第9話『不死鳥の里』


―――兄、シオン兄。

自分を呼ぶ声が聞こえる、聞き慣れた声。

シオン兄、自分をそう呼ぶ声はひとりしかいない。

血を分けた弟、ただひとりだけ。

「―――シオン兄!」

「……む」

椅子に座っていたシオンは意識を覚醒する。

眼前に広がるのは書類が置かれた机、見慣れた装飾が飾られた部屋。

ここは執務室、自分が良く知るディアス家当主の執務室だ。

机の前には自分と同じ髪と瞳を持つ少年の姿が。

実の弟アヴェル・ディアスだ。

「シオン兄、こんなところで寝たら風邪ひくよ?疲れてるんじゃない?」

「すまんな、疲れていたつもりはないんだが……俺としたことが転寝するとはな」

「仮眠を取った方がいいんじゃ?」

「そうもいかない、片付けないといけない書類がまだ―――」

机にある書類に目を通そうとしたが、それを遮るように執務室をノックする音が聞こえてくる。

入れ、と入室を許可するシオン。

やって来たのは70代に近い老人。

如何にも執事といった雰囲気が似合う服装をしている。

彼の名はサーク、先々代のディアス家当主であるシオン達の祖父の代から仕えている執事だ。

「サーク、何かあったのか?」

「メルトディス様がお越しになられました」

メルトディス―――ラングレイ家の当主であり、シオンの幼い頃からの盟友である。

「メルトディスが?客間に案内してくれ」

「いえ、それが里の方でお会いになりたいと。日輪亭で御待ちになられております」

「そうか―――アヴェル、お前はどうする?」

「ぼくはさっき昼食済ませたからいいよ。裏山で剣の修行してる」

「そうか、では行ってくる」

支度を手早く整え、シオンは大きな屋敷から出ていく。

屋敷の後方にはそれなりの高度がある山が聳え立つ。

先ほど、アヴェルが言っていた裏山とはこの山のことだ。

シオンも幼い頃からこの山で剣術や体術の修行に励んでいた。

屋敷から出て5分ほど歩くと、人々の賑わう声が聞こえてくる。

民家や商店が立ち並ぶ光景が広がる。

―――不死鳥の里、そう呼ばれている町である。

ディアス家の当主が町の守護者として、代々この地を守り抜いてきた為にそう名付けられたと伝え聞いている。

一応、ディアス家が里長ということになっているが、里の行政に関しては他の者達に任せており、ディアス家は主に里の防衛やブレイカー討伐に力を尽くしている。

10年前、シオンが14歳の時に先代当主だった父が亡くなり、若くして当主となった彼には数々の苦難が降りかかった。

今考えてみれば、よくもまぁ当主をやっていられると思う。

この10年で戦闘能力以上に神経が図太くなったことを実感する。

町中に繰り出すと、色々な人々が挨拶してくる。

「当主、お出掛けですか?」

「ああ、日輪亭にな。メルトディスが来ているんだ」

「本当ですか!?わ、私サイン貰いに行こうかな」

女性達が黄色い声を上げながら、メルトディスの来訪に心を躍らせる。

セイバーの中でもディアス、ラングレイといった名家は一目置かれる存在。

その当主ともなれば若い女性達の的だ。

意力が強い人間―――セイバーは肉体の強靭さだけではなく容姿も優れている者が多い。

強い意志の力が、外見にも影響を及ぼしているからと考えられる。

男性は屈強さや精悍さを感じさせる男前や物語に出てくる様な美男子、女性は様々だが全体的に美女や美少女が多く占めている。

シオンも二枚目といえる容姿だが、端整な美男子というよりも精悍さを感じさせる顔立ちをしている。

美形を好む女性よりも、男の本質を好む女性に注目されることが多い。

「そう騒がないでくれ、それにメルトディスには既に奥方と子供が居るんだぞ?」

「うぅ、そうでした……」

「前にいらした時に遠くから眺めましたけど、凄く綺麗な方でしたよねぇ……」

メルトディスは数年前に妻を迎えた。

彼の妻は大陸中央の有力者達から縁談が来るほどの美貌の持ち主で、メルトディスとは大恋愛の末に結婚した。

3年前には跡継ぎになる息子も授かり、何れはラングレイ家の当主として活躍する時代が訪れるだろう。

落ち込む女性達には悪い気もするが、先を急ぐことにする。

彼が向かった場所は日輪亭、不死鳥の里でも指折りの料理店。

シオンも幼少の頃からよく通う場所だ。

扉を開けて店内に足を踏み入れると、えらい人だかりが。

理由は分かっている、おそらくは―――。

「握手して下さいー!」

「サインを」

「いや、すまないが私は待ち合わせをしていて……」

「ああ、悪いがこれから話をする。通してくれ」

「当主!」

ザザザッと道が開かれる。

