Muv-Luv Alternative The end of the idle


お年玉SS


〜 胡蝶の夢 〜






――胡蝶の夢――

 昔、蝶になる夢を見た男が居た。
 目覚めて後、男は不意に不安になる。

 人が蝶になる夢を見ただけなのか?
 それとも、今が夢で、蝶が人になる夢を見ているだけなのか?

 ――と。





 ならば、この幸せは現実か?
 それとも絶望の中で見るホンの一時の優しい夢なのか?



 まどろむ少女は、泡沫の時の中、小さな声で、そう呟いた。





■□■□■□■□■□





 降りしきる桜の花のベールの向こうで、互いに柄杓を打ち合わせながら、朗らかに笑う男達が垣間見えた。
 舞い散る花に遮られ、蜃気楼のようなおぼろげな光景。
 だが、望んでいた物を、ようやく見れた少女の顔には、淡い笑みが浮かんだ。

「父様……叔父様……良かった」

 和解する父親達を遠目に眺め、篁唯依は、ホッと胸を撫で下ろした。
 そんな彼女の頭上から、この場を演出してくれた人の聞き慣れた慕わしい声が降ってくる。

「これで巌谷中佐(●●)も、心残りが無くなるだろう」
「えっ?」

 慕わしく、愛おしい人の声。
 なのに微かな違和感が、彼女の胸を刺した。

 ――巌谷『中佐』?
 ――違う、『あの時』の叔父様は、まだ少佐だった。
 ――それに何より、『あの時』、兄様はそんな事は言わなかった。
 ――ただ黙って、喜ぶ唯依の頭を撫でてくれて、それだけで『私』は、充分、幸せで……
 ――いや、待て!? 『あの時』とは、そもそも……

 ハッとして、顔を上げる。
 だが降り注ぐ陽の光と降りしきる桜の花びらに遮られ、すぐそこに立っている筈の最愛の人の顔は見えなかった。
 小さな胸中に、ムクムクと入道雲の様に膨れ上がる黒い不安。
 思わず、それを振り払うが如く、頭を振り、視線を変えた彼女の眼には、独り寂し気に杯を傾ける巌谷だけが映った。

「父様?」

 思わず揺らぐ視線。
 大事な父を探し、忙しなく動く少女の眼。
 それを嘲笑うかの様に一陣の風が吹く。

 空を舞う花びらと、地に落ちた花びら。
 それらが一斉に舞い上がり、唯依の視界を桜一色で染め上げた。
 塞がれた視界の中、どうしようもない程の不安が、彼女の胸を締め付ける。
 救いを求める様に、兄へと伸ばされた手が、空しく虚空を切った。

「兄様!?」

 弾かれる様な勢いで、少女は振り返る。
 だが、そこには誰も居なかった。
 誰も、誰も……

「叔母様!
 咲世子さん!」

 再び、桜吹雪が吹き付ける。
 背に届く黒髪を揺らし、トレードマークである白い飾り布(リボン)で結った一房も不安げに揺れた。

「ジェレミアさん……セシルさん………ロイド……さん……」

 徐々に小さくなっていく声。
 か細く頼りなく消え入る様なソレを、それでも必死に搾り出す唯依の双眸に、ジワリと光る物が滲む。
 迷子になった幼子の様に、幼く未成熟な身体が震える中、必死に周囲へと走らされていた視線が、一つの影を捉えた。

「あっ!?」

 遠く霞み、性別も年齢も定かではない黒い影。
 だが唯依は、それが誰なのかを直感的に理解する。

 理解して、その瞬間、駆け出した。

 着物の裾を踏み、転びかけながらも、必死に体勢を立て直して走る。
 ただひたすらに、その人影までが消えてしまう前に辿り着こうと……

 そんな唯依の必死な思いが実ったのか、人影は消える事無く、彼女は無事その下へと辿り着いた。
 俯く兄の姿に、喜色を浮かべながら、恐怖に震えていた身で縋りつく。
 少女は、服越しに伝わる温もりと兄の匂いに安堵しながら、その胸に顔を埋めて必死に訴えた。

「兄様、兄様!
 みんな、みんながっ!」

 わずかに血色を取り戻した青褪めた顔で、明瞭な言葉の組み立てすらままならぬまま、それでも一生懸命に異常事態を伝えようとする。
 兄なら、この人なら、どんな事でも、きっと何とかしてくれると信じて………

