Fate/BattleRoyal
43部分:第三十八幕

第三十八幕


 切嗣は男の言葉…否、真意を量りかねていた。何故、この男が自分の願いを知っているのか?いや、それ以前にどうやってここを突き止めた?魔術師としての力量か?それとも、こいつのサーヴァントの能力なのか?そもそも何が目的だ!?
切嗣が思考を疑問で巡らす中でダウンジャケットの男は一方的に話し始めた。
「未だに疑っているようだな。尤も突然にこう言った所で馬鹿正直に信じてくれるとは俺も到底思ってはいないさ。だからこそ、こちらもまずは“誠意”を示そう」
「誠意?」
切嗣が徐に問うとダウンジャケットの男は自らのサーヴァントを呼んだ。
「アヴェンジャー…」
その瞬間―――居間の空気が一気に凍り付いて爆ぜた。鮮血を思わせながら、どこか近寄り難いまでの神々しい光を放つ真紅のローブで顔から全身を覆って、そのサーヴァントは現界した。
それをマスター達にしてもサーヴァント達にしても黙して見る事しかできなかった。本来ならこんな得体の知れない者に警戒心を持たぬ程に彼らは愚鈍ではない、殊にサーヴァント達は何れも歴戦をくぐり抜けた一騎当千の猛者達なのだ。それが得物すら構えず、ただ相手に畏怖どころかある種の尊崇すら抱いて魅入っているなどと…。
負傷し布団で横になっている舞弥も目の前の異様なサーヴァントに言葉もなく絶句していると不意に自らのサーヴァントであるボールスがこちらも何時になく震えた声で話しかけた。
「姐さん…こりゃ俺っち達マジでヤバイかもしんねえ。これでも幾多の強敵と相対してきたっすけど…こんな見てくれだけで足が一歩も動かねえなんてえのは初めての経験ですぜ…!!」
「ああ…俺も武者震いを通り越す程の恐怖を感ずる。このような言は武人にあるまじき事かも知れぬが…!」
エル・シドですら鋭い瞳に畏怖を刻んでいた。
「いいえ…!私とて立っているのがやっとです」
ベディヴィエールも身体を震わせ小指一つ動かせずにいた。
「アイリ…?」
一方、教経は自分のマスターが何時にない程青ざめているのを見て怪訝そうに声を掛けるが、アイリスフィールはただただ目の前のサーヴァントを前に説明が付かない程の圧迫感を受けていた。
(なんなの…このサーヴァント?“復讐者(アヴェンジャー)”ってクラスにしてもそうだけど…こんなサーヴァントは見た事も聞いた事もないわ!?何より初めて目にしたはずなのに、圧倒的な既視感すら感じるなんて…!)
そして、先程まで切嗣に憤激していたアルトリアもこのサーヴァントが発する並々ならぬ脅威に炎の如き激情が一気に冷め切っていた。
(これ程に禍々しい波動を滾らせていると言うのに何だ?この近寄り難く侵し難い神々しさは…!!このような英雄を私は見た事もなければ聞いた事もない。唯一つだけ間違いなく言えるのは、このサーヴァントはあのギルガメッシュと同格…若しくはそれ以上の霊格を持った英霊に相違ないと言う事だけ…!!)
各々が紅衣のサーヴァントにたじろぐ中、そのサーヴァント・アヴェンジャーは切嗣の真ん前に近付いた。当然ギョッと眼を剥く切嗣に殺気立つサーヴァント達だが、白いダウンジャケットの男は冷静な声で制す。
「そう目くじらを立てるな。誠意を示すと言っただろう」
そう言うや否やアヴェンジャーの紅い衣はその面積を広げ切嗣の胴、右腕、左足に巻き付かせた。切嗣は総毛立つが、すぐに違和感に気づく。何故ならそれらは先日の戦闘で負った患部ばかりだったからだ。それを裏付けるようにそこから嘘のように痛みが引いて行くのを確かに感じていた。
やがて紅い衣は切嗣から離れた。切嗣は呆然としながらも折れているはずの右腕を動かしてみると痛みは完全に消え動作も完全に戻っていた。更に左足も同様に癒えており、あばらが折れていたはずの胸部も完全に痛みが引いていた。
そして、アヴェンジャーは次に切嗣以上に負傷している舞弥も同じように紅い布で包み完全に治癒する。それが終わった後、舞弥は何時になく信じられないと言わんばかりに眼を見開き身を起こした。
切嗣だけでなくアイリスフィール達も呆然とする中で白いダウンジャケットの男は次にアルトリアを見て言う。
「次はお前だ、騎士王」
そして、アヴェンジャーは今度はアルトリアの左腕を紅い衣で巻き付ける。だが、アルトリアの傷は『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』で付けられた不治の傷だ。いくら何でもとアルトリアは諦観していたが、やがて、その顔は見る見ると驚愕の一文字に染まる。
決して癒えぬはずの呪いの傷が瞬く間に塞がるのをアルトリアは感じていた。アルトリアは面食らった顔で自らの傷を癒すサーヴァントを改めて見る。
これ程の治癒力…嘗て失われた聖剣の鞘以外に自分は知らない。このサーヴァントは本当に一体―――!
「さて…これで少しは信じる気になったか?」
白いダウンジャケットの男が話しかけ切嗣達はハッとなったように現実に帰った。そして、切嗣は少し黙ってややあって口を開いた。
「…いいだろう。だが、お前の目的を聞かせて貰おうか?」
切嗣が未だ剣呑な声で問うと白いダウンジャケットの男は鼻で笑い言った。
「目的も何も俺の願いはお前と同じだと言ったはずだがな」
「生憎怪我を治した程度でそんな戯言を信じる気にはなれない。そう言って利用するのは、この戦争において常套手段の一つだ」
淡々と言う切嗣に白いダウンジャケットの男も「だな」とあっさり肯定する。
「だからこそ、お前達も俺を利用すればいい。これもまた戦争の常套手段だと思うがな」
「それはお前に利用するに値する物があればの話だ。いや、それ以前にお前とそのサーヴァントは生かしておいた際の危険性が遥かに大きい」
そう言って切嗣はキャリコを構える。だが、それでも白いダウンジャケットの男は余裕を崩さない。
「止めておけ。先程も言ったが、そんな物俺には何の意味もない。寧ろ、こちらこそここでお前達を一網打尽にするなど赤子の手を捻るより易い行為なのだぞ」
だが、切嗣は無視してキャリコの引鉄を引こうとする。しかし、それは自身のサーヴァントであるアルトリアに制される。
「切嗣、この男の言は真実です。私としても遺憾ですが、彼のサーヴァントは我々だけでは手に余る程の強大な英霊です。そして彼自身も決して尋常な魔術師ではない…!」
切嗣は何も言わずキャリコを下ろした。高い直感スキルを持つ彼女の言う事なのだから本当なのだろう…。そして、それはマスターである切嗣自身も肌身で感じ取れる。
(殊にあのサーヴァント…アヴェンジャーと言ったか?本来マスターなら見えるはずのステータスやスキルが全く見えない。恐らくあのランスロットのようにそれらを隠蔽できる宝具かスキルでも有しているのだろう。おまけに極め付きは奴の全身を覆っているローブだ。僕や舞弥が負った傷は愚かセイバーが受けた呪いの傷を瞬時に快癒させた事からも、あれにはアイリに内蔵している『全て遠き理想郷(アヴァロン)』に比肩する治癒力を秘めていると考えていい)