シオンは里の要ともいえる存在、彼の言葉を断れる者などいない。

やれやれと頭を掻きながら、人だかりの原因となっていた人物の元に赴く。

テーブル席に座るひとりの男―――長い黄髪、強い意志を感じさせる金の瞳。

動物で例えるならば獅子、百獣の王といったところか。

百獣の王を連想させながらも、端整な顔立ちは女性の目を引く。

メルトディス・ラングレイ、シオンの古くからの盟友であるラングレイ家当主である。

「すまないな、わざわざここで会う約束をして。久々にここの料理を味わいたくなってな」

「構わんさ。店長、何時ものを頼むよ」

シオンの言葉を受け、店主は調理に取り掛かる。

ふたりが頼む料理は何時も同じ、何を作ればいいのかは理解しているのだ。

「今日はどうしたんだ?フォーゲルから離れても大丈夫なのか?」

「ああ、父上と家内がたまには羽を伸ばして来いと言ってな」

メルトディスの生家は大陸最大の都市フォーゲルに構える。

当主である彼の仕事は多忙を極める。

彼が正式に当主の座を父から受け継いだのは結婚する少し前、約5年前になる。

それ以来、フォーゲル以外でメルトディスと会うことは少なくなった。

「そういえば、当主としてのアドバイスを受けたいと俺の所に来た時は驚いたな」

「お前は15歳にならない内に当主になったんだぞ?当主になったばかりだった当時の私からすれば、既に立派な先達だ。色々と聞きたいことがあったからな」

「あれから10年、俺が当主でも何とかやれるものだな」

「シオン、ひとついいか?」

「何だ?」

「そろそろ妻を娶る気は無いか?周囲からお前に縁談をという声もよく聞く」

「今のところ、その気は無いな」

「そうか、余計なことを言って悪かった」

シオンは24歳になるが、結婚どころか見合いする気配もない。

周囲はそれが心配で彼に縁談を勧めようとしているのだが、当の本人にはその気は無い。

14歳の時からずっと当主として里の為に力を尽くし、彼は恋のひとつもした経験もない。

彼の気が変わるのを気長に待つしかない、と周囲も諦め気味だ。

当のシオンは、自分に何かあれば弟に後を託そうかと考えていた。

今は亡き彼とアヴェルの父―――先代当主にも上に兄がふたり居たが、どちらもブレイカーとの戦いで戦死している。

三男でありながら、兄たちに代わって当主を務めた父を見て思ったのだろう。

自分の子でなくとも、同じディアスの血を引く者に、血を分けた弟を次の当主に選んでもいいのではないか、と。

食事を終えた後、ディアス邸で談笑とチェスを楽しむ。

時間は瞬く間に過ぎ、夕刻になるとメルトディスはフォーゲルへの帰路についた。

シオンは執務室に戻ると、残っていた書類を整理、里で行政官達に提出した。

日が沈む、もうじき夜の帳が訪れる。

帰りがてら、耳に聞き慣れた歌声が届く。

声の主が誰なのか、シオンは知っていた。

歌声の主の元に足を運ぶ。

里の中央、噴水広場―――恋人達の姿が多い場所だ。

噴水近くに美しい女性が腰掛け、子供達の前で歌っている。

心に響く、染み渡るような綺麗な歌声だ。

「さ、今日はこれまで。続きはまた明日ね」

子供達はもっと聞きたいというが、家の人が心配するからと女性は子供達を帰した。

シオンは女性のところに赴く。

「相変わらず、いい歌だな―――ルティ」

「シオン、聞いてたの?」

「さっきの歌だが……身体は大丈夫なのか?」

「平気よ、あれは浄歌じゃない普通の歌だから」

「普通の歌か、俺にはそうは思えないな。聞いているだけで疲れが取れ、活力が湧いてくる」

「そう言って貰えるのは光栄ね」

「……すまないな、幼馴染の君には色々と世話になって。本当はあまり危険に曝したくはないが」

彼女はシオンの幼馴染、名をルティ・ラシェル。

ブレイカーを浄化する歌声を持つ、浄歌の歌姫としてこの里で生を受けた。

浄歌の歌姫は希望の象徴、歌声でブレイカーを鎮める彼女はディアス家に並ぶ救世主として人々に称えられている。

彼女としては、特別扱いされたくない様だが。

時折、シオンと共にブレイカーの討伐に赴いてその歌声でブレイカーを鎮めている。

確かに彼女の歌声は有効だが、あくまで普通の女性。

命の危険に遭ったことも多い。

「気にしないで、確かに私はセイバーじゃないけど里を守りたい気持ちは貴方にも負けないんだから」

「ルティ……」

「大丈夫よ、私はそう簡単に死なないわよ。もうすぐ人生の門出を迎えるんだから」

「……?あ、ああ、そうだったな」

人生の門出―――つまり、結婚のことだ。

だが、シオンの脳裏には疑問が過る。

彼女は結婚する……誰と?

