Fate/BattleRoyal
42部分:第三十七幕

第三十七幕


 私は子供の頃、幸福の輪の中にいた。父がいて、母がいて、そして弟がいた。あの頃はその輪がとても…そう極当たり前のように廻っていて順風満帆と言っていい程に輪は淀みなく流れていた。それが私にとっての世界の総てだった。でも―――。








「……つまり、あの魔術師殺しが屍鬼(グール)が大量に発生したデパートを丸ごとロケットランチャーで吹っ飛ばしたと?それで、そのデパートの中にあんた達の家族がいたと…そういう事か?」
奏は二人の少女の説明を簡潔に要約して言うと「まあ、そんな所です」と支那薇は肩を空かして頷き華音も首を縦に振った。
そこは奏が適当に選んだ新都のカラオケボックスの一室だった。会合を申し込んだ少女達と申し込まれた奏とマーリンの他には飛び入りで参加したシャルリアとアリーがいる。買い物に勤しんでいた連中には新たな同盟者が加わるかも知れないとだけマーリンの使い魔を通して伝え先に帰ってもらい間桐邸で待機している雁夜達にも報告してもらう事になった。
「あのクソ野郎…!口では世界平和なんて耳障りな事言っといて父親と同じような事を―――!」
シャルリアは声を怒りに滾らせるが、奏は冷静に言った。
「…確かに気に食わねえけど常道ちゃあ常道だな」
「なっ!?あんた!」
「落ち着け、シャルリア」
シェルリアが目を剥くもアリーが彼女の肩を抑えて制しマーリンも嘆息を付きながらもマスターに同意する。
「うむ。デパート…恐らくこの時代で言うビルディング内と言う隔絶した場所に屍鬼(グール)がねずみ算式で増えているとあっては、やがては外へと溢れ出し被害は広範囲に拡がる…そうならぬ為の応急処置としては確かにこの上もなく適切だろうね。……人道倫理を別にしても彼の選択は最善と言えないまでも次善の妙手と言い得るだろう」
すると、突如として彼らと向かい合っている少女達の表情に若干の剣呑さが現れ途端に奏とマーリンは口を閉ざし重苦しい沈黙が場を包んだ。
(マスター…君もう少し言葉を選べなかったのかい?)
マーリンは念話で奏を詰るが、奏も同様に言い返す。
(お前にもそっくりそのまま返すぜ…てか、お前の方がズケズケと言っていたじゃねえか)
(失敬な!私はただ君の言葉を補足しただけじゃないか)
(お前も少しくらいは言葉を綿に包めよな!)
二人が脳内で漫才を繰り広げる中で支那薇は今までにない程、刺を含んだ口調で口を開いた。
「けど、だからって落とし前を着けなくていい…なんて事にはならないですよね?」
その言葉にアリーは顎に手を当てて答えた。
「それは…確かにな。どのような正当な理由が在ろうとも家族をその男個人の意思で突如全て間引かれたのだ。到底理屈に感情が追いつくまい」
「当然…!」
シャルリアも唸るように肯く。
「ですから……私達はなんとしてでもそいつを地獄に突き落としてやるんですよ。幾ら世間様が手を出せなかろうが、その男の行為にどんな正当性があろうとね…!!」
支那薇が手に持ったガラスコップを罅が入る程に握り締めるその横で華音も赤紫の瞳を殺意に染めて言う。
「うん…私達はどうあってもその男を許す事なんてできない。私達の家族の命が少数に入っていたとしても…だからって大勢より下だなんて事絶対に納得できない!!だから、あの男と交戦したっていうあなた達の情報を知りたい。戦い方や使う魔術・礼装何もかもを」
それに対しマーリンは顎を撫でてマスターに是非を問うた。
「で、結局どうするかねマスター?」
「……いいぜ」
即答だった。
「へえー、案外すんなりとですね?」
支那薇は意外そうな声を上げる。
「別に話してこっちが困る事でもないしな。それに俺だって個人的にあの男は正直気に食わない…。それに仇を取りたいってあんた達の気持ちは俺も経験上分からんでもないさ」
その言葉に華音は思わず「え?」と年相応な可愛らしい声音を出した。支那薇も怪訝な表情を浮かべ、シャルリアやアリーも驚いたように奏を見て、マーリンだけが冷静な面持ちでマスターを見ていた。
「あんた…それってどう言う―――」
シャルリアが思わず問いかけるが奏はにべもなく先手を打った。
「ノーコメント。この場では関係ない話だし」
「まあ、何はともあれ協力は感謝しますよ?もし断られでもしたら……“身体”にお願いしなきゃいけない所でした♪」
支那薇は何気に剣呑な台詞をチラつかせ不遜な笑みを満面に浮かべた。それを見た奏は自分の直感が間違ってはいなかった事を改めて実感する。
(ああ…やっぱ、こいつには背中は絶対に見せられねえな…)
「それじゃあ話も纏まった所で私達のサーヴァントを紹介しますね。キャスター、出てきなさい」
「来て、ランサー」
支那薇と華音が呼びかけると二人の横にそれぞれサーヴァント二騎がその姿を現した。
支那薇の横には、中世のヨーロッパ圏に見られた、紫と紅を基調色にしたロココ調の礼服を纏った色素の薄い金髪のロングを後ろで束ねた青年が実体化した。その顔立ちは端正で柔らかい印象だが、その黄金色に輝く双眸はそれと不釣合いとすら言える鮮烈な毒々しさを宿していた。
それを一見した奏は思わず引き攣った表情を浮かべる。
(マスターとサーヴァントは似通った性質の者同士が引き合うとかは聞いたが、これはその最たる例だな…)
一方、華音の横には雪のような銀髪のストレートロングとアイスブルーの瞳に冷厳な美貌を持った青年騎士で赤紫(マゼンタ)の全身甲冑に身を包み手には馬上槍試合で使用するような白銀の突撃槍(ランス)を持っている。
まず始めに支那薇のキャスターが口を開く。
「お初にお目にかかります、紳士淑女の皆様。(わたくし)、この度ここにおられる圓城支那薇嬢のサーヴァントとして招かれましたサーヴァント・キャスターです。以後よしなにお願い申し上げます」
一見丁寧で礼節に則った挨拶だが、その声音は妙に他者を不快にさせる猫撫で声にも聞こえ奏達は少し渋い顔をした。
「私は栖鳳院華音殿を主君とするランサーのサーヴァント。此度は我が姫君達の仇討ちにご協力頂けるとの事…真に感謝に堪えませぬ」
一方、華音のランサーは、その冷厳な佇まいに相応しい品格と礼節を持った仕草で挨拶をした。これには奏達も若干好印象を持てた。
(こいつはなんだか如何にもな騎士然とした人物って感じだな…。こいつはよっぽどの事、それこそマスターの命令でもなければ、こっちの背中をいきなり斬り付けるなんて事はないだろう)
と、奏はこの槍騎士を見てそう評したが、不意にマーリンが念話で言った。
(マスター…このランサーは私の知己だ)
(なに!?)
マーリンな唐突な発言に奏は思わず声を出しかけるが、既で呑み込み詰問した。
(って事は、こいつも円卓の騎士の一人か?確かにアンシェルが呼んだガウェインにも匹敵するステータスだけど…何者だ?)
(ああ…真名()をサー・ラモラックと言う)

