第33話『天使』


 ジスが監視付きながら、セイバーに復帰してから数日が過ぎた。

彼はシオン、ザッシュと共にアークシティ郊外に出現したブレイカー討伐に赴いている。

実力は折り紙付きなので、そんじょそこらのブレイカー程度では彼の相手にならないだろう。

さて、今回の主役はセイバーに復帰した彼……ではなく、訓練に精を出すひとりの少女。

場所はセイバー総本部、訓練室。銀髪の少女―――アンリ・アンダーソンはひとり、訓練室で唸りながら意力を発していた。

「むむむむむ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

身体から白い意力が立ち昇り、それを両手に集約していく。

集い荘の面々の中では、彼女だけ階級がミディアム―――意刃を作り出すことが出来ない。

強敵と遭遇した場合に備え、意刃を発現させるようにならなくてはと、訓練室で訓練を行っていた。

意刃は己の意力で作り出す、自分だけの武器。使用者の意力が武器の形状を象る。

その形状も人それぞれで、近接武器であったり間接武器であったりする。

場合によっては、武器ではなく防具を発現する人間も居る。ガーディアンは武器ではなく、防具を発現することが多いと聞く。

アンリは、意力を両手に集約するが武器の形状にならない。途中で意力が霧散してしまう。

何度も試みるが、一向に形になる気配がない。

意刃は自分に最も適した得物の形状で発現することが多い。シオンやアヴェルの場合は剣術が得意だから、剣の形状で発現している。

「(ジスお兄ちゃんは籠手型の意刃を発現させてるし、わたしも金属製だけど籠手を使ってるからジスお兄ちゃんみたいな籠手型が発現するかと思ってたけど……)」

彼女は、ブレイカーとの戦いの時は金属製の籠手で戦っている。

ゆえに意刃が発現するとしたら、ジスのような籠手型の意刃を発現するだろうと思い込んでいた。

もしかして、違うのだろうか?自分が発現する意刃は武器ではなく、防具の類なのだろうか?

