Muv-Luv Alternative The end of the idle


【小話】


白山吹の咲いた後

〜世界の潮流〜






―― 西暦一九九三年十二月二十五日 ロンドン・ブリタニア公爵邸 ――



 この日、現ブリタニア公、ヴィクター・V・ブリタニアは、珍しい客人を自宅に迎え入れていた。
 車寄せに絶妙な位置で付けられたロールスロイスの後部座席のドアが開き、そこから、やや小太り気味の老齢の男が、V.V.の前に姿を見せる。

「ようこそ、マールバル公」
「お邪魔させて頂くよ。ブリタニア公」

 大英帝国の政界において、彼にとっての政敵とも言える老人。
 現帝国宰相でもあるマールバル公は、皺深い顔に上品な笑みを浮かべつつ家主(ホスト)の歓待を鷹揚に受け入れる。

 どちらも腹に一物も二物も抱え込んでいるクセ者同士。
 互いに互いの脚を引っ張るべく日夜努力を欠かさぬ歳の離れた好敵手達は、皮一枚だけで見事な笑顔を繕いつつ、屋敷内へと入っていく。

「う〜ん、相変わらず見事な物だ。 流石はブリタニア公」
「庭師にも後で言っておこう。
 マールバル公ほどの目利きに褒められたと知れば、きっと喜ぶよ」

 塵一つない廊下からは、よく手入れされた庭園が望め、それを嫌味にならぬ口調で褒めそやす老人。
 対してV.V.は、英国紳士としての完璧な振舞いを崩す事無くにこやかな笑みを浮かべたまま応じながら、さりげなく切り返す。

「それで今日は何の用かな?
 急に『アフタヌーン・ティーを、ご馳走になりたい』なんてね」

 ――少なくともアナタとボクは、仲良く茶を呑む様な間柄ではないだろう?

 と、言外に滲ませたその意図に、皺深い顔に上品な笑みを浮かべて老人は応じた。

「なに、サーカス(SIS)の連中が面白い物を持って来たのでね。
 奇遇にも、君にも関係のある事だったので、一緒にどうかと思ってお邪魔させて頂いたんだよ」
「へぇ……サーカス(SIS)の連中がねぇ?」

 帝国宰相の手足であり、そして耳目でもある秘密情報部(SIS)の名を出された男の顔に、一瞬だけ険しい色が浮かんで消えた。
 世界帝国の肩書を元植民地に奪われて久しいが、それでも未だその筋では泣く子も黙るとされる金看板をさり気なく突き付けられたV.V.は、胸中で舌打ちしつつ、相手の出方を見守る事にする。

 ……だが、続く一言が彼の鉄壁の理性を、一瞬で吹き飛ばした。

「ああ、そうだよ。
 君の可愛い甥っ子の事だよ」
「………」

 英国紳士という分厚い仮面すら透過して、殺意が噴き出した。
 この妖怪爺を、事故死に見せかけて邸内で抹殺する手順が十数通り脳裏を過る。

 剣呑過ぎる光に晒された老人が、軽く肩を竦める素振りをして見せた。

「そんな怖い顔をしないでくれたまえ。
 中々の雄姿だったぞ?
 見れば君も、きっと気に入る事だろう」

 ――タヌキがっ!

 こちらの内心など、先刻お見通しと言わんばかりの微笑を浮かべながら切り返して来る老人に、いつか必ず抹殺してやると誓いながら、V.V.は、罅割れた紳士の仮面を取り繕い、無言のまま頷いて見せる。

 少なくとも、保身に関しては手を抜かない男だ。
 それがこうもあからさまな行動に出る以上、それなりの保険を掛けて来ていると見るべきだろう。
 本音を言えば、とっとと縊り殺してやりたい相手だが、刺し違えるほど切羽詰まっている訳でも無かった彼にしてみれば、相手の手札を確認する前に、過激な行動に出るのを抑える程度の事は出来ない事でも無かった。

 そんな彼の心算を、読み取った様に、再び上品な笑みを浮かべた老人が口を開く。

「それでだ、ティールームに行く前に、どこかコレが再生出来る部屋に連れて行ってくれんかね」

 そう言って懐から取り出したディスクを見せながら笑う。
 再び面に出かけた感情を、今度は皮一枚の下に押し込む事に成功したV.V.は、影の様に付き従っていた家令の老人に軽く目配せをした。
 その一事で、彼の意図を読み取った老家令は、数歩前に出ると、恭しく客人へと声を掛ける。