サー・ラモラック…馬上槍試合で比類なき活躍をし円卓の騎士内に置いてもランスロットやトリスタンとも並び称される最強の騎士の一人。また、アコロン亡き後にモルガンの愛人となったことで息子であるガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス、モードレッドの不興を買い彼らに総掛かりで惨殺される最後を遂げた騎士…。それが―――。

「とは言え、流石にまだ真名は控えさせて貰いますよ。お互いにまだ信用できない所がありそうですし」
支那薇は不遜な仕草で言うと奏も肯く。
「…だな。ただ一ついいか?」
「なんです?」
「あんた達に衛宮切嗣の情報を教える代わりに俺達にも協力してくれるって話だが、具体的にはどんな事をしてくれる?その様子じゃまだ背中を合わせて戦ってくれるわけじゃないんだろ」
「おや、何も背中を合わせて戦うばかりが協力ってわけでもないでしょう?お互いに情報交換するだけで大分違うと思いますけどね。それに別働隊と考えれば、それはそれで有効な手段だと思いますけど?」
支那薇は平然と言ってのけた。
まあ、確かにそうだが…。奏は少し納得しかねるという表情を浮かべたが、一度嘆息をついた後、口を開いた。
「…分かった。教えるよ、あんた達の仇の戦い方と武装」
そうして奏は衛宮切嗣と交戦した際の情報やボルドフから聞かされた経歴等を話し、マーリンも補足を加え切嗣を一時捕獲した際に掠め取った特殊な弾丸を分析して分かった危険性などを彼女達に余す事なく話したのだった。
それを聞いた彼女達の顔は何れも剣呑を通り越して憎悪をありありと浮かべていた。
「へえー、やっぱりあの野郎絶対に生かしておけませんね…!もう真剣に」
支那薇は穏やかながら、どこか獰猛さを感じさせる声で唸った。華音も一見無表情ながら拳をギュッと握り締めていた。その横でランサーことラモラックも冷厳な美貌を明らかな義憤に染めている。唯一人、支那薇のキャスターだけはどこか愉快そうな笑みを満面に浮かべ場の空気も構わずに支那薇に言った。
「ふむふむ…これは中々に仇の取り甲斐がある人物のようですなあ、マスター。真にめでたき事で何よりでございます」
「口を慎まれよ、キャスター。姫君達にとっては正念場なのだ。それを面白がって囀るなどとッ…!臣としての礼節と分を弁えられよ」
ラモラックが鋭い眼で一瞥して嗜めると、それに対しキャスターは優雅な笑みを以て一蹴する。
「それは失礼…。されど、私は召喚された当初マスターにも申し上げたはずですよ?私がこの戦争に参戦したのは偏に“娯楽(エンターテインメント)”の為だとね。貴方のような騎士道も忠誠心も私は元より持ち合わせてはおりません。まあ、それも娯楽を盛り上げる大切な要素でこそありますが、少なくとも私は向いてはいないでしょう。私が重要視するのはあくまでマスターがどんな物語(じんせい)を私に示し、どれだけ私を愉しませてくれるのか…ただ、それだけでしかありません」
その答えに当のマスターである支那薇は失笑で以て答える。
「はいはい、あんたのお望みは言われずとも叶えさせて上げますとも。こっちだって召喚した時からあんたにそんな物はコレっぽちも期待したちゃいませんから…。ただ支払ってる魔力(りょうきん)分はキッチリ働いて貰いますからね」
「無論ですとも、私は一度した契約は遵守する主義ですので」
キャスターは口ではそうのたまわったが、その眼は多分に―――。
(嘘つきの眼だな)
(うむ。だねえー)
奏とマーリンはそう断を下した…。







