Muv-Luv Alternative The end of the idle


【小話】


白山吹の咲いた夜

〜巌谷さんの憂鬱〜






―― 西暦一九九三年十二月二十四日 午後八時 帝都・帝国軍技術廠 ――



 夜間にも関わらず、技術廠内の整備場に運び込まれた瑞鶴の残骸を前に、緊急で招集された技官達が忙しそうに動き回っていた。

 首と胴が泣き別れになった瑞鶴や真っ二つにされた74式長刀、そして無残にも握り潰された頭部などに何人もの技官が張り付き熱心に調査をしている中、長刀の切断面を調査していた班の代表者へと巌谷が近づき声を掛ける。

「どうだ?」
「……どうもこうもありませんよ。
 どうやったら、こうも綺麗にスーパーカーボン製の刀身を切断出来るんですか?」

 なんとも表現しようの無い声が帰って来た。
 困惑、狼狽、興味、複数の感情が入り混じった顔で、巌谷を振り返った班長である年嵩の技官は逆に問い掛けて来るが、巌谷には答え様も無い。
 自分と同じ表情を浮かべて沈黙する相手に、班長は仄かな期待が無くなった事に、少しだけ落胆した。

 突撃級の装甲殻を除けば、ほぼ地上最強硬度を持つ筈の74式長刀の刀身。
 その刀身も、今では半ばから斬り裂かれ、鏡面の様な綺麗な切り口を見せていた。

 ツルツルなその表面を溜息混じりに眺めながら、班長は肩を落としつつ報告を口にする。

「……まあ、断面を拡大してみると、僅かにではありますが擦った様な痕跡が認められます。恐らくは……」
「紅蓮中将が看破した様に、刀身そのものを高周波振動させて切断力を上げていたと?」
 巌谷の問いに、班長は渋い表情で頷いた。
 認めたくは無いが、残された痕跡からそう判断せざるを得ない――

「そう考えるしかないでしょうな。
 ですがどうすれば、これほどの振動波を産み出せるのやら、皆目見当も付きませんよ」

 ――そんな代物を造り出す事が、技術的に可能なのかは置いておいてだ。

 現実のみを見て、そう答える班長に、巌谷も少し疲れた風情で応じる。

「……そうか」

 なんというかどっと疲れた。
 舶来のSFとかでは、そういった仮想兵器の話も読んだ事が有るが、実際に出て来られると反応に困るというのが本音である。
 レールガンですら開発の端緒に着いたばかりで、いつ使い物になるのか、本当に出来るのかすら分からない状態だ。
 感心すべきか、呆れるべきか、判断に迷う所である。

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、なにやら開き直ったらしい班長は、更に笑えない調査結果を積んできた。

「それとこれは予想ですが、刀身そのものもスーパーカーボン製でない可能性が高いですな」

 切断された箇所から見つかるのは瑞鶴や長刀の破片のみで、相手の刀身の物が無い事から、構造材自体の強度・硬度がスーパーカーボンのソレを上回っている可能性を指摘して来る相手に巌谷は眉間を寄せる。

「つまりスーパーカーボン以上の強度・硬度を持つ新素材ということか?」
「多分……その辺りは詳細に調査してみないと分かりませんが……
 上手くすれば切り口に、サンプルぐらいは付着しているかもしれませんしね」

 巌谷の質問に、自信無さそうに答えを返す班長は、溜息混じりに彼の問いを肯定した。
 そんな素材は聞いた事が無かったが、破壊された瑞鶴や長刀の状態から、そう判断せざるを得ないのである。
 技術屋としては、未知の技術や素材には深い興味を惹かれるのだが、技官としての立場上からして分かりませんとは言えない以上、そう言わざるを得なくなる事には深い憂慮の念を覚えたのだった。

 そんな班長の葛藤が、巌谷にも良く分かったのだろう。
 どこか慰める口調で労を労いつつも、言わねばならぬ事を口にした。

「分かった。その線で進めてくれ。
 それとスマンが、上から早急に報告を求められているのでな。三日以内に中間報告という形で良いので纏めてくれ」

 班長が途端にげんなりとした顔になった。
 皆目見当もつかない事を報告しろと言われても、言われた方は困るだけだろう。
 だがやはり立場上、嫌とは言えない中間管理職として、不承不承、頷いて見せた。

