第36話『獅子王と若当主』


―――ラングレイ家。始まりの者の血を受け継ぐ、セイバーの中でも最古参の家系のひとつである。

この一族に生まれた人間は、獅子の刻印が刻まれた意刃を発現させ、数多くの優秀なセイバーを輩出した名家として広く知れ渡っている。

ディアス家とは古くからの盟友関係にあることも知られており、その中でも500年前に活躍した当主は最も高名である。

メルトディス・ラングレイ―――ラングレイ家歴代当主の中でも最も強く、最も賢く、そして最も人望が厚かったとされ、獅子の意刃を振るう様もあって、人々からは“獅子王”の異名で呼ばれた。

しかし、光あるところには必ず影があるように、輝かしい経歴とは異なる後ろ暗い経歴も彼は持っていた。

ある文献には、こう記述されている―――“血濡れの獅子王”と。人望が厚かった彼が、何故そのような二つ名で呼ばれているのか?

全ての発端は500年前に起きたある事件にあった。

500年前―――大陸中央の中心都市フォーゲル。大陸で最も繁栄していた大都市は大規模な戦いにでも巻き込まれたのか、瓦礫だらけの街と化しており、当時の面影はもはやどこにもなかった。

しかし、生き残った人々は諦めずに雑草のように逞しく復興作業に従事していた。そんな彼らの中心に立って指揮をとっていたのが、メルトディス・ラングレイである。

復興作業の最中にも、当然のようにブレイカーは出現する。奴等にあるのは破壊衝動のみ、生きとし生けるもの全てが敵なのだ。

メルトディスは陣頭指揮を執りながらブレイカーを討伐し、人々の復興作業を助力していた。彼の活躍によって、多くの人々の命は救われ、街の復興は順調に進んでいた。

フォーゲル中央―――建設途中の屋敷。ここは、ラングレイ家の新しい屋敷である。

元々は街の東にラングレイ家の屋敷は存在していたが、今は倒壊して瓦礫と化している。その為、新たに街の中央に屋敷の建設を決めたのだ。

その屋敷の直ぐ近くに仮設住宅が建てられていた。屋敷が完成するまでの間、メルトディスと家族達はここで生活している。

仮設とはいえ、造りはなかなか頑丈でそれなりに広い。その仮の住まいの執務室でメルトディスは書類を整理していた。

ふと、彼は天井裏に意力を感知する。しかし、それが自身を狙う不逞の輩ではないことを彼は知っていた。

「―――来たか」

「―――はっ」

天井が開き、黒装束に身を包んだ男が姿を現す。

この男は暗殺者の類ではない。メルトディスと契約を結んで、彼に情報を渡している密偵である。

「連中が何処に居るか掴めたか?」

「はっ、こちらに」

そう言って密偵が差し出した報告書を受け取る。そこには、とある人物達の名前とその居場所が記されている。

セイバー最高評議会の全メンバーの名前及び所在地である。メルトディスは、最高評議会のメンバー達の所在を掴む為に密偵を雇っていたのだ。

報告書を持つ彼の指が震えていた。怯えからくるものではない、憤りからくるものだ。

「……“あの戦い”で多くの人間が命を落としたというのに、自分達は安全な場所でのうのうと生き延びているとはな」

―――セイバー最高評議会。名前の通り、セイバーという組織の最高意思決定機関である。

しかし、時代の流れと共に腐敗が進み、今では形骸化した存在となっている。

