3話 得た相棒は黒き飛竜



 調和と混沌の二神に昴が新たな命と力を貰い、別の世界に送り飛ばされてからその世界の時間で二ヶ月の時が流れた。
 荒野を歩き、人里に向かう途中で自分の体に『真言』が馴染んでおらず、極めて不安定だと気付いた彼は荒野に留まり、完全に制御できるように修行していた。修行と言っても、『真言』を自分のイメージ通りの規模で発動できるようにするために集中して言葉を紡ぐと言う、地味極まるものだが。
 現在彼が居るのは荒野に造った、ちょっとしたオアシスのような場所。造ったという事から分かるように、真言で発生させたものだ。正確に言えば、水を発生させて出た間欠泉によって出来た物なのだが。
 あの時から現在に至るまで、彼は一人、休むことなく真言の制御訓練に明け暮れていた。……言葉を紡ぐだけで訓練と言えるのかは分からないが。

『雫は霧雨の如く降り注ぐ』

 雲一つない空を見上げ、真言を紡ぐ。イメージするのは、己を中心とした半径50mの円内に音もなく降り注ぐ霧のように細かい雨。
 するとその言によって、太陽が輝く空から言葉通り、雨が降り注ぎ始めた。……ただし、大粒で、しかも弾丸のような勢いをもって、だが。

「だぁっ!? ちょっ、な……いだだだだだだだぁっ!?」

 スコールの様に強い勢いと共に降り注ぎ、轟音を立てながら荒野に落ちていくそれはさながら機関銃のような印象を見るものに抱かせる。当然、傘も何もなく立っていた昴に防ぐことなど出来ない訳で――まぁ、傘があっても突き破られて意味をなさなかっただろうが――自分で発生させた雨に、それはもうこれでもかと言うほどに打ち据えられた。
 暫く経って雨が止むと、ボロボロの状態で倒れている昴が現れた。当然ながら、その体は乾いている部分がないほどに濡れている。さらに傷を負ったか、多少だが血も流れている。

「うぅ……『我が身は癒え、傷も痛みも苦しみも、全ては夢幻と消える』」

 呻きながら癒しの真言を紡ぐ。イメージするのは自分の体を包み込み癒す柔らかな光。
 真言通りにそれは発動し、昴の体を包み、傷を癒した。それを確認し、地面に手をついて体を起こし立ち上がる。

「あいたたた……またダメでしたか」

 頭を振って髪についた水を飛ばしつつ、どこか気落ちしたような口調でそう呟く。しかしすぐ後には真言を紡ぎ、先ほどの雨で出来た服の破れや汚れ、水気を完全になくした。ボロボロだった服が、買ったばかりの新品の様に綺麗になる。
 ちなみに除菌なども同時に行っているのでいつでも清潔だ。日本人としては重要な風呂も、オアシスで十分代用できる。

「はぁ……癒しや、こういう生活に欠かせない物と同じ効果を持つ真言、槍を創る真言は完全制御出来るようになったと言うのに、自然を操るなどと言ったそれはまだまだですか。最初の頃に比べれば体に馴染み、随分と良くなったのは幸いですが……大体二ヶ月、でしたか。もどかしいと言いますか、何と言いますか」

 あの時は何度も死ぬような目に会いましたしねぇ、と何処か遠くを見る目でそう零し、休憩のために腰を下ろす。
 昴がこの世界に現れてから早二ヶ月、彼は与えられた能力の制御訓練で何度も死ぬような目に会っていた。
 焚火を起こそうとすれば火山の噴火の如く巨大な火柱が立ち火達磨になり、
 風を起こそうとすればサイクロン並の暴風が辺り一帯に吹き荒れ天空に吹き飛ばされかけ、
 飲み水を出そうとすれば間欠泉の如く足元から熱湯が吹き出し大火傷を負い、
 地面の一部を畑の様な土壌に変えようとしたら直径10mの巨大な流砂が発生し砂に呑まれかけ、
 氷を出せば何故か極寒の風が吹き氷河が発生し半身が氷漬けになり、
 果物の成る木を出そうとしたらどう言う訳か深い樹海が生まれ森に呑み込まれかけた。
 それだけでなく、身体強化の真言を使えば過剰に強化し過ぎて逆に骨が砕ける、動けば肉が裂ける、遠くを見れば眼球が潰れそうになり失明しかける。よしんば丁度良い位の強化が出来たとしても走りだしたら止まる事が出来ず、何度も岩壁に激突したり、こけて全身を削りながら滑って行った事もある。この二ヶ月で、一体何度自爆染みた事で死にかけた事か。
 これで雹を降らせたりした時には、おそらく流星の如き勢いを以て無数の巨大な氷塊が降り注いだ事だろう。そんなものを受けたらスプラッタな事になり死んでしまう。
 この力は貰いものである為、自身と能力との間にズレがあり、始めから完全制御が出来ない事は自明の理である。しかしそれを完全に制御するための訓練中に、能力使用が原因で命を落とすなど、笑い話にすらなりはしない。
 何故か、槍と杖の創造だけは最初から奇妙な発動をせず、普通に創造できた。剣や斧、弓、銃等と言った武装はそうは行かなかったが。

