷や汗を垂らしながら風の刃を振るう。それに対し彼女のサーヴァントは平然と言う。
「決まっている・・連中の加勢だろう。恐らくクラスはアサシン・・・それもこの国で言う所の忍びとやらで名を馳せた英雄であろう・・・ッぅ!」
そこでチェーザレは突如、毒の大剣で何もない虚空に対し防御の姿勢を取った。
「ちょっ!?いきなり、何よ!?」
リオンがギョッとするとチェーザレの眼前に先程ランスロットのマスターへの奇襲を防いだ流れるような長髪を靡かせた忍びが姿を現し手槍でチェーザレの大剣を押し切っていた。
「なッ!?チェーザレの如何なる物も一気に毒で腐食させる『黒血の毒薔薇』をまともに打ち合ってるですって!?なんで腐らないのよ!?」
その疑問に対し長髪の忍びは平然と答える。
「この槍は我ら伊賀者の業で鍛えられた物・・・このような毒如きで腐りはせん」
その言葉にチェーザレはこの忍びの真名を悟った。
「ふん、成程。伊賀者・・・加えてその槍捌き・・・・伊賀と甲賀の忍び衆を率い、自らも優れた槍術で数々の武勇を打ち立て『鬼半蔵』と称された服部半蔵正成か」
すると、忍び―――半蔵は「如何にも」と答え、すかさず左手に持った苦無をチェーザレの喉元へと滑り込ませる。チェーザレはそれを瞬時に後ろへ飛び下がる事で回避した。
「ふん・・・間諜風情がこの俺に刃を向けるか・・ッ!」
それに対し半蔵は答えず再び姿を消した。すると、チェーザレも自らの宝具『見えざる謀権術数』で姿を消した。



その頃・・望まざる剣戟は――――ランスロットを斬り裂く事はなかった・・・・・代わりにそれを受けたのは一人の騎士だった。

ランスロットは信じられない物を見るような眼で自身の代わりにガレスの望まざる凶剣を受けた騎士その騎士を見た。騎士はかなり小柄な体格で辛うじてアルトリアを抜く程度の身長だった。髪は明るい金髪のロングで後ろに束ねている。顔立ちは幼くも整っており柔らかい印象を抱かせ罷り間違えば、少女と見まごう美少年だ。今、彼の身体はランスロットを庇った結果、ガレスの剣が深々と突き刺さっていた。騎士はそのパープルの瞳を痛みに強張らせながらも若干の笑みを浮かべて呟いた。
「いたた・・・・やっぱり剣で貫かれるのは痛い物だね・・・・」
それに対しランスロットもガレスも一斉にその騎士の名を呼んだ。
「「アコロン・・ッ!?」」
「やあ、ガレス。久しぶりだね・・・こんな形で再会するなんて思いもしなかったよ?そして、ランスロット卿もお久しぶりです。このような形での挨拶、お許し願いたい」
騎士―――アコロンがそう二人に挨拶すると同時に突如、高速で動く人影が一閃しランスロットを拘束していた光のロープを瞬く間に引き裂いた。それによってランスロットは自らを雁字搦めにしていたサーヴァント達を力づくで振り払い拘束から完全に自由の身となる。そして、その人影は雁夜達の前に姿を現した。それは黒髪をポニーテールに束ねた褐色肌の女性で蒼天のような青い右眼に左目を白銀の眼帯に隠し黒いコートを羽織り、白銀のシャムシールを手にし首からは大型のルビーの首飾りを掛けていた。
「あ・・あんたは!?」
雁夜が面食らった声で問うと女性は気さくな笑顔を浮かべて挨拶した。
「ハロー!貴方がランスロットのマスターの間桐雁夜?さっきの啖呵、なかなかイカしてたわよ。あたしはシャルリア!安心して、あたし達はあんた達の敵じゃない。寧ろ、その味方って奴よ!」
「それで・・・彼はあんたのサーヴァントか?」
雁夜はランスロットを庇ったアコロンと言うサーヴァントを見て問うとシャルリアは首を振る。
「ううん。彼は・・・」
「私のサーヴァントだ」
シャルリアの言葉を継ぐように聖堂教会の修道服に身を包んだ紺色のショートカットに緋色の瞳をした青年が彼女の横に並んで補足する。
「聖堂教会!?監督役か?」
雁夜が彼の出で立ちを見てそう推察するが、青年は首を横に振る。
「いいや、確かに教会の所属である事は否定しないが、あくまで君達と同じ一参加者だよ。私はディアン・マクマート。イギリス聖堂教会に所属する代行者だ。お初にお目にかかる、よろしく間桐雁夜・・・いや、『ホーネット』」
そう言って握手を求め雁夜も面食らいながらも応える。
「こちらこそ俺のサーヴァントが助けられた・・・ありがとう。どうぞ、よろしく」
「なに礼には及ばないさ。私としてもこの事態を黙って見ている訳には行かないんでね」