 ………だが……

「あ?」

 縋りついた筈の人が、逆に力なく崩れ落ち、唯依へと寄りかかって来た。
 思わぬ事態に、一瞬で真っ赤になった唯依であったが、それでも倒れ掛かる兄の胸元に寄り添って必死に支える。

「兄様!」

 ズルリッと人形の様に力なく弛緩した兄の体。
 その身が、十代前半の少年から二十代前半と思われる青年のソレに変わっている事も、それを支える自分自身も、十歳そこそこの少女から、十代後半の容姿へと変わっている事すら気付く余裕が無い。

 かつて望んだ通り、女なら誰でも羨む様な美麗な肢体は、つくべき場所は豊潤に実り、それ以外は、ほっそりと引き締まっているという奇蹟の様なバランスを形作っていた。

 すれ違う者全てを振り返らせる凛然とした美貌と蟲惑的なプロポーションを併せ持つ美女。

 彼女が、恋焦がれる人の隣に立つ為に、必死で磨き上げた成果の結実すらも、今の唯依にとっては何の意味も無かった。

 ただ混乱し、動揺し、我を忘れながらも、それでも必死にルルーシュを支え続ける。
 そうやって懸命に兄を支える少女の手が、兎に角、その身を横たえようと、その背に回され――ヌルリと滑った。

「えっ?」

 何とも不快で不吉な感触が、手の平に残る。

 いつの間にか、その身に纏っていた零式衛士強化装備。
 その保護皮膜越しにすら、染み入るような感触と熱が伝わってくる。

 同時に鼻腔を刺す忌まわしい匂い。
 錆びた鉄の臭いが、唯依の顔面から完全に血の気を喪わせた。

「――――」

 声が出なかった。
 全身から全ての力が抜けて行く。
 もはや兄の身を支える事すら出来ず、そのまま一緒に尻餅を着いた唯依の視線が、グッタリとして動かない兄の肩越しに、その背へと注がれた。

「――っ!?」

 密かに自慢だった愛しい人と同じ紫の瞳が、これ以上無い程、見開かれた。
 見開かれ、そして見せつけらる。

 真っ赤に染まったその背には、複数の傷痕が穿たれていた。
 そこから絶え間なく流れ出る赤い液体。

 それは、いつか見た惨劇の再生――

「あ……ああぁ……あああああぁぁアアァ………」

 今まで出なかった声が出た。
 狂気と悲哀、そして絶望に塗れた声が。

 己の意思を裏切って、ブルブルと痙攣する彼女の手が上がる。
 見てはいけない――心中で上がる悲鳴混じりの叫びを無視し、それは高々と掲げられた。

 ――真っ赤に染まった手の平。
 ――最愛の人の血で、染め上げられた紅い赤い朱い手。
 ――彼女にとっての絶望の象徴。

 ソレを目の当たりにした瞬間、唯依の喉から絶叫が迸った。





■□■□■□■□■□





「いややぁぁぁぁっ!!」

 闇をつんざく絶叫が、室内に木霊する。
 同時に跳ね起きた優美な肢体は、ぐっしょりと冷たい汗に濡れたまま瘧でも起こしたかのように激しく震えていた。

 そのまま十分以上は、ただただ震えていた唯依も、意識が覚醒していくに伴い、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「はっははぁ、はっ……はぁ………ゆ、夢か……」

 荒い呼吸の下、それでも平静に近づいたのか、呟きと共に安堵の吐息が漏れた。

 アレは、過ぎし日の悪夢。
 絶望に沈み、心を凍らせて生きていた日々の残滓。
 そして、もう終わった過去の出来事。

 自分自身にそう言い聞かせながら、無意識の内に、右手が脇へと伸びる。
 そこに居る筈の人へ縋りつく様に。
 悪夢の残滓を振り払う為に。

 ――だが。

「っ!?」

 白い手は空を薙いだ。
 何も触れる事無く、スッと通り過ぎる手の感触に、思わず振り向いた唯依の双眸が、限界まで見開かれる。

「……あ……ああ…あ?」

 ソコには、誰も居なかった。
 薄闇に慣れた眼も、何も、誰も映し出さない。

 広い和室の中央に敷かれた床に居るのは彼女だけ。
 今宵も、幾度と無く愛し合い、求め合い、至福の歓びに包まれて一緒に眠りに着いた筈の最愛の人は、何処にも居なかった。