同時刻…アインツベルンの森では丁度、神威達と謎の刺客との交戦が終わって数分後の事、そこでイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは呆然と目の前に広がる光景を見ていた。地面は何かに抉られたかのように大きく削られており森林も大きな傷が付いている。さらに極めつけは森の大部分が禿げ返るように消失していると言う点だろう。一般の人間が見れば災害と見紛う程の惨状だ。
彼女の横に巌のような巨人…彼女が呼び出したサーヴァント・アーチャーことヘラクレスが並びその光景を共に眺めている。
「これは…間違いなくサーヴァント同士の交戦によるものだ」
ヘラクレスが厳かな声でこの惨状を判断するとイリヤは堪らずに駆け出した。
「イリヤ!?」
ヘラクレスもすぐさま小さな主の後を追い掛ける。更にその後ろでは、マックが息を切らし草臥れながらもついて来ており、それを彼が呼び寄せたサーヴァント・ライダーことメドゥーサが叱咤している。
「ほら、マスター。イリヤスフィールはあんなに元気ですよ。大人のあなたがシャッキとしないでどうするんです」
「ゼエ…ハア…、そ、そんな事言われたってさあ…。ここに来るまで相当に迷ったんだぜ?あんな長時間歩き回りゃ息も切らすし、足だって棒にもなるさ…」
そう日本の冬木まで来たのはいいが、この街においてのアインツベルンの拠点の位置をイリヤ自身も正確には把握してなかった事から相当の時間が掛かってしまったのだ。その上、そこで死徒との交戦があったと聖堂教会(どうも、この聖杯戦争の監督を取り仕切っている組織らしい)からの通達書で知り当然イリヤは居ても立ってもいられずに駆け出しマック達もそれに付き合う羽目となったのである。

(切嗣!…お母さまッ!)
イリヤは息を切らし時に転びながらも走るのを止めず只管に両親がいるであろう前方に見えるアインツベルンの城を目指す。そして、漸く入口の所まで辿り着くと途端に息を呑んだ。何故なら入口の大扉どころか入口部分は完膚なきまでに破壊され無残な大穴が空いていたからだ。
言葉も出ず絶句するイリヤに追い付いたヘラクレスも顔を焦燥に染める。だが、すぐに冷静な面持ちに戻り足元のイリヤを肩に抱きかかえて言う。
「イリヤ…とにかく中に入りご両親の安否を確かめよう。しかし中に如何なる者が潜んでいるかも知れぬ。だから君は私にしっかり掴まっていなさい」
「う、うん…」
イリヤは何時になく不安そうな顔と声で肯いた。ヘラクレスはそのまま城内へと足を踏み入れマックとメドゥーサもそれに続いた。


城内もやはり所々、破損され荒れていた。床は抉られ、大階段なども一部が倒壊していた。
「ひでえな…こりゃ。見る影もねえってのはこう言う事なんだろうな…」
マックもこの惨状に口を尖らせる。一方、イリヤはますます顔を不安で曇らせる。ヘラクレスも厳しい表情を浮かべて城内を慎重に進んで行く。
結果を言うと城内の探索は空振りに終わった。城内には敵もイリヤの両親の遺体すらなかった。だが、かと言って無事の証明になる物や手掛かりがあるわけでもなかった…。