「しかし、予想以上のとんでもない能力ですね、これは。強力だと、頭では理解しているつもりでしたが……所詮はつもりだった、という事ですか。ポキールはこれを使いこなしていたのですか」

 凄まじいですね、と空を見上げ、呟く。
 貰ってから初めて気付いた事だが、この力――『真言』は想像以上に危険な能力だ。いや、強力な力だという事は漠然とだが理解していたつもりだったが、それを遥かに超えるほどに強力なのだ。
 自分がイメージし、口にした言葉ならばたとえそれが嘘であろうと全てを現実にしてしまう力。
 それはイメージさえ出来るのなら、自然現象――風を起こす事や、雨を降らせる事は当然として、火山を噴火させる事も、巨大な雷を落とす事も、空から星を降らせる事さえも出来ると言う事。
 この力の本来の使い手である真言使い、マナの七賢人が一人、『語り部』のポキールの様に空間から滲み出る様に現れる事も出来るだろう。時間を止める事も、空間を歪める事も、何もないところに何かを創造する事も可能かもしれない。人を殺す事など、それこそ蟻を潰す様に簡単にできてしまうだろう。
 もしかしたら、調和が何かしら手を加えてそんな事ないようにしているかもしれないが、生憎と確かめる術は無い。

 訓練開始一日目で、自分の浅慮を昴は恥じ、後悔した。
 いくら設定だけしかなく、どの様なものか分からずに興味があったとは言え、興味本位でこんな危険極まりない能力を望むべきではなかった。もっと地味に、普通に生きられるだけの力を望めばよかった。
 しかしもう遅い。今更力を変えてくれと言う事など出来ず、そもそも二神に会える可能性は零に限りなく近い。いや、二度と会えないと思った方がいいだろう。別れの際に混沌も言っていたはずだ、「もう二度と会うことはないだろう」と。
 真言を使いこなし、極める事が出来ればそれを使って再度あの空間に行き二神に会う事が叶うかもしれないが、確実に会えると言う保証は無い。たとえ会う事が出来たとしても、自分の望みを叶えてくれる可能性は無いだろう。
 と言うよりも、その時にはおそらく『真言』の理自体が体、魂に完全に馴染み、切り離す事など出来なくなっているだろう。
 詰まる所、自分はこれからの一生を『真言使い』として生きて行くしかない訳だ。
 そこまで考えて、ふとある事を思い出した。

「……そう言えば、この世界には魔法があるのでしたか。どう言った物かは分かりませんが、私にも使えるのでしょうか?」

 実際に見た訳ではないので本当にあるのかは分からないが、もし使えるのだったら使ってみたいとは僅かでも思っていた。枯れているだの面白味が少ないだの何だのと言われていたが、これでも多少とは言えファンタジーに憧れる男子であったので、そう言う幻想の中に存在する物には興味や興奮を覚えている。
 真言と言うある意味魔法以上の、それこそ規格外の万能能力を持ってはいるが、それとこれとは話がまた別なのである。
 ……まぁ、実際には魔力が一般人以下のミジンコクラスしかないので、どんなに頑張ろうとも魔力を工面しない限り使えはしないのだが。
 