切嗣が冷静に分析していると白いダウンジャケットの男は再び口を開いた。
「ならば、更に誠意を見せるとしよう。まず情報を幾つか教えてやる。お前達も知っての通りこの聖杯戦争はその在り方を大きく変容している。百騎以上ものサーヴァントの出現はその最たる物だが、大きく変わったのはそれだけではないぞ」
その言葉に藤二が怪訝な声で問う。
「それはどう言う意味かな?」
「そうだな。まず言うなら知名度がマイナーな英霊が相手でも舐めない方がいい。今回の聖杯戦争ではそう言う連中も母国と同等に近い知名度補正を得られるようになってる」
「なんですって!?」
アイリスフィールが仰天して声を上げる。
「聖杯は今や百騎以上の英霊を招き寄せられるだけの規模に成長している。それは今や世界中の霊脈・地脈とリンク出来るほどにな。過去幾多の聖杯の贋作があったが、これ程完成品に近い成長を遂げた物は恐らくあるまい。ただ余りに当初の規格から膨張した結果、些か()()も発生しているがな」
「そ、それじゃあ今回の聖杯戦争は冬木だけじゃなく世界の至る所の霊脈・地脈から六十年間かけて魔力を少しづつ吸い上げてた結果だってえのか!?サーヴァントの大量召喚はその為に…」
ガルフィスが呻くように言うと藤二も顎に手を当てて推論を口にする。
「バグ…間桐雁夜のランスロットが狂戦士のクラスで呼ばれながら理性を保っている事や各サーヴァントの基本ステータスが水準を超えているのもその副作用だとでも言うのか?」
「ですが…何故そのような事に?それ以前に御三家や魔術教会はそれを事前に察せなかったのですか?」
舞弥が疑問を投げかけると白いダウンジャケットの男は「さて?」とトボけた様な声音で言う。
「その原因については俺も皆目分からんが、そうと考える他あるまい。それに協会にしたって察した所で連中も決して一枚岩と言うわけでもないからな。更に御三家に至っては、その中でも大御所と言って差支えないお前達(アインツベルン)が知らん始末だ。遠坂も間桐も恐らく似たり寄ったりではないか?まあ、それは扠置いて…もう一つは」
と、白いダウンジャケットの男は切嗣の右手に触れ紅い光が発光した。男が手を離した瞬間、切嗣もアイリスフィール達も眼を剥いた。そこには先日切嗣がアルトリアを呼ぶ為に使った令呪が元通りになっているばかりか三十画もの令呪が切嗣の腕を這うように刻まれていた。
「これが俺と組んだ際のメリットの一つだ。まだ必要なら好きなだけ言ってくれ。ああ、お前の妻や同志にもやらねばな」
そう言って白いダウンジャケットの男はアイリスフィールや舞弥達にも切嗣と同じように大量の令呪を与えた。
「……お前は一体何者だ?こんな大量の令呪を所有しているだなんて…明らかに一参戦者(マスター)としての分を逸脱している」
切嗣は警戒心を剥き出しにして問うが、当の白いダウンジャケットの男は僅かに見える口元で薄く笑うだけだった。
「別にそこまで教える必要性もあるまい?それともこれ程の至れり尽くせりをして尚、不満があると言うのか?」
切嗣はその言葉にグッと喉を詰まらせる。
“至れり尽くせり”…確かにそれはそうだろう。自分や舞弥の傷を完治してくれたばかりかアイリの小聖杯の件に次いで悩み所だったセイバーが負った呪いの傷をも快癒させ、この聖杯戦争の変容の要因をも教え、剰えサーヴァントを縛り得る“令呪”をこれ程に与えてくれたのだから…。だが、その真意は一体どこにある!?
切嗣の思案を見透かすように白いダウンジャケットの男はさらに言う。
「まあ、疑うならば勝手に疑えばいい。だが、俺は嘘を言ったつもりはないぞ?俺の夢は真実お前と同じなのだからな、それにいきなり背中を合わせて戦おうってわけじゃない。言うなれば、お前達は俺を後援者(パトロン)と考えればいい。お前達にとって有益な情報があれば伝えるし、令呪が足りなくなったら好きなだけ強請るといい。これだけでも俺と同盟を組むメリットは大きいと思うがな」
切嗣は顎に手を当てて暫く黙考し、やがて―――。
「いいだろう。お前の提案に一先ずは乗ってやろうじゃないか」
「切嗣!」
アルトリアは気色ばんだ声を出すが。切嗣は勿論黙殺し白いダウンジャケットの男に対しこう続けた。
「それでお前からの要求は何だ?そちらがこれだけの事をしてくれるんだ。まさかお前への対価が無償だなんて虫の良い話じゃないだろう」
白いダウンジャケットの男は切嗣の言葉に肯いて答える。
「ああ、察しが良くて助かる。なにそう難しい事じゃないさ。お前が当面の敵に認定している間桐陣営のマスターとサーヴァントを全て狩って欲しい。連中はどうも“聖杯”を破壊しようと目論んでいるらしいからな」
その言葉に切嗣ばかりか他のマスター・サーヴァント達も驚嘆に絶句する。殊にアルトリアは焦燥に駆られた顔をしている。そんな切嗣達を横目に白いダウンジャケットの男はこう続ける。
「あそこの魔術師達の大半は彼の『人道派』と言う魔術師の中にあっては異端にして物好きな連中で占められているらしいからな。恐らく騒乱の下にも成り得る聖杯をいっそ破壊してしまおうと考えたのだろうさ」
すると、切嗣は歯軋りをして唸るような声を上げた。
「冗談じゃない…ッ!!」
自分にとって聖杯は絶望的な作業を行ってきた中で漸く見出した一筋の光明だ。それをこんな所で潰えさせてたまるか!
『人道派』…その魔術師の一派の事は切嗣も聞いてはいるが、自分から見れば、所詮は英雄サマ方と同じいい格好しいのイタチごっこを繰り返す偽善家連中でしかない!そんな連中の薄っぺらい正義感で全てを台無しになどさせはしない!断じてだ!!それに言われてみれば、先日の戦闘に置ける連中の利害を無視したような行動もそうだとすれば自ずと説明は付く。
切嗣は暗い滾りを瞳に宿し“魔術師殺し”としての冷酷な貌を取り戻していた。そんな切嗣を白いダウンジャケットの男はフードの下でほくそ笑みながら見ていたが、当の切嗣もアイリスフィールやアルトリア達も知る由はなかった。
「なら一先ずの契約は成立と受け取っていいな」
白いダウンジャケットの言葉に切嗣は首を縦に振って返答する。別にこの男の事を全面的に信じた訳ではない、寧ろ言峰綺礼同様何れは敵対へ転ずると想定してはいるが、現状ではセイバーが言ったように勝機はない。今は当面の敵…強力なサーヴァントを多数従えている間桐陣営を叩く事が最優先事項だ。
すると、アヴェンジャーは紅い衣を膨張・変形させ大翼を広げた鳳のような姿に変わった。白いダウンジャケットの男はその背に乗る。
「では、次に見える時はこちらからコンタクトを取る」
それだけ言うと彼らは目視できぬ程の速さで飛び去って行った。

