山岳地帯―――その1つに小さな山がある。

その山の裂け目―――そこから先に小さな研究所が建っていた。

研究所内部。

科学者達が、大きなカプセルの前に立っていた。

カプセルの中には、1人の男の姿がある。

「ふむ……。“第二領域”から流れ込んでくる力は微々たるもの。やはり、“異能者”を作るのは極めて難しい」

「当然だろう。大戦の頃から研究されているが、未だに解明し切れていない未知の領域だからな」

「この男はなかなか腕の立つセイバー。“異能者”としての能力も開花させたが……この辺りが限界かもしれん」

「で、どうするのだ?研究データは全てこのディスクに収めているが」

「そうだな、そろそろ次のサンプルを確保―――」

突然、爆音が響く。

揺れる研究所。

科学者達がバランスを崩し、床に倒れる。

何だ、何事だ―――。

慌てる科学者達。

近くの通信端末に、通信が入る。

「敵襲です!敵が―――うわぁぁぁぁ!!」

通信が途切れる。

何者かが、ここを襲撃。

狙いは自分達の捕縛か―――あるいは抹殺。

「どうする!このままでは研究所が……」

「慌てるな、こいつを使う。研究データは全て取った、なら役立って貰おうじゃないか」

視線の先には、カプセルに入った男の姿。

科学者達の口元が、卑しく歪んだ。










研究所内。

デューク兵達は、戦慄していた。

襲撃者はたったの2人。

彼等からひしひしと伝わる怒気。

恐怖で身震いする。

1人は壮年の男―――サーベルで棒立ちになった者達を薙ぎ払い。

もう1人は赤髪の男―――素手で触れる者全てを制する。

ここへ調査にやって来たクライス・レイラント、シオン・ディアスの両名だ。

必死に抵抗する者も居るが、まるで話にならない。

数でどうにかなる相手ではない。

あまりにも実力差があり過ぎる。

例えるならば、襲撃者2人は越えられない高い壁。

どんなに足掻いても、届かない壁なのだ。

―――全滅は時間の問題。

数人のテロリスト達が、武器を捨てて一目散に逃げ出す。

こうなると、テロリストも形無しだ。

ただ、怯える一般人と何ら変わらない。

無論、逃がす筈が無い。

赤き疾風が駆け抜ける。

宙に飛ばされるデューク兵達。

何が起きたのか理解できないまま、意識が途切れる面々。

そして―――残るは1人。

「おい、若造。質問に答えて貰おうか」

サーベルの切っ先を、最後のデューク兵の喉元に向けるクライス。

デューク兵は膝が笑っていた。

向けられているのはサーベルだけではない。

―――殺気。

今にも全身を貫きそうな殺気を当てられている。

歯はカチカチ音を鳴らし、恐怖が全身に行き届いているが厭というほど理解出来る。

勝てないのは明白だ。

ならば、取るべき道は1つしかない。

両手上げ、頭をぶんぶんと縦に振るデューク兵。

完全に敗北を認めた。

どうやら、襲撃者達の要求に応える様だ。

「賢明な判断だ。ここにアスターというセイバーが―――」

「クライスさん、そこから離れろ!」

赤髪の叫びに反応し、後方へ跳躍。

直後―――天井が崩れた。

残っていたデューク兵が、破片に押し潰される。

トマトが潰れた様に、赤いものが破片の間から流れてくる。

一体、何が―――?