当然、この結果にイリヤは意気消沈し城の崩れ落ちた玄関に腰掛けて俯いた…。そんな彼女にヘラクレスは優しい声音で励ました。
「イリヤ、気をしっかり持つのだ。まだご両親が無事でないと決まったわけではない」
「そうです、イリヤスフィール。諦めるのは早計です」
「そうだぜ、嬢ちゃん。城の中を隈なく探したが、遺体なんて出てこなかったじゃねえか。きっと別の所に逃げたんだよ」
メドゥーサやマックもそう言って慰め、イリヤは少し顔を上げて淡い笑顔を浮かべて肯く。
「うん…。みんな、ありがとう」
だが、不意にヘラクレスとメドゥーサが顔を強ばらせる。
「この地にサーヴァントが入り込んだ。それも複数」
ヘラクレスが厳かな声で言うとイリヤとマックの顔にも緊張が走る。
「それに、サーヴァントではない人外の臭いも混じってますね」
メドゥーサの言葉にマックが青ざめて鼻白む。
「それって…監督者が言ってた“死徒”とか言う吸血鬼かっ!?」
「むぅ、いかん。ここも囲まれたかも知れぬ…!」
ヘラクレスはイリヤを左手で抱き寄せ、右手に斧剣を手にし臨戦体勢を取る。メドゥーサもマックを背に得物である鎖付きの短剣を手に構え、彼女に守られる形のマックも申し訳程度に携帯していた拳銃を取り出す。
すると、懸念はすぐさま現実となった。森の茂みから続々と黒いロープを頭から羽織った集団が現れた。いずれも息遣いが荒く獣のような唸り声を上げている。そして何より彼らが引き連れているサーヴァント達がこれまた異形だった。得物は剣、槍、弓と様々だが、その姿はどう見ても“人”とは言い難いモノだった…。皆、肌がドス黒く変色している上に手は鋭利な爪が備えられ中には翼がある者さえいる。何よりその面貌や身体は何れも人間離れしている。
「こ、こいつらもサーヴァントだってえのか?でも、確かサーヴァントってのは生前に偉業を為したって言う人間なんだろ。こんな見るからに怪物染みた連中もそうだってえのかよ!?」
マックが呻くように言うとメドゥーサは冷静に主の疑問に返答を返す。
「マスター、サーヴァントとして呼び出されるのは何も真っ当な英霊ばかりとは限りません。現に私がそうです。恐らく彼らは私と同じ、“英雄”に倒される事を目的とされた“反英雄”…!それも数多の英雄譚において英雄に倒された名も無き人外の魔性、それをサーヴァントとして具現化させたのでしょう」
「見たところサーヴァントとしての格はそれ程高いわけではないようだが、流石にこの数は…!」
ヘラクレスは躙り寄ってくる魔性の手勢に巌のような顔を顰めさせる。
「もしかして、こいつらが切嗣とお母さまを…!?」
イリヤは怯えながらも迫り来る死徒の手勢を睨みつける。
「それはまだ分からぬが、この者らを討たねばならぬ事に変わりはない」
ヘラクレスは毅然と言い放ちマックも同意する。
「だよな…。教会って奴らの通達書によれば、かなりやべえ連中のようだし。こんなの野放しにしてたら更に被害が大きくなるぜ」
「ですが、我々のマスターは何れも非戦闘員に等しい…。ここはマスターの死守と突破を基本とすべきでしょう」
メドゥーサの提言にヘラクレスも深く肯く。
「然り…。遺憾ではあるが、イリヤまで戦闘に巻き込むわけには行かぬ。早急に強行突破を図る。ただし、その分削らせて貰おう!!イリヤ、目を瞑っていてくれ!ここから先は君が見るには能わぬ!!」
そう宣言すると同時にその巨体からは想像もできない速度で一気に軍勢の正面を突いた。その瞬間に夥しい血飛沫が舞う。ヘラクレスの通った道には、死徒の肉片と鮮血が散らばり、そのサーヴァント達も同様の姿に変わりながら消滅の残滓を迸らせていた。
「流石は彼の勇名に偽りなしと言った所ですね…。マスター、私達も一気に行きましょう。宝具を開帳する事を許可願います」
「お、おお…てっ!?な、何やっ―――!!」
マックは肯くと同時にギョッとした声で呻く。無理もない、眼前でメドゥーサが自らの首を得物の短剣で突き刺しているのだから…!そこから溢れ出した鮮血は地面に落ちると意思を持ったかのように魔法陣を描き瞬く間に発光し、そこから大翼を羽ばたかせた純白の駿馬―――天馬が召喚された。メゥーサはそれに手綱を備え付け騎乗する。
これぞメドゥーサの宝具の一つ『騎英の手綱(ベルレフォーン)』と彼女の血から生まれたとされる天馬(ペガサス)の逸話の具現、彼女が騎乗兵(ライダー)である所以の宝具である。
「マスター、早く後ろに…って何を口をパクパクさせているのですか?」
メドゥーサが首を傾げて問うのに対してマックは白目を剥いて痙攣していた、余りのショッキング映像に頭がパンクしたのだろう…。そんなマスターをメドゥーサは構わず強制的に自らの背へと乗せた。
「まったく…つくづく手の掛かるマスターですね。では行きますよ。くれぐれも振り落とされないように―――!」
メドゥーサがそう言うのを合図に天馬は凄まじい速度を以て死徒とサーヴァントの軍勢の中を駆け抜け粉砕していく。
戦闘力を持たないマスターを抱えながらも二騎のサーヴァントは文字通り疾風怒濤の勢いで突き進んで行くが、そこに待ったをかけるモノがあった―――。
「へえー、足で纏い同然のマスターを抱えながら頑張るねえ」
その声にヘラクレスとメドゥーサは思わず足を止める。その声の主は、オレンジに近い緋色のミドルショートに蒼い瞳を持った少年で顔立ちは年相応にあどけないが、どこか無邪気な残酷さをも感じさせる微笑を浮かべて彼らを見据えている。服装こそ現代相応に子供用の赤いタキシードと蝶ネクタイに半ズボンと言う出で立ちだが、これは―――!
「「サーヴァントッ!?」」
ヘラクレスとメドゥーサの半ば驚嘆が篭った声にマックも素っ頓狂な声を出す。
「はあ!?こ、こんな子供も英霊だってえのか!?」
「でも、サーヴァントとしてのステータスが見えるよ?」
イリヤの声にマックも眼を擦り改めて少年を見ると確かにステータスの一覧が見えた。

筋力E 魔力A++ 耐久D 幸運C 敏捷E 宝具EX

「マスター、相手のステータスはどの程度ですか?」
メドゥーサが問うとマックは何時になく真剣な声で答えた。
「身体的なステータスは大した事なさそうだけどよ…。EとかDだし…。けど魔力がA++…宝具がEX?どう言う意味だ、こりゃ?」
マックが首を傾げて言うが、二人のサーヴァントは顔に戦慄が走る。そして、メドゥーサは何時になく重苦しい声で己のマスターに言う…。
「マスター、EXとは評価規格外を示すサーヴァントのステータスの中でも最上位に相当する値です」
「げぇっ!そ、それってなんか滅茶苦茶強そうじゃね!?」
マックが呻き声を上げるとメドゥーサは冷静に言った。
「否定はしません。殊に宝具とは、その英霊の強さの証です。しかし悲観する事はありません。あなたが見たステータスを推測する限り敵はほぼキャスターのサーヴァントでしょう」
メドゥーサの言葉にヘラクレスも肯く。
「うむ、今の我らにはサーヴァントとして高位の対魔力が付与されている。如何に強力な魔術を使った所で我らに致命傷を与える事はほぼ不可能だ。それに私に至ってはその限りではない!!」
ヘラクレスは先手必勝とばかりに突っ込むが、そのともすれば、巨弾に等しい突っ込みが迫る中で少年は未だ余裕ある笑みを浮かべたまま避けるどころか動こうとすらしなかった。しかしヘラクレスの斧剣が直撃すると言う瞬間―――!