あるいは、もっと別の何か―――と、その考えに至った瞬間、ある人物のことが頭に浮かんだ。

そうだ、あの人の意刃はかなり特殊だったような気がする。相談に乗ってもらおう。

訓練を中断し、ある人物が居るであろう場所に向かうことにする。

さて、そのある人物はというと……総本部の資料室の整理をしていた。

総本部で事務処理に辣腕を振るう眼鏡美人こと、リュー・トライアングルである。

彼女は後輩の事務員と一緒に資料をまとめている。

後輩の事務員はラナという、今年から総本部に勤務することになった女性だ。年齢はリューより年下の19歳だ。

「ラナちゃん、そっちはどう?」

「もう少しで終わりそうです」

「こっちもそろそろ終わるわ。ちょっと、ザッシュ!サボってんじゃないでしょうね!?」

例の如く、リューに扱き使われている伊達男こと、ザッシュ・シャルフィド。

またしても、彼女に迷惑を掛けた罰として資料の整理を手伝わされているようだ。

「ちゃんとやってるよ〜。いやぁ、それにしても光栄だねぇ。美人事務員ふたりのお手伝いが出来るなんてね♪」

「言っとくけど、ラナちゃんに変なことしたら地獄巡り13周だから覚悟しときなさい♪」

「かしこまりましたー!」

真っ青な表情で資料の整理をする伊達男。

地獄巡り13周って何をするんだろう―――とラナは少し気になったが、今は仕事に専念する。

黙々と作業を進め、ようやく資料を整理し終えた。

一息つこうと、お茶でも用意しようかと思っていたところ―――資料室の扉がノックされる。

「リューさん、居るー?」

「アンリちゃん?ええ、居るわよ。どうぞ」

許可を出し、アンリを招き入れる。資料室に入ってくるアンリ。

珍しいこともあるものだ。彼女はこういった場所にはあまり訪れないというのに。

何か用事があるのかと思い、まずはそれを訊いてみることに。

「アンリちゃん、どうしたの?私に用があるみたいだけど……」

「うん、実はリューさんに訊きたいことがあって」

リューに尋ねたいこと―――それは意刃に関することだった。

彼女が扱う意刃は複数の球体状の意刃。明らかに普通の意刃とは異なっている。

リューは総本部での仕事に専念している為、ブレイカー討伐に行くことは殆どない。

しかし、新米の頃は流石に何度かブレイカーとの戦いを経験している筈である。その頃の彼女の得物について訊いてみた。

「なるほどね……確かに、私も意刃を発現した時は驚いたわ。私、棒術を習っていたんだけど、発現したのが球体状だったから困惑したのよね」

「へえ、リューさんって棒術が得意なんだ」

「うん、ブレイカー討伐よりもザッシュをシバくのに使ってたわね♪」

「そ、そうなんだ……(汗)」

資料の整理をしていたザッシュがハァハァと息を荒げながら、にゅっと顔を出してくる。

「いやぁ、懐かしいねぇ。よくリューちゃんに、ちょっかい出してはお尻を棒でぶっ叩かれてたもんなぁ。あれはあれで快感だったね(*´Д`)!」

「アンタは、あの頃から1ミリもブレないわね……」

呆れるリュー。ザッシュは相変わらずの変態ぶりだ。

お茶の用意をしていたラナは目を点にして、汗を掻いていた。

同じ事務員だが、彼女はリューと違って集い荘のメンツとはあまり接点が無いからだ。

新米の彼女に、濃い面々が多い集い荘のメンバーの相手は厳しいとリューが判断した為である。

話が逸れてしまった。今は意刃に関する話をしていたというのに。

「アンリちゃんも、私みたいなタイプの意刃を発現させるってコトなのかしら?でも、私の場合は普通に両手に意力を集約したら意刃を発現したんだけど……」

「ってコトは、手で使うタイプの意刃じゃないのかな?例えば鎧とか?」

「防具系統の意刃は、どちらかといえばガーディアンの人達の方が発現者が多いのよね」

「両手で意力を集めても霧散しちゃうし……とりあえず、他の場所に意力を集める訓練してみるね!アドバイスありがとう!」

アンリは御礼を言うと、ダッシュで外に駆け出して行った。

アドバイスと言っても、大したことを言ったつもりはないのだが……。

「やれやれ、嵐のような子だねぇ」

「元気なのは良いことなんだけど、もう少し落ち着きが欲しいわね……」

「ま、まぁまぁ。リュー先輩のお陰でアンリさんがやる気出したから、いいじゃないですか」

資料室組の3人と別れ、再び訓練室に赴いたアンリは、今度は手ではなく別の場所に意力を集約させる為に意力を発する。

頭の中でイメージする。これまでは、手に意力を集めるイメージだった。

それでは駄目なのだ。恐らく、自分の意刃は手で使うタイプの意刃ではない。

ならば、どこに意力を集めればいいのか?それを考えた結果――まず、最初に思いついたのは足だ。

両足に意力を集中させれば、もしかすると足に装着する臑当て型の意刃を発現出来るかもしれない。

早速試してみようと、両足に意力を集約させていく。

「あれ、アンリ?」

「ホントですね」

訓練室に来訪者がふたり、幼馴染であるアヴェルとカノンだ。

どうやら、このふたりも訓練の為にここを訪れた模様。

声を掛けようと思ったふたりだが、アンリが集中しているのに気付き、黙って見守ることにした。

アンリは両足に意力を集約させていく―――しかし、途中で霧散してしまう。

「ふにゃっ!」

バランスを崩し、その場に尻もちをついてしまう。

訓練室に、アヴェルとカノンが入って来る。

「アンリ、大丈夫?」

「ふにゃ……アル、カノちゃんも」

「立てますか?」

「にゃ、にゃんとか」

差し出された手を握り、立ち上がるアンリ。

その表情はどこか悔しそうだ。やはり、上手くいかなかった。

手ではない、足でもない。一体、自分の意刃は何処から発現するのだろう?

「アンリ、もしかして意刃の発現を?」

「うん。でも手に意力を集めても霧散しちゃって……それなら、足に意力を集めてみたんだけど……」

「うーん、ぼくの場合は剣だから手から発現したけど……確かに手が駄目なら足に意力を集めるっていう発想になりそうだね」

「でも、結局は違ったし……ハッ!もしかして、頭―――兜型の意刃とか!?」

「アンリ、兜型の意刃なんて存在しないよ……(汗)」

仮にそんな意刃が発現しようものなら、どうやって扱えばいいのか。頭突きでもしろと言うのか。

ただ、兜単体での意刃は存在しないが、兜が含まれた意刃なら存在する―――歴史上、数例しか存在しないという全身鎧型の意刃だ。

スクール時代、教科書の中に意刃の中に全身鎧の意刃に関する記述があった。

しかし、それは何れもがガーディアンが発現した意刃である。やはり、セイバーは武器を発現する者が多い。

どうすればいいんだろう―――落ち込むアンリに、アヴェルとカノンは掛ける言葉が見つからない。

自分達は武器型の意刃を発現したが、それ以外の意刃を発現させる可能性があるアンリにどのようなアドバイスを送ればいいのか思いつかなかった。










―――歌声が聞こえる。透き通るような、優しい歌声が。

アンリは瞳を開き、起き上がる。その姿は8歳か9歳頃の姿になっていた。

この歌声。そう、この歌声を彼女は知っていた。

耳を澄ませて、歌声の出処を探る。

「(―――あっち!)」

幼いアンリは走り出す。歌声の主がいるであろう場所に向かって。

辿り着いた場所は、炎の里の噴水広場。広場の一角にある切り株に腰を掛ける女性がひとり。

色素の薄い水色の髪を持つ美しい女性―――アンリに浄歌を教えてくれた女性だ。

「お姉さん!」

「アンリちゃん、いらっしゃい。今日も歌を聞きに来てくれたのね」

女性は優しく微笑む。

アンリは彼女のことが大好きだった。自分より、とても歌が上手で優しくて―――何処か、亡くなった母を思い出させる人だった。

彼女に会いたい一心で、よくこの場を訪れては歌を聞いているのだ。

彼女の前で口にはしないが、実はずっと気になっていたことがある。何故、彼女は自分以外の人間の前に姿を見せないのだろう?

別の誰かが来ると、彼女は姿を消してしまう。それも、まるで霞のように。

ゆえに、里の誰も彼女のことを知らない。アンリが里の人間に訊いても、彼女の顔も名前も知らないという。

「(一体、どういうことなんだろ?お姉さん、この里の人の筈だよね?)」

「アンリちゃん、どうしたの?」

「ううん、何でもないよ」

彼女に直接聞くのが一番早いだろうけど、何故かそれを躊躇ってしまう。

アンリは、このことについて考えないようにしていた。

訊けば、お姉さんに辛い思いをさせてしまう―――そんな気がしたからだ。

アンリは歌う。彼女の隣に座って、いつものように。

お返しにと、彼女が歌ってくれる。そして、ふたりで笑い合う。その時間が何よりも楽しかった。

この時間が何時までも続けばいいのに―――そう願った時だった。

突如、視界が暗闇に包まれる。アンリはひとり、真っ暗な空間にいた。

先程までいた筈の噴水広場ではない、目の前には闇の世界が広がっていた。

「(―――ここはどこ?お姉さんは?)」

周囲を見回すが、何も見えない。お姉さんは何処に行ったんだろう?