「……はぁ……分かりました。何とかしてみます」
「すまんな」

 そう言って頭を下げながら、軽く眼を瞑って見せる。
 厳つい顔の割には愛嬌のある仕草だったが、それで何が変わる訳でもなかった。
 お座なりに相槌を打つと、そのまま調査対象へと戻っていく男の背を見送った巌谷は、そのまま別の班の班長にも順次、声を掛け、そして順次、渋い顔をさせる事となる。

 そうやって一通り、声を掛け終わり、現状の把握を終えた巌谷は整備場を後にし、別の建屋へと向かった。
 五分程かけて、目的地へと着いた巌谷は、迷う事無く中へと進み、とあるドアを潜る。
 やや広めの室内に複数のモニターが置かれ、キーを打つ音が響く中、室内を一瞥した巌谷は、目的の人物を見つけて歩み寄り、挨拶抜きで声を掛けた。

「こちらはどうだ?」

 顔見知りの映像解析班の班長が、疲れ眼を癒す様にマッサージしつつ振り返る。
 こちらも渋い……いや、ひどい顔だった。

「敢えて言うなら無茶苦茶ですな。
 小官としては、これが特撮映像だと言って欲しいところですよ」

 吐き捨てる様な一声は、紛れも無く彼の本心だった。
 見れば見る程に常識離れしている映像は、彼や彼の部下にとって信じがたい代物だったのだから……

 厳つい顔に、疲れた笑みが浮かんだ。

「私としても、貴官と同意見だ。だがな……」
「分かってます。これがトリックなんかじゃないって事はね」

 肩を竦めながらそう答えると、そのまま部屋の隅を指し示す。
 お義理で用意された様なソファーへと巌谷を促すと、自身もその対面に座って口火を切った。

「映像を解析した限りですが、『白騎士』の最高速度は870km/h前後。
 但し、これが本当の最高速度であるかは不明です。
 ………大分、余裕を残している様ですからな。
 私個人の主観としては人型兵器には到達不能な筈の超音速まで行ったとしても不思議は無いと思いますがね」

 皮肉とも慨嘆ともつかない口調でそう説明しながら、煙草を咥え火を付ける。
 一つ二つ紫煙を吸い込み、心を落ちつけた男は、やや疲れた感じの上司へと報告を続けた。

「……確かに速い事は速いですが、不知火とて全力を振り絞れば近い速度は出せるでしょう」

 米国の実験機では亜音速に到達した記録もありますし、と補足しながら渋い表情を浮かべる。

 ――そう確かに速いが、届かない速度では無いのだ。
 ――だがしかし、届いたとしても決して及ぶまい。
 ――あの映像を見る限りでは。

 フゥ〜と紫煙を吐き出した男は、やや苛立たし気に備えつけの灰皿に煙草を押し付けて消すと及ばぬ理由を説明する。

「……問題なのは最高速度に達するまでの時間です。
 映像を見る限り、静止状態から最高速度に達するまで1秒もかかっていません」

 そう余りにも短過ぎる――速度が乗るのが。
 恐らく最初の奇襲を喰らった際には、瑞鶴の衛士からは瞬間移動でもした様に見えただろう。
 初見でかわすのは不可能に近いだろうし、初見でなくても至難に近いと断言出来た。
 余りにも早い速度変化には、人間の眼が付いていかないのだから……

「はっきり言ってこんな真似は不可能です。
 米国の最新鋭機と言われるラプターにだって無理でしょうよっ!」

 吐き捨てる様な呟きが、班長の口から迸った。
 米国が誇る彼の戦域支配戦術機にすら無理と断言する。

 現実に起きた事を、不可能と断ずるのは矛盾だ。
 それを承知していても言わざるを得ない。
 こんな事は、既存の技術体系では有り得ないと。

 理不尽過ぎる現実に、怒りにも似た表情を浮かべる男に、巌谷は平坦な声で問い掛ける。

「どうすれば実現可能だと思う。
 どれだけ荒唐無稽な案……いや、妄想でも構わん」

 常識で有り得ないなら、非常識な領域に答えを求めざるを得ない。
 そんな開き直りから放たれた質問に、映像解析班の班長は疲れた溜息を漏らした。

「……瞬間的に阿呆みたいな推力を出せる跳躍ユニットがあれば出来るでしょうが、それじゃ中の衛士がペシャンコです」

 強化装備の欺瞞機能は、飽くまでも欺瞞でしかない。
 肉体そのものに掛かるGを意識させない様にしているだけで、物理的にキャンセルしている訳ではないのだ。
 当然、衛士本人が自覚できないだけで、身体に掛かるGそのものは厳然として存在している。
 である以上、強化装備の耐G保護機能+人体の限界を超える加速が掛かった場合、物理法則に従って………となる訳だ。

