雪の中を、2人の男が歩いている。
1人はシオン・ディアス。
身に纏う白いコートはあちこちに切り傷が見られ、出血したのか赤い染みが見られる。
もう1人はクライス・レイラント。
彼に至っては顔や肩を負傷している。
その表情は暗い。
何か、大切なものを失った―――そんな顔だ。
クライスは両手で何かを抱きかかえていた。
何かではない―――人だ。
大きな上着を掛けられている。
上着が被さって顔は見えないが、体格からして男だろう。
「……すまん、ディアス。せっかく来てくれたというのに、怪我までさせて」
「気にするな。……あんたの辛さに比べれば、掠り傷みたいなもんだ」
赤髪の視線の先―――クライスの抱える人間。
その人物は、もう動かない。
生命体なら必ず発しているエネルギー―――意力が消えているからだ。
即ち―――死。
もう二度と醒めない眠りに就いているのだ。
この動かなくなった男。
シオン達がこの白い大地に足を踏み入れたのは、この男を捜す為である。
死という眠りに就いた男―――名をアスター・ラインバッツ。
アークシティ所属のセイバー。
唯一、シオンと面識の無い男だった。
抱きかかえながら、クライスは思い返していた。
現在に至るまでの足跡を。
大陸北方、雪の町アイシクルタウン。
数年前に作られた簡素な空港。
そこに、飛行船が到着する。
降りて来るのは、大半が観光客。
この地方は、一年中雪が降る。
観光目的で訪れる者が多いのだ。
その中に、2人の男が居た。
アークシティ所属のセイバー、シオン・ディアスとクライス・レイラント。
彼らは、行方不明になったセイバーを探す為にこの地へ赴いたのだ。
「―――真っ白だな。北の方はこんな感じなのか」
「……ディアス」
「ん?どうしたんだ?」
「お前、それだけで寒くないのか?」
「ああ、問題ないぞ?」
クライスの指摘―――それは赤髪の服装。
彼は何時もの白いロングコート以外に厚着はしていない。
とてもじゃないが、それだけでどうにかなる様な寒さではないのだ。
ベテランのクライスの方は、寒さ対策でかなり着込んでいる。
それでも寒気を感じるのに、赤髪はケロッとしていた。
こいつ、やはり只者ではない。
つくづくそう思った。
「ところで、クライスさん。行方不明になった……アスターだったか。そのセイバーが最後に立ち寄ったのは、ここで間違いないんだな?」
「うむ、ランが確認している。あいつはここで連絡したのを最後に消息を絶った」
「とりあえず、情報収集が必要だな。ここにもセイバーギルドはあるのか?」
「勿論だ」
ならば、最初の目的地は決まりだ。
2人は近場に設置してあった街の地図を確認する。
セイバーギルド・アイシクルタウン支部。
場所は町の東に位置する様だ。
まずは、そこを目指す事になった。
空から降り注ぐ雪。
歩きながら、空を眺める赤髪。
白い結晶を、掌で受け止める。
触れた途端、結晶はすっと溶けた。
―――何も感じない、と思った。
雪を見ているが、特に何も感じない。
特に頭に引っ掛かる―――記憶に関する事は思い出せない。
自分は、こういう場所の生まれではなさそうだ。
記憶が無いが、そう思えた。
「どうした、ディアス?」
「いや、何でもない。クライスさん、ギルドに急ごう」
「そうだな」
クライスの方は、やや怪訝そうに赤髪を見ていた。
実のところ、今回この男を連れて来たのにはある理由があった。
本質を見極めたいと、思ったのだ。
戦闘能力ではなく―――思考、性質が如何なるものか。
アイザックから聞いた報告によると、この男はその気になれば躊躇い無く人を殺せるという。
例の異形―――デュークが裏で糸を引いている連中も難なく殲滅。
倉庫街に於けるザッシュとの戦闘。
あの時、やろうと思えばザッシュも殺せた筈だ。
なのに、見逃した。
まぁ、殺していれば当然大問題となっていた。
何せ、ザッシュは性質が違えど同じ治安維持組織の人間。
ミスト側が黙っている筈があるまい。
倉庫街での赤髪の宣言で、一応は片が付いたが……それだけで彼の人間性が完全に証明されたワケではない。