何故、急に天井が崩れたのだ。

破片の落下による砂煙が、周囲の視界を悪くする。

「―――気を抜くな、クライスさん。何か―――何か危険なものがいる」

「その様だが……一体、何だというのだ?」

やがて、視界が晴れてくる。

―――いる。

砂煙の先。

何か人影らしきものが見える。

身長はそこそこ高い。

クライスやシオンほどではないが、体格からして男なのは確かだ。

あの人物が天井を崩した張本人。

「―――この、意力は」

「?どうした、クライスさん?」

クライスの顔が強張っていく。

どうしたのだ。

何か様子がおかしい。

砂煙が晴れて、現れた人物。

年齢は20歳かそこら。

茶髪にラフな格好をした青年。

その青年の顔を見た途端、クライスは安堵の息を漏らした。

「アスター……無事だったのか!」

駆け寄るクライス。

青年―――アスターは微動だにしない。

どうやら、彼が目的の人物。

唯一、シオンが面識の無いセイバー―――アスター・ラインバッツその人らしい。

だが、何かおかしい。

彼がこうして現れた事が。

目は虚ろ。

まるで、心ここに有らずといった様子。

とても正常な人間とは思えない。

まるで、これは―――。

「まったく、心配したぞ。お前はトラブルに見舞われやすいからな。今回ばかりは流石に肝を―――」

安心した様に語るクライス。

その彼を、シオンが掴んで跳躍した。

いきなりの赤髪の行動。

だが、その行動の答えはすぐに分かった。

クライスの居た場所。

その真上から、白い光を放つ四角形の物体が落下して来た。

轟音が響き、床に穴が開く。

赤髪が助けてくれなければ、間違いなく潰されていた。

―――これは、何だ。

どういう事だ?

理解出来ないクライス。

いや、本当は理解しているのだ。

何がどうなっているのか。

それでも、理解したくないのだ。

目の前の現実を。

「呆けるな、クライスさん。―――覚悟はしていた筈だろう」

赤髪の冷徹な言葉が突き刺さる。

ああ、そうだ。

覚悟はしていた。

アスターが何かの実験台にされるという覚悟を。

人の心を失った化け物にされる末路を。

その時は、殺す決意をしていた。

だが、何故だ。

何故、アスターを人の姿のままにしたのだ。

何故―――化け物の姿にしてくれなかったのだ!

その方がまだマシだった。

決意が鈍らずに済んだというのに―――。

握り締めた拳から、血が滴っていた。

一方、シオンはアスターを冷静に分析していた。

特に武器の類は所持していない。

では、さっき見せた白い光を放つ四角の物体は何なのか?

