第1話『不死鳥の刻印』


 我々が住む世界とは異なる別次元の世界―――アース。

この世界の人々には不思議な力があった。

己の意志の力を操る力。

ある者は腕に意志を集中させることで大岩を砕き、ある者は足に意志を集中させることで馬よりも速く駆け抜けた。

いつしか、人々はその力を意力(ウィル)と呼ぶ様になった。

だが、光が存在する様に闇もまた存在する。

この大地に生きる生命が発するは白き意力。

それと相反する黒き意力を発するものが存在した。

その名を破壊するもの―――ブレイカーという。

異界からの侵略者などではない、この世界に生きるあらゆる生命が発する負の意力によって生まれ落ちる異形。

負の意力とは、誰しもが持つ嫉妬、憎悪、絶望といった暗い感情が混じった意力を指す。

この大地に生きる者は強弱の差はあれど、全ての生命が意力を発して生きている。

生きていく以上、暗い感情を宿すのは避けては通れぬ道。

ブレイカーはそうした負の意力で形成され、白き意力を放つ生命を脅かす。

しかし、ただ脅かされるのをよしとしない者達がいた。

自らが持つ意力を研鑽し、ブレイカーと戦う為の力として繰る戦士。

人々は彼らを救う者―――セイバーと呼んだ。

セイバーとブレイカーの戦いは気が遠くなるほど続いている。

太古の昔から今に至るまで。

それはこれから先も続いていくだろう。

生あるものがアースで生きていく限り。

これから語られるのは、不死鳥の刻印を持つセイバーの物語―――。










―――燃えている。

大地が、建物が、草木が、人が、燃えている。

瓦礫と屍の山。

そこは正に地獄と呼ぶに相応しい。

血と腐臭の匂いが立ち込めるその場所に、男が立っていた。

赤い髪と青い瞳という相反する色を備え、真白いロングコートを身に纏うその姿は、見る者に強い印象を与えるだろう。

その手には剣が握られている。

鍔が無い長剣、刀身の中心には赤い鳥の刻印が刻まれていた。

身体中傷だらけ、息も絶え絶えで流血も多い。

所謂、満身創痍の状態。

彼の眼前には“裂け目”が存在した。

空間に亀裂が入っている―――明らかに異常な光景。

赤髪の男は一歩踏み出す。

「―――シオン兄!」

声が聞こえた。

男が振り返ると、そこには少年の姿があった。

自分と同じ赤い髪の少年。

年齢は14歳くらい。

同じ赤い髪、青い瞳を持つ少年が自分を呼び止めたのだ。

シオンと呼ばれた男は、少年と向き合う。

「どうしても、行くの?」

「ああ、行かなくてはならない。約束だからな……“あいつ”との」

「この先は何処に繋がっている分からない。下手したら戻って来れないかもしれないんだよ!?」

「その時は……お前が俺の跡を継いでくれ。他の大地にも居るかもしれんが、この地にディアスの血を受け継ぐ者は俺とお前しか居ない」

「無理だよ、ぼくはシオン兄みたいに強くない……」

自信を持てない少年の肩に手を置く。

「自分を信じろ、お前は俺の自慢の弟だ」

「シオン兄……」

「達者でな」

それが彼らが交わした最後の言葉だった。

亀裂へと飛び込む兄の姿を、瞳に焼き付ける弟。

今生の別れであると、心が理解していた。

もう、兄は戻って来ないのだと。

溢れる涙。

しかし、それを拭う。

強い意志を秘めた瞳で前を見つめる。

空間に生じていた亀裂は徐々に薄れ、やがて完全に消えた。

「やってみるよ、シオン兄。ぼくに何処までやれるかは分からないけど、前に進む―――ディアスを継ぐ者として」

この日、ひとりの若者が世界から姿を消した。

兄の跡を継いだ少年は成長し、多くの人々を救う希望となる。

それから長い年月が過ぎた。










アース中央大陸、この世界で最も広大な大地。

多くの生命が住まう大地ゆえ、出現するブレイカーの数も多い。

大陸に中心に位置する大都市アークシティ。

長年の研究の成果で完成した結界によって護られている都市のひとつである。

この街は大きく5つの区画に分けられる。

住宅が密集する東区。

商業で賑わう西区。

防衛の要、セイバーの本拠地である南区。

移動の足、空港のある北区。

行政機関、教育機関が集まる中央区。

さて、物語は商業が集う西区から始まる。

商業で賑わう西区には当然の様に、人が集中していた。

そんな活気に満ちた区画の外れに、ポツンと立つ建物がひとつ。

飲食店や商店の類ではない。

入口前には『集い荘』と書かれた表札がある。

ここは、所謂アパートと呼ばれる賃貸物件だ。

1階は食堂や入浴場などが設けられ、住人は2階で暮らしている。

2階の部屋数は6つ、現在の住人は5人。

201号室―――扉には『アヴェル・ディアス』と書かれたプレートが掛かっている。

この部屋の住人、アヴェル・ディアスは16歳になって間もない若者。

赤い髪と琥珀の瞳、端正な顔立ちは同年代の女子を魅了すること間違いなし。

しかし、今の彼はその美形を歪めていた。

正確に言えば、青筋を立てている―――苛立っているのだ。

この狭い室内に、男が4人とむさ苦しいことこの上ない状況。

やや長めの金髪を後ろで結んだ青年、オレンジ髪の少年、青い髪に赤いメッシュを入れた青年が、部屋の主の前でくっちゃべっている。

「んでさー、どうすればいいと思う?」

「やっぱ、ラブレターが一番じゃないスか?王道っスよ」

「馬鹿野郎、今時そんなんで気持ちが伝わるかよ。直接伝えりゃいいんだよ、自分の口から」

「じゃ、間を取って押し倒す」

「「決定」」

「何、人の部屋でトンデモ会議を開いてんですかアンタ等は!?」

我慢出来なくなったアヴェルが大声を上げ、トンデモ会議を中断させる。

露骨に残念そうな顔をする3人。

「えー、だってねぇ……」

「アヴェル、アンリちゃんに何時告白するんスか?」

「見てるだけでじれったいっつーの」

「うぐ、それは―――」

「幼馴染だからって、何時までも進展がないんじゃ誰かに取られちゃうよ?」

アヴェルは赤面する。

今、彼の部屋に集まっているのはここの住人であるふたりと西区に住んでいる友人。

金髪の青年はザッシュ・シャルフィド、赤メッシュを入れた青髪の青年はソラス・アルフォード。

ここで暮らす同居人にして、仕事先の先輩にあたる。

オレンジ髪の少年はジェイ・レアリスト、これまた同じく仕事先の同僚にして友人である。

今、彼らの話題はアヴェルの想い人に関すること。

彼の想い人はすぐ近くに、それもその筈―――“彼女”は1階に居るのだ。