「まぁ、使えたとしてもどうやればいいのか分かりませんし、それは追々調べることにしますか。今はそれよりも、真言を完全に制御できるようにならなければ」

 言って、彼は地面に手をつけ立ち上がった。休憩はもう終わりらしい。

「さて、体力も回復しましたし、続けるとしますか」

 そう言って再び真言を紡ごうとし、昴はふとある事を思い出した。
 この力、「真言」の本来の使い手である『語り部』のポキール。彼は『七賢人』や『語り部』等の称号を持っているが、それとは別にもう一つ、その在り方を示す名を持っていた。
 旅をし、様々な物語を語る彼は、その在り方故に「詩人のポキール」とも呼ばれていた。
 自分の真言は、元々彼の使う物だ。もしかしたら、同じ様に言葉を連ねれば習熟も制御もしやすくなるかもしれない。

(……試してみる価値はありますか)

 詩文形式で喋るのは少々どころかかなり恥ずかしいものがあるが、物は試し。昴は詩を読む様に言葉を連ねた。

『揺れ、うねり、滾る物。温かく、時に熱きその名は炎。汝、今にも開かんとする紅き花弁が如く、天空に爆ぜ、咲き誇れ』

 イメージは自分の上空約200mの空中に、大輪の牡丹の如く咲き開く紅い炎。何故牡丹の花を想像したのかと言うと、昴が最も好んでいる花が牡丹の花だからだ。色は赤ではなく白の方が好きなのだが、白い炎など現実に存在しないだろうと思い、赤にした。
 それを明確に、鮮明にイメージし、真言を紡ぐ。
 直後、雲一つない蒼天が広範囲に渡って真紅に染まった。

 ■

 力強く優雅に、しかしのんびりと空を飛んでいた彼がそれを見つけたのは、単に偶然だった。
 いつもの様に空を飛び、獲物を狩り、喰らった後、なんとはなしに荒野の方に飛んでいたら目に入ったのだ。
 小さくか弱い、しかし存在によっては強大な力を身に宿す、やけに知恵が廻る種族。
 確か人間と言う存在だったか、魔法や武器、道具を持って戦う小賢しい者たちだ。かつて自分も挑まれた事があったが、然して威力も無い魔法や武器でちまちまチクチクと攻撃してきて非常に鬱陶しかったのを覚えている。
 獣の世界は基本、弱肉強食だ。当然、挑んで来た者達は蹴散らし、血の一滴すら残さず喰らい尽くしてやった。肉よりも骨の方が多く、肉も筋張っていて喰い応えは無いに等しかったが魔力は存外に多く、血も割と美味だった。
 最初に挑んで来た個体を喰らい尽くした後、暫くしたらまた別の個体が複数挑んで来たのでそれらも蹴散らし、喰らってやった。その時の味は何と言うか、肉も血も脂っぽく、余り美味とは言えなかった。寧ろ不味かった。一緒に居た細い、しかし丸みを帯びた個体の血は多量の魔力を含んでいてかなり美味だったのだが。

 獲物を探して食う以外に、討伐に来た人間たちを蹴散らして喰らうという行動を繰り返していた為か人間達に自分は特に危険な個体と認識され、『闇飛竜』などと言う名を付けられてそれなりに大規模な討伐隊とやらが組まれた。
 それでも最初の内は、自分を討伐しにやってきた人間達を蹴散らし、喰らっていたのだが流石に何日も続くとこれは鬱陶しいと思ったので、続けての討伐隊とやらがねぐらに来る前に其処を離れた。割と気に入っていた場所だったのだが、仕方ないだろう。

 それが大体70年近く前のことだったか。それ以来滅多に人間には遇わず、普通に動物を狩って食うだけだった。
 現在、眼下には一人の人間が小さく存在している。泉の側で腰を下ろし、ぼうっと明後日の方向を向いている。自分には気づいていないようだ。

 ……丁度小腹も空いている。食いではなさそうだが、血の味も懐かしい。久しぶりに食うとするか。

 久しく食っていなかった人間を喰らうため、彼は獲物めがけて降下する。視線の先の人間はすでに立ち上がっていたが、明後日の方向を向いたままだ。
 このまま人間の目の前に一直線に降り、食ってやろうか。そう思った。

『……紅き花弁が如く、天空に爆ぜ、咲き誇れ』

 しかし、聴覚がその言を捉えた直後、強烈な衝撃と灼熱が彼に襲い掛かった。
 今までに感じたことのない、その余りの衝撃と熱量に思わず悲鳴を上げ、彼はバランスを崩して真っ逆さまに落ちていった。