不安と恐怖の感情が広がる。嫌な予感がした。

何か、恐ろしいことが起きる前触れといえばいいのか。

「お姉さん、お姉さん!」

必死になって声を上げるが、返事はない。

走っても走っても、前も後ろも闇の世界。自分が何処に居るかも分からない。

すると、闇の向こうから声が聞こえてきた。

「悪魔の子を宿した者に死を―――」

「(悪魔の子を宿した―――?一体、何のこと?)」

声が聞こえた途端、急に視界が明るくなった。

場所は炎の里……なのだろうか。よく似ているところもあるが、違うところもある。

奇怪な服装に身を包んだ連中が、ひとりの女性を拘束していた。

「(―――お姉、さん?)」

拘束されていたのは、アンリが大好きな歌の上手なお姉さんだった。

何故、彼女が拘束されているのだろう?

ふと、あることに気付いた。お姉さん様子が何時もと違う。

腹部が大きく膨れていた。それが何を意味するのか、アンリには一目で理解出来た。

お姉さんは誰かの子供を宿している。妊娠しているのだ。

おかしい、彼女は自分に歌を教えてくれていた時はあんなに大きなお腹をしていなかった。赤ちゃんを妊娠している様子は無かった筈だ。

一体、どういうこと―――。

「やめろ!」

誰かの声が聞こえた。拘束されている彼女の目の前に、ひとりの若者の姿が見えた。

顔はよく見えない。髪の色は真っ白だ。

雰囲気からして、20代くらいの若い青年のようだ。

彼も奇怪な服装を纏った集団に、拘束されている。

必死にもがき、拘束から逃れようとしている。

白髪の青年が叫ぶ。

「彼女が何をした!?どうしてこんなことをする!!?」

彼の声は怒りに満ち溢れている。

だが、男の言葉に耳を傾けることなく、謎の集団達はお姉さんに刃物を突きつける。

このままでは、お姉さんが殺されてしまう―――アンリは直感的にそう感じ取った。

「やめて、お姉さんに酷いことをしないで!」

大声で出して、叫ぶ。しかし、奇怪な集団はアンリに見向きもしない。

おかしい、自分の声が全く聞こえていないというのか?白髪の青年も自分の声に全く反応していない。

それどころか、こちらの存在すら認識していないようだ。一体、これはどういうことなのか。

「この女は罪を犯した。貴様の子を宿すという大罪をな」

「(白髪の人……この人の子をお姉さんが宿したってこと?でも、どうしてそれでお姉さんがこんな目に遭わなきゃいけないの?どうして?)」

状況は分からないが、お姉さんは白髪の青年の子供を宿しているという。

そして、謎の集団は白髪の青年を悪魔と認識している。

悪魔とはどういうことなのか。白髪の青年は必死な様子で、今すぐにでもお姉さんの所に向かおうとしている。

しかし、拘束されて身動きが取れない。手を伸ばそうにも届かない距離。

―――欲しい。

「(え……?お姉さんの声……?)」

突然、お姉さんの声が聞こえてきた。頭の中に直接。

―――翼が欲しい、ここから逃れる翼が欲しい。“あの人”と共に、自分を遠くにまで運んでくれる翼が。

だが、そんな彼女の願いは叶うことは無い。無情にも、突きつけられた刃が一斉に―――。

「悪魔の子とその母に死を―――」

「やめてぇぇええええええええええええええええええええっ!!」

集い荘の自室、アンリはベッドから身を起こした。

全身汗だくで、息を荒くしていた。瞳からはツーッと涙を流していた。

夢を見た。怖い夢だった。

夢の中の光景を思い出す。お姉さんが殺されそうな瞬間を。

どうして、あんな恐ろしい夢を……。

呼吸を整えながら、アンリは自身の首に手を伸ばす。首には首紐がついた小さな袋が掛かっている。

子供の頃、慕っていたお姉さんから貰ったお守りだ。お守りをギュッと握り締める。

「(お姉さん―――何処に居るの?無事だよね?)」

このお守りを貰って以来、彼女とは顔を合わせていない。

7年前に浄歌を歌った時に、彼女の声に導かれて戦場に行ったが、彼女自身の姿は全く見ていない。

あのお姉さんは、一体何処に行ってしまったのだろう。

それに夢に出てきた、悪魔と呼ばれたあの青年は―――。

「(あれ……?どんな人だったっけ?)」

お姉さんはある青年の子を身籠ったことで、悪魔の子を宿したとして殺されそうになっていた。

しかし、よく思い出せない。その悪魔と呼ばれた青年のことが。

若い男性だったことは、何となく思い出せるのだが……。

ただ、憶えていることがある。その青年が必死にお姉さんを助けようとしていたことを。

アンリには、とてもその青年が悪魔と呼ばれるような恐ろしい存在には見えなかった。

