Fate/BattleRoyal
41部分:外伝幕


すいません。今回は外伝です。その上、原作キャラは愚か見知ったキャラも殆ど出てきません。悪しからずです…!ぶっちゃけ、これは私が書きたい事を前倒し且つ趣味全開で書いたような話です。おまけに今回スポットを当てるオリマスターとオリサーヴァントはチートもチート。オリ主人公級補正です。あらゆる文句は受け付けはしますが、返事は書きませんし変更するつもりもないので本当に悪しからずです…!
外伝幕

百騎以上の英霊で覇を競い合う史上類を見ぬ聖杯戦争…これはその参加者の一人一人に焦点(スポット)を当てた物語である…。















 冬木市、新都にあるゲームセンターで程々に長い髪に前髪が白髪のメッシュと首から頬に至る大きな火傷が特徴的な少年が大きなゲームスクリーンに映る動く屍(リビングデッド)目掛けて拳銃を模したコントローラーを握り的確に撃ち込んでいた。琥珀色の双眸はどこか虚ろで焦点が微妙に合っていないように感じた。それでも少年が放つ銃弾は的確に全ての的を射抜き続けていた。気付くと画面中央にはperfectを示すスコアボードが表示され近くに自然集まっていた野次馬(ギャラリー)が途端に歓声を上げるも当の少年は詰まらなさそうに銃をゲーム機のホルダーに入れその場を後にした。
少年…式叢(しきむら)和樹(かずき)はゲームセンターを出た後、どこに行くでもなく当てもなくブラブラと歩き始める。

そろそろかな…?

和樹は何気なく腕時計を見て行き先を裏路地へと回った。そこを更に十字路へと左に曲がると如何にも怪しげな風体の人間達が屯している暗い通りに行き着いた。中にはガッシリした体躯を持つ上に目付きがどう見ても所謂“堅気”とは言い難い連中もいたが、和樹はその通りへと然も当然のように踏み入る。いや、彼の風体や彼自身が纏う空気は既に彼らとそう大差はないようにすら思える。

一年半前までは普通の高校生でしかも家じゃプチ引き籠もりだった俺がこんな場所に足を踏み入れるだなんて想像もしちゃいなかったな…。

和樹は内心で苦笑しつつ目的の場所まで淡々と歩を進めた。そして、更に入り組んだ道へ出て行き着いた先は何もない行き止まりの壁だった。
だが、和樹は構わずその壁に向かって歩を進めた。すると、和樹の姿は壁に吸い込まれるように消えてしまったのだった…!
勿論、本当に消えた訳ではない。彼はただ()()に入っただけだ。彼は先程の暗い十字路から一転白を基調にした事務所(オフィス)のような部屋に躍り出た。そして、真ん前のデスクには蒼いスーツに身を包みモノクルをかけ蒼いセミロングに黄金の双眸の顔立ちをした女性が座っている。
女性は気のない声で和樹に言った。
「おかえり。随分と早かったね?もう例の物は届いてるよ」
そう言って女性は中くらいの包を手渡した。和樹はそれを受け取ると早速包を破いて中身を取り出した。中には火縄銃の打ち金のような破片が入っていた。
「これが…聖遺物って奴か?」
和樹が半信半疑で問うと女性は肯いて答える。
「うん。それでも、ちょっと知り合いに無理言ってやっと手に入れてもらった物だから。物はそれなりに信頼できるよ。それなら上手くすれば、この国で最高の知名度を誇る英霊が十中八九召喚できると思う。100%の保証はできないけれどね」
それに対し和樹は決然とした顔で言った。
「別に何が出ようと構いやしないさ…。俺に力をくれるものならなんでもな…!」
そう言いながら和樹は渡された聖遺物を握った手に力を入れる。その様子を女性は何の気もなく見ると女性は少しだけ眼を細めて言う。
「それにしても君には驚かされるね。元は魔術回路(そしつ)もない人間が突然変異で規格外の回路を発現させた挙句に、たった一年半でマスターの資格を手にするなんて正しく驚嘆に値するよ」
その言葉に和樹は何の気もなく訪ねた。
「そんなに…驚くような事か?」
「うん。本来、魔術回路っていうのは人間の内蔵のような物でね。普通は先天的に魔術師が生まれ持つ物なんだ。それは突然に生えるモノではないし、後から増えるモノでもない。そんなのは内蔵が後から生えて増えるような物だからね。だからこそ君のような事例はあらゆる意味で前代未聞なのさ。まったく魔術師の人材がこの所、豊作も豊作だからって、一体どうなっているんだか…」
「豊作?」
和樹が耳聡く聞き咎めると女性はああと言ってこう説明してくれた。
「魔術師って業界は年月を重ねる毎に縮小していく一方だったんだけれどね。どういう訳なのか、ここ六十年前から法外な回路を持つ魔術師がちらほら現れ始めてるのさ。まあ勿論殆どは名門と名の付く代を多く重ねた魔術師の家が筆頭格だけれどね。そもそも人間の魔術回路なんて二十本若しくは三十本あれば良い方だったと言うのに…今や四十や五十を超える事なんてザラという始末だ。さらに彼の御三家が一角『遠坂家』の令嬢達なんて、魔術回路のメインが七十本以上、サブが五十本以上って話だよ?本当に参るよね…。まあ君の場合はそれすら上回る回路を後天的に発現させたわけだけれど…参ると言うなら寧ろ君の方か。まあ、君の家系も元は魔術師の血を引いてたんだろうさ。疾うに枯渇していたはずの血が今になって何らかの要因で後天的な隔世遺伝を起こしたと考えるのが妥当だろうか…?あっと済まない。話が脱線してしまったね。そろそろ…行こうか」
不意に立ち上がって和樹に付いて来るように仕草で促す。和樹は肯いて、それに続く。
女性に導かれて入った部屋は仄暗い暗室で僅かに蝋燭の光が四本円状に並んでいるだけだ。そして、その光に照らされた中央には円状の幾何学的な魔法陣が刻まれ、その前方には祭壇が設えてある。
「それじゃあ聖遺物をその祭壇に供えて」
女性に言われ和樹は打ち金の破片を祭壇に設置する。そして、そのまま魔法陣の前方に立つ。
「詠唱の呪文は覚えた?」
その言葉に力強く肯く和樹。女性はそれを横目で見て「それでは幸運を」とだけ素っ気なく告げる。
和樹はまず大きく息を吸って三画の聖痕が刻まれた右手をかざした。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

途端に全身が爆ぜるような感覚に襲われるも和樹はほぼ全身に至る魔術回路を隆起させ詠唱を続ける。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
繰り返す都度に五度。
ただ、満たされる刻を破却する」

Anfang(セット)

「――― 告げる」

「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

そうだ。俺は必ず―――!