「それではご案内させて頂きます。マールバル公」
「ああ、よろしく頼むよ」

 先導する家令に鷹揚に頷く老人。
 一瞬だけ、苦々し気な目でソレをみやったV.V.は、彼等の後に続き、シアタールームへと向かったのだった。

 そして―――

「――うん、良い香りだ。流石、ブリタニア公」
「そう言って貰えると嬉しいよ。マールバル公」

 押し付けの観賞会をし終えた招かれざる客が、出された紅茶の香りを楽しみつつ告げる賛辞に、おざなりに応える。
 今のV.V.の脳裏を占めるのは、先程見せられたばかりの映像だけだ。

 彼の可愛い弟の忘れ形見が操る新型戦術機と帝国斯衛軍(インペリアル・ロイヤル・ガード)との一戦。
 事の顛末自体は、既に彼の耳にも届いていたが、生の映像付きとなれば、また別の感慨があった。

 ――これを持って来たのが、このクソ爺でなければ拍手喝采出来たものを。

 などと胸中で、不穏当な言葉を呟く彼に対し、その内心を知ってか知らずか、カップを傾け、中身で皺枯れた唇を湿らした老人は、意味あり気な視線を送って見せた。

「ウバか……これが今でも楽しめるのは、未だインドが持ち堪えているお陰だな」

 セイロン島の高地で生産される世界三大紅茶の一角の香りと味を、ゆっくりと楽しみつつ老人は独り言のように呟く。
 だが、その意識が自身へと向けられている事を明確に感じ取っていたV.V.は、ようやく本題に入る気になったかと身構えた。
 瀟洒なティーカップを置いた老人の顔に、上品な笑みが浮かぶ。

「我々にとっては、この紅茶こそワインと並ぶ神の血そのもの。
 そういった意味においても、公の甥御が成し遂げた功績は大きいと言えよう」
「………」

 南亜細亜連合を立ち上げ、インド防衛の強力な切り札としてみせた彼の甥の功績を、手放しで持ち上げて来る相手に、V.V.の笑みが深くなる。
 タヌキと古タヌキの間で、見えない火花が散った。

「……それだけの功績を上げた人物なれば、栄誉ある英国貴族の一員に名を連ねたとて、誰も文句はつけられまいよ」

 そう言って遠回しにだが、ルルーシュのブリタニア公爵位継承について、骨を折る意思が有る事を示唆する老人。
 V.V.の眼が、スッと細くなった。

 この申し出は有り難いが、それを素直に喜んでいい程、甘い相手ではない。
 英国紳士にあるまじき吝嗇なこの男が、そんな気前の良い真似をする筈が無いのだから。

 だがそれでも、話を聞く程度の価値はある。
 そう判断した彼は、優雅な微笑みを浮かべながら、向けられた水に応じて見せた。

「……そう言って貰えると嬉しいよ。マールバル公。
 でもねぇ、困った事にあの子は、どうも日本に未練があるらしいんだ」

 困ったものだといった風情で、溜息を一つ吐いて見せる。
 正直、あんな国などとっとと見捨ててしまえば良いと、胸中で呟きながら、チラリと視線を向けると、相手も心得たもので芝居がかったジェスチャーと共に、鷹揚に頷いて見せた。

「ほう……それは惜しい事だ。
 だが、私の耳に聞こえる限りでは、彼の国の甥御に対する扱いは、お世辞にも良いとは言えない様だが?」
「ボクもそう思っているんだけどね。
 あの子は、父親に似て義理堅いからねぇ」

 また一つ、偽りの無い溜息が洩れた。
 今は亡き弟と甥を重ね合わせて零れたソレに、相手は絶妙の間で合わせて来る。

「確か公の弟君も、欧州戦線で高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)を果たし、見事に果てたのだったな」
「……ああ……」

 あの時の事は、今でも悔いている。
 もう少し早くブリタニア家の実権を掌握出来てさえいれば、弟を最前線から外す事も出来ただろうにと……

 最近は、失意の余り床に臥すだけとなった前ブリタニア公に、憂さ晴らしの嫌がらせでもしてやろうかと考えながら、相槌を打つV.V.に、深い同情の表情を作って見せながら、老人はさもありなんといった口調で呟いた。