コンコン――扉をノックする音が聞こえる。誰だろうと思い、アンリは慌てて涙を拭う。

扉を開けると、部屋の外にはアヴェルとカノンの姿が。ふたりとも、心配そうな面持ちだ。

「アンリ、大丈夫!?」

「アンリの意力の乱れを感じましたけど……」

どうやら、悪夢を見た影響で自身の意力に乱れが生じたらしい。

セイバーは意力の乱れに敏感なのだ。ましてや、同じ屋根の下に住む幼馴染の変化に気付かないワケがない。

「大丈夫、少し怖い夢を見ただけだから」

嘘は言っていない。ただ、内容が内容なので言いたくはなかった。

慕っていた人が殺されそうになっている夢だったのだ。人前で言えるような内容じゃない。

ふたりは心配そうだったが、大丈夫と言い聞かせた。

時計を見ると、時刻は朝の6時前だ。普段の起床時間よりも少し早いが、今更眠れそうにないので洗顔に行くことにした。

顔を洗い、歯磨きをしてサッパリすると気分もスッキリした気がする。

朝食の時間まではもう少しあるが、部屋に戻る気になれなかったのでそのまま食堂に向かう。

集い荘の食事は当番制である。ここに住む全員は、きちんと食べられる料理を作ることが出来る。

一番料理上手なのはカノン。炎の里に居た頃から、アヴェルの母イスカに料理を教わり、今やその師匠をも上回る腕前だ。

次に料理上手なのは、意外にもシオンである。母親の血筋の影響からか、極東料理が得意で集い荘の面々からも好評を得ている。

三番手以降は、アヴェル→アンリ→ザッシュ→ソラスと続く。この4人に関してはそこまで料理の腕に差は無い。アヴェルが他3人よりも、若干上手いくらいか。

今日の当番はソラス。硬派な彼は、男らしい料理が得意である……流石に、朝食なので胃に負担が掛かる料理は作らないようだが。

朝食の準備中、テーブルについてるアンリにシオンが話し掛けてきた。

当然の如く、彼もアンリの意力の乱れには気付いていた。アヴェルとカノンが様子を見にいったので、自身は行かなかったが。

意力の乱れは、体調にも影響を及ぼす場合がある。

「アンリ、意力が乱れていたようだが……体調に問題は無いか?」

「うん、大丈夫だよ。少し怖い夢を見ただけだから。そうだ、シオンさんに訊きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「わたし、意刃の発現をしようとしてるんだけど上手く行かなくて……手や足に意力を集めても霧散しちゃうの」

「ふむ……」

腕を組んで考え込むシオン。流石の彼でもアドバイス出来ないのだろうか。

暫くして、彼は口を開いた。

「アンリ、意刃は大きく分けて4つに分類される」

「4つに?」

簡単に説明すると、以下のものに分類されるという。

近距離武器型―――剣や斧、籠手など近接戦闘向きのタイプ。

遠距離武器型―――弓、銃といった遠くの敵を攻撃するタイプ。

防具型―――鎧や盾といった防具の形状をしたタイプ。セイバーよりもガーディアンに発現者が多い。

特殊型―――武器型や防具型とは異なる特殊なタイプ。

「俺の予想では、アンリは特殊型ではないかと考えている」

「特殊型って、武器や防具の形状じゃない可能性があるってこと?」

「意刃を発現させる際は、何かしらのイメージを抱いてる。特殊型は、武器や防具をイメージしても発現しないそうだ」

シオンの言う通りかもしれない。自分は特殊型の可能性が高い。

手や足に意力を集約させている時、無意識に武器や防具のことをイメージしていた。

通常の武器や防具型の意刃以外―――特殊なタイプの意刃を発現させるからこそ、シオン達のように発現出来ないのだろう。

「じゃあ、どうすればいいんだろ……」

「特殊型を発現した人間は歴史上、数えるほどしか居ないという。古い記述や伝承も殆ど残っていない―――ただ」

「ただ?」

「俺が昔読んだ文献にはこう記載されていた。己の願望を発現させることだ、と」

「えっと……自分が願い、望んでいる物を意刃として発現させるってこと?」

「そうなるな。君が心から望み、欲している物が意刃として発現するということになる。すまないが、こればかりはどうアドバイスすればいいのか、俺にも分からない」

そう言って、シオンは申し訳なさそうに頭を下げる。

彼の言葉を聞いて、アンリは思う。自分が心から望む物が、意刃として発現するのが特殊型。

ならば、自分が欲している物とは何だろう?それを理解しない限り、どうやっても意刃は発現出来ない。

心の底から欲しいと思う物―――考えてみるが思い浮かばない。

意刃といえば、やはり武器や防具をイメージしてしまう。それ以外の意刃など発現するのだろうか?