評議員の大半は、自分の利益しか考えていない俗物であり、組織の体裁を保つ為だけに存在しているといっても過言ではない。

セイバーとしての実績や実力ではなく、家柄だけで選ばれており、実力も大したことはない。

フォーゲルが現在のような状況になった時も、連中は我が身可愛さのあまり、雲隠れしたのだ。

牙無き人々を救うというセイバーの矜持を忘れた者達に、もはやセイバーという組織の舵を取らせるワケにはいかない。

既に連中と協力関係にあった者達は拘束している。今の評議会には何の後ろ盾もないに等しい状態だ。

「―――機は熟したな」

椅子から立ち上がったメルトディスの凄まじい威圧感。その威圧感に当てられ、密偵は思わず息を呑んでしまう。

これが“獅子王”―――歴代セイバーの中でも屈指と謳われる実力者の威光なのか。

数時間後、フォーゲル西区セイバー総本部。殆ど廃墟とし化した建物にメルトディスと数十人のセイバーは集まっていた。

「皆、復興作業の忙しい最中よく集まってくれた。これから私の言うことに、どうか耳を傾けて欲しい」

メルトディスは、最高評議会のメンバーの居場所を突き止めることに成功した旨を伝える。

殆どのセイバー達からは怒気が発せられていた。皆、気持ちは同じだった。

自分達が命を懸けて戦い、何の罪の無い人々が命を落としているにも関わらず、最高評議会の面々はほとぼりが冷めるまで息を潜めているのだ。

おそらく、街の復興が終えたら姿を現して再び自分達の上に立ってセイバーという組織を牛耳るに違いない。

「我が身可愛さで雲隠れした連中に、我々の上に立つ資格など無い。これより、連中の居る所に向かう―――私に賛同する者は、共に来て欲しい」

全員が顔を見合わせた後、メルトディスに視線を向け―――一斉に頷いた。こうして、メルトディス率いるセイバーの一団は、評議会メンバーの下へと向かった。

数日後、評議会のメンバーが全員捕縛されてフォーゲルに連行された。

街の人間達の誰もが、白い目で評議会のメンバーを見つめていた。

当然だろう、セイバーを纏めるのが評議会の責務。その責務を放棄した彼等を擁護する者など、この街には誰ひとりとして存在しなかった。

横並びになった最高評議会の面々に対し、メルトディスは冷めた瞳で冷酷な一言を放った。

「これより、貴様達を斬首刑に処す」

まず、裁判か何かが行われるだろうと思われていた。しかし、メルトディスには眼前に居る連中に対する慈悲など欠片も存在しなかった。

即刻首を斬り落とし、晒し首にしてやるつもりだった。

メルトディスの言葉を聞いた瞬間、評議会のメンバー全員の顔色が変わる。その顔色は恐怖に染まっていた。

しかし、往生際が悪いのか、一人だけ異議を唱えるものが居た。それは、一番端っこに座っている男だった。

男は評議会の中では比較的若い。おそらく30代前半くらいであろう。

男の表情は、どこか焦っているようにも見える。男は立ち上がり、必死の形相で訴える。

「ま、待ってくれ! 頼む、殺さないでくれ!!」

「…………」

「金ならいくらでも払う、だから―――」

男は最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。メルトディスは獅子の刻印が刻まれた双刃剣を発現させ、一閃―――男の首を刎ねた。