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

最後の詠唱を終えると凄まじい閃光と暴風が吹き荒れ仄暗い暗室を満たしていく―――!
それも収まると室内には余波の煙が蔓延する。和樹は全神経と体力を召喚に費やして息を切らせていた。その傍では女性が眉一つたりとも動かさずに佇んでいる。やがて煙の中から心臓が一気に圧迫されるかのような声が轟く。
「ほお…小僧、貴様が俺をこの現世に甦らせたマスターか?」
その声に話しかけられた途端に和樹は全身の血が一気に逆流したかのような錯覚に襲われ肌がビリビリッと震えた。

なんだ、これ…!?指一つ動かせない!?

和樹は一切の説明と理屈が付かない圧力に身体の自由を奪われていた。やがて煙は何かに吹き飛ばされるように掻き消え、魔法陣の上には、銀の南蛮甲冑に黒衣の南蛮外套を羽織った出で立ちに、鬣と見紛う黒髪の長髪を後ろで纏め真紅の鬼の様に鋭い眼を持ち恐ろしい程に端正な美貌の青年が悠然と立っており、前方にいる和樹を興味深そうに見ていた。
一方の和樹は青年の鬼の如き眼に宿る並々ならぬ覇気に気圧されながらもどうにか足を踏ん張って踏み止まり意を決して口を開く。
「っ!あ、ああ…お前が俺のサーヴァントか?」
それに応じて青年も答える。
「うむ…サーヴァントとしてのクラスはアーチャー!そして我が真名は…織田弾正忠信長よ!!」
その答えに和樹は半ばホッとした。正直に言って用いた聖遺物に不安があったが、どうにか目当ての英霊を引き当てられたみたいだ。更に彼のステータスを見たが、驚嘆と破格の二語に尽きた。筋力B+・魔力A+・耐久A・幸運B・敏捷A+・宝具EX…ッ!筋力と幸運を除いてA以下が存在せず宝具に至っては評価規格外の値を叩き出している。クラス別スキルである対魔力と単独行動スキルも半端ではない、おまけに魔力放出のスキルまで持っている!だが、何よりも破格を通り越して反則なのは『第六天魔王特権・EX』だろう。本来保有していないスキルを永続的に獲得できる上にアーチャーの能力ばかりか七つの基本クラス全ての能力を持っている!おまけに自分で魔力を貯蔵できる!?こんな最強どころか究極とも言うべき英霊が自分のサーヴァント…!?
和樹が呆気に取られる中で女性は一息をついて和樹に言う。
「おめでとう。君は目出度くこの国で開催される聖杯戦争において紛いもなく最強のサーヴァントを引き当てた」
一方、呼び出されたサーヴァント・アーチャーこと信長は女性の方を怪訝な眼で見る。
「そう言えば、女よ貴様は誰だ?」
すると、女性は畏まった仕草と態度で信長に挨拶した。
「これは失礼。お初にお目にかかる信長公。私は紫央(しおう)瀬架(らいか)。貴方のマスターとなった、この子の師匠のようなものです」
「ほお…我がマスターの師か。ふむ、貴様も相当な魔術師と見受ける。我が契約者への指導大義である。とは言え…」
信長はそこで改めてマスターである和樹の方に眼を向けて言った。
「お前の(まなこ)を初めに見た時に分かったが…何やら黒い感情を轟かせておるな。それも…憎悪の類だ」
「っ!?」
和樹は図星を突かれ度肝を抜いた。瀬架も感嘆したように息を付く。
「へえー、流石は戦国の世を渡ってきた武将って所かな」
「………」
和樹はバツの悪い顔になって押し黙るが、信長は真紅の双眸を真っ直ぐに自らのマスターの注いでいる。そして、有無を言わさぬ声で言った。
「…良ければ聞かせて貰おうか?」
和樹は諦観したような溜息を付いて口を開いた。
「……復讐さ。金目当てで俺を殺そうとした両親に対してな」
そして、今に至るまでの経緯を和樹は話し始めた………。







一年半前……冬木市、新都の某高校。

「ちょっとさあ、雑誌買って来てくんない?」
「あ、俺はポテトチップにコーラ!」
昼休みの教室で一人の生徒に対し数人の生徒達が寄って集って理不尽な要求を突き付けていた。それに対し、その生徒、茶色が混じった黒髪の短髪に琥珀色の瞳をした大人しそうな顔立ちの少年…式叢和樹はシドロモドロな仕草で言い淀んでいた。
「え?あ、僕は…」
だが、大柄な男子が和樹の胸をドンと叩いて言う。
「あれ〜?耳が聞こえないかな〜?俺らのお願い。あのねえ、俺らは腹減ってるし喉が渇いてんの。あと序でに今日出てる雑誌の漫画も読みたいわけ。まったくさあー、空気読もうよ空気〜」
大柄な男子の言葉に便乗して他の連中も高圧的な態度で薄ら笑いを浮かべている。和樹はそれに流されるままに“はい”と答えそうになるが、それを制するように鋭い声が飛んだ。
「それはあんた達こそだとあたしは思うな」
その声に和樹に集っていた連中はビクッとその身を震わせた。声の主は腰まで伸びた黒髪のストレートヘアーに些かつり上がった紫の瞳の中々に整った顔立ちの少女が凄んでいた。いや、顔自体は無愛想とも言える程無表情だが、それだけに説明がつかない凄みを対峙した者に与えていた。
「やべえ…桐生だぜ。どうする?」
「どうするったって……」
男子生徒達はすっかり借りてきた猫のように縮こまり狼狽え始めた。それを知ってか知らずか桐生と呼ばれた女生徒は更に凄んでそちらへ歩を進めて来た。
「そんなにお腹が減って喉が渇いているなら自分で買いに行けばいいでしょう?あんた達、一体幾つ?」
その物怖じしない声音で正論を口にする彼女に対して彼らは徐々に後退りを始めた。その上に彼らを見る周囲の目も心なしか冷たい。結局、彼らはブツクサと文句や捨て台詞を言いながら教室から出て行った。
和樹は途端に息をついた。すると、不意に自らを助けてくれた桐生がこちらを睨むように見た。和樹は身を堅くするが、桐生は決して声を荒げる事なく言った。
「君ももっと嫌なことは嫌って言わなきゃ。じゃないと今みたいな連中にずっと絡まれたままだよ」
それだけ言うと桐生も教室からスタスタと出て行った。それを傍から見ていた生徒達は何れも彼女を畏怖の目で見て囀った。
「怖えー」
「知ってるか?桐生っていい所のお嬢だけど、ここらのグループ全部絞めてるって話だぜ」
その噂話を和樹は聞き流しながら、先程の彼女の言を省みていた。

