シオンとザッシュの激闘から1週間が過ぎた。

セイバーギルド・アークシティ支部。

支部長室に、ルカ、クライス、ランが集まっていた。

彼らは深刻な顔をしていた。

遠方に赴いたセイバー達は帰還した。

―――1人を除いて。

「おかしいねぇ。アスターはどうしたんだろうねぇ?」

「確かに、あいつはよくトラブルに遭う奴だが……何の連絡も無いのは不自然だ」

「……いくらなんでも1週間は遅過ぎる気がしますね」

遠方に赴いたセイバーの1人、アスターが未だに帰還していない。

アスター―――本名、アスター・ラインバッツ。

出身はここ、アークシティ。

年齢は今年19歳になったばかり。

生来からトラブルに見舞われやすい男で、彼がセイバーになったのはあるトラブルに巻き込まれた際、クライスに救われた事が切欠である。

彼は恩人のクライスに恩返しをしたいからセイバーになったというが、クライスとしてはそんな安直な理由でセイバーを志した事に怒鳴り声を上げた。

セイバーは命の危険がある仕事。

犯罪者との交戦で、殉職する事だってあり得るのだ。

しかし、アスターは反対を押し切った。

真面目に鍛錬に励み、昨年にはBクラスのセイバーに昇格した。

僅か3年足らずでBランクまで昇格するセイバーは稀である。

トラブルに巻き込まれやすいという不運の持ち主だが、ギルドでも期待の若手だ。

クライスも反対した手前素直になれないが、アスターの成長に期待している1人である。

「アスターが最後に寄ったのは?」

「大陸北方、雪山区域の町アイシクルタウンです」

「あの地方は、年中雪が降る寒冷地帯だ。まさか、遭難したんじゃあるまいな」

「いや、それは無いね。アイシクルタウンは交通の不便さから、数年前に猛吹雪にも耐えられる特殊飛行船を開発して、簡素だが空港も作られてる。アスターがそれを利用しない筈がないだろう?」

ルカの指摘に、何も言えなくなるクライス。

飛行船は大陸間の移動の要。

大陸の北から中央のアークシティまでは、1日も掛からず到着出来る。

こうなると、考えられる答えは―――何かよからぬ事態に遭遇したとしか思えない。

「これは、誰かが捜索に行くべきだろうね」

「そうですね。でも、この間のテロの事を考えるとあまり大人数では―――」

「俺が行こう」

即答したのは―――クライス。

ルカもランもやはりと、一笑した。

何だかんだいって、心配なのだろう。

「それと、連れて行きたい男がいる。そいつだけで十分だ」

「2人だけでいいのかい?」

「ああ、奴―――シオン・ディアスを連れて行く」










西区。

シオンは、街をブラブラ歩いていた。

ザッシュとの戦いで受けた傷は浅かったので、特に出歩いても問題は無い。

……というか、怪我をした次の日には既に雑貨屋のところに行ったワケだが。

ここ1週間は街の近辺に潜伏する犯罪者の捜索、あるいは捕縛に勤しんでいた。

時には単独、時にはチームを組んで。

だが、まだ新参者の自分に他のメンバーは馴染んでくれない様だ。

まぁ、人殺しだと宣言したのだから当然かもしれないが。

本日は仕事を入れずに、街を散策。

時折、街ゆく人に自分の事を尋ねたりするが、今のところ記憶に関する手掛かりは無い。

やはり、おかしいと思ってしまう。

記憶喪失とはいえ、あまりにも分からない事だらけだ。

社会の仕組みに関する知識があまりにも欠落している。

町の名前を本で読んでも、頭にピンと来るものが無い。

自分は、一体何処に住んでいたのだろう。

色々と考えて歩いていると―――黒い髪が目に映った。

長い黒髪の少女。

その顔に見覚えがあった。

黒ポニーこと、リナ・クドウだ。

いつもと違って、ポニーテールではない。

髪を下ろして、髪留めらしき物を付けている。

それに、何やら見慣れない格好をしている。

話し掛けるべきか。

あいつは自分を敵視しているし。

まぁ、街中でばったり会ったくらいじゃ少し嫌味を言う位だろう。

話してみよう。

「黒ポニーじゃないか。今日は随分と変わった格好をしてるな」

「え?」

「結構似合うな。まるで何処かのお嬢様―――」

「あの……どちら様でしょうか?」

ビシッと、まるで石像の様に固まる赤髪。

リナと思われる少女は、キョトンとした顔でこちらを見ている。

頭が混乱する。

どちら様?

自分を知らない?

まさか―――こいつも記憶喪失に?