白い光が意力というのは分かるが、あの四角の物体に意力を纏わせて落としてきたのだろうか。

いや、何か違う。

もっと別の何かの様な気がする。

アスターが、すっと手を上げた。

手の先から意力が溢れる。

溢れた意力が宙に舞い―――うねうねと形を変える。

障壁ではない。

意力は武器に姿を変えた。

「何だ、アレは―――?」

意力の技術の中に、障壁や分身という技術がある。

それらは意力で防御用の壁を作り出したり、自分そっくりの意力の分身で敵を欺くという戦法で使われる。

だが、目の前の男が見せているのは武器。

確かに意力を武器状に変化させて、放つという技術もあるにはある。

しかし、それは意力だけで構成された単純な物。

形状は武器にそっくりだが、瞬時に消える脆い存在。

だが、アスターの作り出した物は違う。

細部に至るまで、完璧に装飾された武器に変化したのだ。

まるで、“本物”と見間違えてしまいそうな出来。

作り出された大量の武器が、一斉にこちらに飛んで来た。

障壁を作り出す赤髪。

激突する武器の軍勢と、それを防ぐ障壁。

―――だが。

障壁に一気に罅が入った。

赤髪の顔が驚愕に染まる。

即席で作ったとはいえ、今まであの異形の攻撃すら簡単に凌げる強度を誇っていたのだ。

それが、こうも簡単に―――。

けたたましい破壊音と共に、砕け散る障壁。

障壁を突破した。

飛来する武器の軍勢。

赤髪は両腕に意力を集中させて捌く。

だが、次第に腕に纏っている意力を引き裂く武器の軍勢。

赤髪の腕から、血飛沫が舞う。

そこに―――サーベルを持ったクライスが参戦。

飛んで来る武器を叩き落していく。

叩き落とされた武器は、床に落ちると霧散する。

それでも武器の軍勢は、なおも飛んで来る。

このままではキリが無い。

頷くシオンとクライス。

両者の身体から意力が立ち昇り―――一気に意力を放出し、武器の軍勢を弾き飛ばした。

アスターに向かって、一直線に駆けるクライス。

サーベルに意力を込めての袈裟切りを放つ。

しかし、アスターが切り裂かれる事はなかった。

アスターが左腕を前に出す。

意力が集束され、盾が作り出された。

まるで金属と金属がぶつかり合う様な音が響いた。

飛び散る火花。

盾は完全にサーベルを防ぎ切っている。

「―――馬鹿な」

信じられなかった。

アスターは強い。

だが、まだAクラスのセイバーの域にまでは到達していない。

研鑽を積めば何れは辿り着くだろうと信じていたが、それはまだ先の事だとばかり思っていた。

今のアスターは違う、紛れも無く自分と同等の力を有していた。

呆けるクライスの腹に、アスターの強烈な蹴りが叩き込まれる。

後方へと吹っ飛ばされるクライス。

飛ばされる彼を、赤髪が受け止める。

凄まじい重量感が襲う。

体重がシオンより重いのだろう。

必死で踏ん張るも、後方へと押されていく赤髪。

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

気合の入った声を上げ、両足に意力を集約させる。

足元から煙が上がる。

今にも火が付きそうな勢いだ。

後方に壁が迫る。

激突は時間の問題。

そして―――。

「……何とか、激突は免れたか」

壁と触れ合うギリギリの場所。

クライスを支えたシオンが、フゥと息を吐く。

すぐに正面を見据える。

敵は未だに健在なのだ。

一瞬の油断が命取りになる。

しかし―――攻撃して来ない。

どういうつもりだ。

余裕のつもりなのか、それとも―――。

『いやぁ、見事だよ。襲撃者くん達』

何処からか、声が聞こえてくる。

天井から、大型のモニターが降りて来る。

そこに映し出される人物達。

科学者の格好をしている。

おそらくは、アスターをこんな状態にした連中。

ギリッと歯軋りするクライス。

『ようこそ、我々の研究―――』

ドゴン、と鈍い音が聞こえた。

赤髪がモニターまで跳躍して、素手の拳撃で破壊したのだ。

着地する赤髪。

唖然とするクライス。

すると―――またしても、モニターが降りて来る。

『ごほん、改めて、我々の研究―――』

バコッと鈍い音が鳴る。

赤髪の蹴りがモニターを破壊したのだ。

着地する赤髪。

またしても、モニターが降りて来る。

『そこの赤髪ぃぃぃぃぃぃぃぃ!人の話を聞かんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

「ハァ?話をするつもりだったのか?俺はてっきり、モニターに映るあんた等の目からビームが飛んでくるとばかり」

『出るか、そんなもん!何だ、その人を小馬鹿にしたみたいなツラはァァァァァァァ!?』

赤髪は両手を上げて、やれやれしょうがないな聞いてやってもいいぞ―――みたいな顔をしている。

研究者達の顔が真っ赤に染まっている。

今にも爆発しそうな勢いだ。

―――こいつ、人を苛立たせる天才だな。

呆れた目で見つめながら、赤髪にそんな評価をするクライス。

こんな状況で、あんな行動を取れる赤髪には恐れ入る。

『あーとにかく、ようこそ襲撃者くん達。そこの彼―――どうやら知り合いの様だね』

「……その通りだ。そいつに何をした?」

『“第二領域実験”―――異能者にする実験を行っただけだよ』

「第二領域、異能者……?」

その単語を聞くやいなや、赤髪の頭に痛みが走った。

―――聞き覚えのある言葉だった。

だが、何処で聞いた……?

「何だ、それは?」

『第二領域―――それは第一領域の先にある力さ。第一領域とは人間の意志の奥底にある意力の源泉と呼ばれる場所だよ』

「意力の源泉……では、第二領域というのは」

『その第一領域の先にあるもの。人智の越えた力が眠る場所。異能者というのは、その第二領域から流れ込んでくる“僅かな力”を何らかの能力として扱うことが出来る人間の事さ』