 ■

 空中に爆音と何かの絶叫が響き渡り、衝撃が岩肌と体を揺らす。

「……は?」

 思わずと言った風に、昴は空を仰ぐ。彼の視界には空に咲く紅い、灼熱の巨大な焔の花が存在していた。それは視界に映る空の三分の一を覆うほどで、あまりの巨大さに昴はその眼を見開いた。
 少し視線をずらせば岩山も多少崩れており、先ほどの衝撃の強さを想像させる。自分に来た衝撃波は然程強くなかったように感じたが、それは自分が発動者だからかもしれない。
 確かに空中に咲く真紅の牡丹を想像した。それも、今まで以上にかつ鮮明に。そのおかげか発動する場所の制御はできた。だがそれにしても、これほどの規模で発動するなど想定外にも程がある。自分がイメージしたのはこれの半分ほどの大きさの炎だ。ここまで大きなものじゃない。

 やや呆然とした様子で、空中に咲く消えかけた火牡丹を見ていると、影が差した。
 何かと思い視線をずらすが、よく見れば煙の尾を引きながら落ちてくる何かがあった。何であろうか。

「むぅ……ん?」

 目を細め、落ちてくるそれを見る。
 火の赤が消えた青空に染みの様に存在するそれの色は黒。逆光によって黒く見えているのかもしれないが、黒一色だ。大きさは牡丹と比べると小さいが、それでもなかなかの大きさとわかる。目測だが、離れていることを考慮しても30mはあるだろうか?
 煙の尾を幾筋も引いている事から、おそらく飛んでいたところで今の火炎牡丹に巻き込まれてしまったのだろう。気付かなかったとは言え、悪い事をした。
 もし息があったら癒してやろう。そう思い、昴は走ってその場を離れる。黒い何かが落ちてくる場所が、自分が居た場所と重なると影で知ったからだ。潰される趣味はない。

 そして十数秒後、轟音を立てて地面に叩きつけられる黒い何か。その大きさは目測よりも随分大きい約50mと言ったところか。トカゲを思わせる黒い尾と、蝙蝠のような黒い飛翼。それらが繋がる胴体を覆う鱗や甲殻も煤けてしまっているが見事に黒一色で、同じく黒い頭部には二本の鋭い角が生えている。
 昴の前に落ちてきたのは、全身これ見事に黒一色の飛竜だった。おそらく先の爆音と同時に聞こえた叫びの主だろう。

「……ワイバーン、ですか? しかし緑や赤はともかく、黒一色のワイバーンなど聞いたことが……」

 ぶつぶつと呟きながら、昴は落下して煙を立てながら蹲っている飛竜に近寄る。結構な速度で地面にぶつかったので生きているかどうか心配だが、体はゆっくりと上下している。生きてはいるようだ。結構な高さから勢いをもって落ちて来たのに、タフである。
 しかし気を失っているのか、動く様子は見られない。目がぐるぐると回っているように見えるのは気の所為だろう。

「まぁ、取り敢えず癒すとしますか。偶然とは言え、私の所為でダメージを受けてしまったのですし……っと、その前に動きを封じておきますか。回復させた途端に襲われるのは嫌ですし」

 竜は基本、肉食として伝わっている。下手をすれば喰われるかもしれない。そう思った昴はまだ完全に制御しきれていない真言で動きを抑制する。これで襲いかかる事も、暴れたりする事も出来ないだろう。
 それを確認し、今度は癒しの真言を紡ぐ。治癒のみを効果としているので流石に汚れまで落とす事は出来ないが、まあ十分だろう。癒しの光が飛竜の巨体を包み込む。
 数秒間、薄い緑の光が灯り、それが治まると飛竜は体の奥にまで響く様な唸り声を上げつつ目を開いた。瞳孔が縦に割れた紅い、焔の様な目が昴の姿を認識する。

「気が付きましたか。すみませんね、偶然とは言え、私の訓練に巻き込んでしまって。しかし、結構な高度から落ちて来たのに生きているとは……中々に丈夫なのですね」

 のんびりとした口調でそう言う昴に、飛竜は鋭い視線を向ける。喰おうとして襲いかかろうとした自分が言うべきではないかもしれないが、偶然に巻き込まれて殺されかけたなど、納得できる事ではないだろう。
 怒りに唸り、喰い殺してやろうと飛竜は身を起こそうとし――動かない。
 驚き、さらに力を入れ唸りながら動こうとするが、まるで体全体が地面に同化した様な、石と化したようにピクリとも動かない。