いや、それ以前に―――。

「あの、どうかなさいましたか?どこか、御身体の具合が優れないのでは……」

ありえん。

黒ポニーの言葉遣いが丁寧過ぎる。

というよりも、自分を心配してくれている。

ありえない異常事態に、シオンは―――。

「がはぁッ!」

吐血した(笑)。

口から流れる血。

赤髪は地面に倒れる。

突然の事態にヒッと声を上げる黒髪少女。

その可愛らしい悲鳴に、シオンがますます吐血する。

「く、黒ポニー。お前、何か悪い物でも食べたのか?」

「え、あの……」

「た、頼む、元に戻ってくれ。お前はまともになったら、この世の終わりかも―――」

「どーいう意味じゃコラァァァァァァァァァ!!」

天空から聞こえてくる声。

近くの屋根の上に、人影が1つ。

人影が屋根から飛び降りた。

落下してくるのは―――黒ポニーこと、リナ。

奴が―――2人いる!?

黒ポニーの落下地点は、勿論赤髪の上。

鈍い音と共に、彼女の両足が倒れている赤髪の背中に叩き込まれる。

「ぬぐぉぉぉぉぉぉ……」

「ったく、好き放題言ってくれんじゃない」

「ど、どういう事だ?何故、お前が2人も―――」

「姉様!」

黒髪少女がリナの元に駆け寄る。

―――今、何と言った?

自分の聞き間違いだろうか。

耳が詰まっていなければ、確かに彼女はこう言った。

姉様、と。

黒ポニーに対して。

「リサ、駄目じゃない。こんなアホと会話しちゃ」

「いえ、ただ話し掛けられたんですけど……姉様のお知り合いなんですか?」

「あーそういえば、あんた武器壊した事でサヤ姉とジジイにお説教受けた上に、罰として鍛錬させられてたから、こいつとは初対面なんだっけ?」

「え?それでは、この方が新しくセイバーに入ったという?」

「おい、黒ポニー。まさか、その少女はお前の―――」

「双子の妹だけど?あたしと同じく、ギルド所属のセイバーよ」

―――馬鹿な。

こいつの妹だと。

ありえない、そんな筈が無い。

確かに黒髪と顔立ちは瓜二つだ。

しかし、決定的な違いがある。

妹―――彼女にはお淑やかさがある。

とてもじゃないが、あのじゃじゃ馬と姉妹とは思えなかった。

「まさか―――お前は突然変異でそんな性格に!?」

「あの世逝き決定じゃぁぁぁぁぁぁぁ!今すぐ息の根止めてくれるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「姉様、落ち着いて下さい!」