「ルティ、君は誰と結婚―――」

「おーい、ルティ。お、シオンも居るのか」

「あ、遅いじゃない。何処に行ってたのよ」

男の声が聞こえた。

視線を声の主の方に向ける―――だが。

「―――!?」

シオンの表情は驚愕に染まる。

視線の先に居たのは白髪の男、だが顔が見えない。

黒く塗りつぶされ、全く顔が分からない。

誰だ、お前は―――と、声を上げようとした時だった。

急に景色が歪んだ、グニャグニャに。

何だ、これは一体―――!?

歪む景色、ルティと白髪の男の姿が消える。

ふたりは何処に行った、何が起きている。

景色が変わる、炎に包まれた瓦礫だらけの不死鳥の里。

「馬鹿な……どういうことだ!?」

ブレイカーの襲撃でもあったというのか。

シオンはディアス邸に急ぐ。

我が目を疑った、生まれ育った我が家が半壊している。

執事のサークが倒れ、彼を揺する弟アヴェルの姿が。

「アヴェル、大丈夫か!?サークは!?」

「シオン兄、あ、あの人が―――」

「あの人?一体、誰のことを……」

背筋にゾッと寒気が走る。

今まで感じたこともないドス黒い意力を感じる。

通常のブレイカーとはあまりにも次元が違う“何か”。

恐るべき何かが、こちらに向かってくる。

振り返ると、黒い人型の何かが立っていた。

どっと全身から汗が噴き出す。

目の前に居る異質な“何か”に対し、戦慄した。

本能が告げる、目の前に居るものはドラゴンの大群が霞んで見えるほどの脅威だと。

あれが何なのかは理解出来ない、ただひとつ理解できるのは恐るべき敵だということだけ。

シオンは立ち上がると意刃を発現させた。

何者かは知らないが、放置は出来ない。

「アヴェル、逃げろ。ここは俺が―――」

「戦っちゃ駄目だ、殺しちゃいけない!」

「何を言っているんだ、奴は里を滅ぼそうとしている輩かもしれないんだぞ」

「違うよ、シオン兄。あれは―――なんだよ!?」

「何?アヴェル、今何と言った、聞き取れなかった」

弟に問おうとしたが、それ以上は聞けなかった。

黒い人型の何かが動き出した。

意刃の切っ先を向け、意力を集束していく。

何かの頭部―――顔の辺りに変化が訪れる。

ゆっくりと開いていく、開かれたのは双眸。

どす黒い眼球に、血の様な赤い瞳。

「(あれは……あの赤い瞳は、俺はあの瞳を知っている。誰だ、お前は誰なんだ―――)」

景色が再び歪み、意識が遠のいていく。

お前は誰なんだ―――と呟きながら、シオンの意識は闇に溶けていった。










「―――っ!?」

シオンはばっと、身を起こす。

ベッドの上、服は汗でびっしょりと濡れている。

目覚めた場所は集い荘の自分の部屋。

汗を拭い、呼吸を整える。

500年前の自分の時代の夢―――生まれ故郷、弟や盟友達と過ごした時の夢。

だが、あれは何だったのだろうか。

黒い人型の何か、今まで遭遇したブレイカーとは異質なものを感じさせた。

自分はあれを知っている、あの赤い瞳を。

「(―――“あれ”は一体何だ?俺は“あれ”を知っているのか?)」

災害級の脅威であるドラゴン、それを遥かに凌駕する脅威。

自分はその脅威を知っている……何故?

欠落している記憶と何か関りがあるのだろうか。

ベッドから出て、カーテンを開ける。

室内に月明かりが差し込む、夜空には満月が浮かんでいた。










―――500年前、大陸中央に位置する最大の都市フォーゲル。

栄華を誇った都市は、瓦礫だらけの廃墟と化していた。

廃墟の中を歩くひとりの少年の姿があった。

人目を引く赤い髪と青い瞳、ディアス家当主シオン・ディアスの実弟アヴェル・ディアスである。

彼の元に駆け寄ってくる男が―――ラングレイ家当主、シオンの盟友であるメルトディスだ。

「アヴェル、無事か!?」

「メルトディスさん……」

「シオンは行ってしまったのか?」

「……はい」

「そうか、あいつだけに重荷を背負わせてしまったな……」

「メルトディスさん、ぼくは兄にディアス家を託されました。戻らない時は、ぼくに当主になれと」

「出来れば戻って来て欲しいところだが、相手が相手だからな……」

「メルトディスさん、こんなことがあっていいんですか……」

アヴェルは拳をきつく握りしめていた。

爪が手の平に食い込み、流れ出した血が地面へと滴り落ちる。

その表情は悲しみとやり切れなさに満ちていた。

「どうして、シオン兄と“あの人”が戦わなくてはいけないんですか?どうして―――」

「……」

親友の弟に対し、メルトディスは何も答えることが出来なかった。

シオン・ディアスは二度と戻ることはなく、断絶の危機に陥ったディアス家は実弟であるアヴェルが跡を継いだ。

今から500年前の出来事である。



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