斧剣はその動きを少年の頭上で止まっていた。
「へ、ヘラクレスの旦那、なんで!?」
マックは戸惑った声を上げるが、メドゥーサは手でマックを制して言う。
「どうやら些か見くびっていたようです」
「ぐぬぅぅ…ッ!!」
ヘラクレスは尚も斧剣を押し切ろうと力を込めるがビクともしない。だが、やがて―――!

バチ…バチバチバチバチィィィッ!!!

「!?」
ヘラクレスは瞬時に飛び退くと少年の身体を覆うように雷が放電された。
「こ、これは魔力放出のスキルですか?では、ヘラクレスの一撃を押し止めたのも―――」
メドゥーサが驚嘆に顔を歪めるのを少年は愉快そうに言った。
「そう…これこそが僕の力さ。大神ゼウスの雷霆(ケラウノス)の顕現…神々の王のみに許されし至上の権能だよ。つまり君達ご自慢の対魔力もこれの前には役に立たない」
「そ、それじゃあ、あの坊主の真名ってまんま雷神ゼウスとか…!?」
マックの疑問に対しメドゥーサは首を横に振った。
「いいえ、この戦争に置いて神族をサーヴァントとして降ろすなど到底不可能です。恐らくは、その力を継いだ英霊と言う事でしょうが…」
だが、彼らに一考の時間を与えてくれる程少年は慈悲深くはなかった。
「ほらほら、無駄話してる暇なんてあるの?文字通り死に物狂いで逃げなきゃアッという間に黒焦げにしちゃうよ!!」
少年の身体を覆っていた雷が一気に球体の形となって集約したかと思うと龍の如く天へと柱となって流れ複数の雷撃となって彼らに襲いかかった!
ヘラクレスはそれを巨体には不釣り合いとすら思える俊敏さとフットワークで避け、メドゥーサもペガサスを駆り際どい軌跡を描いて雷撃の間を摺り抜けていった。そして、その雷撃は彼らの後方で追って来ていた死徒の軍勢にも容赦なく浴びせられた。
「マジかよ!天候まで操れるってチート過ぎだろっ!?」
マックは思わず抗議するが、メドゥーサはそんなマスターを叱咤する。
「マスター、戦争にそのような抗議が通るわけないでしょう!無駄口を叩く暇があるなら精々振り落とされぬようにしっかりとしがみついて下さい!!」
「ぐぬ…!何のこれしき―――!」
「ヘラクレス…」
四苦八苦するヘラクレスをイリヤは心配そうに声を掛ける。そんな彼女にヘラクレスは優しい笑みを返して言う。
「イリヤ、心配はいらぬ。君は何としてでも私が守り抜く」
そんな彼らを嘲笑うように少年は言った。
「“守りぬく”…ねえ?随分お決まりの格好良い台詞だけれど、言葉に実力と結果が伴わなきゃ格好悪すぎだよ」
そんな彼にメドゥーサが剣呑な声で問う。
「あなたは何者ですか?死徒の軍勢をも巻き添えにした以上、彼らのお仲間と言うわけでもなさそうですが」
すると、少年は更に小馬鹿にした声を発する。
「ああ、その事?まあチープな表現で言うなら、君達を屠る為に遣わされた『謎の刺客』って所かな。んでもって君らを襲ったゲテモノ達は戦いを盛り上げる為に拝借した玩具さ」
「玩具?」
マックが怪訝な声を発すると少年はこの上もなく残忍で陰惨な笑みを浮かべ両手を天に翳した。すると、またも天から雷撃が迸るも今度はヘラクレス達を無視して死徒達に浴びせられたが、彼らが黒焦げになる事はなく雷は鎖のような形に変化し死徒達を次々と拘束しやがて少年の頭上に集められた。
「最強にして究極の英霊である僕が君達のような下々民を相手に自ら手を下すなんて…はっきり言って僕自身の沽券に関わるからね。だから最近この街で調子こいてる“吸血鬼”連中を何人か拝借したんだ。こう言う風にね」
少年は人差し指で電流を弄びながら言うとヘラクレスはハッとなって少年の頭上に集められた死徒達を見ると何れも顔を痙攣させている上に電磁パルスを身体から発していた。
「成程。魔力放出による雷をこの者らの脳に通して…」
ヘラクレスの推察を少年は愉快そうに肯定する。
「ご名答。僕の指令を電気信号にしてこいつらのニューロンに送ってやった。こうすれば、暗示より強力な支配が可能だ。手足は元より口を動かす事すら僕の許しがなくば自由にはならない文字通りの玩具の完成ってわけだ。まあ結局君らのような上級サーヴァント相手じゃ流石に歯も立たなかったようだけれど「ふっざけんな!!」ん?」
それに激昂したのはマックだった。彼は普段の軽快で軟派な笑みをかき消して満面を怒気一色に染めて叫んだ。
「他人をテメエの勝手で玩具扱いにするってか!?そんな戦い方俺は絶対に認めねえぞッ!!」
すると、メドゥーサは意外そうに眼帯の下で眼を細めた。マックはそれを何となく察したのか思わず問うていた。
「な、なんだよ?」
「いえ…。少し意外に思っただけです。マスターは見かけ以上に熱い御仁だったのですね…」
「はあ?ど、どう言う意味だよ」
マックが少し照れたような声音でぼやくとヘラクレスも彼に賞賛の言葉を贈る。
「うむ。正直初対面ではその軟弱さに先が思いやられもしたが、存外に中々の硬骨漢と見受けた。イリヤが初対面でありながら信を置いたのも今なら頷ける」