「問答無用……」

「―――リナ」

赤髪に襲い掛かろうとした黒ポニー。

しかし、突如背後から聞こえてきた声に静止する。

双子の妹のリサの声ではない。

黒ポニーの様子がおかしい。

物凄い汗を流している。

顔面は蒼白で、今にも倒れそうだ。

おそるおそる振り返る黒ポニー。

そこには1人の女性が立っていた。

リサと同じ様な服装をして、長い黒髪を先の方だけ髪紐で結んでいる。

年齢はシオンより少し下くらい―――20歳をいくつか越えたくらいか。

仏頂面だが美人だ。

「さ、さささサヤ姉!?」

「―――サヤ姉?」

「い、いえ、サヤ姉様!どうして、ここに!?」

明らかに動揺している黒ポニー。

どうやら目の前の女性に恐怖を抱いている様だ。

彼女があんなに慌てる姿は見た事が無い。

姉―――ということは、あの女性も黒ポニーとは姉妹なのか。

何だか厳しい雰囲気を纏っている。

若いのに、厳格そうな女性だ。

おそらくは、彼女が一番上の姉なのだろう。

しかし、それ以上に―――彼女には隙が少ない。

何かしらの武術を修めている達人だと、見ただけで理解出来る。

「少し街をお散歩していたのです。それよりも、こんな人様の多い道の真ん中で、何を騒いでいるのですか?」

「え、え〜と、その……」

「しかも、見知らぬ殿方に危害を加えるとは……お灸をすえる必要がありますね」

「ヒィィィィィィィッ!」

震える黒ポニー。

……蹴られてなんだが、可哀想な気がしてきた。

色々と嫌われているが、黒ポニーにはセイバー就職を紹介された恩がある。

とりあえず、助け舟を出してやろう。

「サヤ―――だったか、そいつを責めないでくれ。おそらく、俺がリサという娘に話し掛けていたから、不審者か何かと勘違いして攻撃したんだろう」

「……そうなのですか?」

サヤはリナに問い詰める。

シオンは目でリナに合図する。

意味は、話を合わせろ―――というものに違いない。

危機的状況を迎えていたリナは、その合図に気付いて誤魔化す。

「そ、そうなんです姉様!リサに変な男が近付いて―――」

「誤魔化さないで下さい。彼が新しく入ったセイバーである事は、リックスさんから聞いています」

完全に固まるリナ。

絶望という表現が似合う表情。

シオンは―――合掌していた。

すまん、力になれなくてという意味を込めて。

サヤはリナの首根っこを掴んで、路地裏へと連れて行く。

この後、約30分ほど路地裏から黒ポニーの悲鳴が聞こえた。










西区のとある一角。

そこに、大きな敷地を持つ屋敷がある。

リナ達三姉妹の実家である。

妹の不始末を詫びた長女サヤに招待され、シオンは屋敷へと足を運んでいた。

長女サヤを先頭に、シオン(+リナ)、リサという順で歩いている。

ちなみに、黒ポニーはシオンが背負っている。

姉に何をされたかは知らないが、ぐったりとした顔で気絶している。

門をくぐって、シオンは色々と困惑した。

玄関らしき場所には、何人ものお手伝いさんが集まっている。

更には、手入れの行き届いた庭園や池なども見られる。

あの黒ポニー、信じ難い事にかなりのお嬢様の様だ。

しかし、随分と変わった建物だ。

西区の他の建物とはかなり造りが違う気がする。

「この屋敷といい、あんたや一番下の妹の格好といい、随分独特なものだな」

「はい、クドウ家は元々極東諸島の出身ですから」

「極東諸島?」

「大陸の東に浮かぶ島々です。曽祖父がそこの武門の名家の生まれで、80年ほど前に大陸に渡って来たのです。私やリサが着ているのは袴と呼ばれる物、極東諸島の民族衣装の1つです」