それから切嗣は黙々と身繕いを整え淡々と皆に指示を下した。
「当初の予定通り死徒の扮装に扮し適当に子供を何人か見繕いそれを餌に間桐陣営のマスター達を誘き寄せて一網打尽にする。さっきは藤二とガルフィスに頼むと言ったが、僕と舞弥の傷が癒えた今、予定を変更して僕と舞弥がその役目を担う。藤二、ガルフィス、君達はアイリと一緒にサーヴァントを引き連れて引き続き表向きの戦闘行動を頼む」
だが、当然アルトリアらサーヴァント達は大人しく黙ってはいない。
「切嗣…!先程の軽挙も含めて最早貴方の采配を受け入れる事などできぬ!確かに私は聖杯を得る為に貴方の召喚に応じた。そして戦い其の物が悪辣と言う貴方の言い分も多少は理解しているつもりだ…。だが、貴方のしようとしている事は紛れもない利己的な犯罪だ!!最早、戦争や理念がどうのと言う以前の悪業だぞッ!!」
アルトリアは獅子の如き咆哮を浴びせエル・シドも肯いて切嗣に殺気を飛ばす。
「然り…!俺達は武人であり軍人だ、断じて無軌道な匹夫の賊腹ではない!!」
「左様ですね…。私達は道理なき戦に抜く剣や槍など持ち合わせてはおりませぬ…!!」
ベディヴィエールも辛辣に吐き捨てボールスもあからさまにやる気がなさそうに床に寝転び言う。
「俺っち、やる気全く出ないっすねえー」
教経に至っては瓢箪の酒を呷っては不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん!言っとくが、俺はテメエの采配になんぞ従う気はねえぞ。マスターの良人って事で顔を立ててきたが、もうやってらんねえ、生憎と俺は益荒男共との熱い戦がしたくて参戦に応じたんだ。そんな燃えねえ反吐が出る八百長なんざ自害を命じられた方がよっぽどマシってもんだぜ…!!」
だが、切嗣は彼らには返事すらせず顔どころか眼すら合わせようとはしなかった。だが、アイリスフィールはこればっかりは最早不味いと思い再度夫に働き掛ける。
「ねえ、切嗣。いい加減にセイバーやアーチャー達の話を聞いて上げて…!それにセイバーの傷はもう癒えたのよ。無理にディルムッド陣営を間引く必要性はもう無くなったじゃない」
しかし、切嗣は首を縦には振らない。
「いいや、それでも厄介な宝具を持っている事に変わりはないし第一、そいつらに限った事じゃない。連中…間桐陣営には強力なサーヴァントとマスターがそろい踏みしている。何れは強大な脅威に成り得る。おまけに野放しにしておけば、聖杯戦争其の物が危うくなる。是が非でも葬らなければならない敵だ。そして、連中の弱点を合理的に突く戦術を取る。ただ…それだけの事だ」
「それは分かるけれど…!でも、あなただって分かるでしょう!?こんな作戦をセイバー達が受け入れると思う!?それだけじゃない、あなただって本当はこんな作戦―――」
「心配はいらないよ、アイリ」
「え?」
アイリスフィールの言葉を切嗣は如何にも穏やかそうな笑顔で塞き止める。そして次に手の甲から腕に巻き付くように刻まれた令呪を見せる。
「幸いな事にその連中を黙らせる事ができる鎖を僕達はこれ程に与えられた。連中が駄々っ子のように否と言い続けるなら、これを使って是と言わせてくれ」
『……ッ!!』
それは、一切の交渉と譲歩を断ち切る言葉。英霊(サーヴァント)達の矜持と信念を尽く蹂躙する裁断に他ならなかった。
アルトリア達は何れも身体を怒りと屈辱に震わせている。アイリスフィール達も愕然と切嗣を見る、殊に藤二は切嗣の発言に頭を悩ませた。
(おいおい、切嗣…!それをここで言うのか!?これじゃあサーヴァント達との契約関係自体が破綻しかねないぞ!?)
切嗣は親友の心配も他所にこれで話は終わりだと言わんばかりに背を向けて言った。
「まず僕が先行する。舞弥は必要な物を揃えてから合流してくれ」
それだけ言うと切嗣は屋敷を後にした。