ディアンはそう言って眼前の戦場を見る。そこでは突如、乱入したアコロンがガレスの剣が刺さったまま死徒やサーヴァント達と対峙しておりガレスは悲嘆に暮れた表情でアコロンに詫びる。
「すまない・・・・アコロン・・ッ!私は・・・私は・・・・ッ!」
しかし、アコロンは微笑みを浮かべて言う。
「気にする事はないよ。それに・・・僕はこの程度では死ねないからね」
そう言ってガレスの剣を自身の身体から引き抜いて行く。すると、刃が抜かれた途端に傷口が徐々に塞がって行くではないか。
「自己治癒型の宝具か!?だけど・・・アコロンなんて英雄は聞いた事がないけど・・・・」
それを見た雁夜は驚愕するが、ルポライターをやる傍ら世界中の伝説や歴史の本を読み漁っている彼でもアコロンと言う英雄の名は殆ど聞いた事がなかった。無理もない・・・アーサー王伝説にはランスロットやガウェインを筆頭とした多くの騎士達が語られているが、アコロンと言う騎士の話は聞いた覚えがなかったからだ。その疑問に対し自由の身になったランスロットが答える。
「彼アコロンは円卓にこそ加わっていませんが、王に仕えた騎士の一人です・・・・そして、唯一人モルガンの憎悪を癒す事ができる数少ない人物でした・・・・」
その言葉を裏付けるようにモルガンも明らかに動揺し先程までの憎悪や厭らしい笑みは失せ蒼白な顔で突然に現れランスロットを庇った騎士を見ていた。
「なっ・・・そんな、どうして?どうして貴方がここにいるの!?アコロンッ!?」
その言葉にアコロンは柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「そんなの決まっているじゃないか・・・・モルガン、君の憎悪を鎮めたいと願ったから、この戦いに加わったんだ」
モルガンはその言葉に後ずさるような仕草を見せる。その様子を見てアコロンは更に言葉を続ける。
「モルガン・・・・やはり、君はまだ王やマーリン殿を憎んでいるのか?」
すると、モルガンは少女が泣き叫ぶように感情を迸らせた。
「止めて!貴方に何が分かるって言うの!あの小娘の父は私の父親を殺し私の母親を無理やり妻として生まれたのよ!そして、マーリンはその助力をしたわ!これで憎しみを持つなって言うのッ!?」
モルガンの叫びにアコロンは暫し瞑目した後、静かな声で言った。
「・・・・なら憎しみを持てば君の両親は帰って来るのか?王とマーリン殿を憎めば幸せだった頃に戻れると思っているのか?」
モルガンはその言葉に初めて動揺の色を高慢な美貌に浮かべる。
「そ・・っ、それは・・・・・」
そんな彼女にアコロンは真摯に訴えかける。
「君だって、分かっているはずだ・・・!二人を憎んだって、失った物は戻ってこないんだって!」
「・・・・・」
モルガンは何も言葉が発せず代わりに宙で更に後ずさる。それを受けてアコロンは更に前へと出る。
「モルガン・・・僕には君がその身に宿す憎しみが理解できない。僕はその場にいなかったから・・・・でも、僕と一緒に居た君はそんな憎しみが感じられないくらい幸せそうだったじゃないか?お願いだ、モルガン。忘れろとは言わない・・でも―――」
「もう、やめてええええええええええええええッ!」
モルガンは血を吐き出すような慟哭を上げアコロンを黙らせる。
「もう・・・・戻る場所なんか何処にもないの・・・ッ!お願いだから、これ以上私を惑わさないで!」
口ではそう言いながらもモルガンは自分の身体を抱き抱え震えていた。そんな中、いつの世にもいる『空気を読まない馬鹿野郎』が苛立った声でモルガンに言った。
「なにやってんだモルガン!?早く、そいつをぶっ殺せよ!」
そうモルガンのマスターであるクラストルである。クラストルは更に無遠慮な物言いでモルガンに命令する。
「見た所そのセイバーの能力は余り高くねえ!お前の魔術や宝具なら一撃だろうがッ!!」
その言葉に雁夜達もアコロンのステータスを見る。
筋力C++ 魔力D 耐久D+ 幸運A 敏捷C++ 宝具A+
確かに幸運と宝具以外はお世辞にも高いとは言い難いステータスだ。それで強力なサーヴァントを有する死徒の群れの渦中に飛び込むなど無謀ではないだろうか?そんな彼らの視線を受けてかアコロンも苦笑いを浮かべて言う。
「確かに否定はしないよ・・・ランスロット卿の言うように僕は円卓には加わらなかったし、何より・・王の剣を盗んだとされて、それで王と戦い殺されたって言う人物だからさ。英雄と言う者には程遠い存在さ」
すると、それをモルガンがあらん限りの声で否定した。