首が宙に飛んで、頭部を失った身体から大量の鮮血が舞う。メルトディスの顔や身体はその返り血で赤く染まる。

その様子を見た他の評議会メンバーは顔面蒼白になり、戦慄していた。

ドサリと音を立て、崩れ落ちる頭部を失った肉体。それを冷めた瞳でメルトディスは見つめている。

大きな声が響いた。悲鳴でも罵声でもない―――歓声だった。街の人々が、メルトディスに対して歓声を上げていた。

その歓声を聞いて残る評議会の面々は思い知らされる。この街に、自分達の味方など居ないことを。

震える評議会の面々に意刃を突きつける。

「もう喋らなくて結構だ―――私自らの手で、地獄に送ってくれる」

そう言ってメルトディスは獅子の双刃剣を振り下ろし、評議会メンバーの首を次々に刎ねていった。

その容赦の無さは、評議会メンバー捕縛に協力したセイバー達ですら背筋に寒気を感じるほどだった。

評議会の死体の山が転がる中、ぴちゃりぴちゃりと獅子の意刃からは血が滴り落ちている。全身が赤く染まった獅子王の姿がそこにはあった。

セイバー最高評議会は、こうして永久解散の運びとなった。

慈悲を与えずに処刑を断行したメルトディスの苛烈さに恐怖した一部の者は、彼をこう呼んだ―――“血濡れの獅子王”と。










―――1年後、再建されたセイバー総本部。その最上階に総長室と書かれたプレートが掛けられた部屋が存在した。

メルトディスは机の上に置かれた書類の山を整理していた。手早く、正確に書類を捌いていく、一枚たりとも書き漏らしや書き間違いなど無い。

全ての書類を処理した後、彼は窓から街の様子を眺めていた。街には活気が戻りつつあった。

崩壊した建物も少しずつ修復されており、街の人々の顔にも笑顔が見られるようになってきた。

彼等が何時でもあんな顔でいられるようにしたい―――それが、自分達セイバーが果たさなくてはならない責務なのだ。

コンコン、と扉をノックする音が聞こえてきた。

入るように促すと、赤い髪と青い瞳を持つ少年が部屋に入ってきた。自分が後見人を務めている少年。

彼の盟友だったシオン・ディアスの実弟にして、新たなディアス家当主に就いたアヴェル・ディアスだ。

「久し振りだな、アヴェル」

「お久し振りです、メルト―――いえ、総長」

「今は我々だけだ。昔通りで構わないさ」

「そうもいきません。今の貴方はセイバーを纏める指導者なのですから」

最高評議会の永久解散後、メルトディスはセイバー全体を指揮する新たな役職―――総長の座に就任した。

彼の指揮により、大陸中央のセイバー達は団結し、各地の支部も徐々に立ち直りつつあるという。

最近は、大陸中央のみならず、大陸の東西南北のセイバー達とも積極的に交流や話し合いの場を設けている。

最高評議会は大陸全土のセイバーを纏める為の組織であったにも関わらず、中央以外には殆ど関心を示さなかった。

連中と同じ轍を踏むワケにはいかない。これからは広い視野を持って、大陸各地のセイバー達と協力していかなくてはならない。

無論、セイバーだけではなくガーディアン部隊とも協力関係を築いていくつもりだ。

ガーディアンは基本的に地域ごとに担当する部隊が決まっている。彼等だけで手が負えない場合は、すぐさま援軍を送れる環境を整えておく必要がある。

メルトディスの仕事は多忙を極めていた。だが、他のセイバー達が円滑に動けるようにする為なら、どんな苦労も惜しまないつもりだ。

「総長、今日はお尋ねしたいことがあってここに来ました」

「……お前の耳にも入っていたか」

アヴェルの故郷、炎の里も大きな被害を受けて復興中だ。そんな忙しい中、炎の里の里長を務める彼がここに訪れているのには理由があった。

ここ1年余り、謎の失踪事件が相次いでいた。最近は殆ど報告されなくなっていたが、行方を絶った者の中には名が知れたセイバーも居た。

当然のように、メルトディスの下に報告は来ていた。机の引き出しから、数枚の報告書を取り出す。

行方不明になったセイバー、その中でも有名な人物達に関する報告書だ。

報告書に目を通すアヴェルの瞳が、驚きに見開かれる。

「スイレン先生やブラッドさんが行方不明になっているんですか……!?」

「うむ……」

スイレンとブラッドとは、アヴェルやメルトディスの知己のセイバーである。

スイレン・ウォード―――“識者”の異名を持つ、70歳を越える老齢でありながらも、現役でセイバーを続け最年長記録を保持している古強者。

全盛期の実力は、当時のディアス家やラングレイ家の当主……アヴェルやメルトディスの祖父達を凌ぐとまで言われた。

彼はアヴェルの兄―――シオンとは師弟関係にあった。シオンに感知能力の深奥“識”を伝授した師なのだ。

誰よりも優れたセイバーであった兄が、スイレンを先生と呼んで敬意を以て接していた姿をアヴェルはよく憶えている。

報告書では、1年前のシオンが姿を消した数日後に彼は消息を絶っている。

ブラッド・アイゼン―――“雷霆”の異名を持つマスター。始まりの者の家系であるアイゼン家の当主。

アイゼン家は雷の刻印の意刃を振るう家系として有名だ。雷と言っても、自然現象の雷を呼び起こす力があるワケではない。

雷の刻印の能力は、使い手の肉体が耐えられる限り攻撃速度と肉体速度を加速させることが可能となる。その速さはセイバーの中でも屈指とされ、反応出来る者はそうそう居ない。