その後、残されたサーヴァント達は何れも憤懣やるせないと言う顔で憮然としていた。藤二はそんな彼らの空気を肌で感じオズオズと言った。
「…やっぱり、怒ってるんだろうな…この作戦にしてもそうだが、切嗣が君達を死徒や青髭と同類だって侮辱した事に―――」
『当然だろう(でしょう)(しょ)っ!!』
無論全員予想通りの返答を返して来た。それを受け藤二も頭を抱えてぼやく。
「だよな…」
そして、サーヴァント達は鬱憤を晴らすように四者四様の不満を述べていく。
「藤二、確かに俺達が流血を以て名を遺したのは否定できん。だがな…俺達とて護りたい物があり、為したい願いがあったからこそ血濡れた道を歩んだのだぞ!?」
エル・シドは剣の如く鋭い双眸を怒りに滾らせて唸りベディヴィエールも柔和な貌に憤りを刻んで同意する。
「左様です…!戦乱によって荒廃した故郷に平穏を齎したい。その願いを持っていたからこそ…私や王、そして円卓の騎士達は戦場を駆け巡って来たのです!!断じて自ら乱世を望んでいたわけではないッ!!」
ボールスがそれに続いて言う。
「なのに、そんな俺達をただ血肉を漁るしか能のない死徒や幼い子供達を殺戮しようとする青髭と一緒だって言われちゃあ…そりゃあ許せねえってもんでしょう!?」
教経に至ってはマスターであるアイリスフィールを睨みつけて迸るように言う。
「おいマスター、これ以上あいつの命令を聞くのはほとほとウンザリだ。お前からも何とか言え。…でなければ、俺はお前の良人を射殺してしまいかねんぞ…ッ!!」
そして、アルトリアが彼らの想いを代表して述べる。
「アイリスフィール…私としても最早我慢の限界です。貴女方はあのような無軌道な命令を受け入れるおつもりなのですか!?」
サーヴァント達の糾弾にマスターである彼らも項垂れて答える。
「確かに…俺達もそれは納得できないよ」
藤二の言葉にガルフィスも肩を落として肯く。
「だな…あいつの命令は正直常軌を逸しているにも程があらあ」
アイリスフィールも申し訳なさそうに俯き彼らを宥めた。
「アーチャー、それにセイバーも抑えて…私達からも何とか説得するから……」
しかし、舞弥だけは…。
「…私は役目があるので」
そう言って淡々と身繕いを済ませると切嗣の後を追う為屋敷を後にしようとするが、彼女のサーヴァントであるボールスが慌てて立ちはだかった。
「ちょっ、待って下さいよ姐さん!?」
しかし、ボールスの制止を舞弥は淡々と遮る。
「ランサー、止めないで下さい。あの人がそうしろと言ったのなら…私は従うまでです」
「舞弥さん…!」
アイリスフィールも戸惑った声を上げる。
「姐さん…あんた本気でそんな事言ってんすか!?あんただって普通に考えりゃあの命令自体間違っているって分かってるっしょ!?幾ら勝つ為とは言え手段も選ばないであんな事をしろだなんて「サー・ボールス」っ!?」
ボールスの説得を舞弥は些か逡巡が滲みながらも決然とした声で切り捨てる。
「…確かに貴方は、私にとっては恩人です。それはとても感謝しています。ですが…私は貴方に出会ってまだ日も浅い。貴方の言葉を信じるには信頼を積み重ねていないのです…。それに私は切嗣に拾われた命です。彼の命令に私が従わないと言う選択肢は有り得ません」
そう言うと舞弥は背を向けたまま淡々とその場を後にした。
「あ、姐さん……」
ボールスは何とも言えない顔で去って行く主の背中を見ている事しかできなかった。