「何を言うの、アコロン!あの事件は・・・・私が引き起こしたのよ!貴方は何も悪くないわ!!それに、貴方は本来なら、そこにいる裏切りの騎士にも引けを取らない騎士だったわ!どうして・・・どうして、貴方はそうまで自分を貶すのよ!?」
それに対しアコロンは穏やかな笑みを湛えて答えた。
「モルガン・・・・僕は名誉とか誉とか・・・そう言う物には興味がないんだよ。僕の興味があるのは・・・・君だよ、モルガン」
モルガンはその言葉に息を呑んだ。アコロンは手を彼女に伸ばして言葉を紡ぐ。
「君に巣くう憎悪と執念の炎を討ち払いたい。そして、復讐を断ち切った君と再会したい・・・・それだけが僕の願いだったんだから・・・だから―――」
そこでアコロンは意を決したように瞳に決意の燈を灯す。
「だからモルガン・・・もう止めよう・・・こんな事をしても何の解決にもならない。怒りや憎しみをいつまでも抱いていても・・・君は前に進めない。
踏み出すのが怖いと言うのなら、僕が手を差し伸べてあげる。君が歩み始められるように・・・・」
「ア・・アコロン・・・・!?」
そう言うとアコロンは伸ばした手を空中に浮遊しているモルガンに更に伸ばす。そこには一切の打算も腹積もりは存在しない。ただただ、純粋に彼女の事を想う・・・アコロンの誠実な恋慕の情がありありと浮かんでいた。それにモルガンは思わず自らも手を伸ばしたい衝動に駆られた。だが、今更どうして彼の手を取れるのかと咄嗟に拒絶の言葉を再び出そうとするも上手く言葉は愚か声すらまともには出て来なかった。そんな中、またも『空気を読まない馬鹿野郎』が喚き散らす。
「いつまで、そんな野郎とだべってんだよ!!さっさとお前の宝具でそいつをぶっ殺せッ!!」
その言葉にモルガンは身体をビクッと震わせ次の瞬間には自分でも信じられない言葉を口にしていた。
「・・・・・・できない・・ッ!」
「ああッ!?」
その返答に当然ながら、クラストルは苛立った唸り声を上げる。だが、モルガンはそれすら構わずに続けて言う。
「アルトリアやマーリンが相手なら喜々として受けるわ・・・・でも、でも・・・ッ!彼だけは攻撃できない!私の事を誰よりも愛してくれた、陰謀で命を落とす事になっても私を責めようとしなかった・・・それ所か・・私の孤独を悲しんでくれた彼だけは・・・ッ!」
モルガンはとうとう嗚咽を交えながら俯きうわ言のように呟く。
「できない・・・私には・・・彼を殺すなんて・・・ッ!」
それに対しクラストルは顔を醜悪に歪ませ更に怒鳴り散らす。
「ふっざけんなよ!?お前は俺のサーヴァントだろうが!!言う事を聞かねえってんなら令呪で「君は・・」ああッ!?」
その時、不意にアコロンが割り込んで来た為、クラストルは不機嫌且つ苛立った声をアコロンに投げ掛けるが、アコロンは何ら臆す事なく言葉を返す。
「君には・・・家族がいないのかい?まるで世界が自分の遊び場だと思っているようだけど・・・そんな考えをしていて悲しくならないのかい?」
その声には怒りよりも哀れむような響きがあったが、クラストルは意にも介さず寧ろ、突然に現れ自らのサーヴァントを惑わしたアコロンに憤激混じりの癇癪を迸らせる。
「ああ!?それがどうした?俺は俺が楽しめれば、それでいいんだよッ!他の奴らなんざ知った事か!!」
すると、アコロンは瞑目して本当に哀れむような声で言い募る。
「・・・君は悲しい人だね。誰かを愛そうと思わず、誰かを傷つけたり貶めたりする事でしか快楽を得る事ができないなんて・・・」
その言葉にクラストルは身体中から閃電を迸らせながら、顔を憤怒に染め上げる。
「うっ、うるせえええええええええええええええッ!!死徒共!この糞野郎をぶち殺せえええ!!」
「まっ、待って、クラストル!!お願い、アコロンだけは!!」
モルガンが制止の声を投げ掛けるが、クラストルは耳を貸さない。
「うるせえ!お前がやらないってんなら、こいつらにぶち殺させるまでだ!」
そう言うとクラストルは自身の背後にいた死徒の大軍をアコロンに差し向ける。それに対しアコロンは臆した様子は微塵もなくただ憂いに満ちた眼でクラストルを見る。
「悲しいな・・・話し合えない、分かり合えないなんて・・・・」
すると、その横にディアンが並び立ち言った。
「アコロン・・・残念だが、もはや話し合いは無意味だ。かくなる上は・・・」
「うん・・・幸いモルガンは僕らを攻撃しようとはしないみたいだね。なら・・・」
その言葉にアコロンも頷き腰に差していたアルトリアの『エクスカリバー』に瓜二つの宝剣を引き抜いた!