 体が震える。
 呼吸が浅く、荒くなった。

 歯の根が合わぬほどガチガチと音が鳴る。
 心臓の鼓動が、イヤになるほど激しく響いた。

 全身から粘つく冷たい汗が滲み出す。
 身体が、心が、氷の様に冷え切っていくのを唯依は感じていた。

『夢……どちらが、夢?』

 全て終わった筈だった。
 全て終わって、ようやく一人の女として、幸福を得た筈だった。

 ……だが、本当に今は二〇〇二年の春なのか?
 恋焦がれた人と、誰憚る事無く触れ合い、睦み合える時が来たというのは、本当に現実だったのか?

 全ては―――

『私は起きているのか? 眠っているのか?
 それとも、今までの事が夢で……これが現実?』

 ―――夢だったのだろうか?

 そんな疑惑が、彼女の胸中を黒く塗り潰す。
 全てが、絶望の中で見た優しい夢に過ぎなかったのではないか、と。

「……にい…さまぁ……に…い………さ…まぁぁ……」

 心細げな少女の声が、薄闇の中響く。
 道に迷い、疲れ果てた迷子の様に、力無い声が、空しく消えていった。

『いやだ、嫌だ、イヤダ………』

 震える我と我が身を、唯依は抱きしめた。
 零れそうになる苦悶の呻きを、必死で噛み殺す。
 少しでも、それが零れれば、あの絶望の日々に再び取り込まれてしまう様な錯覚に、彼女自身はガッチリと捕らえていた。

『ああ……アァ……一人は、イヤ……一人は嫌………もう、一人はいやなの……』

 きつく閉ざされた眦から、ジワリと光る物が滲んだ。
 普段の彼女を知る者なら、我が目を疑うであろう光景。
 如何なる危地も、苦難も、毅然として乗り越えてきた筈の篁唯依が、恐怖に怯え震え、溢れ出る涙をポロポロと零していく。

 一度喪い、絶望に塗れ、そして奇蹟的に取り戻した筈の幸福。
 それが泡沫の夢に過ぎなかったかもしれないという恐怖が、唯依から全てを奪い取って行く。

 篁家当主としての気高い矜持も、斯衛の猛者としての勇気と忠誠も、その他全てを剥ぎ取られ、毟られて、最後に残ったものは唯一つ。

「……兄様ぁぁ………」

 ただ一人の少女。
 篁唯依として、素のままの声と顔で、彼女は泣いた。
 救いを求めて……

 その時、不意に室内に一陣の風が吹いた。
 薄闇の中、唯依の視界を白い何かが過ぎる。

 思わず伸びた手の平に収まったのは――

「さ…くら?」

 一片の薄赤い花びらだった。





■□■□■□■□■□





 花びらを追い、香りに惹かれ、唯依は庭へとさ迷い出た。
 身に付けるのは桔梗をあしらった紫の夜着だけ。
 官能的なまでの肢体の線を、露にしている事すら忘れ、誘われるままに、或いは、何かに追い立てられるように、フラフラと歩を進めていった。