「なるほど、見慣れない服なワケだ。武術の家系という事は、あれは武術道場か?」

シオンの視線の先―――屋敷の東の位置にある建物。

そこからは、何か大きな音と気合の入った声が聞こえてくる。

音からして何らの武器による打ち合い。

あるいは組み手の類か。

「はい、クドウ流の武術を習いに来る門下生で賑わっています」

「ふむ……ところでこいつはどうすればいい?」

「ああ、ご心配なく」

こいつ―――言うまでも無く、背中で眠っている黒ポニーだ。

サヤはむんずと妹を掴む。

そして、そのまま歩いていく。

その先にあるのは池。

何をするか、察するシオン。

オロオロするリサ。

池の前に立つサヤ。

彼女は何の躊躇も無く、妹を池に放り込んだ。

激しい水音。

と、同時に―――。

「ぶふぁっ!?な、何事ぉぉぉぉぉぉ!!」

「煩い、静かになさい」

「サヤ姉様!いきなり、なんて事―――」

「静かになさいと言ったのが聞こえなかったのですか……?」

「は、はひ!」

口答えする妹を威圧する長女。

ガタガタ震える黒ポニー。

何だか、普段の黒ポニーとオレンジ頭のやり取りを思い出す。

ひょっとしたら、彼女のオレンジ頭に対する仕打ちは姉に対する鬱憤を晴らす為ではなかろうか。

いや、絶対にそうだと思う。

「―――!」

急に背後に気配を感じた。

後方に障壁を作り、攻撃を防ぐ。

が、障壁に罅が入った。

障壁に当たったのは、竹刀。

竹刀には相当の意力が込められている。

握っているのは老人。

年齢は60代かそこらか。

「ほう……やるな、若いの。儂の一撃を読んで、障壁で防いだか」

「御老体、あんたもかなりの腕だな。いくら即席で作ったとはいえ、俺の障壁に罅が入るとはな」

一目で分かる。

目の前の老人は、相当な達人だと。

「お爺様!お客様に何て事をなさるんですか!?」

リサが、老人に非難の声を上げる。

お爺様という事は、三姉妹の祖父か。

「すまんすまん、何やら強い意力を感じてのぉ。家に賊でも侵入したかと思ったんじゃ」

「お爺様、この方は新しくセイバーギルドに入られた方です」

「ほう、お主が。そういえば、自己紹介がまだだったの、儂はカズマ・クドウじゃ」

「俺はシオン―――シオン・ディアスだ。よろしく頼む」

「―――“ディアス”、じゃと……?」

ディアスという名に、反応を見せるカズマ。

何だ、どうしたというのだ。

まさか―――何か知っているのか。

自分の事について。

「じいさん、もしかして俺を知っているのか?」

「知っている?何の事じゃ?」

「俺には昔の記憶が無い。色々と調べているんだが、何も分からないんだ」

「記憶喪失という奴か……。残念じゃが、儂はお主とは初対面じゃ。ただ、ディアスという名を聞いた事があってのぅ」

どういう事だろうか。

自分の事を知らない。

なのに、姓の方を知っているとは。

「まぁ、立ち話もなんじゃ。家で少し待っとれ。道場に居る門下生達の稽古を途中でほっぽり出したからのぅ」










クドウ家、客間。

シオンは座してカズマを待っていた。

家の中には、見慣れない置物が沢山あった。

おそらくは極東諸島という場所の物なのだろう。

大きな台の上に、お茶とお茶菓子が用意されている。

用意したのは長女サヤ。

リナは池で濡れたので入浴中。

末妹のリサも双子の姉に付き添っている様だ。

「シオンさん、緑茶でよろしかったですか?」

「ああ、緑茶はよく飲むから大丈夫だ。―――そういえば、俺の事をリックスから聞いたとか言っていたが……サーレン隊員の事なのか?」

リックスと聞いて、思い出すのはあの閉鎖区域の異形事件。

警備隊で唯一の生き残りだったリックス・サーレンだ。

あれ以来、会っていないが……。

「はい。私は一応この道場の師範を務めておりまして、警備隊の方にも護身術の稽古で赴く事があります。リックスさんともよくそこでお会いします」

「護身術か……。じいさんは竹刀を持っていたから剣士……何種類かの武術がある流派なのか?」

「はい、お爺様と父は剣術、私と母が体術、リナが小太刀術、リサが薙刀術を修めています」

少なくとも、4種類の武術があるという事か。

話の流れからして、警備隊の隊員達が学んでいるのは体術だろう。

黒ポニーを折檻していた時、彼女は何も手に得物を持っていなかった。

おそらくは、体術で妹に技を極めていたのだろう。

暫くするとカズマが姿を現した。

「待たせたのぅ。よっこらせと……」

「じいさん、早速聞きたいんだが」

「うむ。儂も死んだ父から聞いた話なんじゃが……かつて大陸にディアスと呼ばれる戦士が居たそうなのじゃ。何でも、そのディアスは意力が確立された古代に己の武術に意力を取り入れた最初の戦士らしい」

「つまり、意力を扱う戦士達の元祖……というワケか?」

「そうなるのぅ。ディアスの名は師から弟子へと代々受け継がれていたそうじゃが、大戦が終結した頃に最後の継承者が行方を絶ったらしいんじゃ。父はそのディアスと戦ってみたくて大陸に渡ったそうじゃが、出会えなかったと嘆いておったわい」

大戦の終結。

つまり、およそ100年前か。

赤き英雄とやらが魔人を倒したくらいの時期。

……待てよ、まさか。

「じいさん、もしかしてディアスの最後の継承者というのは?」

「お前さんの想像通りじゃ。確定しとるワケじゃないが、赤き英雄がディアス最後の継承者だったのではないかと、儂は睨んでおるのじゃよ」

「なるほどな……確かにありえそうな話だ。しかし、もし赤き英雄が最後のディアスとするなら、俺がディアス姓なのは単なる同姓か何かだろうか?」

だが、果たして単なる同姓なのか。

自分が備える身体能力と意力の扱いと技術。

どれも普通の人間が持つものとは考えにくい。

もしかしたら、ディアスはまだ存続しており、自分はその名を継いだのでは……?