 だがそんなスプラッタな可能性は、提唱者自身によって否定される。

「もっとも、映像に映っている跳躍ユニットのサイズから見て、そこまでの推力は期待できんでしょうな……だとすれば……」
「だとすれば?」

 問い直す声の先、問われた側に躊躇いの色が濃く滲んだ。
 余程、奇矯な事なのだろう。
 しばし口籠った班長は、やがて重苦しそうに口を開いた。

「……これは、妄想の類いですよ?」
「ああ、構わん」

 自信無さげな前置きに、巌谷は力強く頷いた。
 今は少しでも情報が欲しい。
 例えそれがどれほど荒唐無稽であれ、万に一つの答えがあるかもしれない以上、聞き逃す訳にはいかないのだ。

 そんな決意と共に身構える巌谷に対し、暫し渋りながらも、男はようやく口を開いた。

「……慣性制御、もしくはそれに近い技術があれば、この機動は可能でしょう」
「………」
「そうであるなら、他の機動にも説明が付きます!
 最初に瑞鶴の首を刎ねた後の瞬間的な急停止などもね」

 一瞬、唖然とした巌谷に呆れられたと思ったのか、男は早口で根拠を追加した。
 常識外の加速・減速共に、慣性を無視しているとしか思えぬ機動であった事を、改めて指摘された事で、巌谷の意識もこちら側に帰って来る。

 帰ってきて、そして……

「……実現は可能なのか?」
「さあ? 少なくとも、その様な技術が開発中などという噂は、耳にした事もありません」

 半信半疑どころか一信九疑くらいの問い掛けに返るのは力無い声。
 発言者自身、自身の意見を信じていない事は明らかだったが、さりとて現象から導き出される答えがそうであるのも否定できないといった風情だった。

 そのまましばらく無言のままで見つめ合っていた両者であったが、流石にこのままでは埒が明かないと思ったのか、巌谷の方が幕引きを図る。

「……分かった。引き続き解析を頼む。
 あと上から報告を求められているので、三日以内に中間報告をまとめてくれ」

 男の顔が盛大に引き攣った。
 先程の瑞鶴調査班の班長よりも、更に強張ったソレは、彼の内心を如実に表している。
 どこか許しを乞う様な眼で、巌谷を見て来るが、目線を逸らした巌谷の耳に絶望の溜息が響いた。

「……分かりました。なんとかしましょう」

 力無く肩を落としながら、呟く様な口調でそう告げる。
 巌谷は、その姿に胸中で手を合わせながらも、上司としての立場から重々しく頷くと、立ち上がって踵を返した。
 そのまま足早に部屋を出た巌谷は、深い溜息と共に肩を落とす。
 なんというかとてもとても疲れた気分だった。
 このまま家に帰って、酒でも飲んで引っくり返ってしまいたかったが、与えられた職務が、それを許さない。
 まだ幾つかの部署を回らねばならず、そしてそれが終わった頃には執務室の机の上に仮の報告書が山と積まれている事だろう。
 数日の徹夜を覚悟した巌谷は、ただ一言恨み事を口にする。

「これは当分、徹夜だな。
 ……恨むぞ。ルルーシュ君」

 寒々しい官庁の廊下に、一人の疲れた男の呟きが響き、そして消えていった。






 どうもねむり猫Mk3です。

 何故か皆さんの感想を読んでいたらフッと天啓が。
 思わず衝動のままに書いちゃいました。

 苦労人な巌谷さんでした
 まあ連休中の暇つぶしにでもご一読下さい

 ついでに、明後日中にはもう一本、小話と投下するかも?
 さてどうなりますか。

 ではでは





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