シオンやアヴェル、メルトディスとはそれなりの交流があった間柄。セイバーとしての実力も申し分ない。

彼は4ヶ月近く前に消息を絶っている。

「そして―――お前にとっては、一番辛い報告になると思うが、これを見て欲しい」

「……え」

受け取った報告書。そこに記載されていたのは、ある女性の失踪。

顔見知りどころではない、そこに書かれている女性の名前は彼がよく知る名前―――エリア・イグナードの名だった。

1年前、袂を分かった彼女が行方不明になったことに流石の彼も動揺を隠せなかった。

報告書に目を通す―――彼女は炎の里を去った後、大陸巡回医療団に所属した。

大陸巡回医療団とはその名の通り大陸各地を巡り、ブレイカーなどの被災を受けた人々への医療活動を行う団体である。

彼女は、各地で献身的に怪我人の治療に当っていた。若いながらも優れた治癒術士であった彼女は、医療団の大きな力となっていた。

だが、1ヶ月前に彼女は消息を絶ってしまった。

「これまで失踪の原因は不明だったんだが―――エリアが消息不明になる原因を目撃した人間が居る。同じ医療団に所属していた男性治癒術士と治癒術士見習いの少女だ」

その日、エリアは医療団の男性治癒術士と治癒術士見習いの少女と行動を共にしていた。

彼等はとある場所へ負傷者の治療に向かっていたのだが、途中でブレイカーと遭遇してしまったのだ。

戦闘は避けられない。そう判断し、3人は即座に臨戦態勢を取った。

治癒術士とはいえ、それなりの戦闘訓練は受けている。特にその中でもエリアの実力は他のふたりを大きく凌いでいた。

当然と言えば当然だろう―――何せ、彼女に戦闘教育を施したのはアヴェルの実の兄であるシオンだ。

彼から厳しい訓練受けていた彼女は、マスター級の戦闘能力を有していると言っても過言では無い。

出現したブレイカーも大した数では無かった為、3人は大きな負傷もなく戦闘を終えた。

一息ついたのも束の間、エリアは奇妙なものを発見した。それは、亀裂―――空間に罅割れのような亀裂が生じているのを発見した。

異様な状況に息を呑む3人。エリアは、ふたりを遠ざけて意を決して亀裂に触れた。

途端、彼女の触れた手が腕ごと亀裂の中へと引き摺り込まれた。見習いの少女が、駆け寄ろうとしたが男性治癒術士に抑え込まれる。

エリア自身も、近付いてはいけないと叫んでふたりをその場に留まらせた。

やがて、身体全体が引き摺り込まれて空間の亀裂と共に彼女の姿は消えたという。

「総長……この、空間の亀裂というのは」

「……お前が言っていた、シオンが入ったという空間の亀裂と同じものだろう」

―――まさか、あの空間の亀裂は兄が入ったあれひとつでは無かったというのか?行方不明になった人達は、あれと同じものを見つけて触れたことで引き摺り込まれたというのか……?

「彼女の失踪を最後に行方を絶った者は居ない。……すまん、炎の里の復興に従事しているお前に負担を掛けたくない為に報告しなかったことを謝らせてくれ」

「……いえ、里の復興が急務でしたから」

兄に後事を託された以上、炎の里の里長としての責務を果たすことがアヴェルの務め。失踪した人々のことは気掛かりではあるが、今は自分のすべきことを優先しなくてはならない。