1階、食堂に3人の少女が集まっている。

銀髪、翠の瞳の妖精を思わせる少女。

小柄な体躯と黒髪をポニーテルにしたいかにも活発そうな少女。

なかなか背の高い紫髪のクールな雰囲気を纏わせた少女。

「2階騒がしいわねー。また、アホ共が馬鹿騒ぎしてんのかしら?」

「リナちゃん、そんなこと言っちゃ駄目だよ。それにしても、どうしてアルの部屋に集まってるのかな?」

「多分、アヴェルの悩みを解決しようとしているんだと思います」

「アルの悩み?カノちゃん、アルって何か悩みがあるの?」

「「はぁ……」」

銀髪少女の鈍感発言に、紫髪少女と黒髪ポニーテールは溜息を吐く。

これは全く伝わっていない。

赤髪の少年の好意は、全くこの銀髪少女には伝わっていないとふたりの少女はふかーい溜息を吐く。

銀髪の少女―――名をアンリ・アンダーソン。

アヴェルの幼馴染であり想い人である……当の彼女には全く気付かれていないが(笑)。

黒髪ポニーテールはリナ・クドウ。

紫髪クールはカノン・レイニッシュ。

アンリとカノンはアヴェルと同じく、ここで生活している。

ジェイ、リナは西区にある実家住まいだ。

その頃、2階ではトンデモ会議が白熱していた。

「アヴェルくん、恋ってのは自分から進展させなきゃ意味がないんだよ。年頃なんだし、キスのひとつくらい出来る様にならなきゃ」

キス―――接吻。

その言葉を聞いた瞬間、アヴェルは鼻の辺りを抑えた。

なんだなんだと、3人は赤髪少年の様子を窺う。

赤い液体が、ぴちゃりと床を濡らす。

鼻血である。

アヴェルは顔を真っ赤にし、とんでもない量の鼻血を垂らしていた。

「き、きききききキスなんて……ザッシュさん、アンリが妊娠したらどうするんですか!?」

「いや、キスだけで妊娠なんてしないよ!どんだけ豊かな想像力してんの君は!?」

「とりあえず、鼻血拭けや」

純情少年にティッシュを差し出すソラス。

受け取り、鼻にティッシュを詰める赤髪少年。

こりゃどうしたものか……と、溜息を吐く3人。

もし、アンリとキスなんぞしようものならこの赤髪少年のことだ―――大量の鼻血を噴いて地面に血の海を作りかねない。

正に命懸けの恋になるだろう。

年上として何かアドバイスでもと、ソラスが口を開こうとした時だった。

1階と2階に居る全員から高い音が発したのは。

それは着信音だった。

それぞれが携帯しているカード型通信機に、ほぼ同時にメールが着信した音。

通信機を取り出し、周囲に居る面々と顔を見合わせる。

「これって……」

「セイバー総本部から?」

アパート『集い荘』―――今、ここに集まっている者達にはある共通点がある。

全員がブレイカーと戦う戦士、即ちセイバーなのだ。

通信機に着信したメールに目を通す一同。

内容は……『大至急、総本部ミーティングルームに集合せよ』

「何だろう、ブレイカーが出現したのかな?」

「とりあえず行けば分かるんじゃない?」

「下の階に居るお嬢ちゃん達にも届いてるだろうし、全員で行くか」

「ういっス!」

かくして、一同は集い荘から出立する。

彼らが向かった先は南区に聳え立つ巨大なビル。

セイバー総本部―――中央大陸で活動するセイバー達を統括する本拠地である。

各地にもセイバー達の拠点となる支部は存在するものの、総本部の存在感はやはり支部とは比べ物にならない。

総本部に所属するセイバーはおよそ100人。

しかし、全員が常時総本部やアークシティ市内に居るワケではない。

ブレイカーの討伐やそれに伴う混乱を機会に悪事に手を染める犯罪者の捕縛に奔走し、市外活動に従事しているセイバーの方が圧倒的に多い。

セイバー総本部、ミーティングルーム。

集い荘の面々を迎えたのは、背の高い豪快そうな女性と眼鏡を掛けた知的そうな女性。

豪快そうな女性はルカ・バルドー。

セイバー総本部の重鎮であり、アークシティ防衛隊長として辣腕を振るう女傑。

眼鏡の女性はアヴェル達と同じセイバーのひとり、リュー・トライアングル。

と、リューの背後に近づくアホがひとり。

ザッシュである。

リューに気付かれない様に手を伸ばす―――が。

「何してんの、アンタは?」

「ぐえー!い、いや……リューちゃんのおっぱいの成長具合を把握しようと」

「いい加減にしないと、しまいにゃ首を捻じ切るわよ?」

彼女は背後から迫った魔手を難なく躱すと、ザッシュの首を極めた。

ジタバタするアホが一名。

このアホと彼女は同期でセイバーになった間柄。

ザッシュのリューへのセクハラ行為は日常茶飯事で、彼女にちょっかい出してはシメられるのは定番となっている。

しかし、そんな状況などお構い無しに話は進行する。

「ルカさん、一体何があったんですか?」

「いきなり呼び出して悪いねぇ。実は、これを見て欲しいんだよ」

防衛隊長こと、ルカは近くの端末を操作する。

空間に通信ウインドウが展開された。

映っている映像は、どうやら地図の類の模様。

全員が見慣れたもの―――アークシティと周辺の地図だ。

アークシティから南に少し離れた地点に黒い点が見られる。

顔が引き締まる一同。

黒い点が何を意味するのか、誰もが理解していた。

「ブレイカーですね」

「ああ、しかもそれなりの数が居るよ。捕捉出来たのはつい先ほど、この近場にセイバーは居ないからアンタ達を呼んだのさ」

「まぁ、このメンバーなら楽勝じゃない?アドバンスドが3人も居るんだし」

リナがチラッとザッシュ、ソラス、カノン達に視線を送る。

アドバンスド―――セイバーの階級のひとつである。

セイバーは4つの階級に分けられている。

訓練生を終えて、昇格を許される第一階位“ノービス”。

相応の依頼を受け、戦闘技術の向上を認められると昇格を許される第二階位“ミディアム”。

セイバーの切り札といえる能力の発現によって昇格を許される第三階位“アドバンスド”。

災害規模のブレイカーを単独殲滅可能な戦闘力を有した者が昇格を許される最高位“マスター”。

上位になるほど戦闘能力の高い者が多く、特にマスターの存在は下位セイバー達の大きな精神的支柱ともいえる。

ザッシュ、ソラス、カノンは第三階位のアドバンスド。

若くしてセイバーの中でも上位レベルの実力者達なのだ。

「油断は禁物だよ、そんじゃよろしく」

『了解!』

かくして一行はアークシティより南方へと向かうことに。

「ぐえー!誰か僕を助けてよー」

首を極められているアホの声は誰にも届かなかった(笑)。



 