「行こう、ディアン!」
「ああ、雁夜、君達は引き続き子供達の護衛を頼む。さて死徒共。私は聖堂教会所属のディアン・マクマートだ。あの世へ行く前に覚えて置くがいい!!」
アコロンの呼び掛けにディアンも黒鍵を両手に持ちアコロンと共に死徒やサーヴァントの群れに臆す事なく切り掛かって行った・・・・


それと同時刻・・・アルトリア、マーリン、奏も迫り来る死徒とサーヴァントの軍勢を突破せんと疾風怒濤と形容するに相応しい斬撃や大魔術の連射で蹴散らして行く。
「チッ!しつこい!」
奏は死徒数人をやサーヴァントを数騎、『直視の魔眼』で容易く殺しながらも次から次へと湧く敵に毒づかずにはいれれなかった。
「ふむ・・・些か数が多過ぎるな。モルガンめ・・・よくもこれだけ集めた物だ」
マーリンも左手に切嗣入り風船型結界を持ち、煩わしいと言わんばかりに他方向に炎の魔術を放って死徒達を焼き払い道を作ろうとするもすぐにその道をまた別の死徒達が塞ぐ。アルトリアも凄まじい剣戟でこれらを斬り伏せて行くが、ハッキリ言ってこれでは切りがなかった。
「マーリン!この者達に貴方の結界は!?」
アルトリアの問いにマーリンは首を振って答える。
「モルガンの結界宝具『反転した夢想郷(リバース・アヴァロン)』による介入が働いている・・・今はこの結界を維持し結界内の戦況を把握するだけで手一杯だ」
すると、アルトリアは剣を振るいながらも問うた。
「それで・・ランスロット達は!?」
「ふむ・・・数だけでなく質も桁外れだからな。些か押され気味だったが、今はどうにか持ち直したようだ。加勢も何人か来たようだしね。しかし・・・・つくづく、この戦争は懐かしい顔が揃う」
「はあ!?こんな時に何を―――!?」
アルトリアが苛立った声を上げるとマーリンはすかさず即答した。
「アコロンが来ている」
「!?」
アルトリアはまたも絶句するが、マーリンがすかさず言う。
「アルトリア、分かっていると思うが、今は・・・」
「無論だ・・・マーリン。今は一刻も早く―――!」
アルトリアもすかさず頷いて剛剣を振るい敵を薙ぎ倒して行く中、次にアイリスフィール達の現状を尋ねた。
「それとアイリスフィール達は?」
「無論、我々と同じ憂き目に会っているよ・・・・唯、エル・シド卿やベディヴィエールへの結界の影響は解いておいたしペンテシレイアもいる・・・そう簡単には殺られはしないさ。しかし・・・アルトリアよ。そのアイリスフィールと言うご婦人はそれ程に大切な身なのかね?」
その言葉にアルトリアは頷く。
「そうだ・・私のマスターの奥方だ。それが何か?」
「なに・・・どうも君の味方の一人が彼女の身に何かがあれば、この聖杯戦争その物が破綻する等と言う事を言っていたのでね。あれはどう言う意味なのかな?」
その言葉にアルトリアも怪訝な顔になる。そう言えば、アイリスフィールは自分に自身の事を『聖杯の運び手』であると言う事以上の事は教えてはくれなかった・・・あれはどう言う意味なのか?
