第4話『ディアスを継ぐ者』


―――シオンさんのセイバー試験から数日が過ぎた。

ぼく、アヴェル・ディアスは彼と共にアークシティから西方にある湿地帯へと赴いていた。

近頃、この辺りで爬虫類系のブレイカー“リザード”が多数出現しているという報告があった為だ。

リザードは人型形態を取るブレイカーであり、黒い意力で構成された武器を持って襲ってくるなかなか厄介な相手だ。

奴らの武器には意刃ほどの攻撃力は無いが、一般人からすれば脅威以外の何物でもない。

早急に討伐し、周辺の町や村への被害を防がなくては。

シオンさんにとっては、この時代での初仕事になる(未だに過去から来た人っていうのは信じられないけど……)。

現場に到着したぼくとシオンさんは、感知と索敵に集中する。

黒い意力を多数感知。

「数は―――30体。距離は300メートル先だな」

「30体か……結構いますね」

「そうか?俺は数千体のブレイカーと遭遇した経験があるぞ。それに比べれば、大したことは無い」

「……よく無事でいられましたね(汗)」

さらりと出た、とんでもない発言にぼくは目を丸くした。

ぼくもセイバーになって1年が経つものの、数千ものブレイカーの群れと遭遇した経験は無い。

そんな大群と遭遇したら、命がいくつあっても足りない。

「俺の時代には街全体に常時結界を張り巡らせる技術が無かったからな。ある町が数千体のブレイカーに襲撃されたという事件が起きて、救援に向かったメンバーに俺も参加した」

そうか、その頃は今の様に結界を張り巡らせる装置―――障壁柱が存在しない。

多数のブレイカーが押し寄せたら、一溜まりもない。

今がどれだけ便利な世の中なのかと思い知らされる。

と、シオンさんの目つきが鋭くなった。

「どうやら話をするのはここまでだ、奴等が動き出した―――分散されると面倒だ。一気に片付けるぞ」

「はい!」

リザード達が動き出した。

シオンさんの言うとおり、分散する前に一気に叩いてしまうべきだ。

分散して違う方面に向かわれると、倒すのに時間を要する。

時間が経てば経つほど、奴らは遠くに行ってしまう。

周辺を通る人間や近辺の町や村が襲われないとも限らない。早急に討伐しなければ。

「アヴェル、三刃―――烈風は使えるか?」

「習得済みです、シオンさんほど練度は高くないですけど」

「よし、ならばいくぞ―――」

シオンさんとぼくは、踏み込む様な体勢―――ディアス流三刃“烈風”の構えを取る。

烈風は脚力を強化し、最大加速で走り抜けて敵を斬る技だ。

ちなみに、シオンさんが今握っている剣は意刃ではない。

金属製の剣―――といっても、ただの金属ではない。

意力を伝導する特殊金属製、しかも最高純度の特注品だ。

何故、意刃を使わないのか?

尋ねてみたところ……。

「意刃は切り札だ、使うべき時にのみ使う」

なるほど、確かに。

意刃は切り札、強敵と戦う時にのみ使う。

普段は実体剣を携えておく必要があるというワケだ。

余談だが、シオンさんの剣はドラゴン討伐の報酬だそうだ。

ドラゴンを討伐すると途方もない報酬を得られるのだが、彼はそれを受け取らずに自分の力に耐えられる剣を報酬として受け取ったのだ。

今回はその剣の切れ味を試す為の戦いでもあるのだ。

両脚に意力を集束し、一気に駆け出す。

まだまだ未熟者のぼくの烈風―――それでも、その速度は音速にまで達する。

「!?」

そのぼくの隣を、光が奔った。いや、それが光ではないことをぼくは知っている。

300メートル前方、リザードの群れに異変が生じる。

5体のリザードの胴体があっという間に両断されたのだ。

リザードの群れの中心に、シオンさんは立っていた。

出鱈目もいいところだ。彼の速度は音速どころか、光速と言っても過言ではない。

リザードが3体、黒い意力で構成された斧をシオンさん目掛けて振るう。

甲高い音が聞こえ、リザード達の斧が切断される。

正に目にも留まらぬ早業、斧のみならずリザード達もバッタバッタと切り裂いていく。

ぼくが4体目を斬り捨てた時、既にシオンさんは最後の1体を仕留めていた。

彼は満足気に報酬の剣を見つめていた。

「正に逸品だ、俺の時代でもこれほどの名剣は滅多に存在しない。名のある工房で作ったと聞いたが……」

「レアリスト工房です。ジェイの実家が経営してるんですよ」

「あのオレンジ頭の少年のか。今度、顔を出して見るとするか―――む?」

「どうしました?」

「何者かがこちらに向かって来る。距離は3キロ先だ」

「3キロって……そんな遠方まで意力を感知出来るんですか?」

「15キロ先までなら感知可能だ」

開いた口が塞がらない。シオンさんは近接戦闘主体のセイバーだ。

近接戦闘タイプのセイバーは遠距離の感知は苦手というのが世間の認識だ。

ぼくの感知は大体200メートル先が限界だ。

マスタークラスの人でも、近接戦闘タイプは1〜2キロ先がいいところと聞いたことがある。

この人はその範疇を超えた距離を感知可能なのだ。

驚くなという方が無理だろう。

「ブレイカーではない、人間だ。数は15人―――常人より意力が強いことから一般人の類ではないな」

「ということは、もしかして……」

近付いて来る者達が何者であるのか―――ぼくは、大方予想出来た。

暫くして、ぼく達の前に重装備に身を固めた一団が出現した。

彼らを一瞥した後、シオンさんの口が開く。

「仮装大会の会場ならここじゃないぞ?」

全員がその場でズッコケた(ぼくも)。

どうしたのか、とシオンさんは首を傾げた。

いやいや、何言ってるんだこの人は!?