アークシティより南方、アヴェル達は目的地に到着と同時に4つのグループに分かれた。

単独行動のザッシュ。

二人一組のアヴェルとアンリ、ジェイとソラス、カノンとリナ。

それぞれが別々の場所を担当する。

「それにしても寂しいなー。僕だけロンリー?リューちゃんも来てくれると思ったのに」

「仕方ないですよ。アークシティは結界で護られてるとはいえ、不測の事態が起きる可能性だってあるんですから」

「いざという時の戦力ってワケだ……ん?どうした、ジェイ?」

「納得いかないっスよ!なんで、オレの相方がソラスさんなんスか!?女の子プリーズ!」

「やかましい、ワガママ抜かしてんじゃねーわよ!!」

「ほふぅ!」

リナの踵落としがジェイの頭に叩き込まれる。

まるで釘を打ち付けるかの如く、地面にめり込むオレンジ頭。

常人ならば無事では済まない光景なのだが……何事も無かった様に這い出てくるオレンジ頭。

「ヒドイっスよ、リナちゃん!オレとのコンビがそんなに嫌なんスか?」

「うん」

「即答!?少しは悩んで欲しいっス!」

「むさいアンタとクールビューティーなカノンを天秤にかけるわきゃねーでしょ。断固カノン」

白けた目でジェイを見つめる一同。

彼とリナのやり取りは毎度毎度こんな感じだ。

一体、どんな耐久力があれば直に復帰出来るというのか。

「バカやってないでさっさと片付けるぜ」

「アダダダダダ!ちょ、引っ張らないでェェェェェェェェ!!」

ソラスはジェイの首根っこを掴み、引き摺っていく。

苦笑するカノンも、リナと一緒に自分が担当する場所へと向かう。

「そんじゃ、僕も行くとしますかね」

「頑張って下さい、ロンリーザッシュさん」

「ロンリーでも泣かないでね」

「いらん気遣いしないでェェェェェェェ!」

滝の様な涙を流しながら走り去っていくロンリーなアホが一名。

その場に残ったのはアヴェルとアンリのみ。

「じゃ、わたし達も頑張ろう」

「うん、そうだ―――」

そこまで言い掛けて、アヴェルの言葉は止まった。

彼は漸く気付いたのだ、今置かれている現状に。

目の前に居るのは幼馴染で、想い人である少女。

この場に存在するのは自分と彼女のみ。

つまり、それは―――。

「(ふ、ふふふふふふふふふたりっきりィィィィィィィィィィィィ!!?)」

「ふにゅ?どうしたの、アル?」

頭上から雷でも直撃したかの様な衝撃。

状況が呑み込めず、首を傾げている幼馴染。

正に絶好のシチュエーション。

だが―――。

「い、いいいいや、何でもないよ!?ぼくは至って普通だって!」

「それならいいけど……」

肝心な時にヘタれてしまうアヴェルであった(笑)。

深呼吸して、精神を安定させる。

そう、今は仕事に来ているのだ。

集中しなくてはいけない。

瞳を閉じ、精神を統一。

ふたりの肉体から白い光が立ち昇る。

それは意志エネルギーたる意力。

セイバーはこの力を自在に制御することが可能なのだ。

無論、相応の鍛錬を必要とするが。

今、彼らが行っているのは周囲の索敵と感知。

敵対者であるブレイカーの気配、黒い意力を捜しているのだ。

感知開始から僅か数秒、

「―――後ろだッ!」

アヴェルとアンリは同時にその場から跳んだ。

ふたりが立っていた場所に、唸り声を上げながら“それ”はやって来た。

ぎらついた瞳、鋭い牙と爪を持つ四足歩行の生物。

離れた場所に着地したふたりは身構える。

「ハウンドドッグ―――猟犬型のブレイカーか」

「まだ来るよ。2、3、4……5体」

アンリの言葉通り、最初に現れた個体の背後から5体の猟犬が姿を見せる。

敵は計6体、対してこちらはふたり。

だが、ふたりとも全く動じていない。

信頼出来るパートナーが隣に居るからだ。

猟犬が3体、彼等に襲い掛かる。

アンリが右手を正面に向けた。

激しい激突音と共に、猟犬たちが弾かれる。

彼女の目の前に、壁が出現していた。

真白い光で構成された壁。

意力で作り出された、身を護る為の防御障壁である。

彼女が展開したのは最も基本的な単体の防御障壁。

実力の高いセイバーになると自分の周囲を囲んだ範囲型の障壁、障壁の才能に恵まれた天才は街を護る為に張り巡らされた結界に匹敵する障壁の展開が可能になると云われている。