「そういえば、お主。何となく、赤き英雄とそっくりな格好をしているのぅ。ひょっとしたら赤き英雄の子孫かもしれんな」

「冗談でもやめてくれ。俺はあののっぺらぼうな英雄が嫌いなんだ」

「珍しいのぅ、赤き英雄は人々の誉れなんじゃがなぁ。ところでお主、武器を持たない様じゃが、無手の武術の使い手か?」

「ん?ああ、一応。特に型が無いから我流と変わらない」

「ほう……」

興味深そうなカズマ。

その目は、武の道を行く者の目。

目の前の赤髪に興味が湧いたのだろう。

「ふむ、丁度よい。サヤ、こやつと試合をしてくれぬか?」

「「は!?」」

間の抜けた声を上げるシオンとサヤ。

カズマの突然の思い付き。

それは赤髪と孫娘の試合。

「いや、お主が強そうじゃからのぅ。是非、お主の戦いぶりを見てみたい」

「俺は構わないが……あんたの方は?」

「大丈夫です。それに、お爺様の言い付けなら」

「決まりじゃな。道場に行くぞい」










クドウ家、道場。

今、ここに居るのは5人。

これから行われる試合で戦う者達―――シオンとサヤ。

見物者―――カズマ、リナ、リサ。

ちなみに、リナは着物を着ていた。

これは屋敷での普段着である。

本人としてはセイバーの仕事着が楽なのだが、姉に説教されるので渋々着ている。

サヤは袴とよく似た服装だが、これは胴着の一種らしい。

向かい合う2人。

「両者、準備はよいか?」

「「―――いつでも」」

「はじめっ!」

まず、先手に出たのはシオン。

サヤとの距離を、一足で詰める。

繰り出される貫手。

彼女は難なく躱し、シオンの腕を取る。

そのまま投げ飛ばす。

だが、全く重さを感じなかった。

「(―――軽い。自ら飛んだのですか!)」

投げられた赤髪は、軽く身体を捻って着地する。

また、一気に距離を詰める。

今度は正拳突き。

腕を掴もうとするサヤ。

だが―――後方へと跳躍する。

何と、上から赤髪が踵落としをしてくるではないか。

後ろへ飛んでいなければ、当たっていた。

踵落としした赤髪と、正拳突きした赤髪。

赤髪が2人いる。

「赤髪さんが2人!?」

「どういう事なんですか!?」

突然の事態に、戸惑う妹達。

カズマはふぉっふぉっふぉっと笑う。

シオンも一笑する。

このじいさん、見抜いていると―――。

「なかなかやるのぅ。実体を伴った分身とはな」

「何、あんたの孫には気付かれてしまった。俺も未熟という事だ」

正拳突きした赤髪の姿が消える。

踵落としした方が本人だ。

構えるサヤ。

赤髪は、構えを取らず自然体。

今度はサヤが拳を繰り出した。

拳速はシオンにも引けを取らない。

しかし、赤髪は軽く躱す。

上段回し蹴り。

これも躱す。

掴もうとするが、これも避けられた。

この後、20分近く続くが、結果は同じ。

サヤはシオンを捕まえられない。

「サヤ姉様が捕まえられない!?」

「そんな、さっきまでは掴めていた筈なのに……」

リナは赤髪の戦いに見入っていた。

彼が強いのは、気に入らないが認めている。

だが、姉のサヤもシオンには引けを取らないだろうと思っている。

姉の実力は、セイバーのランクで測るならクライスやカレンにすら迫る。

彼女の年齢を考えると、驚異的だといえる。

なのに、赤髪はその彼女の攻撃を軽々と避けている。

一方、カズマの様子がおかしい。

シオンの戦い方を見て、次第に目が大きく見開かれてゆく。

長年、多くの達人を見てきた彼であるが、目の前で戦う赤髪は郡を抜いていた。

まだ若いのに、一体どの様な場所で研鑽を積めばここまで強くなれるのだろうか。

サヤは息を切らしていた。

彼女は焦っていた。

これだけ動き回っているのに、赤髪の方は呼吸を乱していない。

無駄の無い最小の動作で、自分から逃れている。

だから、持久力をそれほど消耗していないのだ。

―――強い。

これまで、彼女は強い思える人間に数えるほどしか出会っていない。

祖父と父、同じ体術使いの母、後はクライスとカレンくらいなものか。

目の前の赤髪は、そういった達人達に匹敵する。

自分では勝てない―――そう思うのに、自然と笑みを浮かべていた。

武術の家系に生まれた者の宿命なのだろうか。

楽しいと、思った。

強敵と試合する事が。

赤髪も彼女の気持ちを察したのか、軽く笑みを浮かべる。

次で決まる―――勝つか負けるか。

両者の拳に意力が込められる。

互いに床を蹴る。

両者の拳が突き出され―――。

「そこまで!」

突然、聞こえてくる大声。

道場の入り口に誰か立っていた。

そこに居たのはクライス。

この街のセイバー達の纏め役だ。

何故、ここに。

「久しぶりじゃのぅ、クライス。元気にしておったか?」

「お久しぶりです、カズマさん。試合の途中で申し訳ありませんが、ディアスを借りたいのです」

「―――俺を?」

「ああ、頼みがある。共に大陸北方まで来てくれないか?行方知れずになったセイバーを探すのに手を貸して欲しい」










大陸北方、某所。

雪が積もる山中に、洞窟らしき場所が見える。

その中には、何かの施設が建造されている。

研究所か何かの類だろうか。

内部には科学者らしき人間の姿が多く見られる。

「で、様子はどうかね?」

禿げ頭の科学者が、大きなカプセルの前にやって来る。

カプセルの前には、若い科学者の姿が。

「問題ありません。やはり、セイバーなだけはありますね。生命力が高い」

カプセルに視線を向ける科学者達。

彼らが見つめるカプセルの中には、若い男が入っていた。



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