「え?へ、ヘラクレスの旦那までなに言ってんすか…?」
マックは聞き慣れない言葉の数々に思わずそっぽを向いた。
一方、少年の方は相も変わらず笑みを浮かべていたが、額に若干の青筋を立てて極めて低い声音で言った。
「へえー、神の子たる僕に向かって下々民風情が言うじゃないか?けど、その代償は高く付くよ…!!」
その言葉と同時に少年は高く宙へと浮かび、その頭上に集められた死徒達に夥しい放電が放たれると、少年が纏う雷の魔力がその勢いを増し、それと反比例して死徒達が徐々に干涸らびて塵へと変わっていった。
「な、なんだよ、ありゃあ!?連中がいきなりミイラみたいになってくぞ!!」
マックが呻くとメドゥーサは吐き捨てるように言った。
「恐らくは私の『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』と同じです。捕獲した対象から魔力を際限なく吸い上げている…!」
「じゃ、じゃあさ、お前もそいつで野郎の魔力を逆に吸い尽くす事はできねえのか!?」
だが、マックの提案をメドゥーサは歯噛みしながら却下する。
「残念ながら私の場合は事前の準備が必要です……ッゥ!!?」
そう言っている傍から彼らの間を凄まじい閃電が走る。
「だからさあー、喋ってる暇なんてあったらもっと真剣に逃げ回りなよ。でなきゃ、この僕が態々手を汚す甲斐がないじゃないか」
恐らく態と外したのだろうとヘラクレスは長年の戦闘経験で察した。どうやら相手はこちらを完全に舐め切っているようだ。あれを喰らえば、然しもの自分も“命”を半分とまでは行かずとも三つは削られたろう…。だが、自身の肉体にして宝具である『十二の試練(ゴッドハンド)』は一度受けた攻撃の耐性ができる。然程脅威にはなり得ないが、それは()()にとっての話。今、自分の傍にはイリヤがいる!ホムンクルスの混血である彼女だが、あのサーヴァントの雷には到底耐え切れまい…!ならば―――!!
ヘラクレスはその場で踏み止まり右手に持った斧剣を高らかに掲げて構えた。少年はそれを鼻で笑って言う。
「なにさ、その大仰な構えは?言っとくけど、君の攻撃は僕に通じない事は立証済みだよ。第一この距離じゃそんな剣届かないじゃないか。最後の悪あがきって奴ー?やれやれ、これだから脳筋って奴は…「うるさーい!!」ああん?」
少年は悪し様に嘲るが、不意にイリヤが叫んだ。イリヤはヘラクレスの左腕に抱きかかえられながら天に悠々と浮かぶ少年を睨みつけて声を張り上げる。
「ヘラクレスはすっごく強いんだもん!絶対おまえみたいな奴に負けたりしないんだからー!!おまえなんてすぐにでもコテンパンにしてくれるもん!!」
すると、少年は今まで笑顔を浮かべていた顔を醜悪と形容するに相応しい怒気一色に染め上げていた。
「…へえー?君さ、よっぽど酷く死にたいわけ?」
少年は掌で雷を迸らせながら凄むが、ヘラクレスも逆に少年に凄んで見せた。
「…その言葉、そのまま貴様に返そう。私がいる限りこの子には一指たりとも触れさせはせぬ!!」
そう言うや否やヘラクレスの全身から“裂帛の気合”とでも形容するような闘気と威圧感が放たれる。それには少年ばかりか、傍にいたメドゥーサでさえも鳥肌を震わせる程の物だった。やがて、ヘラクレスはその気迫とは裏腹に優し気な声音で左腕に抱きかかえているイリヤに言った。
「ああ…無論だともイリヤ。私は絶対に負けぬ。もう二度と…!」
そう告げた後、ヘラクレスは巌のように精悍な双眸に殺気を帯させ少年を射竦める。少年はそこから滲み出て余りある迫力に顔に少し蒼みがかかるが、それでも余裕の表情を崩さなかった。
「そ、そんなに睨んだってねえ、君の攻撃が僕に届かない事に変わりはないよ〜?」
だが、ヘラクレスは何の感慨もない声音で淡々と答える。
「…遊びに付き合うのもここまでだ。解き放て…『射殺す百頭(ナインライブズ)』ッ!!」
その瞬間、斧剣が発光したかと思うと瞬く間にその光は九つの竜を象った閃光となって少年へと向かって行く!
「なっ!?」
これには少年も流石に面食らいすぐさま雷撃で打ち消そうとするが、九つの閃光は物ともせず少年へと向かって行く。
「ちっ!」
少年は舌打ちしながら魔力放出による逆噴射で回避しようとするが、閃光は執拗に少年を狙って来る。
「ぐぅ!?この…!」
少年は魔力の充電に使っていた死徒達の何体かを放り投げてやり過ごそうとするも閃光はそれらを歯牙にも掛けず少年のみを目指す。
「なんだよ、このデタラメな砲撃は!?どうしてこんなにしつこく僕ばっかり狙って来んのさッ!?」
少年が苛立ちも顕に叫ぶのをヘラクレスは憮然と答える。
「無論だ。文字通り()()()()()狙っているのだからな」
九つの閃光はやがて、その軌道をそれぞれ大きく屈折し散乱して行く。それでも標的が変わった訳ではない。寧ろ多方向から退路を遮断し確実に少年を捕捉しやがて…!