障壁に弾かれた猟犬たちは、地面に着地することはなかった。

ブレイカーが空中に舞っている最中、何かが横切る。

鈍い音と共に、3体の猟犬型ブレイカーは切断された。

切断された3体は黒い光になって霧散した。

ブレイカーは生命体ではなく、負の意力によって生み出される存在。

生物でいう死を迎える時は、肉体を残すことなく跡形もなく消滅する宿命にある。

猟犬たちが消え去った後にはアヴェルの姿があった。

彼の手には刀身が白い光で包まれた長剣が握られている。

猟犬を切り裂いたのは彼だ。

ブレイカーに最も有効的な対抗手段は意力による攻撃。

ゆえに彼が握る長剣は、意力を伝導しやすい特殊な金属で作られている。

刀身を纏う白い光は彼の意力。

切っ先を残る猟犬達に向ける。

唸り声を上げ、1体が襲い掛かって来る。

鋭い爪でアヴェルの胸板を切り裂く。

その場に膝をつく赤髪の少年。

追い打ちとばかり、牙を剥ける猟犬。

しかし、その牙が届くことはなかった。

猟犬の頭部を刺し貫く刃。

赤髪の少年を襲わんとした猟犬の背後に立つ者がひとり。

膝をついている筈のアヴェル当人だった。

猟犬は何が起きたか理解できないまま霧散した。

アンリはフゥと溜息を吐く。

「何回も見たけど、やっぱり背筋がゾッとしちゃうよ」

「ま、初めて見た時は今の比じゃなかったよね?」

「あの時は心臓が止まりそうになったよ」

猟犬が襲おうとした方のアヴェルの姿が霞みの様に消えた。

意力で作りだした複製―――分身だ。

セイバーが使う基本戦術のひとつであり、主に敵の目を欺く為に使用される。

切り裂かれたのは分身の方で、本体は猟犬の背後に回り込んでいたのだ。

アヴェルが使ったのは、より本物に近い実体を伴う分身。

実体分身は手応えもある為、本物と誤認しやすい。

残る2体が左右に分かれ、それぞれの方向から同時に襲い掛かって来る。

「てい!」

「これで終わりだ!」

アンリは拳で、アヴェルは斬撃で残る猟犬達を撃退する。

拳といっても、彼女は完全に素手というワケではない。

ちゃんと意力が伝導しやすい金属製の籠手をはめての攻撃だ。

ふたりの攻撃で霧散する猟犬。

周囲の感知を再び行い、危険が消えたことを確認するとふたりの肉体から放たれている意力は収束する。

「もういないね」

「うん、この分だと他のみんなも片付いてるかな。それにしても……」

「何?」

「いや、アンリも強くなったと思ってね。セイバーになるって言った時は大丈夫かなって思ったけど」

「もーわたしだって頑張ってるんだからね」

「はは……ごめん」

もう何年前になるだろうか、まだアヴェルがセイバーになる為の訓練に精を出していた少年時代。

この幼馴染が、自分と同じくセイバーになりたいと言い出したのは。

最初は猛反対した。

彼女に危険まっしぐらなセイバーをやらせたくなかった。

自分とは違い、彼女はセイバーと関わりのない家系の人間だったから。

アヴェルの家系―――ディアスは先祖代々セイバーを続けている。

伝承では、初めてブレイカーと戦ったセイバーの血を受け継ぐ最古参の家系のひとつだという。

祖父から聞いた話では千代以上は続いているとか……本当に気の遠くなる様な昔からだ。

よくもまぁ、そんなに長いこと血統が受け継がれてきたものだと思う。

対してアンリの家系は単なる一般人の家系だ。

偶然、祖父が彼女の家族と知り合ったのが縁で幼馴染になったようなものだ。

本来ならセイバーと関わりがないのだから、危険に晒したくない。

「(それに……もし、アンリが“あれ”を使う様な事態が訪れたら―――)」

「アル、そこから離れて!」

「え―――」

思案が途切れ、現実に戻される。

アンリが必死な形相で自分に呼び掛けていた。

何だ、一体どうしたというのだ。

ブレイカーの気配などまるでしないが……。

「ッ!?」

漸く、異変に気付いて頭上を見上げた。

自分より少し高い場所に“それ”は発生していた。

罅割れ―――空間に亀裂が生じている。

跳躍して距離を取る。

「(何だ、あれは!?)」

ブレイカー……いや、違う。

奴らが放つ独特の、黒く禍々しい意力は全く感じない。

目の前の異常事態に身構えるふたり。

亀裂が大きくなり、穴が開いた。

穴から何かが出てくる。

手だった、それは人間の手。

やがて手のみならず、本体が出現する。

白い、雪を思わせる真白いロングコートを羽織った男。

しかし、雪を連想させるロングコートはボロボロ。

身体は至るところ傷だらけ。

特に酷いのは額からの流血。

直に止血しなければ大事になるかもしれない。

だが―――それ以上に、その男の特徴的なものにアヴェルは息を呑んでいた。

赤い、自分と同じ真っ赤な赤い髪。

反射的だった、アヴェルがその男を抱き止めたのは。

男は息も絶え絶えで、早く病院に運ばなければ危険だ。

「アル……」

「今はこの人を病院へ運ぼう」

「うん、そうだね」

頭上を再び見上げる。

空間の罅割れは完全に消えていた。

一体、何だったというのか。

この傷だらけの男は何処の誰で、何処からやって来たのか。

分からないことだらけだが、今やるべきことはひとつ。

傷付いたこの男を病院に運ぶ―――それだけだ。










アークシティ中央病院。

街の中央区にある、最も大きな病院である。

傷付いた男は、この病院の一室で眠りに就いていた。

ベッドに横たわる彼を囲うアヴェルとアンリ、そして今日の仕事を共にしたセイバー達。

「空間に罅割れ、そしてこの人が出現したねぇ……」

「信じ難い話ですね……」

「でも事実なんです」

「わたしも見たから間違いないよ」

ふたりの体験談を聞いて、眉を顰めるザッシュとカノン。

無理もない、実際に見たふたりも困惑しているのだから。

ジェイはベッドで眠る赤髪の男をツンツンとつつく。

「それにしても、何者なんスかねこの人?」

「アヴェルと同じ赤髪よね」

「アヴェル、オメーの親戚か何かか?」

「ソラスさん、この大陸のディアス一族はぼくの家系だけですよ」

「今はアルとおじーさんだけしかいないよ」

アヴェルが知る限り、この大陸でディアスの血を引く者は自分と祖父しかいない。

祖父から聞いた話によると、ディアス一族の始祖には3人の子供がおり、長男ソレル、次男バジル、末女アンズの三兄妹と聞いている。

アヴェルの血筋は長男ソレルの系譜に連なる。

次男バジル、末女アンズはこの大陸の外へと旅立ち、二度とソレルとは再会しなかったという話だ。

もしかしたら、彼はバジル系譜かアンズ系譜のディアスだろうか?

何処となく他人の様な気がしない。

というよりも―――。

「(まるで、遠い昔に別れた家族と再会した気分だ……)」

「アル、どうかしたの?」

「いや、何でもないよ。ところで本部に報告してなかったよね?」

「ん〜じゃ、報告は僕らがしておくよ。君とアンリちゃんはそこの彼を看てて」

「珍しいですね、ザッシュさんが報告に行くなんて」

「明日は槍でも降るんじゃねーか?」

「君ら僕を何だと思ってんの!?」

「病院で大声を出さない」←ザッシュ以外の全員

「……ハイ、スミマセン」

アヴェルとアンリを残し、他のメンバーは病室から去っていった。










「……ッ」

ベッドで眠りに就いていた彼は、重そうに瞼を開いた。

見知らぬ天井が瞳に映る。

何処だ、ここは……?

全く知らない場所だ。

自分は、何故こんな場所に居るのだ。

記憶を辿る―――自分がこうしている理由を知る為に。

「(確か、俺は“奴”を追う為に亀裂に飛び込んで……“奴”?)」

“奴”とは誰のことだ?