「ならば仕方あるまいよ。
 英国貴族の鏡とも言える父君を持った以上、それに恥じ入る様な真似は出来んだろ」

 V.V.の顔に憮然とした表情が浮かぶ。
 弟の名を穢す様な真似は確かにして欲しくはなかった。
 だが、それが理由で、その弟の忘れ形見を手元に置けないというのも、やはり面白くは無いのである。

 苦り切った呟きが、年齢不詳な青年の唇から零れ落ちていった。

「まあね。
 でもボクとしては、いい加減、いいんじゃないかと思ってるんだ。
 もうあの子は、充分に日本に利益をもたらしたんだからね」
「ふむ、それもまた一理か。
 貴族――彼の国では、武家だったかな?
 まあいずれにせよ、公の甥御は、どの武家よりも国に貢献してきたと言えよう」

 そこで一旦言葉を切ると、再び紅茶で喉を潤した老宰相は、試す様な口調で問い掛けて来た。

「良きワインを日向に放置するのは罪悪というもの――そうではないかな?」

 V.V.の双眸に、悪戯っぽい色が浮かんだ。

「そうだねぇ。
 ……ボクも、そう思うよ」

 そう言って同意する政敵にして、今回の目的へと繋がる縁の持ち主が、楽しげな笑いを浮かべるのを確認したマールバル公は、来訪の目的が叶った事を確信する。

「公の甥御の身に流れる血の半分は確かに彼の国の物。
 だが残り半分は、我が大英帝国の、それも高貴なるブリタニア公爵家の血」

 そう、既に日本帝国は充分にその恩恵を受けた。
 ならば、ここから先は、彼の人のもう半分の血の故郷である我が大英帝国が、その恩恵に浴するのが当然であろうと告げる。

「大英帝国の政治(まつりごと)を預かる私としては、公の甥御には、もう一つの祖国に対しても、貢献して頂きたいと考えているのだがね」

 V.V.の口元が、微かに吊り上る。
 そのまま静かに頷くと、彼の本心を口にした。

「ボクとしても、そうなって貰いたいと思っているよ」
「いずれ時が来れば、そうして頂けよう」
「そうだねぇ……いずれ時が来れば、ね」

 互いの利害が一致している事を確認した両者は、小さく含み笑いを漏らす。
 一方は己の望みの為だけに、そしてもう一方は沈みゆく祖国を、再び世界帝国へと押し上げる為に、新たなる力の持ち主を、この国へと招聘する事で、意見を一致させた両者は、その為の策を練り始めるのだった。



―― 西暦一九九四年一月一日 バージニア州アーリントン・ペンタゴン ――



 一年の始まりのこの日。
 だが、ここ米国では日本の様に、国を挙げてのお祭り騒ぎなどしはしない。
 軽く新年の挨拶を済ませて、各々の仕事へとつく。
 それは此処、国防総省においても変わらなかった。

 世界中から届く各戦線の情勢を分析し、必要な対策を講じ、白い家へと報告を上げる。
 いつもと変わらぬ日常の業務を、今日も淡々とこなす者達の内の幾人かが、気になる情報を捉え、それを俎上へと載せていた。

 まな板の上に乗った要注意情報(ネタ)は、彼等にとっての東洋の同盟国において、昨年末のクリスマス・イヴに行われた某模擬戦。
 残念ながら直接的には映像データのみしか取れなかったが、それを補足出来るだけの情報は、彼の国における友人達から送られてきていた。
 それらを自国の専門家達に引き渡し、充分な検討を行った結果が、今この場にて各セクションのリーダー達へと伝えられていく。

「凄まじいな……コレは……」

 画像がやや荒い映像に映る白き騎士の異常とすら言える機動が、軍人達の眼を惹く中、それらを補足する説明が途切れる事無く続いていった。

「……慣性制御……」
「実際の映像が無ければ、クリスマスの酔いがまだ醒めてないのかと怒鳴りつけるところだな……」

 呆れとも戸惑いとも取れる呟きが、随所で零れ落ちる中、明らかに従来の戦術機の常識から大きく外れたソレを注視する者達が論議が重ねていく。

「……あの異常な機動もだが、それ以上に気になるのは高周波ブレードの方だ」
「『黒い亡霊(ブラック・ファントム)』ですか?」

 先年より各地の戦場に出没し始めた所属不明の戦術機(アンノウン)――通称『黒い亡霊(ブラック・ファントム)』。
 その装備品と目される未知の近接戦用兵装にも、同系統と目される装備があった事を幾人かが気付き、互いに顔を見合わせた。