丁度その頃、アヴェンジャーの背に乗って空に去った白いダウンジャケットの男は帰途に着いていた。その場所は冬木市深山町…柳洞寺の地下にある天然の鍾乳洞。冬木最高の霊地にして聖杯戦争の大元『大聖杯』が安置されている場所だった。
そんな場所に御三家でもない彼が何故平然と入っているのか?
「お帰りなさいませ、神座(かむざ)様」
そんな彼を紫に近い黒の長髪に身に着けた和服の道着と袴からも見て分かる程に鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体を持った男が出迎えた。白いダウンジャケットの男―――神座は出迎えた男に早速問いかけた。
嵳峩(さが)、例の首尾はどうだ?」
「はっ、やはり神座様のご要望にお応えする為には規定の材料の他に想定外の材料が幾つか必要との事です」
その返答に神座は顎に手を当てて嘆息を付く。
「そうか。ならばアルヴァードゥンの流通(ルート)で取り寄せる他あるまい「カムザ…」トロンか?」
神座は不意に自分に声を掛けた来た少女に向き直る。そこには、黄金の髪を後ろで二つの三つ編みに結った髪型と青紫の瞳のあどけない顔立ちに西洋のフランス人形が着るようなドレスに身を包んだ少女が立っていた。年の頃はイリヤより四つ程は上だろうか。手には兎のぬいぐるみを持っている。そして、その少女の隣にはイリヤと同じ位の年格好にオレンジに近い緋色の短髪に蒼い瞳をした少年が悠々と立っていた。身に着けているのは真っ赤なタキシードと蝶ネクタイに半ズボンと言う出で立ちだ。
やがて、少年は伸びをして神座に近づいてきた。
「うーん!思ってたより骨を折ったよ。君が倒してこいって言ってた連中なかなかやるね。流石はギリシア神話最大の大英雄って奴ー?」
すると、少年のマスターである少女―――トロンはたどたどしい声で言った。
「ライダー…カムザは“倒してこい”じゃなくて“倒すくらいの勢いで試してこい”って言ったんだよ」
その言葉に少年―――ライダーはギクゥッと身を強ばらせた後、気不味い沈黙が流れたが、ライダーはすぐに誤魔化し笑いを浮かべる。
「あはははは…そ、それは僕もちょっと熱くなっちゃってさあ(ギュウゥー!)あいててて!!」
途端にトロンがライダーの頬を抓った。
「ちゃんと反省する…」
「ふぁかったっ(分かったっ)!ふぁかったよぉぉッ(分かったよぉぉッ)!!」
その様子を神座は半ば呆れて嘆息をつく。
「もういいトロン。それでライダー、どうだった?アインツベルンの小娘と巻き込まれた一般人が呼んだサーヴァントは」
漸くトロンから開放されたライダーは抓られた頬を撫でながらムスっと答える。
「うん。あのチビが呼んだヘラクレスは言うまでもなく文句無しに難敵だね。卓越した武技其の物を宝具に昇華できるような英霊は後にも先にもあいつ一人だね、殊に奴の十二の命を一気に殺すのは骨だ。本気で討ち取るには、この僕ですら宝具の開帳は避けられないだろうね。そんでもって素人臭い下々民が呼んだ女は僕と同じライダーのクラスだ。こっちは僕は元よりヘラクレスには遠く及ばない性能だけれど、なかなか宝具はいい線いってたかな?おまけにあの言動から考えてまだ隠し玉も幾つか持ってそうだ」
そこまで言ってからライダーは頭を掻いて不満げな顔になる。
「もういっその事さあ、あそこで僕がみんなぶっ殺しとけば後々の為になったんじゃないの〜?」
ライダーの不満を神座は首を横に振って却下する。
「いや。確かに当初は後々邪魔かとも思ったが、状況も変わった。アインツベルンの小娘は暫く泳がせる。あの小娘は今後を考えれば使える」
「それは如何なる心算に御座いましょうか?」
嵳峩が怪訝に問うと神座は意味深な笑みを浮かべる。
「なに今日はちょっと面白い仕掛けを施して置いたからな。言わば、あの小娘はそのジョーカーに成り得る「フン、お主もつくづく悪趣味な事よのう」ん?」
そこへ新たな人影が現れる。暗闇のようなドレスに漆黒のロングヘアーと鋭利に尖った長い耳が特徴的な美女が優雅にそれでいて退廃的な佇まいで歩いて来る。
「我も鳩を通して見ておったが、相も変わらずお主も()()()八枚舌よな。あのように心にもない事をベラベラと…「控えられよ、アサシン」ん?」
そんな彼女―――アサシンを制したのは、そのマスターである嵳峩だ。
「神座様は我が主君。如何に貴女が一国の女王だったとは言え、私のサーヴァントとなったからには、貴女もそれ相応に遇して頂かねば困る」
「構わん、それは扠置きアサシン、俺はあそこで嘘を言った覚えなどないぞ?真実俺の夢は衛宮切嗣の夢と同じ『恒久の世界平和』なのだからな。まあ、尤も…」
そこで神座はこの上もなく歪んだ笑みを零す。
「叶うのは衛宮切嗣(やつ)の夢などではなく、あくまで()()()である事も確かだがな」
すると、アサシンは呆れたような、それでいて愉快そうな笑みを口箸まで浮かべる。
「そうら見た事か。結局はそう言う魂胆なのではないか」
「基本的に結果は同じ事だ」
神座はあくまで嘯く。しかし不意に口元をキュッと結んでアサシンに問うた。
「それでどうだ?俺の要望通りやれるか?」
すると、アサシンは些か憂鬱そうにその美貌を顰めさせて答えた。
「それはお主が我の言った材料を揃えてからの話じゃが、お主の要望通りにするとなるれば、我の宝具其の物を根本から造り変えざるを得ぬ。それ以前に扱う()()()()だ。慎重に慎重を期さねば、お主の計画以前にこの『聖杯戦争』其の物が破綻してしまいかねんぞ?」
「承知している。故に万事はお前に任せると言った」
その不遜な言葉にアサシンは眼を不快そうに釣り上げるもすぐに気を取り直す。
「相も変わらず王に礼を尽くす事を知らん男よの。まあ良い、我がマスターの顔を立て特と赦そうではないか」
「それは有難い事だ」
神座も負けず劣らず皮肉を返した。
「カムザ…いよいよだね」
トロンが不意に神座にどこか不安気でいて高揚に満ちた声を掛け嵳峩も瞑目する。それを受け神座も何時になく直向きで決然とした声で応える。
「ああ、これからだ。聖杯(アンリマユ)は誰にも渡さない。願いを、理想を成就させるのは俺達だけだ」
そんな彼らの眼前ではこの上もなく赤黒く染まった巨大祭壇が設置されており、そこからは溢れ返らんばかりの“毒々しい”を遥かに通り越した極大の呪詛がうねりを上げ生き物如く脈打っていた、時折()()()の絶叫やら苦悶の呻き声らしきものを響かせて。
これぞ本来なら無色透明の魔力を貯蔵して然るべき大魔法陣―――大聖杯の成れの果てだった。その大魔法陣の中央で神座のサーヴァントであるアヴェンジャーが子供のように寝そべって大聖杯其の物を撫でている、そのフードの下でこの上もなく慈悲深く神々しい微笑みを浮べながら、それはまるで今にもこの世に生まれ出でんとしている赤子を慈しむ母のようにも見える微笑みだった…。