質問するクライスとそれに答える科学者。

つまり、先ほどからアスターが見せたあの武器を作り出す能力。

あれも、異能者と呼ばれる者の力―――第二領域と呼ばれる、未知の領域から得られた能力という事になる。

だが、“僅かな力”という言葉に恐怖を感じた。

アスターが使っている能力とやらはかなりのものだ。

あれでさえ力の一端でしか無いとすると、完璧に第二領域とやらを操れる人間が居たとしたら―――。

想像するだけで、全身に寒気がする。

一方で、赤髪の頭痛は増していた。

あまりの苦痛に、歪む顔。

頭痛が走り―――頭の中に何かが見えた。

血の海の中に立つ男の姿。

両手から血を滴らせる、真白い髪の男。

口元には歪んだ笑みを浮かべている。

その男を―――シオンは知っている。

名前が出ない。

誰なのか分からない。

だが、はっきりと分かる事がある。

この男は危険過ぎると。

なおも続く科学者達の言葉。

―――やめろ。

それ以上言うな。

気が狂いそうな痛みに、赤髪が叫んだ。

「やめろ!それは―――その力は“人が触れてはならない領域”だ!!」

「ディアス……!?」

今まで見た事が無い、赤髪の感情の爆発。

息を切らし、頭を押さえる姿。

とても、先ほどまで科学者達を馬鹿にしていた男のものではない。

何か必死に見えた。

やってはいけない事に対する警告に聞こえた。

「そんな研究は止めろ!そこから“先”に足を踏み込めば―――」

「ディアス!落ち着け、一体どうした!?」

クライスに揺さぶられ、はっと我に返る。

流れ落ちる汗。

凄まじい心臓の鼓動。

全身の血が煮えたぎっている様な感覚。

今、自分は何をしていた?

何を言おうとしたのだ?

科学者達は、その様子をふんと鼻で笑う。

『技術は日々進歩しているのだよ。君等の様な凡人には分かるまい』

「理解出来なくて結構。貴様らが人を弄ぶ外道と分かった時点で、捕縛対象決定だ」

『残念ながら無理だよ。我々はもうすぐ脱出用の飛行船でここを出る。まぁ、せいぜいそこの“サンプル”に殺されたまえ』

「アスターを元に戻せ!戻す方法を教えろ!!」

『無い。命令を受ける様に脳の奥に小型の洗脳装置を取り付けた。万が一外そうとすれば、爆発する物をね』


科学者達の高笑いが響く。

サーベルを握るクライスの手が震えていた。

自分の後輩を“サンプル”呼ばわりされた事に対する怒り。

もはや、救う事の出来ない現実に。

その光景を愉快だと思ったのか、更に大きくなる高笑い。

「―――おい、その品の無い笑い声を今すぐ止めろ」

低い声。

声の主は赤髪だった。

さっきまでとは、また違う雰囲気。

『んん?何か言ったかね?状況をよく見て言ったらどうかね、この凡人―――』

「―――黙れ、殺すぞ」

赤髪の全身から、かつてないほどの殺気が放たれた。

クライスも、映像越しの科学者達も身体が動かなくなった。

まるで―――闇。

出口の見えない膨大な闇。

今の赤髪を例えるなら、それだ。

赤髪の目付きが変わる。

殺意だけしかない、狩人の眼差しに。

恐怖が、その場を支配した。

『こ、殺せ!その赤髪を殺せーーーーーーーーっ!!』

アスターに指示する科学者達。

武器を作り出すアスターだが―――赤髪の姿が消える。

次に現れたのは、アスターの眼前。

赤髪の掌底が顎に入る。

空中に叩き上げられるアスター。

その上に、出現する赤髪。

目にも留まらぬ連続蹴りが叩き込まれていく。

地上に落ちるアスターだが、赤髪の追撃は続く。

正拳、裏拳、回し蹴り、膝蹴りと次々に攻撃が極まる。

成す術もなくサンドバック状態。

武器を作り出す暇さえ与えない。

科学者達は青ざめていた。

モニター越しの光景に。

自分達の研究成果が畳み込まれる現実に。

『馬鹿な……今のアスター・ラインバッツはAクラスのセイバーにすら引けを取らない能力を有している筈だ!そ、それが……』

クライスも目の前の光景を、信じ難い表情で見つめていた。

赤髪の動き。

アスターの前に姿を現した瞬間が、目で追う事が出来なかったのだ。

完全にAクラスのセイバーである自分を凌駕する速度だった。

―――まさか。

まさかと、思った。

倉庫街で見たザッシュとの死闘。

自分達と同等に近い戦闘能力を見せた赤髪。

あの時の赤髪は本気を出していなかったというのか?