などと思いながらもすぐに首を振りアルトリアは眼前の手勢に集中する。そんな中―――
「余計な・・・詮索をするな・・・・ッ!」
彼らの頭上から苦し紛れの声が響き三人はハッとなったようにマーリンが吊るしている風船型の結界を見ると切嗣が顔を痛みで歪めながらも意識を取り戻していた。
「切嗣!?気が付いたのですか!?」
アルトリアが剣を振るいながらそう叫ぶと切嗣はこの上もなく険しい表情と鋭い目で己のサーヴァントを睨み付けた。それに対しマーリンは彼の表情を読み取って言った。
「あの子に腹を立てているのかい?事も在ろうにマスターである自分の身を敵サーヴァントである私に委ねた事を」
ズバリ図星を言い当てられ切嗣は一層憤激を瞳に湛えマーリンを睨み付ける。それに対しマーリンはまるで子供の癇癪に手を焼く親のような顔でやれやれと言う仕草をした。
「本当に君は顔に思っている事が出るんだな・・・・まあ、色々と不服ではあるだろうが、ここは我々と一時共闘した方が無難だぞ?何しろ今は見ての通りの有り様だ」
その言葉に切嗣は眼前に広がる死徒とサーヴァントの軍勢を見た。それと共にマーリンは続けて言う。
「この状況で漁夫の利などを狙うのは反って自殺行為だ。殊に今の君のコンディションではね・・・例え令呪でアルトリアを翻意させた所で君の死期が早まるだけだし、何より既に一画消費した令呪・・・無用にもう一画みすみす失いたくはあるまい?」
正論だった・・・この上もなく嫌になる程・・・ッ!今、自分は敵の結界内に囚われの身だ。即ち生殺与奪権を握れたに等しい!令呪を使おうとすれば、このキャスターは立ち所に自らの首を絞める事ができるのだ・・・しかもそれを良い事にサーヴァントの自害を迫る事だって有り得る・・・・そうなれば、自分達の聖杯戦争はそこで終わる!嘗ての仲間に絆されて、そんな事にも考えが及ばなかったのか!?このおめでたい騎士王サマは!?
「だが・・・かと言って、この状況では選べる選択肢はそれ程ないはずだがね」
またも自分の考えを見透かすようなマーリンの言葉に切嗣はギョッと呻いた。
「それとも、戦闘は愚か自分一人では歩けもしない君を担いでこの軍勢を突破しろとでもアルトリアに言うかい?」
「ぐぅ・・ッ!貴様あ・・・ッ!」
切嗣は再び怒りに満ちた呻き声を出す。無理もあるまい。今現在、彼をこのような状況に陥らせたのは他でもないマーリンのマスターなのだから・・・・すると、今度はその当のマスターである奏の声が飛んで来た。
「あんたをそんな様にした俺が言うのも何だが、今は原因より現状を認識した方がいいと思うぞ?」
またも正論・・・・確かにこの状況ではこいつらの提案がベストだ・・・・屠るならその後でも―――切嗣はそう判断し渋々ながらも首を縦に頷かせた。
「よろしい・・・それから始めに言って置くが、君の仲間は疾うに我々との共闘を承諾してくれたよ。あちらは君と違って話が分かって助かる」
その言葉に切嗣は一層、鋭い視線を投げ掛けるが、マーリンは意にも介さず更にこう続ける。
「それからもう一つ言って置くが・・・・どうもこの戦場を観察している者がいるようだな」
「なに?」
切嗣は耳聡く聞き咎める。
「あの倉庫街での戦闘でも間諜していたアサシンだよ。更にそのマスターもいるようだな・・・・あの格好から察するに聖堂教会とやらの所属なのかな?」
その言葉に切嗣は息を呑んだ。聖堂教会・・・・言峰綺礼!!この戦争で最も出会いたくなかったあいつが・・・こんなすぐ近くに・・・!?
「おまけに君のすぐ近くまで来ていたようだが、すぐに取って返してその場を後にしたようだがね」
その言葉に切嗣は怪訝な顔になる。すぐに取って返した?どう言う事だ?