そうだよな…。僕がもっとしっかりしていれば…。彼女が言うように、この現状にしたって僕の優柔不断さが招いた結果なんだし……。

それを思うと和樹はまた溜息を付かざるを得なかった。









「ただいま…」
和樹は力ない声で自宅のドアを開けると鷹揚な両親の声が響いて来た。
「凄いぞ、芳樹!この間受けたハーバードの模試がA判定以上だったなんて…これなら留学は安心だな!」
「今日はお祝いにご馳走しなきゃね!」
声の発生源である居間に入ると両親が四歳下の弟の芳樹を囲んで歓談していた。一方、当の芳樹は兄である和樹が居間に入って来た姿を見て声をかけた。
「兄さん、お帰りなさい」
「うん…ただいま」
一方、両親は和樹の方を露骨に煩わしそうに見て吐き捨てた。
「なんだ…帰ってきてたのか和樹?」
「まったく…帰宅部なら帰宅部でちゃんと勉強したらどうなの?モデルガンばかり弄ってないで」
帰ってきた途端に飛んで来るナイフのような言葉を和樹は顔を俯けて聞き流し背を向けて、そのまま2階にある自室へと向かった。その背中に父親は「お、逃げるのか?この穀潰し」と心無い言葉を投げたが、そんな言葉すら慣れてしまった和樹はそれを無視して歩を進めた。

自室に籠った和樹は早速自分にとっての至福の時間を過ごした。彼の部屋には夥しい銃火器に関する専門書が収められ、また凄まじい量のモデルガンが所狭しと置かれていた。学校から帰って来るとまず部屋に篭って専門書を読んだりモデルガンの製造や改造などをして過ごしていた。
和樹はモヤモヤする気持ちをモデルガンを整備する事で解消していた。

まあ…そりゃ確かに父さんや母さんの言う通りでもあるよな…。僕の成績は精々中の下と言う程度だ。大して際立った特技もコレといってないし、あるとすれば、それこそモデルガン弄りくらいだ…。当然だけど、こんなのが将来の役に立つわけもないしなあ…。それは僕だって分かってる、分かっているんだけど…。今はこれ以外にやりたい事が思いつかないのが現実だ。まあ、父さん達に言わせれば現実逃避だって詰られるのがオチだろう。事実その通りなわけだし…。それに引き換え芳樹は…。

と、和樹はそこで前途有望な実弟を思い更に暗鬱な顔になる。弟の芳樹はあの通り小学六年生にしてハーバードの模試をほぼ満点で受かる程の天才児だ。おまけに運動神経も抜群で言う事はない。故に両親の期待や愛情も多分に弟に注がれ傾くのも致し方ないのだ。もう最近では自分が家にいても全く気づかれないほど両親の眼中には入っちゃいない。まあもう慣れてしまったけれど…。

もう父さんと母さんは僕がいてもいなくてもどっちでもいいのかも……。

などと卑屈半分冗談半分で思った和樹だったが、今夜それ以上に残酷な現実を突きつけられようとは思いもよらなかった。









深夜2時…和樹は自身の自室で就寝していたが、不意に目を覚まし…否、覚まさざるを得なかった。なにせ噎せ返るような熱気と匂いが充満していたのだから…!
和樹は起き上がって身を整え目を凝らすとドアから黒い煙が徐に入って来るのが見えた!
「うわッ!?」
和樹は途端に上擦った声を出して仰け反ったが、そんな場合ではないとすぐに気を取り直してドアを開けるとそこは一面正に火の海だった。壁、床、階段の手摺に至るまでが火柱が走っていた。
「な、なんだよ?こ、これ…!?」
思わず何の意味もない呟きを漏らしてしまったが、唐突に両親と弟の事を思い出してハッとなった。
「父さん…母さん…和樹…ッ!?」
和樹は居ても立ってもいられずに容赦なく燃え盛る火も省みずに駆け出し階段を下りて叫んだ。
「父さん!母さん!芳樹どこ!?」
家族の安否を確認しようと熱くなった階段を駆け下りた和樹だったが、一階に下りた瞬間―――ドガッ!!
「…ッ!!?」
唐突に後頭部へと重たい衝撃を喰らい、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
(な、なに?これ…!?)
和樹は後頭部に喰らった一撃に朦朧としながら事態をよく呑み込めずにいた。呑み込めなかったが、とにかく、これではいけないともう一度身を起こそうとするが、今度は背や腰に重い衝撃が加えられ敢え無く蹲る。
和樹はワケの分からない恐怖に押し潰されながらも徐に顔を横にして自らを襲った凶賊の顔を見ようと視線を向けると―――。






自分の血で濡れた金属バットを鬼の形相で振りかざしている父がいた…。

「………え?」
和樹は非常に間の抜けた声を上げると同時にバットが容赦なく、その顔面を打ち抜いた。和樹は体中を痙攣させて蹲る。父はそんな息子を更に足から引きずって、そのまま炎が燃え盛っている中へと放り込んだ―――。