今回の捜索の内容によっては、拘束も辞さないつもりでいる。
一方で、シオンの方も薄々感じていた。
やはり、まだ信用されていないと。
そもそも単なる捜索で、自分を指名するのはおかしい。
新参者の自分よりも、もっと効率よく連携の取れるメンバーがいる筈だ。
おそらく、今回自分を連れてきたのは見極め。
彼は自分がどの様な思考で動くのかを、監視するつもりでいるのだろう。
最悪、彼―――いや、ギルドに身柄を拘束されるかもしれない。
だが、それも仕方ない。
自分自身で、人殺しだと自覚しているのだ。
とりあえず、出来る事は1つ。
信用される様に努力する事だ。
やがて、目的地に到着した。
セイバーギルド・アイシクルタウン支部。
看板にそう書かれているので、ここで間違いは無い。
だが、違和感を感じる。
妙な気配だ。
意力に長けたセイバーになると、意力が強い人間が近くに居ると敏感に反応するものだ。
だというのに、ギルドの中からあまり強い意力を感じない。
どういう事だ。
ここのセイバー達は、出払っているのだろうか。
とにかく、中に入ってみよう。
扉を開けると―――受付らしき男性がこちらに視線を向けた、
「失礼、依頼は現在不可能―――」
「アークシティ所属のクライス・レイラントだ。話を窺いたいんだが」
「!貴方がレイラント氏ですか!失礼、客室へどうぞ」
受付の男性が立ち上がり、客室へ案内する。
どうやら、クライスはなかなか有名人の様だ。
そういえば、ザッシュがAクラスのセイバーと言っていた。
セイバーの中でも、2番目という上位に位置するランクだ。
この世界で有名なのは当然かもしれない。
受付は2人を客室に通すと、暫く待つ様に言って出て行った。
「おかしいな。ここのセイバーはどうしたんだ?1人ぐらい待機してるかと思ったんだが……」
「確かにな―――それに、あの受付の言葉も気になる。現在、依頼は不可能とは一体……」
「失礼します、支部長をお連れしました」
入ってくる受付。
隣には老人の姿がある。
ただ、彼は普通の状態ではない。
頭に包帯を巻き、松葉杖を突いている。
明らかに怪我人。
冷静に怪我の様子を観察するシオン。
どうやら、誰かに攻撃された類のものではなさそうだ。
何らかの事故に巻き込まれた怪我に見えた。
「ようこそ。儂がここの支部長のハンスじゃ」
「クライス・レイラントです。こちらはシオン・ディアス」
頭を下げるクライスとシオン。
受付がハンスを椅子に座らせる。
支部長ゆえに、気遣っている様だ。
一体、何があったのだろう。
支部長がこんな怪我をするなど、只事ではない。
怪我をして体調が優れないかもしれないが、用件を言う事にした。
「ハンス支部長。実は……」
「分かっておる、クライスくん。君が訪れたのは―――アスターくんの件じゃね?」
ハンスは、こちらの用件を察していた様だ。
アークシティ所属のクライス達の来訪。
即ち、それはここで消息を絶った同じアークシティ所属のアスターの捜索に来たのだと。
何処と無く、彼の顔は申し訳なさそうに見える。
クライスは、自分の手に汗を握っているのを感じていた、
これから聞く話―――もしかしなくとも、悪い予感しかしない。
そんなクライスの様子を見ながら、ハンスは重い口を開いた。
「……すまない、クライスくん。儂がもっとしっかりしていれば―――アスターくんを死なせずに済んだかもしれん」
心臓が、握り潰されそうになった。
はっきりと告げられた。
アスターが、死んだと。
何故―――何があったのだ。
クライスの表情が、変化する。
真実を究明したいものに。
だが、ハンスの態度を見ると一気に聞く事は出来ない。
彼もアスターの件で責任を感じているのだろう。
「順を追って説明しよう。数日前、アスターくんはアークシティに戻る旨を儂や他のセイバー達に報告しに来た。じゃが、その日から昨日まで凄まじい吹雪が町を襲った。丁度、その頃空港でも問題が発生してな。飛行船が故障して、何日かは修理に時間が必要になったのじゃ。更に吹雪の影響なのか―――通信が他の町に届かなくなってしもうた」