 スワラージ作戦の終盤、ALV隷下のA−01連隊より、G元素を奪取した際にも現れた『黒い亡霊(ブラック・ファントム)』。
 G元素こそ確保出来たものの画竜点睛を欠いた結果に、渋い顔を浮かべた者も少なくは無い。

 ――もっとも、お偉いさんにはそんな事は関係ないらしく、G元素の確保、それも国連に報告する必要の無い『存在しないG元素』が手に入った事が余程嬉しかったのか、当時の特殊部隊の長が極秘任務から引退し、古巣の海軍に復帰するにあたり、ボーナスとして時間差を付けた二階級の昇進を約束した上、戦術機母艦の艦長職まで与える喜び様だったが――

 まあ何はともあれ、妙な符合に思い至った参加者達は、そのままその思考を発展させた。
 そしてその延長線上で、『慣性制御=新たなG元素由来技術』ではないかとの疑念を抱くのは、ある意味自然な思考の展開でもある。

「……G元素が、まだ残っていたというのか?」
「かなり切迫した状況であったのは、報告からも分かっています。
 見逃しがあった可能性を否定するのは難しいかと……」

 もしそうなら、これはかなり拙い事となる。
 G元素が合衆国以外の者の手に渡るのは、なんとしても防がねばならず、百歩譲ったとしてもその所在と用途は、完全に把握しておかねばならなかったからだ。

 場の空気が、未確認のG元素が存在する可能性と、それが合衆国以外の手の内にある可能性を見出し、かすかに険しさを増していく。
 そんな剣呑な空気の中、この可能性に気付き蠢動を開始する危険性のある因子へと論議の的が移っていった。

「セラウィクの借家人共の動向はどうだ?」
「情報自体は手に入れているでしょうな。 日本は、先の大戦以前から、情報関連の脇が甘いですから……
 ……ただ、あまり気にする必要はありますまい。
 連中は昨年の事件の後始末に大わらわで、こちらに首を突っ込む余裕は無いものと判断しています」

 議長の質問に、セラウィクの借家人こと、現ソ連指導部の動向を監視しているセクションの長が皮肉交じりに応えた。
 当時の事を思い出した一同の内にも、失笑の輪が広がっていく。

 昨年、国家の面子を賭けて遂行していた『第三計画』において計画の中枢を為す人工ESP発現体の研究施設が何者かに急襲され、ほぼ壊滅的な打撃を被った事件は、ソ連の必死の隠蔽工作も虚しく、彼らには筒抜けとなっていた。

 当時、施設内にて育成されていた人工EPS発現体達と研究に当たっていた科学者達は悉く消息を断ち、施設自体も徹底的に破壊された上に、ご丁寧にも火を放たれて残骸すら焼き尽くされる始末。
 襲撃時、運良く何らかの理由で施設を離れていた者や、人工ESP発現体達の中でも特に優秀とされ、別施設にて特別な育成を受けていた者を除き、ALVの成果の悉くが消滅の憂き目にあったのだった。
 結果、『第三計画』は完全に死に体となり、次計画への移行は不可避となった今、セラウィクの借家人達は、なんとか自分達の面子を守れる形で着地点を決める事だけに心血を注いでおり、それ以外の事に割く余力を喪っていると言っても過言ではない。

 出席者の脳内で、セラウィクの連中の顔に、問題無しの判子が押されていく中、もう一つの危険因子――統一中華の動静に目を配るセクションの者が挙手して発言を求めた。

「大陸の連中にも、さほど注意を払う必要は無いでしょう。
 いつも通り販売が開始された時点で、剽窃(リバースエンジニアリング)し、独自開発技術と称して利益を掠め取る程度の事しか考えておらんでしょうからな」