そして、和樹が次に目を覚ましたのは自宅ではなく何処か見知らぬ白を基調にした無機質な部屋だった。視界はかなりボヤけていたが、徐々に鮮明さを取り戻していき自分の状況も理解していく。なにせ身体中が激痛でピクリとも動かせない上に包帯が全身に満遍なく巻かれている感触があったからだ。
「おや?目が覚めたようだね」
その声に和樹はハッとなって寝込んだまま徐に首を声のした方に向けると、そこには男性物のスーツを着込んだ女性が見下ろしていた。
「あ、あなたは…誰?」
和樹が尋ねると女性は流れるように無機質な声音で答える。
「紫央瀬架…職業は魔術師」
「魔術師…?手品師ですか?」
和樹の問いを瀬架は首を横に振って否定する。
「いや、文字通りの意味。そりゃ手品のように種も仕掛けもあるけれど、俗に言う“人ならざる業”を再現する者達の一人だよ」
その言葉に和樹はますます訳が分からないと言わんばかりに絶句する。一方、瀬架は目を細めて言った。
「とりあえず今は眠りなさい。傷に障る…」
その言葉に和樹は気が抜けるように身体中の激痛も忘れて再び深い眠りについた。

それから後に和樹は瀬架から大凡の事情を聞かされた。世の中の裏側において『魔法使い』の成り下がりである『魔術師』と呼ばれる者達が未だに存在しており彼女はその一人であるという事。そして、あの火災があった日、彼女が偶々通りかかった所、自分はあの豪火の中を這いずり回るようにして抜け出してきたらしい。和樹自身には覚えがなかったが…そう言えば、声も出せないような苦痛の中でのたうち回っていたような記憶ならばある。ただ、その時の和樹は瀬架に言わせれば致命傷であり普通なら助かるような物ではなかったらしい。そう()()ならば…。幸いな事に彼女は医療や治癒にも系統している魔術師であった為に和樹はどうにか九死に一生を得たらしい。
しかし、和樹にとってはそんな事はどうでもよかった。それより気になるのは何故父が自分を殺そうとしたのか、その一点だけだった。
「さあ、あの時は君を助ける事だけで精一杯だったからね。私もそこまで込み入った所まで熟知しているわけじゃない。なんなら今からでも調べようか?」
瀬架が淡々とした声で提案するのに対し和樹は暫し逡巡した後にゆっくりと首を縦に頷いた。



それからの日々を和樹はリハビリをして過ごした。なにせ、あの火災で負った全身大火傷は瀬架でも完全には快癒せず至る所に火傷の痕が残った上に皮膚も何箇所か移植し、四肢の方も切断は免れぬ程の損傷でこれは瀬架が設えた義手と義足(これは魔術の中でも人形工学(ドール・エンジニアリング)と呼ばれる類の物らしい)で補わねばならないと言う程の重傷だ。元の日常生活に戻るには相当の時間が掛かると思われた。

更に月日は流れて瀬架から伝えられたのは和樹にとって想像以上に残酷な事実だった。
「まず結論から言おう。あの火災は君のご両親が君を殺害する目的で意図的に起こしたものだ」
「…………は?」
瀬架のオフィスで椅子に座ったまま、和樹は極めて間の抜けた声で返した。そして次にどこか引き攣ったような笑みさえ浮かべて言った。
「なに…言ってるんですか?そんな事あるわけ―――」
勿論和樹だって馬鹿ではない。そんな事があるわけがないも何も現に自分は父親に殺されかけたのだ。その可能性にしたって何度も脳裏に浮かんだ。だが、そう思う度に“そんなはずがない”と打ち消してきた。だってそうだろう?この世のどこに実の息子を殺害する目的で自宅に火までかける親がいると言うのか。そりゃあ両親は自分を厭う様な素振りを毎日のように見せていた。だが!だからと言って―――!?
何も言えずいる和樹に瀬架はあくまで冷静な声音で言う。
「事実だ。因みに動機は金だ」
「え……!?」
またも信じられない言葉に和樹はまるで捨てられた子犬のような声を上げた。それに瀬架は瞳に若干の憐憫を見せて言う。
「どうも君の父親はかなり…いや相当なギャンブル狂だったようだね。やばい所にも幾つか出入りをして彼方此方でツケを溜めてた。それも最近まで自宅を手放さなければならないという程にね」
「ぎゃ、ギャンブル…!?父さんが?」
そんな事になってたなんて…!自分が知らなかった家の内情に和樹は愕然とするが、そこで不意に訝しんだ顔になって瀬架に問う。
「ま、待ってください…。()()()()()()()()?それって―――」
そう瀬架の言葉がどこか過去形である事に和樹は気付いた。それに瀬架は半ば嘆息を付いて頷く。
「そう…それらは既に全て返済された。“君と自宅に掛けられた生命保険”でね」
その瞬間に和樹は今度こそ愕然と眼を見開いた。そんな和樹に瀬架は淡々とそれでいて皮肉げな声音で続けた。
「つまりは自宅の火災も君の殺害も所謂“保険金目当て”だったって訳さ。極めてありがちな動機だよね…。借金で家を追われかねない状況だったのが今や豪邸住まいと言うのだから呆れるを通り越して感心するしかないね「…嘘だ」うん?」
和樹は瀬架の言葉を呻くような声で遮って力なく言う。
「そんなの…嘘だ。いくらなんだって父さんや母さんが…そんなの。嘘だ…そんなのは嘘『いやー、それにしたって、あいつが…和樹が死んでくれて万々歳だな!』!?」
突如、よく知る父の声が和樹の否定を揉み消すようにして響いた。和樹はゆっくりと首をその声の発生源に向けるとそこには瀬架が球体の水晶を和樹に掲げて見せている。そして、その水晶には、見知らぬ豪華な居間に座って談笑している両親の姿が映っていた。