なるほど、と納得するクライス。
アスターの通信が途切れたのは、そういう理由だったのか。
通信が出来ないのでは、状況を知らせる事も出来ない。
飛行船で帰って来なかったのも、故障では仕方の無い事だ。
「アスターくんもそれを聞いて断念した。とりあえず、飛行船が修理し終えるまでここに滞在する事になったんじゃ……が」
「何かあったのですね?」
「うむ―――デュークが現れたのじゃ」
「―――!」
デューク。
あの犯罪組織が現れたというのか。
嫌な予感は的中した。
アスターはトラブルに見舞われやすい男。
また、とんでもない事に巻き込まれたものだ。
「奴らは特殊な薬で強化された人間を使って、町に攻めてきたのじゃ。正直、我が目を疑ったくらいじゃ。強化されたという人間はまるで化け物の様な姿をしておった。この町のセイバー達の実力は君ほどではない。儂も含めた全員が戦闘不能に陥るのは、時間の問題じゃった―――が、アスターくんは果敢に抵抗したんじゃ」
クライスは歯噛みしていた。
アスターはBクラス。
実力はかなりのものだ。
だが、若さゆえに時に無茶をする事も多い。
生傷が絶えない日も多かった。
しかし、今回ばかりは無茶にも程がある。
「それでアスターは死―――」
「いや、違うんじゃ。アスターくんは戦闘で死んだのではない。大怪我を負いながらも、異形達を何とか全滅させたのじゃ」
「では、一体……?」
「奴ら、動けなくなったアスターくんを拘束して連れて行ってしまったんじゃ―――実験台になってもらうと言い残して」
実験台という言葉。
何を意味するのか、聞くまでもなかった。
おそらくは、あの異形と同じ存在にするという意味が込められているのだろう。
シオンはアイザックの言った言葉を思い出していた。
ああなった以上、殺すしかない―――という言葉を。
ハンスの死んだという言葉の意味を理解した。
おそらく、人間としてのアスターが死んだという意味。
もし、生きているとしたら―――血も涙も無い化け物に成り果てているだろう。
クライスに視線を向ける。
汗が伝っているのが分かる。
嫌な予感どころではない。
最悪の事態となっていた。
「連れて行ったという事は、異形以外に普通の人間達がいたという事ですか?」
「うむ、格好からして科学者か何か。おそらくは、あの異形達を作り出したのはそいつらじゃ」
そこまで聞いて、シオンが立ち上がった。
クライスもハンスも、何事かと視線を赤髪に向ける。
赤髪はハンスに視線を合わせた。
「ハンス支部長―――連中はどこに向かった?」
「お、おい、ディアス!支部長にそんな言葉遣いは―――」
「いや、別に気にしてはおらんよ。連中は、北の山岳地帯に向かった―――方角的にな」
「なら決まりだ。行くぞ、クライスさん」
「行く、だと?まさか―――連中を捜すと言うのか!?」
「嫌ならあんたはここに残れ。俺だけで行く―――このまま連中を放置すれば、どんな事態になるかくらい想像出来るだろう?」
そう―――その通りだ。
連中は、アスターを何かの実験台にしようとしているのだ。
もし、アスターがあの異形と同じ姿で現れたら……。
おそらく、この町は壊滅させられるだろう。
今、この町で戦える者はいない。
ならば、誰が戦うというのだ?
決まっている。
セイバーである自分達だけだ。
シオンの目に迷いは無い。
それは、一見冷酷に見えるかもしれない。
だが、時には必要な目。
避けては通れない事態に直面し、覚悟した者の目。
―――やらねばならない。
クライスも意を決して立ち上がる。
目指すはここより北―――山岳地帯。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
▼作家さんへの感想は掲示板のほうへ♪
※携帯でWEB拍手が正常に動作しない時は、こちらをクリックした後、表示された拍手ボタンをご利用ください。
Copyright(c)2004
SILUFENIA All rights reserved.