 見覚えの無い景色。
 いや、ゆっくりと鮮明に成りつつある記憶が、此処が吉野に設けられた山荘の一角である事を教えてくれた。

 唯依の脚に力が戻る。
 フラフラとした夢遊病者の様な頼りない足取りが、しっかりとしたモノとへ変わって行った。

 徐々に鮮烈になっていく桜の香り。
 風に舞う花びらもまた、少しずつ増えていく。

『そうだ、この先、これを越えれば……』

 敷地内の小高い丘を登り、頂へと到った唯依の眼下に、月光に輝く桜の林が映った。

 淡く香る桜の匂いと夜空に舞う薄赤い花びらに迎えられた唯依は、逸る心を抑えながら周囲を見回す。
 忙しなく動く紫の視線、それが不意にある一点で止まった。

 一際枝ぶりの良い桜の木の下、敷かれた赤い敷物の上にポツンと在る人影。
 それを視認した瞬間、唯依は駆け出していた。

 風になびく髪が、激しく乱れていく。
 緩んだ夜着の合わせ目から、たわわに実った胸が半ば露となり、乱れた裾からは、白く滑光る太股が覗く。

 普段の彼女なら、はしたなさの余り、真っ赤になって固まるであろう乱れ切った艶姿。
 だが、今の唯依の脳裏からは、そんな物はスッポリと抜け落ちていた。

 彼女の目に映り、その意識を独り占めするソレに、必死の想いで駆け寄り、そのまま抱きつく。

「兄様、兄様っ!
 ああぁぁ……兄様……兄様ぁ……」

 まるで狂った様に叫びながら、彼女は彼に縋りついた。
 そして引き離される事を恐れる様に、手を足を回してしっかりとしがみ付く。
 柔らかさとボリュームを兼ね備えた双丘が、押し付けられた胸板の上でムニュッと潰れ、白い手足が蛇の様にその身に絡みついた。
 一部の隙も無い程に、ピッタリとその身を合わせた唯依は、伝わる感触と温もりに、ようやく安堵の吐息を漏らす。

 一方、いきなり抱きつかれ、ピッタリと張り付かれたルルーシュは、突然の出来事に眼を白黒させてはいたものの未だ残る震えに何かを察したのか、優しくその身を抱き返した。
 更に高まった密着度に落ち着きを取り戻し、嬉しそうにその胸に顔を埋める唯依へと、静かな口調で問い掛ける。

「どうした、唯依?
 随分と懐かしい呼び方だが……」

 柔らかで良く通る声。
 聞く者全てを惹き付ける王の声が、狂乱の残滓を打ち鎮めた。

 思わず我に返った唯依は、直前までの自身の狂態を認識した瞬間、真っ赤になって硬直する。

『わ、私は何を!
 一人前の大人として、一人の女として見て貰う為に、頑張って呼び方を変えたのに……いや違う、そうじゃないだろう!?………な……なんという醜態を!』

 どう答えれば良いのか分からず混乱し口篭る。

「あ……いえ、これは……その……」

 狂女と思われても、反論しようの無い自身の行為を思い返すだけで、舌が上手く回らなくなった。
 グルグルと回る思考は、千々に乱れ、怜悧であった知性は空回りするだけ。

 ただアウアウと口篭る唯依を見るルルーシュの眼に、楽し気な、そして懐かしそうな色が浮かんだ。

「……まぁオレとしては、昔を思い出して懐かしくはあったが……」
「あ……っ!?」

 シャープな線を描く顎を捕らえ、そのまま上を向かせて唇を奪うと、突然の出来事に固まった唯依の中に彼の舌が潜り込んだ。

「む……うぅ……ふ……」

 重ねられた唇から、微かに漏れる声、いや、吐息が、程なくして甘いものへと変わっていった。
 硬直した唇を、舌を、喉を、優しく解きほぐす様に、青年の舌が動き、ゆっくりと唯依の口腔を侵略していく。
 やがて驚きに見開かれていた眼が、トロリと蕩け、静かに閉ざされた。
 それと共に、強張りが解けた唯依の舌が、おずおずとルルーシュの愛撫に応じてくる。
 互いの舌が絡み合い、吐息が混じり合った。
 交し合う唾液が溢れて互いの唇を濡らし、月光の下、テラテラと濡れた光を放つ。
 ささやかな睦み合いが暫し続き、やがて彼と彼女の唇がゆっくりと離れていった。

 互いを繋ぐ透明な糸が切れる。

 ルルーシュは、わずかに荒くなった息を整えながら、蕩け切った表情で己を見上げる唯依へと少し釘を刺した。

「……とはいえだ。
 今のオレ達の関係を考えれば、人前では慎んで欲しいぞ。
 昔を知らぬ連中に、オレに妙な願望があると、邪推されても困るのでな」

 今の唯依は、形式的には兎も角、実質的には、自身の妻として広く認識されていた。
 さすがに近親相姦願望があるなどと言われては聞こえが悪いし、そういった悪意のある曲解をワザとしたがる手合いも枚挙の暇が無い。
 正直なところ、正面きって、或いは搦め手であれ、仕掛けてくる相手なら幾らでも叩き潰せるが、ただ陰険な陰口を叩くだけの連中を根絶するのは、希代の謀略家である彼にしても困難だったのだ。