思い出せない、自分は誰かを追っていたが―――それが誰なのかを全く思い出せない。

少し落ち着こう、深呼吸しよう。

「あのー」

名前は憶えている、子供の頃からの記憶もきちんとある。

「もしもしー」

憶えていないのは、誰かを追っていたということ、こうして寝ていることだけ―――。

「返事してー!」

「うぐはっ!?」

腹部に拳が突き刺さる。

突然の苦痛に目を剥いた。

何だ、何が起きて自分はこんな目に遭っているのだ。

視線を腹部に向ける。

突き刺さっているのは細い腕。

明らかに女の腕。

腕から先に視線を向けると、銀髪の少女が。

「すまん……拳を抜いてくれないか。というよりも、何故に俺の腹に拳を?」

「目が覚めても返事しなかったから」

「いや、せめてもっと大声で言ってくれ。いきなりこんな事されたら溜まったもんじゃない」

「ダメ、大きな声出したら怒られちゃう。ここ、病院だし」

「病院……?」

周囲に目を配る。

確かに普通の部屋には見えない。

自分の腕を見ると、何か妙な物が付けられている。

「これは?」

「え?お兄さん、点滴知らないの?」

「点滴……?聞いたこともないぞ、これは何をしているんだ?」

「栄養補給だよ。病気や怪我してる人に付けたりするの」

「怪我?そういえば……」

自分の額に違和感を感じ、手を当てた。

額には包帯が巻かれている。

もしかして、この怪我が原因で記憶が飛んでいるのか?