 そう言って肩を竦めて見せる男に、不謹慎を咎める声の代わりに、同意を告げる声がさざめく様に向けられる。
 これまでの前科から鑑みた彼の意見に、反論が起こる事は無かった。
 そしてその程度の事であれば、彼らが目くじらを立てる事も無い。
 なにより、もしアレが、G元素由来技術であるならば、おおっぴらに売り出せる類いのものである筈も無し、ならば強欲な大陸人の皮算用が無駄になるだけの事。

 そう判断を下した面々は、危険因子達の蠢動を、当面は気に病む事は無いと割り切ると、今度は別の視点から問題への対応を考え出す。

 まず優先すべきなのは、アレが本当にG元素由来技術なのかどうかの切り分けだ。

 その結果次第で、対応の手順や優先度が大きく変化する事を理解し切っていた面々は、米国が擁するG元素研究機関に対し、G元素を利用した慣性制御技術の可能性について検討を指示する事を決定し、併せて、国内からの情報流出の可能性も潰しに掛かる。

 まず、最も疑うべきなのは……

「MD社辺りから、なんらかの情報が流れたと?」
「HI−MAERF計画の推進過程で、切り捨てられた可能性を拾い上げた成果……というストーリーもゼロではありません」

 国防に関し、彼らが手を抜く事は無かった。
 あらゆる可能性を検討し、そして危険な要素を徹底的に潰していく。
 例えそれが、身内である米国企業であろうと例外とは成り得ないのだ。

「よかろうMD社と枢木工業を結ぶラインの調査から始めよう。それと……」
「それと?」

 議長の顔に、意味深な笑みが浮かんだ。
 情報の流出元が特定できない場合すら考え、その先の対応を口にする。

「これほど優れた技術を持つ企業には、相応に恵まれた環境が与えられるべきではないかね?」
「……成る程、確かに伝え聞く所、日本帝国内では御世辞にも優遇されているとは言えないらしいですからな」

 流出元が特定出来ずとも、流出したと思われる情報とその成果そのものを押さえる事を提案する男に、周囲のスタッフもその意を汲んで同意を示した。
 その中の一人、日本帝国の情報を取りまとめているメンバーの一人が、皮肉気に口元を歪めて補足する。

「CEOは英国人との混血(ハーフ)、幹部にも国外の人間が多い事が、気に食わない理由の様ですが、愚かしい事ですよ」

 そう言って嘲笑を浮かべる男に、議長は大仰な仕草で応じながら、憐れむ様な口調で応じた。

「我が自由の国(ステイツ)ならば、その様な差別など無いものを……実に惜しむべき事だな」
「全くです」

 含みを込めた呟きに、同意する声が随所で起きる。
 そして祖国の安寧を守るべく、彼等もまた動き出すのだった。



―― 西暦一九九四年一月十二日 帝都・枢木邸 ――



 この日、枢木邸は一人の来訪者を迎えていた。
 時刻は午前十時、この家に入り浸っている次期当主の小さな許嫁も、学校で勉学に励んでいる時間帯を指定された来訪者は、ほぼ時間ぴったりに現れると、家人の導きに従い応接室へと通される。
 そこで既に待ち構えていたこの家の主へと会釈をした来訪者は、着ていたコートを脱いで脇に置くと、その対面のソファへと腰かけた。
 対峙する者の心の奥底まで見抜く様な鋭い視線が、来訪者へと注がれる。

「久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりですね。
 もっとも私としては、もう少し早くお会いしたかったのですがね」

 あの模擬戦の情報に接し、即日面会を申し込みながら、今日まで待たされた事を言外に当て擦る来訪者ことフランク・ハイネマン。
 いつも通りの作り笑いを貼り付けたままの彼と向かい合いながら、ルルーシュは皮肉気な笑みを形作った。

「会う前に、調べねばならぬ事があったのでな。
 悪いが、その調べが着くまで、先延ばしにさせて頂いた」
「……調べねばならぬ事……ですか?」

 それは予想外の一言だったのか、ハイネマンの反応に一拍の間が生じた。
 自身が質問者の立場にあると思っていた彼にとって、質問される側に立つ事は想定していなかったらしく、珍しくも戸惑いの色が僅かに覗く。
 そんな彼の前に、ポンと一枚の写真が放り出された。