『もう…声が大きいわよ、あなた』
窘めながらも頬を大きく緩めた母が笑っている。それに対し父も豪快な笑い声を上げて言う。
『ガハハハハハハ!!すまん!すまん!なにせ、ここまで上手くいくとは思ってなかったからなあ!』
『何言ってるのよ?上手くいかなかったら私達は今頃、路頭に迷ってた所よ。大体元はと云えば、あなたがギャンブルになんて手を出すから』
『お、俺だって反省してるさ!ちょっと調子に乗りすぎたよ…。けど、これからはそんな必要はないぞ。なにせ家とあいつの保険金でがっぽがっぽと大儲けしたからな!俺の借金の返済や豪邸への改築に芳樹の留学資金や将来設計に当てて尚有り余るって額だぞ?これからは態々危険な橋を渡る必要はないどころか一生働かなくても済む!ハハハ!これもあいつが死んでくれたお陰さ。あいつも生まれて初めて役に立ったと今ならそう思えるな!ナハハハハハハハ!!』
またも得意気に笑う父に母は苦笑して言う。
『もう…だから自重してちょうだい。尤も私もそれには大賛成だけれどね。ほほほほほ…。だって毎日エステし放題だし海外旅行だって行きまくりよ!でも、不思議よねえ…。あんな何の価値もない子一人殺しただけで、こんなセレブな生活ができるなんて石っころがダイヤに化けたような心地だわ』
何だかんだで母も笑いが止まらないようだった。
『なんだー!お前だって人の事言えないじゃないか。まあ確かに不思議な心地ではあるわな。ハハハハハハハハハ!!』
父は母につられて愉快そうに笑い続ける。


こいつら……誰だ?

和樹がまず思ったのはそれだ。だってそうだろう?水晶に写っている二匹のケダモノは自分の両親の皮を被って下品に唸っている。誰だと思うのは当然の事だ。故に瀬架に問うた。
「あの…こいつら誰ですか?」
それに対し瀬架は相も変わらない無愛想面で淡々と答える。
「誰ってどう見ても君のご両親だろう。これは使い魔を介した遠見の魔術だ。故にこれは紛れもない真実…ご覧の通り君はご両親からあらゆる意味で放逐されたんだ」
だが、和樹は肯かない。
「何言ってるんですか?そりゃ両親は弟ばかりを可愛がって僕を無視してばかりしていたけど…いくらなんだって、こんな『大体思えば、あいつをこの世に送り出したこと事態が失敗だったんだよなー!』…ッ!?」
だが、現実は容赦なく和樹を斬り付ける。


『そうよねー。ほら歩き始めたのだって他所の子よりずっと遅かったし…しかも中学生になるとモデルガンを買い始めたり…。日がな一日中それを弄って眺めて一人ヘラヘラして…正直言って気味が悪かったわー』
母は極めて軽過ぎる声でのたまい父もそれに便乗して肯く。
『まったくだな。あのままだったら遠からず改造銃なんかを作って実際に人を撃とうとしてたかもな。それを思えば、俺たちの計画はやはり英断だったな、家に瑕が付かずに済んだ。まったく正直言って今まであいつの養育に注ぎ込んだ金を返して欲しいな』
すると、母は面白そうに笑って言う。
『あら?それなら返してくれたじゃない。その命で』
『あ、それもそうか。アハハハハハハ!!ま、確かに何もかもが失敗だったけど、其処だけは認めてやってもいいかな、あいつの存在意義』


和樹の顔は能面のように微動だにしていない。

こいつら……本当に誰だ?なんで父さんや母さんの顔でゲラゲラ笑っているんだ?何の悪戯だ?こんな事あるはずないじゃないか…だってだって僕の父さんと母さんは―――!




そこで和樹はあの日の記憶が脳裏に過ぎった。

父は鬼の形相で自分の顔面に金属バットを叩き込んだ後、息を切らしながら自分を足から引きずって吐き捨てた。
「ふん…!恨むなら出来が悪すぎるお前自身を恨むんだな…。とにかくこれで俺の借金はチャラになるし万々歳だ。お前も喜べ。ロクデナシだったお前が最後の最後で俺達の役に立てるんだからな…!!」
そう言って自分を火が燃え盛っている場所に放り込んだ―――!





「うぅ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!?」
気づけば和樹は絶叫していた。それは慟哭とも怒りとも付かない無意識の咆哮だった。そして、それと同時に和樹の全身から蒼白い焔が一気に噴出して瀬架のオフィスを包んだ。
「なっ…!こ、これは!?」
これには流石の瀬架も戸惑った声を上げる。その後の事を和樹はあまり覚えていない。覚えているのは喉が渇れる程の咆哮を上げ自分から噴出した焔を撒き散らしていたくらいな物だ。どうやらそれも瀬架がどうにか鎮めてくれたらしい…。


「落ち着いたかい?」
瀬架がコーヒーを出して言うと和樹は何も言わずにそれをすすり飲んだ。今やオフィスは見る影もなく和樹が噴出させた焔で焼け焦げていた。
「それにしても驚いたな。助けた時に調べた所、君に魔術回路は一切なかったと言うのに今や君の全身には規格外レベルの回路が張り巡らされている…。おまけに発現した魔術属性も極めて稀な物だ。不謹慎だが実に興味深い。どうだろう?君、私の元で魔術を学んでみないかい?」
その言葉に和樹はピクッと反応した。
「君がこのまま黙ってはいられないのなら、その力を操る術を授けよう。どの道、それ程の力を得た今、君自身も私と同じように封印指定の憂き目に遭う可能性が大だ。それらから身を守る術がどの道必要だろう。それに魔術師は世間の法から外れた存在だ。故に君がその力で彼らに思い知らせたいというなら協力は惜しまない。私自身…彼らには正直言って些か以上にむかっ腹が立っている所だからね…。で、どうする?」
それに対し和樹は拳を強く握りしめて答える。
「頼む…!」
その琥珀色の双眸には以前の弱々しさは微塵もなく苛烈なまでの焔が灯っていた…!