答えが出ないまま、朝食の時間になる。意刃に関することが頭から離れず、食事が進まない。

「……アンリ嬢ちゃん、考えごとなら食事が終わってからにしてくれ。折角、オレが作った飯が冷めちまうよ」

「ふにゃっ!?」

ソラスに指摘され、慌てて食事をする。確かに温かい内に食べないと、せっかく作ってくれた彼に失礼だ。

朝食を食べ終えると、アンリは気分転換の為に外に出掛けることにした。あまり根を詰めても、意刃の発現に関する答えは見つからない。

今日は巡回は無い日。急ぎのブレイカー討伐も無いので自由行動しよう。

何時もならアヴェルかカノンと一緒に出掛けるものだが、生憎とアヴェルはシオンと総本部の訓練室で訓練しているらしい。カノンは町の巡回中だ。

ザッシュとソラスは、ジスと共にブレイカー討伐に向かったらしい。集い荘のメンバーの中で自由なのは自分ひとりだ。

こうやって、ひとりなのも久し振りな気がする。少し寂しい気もするが、たまにはこういうのもいい。

意刃に関する悩みに加えて悪夢を見た影響で、気分が憂鬱なのだ。誰かと一緒だと気を遣わせてしまうかもしれない。

今日は思いっきり羽根を伸ばそう―――。










―――正午になった。

繁華街を散策したり、スイーツ巡りを満喫したアンリはこれから昼食を摂るところだ。

スイーツ巡りしたのに昼食が食べられるのかと、ツッコミが入りそうだが―――。

「(ごはんとスイーツは別腹だもん♪)」

どうやら問題ないらしい。今居る場所は、南区にある食堂。リーズナブルで美味しく、量も多いことから人気のお店である。

このお店で、日替わりランチを注文した。値段が安い上に、ボリュームたっぷりだ。

早速、運ばれてきた料理を口に運ぶ。味付けも良く、パンもふわふわだ。

料理を堪能してる最中、見知った顔を見つけた。向こうもこちらに気付いたようで、手を振っている。

「アンリちゃん」

「アリス先輩。先輩もお昼ごはん?」

先輩であるアリス・ラングレイだ。彼女も今から昼食を摂るようだ。

そういえば、今日はカノンがアリスと一緒に巡回すると言っていた。

そうなると、カノンも一緒に筈なのだが彼女の姿は見えない。

「先輩、カノちゃんは一緒じゃないの?」

「カノンちゃんは総本部に行ったよ。アヴェルくんに差し入れするって」

ああ、そうだった。確か、アヴェルはシオンと総本部で訓練しているんだった。

彼の悲鳴が訓練室から聞こえてくるイメージが頭の中に浮かんで、思わず苦笑してしまう。

ちなみに、同時刻の総本部の訓練室からは本当にアヴェルの悲鳴が聞こえていた(笑)。

相変わらず、鬼教官シオンの容赦ない地獄の扱きが展開されているのだろう。

差し入れを持ってきたカノンが、オロオロしていたのは言うまでもあるまい。

カノンがやって来たことに気付いたアヴェルが手を伸ばそうとする。

「か、カノ―――」

「アヴェル、まだ終わってないぞ」

「しょ、しょんな殺生な〜〜〜〜〜〜〜っ!」

「(アヴェル、ど、どうか無事に帰って来て下さい……)」

首根っこを掴まれ、ズルズルと引き摺られていくアヴェル。

カノンは、彼が無事に訓練を終えることを祈るしかなかった。

場所は南区の食堂に戻る。談笑しながら食事を摂るアンリとアリス。

雑談の内容は、最近あった出来事やお互いの仕事について話している。

会話が弾み楽しい時間を過ごすが、アリスにはひとつだけ気掛かりなことがあった。アンリが時折見せる暗い表情だ。

「アンリちゃん、どうかしたの?少し表情が暗いみたいだけど……」

「……実は」

アンリは意刃が発現出来ない悩みを打ち明けた。

自分の意刃は、武器型や防具型ではない特殊型の可能性が高い為、普通にイメージしても意刃が発現しないことを。

「うーん、武器や防具以外の意刃かぁ……。どんな物があるんだろうね?」

「シオンさんの話だと、自分の願望―――心から望む物が意刃として発現するらしいんだけど、それが分からなくて……」

「あんまり難しく考える必要ないんじゃない?例えば、今欲しい物をイメージするとかさ」

「今欲しい物……」

無茶苦茶なことを言うアリスだが、意外にも的を得ているのかもしれない。

今欲しい物をイメージして意力を集約させてみることにしよう。

昼食を終え、アリスと別れたアンリは早速総本部の訓練室に向かうことにした。何事もチャレンジあるのみ、と気合全開で訓練しようと意気込む。

―――だが、突如として異変が発生する。ビシリと、空に罅割れが生じた。

「……え?」

最初は目の錯覚かと思った。だが、錯覚などではなかった。

町の空に、確かに罅割れのようなものが生じているのだ。一体、何が起きたというのか?