今の彼は、あの時の比ではない。

クライス自身、心から認めざるを得なかった。

この男は、自分よりも強い―――と。

『脱出準備完了!』

『よ、よし!脱出だ!!』

「何!?」

しまった、脱出が整った。

このままでは逃げられてしまう。

だが―――アスターはズタボロ状態になりながらもまだ立っていた。

手足は折れている筈なのに。

息を切らしながら、こちらに向かって来る。

今の状態なら、殺すのは自分でも出来るだろう。

「ディアス、アスターは俺に任せろ!お前は連中を追ってくれ!!」

「―――了解」

シオンは壊れた天井に向かって跳躍する。

クライスはサーベルを構える。

目の前には、ボロボロになったアスター。

もう、武器を作り出す余力すらない。

無言のまま見つめる。

思い出すのは、目の前の男との思い出。










『危ない所だったな。大丈夫か?』

『……で』

『どうした?』

『弟子にしてください!』

『はぁ!?』









『クライスさん、どうですか?おれ、強くなったでしょ?』

『まだまだ甘いな、アスター』

『え〜〜〜!?厳しいな、クライスさんは』










『おい、アスター!どうした、その足は!?』

『えーと、そこの溝にツッコんじゃって』

『洗ってこんか、馬鹿者ぉぉぉぉぉぉ!』










『おれ、何時かクライスさんの次に強くなってみせます』

『馬鹿たれ、俺より強くなるくらい言え』

『おれにとって、1番強いのはクライスさんです。だから、おれは2番目でいいです』

『まったく―――馬鹿者が』










サーベルに意力が込められていく。

中途半端な量ではない。

今、クライスが有する意力。

正しく、全身全霊の力が込められている。

手を抜くのは、侮辱以外の何物でもない。

こいつは―――自分を慕ってセイバーになった。

トラブルに見舞われやすく、迷惑を掛けてくることもしばしばあった。

それでも、楽しかった。

馬鹿な弟分が出来た気分だった。

その成長を楽しみにしていた。

―――もう、その先を見られない。

だから、最後は。

最後は全身全霊で応える。

不器用な自分に出来る、最後の心遣いはそれしか思い浮かばなかった。

渾身の一撃を放つ。

胸板を貫き、深々と突き刺さるサーベル。

ごふっと、アスターの口から血が溢れる。

倒れ込んで来るアスター。

その身体を抱きかかえる。

「許せ、アスター。俺は……」

「―――クライス、さん」

「アスター……お前、意識が戻ったのか!?」

―――奇跡といえばいいのだろうか。

脳に洗脳装置を埋め込まれている筈。

なのに、こうして意識を取り戻した。

そう、奇跡だ。

奇跡以外の何物でもない。

今にも息絶えそうながらも、アスターは口を動かす。

「すみません、迷惑ばっかり掛けて……。おれ、ホントに出来の悪い後輩だったでしょ……?」

「ああ、まったくだ―――だが、お前と過ごせて楽しかった」

「おれ―――クライスさんみたいに強くなりたかったです。前に2番目でいいって言いましたけど……やっぱり、クライスさんと同じくらい強くなって、肩を並べて戦いたかったです」