それから彼は瀬架の指導の元に魔術の修行や体術などを学び更に和樹が興味を持っていた本物の銃火器についても教えてくれた。和樹はそれを貪欲なまでの意欲と執念で習得していった。本来魔術の修行は一朝一夕とは行かないが、幸い和樹が突如発現させた素養は遥かにずば抜けた物であり戦闘という一分野に特化する分には瀬架からは早晩自分を多分に上回るだろうと評された。
そして、一年半が過ぎた頃に自分には令呪と呼ばれる物が刻まれていた。瀬架からはそれが聖杯戦争と呼ばれる魔術師達の闘争の参加資格であると教えられた。聖杯と言う万能の願望機を勝ち取る為の戦いであるとも。和樹は考えた末に自分の力を確かめる為に参戦を決意した。そして、もし聖杯を勝ち取れたのなら更なる力を得ようとも考えた。それに対し瀬架も協力的に動いてくれた。聖杯戦争の概要のレクチャーや聖遺物の手配などあらゆる手を尽くしてくれたのだ。そうして今へと至る……。



「と、言う訳だ…」
和樹が全てを語り終えると信長は何も言わず瞑目していた。その顔には憤りもかと言って無関心もなく、唯々静かに真摯に聞いているという面持ちだった。そしてやがて口を開いた。
「成程…。仔細はよう分かった。自身を裏切った両親への復讐…それが(うぬ)がこの戦いに懸ける望みか?」
その声は静かだが妙に重みを端々に感じさせる声音だった。それに押し潰されそうになるも和樹は拳をグッと握り締めて唇を真一文字に結んで自らのサーヴァントを真っ直ぐに見つめて言った。
「ああ、そうだ…!それで…あんたは反対だとでも言うのか?」
和樹が挑むように問うと信長はあっけらかんと和樹が思って見なかった返答をした。
「いや、別にそういう訳ではない。俺は貴様に呼び出されたサーヴァントだ。そしてサーヴァントとはマスターの望みを叶える者…元より協力は惜しまん。ただ貴様の望み…敢えて言うならば、小さいな」
「なっ!?」
どこか小馬鹿にしたように笑う信長に和樹は一瞬心外そうな声を上げるが、次の言葉を発する間もなく信長は咆哮するように言った。
「男が復讐などと言う小さ過ぎる願いを持っておるでないわ!男子たる者、常に身に余り過ぎるという程の大望と大志を持つべし!!それこそが世界を明日へと進める原動力ぞ!!故に、どうせなら小僧…その蒙昧な願望を叶える前に俺の夢を共に見ぬか?」
その傲岸でいて圧倒的な覇気と威厳が込められた有無を言わさぬ“王の声”に和樹は反論どころか腹を立てる事すらできず唯々圧倒され呑み込まれ首を縦に振らざるを得なかった…。しかし、和樹はまだ知らない。この出会いは彼自身にとって何よりも得難き日々を齎す事になる事を…。







さて、話は少しここから先へ進み、視点を変える事になる。丁度、聖杯戦争がクラストルら死徒の暗躍で混乱し始めた頃の事である。

冬木市空港で栗色のロングストレートに碧い瞳をしたあどけない顔立ちの美貌を持った女性が青いトロリーバックを後ろ手で牽いて歩いている。服装は長袖のブラウスにロングスカートと言う如何にも慎ましやかで清楚な出で立ちだったが、服の上からも分かる程の扇情的で豊かな曲線美が道行く人…特に男性などの眼を引いていた。
「はう…やっぱり祐世先生や刹那ちゃんに出迎えて貰った方が良かったかなあ〜?久しぶりだから、どこをどう行けばいいのやら…」
女性は空港から出た後、市内の地図を広げて早くもアタフタしていた。そのある種可愛いらしい仕草をする美女に蟻が食いつかぬ筈はなく二人の男性が近づいて来てお決まりの口説き文句を彼女に浴びせるが、彼女は困惑しながらもきっぱりと言った。
「はう…大丈夫です。どうぞ()()()()()()()()()()()()
そう言うと男性二人は「ああ…そう」とだけ答えて去っていた。第三者が見れば、やけにあっさりと退いた事に首を些か傾げる事だろう。それもそのはず…今、彼女が二人に言った言葉は魔術でも初歩的な暗示なのだ。でなければ、こんなにあっさりと引き下がる道理はない。
そう彼女…カトレヤ・ルーンセイルは魔術師である。
「はあ〜、びっくりした〜。あ、それよりももっと詳細な地図を買わないと…」
カトレヤは少し慌てた足取りで近くの本屋へと駆け込んだ。


しかし詳細な地図を買ったはいいが、元々カトレヤは日本語の読み書きはあやふやな出来だった為、相当に難航していた。
「はう…なんか早速行き詰ったよ〜。と言うかここは何処だろう…?」
カトレヤは眼を回しながら既に同じような所をグルグルと回っていた…。既に空は陽が殆ど落ち始めている。
「あれ…ここさっきも通ったような…?」
その様は人が見れば、正しく迷子のそれだった。そして、陽が完全に落ち始めた頃、彼女は諦めてどこか適当なホテルに落ち着こうと考えたが、その時不意に妙な気配と悪寒を感じ思わず後ろを振り返った。だが、そこに誰もいなかった。
「あれ〜?気の所為かなあ…」
そう言って再び前を向いて歩き出すが、その瞬間、空から双眸を真紅に染めた異形が数匹舞い降りカトレヤへと手を伸ばしたが、その手が彼女を捉える事はなかった。

ズンッ!