「まあ、何はともあれ今はこの状況を切り抜けなければな。君は今は戦力外・・・・さぞかし遺憾だろうが、全てが終わるまで結界の中で大人しくして貰うよ。それからサーヴァントを持たぬ君の奥方と助手も結界の外へと逃がそう・・・“大事な身”なのだろう?」
その言葉に切嗣は更にギロっと凄むも眼前の現状を再認識し、その思考を一端止め渋々と言った感じで口を閉ざし、それで了承の意を暗に伝えた。
「さて―――突っ切るか」
そんな物騒な事を言いながら右手を正面に翳す。
「アルトリア、奏、少し下がっていなさい」
アルトリアと奏はすぐさま頷き後方へと下がった。そして、マーリンは高速神言で瞬く間に大魔術の術式を完成させ右掌から極大の魔法陣を展開する。
「ああ、君達少し退いてくれ」
マーリンが何でもない事のように言った後、その魔法陣から凄まじいまでの黄金の光が迸った―――!



その頃、救出隊は唖然となっていた。そこでは―――
「嘘だろ・・・!?」
と、雁夜。
「なんと・・・!?」
ランスロットも信じられない様に眼を瞠る。
「まあ・・」
咲耶は相も変わらず悠然としていたが、眼を少しだけ細めた。
「ひゃあ・・・・」
レグナは驚嘆が入り混じった声を上げている。
「・・・まるで、アクション映画だなあ・・・」
メルディはいつもののんびり口調で他人事のような感想を漏らした。
「へえー、なかなか、やる人達だったんですねえ♪」
玉藻の前も感嘆の声を出していた。

「ふんっ!」
どすどすどすッ!!!!
「「「「があああああああッ!!!」」」」
「はあっ!」
斬ッ!!
「ぐああッ!!」
ディアンとアコロンの一組が雲霞の如き死徒とそのサーヴァント相手に縦横無尽に暴れ回っていた・・・ッ!!
その様を見ていた雁夜はあんぐりと口を開け驚愕の表情となってランスロットに問う。
「な、なあ・・・ランスロット?あのアコロンって円卓には加わっていなかったんだろう!?」
それに対しランスロットも冑を脱ぎ驚愕を隠しきれない面持ちで頷く。
「え、ええ・・正直、私も驚いています。まさか、彼がこれ程までの武勇に優れていたとは・・・!?」
すると、彼と相対していたガレスが口を開き話しかけた。
「ランスロット卿が知らないのも無理はありませんよ」
「ガレス?お前はアコロンがあれ程の武勇を持っていると知っていたのか!?」
それにガレスは何でもない事のように答える。
「ええ。後知っているのはラモラックとケイ卿ぐらいでしょうか?彼等だけですよ。アコロンがあれだけの武勇を持っていると知っているのは」
「だ、だが・・・私が知る限りアコロンは王の『エクスカリバー』を手にし、それを取り戻そうとした王と戦った末に討たれたと聞くが・・・?」
すると、ガレスは苦笑して言う。
「ランスロット卿・・・・よく考えても見て下さい。エクスカリバーはそもそも王の愛剣です。その力や鞘の治癒力も王が手にしていなければ、扱えない代物なのですよ?」
その言葉にランスロットはハッとなる。ガレスも頷いて言葉を続ける。
「でも、彼は王と互角以上に渡り合い、時には王を危ぶませる程の剣技を見せた。討たれたと言うのも治癒の力を持つ鞘を手放してしまった為に敗れたような物・・・・もし、『アヴァロン』を手放さずに王と戦ったとしたら・・・王は敗れていたかも知れません」
ランスロットは絶句しながらも疑問に思い問うた。
「・・!??なんと・・・だが、何故だ?何故、それ程の武勇を持っていながら・・・・」
ガレスはまたも苦笑して答える。
「私も一度それを疑問に思って聞いて見たのです。『何故、それ程の武勇を持っていると言うのにそれを戦場で振るわないのだ?』・・・と」


「そうしたら、アコロンは何て答えたと思う?『僕は君とこうして笑い合ったり、語り合えるだけで満たされているんだよ。それに、僕はどうにも血生臭い戦いってのが好きじゃなくてさ。あはは、これじゃあ騎士の風上にも置けないね・・・』って答えたの・・・」