それから夕方の事。とある公園にある森の茂みで陽が沈みかけるのを待ってい雨生龍之介は喉をゴクリと鳴らして待ちに待った物色を始めようとしていた。龍之介はまず纏っていた鬱陶しい黒いローブのフードを脱いだ。顕になった面貌は赤い双眸が残忍に輝き軽薄そうな笑みを作る口からは牙を覗かせている。人外の吸血鬼『死徒』の証だ。
「さ〜て♪素材探し、素材探し♪」
龍之介は口笛すら吹いて人気が…正確には大人の数が少なくなった公園を堂々と闊歩して行く。
龍之介はこの上もなく上機嫌だった。だってそうだろう?青髭の旦那のお陰で想像以上の創作を行えるようになったばかりか、死徒(シト)?とか言うクールな吸血鬼さん方のお陰で創作活動は更に円滑になった。これを喜ばずにどうしようか。さて今日もどこかにいい素材はないだろうか?この間の栗色ポニーテールの女の子はいい感じだったのにとんだ邪魔が入った分出来るなら、それ以上の素材に巡り会いたいものだ。
そんな期待感も相まって意気揚々と龍之介はスキップすら踏んで歩むと…。
愛歌(まなか)、もう帰ろう」
「うん!お兄ちゃん」
黒髪のミドルショートに鳶色の瞳を持った男の子がブランコに乗っていた栗色のロングに茜色の瞳をした女の子に帰宅するよう促していた。年の頃は二人共七・六歳程だろう。会話からして二人は兄妹…好い!凄く好いっ!!この間逃がした娘なんて目じゃないッ!!この兄妹の初々しくも微笑ましい声ならきっと素晴らしい賛美歌になる!理想の人間パイプオルガンに一歩近づけるに違いないっ!!
龍之介は当たり障りのない柔和な笑みを浮べて幼い兄妹に近付いて行く。そして軽妙な声で話しかけた。
「ねえねえ、キミ達何してるの〜?こんな時間にこんな所にいちゃ危ないよ〜?」
「お兄さん、誰?」
兄である男の子が少し警戒が籠った声でオウム返しに問う。妹である女の子を背にした形で。その健気とも言うべき姿に龍之介の煽情をこの上もなく刺激する。その内心の興奮とは裏腹に穏やかな笑顔と優し気な声で兄妹に言った。
「お兄さんが家まで送って上げるよ」
兄妹はその言葉を聞くや否や、龍之介の眼を自然と覗き込み途端に意識が暗転した……。