その言葉に、目頭が熱くなっていた。

必死で堪えていた。

先達として、情けない顔を見せたくなった。

「何か、眠いです。すみません、眠りますね―――」

「ああ、ゆっくり休め。次に会うのを楽しみにしているぞ―――」

満足したのか―――笑みを浮かべるアスター。

ゆっくりと閉じられる瞳。

手がぶらんと垂れた。

もう、その手が動く事は無い。

アスターの身体から意力が完全に消えた。

意力は生命体の意志―――生きている証ともいえる。

それが消えるのは、この世を去った証拠。

アスター・ラインバッツは、完全に死んだ。

最後に人の心を取り戻して。

もう、堪えられなった。

溢れ出す感情を、涙を抑えれなかった。

動かなくなった後輩を抱きしめ、クライスの慟哭が響いた。










シオンは天井を突き破りながら、進んでいた。

あの科学者達を追う為に。

しかし、一向に見つからない。

一体、何処に―――。

と、光が見えた。

おそらくは、あそこに飛行船がある。

加速する赤髪。

絶対に逃がしはしない。

殺意の篭った瞳でその光に向かう。

だが―――凄まじい風がシオンを襲う。

風を起こすもの―――それは飛行船。

空高く飛ぶ船。

ぐんぐんと上昇していく。

まずい、このままでは逃げられてしまう。

飛行船から声が聞こえてくる。

科学者達の声だ。

『残念だったね、赤髪くん。このままおいとまさせて頂くよ。それと、君は色々と苛立たせてくれたからねぇ、あの世に送ってくれよう』

飛行船から爆撃用の爆弾が姿を現す。

このままでは、ここはおろか―――最悪の場合は雪崩が起きてアイシクルタウンまで壊滅してしまう。

―――イチかバチか、障壁を作って防ぐしかない。

両手に意力を込める。

いくら自分でも、これは無理かもしれないが―――やるしかない。

『無駄な足掻きを……さぁ、死に―――』

『こ、後方から巨大な意力の反応が!!』

『な、に―――!?』

何だ、様子がおかしい?

飛行船から聞こえる声がざわついて―――。

それとほぼ同時だった。

飛行船の遥か後方から、巨大な意力の閃光がやってきたのは。

意力は飛行船を呑み込んでいく。

呆然と見上げる赤髪。

飛行船は跡形も無く消滅した。

あの様子では、おそらく生存者などいまい。

何しろ、破片すら降ってこないのだ。

塵も残さず―――という奴だ。

「今の意力は、一体―――?」

飛んで来たと思われる方向は、ここからかなり離れた場所の様だが……。

それ以上に、脅威を感じたのは意力の強さだ。

明らかに自分を遥かに越えた膨大な意力だった。

一体、何者が放ったのだろうか。










研究所から遥か離れた山の頂上。

そこに、黒いライフルを構えた男の姿があった。

長めの金髪、前髪に赤いメッシュを入れた碧眼の男。

「任務完了っと。しかし、寒いなここは。さっさと帰ってコーヒーでも飲みたい気分だぜ」

男は近くに置いてあるものを拾い上げる。

白熊の着ぐるみだった。

ライフルを片付けると、それを着こんで雪山を下りていった。










雪道を歩くシオンとクライス。

クライスの腕には、顔は見えないものの、動かなくなったアスターの姿が。

あの後、シオンとクライスは研究所内を調査したが、目ぼしいものは見つからなかった。

おそらくは、あの飛行船に全て積み込んでいたのだろう。

塵になってしまっては回収する事は不可能。

そもそも原型を留めていない時点でアウトだ。

後日、専門家を呼んで再調査するという事で落ち着き、2人は町へと帰還する。

その道中―――。

空から白い結晶が降って来る。

「―――雪か」

舞い落ちる氷の結晶。

すっと手の平の上に乗せる。

一瞬で、ジワっと消える。

クライスは空を見上げている。

まだ、アスターの事を考えているのだろう。

失ったものはあまりにも大きい。

命は、2度と戻らないのだから。

雪の中を歩く2人。

と、クライスが口を開いた。

「ディアス、ありがとう。俺1人ではどうにもならなっただろう―――感謝する」

「……感謝されるほどの事じゃない。あんたは大きなものを失った―――寧ろ、何も出来ない自分が腹立たしい」

「それでも感謝している。さぁ―――帰ろう、こいつを故郷に届ける為にな」

「―――ああ」

雪は全てを白く染める。

この雪をみていると、ふと頭に思い浮かんだもの。

真白い髪の男。

何故か、あの人物の事が頭から離れない。

まるでこの雪の様に真白い髪。

自分の記憶の中に出た以上、何か関係があるのだろう。

雪はやがて全て溶ける。

それと同じ様に、自分の失われた記憶も戻るのだろうか?

降り注ぐ雪を見ながら、2人は雪道を歩いていった。



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