上空に浮かんでいたモルガンは気付けば自らのマスターであるクラストルにアコロンの事を語っていた・・・
「可笑しかったわ・・・・魔女だの悪女だのと誹られた私の事を好きになって・・・私と一緒に過ごせれば、それだけで充分だと言い切ったのよ?本当に・・・彼はどうしようもない位、純粋で、優しい騎士だったわ・・・」
その物言いにいつもの妖気は微塵も感じず、そこにはただただ一人の男を愛する普通の女性の姿があった。それにクラストルはこの上もなく苛立った唸り声を上げるが、モルガンは一切気にせず、こう続けた。
「悪い事は言わないわ、クラストル。すぐに死徒達やサーヴァントを下がらせないさい。彼には・・・アコロンには今連れて来た生半可なサーヴァントでは恐らく勝てない。何故なら・・・・」
その言葉と同時に死徒やサーヴァント達の劈くような悲鳴が響き渡りクラストルは思わずギョッとする。見ると前方では、その当のアコロンが迫り来るサーヴァント相手に文字通り無双の剣捌きで次々と薙ぎ倒して、こちらへ向かって行く姿があった。クラストルもその姿には畏怖と言う物を感じざるを得なかった。それに止めを刺すようにモルガンはもう一度言った。
「彼は、そこにいる『裏切りの騎士』や『太陽の騎士』にも勝るとも劣らぬ武勇を持ち・・・・そして、誰よりも純粋で心優しい『真なる騎士』なのだから・・・!!」
その言葉をクラストルは歯軋りしながら聞いていた。
(ふ、ふざけんなよ、モルガン!!何が真なる騎士だ!?何が私には攻撃できないだ!こっちはそれなりの数を引き連れてるんだ!数で押し潰せば、どうと言う事は・・・)
などと未だに虚勢を張ろうとするが―――
「ぎゃああああああああああッ!??」
ふと絶叫が響いた為、その声の方を見たクラストルは信じられない光景を見た・・・
そこには複数のサーヴァントに囲まれ、何処から見ても絶体絶命の状況となっているアコロンに恐らくランサーだろうか?彼が宝具である槍を突き出したのだが・・・
「ふっ!」
すぱっ!
アコロンは自身の喉を貫こうとしている槍の穂先を紙一重で避けるとその穂先を自身が持つ宝剣で切り落した。それだけではなく切り落した穂先を空中で掴むと手の中で回転させ・・・・
「ハアアアアッ!!!」
どすっ!!
「アぎゃああああああッ!!???」
その槍の穂先をその槍を持っていたランサーの眼球に突き立てたのだ!!だが、それで終わりではなかった。アコロンはその穂先をランサーの眼球から引き抜くや否や・・・
「せいっ!」
ぶおんっ、どすっ!!
「がっ、はあ・・・ッ!???」
アコロンの背後にある木の上から彼を射貫こうとしていたアーチャーの喉に穂先を投げつけて貫いたのだ!!そのまま木の枝から落下し消えて行くアーチャー・・・・・
「このおおおおおおッ!!!」
その光景を目にしたセイバーが巨大な大剣を振り下ろそうとする。これに対しアコロンは防御の構えをした為、そのまま叩き潰そうとしたのだが・・・ッ!
「クス・・」
キイイイイン!!!
「なっ、なんとッ!?」
その光景を見たランスロットは驚愕した。何故なら・・・彼はそのまま宝剣で防御するのではなく宝剣の峰の部分で大剣を滑らせるようにして力を受け流したのだ・・・ッ!!それは長らく戦場を駆け廻ったランスロット自身も惚れ惚れする程の完璧な動作だった。クー・フーリンも槍を振る傍でその動作を横目で見ており口笛を吹いた程だ。力を受け流された事で大剣はあらぬ方向に落とされセイバーは立ち所に体勢を崩す。そして、次の瞬間・・・
ザシュッ!!
「がっ・・はあ・・・ッ!?」
その隙を逃さないかのようにアコロンはそのセイバーを袈裟斬りに切り捨てた・・・・
「悪いけど・・・・今の僕は騎士だ。幼き子供達を護る楯。そして、彼らを護る為に戦っている同胞達の剣として僕は君達を阻ませて貰う!!」
そう宣言するとアコロンはまたも死徒のサーヴァントの群れに向かって行った・・・
そして、そのマスターであるディアンもまた凄まじい戦いぶりを見せていた。
シュシュンッ!!!!ズババババババババッ!!!!