ズドォォォォンッ!!!

九つの閃光は全てしょうねんへと直撃し余波の爆炎と爆風がうねりを上げた。
「やった…のか?」
マックが呆然と問うとヘラクレスは厳かな面貌に苦味を差しながら否定する。
「いや…」
その言葉通り事態は思うようには運ばなかった。うねりを上げた爆炎は突如として、炎と呼ぶには生温く、かと言ってマグマと呼ぶには遥かに濃厚な赫に呑み込まれるように消えた。そして、現れたのは赫の焔を球体状にしてその身に覆っている少年だった。
「なっ!魔力放出の属性を二つも持っていると言うのですか!?」
メドゥーサが驚嘆の声を上げヘラクレスも難しい表情を浮かべる。
一方、少年はこれまでにない程の怒気と溢れかえる程の力の波動を全身から放っていた。
「許さん…この偉大なる神の子たる僕にこれ程の不敬…!!最早灰どころか塵すら残そうとは思わない!よってもう出し惜しみは無しだ。元よりそっちの天馬に乗ってる女はともかく、不死身と名高い君の“命”を一気に全部削るには僕の魔力放出だけじゃ役不足だからね。全身全霊の僕の力を以て君たちを焼き滅ぼす!!」
その時、少年の遥か頭上にあった太陽が一気に燃え上がった。その瞬間にメドゥーサは愚かヘラクレスですらも想像を絶する悪寒が全身を走った。
サーヴァントである二人はその本能で少年の台詞が決して強がりやはったりの類ではない事を悟っていた。まるで自分たちは愚か真下の地表を尽く焼いてしまう程の熱と威容を少年から嫌と言う程感じていたのだ。
しかし―――。
「なっ!?」
不意に少年が顔を大きく歪めさせた。ヘラクレス達は何事かと眉を顰めさせるが、少年は彼らではない誰かに不平ならぬ駄々を捏ね始めた。
「そんな!?これから僕に不敬を働いた下々民に制裁を下そうってのにー!!うっ…!そりゃそうだけどさあ…?ああ、分かったよ!まあ君の言う事だしねー。うん、今すぐ戻るさ」
そう言うや否や少年は纏っていた焔の魔力を収め代わりに雷の魔力を纏いヘラクレス達と反対方向に踵を返し始める。どうやらマスターの帰還命令を受けたらしい。そう悟ったヘレクレスとメドゥーサも得物を下ろした。相手から退いてくれるなら是非もない。あのサーヴァントとやり合うには些か以上に情報が不足している上にリスクも大きい。
だが、少年は顔だけを振り向かせて言った。
「言っとくけど勝ったとか勘違いしないでよね。君達は僕の情けで生かされたに過ぎない。そこを特と自覚して次に戦う時まで精々精進するんだね。でなきゃ弱過ぎて、この僕の沽券が穢れるよ」
「つくづく上から目線のガキだな…!」
「ええ、今回ばかりは私もマスターに同感です…!」
マックがカチンとなりながら呟くとメドゥーサもマスターに同意する。
「そんでもってイリヤスフィールだっけか、君?」
「え?」
不意に名指しで呼ばれたイリヤは面食らった顔になる。
「ど、どうしてイリヤの名前…」
「僕にはそれなりの情報源があるんでね。それくらいはどうと言う事でもないさ。それより君…父親を守る為にこの戦いに参加したんだってねえ」
「そうだよ!イリヤはお父さんの切嗣を助ける為に「あははははは!!」!?」
だが、イリヤの想いを少年は嘲り笑いの元に一蹴した。それを受けヘラクレスが凄む。
「貴様、何がおかしい…!」
「そりゃおかしいに決まってるじゃないか!あんな不倫なんてしてる父親のどこがいいんだか」
「ふ…りん?」
イリヤがたどたどしく問うと少年は彼女を馬鹿を見るような眼で見下し笑う。
「要するに君の母親以外の女と付き合って寝てるって事さ」
「貴様…!!」
ヘラクレスは憤怒の形相と双眸で少年を射抜く。それは決して幼子であるイリヤに向けて良い侮辱ではない。ヘラクレスは斧剣を再び構えて殺気立つ。
「何を怒る事があるの〜?本当の事を親切に教えて上げただけなのに〜。信じる信じないは君のマスターに任せるよ。なんなら本人に直接聞けばいい。まあ、それは扠置いて君達との戦いなかなか楽しませて貰ったよ。僕も大人気なく本気になりかけちゃった。じゃあね〜♪」
言うだけ言って少年は魔力放出でイリヤ達の前から瞬く間に去っていった…。
取り残されたイリヤ達の間には微妙な沈黙が流れ誰もが何と言えば良いのか量りかねていた。その中でもイリヤは一人訳が分からず少年の言葉がいつまでも頭の中でリフレインしていた。