考え込んでいると、扉を叩く音が聞こえてくる。

「アンリ、夜食買って来たよ」

「お帰り、お兄さん目を覚ましたよ」

「ホント?」

どうやらこの少女の知り合いらしい。

扉が開かれ、中に入って来る。

やって来た人物の顔を見るなり、目を見開いた。

何故ならば、入って来たのは赤髪の男がよく知る顔だったからだ。

自分と同じ赤髪の少年―――。

「アヴェル……?お前、どうしてここに?」

「え……どうして、ぼくの名前を知ってるんですか?」

まるで初対面の様な反応に、困惑の表情を浮かべる男。

「お前、俺の―――兄の顔を忘れたのか?」

「「兄!?」」

少年と少女―――アヴェルとアンリは揃って声を出した。

「どうした、何を驚いている?」

「ぼくに兄弟は居ませんよ!?」

「アル、一人っ子だよ」

「何、そんな馬鹿な―――」

言葉を紡ごうとして、赤髪の男の口は止まった。

じっと、アヴェルの瞳を見つめた。

「違う」

「え?」

「俺の知るアヴェルは、俺と同じ青い瞳だ。お前は琥珀の瞳―――お前、何者だ?」

「アヴェル・ディアスです。ここ、アークシティでセイバーをやってます」

「アヴェル・ディアスだと……?それにアークシティ?聞いたこともない名前だが……」

「アークシティを聞いたこともない?」

「全く記憶にない。ここは大陸の辺境か?」

「いえ、大陸中央で栄える最大の都市ですよ」

「大陸中央にある街はフォーゲルだろう?」

「「フォーゲル!?」」

顔を見合わせるふたり。

「どうした?何かおかしい点でもあったか?」

「おかしいどころじゃないですよ。フォーゲルって、500年くらい前にこの地にあった街の名前ですよ」

「500年……!?」

より一層困惑する男。

アンリはうーんと暫く考え込んだ後、はっとした。

「アル、タイムマシンだよ!この人、タイムマシンに乗ってたんだけど、途中でタイムパトロールに違法時間移動者と勘違いされて」

「アンリ、漫画の見過ぎだって(汗)。ぼくの考えでは頭を打って錯乱してるしている人だと思う」

「……どーいう意味だ(怒)」

散々な言われ様に青筋を立てる男。

彼としては心外かもしれない。

しかし、アヴェルとアンリから見れば記憶が混乱している気の毒な人物としか思えないのだ。

「あ、そーいえば」

「どうしたの、アンリ?」

「お兄さんの名前聞いていないよ」

「ああ、確かに……貴方、名前は?」

「シオン―――シオン・ディアスだ」

男が名乗った瞬間、アヴェルは確かに感じた。

心臓が高鳴った音を。

同じディアスの名、それ以上にシオンという名に言葉では言い表せない懐かしさを感じた。

「どうしたの、アル?」

「いや、何でもないよ。ぼくと同じ苗字ってことは、やはり貴方もディアスに連なる人間。どの系譜のディアスですか?」

「ソレル系譜、この大陸のディアス一族だ」

「まさか、ソレル系譜のディアスはぼくと祖父しか居ない筈なんですが……」

「弟と同じ名を持つ少年、頼みがある」

「何ですか?」

「この周辺の地図と、歴史関連の書物、セイバーに関連する書物に目を通したい。用意してもらえるか?」










―――3日が過ぎた。

シオンは病院のベッドの上で、アヴェルに頼んだ書物に目を通していた。

軽く20冊以上はある。

まず、最初に目を通したのはこの街の周辺の地図。

自分の記憶と地図を照らし合わせる。

「(間違いない、地形は色々と変化しているが……ここは大陸中央で栄えた街フォーゲルのあった場所だ)」

歴史書に目を通す。

フォーゲルという街についての歴史。

―――今から1700年前、ブレイカーとの幾度目かの戦いによって荒廃した大陸中央。

当時のセイバー達が中心となってこの地に街を建設、名をフォーゲルと付けた。

1200年もの間、大陸中央で栄えた、正に大陸の中心地ともいえる場所だった。

だったというのは、言葉の通り過去形だ。

既にフォーゲルという街は存在しない。

歴史書によると、今から500年前―――フォーゲルは大規模な戦いで壊滅に追いやられたとある。

現在と同じく、セイバーの総本山が置かれていた。

壊滅当時、300人以上のセイバーが勇戦したものの、生き残ったのは20人に満たなかったという。

この戦いで古来から続くセイバーの家系の幾つかが断絶し、大陸中央は深刻な打撃を受けた。

人的物的資源の著しい減少、壊滅した街の再建には長い年月を要した―――と書物には記されている。

シオンは思案する。

自分が知っているのは、この歴史書に記されているフォーゲルという街だ。

アークシティという名の街など聞いたこともない。

信じ難い、あまりにも荒唐無稽なこの現状―――。

「本当にここは、俺が生きた時代より500年先の未来だというのか……」

ベッドから起き上がり、病室の窓を開ける。

窓の先には見慣れぬ街並みが広がっている。

超高層のビル群、車やバイク、空を飛ぶ飛行船。

シオンの生きた時代には存在しない、全く見たことも聞いたこともない物ばかりだ。

病室の中にも、見慣れない物が数多く存在する。

ベッドに戻り、別の書物に目を通す。

500年前の大規模な戦い―――自分が生きていた時代に、そんな大きな戦いが起きたと記されている。

しかし、シオンの記憶にその様な戦いは無い。

否、無いと言うよりも記憶に欠陥がある様な気がする。

包帯が巻かれた額に手を当てる。

もしや、この怪我が原因か。

“何か”を追って空間に生じた亀裂に入ったことは記憶している。

その“何か”が、500年前の戦い(自分からすれば、元の時代だが)とやらと関わりのあるものなのだろうか。

この怪我は“何か”の仕業で、これが原因で500年前の戦いに関する記憶を失い、こんな遠い未来に来てしまったのか。

次にセイバーに関連する書物に目を通す。

気になったからだ、あの赤髪の少年のことが。

彼はアヴェル・ディアスと名乗った。

同じだったのだ、弟の名前と。

シオンには弟がひとりいた。

あの少年と同じく、名はアヴェル・ディアス。

年齢は10歳離れている。

母は、弟が2歳の時に不治の病で息を引き取った。

父はそれから2年後にブレイカーの大群に襲われる街の救出に向かい、二度と戻ることはなかった。

父の死後、死に物狂いの修行に励んだ。

残された家族の弟を護る為、セイバーとして戦う為に。

視線を書物に向ける。

セイバーに関する書物、500年前の戦い以降の様子が記されていた。

もっとも、500年もの昔の出来事が事細かく記されているワケではない。

それでも真剣な表情で書物に目を通す。

―――ディアス家に関する記述。

500年前、当時の当主が“死亡”、ディアス家は断絶の危機に晒される。

しかし、奇跡的に無事だった当主の弟が跡を継いだことで存続。

現代まで断絶することなく、ディアスの血筋は受け継がれている。

当時の当主とは、語るまでもなく自分のことだ。

父の死後、ディアス家を継いだのだから自分以外にあり得ない。

“死亡”とは、どういう意味なのか。

“失踪”ではなく“死亡”―――これが意味するものは。

いや、“死亡”で合っているのかもしれない。

こう記述されている以上、自分は元の時代に戻らなかったのだろう。

なら死亡扱いでもおかしくない。

「ま、それはいい。俺が“死亡”したことよりも気になるのは……」

跡を継いだ当主の弟。

疑う余地もない、実弟アヴェル以外にない。

自分がいなくなった後、弟が跡を継いでディアス家を無事存続させたのだ。

よく頑張ったな、と自然と笑みが浮かんだ。

弟は無茶で無鉄砲なところもあるが、思いやりと戦えない人を全力で護ろうとする勇気の持ち主だった。

この記述通りなら、今のディアス家は弟の血筋。

あの弟と同じ名前を持つ少年は―――。

「あいつの血を受け継ぐ子孫か。外見もよく似ている……まるで生き写しだ」

瞳の色を除けば、驚くほどよく似ている。

自分が良く知る弟は14歳だった。

あの少年は弟が2〜3歳くらい年齢を重ねた姿に見えた。

血筋が同じとはいえ、あそこまで似ていると本当に弟と勘違いしてしまいそうだ。

否、既に勘違いしてしまっている。

最初に対面したあの時に。

更に書物を読み進めようとした時だ、病室の扉を叩く音が聞こえたのは。

「どうぞ」

「失礼するよ」

入って来たのは背の高い豪快そうな女性―――セイバー総本部の重鎮、防衛隊長ルカ・バルドー。

どうやらアヴェル達からこの男の話を聞き、興味を持った模様。

シオンは彼女を見るなり、瞬時に悟った。

この女性が内に秘める力を。

「もしや―――貴女は結界使いか?」

「おや、分かるのかい?」

「ああ、結界使いは意力の波長に特徴があるからな。攻撃に特化しているセイバーとは微妙に異なる意力を発している」

赤髪の言葉に、ルカは感嘆した。

一目で自分の能力を見抜くとは、この男は只者ではない。

彼の言葉通り、彼女は結界使いと呼ばれる存在。

結界使いとは、障壁の秘儀である『結界』を展開させることが出来る人材だ。

街を張り巡る結界、これは長年の研究で開発された障壁柱(しょうへきちゅう)と呼ばれる結界を人工的に発生させる装置によって展開されている。

だが、万一不測の事態が起こらないとも限らない。

街の結界が消えた時、街はブレイカーの脅威に晒される。

結界使いはそうした時に街を護る為の結界を作り出す者。

彼女が防衛隊長という役職に就いているのはその為だ。

アヴェルからこの男が500年も昔から来た人間と聞き、彼同様にそんな馬鹿な話はあり得ないと思ったが……。

「(案外、事実かもしれないねぇ)」

「どうした?」

「いや、何でもないよ。そりゃそうと、自己紹介がまだだったね。あたしはルカ・バルドー、この街の防衛責任者ってトコかな」

「シオン・ディアスだ、あのアヴェルという少年とは遠い親戚のようなものだ」

「アヴェルの親戚?」

「この書物を見る限り、あの少年は俺の弟の子孫にあたる。弟と名前も同じだ」

嘘や冗談を言っている顔には見えない。

赤髪の男の顔は真剣そのものだ。

本当に遠い過去からやって来た人間だというのか。

一体、どうやって?