「「「「「が、があああッ!!???」」」」」
ディアンが手にしている『黒鍵』と言う代行者が振るう武具の刃が煌めく度に・・・死徒達はある者は心臓を貫かれ、ある者は喉を引き裂かれ、ある者は・・・首を上空高く斬り飛ばされて討ち倒されて行った。
「反応が遅いな。それに動きが重鈍過ぎる。悪いが死徒諸君、たかが数十人程度では私にとっては準備運動と何ら変わりがない。私を仕留めたいと言うのなら・・・そうだな、せめて一万ぐらいはいないと話にならないぞ?」
ディアンはそう言うと黒鍵にへばり付いた血糊を振るい落とす。その隙だらけの動作をしているにも拘らず死徒達は襲い掛かろうとはしない・・・・
『恐怖』しているのだ・・・目の前にいる男が瞬きする間に数人の仲間を一瞬で葬り去ったのだから・・・・
それを見たレグナは思い出したように素っ頓狂な声を上げる。
「ディアン・・・って・・・ま、まさか!?『死神の化身』『断罪の番人』とまで呼ばれた聖堂教会最強の代行者・・・『ディアン・マクマート』!?」
「レグナ、あの兄ちゃんの事を知ってるのかよ?」
クー・フーリンが自らもジル・ド・レェの海魔を屠っている傍ら尋ねるとレグナは頷いて答える。
「当り前よ!てか、この業界で彼の事を知らない方がモグリだわ!聖堂教会じゃ、あの『言峰綺礼』をも震え上がらせる程の実力者で同時に教会では知らぬ者はない人格者!嘗て外道の魔術師達数十人を相手に傷を負った同胞達を守りながら、たった一人でその魔術師達を壊滅させた大英雄よ!まさか・・・こんな所で会うなんて・・・・」
「ディアン・マクマート!?そう言えば、どこかで聞き覚えがある名前だと思ったが・・・まさか、彼がその?」
レグナの言葉を聞いていた雁夜は驚愕する。彼も聖堂教会を雇い主にして仕事をしていた傍ら、そんな男がいるとは話で聞いていたが、一度も面識がなく滅多に会う機会もなかった為、その当の本人が自分の目の前で武勇を振るっている!!その事実に雁夜は顔を驚愕に染め上げていた。


一方、ディルムッドはオスカと刃を交え続けていた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!!」
オスカは大剣を正しく狂気に駆られた荒らしい動きで振り下ろす。その腕力は狂化されているだけあってディルムッドを圧倒していた。故にディルムッドは二つの槍を巧みに振るって狂気の剛剣を受け流して行く。それを後方からディルムッドを支援しながら、ルクレティアは戦慄を湛えた眼で見ていた。
(これが・・・フィオナ騎士団に置いて最強を誇った騎士・・『鋼で覆われた角』のオスカ!バーサーカーとなりながらも凄まじい豪剣ですね・・・フィオナでも随一の勇猛を誇ると謳われたランサーをここまで圧倒するだなんて―――!けれど、それ以前にランサーは大丈夫なのでしょうか・・・)
と、懸念を湛えた瞳を己のサーヴァントに注いだ。然も在ろう・・・オスカと言えば、デイルムッドの親友とされている英雄だ。彼がグラニアとの逃亡時代も幾度も手を差し伸べ、祖父のフィンが後にディルムッドを無慈悲と策謀で以って謀殺した際には死の間際になってもこれを許す事はなかったと言う逸話がある事からも彼らの友情が深い物である事は想像に難しくない。事実・・・ディルムッドは先程から刃を交えながらも苦悩に顔を歪めている・・・ッ!
しかし、それでも尚、彼は嘗ての親友を真正面から見据えて槍を構える。
「よもや・・・狂戦士へと堕ちた貴方と刃を交えようとはな、オスカ。それもこのような獣共の走狗として呼ばれるとは・・ッ!その無念・・・お察し申し上げる!暫し待たれよ・・今、解放致す・・!」
ディルムッドはその顔を苦渋に歪めながらも意を決して神速とも言うべき足捌きで『必滅の黄薔薇』をオスカの心臓目掛けて突き出す・・・・が!
オスカはそこで腰に差していたもう一振りの大剣を抜いた。それを見たディルムッドは目を剥いて後ろへと飛び退いた。
「なッ!?そ、それは・・・フィンの!?」
その剣はオスカの背丈を優に超える刀身に白い拵えが施された剣でその刀身には幾つもルーンが刻まれており、バーサーカーが持つ宝具とは思えない程の神々しさを誇った剣だった。これぞ、ディルムッドの嘗ての主にしてオスカの祖父フィン・マックールが所持した愛剣にして対城宝具『辟邪の白星剣(マック・ア・ルイン)』!!
「馬鹿な・・・!何故・・・貴方がそれを―――」
その先を言う間もなくディルムッドは親友が主の剣を振り上げた事によって巻き起こった白い光に包まれて行った―――



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