其れから時間は更に経過し深夜に到ろうと言う時刻で冬木市内を赤いコートを纏いツインテールと碧眼が特徴的な容貌をした小学校低学年程の女の子が掌サイズの方位磁針のような物を持って散策していた。
「コトネ…どこ?」
彼女の名は遠坂凛。現在は聖杯戦争に参戦している実父である時臣の計いで冬木から離れ隣町にある実母の旧家に身を寄せているにも拘らず何故このような所に赴いているのかと言うと、聖杯戦争が始まって間もなくの頃、児童の誘拐事件が起こった。凛は戦争の詳細こそ知らされていないが、幼いながらも魔導に通ずる者として事件と戦争の何らかの関連性を敏感に察していた。それを後ろめたく思いながらも日々を過ごす中で彼女にとって重大な事件が起きた。同じ学校に通っていた学友の『山村コトネ』が行方不明になったのだ。
これを受け凛は一般の警察に任せていても親友が還ってくる事はないと子供ながらに悟っていた。かと言って一番の頼みとする父に今は頼れない。だから彼女は行動を起こした。
凛は父から貰った魔力針と簡易型の爆発する水晶や申し訳程度に魔力を込めた宝石を数個所持して深夜を待って家を出た。
「これだけあれば、きっとコトネを救えるはず…!」
そう自分に言い聞かせるように意気込む凛だが、すぐに不安に押し潰されそうになる…。
本当の本当に大丈夫?凛は改めて自問自答していた。だが、それでも唇を真一文字に結んでガッツポーズを取って再び自分を奮い起こさせる。

大丈夫…!“遠坂たるもの優雅たれ”、私だって遠坂の魔術師なんだから!コトネを…友達を絶対に救って見せる!!そして、お父様のような立派な人間になってみせる!!

凛は深呼吸をして落ち着きを取り戻し手の中にある魔力針を見ながら探索を続ける。すると、その視界に人気のない裏路地を大勢の子供を引き連れて歩く青年の姿が入った。その瞬間に凛は爆ぜるような感覚を感じた。それは幼いながらに非凡な魔導の才を持つが故の直感あり本能でもあった。同時に首を傾げる。何故、こんな時刻に子供が大勢で出歩いているのかと?そして子供達を引率しているかのような男はどう見ても教師とかそんな人種ではない事は、その軽い仕草や雰囲気から子供の凛も容易に察せた。そして、何より魔力針も彼らを指している!
凛はゴクンと生唾を呑み込み意を決して一定の距離を取りつつ彼らの後を追う。
やがて道は更に入り組んだ所へ入って行き街の夜光も徐々に届かなくなる。それでも凛は彼らの尾行を止めなかった。

だって、この先にコトネがいるかも知れないんだもの…!!

そう自分を鼓舞し恐怖に震え足が竦みそうになる自分の身体に鞭を打って歩を慎重に慎重に進める。
が、その途上でゴミ袋やゴミ箱の山を崩して少し大きな音を立ててしまい凛は咄嗟にその影へと身を隠す。暫くしてから顔を出して見ると既に青年と子供達の姿はなかった。どうやら気づかれはしなかったらしい。
凛はホッと息を付きながらも魔力針を頼りに再び追跡を続ける。針の指し示す方角に従い凛は必死に走った。
やがて、針は一軒の地下バーを指し示した。凛はバーへと続く地下階段を眺め、そこから感じる妖気とも言うべき圧迫感に怯みそうになりながらも唇を真一文字に結んで階段を一歩一歩降りて行く…。



そして、行き着いた扉のノブに手を掛けゆっくりと開き中へと恐る恐る入った。中は僅かな明かりしか付いておらず仄暗く様子が分かり辛い。凛は手探りで歩みを進める。
「コトネ、どこー?」
凛は低めながら声を上げて親友を呼ぶが、返事はない。凛はどんどん心細くなりながらも歩みを止めなかった。親友を見つけるまで諦めるつもりはなかった。でなければ、ここまで来た意味がないではないか!
そう自分に言い聞かせる凛だが、魔術師としての本能は否が応にも危険を訴えていた。それを裏付けるように魔力針の針が大きく振れ始める。そして―――。