「取り敢えず、あなたが人間並みかそれ以上の知能を持っていると判断して話します。動けない事が不思議でしょうが、それは私が封じているからです。せっかく癒したのに、その相手に喰われると言うのは堪ったものではありませんから」

 念の為にした事でしたが、正解でした。
 そう言って昴は溜息を吐いた。出来れば襲いかかって欲しくなかったのだろう、そんな感情が読み取れる深い溜息だった。
 それを耳にしつつ、飛竜は何とか動こうと唸り、もがく。

「力任せに破ろうとしても無駄ですよ、その力は私だけが解除できるものです」

 そんな飛竜を見て、昴はそう言う。未だ完全に制御出来ていない為に、完全に封じられているかどうかは怪しいが、かなりの力を入れても動けていないらしいので成功はしたらしい。
 どうも自分は出力を抑えることが苦手の様だと、そう思う。
 そんな昴の思考など知った事ではないとばかりに飛竜は唸り声を出しながらもがくが、呼吸と発声、眼球運動以外の全ての動きを封じられているらしく一ミリさえも動けない。
 解除しろと言う意思を込めて、殺気混じりの唸りが昴に向けられる。

「ええ、別に構いませんよ。あなたが私に襲いかかろうとせずに、何処かに行ってくれるのなら、ですがね」

 自分を睨みつけ唸る飛竜の意思を理解したか、動きを封じられた彼に対して昴はそう返す。
 それを聞いて、飛竜はさらに怒りの唸りを上げる。何もせずに去るのなら自分も何もしない。しかし襲いかかって来るなら絶対に解除しないと、そう言っている様に聞こえたのだろう。
 竜族は人間よりも誇り高い種族だ。亜種である飛竜種とは言え、自分の命を格下の人間に握られる等、屈辱も良い所だろう。
 殺す、この男は絶対に喰い殺す。そう意思を込めて、飛竜は紅い目を怒りに染めて唸る。

「な、何ですか。言っておきますけど変えたりはしませんよ。襲いかかって来るならあなた、おそらく死ぬ事になりますよ。まだ完全に制御出来ていないんですから」

 その意思を読み取ったか、昴はそう言う。しかしその腰は若干引けていて、何と言うか、情けない。
 しかし彼がそう言った直後、飛竜は唸る事を止めた。その目にも、何処か怯えが混ざった色が見える。
 どうしたのだろうかと疑問に思い、しかしまず身の安全を確保する為に再び何もしないかを問う昴。すると今度は敵意を含んだ唸りを上げず、飛竜は襲いかからない事を約束した。
 二度三度とそれを確認し、昴は真言の縛りを解いた。すると飛竜は襲いかかりはしなかったが、何とその鼻先を犬がするかのように昴に押し付けて来た。何事かと昴は混乱する。敵意は感じず、寧ろ懐かれたとか、そんな感覚があった。

 昴が「おそらく死ぬ事になる」と言った直後、飛竜は自分にあらゆる敵意が向けられるのを感じていた。一個人ではなく、まるで万象、世界そのものから敵意を向けられている様な錯覚に陥る恐ろしい感覚。目の前に居る人間が放っている訳ではないようだが、それでもそれを感じた飛竜は本能で理解した。
 この人間の言葉は実現する、と。
 この人間はどういう訳か、世界と繋がりがあるようだ。ただの人間ならともかく、世界そのものと繋がっているような相手に勝てる訳が無い。誇りは大切だが、それは命あっての物だ。無暗に突っかかって散らす様な物ではない。

 飛竜は敵対して死ぬ事ではなく、従って生き延びることを選択した。誇り高い竜族が、誇りよりも命を取った瞬間だった。
 少ししてそれを察した昴は、自分から離れようとしない黒竜に「ノワール」と言う名を付け、騎竜として契約した。安直だが、名を付けられた飛竜は親愛を示すかのように昴の顔を舐め上げた。

 こうして昴は、何者よりも黒き飛竜を、生涯を共に過ごす相棒として、そして同時に友として得ることとなった。



 

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