それに、メルトディスから聞いた話だけでも十分に理解出来た。

あの空間の亀裂に触れれば、何処かに飛ばされてしまうということ。そして、行方不明者達は全員その空間の亀裂に触れてしまった人間だということ。

「行方不明者の捜索は引き続き行うつもりだ。ところで……」

「何ですか?」

「アヴェル、事務仕事で四苦八苦していないか?」

「う……」

指摘され、言葉が詰まってしまう。総長の言っていることは的を得ていた。

兄から剣術や体術、意力の扱いは一通り教わった為、ブレイカーとの戦闘に支障はない。

しかし、書類整理などは教わっていなかったので事務仕事は悪戦苦闘が続いている。

こんなことになるなら、少しくらい兄から教わっておくべきだったと後悔している。

「助け舟を出そうと思ってな。事務仕事が得意な人間をお前の補佐に就けよう」

「いいんですか?確かに大助かりですけど……」

「うむ、私の遠戚で今年で17歳になるが、なかなか優秀とのことだ」

「17歳って若いですね」

「何を言っている、お前の方が年下だろう」

「はぁ、確かに……」

アヴェルは今年15歳になったばかりである。補佐に就くであろう人材よりも2歳も年下だ。

「兎も角、彼女が来たら色々と相談してみるといいだろう」

「はい、ありが―――彼女?え、総長、彼女って?」

「ん?いやだから、補佐役の彼女に相談―――」

「いやいやいや!ほ、補佐役の人って女性なんですか!?」

てっきり、男性の補佐役と思っていたので相手が女性だと知ってあたふたしてしまう。

しかも、年齢は自分と2つしか変わらない。そんな妙齢の女性と、いきなり顔を合わせろと言われても心の準備が出来ていない。

内心、メルトディスは笑みを浮かべていた。アヴェルも年頃の男子である、そろそろ女性に興味が出てもおかしくない。

居なくなった彼の兄が、あまりにも女性に関心が無さ過ぎて結婚すらしていなかったことが不安だったのだ。

その不安は見事に的中し、シオンは結婚も子供を残すこともせずに姿を消してしまった。

万一、アヴェルの身に何かあればディアス家の血筋が絶えてしまう可能性がある。それだけは、何としても避けなくてはならない。

アヴェルの事務仕事の手助けする人材を派遣する。しかし、それ以上に年頃の女性を傍に置くことで、アヴェルの女性への関心が高まることを狙った総長の個人的な思惑が絡んでいた。

「(私なりのお節介だが、これもディアス家の行く末を案じてだ。シオン、感謝してくれよ?)」

「総長……何か、楽しんでませんか?」

「いいや、そんなことは無いぞ?」

そう言いながら、満面の笑顔でメルトディスはアヴェルの肩に手を置く。

どう見ても、この人は楽しんでいる。そう確信したアヴェルは、深く溜め息を吐くしかなかった。

それから数日後―――メルトディスから紹介された人物に会う日が訪れた。

炎の里、ディアス邸の執務室にてアヴェルは緊張しながら待っていた。

正直、どんな人が来るのか分からないので余計に緊張していた。何せ、相手は女性である。

―――いやいや、事務仕事を補佐してくれる人なんだ。きっとお堅い感じの人なんだろう。

変に意識しないようにしようと自分に言い聞かせる。

やがて、部屋の扉がノックされた。入るように促すと、やって来たのはディアス家の執事を務めるサークだった。

「アヴェル様、お客様がいらっしゃいました。メルトディス総長からの紹介状をお持ちです」

「あ、ああ。通して」

「かしこまりました」

サークは一礼すると、部屋を出て行った。やがて、再び部屋のドアがノックされる。

いよいよ、その時が来たようだ。深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから入るように促す。

「失礼します」

凛とした声と共に、部屋に入ってきたのはひとりの少女。

腰まで伸びた黒髪に、透き通った碧眼。整った目鼻立ち。事務の補佐役ということで、お堅い感じの女性をイメージしていたが、優し気な笑みを浮かべている。

しかし、それ以上に目を引くのは―――。

「(そ、総長……ちょ、な、なんて人を派遣してくれてんですか!!?)」

目の前に現れたのは抜群のプロポーションを持つ少女だった。1年前まで里に居たエリアにも引けを取らない。

身長は高くもなく低くもない。どちらかと言えば低めかもしれないが、その分胸の大きさが目立つ。

腰回りも信じられないくらい縊れて、無駄な肉付きが無い。手足も細く、全体的に華奢に見えるが決して弱々しくは見えない。

自分よりも2歳年上だと思えないほど大人びた雰囲気の少女。平静を装うが、内心は動揺しまくりの若当主であった。

しかし、いつまでも黙っている訳にはいかない。挨拶をしなければ―――。

「初めまして、ディアス家当主を務めるアヴェル・ディアスです」

「こちらこそ、初めまして。メルトディス総長からご紹介に預かりました、リオン・アーウィングと申します」

優雅なお辞儀をするリオンと名乗った少女に、見惚れそうになる。

いけない、彼女は補佐役として来てくれたんだ。平常心を保たなくては。

「(それにしても、リオンか―――兄上と名前が一文字違いだな)」

「あの、当主?どうかなされましたか?」

「え?ああ、何でもありません」

これが、アヴェル・ディアスとリオン・アーウィングの出会いであった。

―――ちなみに、メルトディスの目論見は成功することになる。

これより2年過ごす間に当主としてセイバーとして成長し、少年の顔から男の顔になっていくアヴェルに補佐役だったリオンは彼を異性として意識し始める。

一方のアヴェルも献身的に支えてくれるリオンに惹かれ、彼女と恋仲になるのに時間を要さなかった。

更に月日が流れ、アヴェルが20歳になった時にふたりは結婚した。

それから間もなく、リオンはアヴェルとの子を妊娠した。生まれてきたのは可愛らしい女の子だった。

セリカと名付けられた娘は、歴代でも数少ない女性当主として名を残すこととなる。



・2023年05月27日/誤字を修正しました。



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