混乱するアンリ。その時、警報音が鳴り響いた。

『緊急事態発生! 緊急事態発生! 南区の障壁柱に異常発生!南区に居る人達は、直ちに他区に避難して下さい!!』

障壁柱に異常が発生―――冷汗が出てきた。町を守る結界は障壁柱によって作り出されている。

柱は東西南北、そして中央の各区にひとつずつ存在している。

定期的に技術者達がメンテナンスしているが、何らかの異常で結界を維持出来なくなることがある。正に今、その異常事態が発生しているのだ。

あの空の罅割れは、障壁柱によって作り出されている結界に綻びが生じたという証。

町の外にはブレイカーが出没する。もし、町の上に飛行タイプのブレイカーが居れば、あの綻びから侵入して来るだろう。

いけない、呆けている場合じゃない。セイバーとしての務めを果たさないといけない。

セイバーは、こういう緊急事態の時に市民を安全な場所に誘導しなければならないのだ。

警報音を聞いた住民達は、慌てふためきながら避難場所へと移動している。よく見ると、アリスや他のセイバーの人達が既に誘導を行っている。

「アリス先輩!」

「アンリちゃん、大変なことになったね」

「うん……障壁柱が壊れちゃったのかな」

「今、技術者の人達が原因を調べているみたいだけど―――ッ!」

アリスが視線を上に向けた。嫌な予感を感じながらも、アンリも視線を上に向ける。

嫌な予感は的中する―――結界の綻びから、複数の飛行タイプのブレイカーが侵入してきた。

こんな状況でブレイカーの侵入を許すとは。市民の誘導中だというのに。

どうするべきか、と迷う暇はない。今は市民の避難が最優先だ。

町に被害が出ても、それは復興すればいい。壊れた建物などは再建出来る。

だが、命を失ったら全て終わりだ。命は失えば、二度と戻らないのだから。

幸い、ブレイカーの数はさほど多くは無い。自分は遠距離攻撃が得意なタイプではないが、時間稼ぎくらいは出来る筈だ。

その間に市民を他区に避難させれば―――と、思考している内に事態は急変する。

ブレイカー達の様子がおかしい。黒い意力で構成されたその肉体に変化が生じている。

肉体から何かが盛り上がっている。それは、まるで生き物の顔のように思えた。

突き破るような音と共に、ブレイカーの肉体から別のブレイカーが出現した。呼応するように他のブレイカーの肉体からも更に別のブレイカーが肉体を突き破るように出現する。

「分裂能力を持つブレイカー!?」

ブレイカーの中には分裂するという特性を持つブレイカーが存在する。主に地上で戦うブレイカーによく見られるタイプだ。

飛行タイプにも居ないワケではないが、そうそう滅多に出会うことはない。この状況で出現するなど、最悪としか言いようがない。

分裂は続く、数体だったブレイカーはあっという間に100体近くに分裂してしまった。

アンリは焦りを感じるが、冷静さを保とうとする。ここで慌ててしまっては何の意味もない。

咆哮が聞こえてきた。身体の奥底から力が湧いて来る感覚が―――視線をアリスに向ける。

彼女は、獅子の刻印が刻まれた双刃剣を手にしていた。ラングレイ家の血を受け継ぐ者が発現出来る意刃だ。

獅子の意刃の能力は、周囲の仲間の意力や戦闘能力を高める“獅子の咆哮”。

その能力で、アンリや他のセイバー達の意力が通常時よりも向上している。

「障壁の得意な人は範囲障壁で市民を守って下さい!遠距離攻撃出来る人は、ブレイカーに攻撃を!」

アリスの指示に、セイバー達が動き出す。

市民を守る為、数名のセイバーが範囲障壁を重ね掛けして防御面積と強度を高める。

遠距離攻撃用の武器を持ったセイバー達は、ブレイカーに攻撃を開始する。仕留めることよりも、ブレイカーの弱所や羽根を攻撃して動きを鈍らせる。

ラングレイ家のセイバーは、セイバーの指導者的な家系で有名だ。

普段はドジな面が多いアリスだが、彼女もラングレイ家のセイバーであるということを再認識させられる。

これなら暫く、時間稼ぎが出来る。総本部には確か、シオンが居た筈。

今日、彼はアヴェルと訓練室で訓練していると聞いた。彼が来てくれるまで、持ち堪えられれば―――。

ふと、耳に何かが聞こえてきた。これは、子供の声―――?

周囲のセイバー達は必死で気付いていない。アリスも獅子の咆哮の発動に集中して気付いていない。

気付いているのは自分だけだ。一体どこから―――声の主を探すべく、意力による感知を行う。

始源の地でシオンの修行を受けた成果もあってか、感知や索敵の範囲が飛躍的に向上している。

今のアンリは、半径1キロ近い距離の意力を感知出来るまでに成長していた。僅か1週間に過ぎない修行だったにも関わらず、飛躍的な成長に彼女自身驚いていた。

「(シオンさんに感謝しないとね―――って、今はそれどころじゃない!声の主は何処に……?)」

白い意力が人間や通常の動植物、黒い意力がブレイカー。その中から白い意力の反応だけを感知することに集中。

一般人は、さほど強い意力を発してはいない。セイバーやガーディアンは、熟練者ほど強い意力を発している。

そして、見つけた。300メートルほど先にある建物の陰から顔を出している女の子の姿が。

おそらくは誘導されていたであろう市民。親とはぐれてしまって取り残されてしまったのか?