 如何に巨大な力を得ようが、所詮、人の口に戸は立てられない――のである。

 そんな世知辛い事情を勘案しつつも、彼は悪戯っぽく笑った。

「それとも、妹に戻りたいか?」

 挑発にも似たその言葉に、可愛らしく唯依の唇が尖る。

「……意地悪」

 ボソリと一言呟くと、今度は唯依から口づけた。
 啄ばむ様に唇を合わせ、互いの唇の感触を堪能する。
 密着する肢体が、無意識にその先を求めるように、青年の身体に擦り付けられた。

「戻れる筈が無いのに」

 昂ぶる呼吸を繋ぎながら呟き、そして再び口付ける。

「戻りたい訳が無いのに」

 離れた唇が艶めかしく喘ぎ、恨めしげな眼差しが、ルルーシュを睨んだ。

「そんな事、分かり切っているクセに……本当に、意地悪な人」

 妹としてではなく、女として愛される歓びと幸せ。
 その妙味(あじ)を知ってしまった今、もはや妹に戻れる筈も無かった。
 それを知り尽くした上で、からかって来る憎らしく、そして恋しい男に恨み言を投げる。

「本当に……意地悪だ……」
「スマンな」

 どこまでも真摯な眼差しが、唯依の胸を射抜く。
 鼓動が高鳴り、下腹部に重い熱と疼きが生まれた。
 続く言葉を求めるように、自身と同じ色の瞳を凝視する。
 そこに宿るモノを読み取り、唯依の全身がカァッと熱くなった。
 ダメ押しするようにルルーシュの声が、彼女の耳朶を打つ。

「お前の怒った顔、笑った顔、泣いた顔、喜んだ顔……その喜怒哀楽の全てを、オレのモノにしたい」

 ひどく自己中心的な告白。
 だがそれは、彼女の中の『女』を蕩かせ、熱く燃え立たせる。
 そんな自身を恥らうように、歓喜に震える声が、偽りの批難を口にした。

「欲張りだ……本当に……」
「以前、言ったろう?
 オレは、とても強欲なんだ、と」

 全てお見通し。
 そう言わんばかりの声と視線が、唯依を打つ。
 だが、打たれたはずの彼女の唇が艶やかな笑みを形作った。

「憶えている。
 でも、それは無意味だ……」

 微笑が漏れる。
 歓喜と不満の渦が、豊かな胸の奥底からヒタヒタと競り上がってきた。

 ――嗚呼、気付いていなかったのか。

 と、微かな優越感と不満足感が、唯依の胸中を満たし、そして溢れ出した。

「だって私は……唯依は、ずっと昔から貴方のモノなのだから」

 そう言うと、ルルーシュの右手を捕らえ、夜着の合わせ目から豊麗な肉球へと導く。
 蕩ける様な柔らかさが、彼の手の平の中に広がった。
 初めて触れた時に感じられた、未熟な芯のような感触は既に無い。
 大きな手の平から溢れ出るほど豊かで、絞れば甘い蜜が滴るような成熟しきった柔らかな肉だった。
 その瑞々しい果肉をたっぷりと詰め込んだ肉の果実は、吸い付くようなきめ細かさと、押せば弾き返す張り、そして何より燃えるような熱さを宿している。

 そして、その下から伝わる鼓動。
 早鐘の様に激しく打ち鳴らされるソレが、手の平を通し、はっきりと伝わってくる。

「んっ……あ……この身の全て、この魂の全て、全部、全部、ルルのモノ」

 そうなった。
 そう決まった。
 多分、きっと……

「……きっと、初めて会った時から……あっ……そうなるって決まっていた」

 恥じらいに頬染めながら、それでも必死に言葉を紡ぐ唯依に、ルルーシュの心も激しく揺らぐ。
 いつまでも失われぬ初々しい乙女の貌と艶やかな蟲惑を湛えた女の貌。
 それらを併せ持つ彼女の稀有なる魅力に、平静を装った青年の手の平にも僅かに力が篭る。
 胸元から広がった痺れる様な感覚、愛しい人から与えられた甘美な刺激に甘く喘ぎながら、唯依は艶然と微笑んだ。