異形…死徒達の手を黄金の壁が遮っていた…。いや、これは壁ではなく巨人だ。黄金に輝く巨人が死徒達の行く手を阻んでいた。これはカトレヤの魔術礼装『金色の巨兵従者(ゴールデン・ダスト・ゴーレム)』…粒状の砂金をカトレヤの属性である水と風の流体操作と土の固体操作で操る礼装だが、同時に彼女の十八番である人形工学(ドール・エンジニアリング)を組み込むことで破格の速度と強度を獲得したのみならず、粒状であるが故にあらゆる形態に変化可能でより洗練された動作が可能となっている。また、カトレヤの脳に張り巡らされた回路を通じて起動する為にタイムラグは殆どない。
礼装が遮っている後ろでカトレヤは大きく息を吐いた。
「はあー、びっくりした…。こんな街中で死徒と遭遇するなんて…」
「て、テメエ!?」
死徒の一人が困惑と怒りが混じった声を上げると彼女はあくまで柔らかな声音で言った。
「いくら私がのんびりしてるからって、あなた達みたいな露骨に血を滾らせた吸血鬼さんの気配に気づかない程、愚鈍じゃないですよ。これでも魔術師なんですから」
カトレヤは両手を腰に当ててエヘンと得意気に豊かな胸を張った。死徒達はそれにあからさまな欲望を滾らせて舌舐めずりをする。
「へー、中々見かけによらず威勢の良い姉ちゃんだがよ…。あんま俺らを舐めない方がいいいぜ?なんせ…俺らにはこいつらがいんだからよおおおおおッ!!」
その咆哮と同時に彼らの前に西洋騎士やら古代中華の武者と言う風体の戦者が複数、実体化した。カトレヤは彼らを見た途端に顔を蒼白に染める。カトレヤはこれでも一級の魔術師だ。だからこそ分かる。これらは『サーヴァント』…!英霊の座から招き寄せた魔術を一切受け付けない最上級の使い魔だ。自分の魔術礼装である『金色の巨兵従者(ゴールデン・ダスト・ゴーレム)』など物の数秒で粉砕してしまうだろう…!サーヴァントとはそれ程の隔たりがある物だと師である祐世からも教わった。そして、カトレヤとて一廉の魔術師…それは教わらずともこうして直視しただけで理解できる。
「あははは…そう言えば、そろそろ冬木って聖杯戦争が始まってる時期だっけ?祐世先生もそう言ってたような…」
今さらの様に冬木市の現状を思い出したカトレヤはサーッと血の気が引いて青褪めながらも行動は迅速だった。魔術礼装である砂金の従者に自らを抱き抱えさせて全速力で撤退した。
「このアマー!誰が逃がすかあああああッ!!テメエら追いやがれええええ!!」
死徒達の命を受けサーヴァント達も全速力でカトレヤに追い縋る。
「…ッ!?やっぱり速いなあ、けど速さだけなら私の礼装も負けないんだから!!おまけに逃げ足ならこっちのものだもん!!」
カトレヤは迫り来る戦鬼達に恐れ慄きながら極めて後ろ向きな鼓舞を自らに架していた。だが、それは決して誇張ではない。粒状である砂金の特性を生かして入り組んだ狭い道などを通りトリッキーな動きで追っ手を翻弄していった。とは言え、サーヴァント達も馬鹿でもなければ、愚鈍でもない。この街の地理を既に網羅しているのか、先回りなどをして確実に包囲を狭めていた。

カトレヤは逃げに逃げ続けて西洋系の墓地に逃れていた。
「はあはあ…!なんとか逃げ切れた…わけはないよね。多分、ここもすぐに嗅ぎ付けられちゃう…」
カトレヤは息を切らせながらも状況を冷静に把握していた。サーヴァントは数も多い上にこの冬木市の地理も大分把握している。まず人間の足で逃げ切るのは不可能だし、それは彼女の礼装を以てしても結果は変わらないだろう。
「だけど、変よね?確か祐世先生は一度の戦争で呼び出せる英霊は七騎だけだって言ってたのに…さっきの連中は明らかにそれ以上いたような…」
カトレヤは怪訝に思い首を傾げるが、不意にトロリーバックが倒れて中が少しバラけると、その中から古めかしい原稿の束が溢れ出た。
「あ、いけない!」
カトレヤは慌てて原稿を拾い集めた際に不意に左手の甲に鋭い痛みを感じ見てみると、そこには三角の抽象的な刻印―――令呪が刻まれていた。
「これって…もしかして祐世先生が言ってた…」
カトレヤは眼を細めて思わず来日の三日前の事を思い出していた。


三日前…フランス…パリ市内のカフェの事。

「はううう…ここ、これは…!?」
カトレヤは何時になくヨダレが出んばかりのドヤ顔で目の前に差し出された原稿を食い入るように見ていた。
「はい。あなたが愛読されている『人魚姫』の直筆原稿ですよ。」
カトレヤと向かい合って座っている貴族然とした白の礼服を纏った、アッシュブロンドの短髪に灰色の瞳と言う顔立ちの男性が柔らかな笑みを以て答える。
「ここここ、こんなのどうやって…確かデンマーク王立図書館で厳重に保管されているはずじゃあ…」
すると、男性はなんの事はないと言わんばかりの笑みを浮かべて言った。
「なに多少無理を言って融通を利かせてもらいました。これでも私は世界のあらゆる場所で顔が利きますからね。それで貴方には是非、その原稿を持って日本の冬木市へと赴いて欲しいのです」
「え?日本の冬木市…祐世先生が住んでいる街ですか?」
「ええ。その際に貴女の師の元を訪れるのも良い事でしょう。いや是非そうなさった方が良い」
「はあ…」
カトレヤは奇妙な取引に面食らっていた。この男性…アンシェル・ジルヴェスターは突如カトレヤにコンタクトを取って来た。その内容は「貴女が絶対に欲しがる物を進呈する代わりにこちらの要件を一つ聞いて欲しい」と言う単純明快でいて如何にも怪し気な物だった。だが、基本人を疑う事をしないカトレヤは好奇心も手伝って会ってみる事にしたのだ。そして実際にそれは確かに彼女が絶対に欲しがる物に他ならなかった。何せ、この『人魚姫』を始めとした童話やメルヘンをカトレヤは幼少から今に至るまで愛好していたのだから、その直筆原稿ともなれば、欲しがるに決まっている。
ただ、その見返りは余りに意外と言うか、余りに簡単過ぎまいか?カトレヤがアンシェルにそう尋ねると彼は朗らかに笑って言う。
「ところが、私としてはそれが何よりの報酬なのですよ。妙に思われるのも道理でしょうが、是非とも聞き入れて頂けないでしょうか?」