あのままでは危ない。どうするか迷っている暇はない。

意を決したアンリは、少女の居る現場に向かって駆け出した。

獅子の咆哮に集中していたアリスが、駆け出すアンリに気付く。

「アンリちゃん、何処に―――!?」

「子供がひとり、取り残されてるの!」

「ええっ!?」

驚くアリスに構わず、アンリは全力疾走する。

この場は任せるしかない。アリスならば、きっと上手くやってくれる。

今は、一刻も早く子供の保護を優先しなければ。幸い、まだブレイカー達はあの子に気付いていないようだ。

走る速度を上げる。距離はそんなに遠くはない。あと少しで辿り着く距離だ。

その時、ブレイカー達が一斉にこちらに振り向いた。どうやら、気付かれてしまったらしい。

この数を相手にしている余裕などない―――肉体から意力を発する。身体能力と感知能力を限界まで引き上げる。

飛行ブレイカーの1体が爪を繰り出してくる。しかし、それを苦も無く躱す。

1体目に呼応するように、次から次へとブレイカーが襲ってくる。しかし、感知能力の強化で敵の動きを即座に感知して躱し続けていく。

20体以上の攻撃を躱して、漸くアンリは取り残された女の子の下に辿り着いた。

「ヒック、ヒック……お母さん……何処?」

「大丈夫?さぁ、早くここから―――」

泣きじゃくる女の子に手を伸ばそうとした正にその時―――周囲を震わせる咆哮と一際強い黒い意力を感知し、背筋に悪寒が走った。

悪寒を感じていたのはアンリひとりだけではなかった。アリスや他のセイバー、市民達も同じ感覚に襲われていた。

結界の綻びから、それは強引にその巨大な体躯を押し通して侵入してきた。災害を齎すもの―――ドラゴンが南区に降臨する。

アリスは驚愕した。いくら何でも、ドラゴンが出現するなど考えていなかった。

一体、どうしてここに―――。

「何だって!?感知塔にも異常が発生している!!?」

近場のセイバーが通信機を手に叫んでいた。どうやら、緊急通信が送られてきたらしい。

感知塔とは、ブレイカーの意力を感知する建造物のことである。ブレイカーの接近を感知し、セイバー総本部やガーディアン部隊に知らせる役割を持つ。

障壁柱だけではなく、その感知塔にまで異常が発生していたとは。

否、考えてみれば綻びからブレイカーが侵入する前に、感知塔からのブレイカー接近の警告が聞こえてきてもおかしくはない。

しかも、タイミングは最悪といえた。ドラゴンの着地地点近くにアンリと取り残された少女は居た。

ドラゴンの足が大地を踏み締める。振動が伝わってきて、地面が揺れる。

恐怖で動けなくなっている少女の前に立ち塞がりながら、アンリは唇を強く噛み締める。

「(何とかしなきゃ。わたしが、何とかしないと……)」

こうなれば、浄歌―――ブレイカーを消滅させるあの歌を歌うしかない。肉体への負担など考慮している場合じゃない。

今、歌わずして何時歌うというのだ。アンリは浄歌を歌おうと、声を出そうとした。

しかし、それよりも早くドラゴンの口から黒い意力を纏った炎弾が複数吐き出された。

浄歌を歌う暇などない。アンリは両手を正面に突き出して、範囲障壁を展開する。

黒い炎弾は範囲障壁に激突する。重い衝撃が障壁を展開するアンリの身体に伝わり、彼女は膝をつきそうになる。

障壁越しでも、熱気が伝わる。あんなもの、直撃したら一溜まりも無い。

必死に踏ん張って、耐え続ける。少しでも気を抜いてしまえば、障壁は簡単に破壊されてしまうだろう。

そうなれば、自分諸共背後の少女にあの黒い炎弾は命中してしまう。それだけは、絶対に避けなければならない。

更に複数の黒い炎弾が吐き出される。1つ1つの威力は小さいものの、それが何十発も続けざまに撃ち込まれては堪らない。

既に障壁は限界を迎えようとしている。ミディアムの自分の障壁ではドラゴンの攻撃には耐えられない。

ふと、背中に抱き着かれる感覚が。女の子が自分の背中に抱き着いて震えている。

「(このままじゃ、この子が……でも、どうすれば―――)」

「アンリちゃん、危ない!!」

アリスの叫び声が聞こえ、ハッとさせられる。ドラゴンの口から今までは比較にならない巨大な黒い炎弾を吐き出したのだ。

―――駄目だ、あんなものの前に自分の障壁など何の意味も持たない。一撃で破壊され、自分もこの子も消し炭になる。

巨大な黒い炎弾が近付いて来る。障壁に触れる刹那―――アンリの意識は別の場所に居た。

炎の里の噴水広場。広場の一角にある切り株に大好きだった歌の上手なお姉さんが腰掛けている。

お姉さんは空を見上げていた。青空を一羽の鳥が飛んでいた。

「私も欲しかったな―――あの鳥みたいに、自由に空を飛べる翼が」

―――翼が欲しい、あの空を自由に飛べる翼が。欲しい、この場から飛び立つ為の翼が。

「(―――翼が欲しい!)」

アンリの身体から意力が発せられる。発せられた意力は彼女の背中から放出されて、ある形状を象る。

その直後、砕けるような音と共に障壁は砕けて轟音が南区に響く。

轟音が響いて直ぐに、彼等は南区に空間転移で現れた。シオンとアヴェル、カノンの3人だ。

カノンがアリスに駆け寄る。彼女は涙目でその場にへたり込んでいた。

「アリス先輩!大丈夫ですか!?」

「わ、私よりもアンリちゃんが、あのドラゴンの黒い炎弾の直撃を受けて……」

「何ですって!?」

アヴェルの視線が、黒い炎弾が撃ち込まれたであろう場所に向けられる。そこはまるでクレーターのように窪んでいた。

生存者の気配など微塵もない。ドラゴンは雄叫びを上げていた。

全身の血液が沸騰し、アヴェルが激情に駆られるのに時間は掛からなかった。

炎の意刃を発現させ、ドラゴンを斬る為に駆け出そうとして―――シオンに首根っこを掴まれた。

「ぐえっ……!ちょ、何すんですか、シオンさん!?」

「落ち着け、アヴェル。上空にアンリの意力を感知した」

「え!?」

アヴェルもすぐさま意力による感知を行う―――確かに、上空にアンリの意力を感知した。

無事だったのはよかったが、何故上空にアンリが居るのだ?まさか、空間転移を体得していたのか?