「これは……」

 男の眉間に深い皺が寄った。

 意味が分からなかったのではない。
 見覚えが無かった訳でもない。
 同じ物を彼自身が持っているのだから……

 若き日の彼と、縁あって知り合った二人の日本人、そして彼が唯一認めていた部下の女性が写ったソレを、しばし睨みつけていたハイネマンの表情が徐々に険しくなっていく。
 やがて卓上から持ち上げられた視線には、この男には珍しい生の感情が滲んでいた。
 対して、他人に触れられたくない古傷に、触れられた者特有の怒気を孕んだソレと相対しながら、眉一つ動かす事無く少年は淡々と先を続ける。

「こちらがネガだ。
 篁中佐の遺品である懐中時計の中に忍ばせてあった」

 そう言いながら形良い指先に、小さなネガを挟んで示す。
 ハイネマンの喉を、深い溜息が通り過ぎていった。

「……古い物ですな。
 そう、もうずっと昔の……」

 観念した表情で、囁く様な小声で呟く。
 面会前に調べておく必要が有った事――その内容を聞かずして悟ったハイネマンは諦念を滲ませながらルルーシュを見詰めた。

 誇るでもなく、嘲るでもない、静謐な表情でそれを受け止めた少年は、淡々とした口調でただ事実のみを告げる。

「調べられる限りは調べ上げた。
 もっとも巌谷少佐には尋ねていないがな」

 硬くなっていた男の相好がわずかに崩れた。
 言外の意味を汲み取り、苦笑混じりに同意する。

「それが賢明でしょうね。
 エイジは、こういう隠し事には向いていない」
「成る程、だから貴方も、彼には何も告げなかったのか?」

 当人が聞いたら顔を顰めそうな会話を交わしつつ、互いに相手の心底を探る二人。
 年嵩の方が、負けを認めた顔付きになると、溜息混じりに切り出した。

「……それは良いでしょう。
 で、これを私に突き付けてどうしろと?」

 ――もう既に全て御存じなのでしょう?

 自分達の過去を勝手に穿り出された事に、微かな非難を込めながらそう問う男に、ルルーシュは、どこまでも平静な口調で切り返す。

「篁中佐の遺児である唯依は、オレの婚約者でもある。
 知らないで済ませておくには、やや問題のある事だと思うが?」

 調べ上げた限りの事実を繋ぎ合わせれば、お家騒動の種とも成りかねない。
 特に幼くして当主の座に祭り上げられた唯依にとっては、事が表沙汰になれば大打撃になりかねないスキャンダルでもあった。

 それを避ける為にも、ありのままの事実を、可能な限り正確に把握しておく必要があると判断した少年は、躊躇する事無く切り込んで来る。

 ハイネマンは、苦々しそうな吐息を漏らした。

「……調べ上げているのでしょう?
 なら、私にまで聞く必要性はないのでは?」
「あくまでも周囲から情報を集めただけだ。
 当事者からの話を、訊かずに済ませる訳にもいくまいよ」

 余り話したくは無いと、言葉には出さずに告げる男に、少年は容赦なく詰め寄った。
 昔の事を蒸し返すつもりは更々ないが、可愛い妹分が妙な騒動に巻き込まれる事を許容するつもりも無い彼は、可能な限り正確な事態の把握のみを優先する。

 対して、相手の論に理がある事を理解したハイネマンは、暫し逡巡した後、重そうに口を開いた。

「仕方ありませんな……ですが……」
「分かっている。
 当時何があったのかを、はっきりとさせておきたいだけだ。
 必要に迫られない限り、オレがこの件について口外する事は無い」

 その為に、わざわざ人払をしたのだと、軽く周囲に視線を向ける事で示した。
 それに対し、用意周到な事でと、かすかな皮肉を漏らしながら、一つ溜息を吐いたハイネマンは、数瞬、過去に思いを馳せる表情を浮かべると、静かに目を瞑り、そして語り出す。

「……あれはそう、一九七六年から始まった曙計画が発端でした」

 遠き日のほろ苦い記憶を掘り起こしながら、彼の独白が静かに始まった。






 どうもねむり猫Mk3です。

 これで『白山吹』に関する小話はお終い。
 最後のエピは、ゲームで設定を確認した上での追加ですが。
 ただ、懐中時計の中にネガというのは、本作独自のネタなので原作にはありませんからご注意を

 色々と動き出す周り。
 これからもルルーシュと唯依の周りは騒がしくなりそうです。
 はてさて、どうなります事やら?
 などと言いつつ、今回はこれにて

 ではでは





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