などと言う経緯でこの地に赴いたわけなのだが……もしかしてアンシェルはこうなる事が分かってこの原稿を態々手に入れてくれたのだろうか?などとカトレヤは首を傾げてみるが、すぐに首を横に振る。
「いやいや…これを聖遺物にしてみたって真っ当な英霊が出るわけないし…」
そう…これを仮にサーヴァント召喚の触媒に使ってみた所で出るのは精々、題名通り“人魚姫”を象ったものか若しくは、それこそ―――。
だが、悩んでいる時間はそれ程ないという事をカトレヤは探知用礼装である砂時計で悟っていた。砂時計の中では人型を象った複数の砂が球体を象った砂…持ち主であるカトレヤを示した物に向かって徐々に近付いていた…!
「ああ!もう!悩んでいる時間はもうないよ〜!!こうなったら、もう破れかぶれです!!」
カトレヤは迅速に祐世から以前に教わったサーヴァントの召喚魔法陣を刻み墓石の一つを祭壇代わりとして『人魚姫』の直筆原稿を聖遺物として安置する。
そしてひと呼吸を整えて令呪が刻まれた左手をかざし詠唱を始める。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

魔術回路を全力で…それでいて慎重に起動させる。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
繰り返す都度に五度。
ただ満たされる刻を破却する」

Anfang(セット)

「――― 告げる」

「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

丁度その時、サーヴァントの群れが押し寄せてくる。だが、カトレヤは構わず最後の一節まで詠唱を唱える。

「誓を此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

その瞬間に魔法陣を中心として閃光と暴風が周囲に拡散して行く、サーヴァント達はその余波に吹き飛ばされた。
そして、それも収まると余波の煙の中から―――この上もない毒舌が飛んで来た……。
「やれやれ、外面似菩薩内心如夜叉の次は夢見がちなお嬢さんと来たか…。まったく以て、この俺もつくづく籤運がないらしいな!」
「は?」
思わずカトレヤは呆けた声を出す。やがて煙も晴れて現れたのは青い短髪と双眸の顔立ちをした―――少年!?だった…。
「え?どちら様ですか?」
カトレヤの口から出たのはこの上もなく棒読みな台詞だった。それに対し少年は美しいと言う形容に似合う年格好に似合わぬ老成した声で吐き捨てる。
「フン。誰かだと?自ら招き寄せておいて今さら何を白々しい。この身はお前に呼ばれたサーヴァント以外の何だ?この節穴め!」
カトレヤは一瞬カルチャーショックを受けたように全身が固まる。だが、すぐに我に返って口を開いた。
「じゃ、じゃあクラスは…?」
すると、少年は更に鼻を鳴らして言った。
「何のクラスかだと?語るまでもない、この身は三流に相応しい低俗且つ最弱のサーヴァントだからな」
その言葉にカトレヤは少年のステータスを見る。筋力E-・魔力EX・耐久E 幸運C+・敏捷E-・宝具?…確かにその言葉通りのステータスと言って差し支えないだろう。筋力・耐久・敏捷などの身体ステータスは見事にEが並び内二つはマイナス補正まで付いている。幸運は申し訳程度にC+程度。ただ魔力の値だけが馬鹿みたいに大きく肝心の宝具に至っては不明(Unknown)だ。つまりは…。
「って事はあなたはキャスターですか?」
「はっ、それ以外の何だと言うんだ?」
カトレヤは若干頭を抱えた。追ってきたサーヴァント達は恐らくは三騎士に分類されるサーヴァントだろう。対魔力を備えている彼ら相手に魔術師のサーヴァントでは太刀打ちできない…ッ!だが、やはりサーヴァントを得ているのといないのとではものが違う。
「とにかく、どちらにしても形成は不利だわ。お願いです、あなたの魔術で退路を切り開いて「ああ、言っとくが、それは無理だぞ」はいっ!?」
自身のサーヴァントの口からとんでもない一言が飛び出しカトレヤは上擦った悲鳴を上げる。それに対し少年…キャスターは淡々と言う。
「さっき言った事をちゃんと聞いてたか?バカモノめ。この身は三流に相応しい最弱のサーヴァントと言ったはずだ」
「そ、そんな!?けど、魔力の値はEXを示しているじゃないですか!!」
カトレヤが絶叫するように言うとキャスターはこの上もなく哀れむ笑みを浮かべた。
「残念だが、それは俺自身の魔力が特別飛び抜けていると言う意味合いではない。あくまで、ある特異性によるものだ。第一、俺は元より生前は、魔術師ではなく唯の作家だからな。無論魔術が使えるわけではないし固有スキルや宝具も大凡戦闘とは全く縁がない。つまり結論として何が言いたいかと言うと…俺は戦闘ではこの上もなく役に立たんサーヴァントと言う事だ!!」
何故かキャスターは腕を組み上から目線の物言いで豪語した…。一方、カトレヤはあまりの事に石化している。そんなマスターの様子も気にせずキャスターは続ける。
「故に戦闘における俺からの支援はまず諦めろ。戦闘になったら自力で足掻いて適当にやり過ごせ。どの道、俺達に勝ちの目はないんだからな。とは言え…もう多分に手遅れのようだがな」
そう彼が言い捨てた瞬間、召喚の余波とキャスターの弁舌に出鼻を挫かれていたサーヴァント達が各々の得物を手にカトレヤとキャスターにジリジリと迫っていた。
カトレヤはもう顔面蒼白で棒立ちしていた。口はあんぐりと開けられたままで、見るからにそこから今にも何かが抜け落ちるような風情を感じさせる。
「おい、呆けている場合かマスター?来るぞ。こんなハズレサーヴァントを引かされて嘆くのも分かるが、時間は常に待ってはくれない。故に止まるな、浪費するな、空費するな。精々、足掻き通して生き残ってみせろ」
キャスターがまるで他人事のようにのたまうのを背に聞きながらカトレヤは心の中で師に告げた…。

拝啓…祐世先生。私は自分でもドジに分類される人間だと自認してましたが、今回は生涯で最も大きなドジを踏んだようです……。


ここに新たな二組の魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)が参戦した…。




次回は本編再開です。わがままを押し通しご迷惑をおかけしました…!それと更新速度が遅れている事真に申し訳ありません。



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