一方、その当の切嗣は負傷の身を押して武家屋敷の居間に置いて皆とこれからの事について話し合っていた。
「ともかくセイバーの傷の呪いを解く事が急務だ。まずディルムッド陣営の討伐を最優先にする」
切嗣の言葉に藤二が言う。
「しかし、連中は常に二組以上で行動している上に最近は間桐邸に籠ってるようだが?おまけに間桐邸は敷地ごと異空間に閉ざされた完全な人外の要塞に成り果てている。予め用意していたタンクローリーを突っ込ませたとしても…」
「ああ…十中八九効果は望めないだろう。だが、弱点がないわけじゃない。ディルムッドのマスターは如何にもな『弱きを見捨てない』と言う典型的でおめでたい騎士道的思考の持ち主だ。それは先日の戦闘からも明白だ。それは他の連中にも同じ事が言える。だから適当にどこかの子供でも人質に見繕えば万事は解決だ。丁度街で派手にやってる連中もいる。今更子供が何人か消えても概ねはそいつらの仕業と監督者も断定してくれるだろう」
だが、その瞬間に居間の空気が今にも破裂せんばかりの殺気で充満する。言わずもなが英霊(サーヴァント)達による物だ。アルトリアやエル・シド、ベディヴィエールは元より普段はおちゃらけたボールスですら明確な怒気と殺気を発して切嗣を威圧している。教経に至っては既に大弓を番えて切嗣へと狙いを定めている。
「アーチャー!?」
アイリスフィールが気色ばんだ声を上げるが、教経は止まらない。
「テメエ…俺ら英霊を舐めてんのか?ああっ!俺らにそんな野盗紛いの事をしろってか!?」
だが、切嗣はそれには答えず話を淡々と進める。
「藤二、ガルフィス、本来なら舞弥に頼む所だが、舞弥も僕もまだ傷が癒えていない。君達が適当に子供を何人か見繕ってくれ」
当の二人が答える前に二人のサーヴァントがマスター達に声をかける。
「藤二…よもや!」
「マスター…!」
だが、それを切嗣は冷淡な声で遮る。
「二人共、()()を気にする必要はない。冷静に事に当たってくれ」
だが、そんな彼の胸倉をアルトリアは一気に締め上げる。その顔は今や憤懣やるせないと言う程怒気一色に染まっている。
「切嗣…ッ!あなたは自分が何を言っているのか分かっているのか?無辜の民を脅かす獣を放置するばかりか事も在ろうに、其の悪行に便乗し罪も無き幼子達を盾に相手の高潔さに付け入るなどと…!!あなたには人として最低限の尊厳すら「ああ、ないね」なっ!?」
今までアルトリアを無視していた切嗣は蔑むような目つきで彼女やこの場にいる英霊達を見た。
「僕はただ確実に聖杯を勝ち取れる戦術を取っているだけだ。それを悪辣と謗るなら好きなだけ謗ればいい。道徳や尊厳なんぞでこの戦いを勝ち残れるものか。そもそも戦い其の物が悪辣なんだ。そんな物に尊厳なんて言葉を持ち出すお前達こそその神経を疑うね。第一戦いで一般人を巻き込んでいるのはお前達(サーヴァント)だって同じだろうが。今更良い子振るな偽善者共。この際言って置くが、僕から見ればお前達も死徒や青髭と言った連中と同類同族さ」
「貴様…ッ!!」
アルトリアが瞳孔を憤怒に染めると咄嗟にアイリスフィールが割って入った。
「二人共、落ち着いて!今は内輪揉めなんてしてる場合じゃないでしょう!?」
しかし、アルトリアばかりかエル・シド、ベディヴィエール、ボールス、教経までも得物を抜き何れも表情が怒髪天を衝いている事は明白だった。事態は丁々恐れていた一色触発に到ろうとしていた。そこへ―――。

「ああ…まったくだな。内輪揉めをしても聖杯は手に入らんぞ」
その声に全員が眼を剥いて声がした障子を見る。そこに男の人影が映っていた。藤二とガルフィスは銃器を取り出すが、障子の向こうにいる男はそれを察したのか牽制の言葉を掛ける。
「止めておけ。そんな物俺の前には路傍の石だ。それに戦いに来たわけではない」
「なら…何の用で来た?と言うよりもお前は誰だ」
切嗣が剣呑な声を出すと男は「なに」と何でもないような声音で答えた。
「お前達と同じ聖杯戦争の参戦者だ。そして、ここへは同盟の申し込みに来た。共に聖杯を勝ち取る為のな」
「論外だな」
切嗣は即答する。すると、男は苦笑して言う。
「噂に違わず人の話をまるで聞かん男だな…。できれば理由を聞かせて貰おうか?」
「理由も何もこれは聖杯を勝ち取れる、たった一人の生き残りを賭けた生存競争だ。お前の申し出はそもそもが破綻している。第一お前にしたってお前の願いがあって参戦したんだろう「ああ、それだったら問題はない」なに?」
男の言葉に切嗣は若干怪訝な声を出す。それと同時に障子が独りでに開く。そこには、白いダウンジャケットを頭から目深かに被った男が悠然と立っていた。そして、男はフードから僅かに見える口元に歪な笑みを浮かべてこう続けた。
「俺が聖杯にかける願いはお前と同じだ、衛宮切嗣」
「なんだと?それはどう言う―――」
「ここまで言ってまだ分からんのか?どう言う意味も何もそういう意味だ、俺の願いはお前と同じ『恒久の世界平和』と言ったのだ」



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