聞きたいことは山の様にあるのだが、赤髪の方が先に口を開いた。

「ルカさんだったか、頼みがあるんだが」

「頼み?」

「セイバー総本部を見学したい。俺が居た頃とどう違うのか、見ておきたい」










セイバー総本部、訓練室。

ふたりのセイバーが向かい合っている。

ザッシュとカノンだ。

深呼吸して、精神を統一する両名。

少し離れた場所からふたりを見守る者がひとり。

ザッシュと同期のリューだ。

精神統一をするふたりのセイバー、互いの右手に変化が生じる。

白い光―――意力が集う。

否、ただ集うのではない。

それは徐々に何かを形作っていく。

一瞬の眩い光、それが収まると両名の右手には武器が握られていた。

ザッシュの右手には黒い鞘に納まった片刃の剣―――所謂、刀が。

カノンの右手には籠手が装着されていた。

「……僕は2秒くらいかな。カノンちゃんはどうだい?」

「5秒か6秒くらいでしょうか。もっと早く作り出せる様にしないと」

「私から見れば、ふたりとも十分早いと思うけどね」

「修行に精が出てるねぇ」

「あ、ルカさん。それと……」

「「記憶が何処かおかしい人」」

「シオン・ディアスだ(怒)」

ザッシュとカノンの言葉に青筋を立てる赤髪こと、シオン・ディアス。

どうやらアヴェルからこの男の話は聞いているらしいが、例の如く信じていない様だ。

「それはそうと、今の訓練を見せてもらったが―――意刃の展開をしていたんだな」

「ん、まぁね」

「はい、私はまだ習得して間もないからまだまだ時間が掛かるんですが」

意刃(エッジ)―――ふたりが手にしている武具の名だ。

自身の意力を武器の形状に物質化する。

作り出した本人の意力が最も伝導する為、対ブレイカー戦に於いて切り札となる能力。

アドバンスドに昇格するには、この能力を発現させることが絶対条件とされている。

「おっと、そういやぁ僕らはまだ自己紹介してなかったね。僕はザッシュ・シャルフィド」

「カノン・レイニッシュです」

「リュー・トライアングルよ、よろしくね」

「ああ、よろしく―――シャルフィド?お前、ラズ・シャルフィドの子孫か?」

「へ?何で御先祖様のこと知ってんの?」

「知っているも何も、奴は―――」

言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。

本部全体に警報音が鳴り響いたからだ。

突然の事態に困惑する一同―――否、シオンだけは動じていなかった。

瞳を閉じ、呼吸を整えている。

その肉体からは僅かながら白い光を発していた。

警報音が数十秒響いた後、今度は放送が聞こえてきた。

『緊急事態発生、緊急事態発生。アークシティより西方17キロ地点に“ドラゴン”が出現。繰り返す、アークシティより西方17キロ地点に“ドラゴン”が出現』

一同の顔に緊張が走る。

ドラゴン―――ブレイカーの一種である。

しかし、通常のブレイカーとは一線を画す“災害”レベルの脅威を誇る。

滅多に出現することはないというのに、それがアークシティから僅か17キロの地点に。

訓練室を足早に出ようとする男がひとり―――ザッシュだ。

「ルカさん、僕が行ってくるよ」

「無茶よ!相手はドラゴンなのよ!?」

「リューちゃん、僕もそこまで馬鹿じゃないよ。ただ、その周辺に居る人達の避難誘導くらいは出来るさ」

「ザッシュ……」

普段はこの男の迷惑行為に頭を悩ませているものの、敵が強大なブレイカーとあっては心配らしい。

不安げな彼女の頭に手を乗せるザッシュ。

と、隣に居たカノンの様子がおかしい。

顔色がみるみる青褪めていく。

「カノンちゃん、どうし―――」

「今、アークシティから西方って言いましたよね?確か、その辺りってアヴェルとアンリがブレイカー討伐に行ってる場所じゃ……」

「―――!」

「こりゃまずいね。ザッシュ、カノン、アンタ達は急いで現場に急行して。リューはマスタークラスのセイバーの応援要請を」

「「「了解!」」」

「シオン、すまないけど、本部内の見学はまた次の機会に……シオン?」

その場にシオンの姿は無かった。










アークシティから西方17キロ地点。

周囲に轟音が響く。

巨大な翼を羽ばたかせ、“それ”は咆哮を上げる。

圧倒的な巨躯、鋭い爪と牙。

鱗に覆われたその姿は爬虫類を思わせる。

ドラゴン―――災害クラスの脅威を誇るブレイカーである。

並のセイバーでは到底太刀打ち出来る様な相手ではない。

ドラゴンの周囲は、破壊によって荒れ地と化している。

幾つかの岩が無造作に点在し、その内のひとつの影に隠れるふたりの姿があった。

アヴェルとアンリだ。

突如として出現した巨大なブレイカーを前に、ふたりは絶望感に包まれていた。

何故、こんなところにドラゴンが現れたのか。

あまりにも急な出来事だった。

この周辺のブレイカー討伐に赴き、ブレイカー達との戦闘の最中に奴は上空からやって来たのだ。

奴は出現するなり、同胞であるブレイカーを喰らい出した。

いや、ブレイカーに同胞も何もない。

奴等は単に破壊を齎すだけの存在。

今を生きる生命であろうと、同じブレイカーであろうと関係はない。

息を殺し、ドラゴンの動向を窺う。

見つかれば、まず命は無いだろう。

汗が止まらない。

当然だろう、自分達では逆立ちしても勝てない相手なのだから。

どうすればいい?