「あれー?こんな子いたっけ?」
その余りに唐突な声に凛は心臓を鷲掴みにされたように痙攣する。だが、勇気を精一杯に振り絞って声のした方角に目をやると其処には、先程まで子供達を引率していた青年が軽薄なそれでいて独特の残忍さを感じさせる笑みを浮かべ人ならざる赤い双眸で凛を品定めするかのように見下ろしている。魔力針の針は青年を指して大きく振れている。凛自身もこの青年に対し本能が警鐘を鳴らしてガクガクと震えて足が竦んでいた。だが、ふと青年の後方の隅で見知った人影が視界に入った。
「コトネ!!」
そう、そこには探し求めていた親友が虚ろな瞳で横たわっていたのだ。いやコトネだけではない、大勢の子供達が同じように並んでいた。凛は一目で暗示の魔術を掛けられているのだと察した。とうとう見つけた親友の姿とこの光景に凛は霧散しかけた勇気を再び奮い起こす!
凛はポシェットから水晶を取り出す。
それを受け青年は可笑しそうに笑う。
「なにそれ〜?そんな玉っころを取り出してどうすんの〜?」
凛は青年の嘲りに対し水晶に魔力を送り込むと同時に毅然と頭を上げ叫んだ。
「コトネと…みんなを返せッ!!!」
その瞬間に水晶は魔力を放出して爆ぜた!!
「うぉ!?」
その爆発に青年は怯んだように両手を顔の前に上げた。その拍子に青年の暗示が解けたのか子供達が徐に起き上がる。その何人かは状況が把握できず混乱し泣き出す者もあった。そして、コトネも正気に返って凛の姿を目に映すと弾けたように声を上げた。
「凛ちゃんっ!」
凛も正気に戻った親友の姿を見て喜色に溢れた声を上げる。
「コトネっ!さあ、みんな今の内よ!泣いてる暇なんてない!早く逃げ「ちょっとちょっと〜、俺の作品作りを邪魔しないでよ〜!」っ!?」
だが、凛の予想に反して青年は水晶の爆発を物ともしなかったのか悠然と立っていた挙句に子供は愚か大の大人ですら視認できないであろう速度で蹴りを凛の腹部に入れる。
「がっ…!?」
凛はボールのように蹴り飛ばされ、壁にぶつかって気を失ってしまった。それを見たコトネは半狂乱で叫ぶ。
「り、凛ちゃあああああああああああああんッ!!」



龍之介は凛の水晶の攻撃を全く物ともしていなかった。当然だ、彼は今や曲がりなりにも人外の存在に成り果てているのだ。それがどうして初歩魔術に等しい爆発如きでダメージを負うと言うのか。
「う〜ん?最初はびっくりしたけど、思った程痛くも熱くもなかったな〜?やっぱ、この身体ってすげえッ!!傷はすぐ治るわ、筋力は桁違いだわ、ホン〜トにモルガンの姉御サマサマだな、こりゃ!「凛ちゃん!凛ちゃん!」ん?」
一方、コトネは気絶した凛の元に駆け寄り必死に呼びかけていた。その姿を龍之介は…。
「好い…凄く好いよ…!!」
またも歪んだ煽情を刺激されていた。どうもさっき自分に攻撃して来た娘は友達である彼女を助けに来たらしい。ああ…またも創作意欲を擽られる素材に巡り会えてしまった。今日の収穫物だった兄妹と言い、自分はなんと幸運なのだろう!
龍之介は恍惚とした表情で舌舐りをする。すると、周囲に黒いローブを頭から羽織った集団が現れる。今の龍之介と同類である死徒のマスター達だ。モルガンが作った空間転移用の礼装で現れたらしい。その中の一人が呆れたような声を出す。
「これまた大勢掻き集めて来たもんだ。言っとくが、先日の戦闘で俺達も数が減っている。今ド派手な事をしてアジトがバレたら事だぞ?」
すると、龍之介は流暢な声音で言う。
「大丈夫だよ〜。殆どモルガンの姉御に貰った宝石で移動してんだし、足なんて付きっこないって!それに青髭の旦那もモルガンの姉御も強いんだからさー。それより見てくれよー!今回は上玉な材料が一杯集まったぜー!これでアートを仕上げるのかと思うと…くぅぅぅぅぅッ!!今から楽しみで楽しみで震えが止まんねよ!」
龍之介が両拳を握り締めて悦に入っている。その様は死徒達ですら引く物だった…。
「ま、まあいい…。とにかくすぐに戻るぞ。これだけ集めりゃお前だって満足だろう」
「うん!そうだねえ…。そろそろ戻るとすっかー」
龍之介は伸びをしながら同意する。
一方、コトネは震えながら気絶している凛を抱きしめていた。
「凛ちゃん…わたし達、どうなっちゃうの?」
答えない親友を前に思わずそんな言葉が出てしまうが、恐らく凛にも答えられなかったろう、こんな八方塞がりと言って過言ない状況で彼女達の前にどんな光明があると言うのか…。



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