その場に居たセイバー達、市民達全員が上空を見上げた。その中の誰かが呟いた。

「天使……」

南区の上空に翼の生えた少女の姿があった。その姿は、まるで空想の物語に登場する天使そのものに見えた。

天使の腕には逃げ遅れた女の子が抱きかかえられていた。

背中に光り輝く翼を持つ、銀髪の天使―――アンリ・アンダーソンの姿がそこにあった。

「綺麗……」

「……彼女は特殊型とは予想していたが、あんな形状で発現するとはな」

「発現って―――シオンさん、まさか、アンリの背中から生えているあの光り輝く翼は!?」

「間違いない、あれがアンリの意刃だ。俺もあんな意刃は見たことが無い」

黒い炎弾が直撃する正にその刹那、アンリは自らの意刃の発現に成功したのだ。

光輝く翼状の意刃で羽ばたき、上空へと逃れることが出来た。

シオンはアンリが発現した翼の意刃を注視していた。

翼という、生き物の部位を思わせる形状の意刃など、セイバーの最盛期と言われた500年前の時代を生きた彼でさえ見たことが無かった。

少女を抱きかかえたまま、アンリは翼を羽ばたかせる。彼女の口から歌が紡がれる。

浄歌―――黒い意力を鎮め、ブレイカーを消滅させる歌声。天使の口から紡がれる清浄な歌声が南区全域に響き渡る。

分裂し数を増やしていたブレイカー達が苦しみ出して落下。その肉体を構成する黒い意力が霧散していく。

ドラゴンも奇声を上げて苦しみ出す。アンリに目掛けて口から黒い炎弾を吐こうとしたが―――。

彼女は翼を羽ばたかせる。ドラゴンの口から吐き出されそうになった炎弾が直前で掻き消えた。

「まさか、あの翼を羽ばたかせることで浄歌がより一層浸透してブレイカーに対する効果が向上している?」

「ふむ、飛行能力だけはなく、アンリが持つブレイカーに対する切り札を強化するとはな。おっと、俺も仕事をしなければな」

「「え?」」

仕事という言葉を聞いて、間の抜けた声を出すアヴェルとカノン。

シオンは瞳を閉じ、両手を合わせて精神統一―――カッと瞳を見開く。

彼の身体から意力による障壁が展開される。それは一瞬で、南区全体を包み込むサイズにまで広がる。

その場に居た全員が唖然とする。

「こ、これ―――まさか、結界!?シオンさん、結界まで使えるんですか!!?」

「500年前のマスターなら誰でも朝飯前に使えたぞ。ちなみに、その気になれば南区どころかアークシティ全域も余裕だ」

彼が使ったのは単なる障壁などではない。障壁技術の頂点といえる最上級技術―――結界。

街ひとつを覆うほどの巨大な障壁で、障壁柱で発生させる人工結界はこれを模して作り出されているという。

そして、それ以上に凄まじいのは南区を覆うまでに掛かった時間だ。ほぼ一瞬で展開してしまった。

結界は展開させる規模が大きければ大きいほど、発動に時間が掛かるというのに。

開いた口が塞がらないとはこのことか。この男、一体何処まで人間離れしているというのか。

彼が結界を展開した理由は単純明快。まだ、南区の結界に綻びが生じているからだ。

南区の障壁柱はまだ復旧していない。これ以上のブレイカーの侵入を阻止する為に、結界を展開したのだろう。

「ドラゴンは―――俺達が手を下すまでもないか」

「あっ!」

アンリの浄歌は続いていた。ドラゴンの巨体を構成する黒い意力が霧散していき、跡形もなく消えた。

念の為にアヴェルとカノンが周囲の意力を感知する。反応は白い意力だけ、黒い意力たるブレイカーの反応はひとつも存在しない。

浄歌を歌い終えた天使が、翼を羽ばたかせながら地上に舞い降りる。

抱きかかえていた女の子を地面に下ろす。

「ありがとう、天使のお姉ちゃん!」

「ふにゃっ!?て、天使って……」

周囲からも歓声が上がる。

天使と称されたアンリ当人は、恥ずかしさのあまり真っ赤になっていた。

ふと、アヴェルは気になっていた。浄歌はかなり体力を消耗する筈だ。

「アンリ、体調は悪くない?浄歌は体力をかなり消耗するんじゃ―――?」

「あれ、そういえば何時もだったらすぐにバテちゃうけど全然平気だね?」

「本当?無理してるんじゃ……」

「ふむ、案外それは間違っていないかもしれんな。アンリの翼を見てみろ、一番最初に比べて小さくなっていないか?」

アヴェルとカノンがアンリの翼に視線を向けると、確かに変化が生じている。

最初に見た翼よりも大きさが半分ほどになっている。

「これは、俺の予想でしかないが、アンリの翼状の意刃にはいくつかの能力があると見た。飛行能力、浄歌を浸透させる能力―――そして、浄歌による体力の消耗を肩代わりする能力といったところか」

「翼が小さくなっているのは、浄歌による負担を肩代わりしてるってことですか?」

「おそらくな。もしかすると、その光翼(こうよく)は他にも未知の能力を秘めているやもしれん」

「シオンさん、光翼って?」

「ん……ああ、すまん。勝手に命名してしまったな。気に入らなかったら、君自身で名付けてくれ」

「ううん、いい名前だよ。ありがとう、シオンさん」

光り輝く翼―――光翼。アンリは自らの背に発現した意刃を見つめる。

この意刃を発現させたのは自分だけの力ではない。あのお姉さんのお陰だ。

お姉さんが言っていた、翼が欲しいという言葉。あの言葉が切っ掛けだ。

「(ありがとう―――お姉さん)」

暫くして、漸く障壁柱と感知塔の整備が完了したという報告が入った。

その間、南区に侵入して来ようとするブレイカーが居たが、シオンが展開した結界に阻まれた。

侵入出来なかったブレイカーは、アークシティの外に居たセイバーやガーディアン部隊によって撃退された模様。

ザッシュとソラス、ジスの3人もアークシティ異変の報せを受けて急いで戻って来たようだ。尤も、彼等が到着した時には既に問題は解決していた。

アンリが救助した少女も、無事に母親と再会出来た。母親はアンリに何度も感謝の言葉を告げていた。

その日、アークシティに天使が舞い降りたと、目撃した人々は口々に語り合った。

―――数日後、アークシティ総本部の総長室にアンリは赴いていた。

周囲にはアヴェルとカノン、シオンといった馴染みのある集い荘のメンバーの姿もある。少し離れたところにはジスも立っていた。

総長レイジの前に立つアンリ。

「アンリくん、南区の事件での活躍、ご苦労だった。君のお陰で、南区の人々は救われた」

「あ、ありがとうございます」

レイジは穏やかな笑みを浮かべながら、労いの言葉を口にする。

彼女はセイバーの頂点に立つ人からの直々の言葉に緊張してしまい、ガチガチになってしまう。

「南区での活躍、ひいては意刃の発現―――君のアドバンスド昇格をここに承認する」

集い荘の仲間達から盛大な拍手が送られる。ジスも拍手してくれていた。

“光翼の歌姫”―――後にそう呼ばれるセイバーは、こうして誕生した。



・2023年04月27日/文章を一部修正しました。
・2023年05月09日/文章を一部追加しました。



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