この状況を切り抜ける対応策は何か―――。

隣に居たアンリが、小声で囁く。

「(アル、わたしに任せて)」

「(アンリ、まさか!?駄目だ、“アレ”だけは使っちゃいけない)」

「(だけど、このままじゃ―――)」

彼女にはこの場を切り抜ける対応策がある。

それが如何なる方法であるかは、アヴェルも理解しているが許可出来ない。

その様は必死に彼女の身を案じている。

―――そんなふたりのやり取りを横目に、事態は動き出す。

凄まじい風圧が襲い掛かって来た。

何事か、岩陰から様子を窺う。

羽ばたき、ドラゴンが巨大な翼を羽ばたかせている。

ただ、それだけで周囲の岩に亀裂が入る。

アヴェル達が隠れている岩も例外ではない。

「(―――不味い!岩が崩れ……)」

アンリを抱き寄せ、障壁を展開する。

破壊された破片は全て防いだ。

だが、同時に大きな問題を齎す。

アヴェルが展開したのは周囲を防ぐ範囲型の障壁だ。

それはある意味で大きな“目印”となってしまう。

ドラゴンの瞳はそれを見逃さなかった。

巨大な腕、その指先から伸びる鋭い爪を振るう。

迫る魔爪。

「クッ!」

アヴェルは全神経を集中、障壁に意力を注ぎ込む。

障壁と爪が激突し、激しい高音が響く。

ビシリ、と聞こえてくる罅割れる様な音。

ドラゴンが放った一撃で、アヴェルの障壁には罅が。

想像を絶する破壊力。

こんなもの、何発も耐えられるワケがない。

「ごめん、アル!やっぱり、わたし―――」

「駄目だ、アンリ!それだけは―――」

再び迫るドラゴンの爪。

駄目だ、破壊されてしまう。

迫りくる鋭い爪に、障壁は全壊した。

全壊したものの、幸いにもドラゴンの爪は奇跡的にふたりを切り裂かなかった。

アヴェルが全神経を込めて障壁に意力を込めたことが功を成したのか。

しかし、衝撃を完全に削ぐことは出来ずに弾き飛ばされてしまい、地に伏せる。

殺される―――目の前の強大な敵を前に、アヴェルは成す術がない。

嫌だ、死にたくない。

自分ひとりが死ぬだけなら構わない。

だけど、今は死ねない。

大切な人を―――アンリを護れずに死ぬのは嫌だ。

アンリは先ほどの衝撃からか、気を失っている。

よろつきながらも立ち上がるアヴェル。

両手を前に出す、その手には腰に差している長剣は握られていない。

意識を集中する、両手に意力が集う。

集う意力は、剣の形に収束していく。

セイバーの切り札―――意刃の発現。

目の前の強大な敵に対抗するには、それしか方法はない。

だが―――砕ける様な高音と共に、収束されつつあった意力は霧散する。

「(駄目、か……まだ、ぼくには意刃は作れないのか―――)」

意刃を作りだせるのは、アドバンスドクラスのセイバーでなければならない。

アヴェルは第二階位のミディアム、まだ意刃を作りだせる域にまでは達していなかった。

咆哮を上げながら、爪が迫る。

終わりだ、もう立つ力すら―――。

迫りくる爪を前に、アヴェルは膝をつく。

後は一撃で切り裂かれるだけの運命だ。

おそらく、痛みも何も感じずにあの世に逝くだろう。

だが、そうはならなかった。

聞こえてくる激突音。

「生きているか」

「―――え」

前を向くと、そこにはひとりの男の姿が。

自分と同じ赤い髪の男―――シオン・ディアス。

彼は自分とドラゴンの間に立っていた。

左手を正面に向け、障壁を展開している。

先ほど聞こえた激突音は、彼の障壁が爪を防いだ際に聞こえたものだ。

「どうして、貴方がここに……!?」

「セイバー総本部の見学をしていたら、何やらドラゴンが現れたと聞いてな。すっ飛んできた」

「何考えてるんですか!?相手はドラゴンですよ!」

「問題ない、あの程度のドラゴンなら何百と斬り捨ててきた」

唖然とした表情で目の前の男を見つめる。

自分の聞き違いか?

あの恐ろしいドラゴンを何百と斬り捨ててきた……?

はっと、異変に気付く。

シオンの右手に意力が集う。

一瞬の閃光―――。

ずん、と何か大きな物が落ちる音が聞こえた。

閃光に眩んだ瞳を開く。

視界が回復した瞳に最初に映ったもの―――それは剣だった。

鍔の無い長剣を握るシオンの後ろ姿。

一目で、彼が手にしている剣が金属製の剣ではないと理解した。

その剣は意力で作りだされた武器―――即ち、意刃。

刀身の中心には、鳥の刻印が刻まれていた。

真っ赤な赤い鳥の刻印が。

刻印を目の当たりにしたアヴェルの瞳が見開く。

「(不死鳥の、刻印―――)」

赤い鳥の刻印、それは灰の中から蘇るという伝説を持つ不死鳥。

幼い頃の記憶の扉が開く。

父が自分の前で、意刃を見せてくれた時だ。

幼い瞳に映ったもの。

今、シオンの意刃に刻まれているものと同じ不死鳥の刻印。

父の意刃にも、不死鳥の刻印は刻まれていた。

幼かった自分を膝に乗せ、父は語った。

『アヴェル、この不死鳥の刻印はディアスの血を受け継いだ者の意刃にしか刻まれていない。お前もいつの日か、この刻印を持つ意刃を作り出すだろう』

間違いない、彼は紛れもなくディアスの血を受け継ぐ者だ。

あの不死鳥の刻印が刻まれた意刃が何よりの証拠。

意刃に気を取られ、地面に落ちている巨大な物に漸く気付いた。

鋭い爪を生やした巨大な腕。

ドラゴンの腕だ。

ドラゴンが奇声を上げていた。

否、悲鳴かもしれない。

想像を絶する苦痛に、悲鳴を上げている様にしか見えない。

「アヴェル、アンリ!」

「ふたりとも、生きて―――!?」

後方から聞こえてくる声。

カノンとザッシュが、漸く現場に到着した。

が、到着するなり、ふたりは目の前の光景に硬直する。

無理もない、ドラゴンの腕が斬り落とされているのだから。

咆哮が響く。

怒り狂ったドラゴンが、シオンに牙を剥ける。

だが、彼は全く動じない。

意刃を両手に持ち、上段高く構える。

「あの構えは……!」

アヴェルは、シオンの構えを知っていた。

幼少の頃から習っている、ディアス家に伝わる剣術のひとつ。

「ディアス流一刃―――砕牙(さいが)

上段高く構えた剣を、一直線に振り下ろす。

瞬間、大地が揺れた。

それだけではない、大地に亀裂が走る。

200〜300メートルはあろう亀裂が、大地に生じた。

目の前に迫っていたドラゴンが、動きを止めていた。

いや、止まっているのではない。

数秒後、その巨体にズレが生じる。

圧倒的な巨躯が真っ二つになり、轟音を立てて地に沈んだ。

黒い意力で構成された巨躯が霧散していく。

誰もが呆気に取られていた。

あの恐ろしいドラゴンを、ただの一撃だけで斃した。

シオンは動けないアヴェルの肩に手を回す。

「ありがとうございます、あの……」

「礼はいらん、お前は弟の子孫だからな」

「え……」

「俺は元の時代、今からすれば500年前になるが―――ディアス家の当主を務めていた。俺にはお前と同じ名前、同じ顔の弟がいた。額の怪我の影響から記憶に何らかの欠落があるが、俺は何らかの理由で遠い未来であるこの時代にやって来たんだ」

あまりにも荒唐無稽な言動。

だが、不思議と嘘ではないと感じた。

初めて、この男を見た時に感じた懐かしさ。

あれは祖先―――この男の弟の血が流れているがゆえに反応。

遠い昔に離れた兄弟が再会を果たした反応だったのかもしれない。

ふと、大切なことを思い出した。

アンリは―――!?

「大丈夫です」

視線の先には、アンリを膝枕するカノン。

アンリは規則正しい呼吸で眠っている。

よかった、本当に。

ほっと胸を撫で下ろす。

ザッシュの方は頭を掻きながら、ジト目で見つめてくる。

「しっかし、恐ろしいねえ。ドラゴンを一撃で……」

「お前もラズの子孫なら、何れはあれくらい出来ると思うぞ」

「へ?あ、そーいえば、何で僕の御先祖様知ってんの?セイバー総本部で聞きそびれたけど」

「戦友だからな、元の時代で」

「はい!?」

「そっちの君はカノンだったか、レイニッシュという名の家系は初めて聞くが」

「あ、はい。私の家は祖父からセイバーを始めたので、まだ私で3代目なんです」

「ふむ……とりあえず、街に帰還するとしよう。ふたりを病院に運ばなければならんからな。俺の処遇は、その後で総本部の上層部辺りに委ねるとしよう」

時空を超えて、遠い未来へと渡って来た不死鳥の刻印を持つ男。

彼がこの時代に現れた理由とは―――?



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