「アンタ、この人達が仮装大会の出場者か何かと思ってんですか!?」

「違うのか!?」

「何本気で驚いてんですか!?この人達はガーディアンです!」

「ガーディアン?彼等が?」

―――ガーディアン。セイバーと同じく、意力を駆使しブレイカーと戦う者達である。

歴史は古く、セイバーの始祖たる始まりの者達から一世代ほど過ぎた時代に組織されたという。

セイバーが遠距離のブレイカー討伐に赴くことも多いのに対し、ガーディアンは指定地域の巡回やブレイカーの討伐を担当する。

数的にはセイバーよりもガーディアンの方が圧倒的に多い。

というのも、ガーディアンに所属する者の殆どが指定された地域の出身者。

早い話が、故郷をブレイカーの魔手から護りたい人々の集まりなのだ。

セイバーとは異なり、集団行動によってブレイカーを討伐する。

ゆえに、行動する時は10人以上の場合が多い。

「リザードの討伐感謝します。我々はガーディアン第107部隊の者です」

「いや、こちらこそ先ほどの失言を許して欲しい。俺はシオン・ディアス」

「ぼくはアヴェル・ディアスです」

「ディアス……!?」

「あの伝説のセイバー一族……!」

ガーディアンの皆さんがざわつく。

ディアスはセイバーの中でも最古参の家系。セイバーでなくとも、広く知れ渡っている。

「恐縮です、まさかディアス一族の方々とお会い出来るとは……」

「そう畏まらなくていい、我々はブレイカーから牙無き人々を守るという共通の志を持つ同志だ」

同志―――確かにそうだ。

所属する組織は違えど、ブレイカーと戦うという信念は同じ。

あまりガーディアンの人達と接点が少ないから考えたことも無かった。

巡回に戻る彼等に別れを告げ、ぼく達も帰路につく。

「どうした?」

「え?ああ、さっきのシオンさんの言葉に少し感銘を受けまして」

「人に褒められるほど歳は取ってないぞ―――まぁ、さっきの言葉は受け売りなんだがな」

「受け売りって、誰のですか?」

「親父だ」

親父―――ってことは、シオンさんのお父さんか。

どんな人だったんだろう。

「シオンさんのお父さんって、どんな方だったんですか?」

「親父か?そうだな、ひたすら厳しい人だった印象が強いな。剣術や体術、当主としての在り方―――色々と叩き込まれもんだ」

「ぼくの父さんとは全然違いますね」

「ふむ、そうなのか?お前の父は穏やかな人なのか?」

「う〜ん、何と言えばいいんでしょうかねぇ。自由過ぎるというか、破天荒というか……とにかく型破りな人でしたからね」

「……お前とはえらく性格が違うみたいだな」

いや、全くそう思う。

どうすれば、父さんからぼくみたいな息子が誕生するのか。

昔からよく言われてる。

「よく言われます。シオンさんは、そんな厳しい方が父親だったからそんなに強くなれたんですね」

「そうでもないさ。今でこそドラゴンも真っ二つに出来るが、昔はどうしようもない落ちこぼれだった」

「まさか、嘘でしょ!?」

「事実だ、少なくとも俺は天才や神童の類じゃない」

信じ難い言葉だった。あれだけの強さを努力と研鑽で得たというのか。

生れ付きの才能によるものだとばかり考えていた。

「14歳の時だ、親父が戦死した」

「―――!」

「母は親父が戦死した2年前に病死した―――俺に残された家族は幼い弟だけだった」

シオンさんの弟―――つまり、ぼくの御先祖様だ。

「人を捨てるほどの修行に打ち込んだ―――そうでなければ、ディアス家当主は務まらない。弟を護ることも出来ない」

護りたいものの為に強くなった。

一体、どんな過酷な修行をしたのか―――想像もつかない。

あれだけの強さだ。生半可な修行じゃ、あの強さには到達出来ない。

「その成果もあって、今の俺があるというワケだ」

「ぼくも……もっと頑張らないといけませんね」

「なに、お前はお前なりのやり方でディアスを継ぐ者になればいい」

ぼくなりのやり方か……。

道は険しいかもしれないけど、やり遂げてみせる。

「あ」

「どうしたんですか?」

「いかん、早く帰るぞ」

「え?どうしてですか?」

「確か、南区の百貨店で緑茶が値引きされてる筈だ。お前も買うのを手伝ってくれ」

「……はぁ」

この後、百貨店で緑茶を大量に買い占めようとして店員に怒られるシオンさんであった(アヴェルも巻き込まれた)。



・2023年2月13日/文章を一部修正



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