 胸の頂にある突起が、ゆっくりと固くなっていくのを感じ、熱い吐息漏れる。
 淫らがましい己の媚態を自覚し、貞淑を旨とする武家の息女として死にたくなるような羞恥を、そして一人の女としては愛する男に身を委ねる深い悦びを、唯依は同時に感じていた。
 そんな二律背反(アンビヴァレンツ)する感情に、その身を震わせながら、ふわりと蕩けるような笑みを浮かべ唯依は宣言する。

「唯依はルルのモノ………だから、ルルは唯依のモノ」

 寄せた唇で囁きながら、耳翼を甘噛み、喉に口づけた。
 そのままゆっくりとした動きで下りながら、戦士として鍛え抜かれた胸板にチロチロと舌を這わす。

 少女であった頃の唯依なら、想像しただけでも真っ赤になって卒倒しそうな淫らな振る舞いを、女となった唯依は陶然と酔い痴れながら行っていた。
 乾きかけた汗の味、鼻腔を埋め尽くす男の匂い、それら全てを感じ取りながら、その身を摺り寄せ、甘える唯依の髪を、青年の手が優しく梳る。
 むずかる様に、じゃれ付く様に、身じろぐ柔らかな肢体を、軽く抱きしめながら、ルルーシュは、その耳元でそっと囁き返した。

「なんだ唯依も欲張りじゃないか?」

 弄うような、慈しむような、不思議な声。
 それに誘われるように唯依が、静かに顔を上げる。

「そう……私も強欲です」

 口調も、言葉遣いも変わった。
 篁の当主として、或いは軍人として、常に自身を厳しく律してきた象徴でもある堅苦しい語調が、ただ恋しい男に甘える女のそれへと移り変わっていく。

 そして呼び方さえも……

「欲張りで、淫らで、嫉妬深い……全部、兄様の所為……」

 そう言って立ち上がると、赤紫の帯を解き、白くほっそりとした肩を露にする。
 桔梗をあしらった薄紫の夜着が、陶器のように滑らかでシミ一つ無い肌の上を、スルリと滑り落ちていった。
 青白い月光の下、羞恥に紅潮し桜色に染まった裸身が浮かぶ。

 瑞々しい林檎の様に膨らんだ豊かな胸。
 そこから繋がる腰は、キュッと悩ましく括れ、白桃の様に白くふっくらとしたボリュームのある尻へと続く。
 肉感的でありながら引き締まった太股と滑らかな曲線を持つふくらはぎ、そして続くほっそりと締まった足首は、絶妙なまでの脚線美を描き出していた。

 彼自身の手で蕾をこじ開けられた麗華が、今その目の前で誇らしげに大輪の華を咲かせている光景に、ルルーシュも言葉を無くし、ただ見惚れる事しかできない。

「だから、誰にも渡さない」

 武家の妻女の心得も、家を残すという義務も、関係なかった。
 ただ愛しい人を独占したい。
 全てを自分だけのモノにしたかった。
 他人に分け与えられる恋など、所詮、薄っぺらな贋物としか思えない。
 例え、どれほど強欲と謗られ様が、誰にも渡したくはなかった。

 それだけが、何の偽りも無い、今の彼女を満たす想いの全て。

「どこにも行かせない」

 強烈な衝動が唯依を支配する。
 目の前に居る最愛の人が、夢の産物ではないと確かめたかった。
 己の中に、その存在を刻み付けて欲しかった。
 己自身を、この人の中に刻み付けたかった。
 強く、激しく、もう決して消えぬ様に。

 だから、もう一度告げる。
 その身に、その心に満ちる全てを込めて。

「兄様は、唯依だけの(ひと)です」

 桜色の肢体が、ゆっくりと青年へとのしかかり、そのまま二つの人影は絡み合いながら、降りしきる桜の海へと沈んでいった。







どうもねむり猫Mk3です。

ビター味の本編の口直しに、エロ甘なお話にする筈が、何故に?
まあ、後半はそうなっているので、ご勘弁を。

そして最後は独占欲全開の唯依姫。
まあ、原作でも妬きもち焼きっぽいので、いいのかなぁ?

微妙にトラウマも入ってますしね。


それではこれにて。





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