空の境界

──変わりゆく日常──




「みんなとフィッシング・御上真編」



 浅上さんと受付を済ませて駐車場に戻ると、黒桐が鮮花ちゃんと一緒に頼んだとおりに釣りの準備を始めてくれていた。

 「みなさん、お待たせしました!」

 気合の入った大きな声は浅上さんだ。鮮花ちゃんと同じく朝からテンションが高い。表情もじつに活き活きしている。

 そんな浅上さんに戸惑う式さんの反応が実に面白い。入漁証であるピンクのリボンを浅上さんから渡されたとき、あまりの彼女の笑顔に少し顔が引きつっていた。

 「黒桐、準備ありがとう」

 「うん。だいたいリールをセットしておいたけど、これで大丈夫だよね?」

 「おう」

 と言いたいところだが、見事にメーカーがバラバラだ。D社製の竿にS社製のリールとか付いてるし。別に困るわけじゃないけど、こういうのは揃えないとねぇ。黒桐にしては間抜けだった。

 「おおい! 御上!!」

 やかましい声がした。振り向くとそこには上から下までアングラーズスタイルで決めた橙子さんが立っていた。

 「ええっ? みごとなレディースアングラーぶりですね」

 俺が驚きながら褒めると、橙子さんは自慢するように大きく胸を張った。

 「なかなかうれしい反応だね。どうだい、かなりキマッているだろう?」

 橙子さんのアングラーズセンスはなかなかのものだ。派手ではなくすっきりとしたスタイルなのだ。カジュアルっぽい専用のジャケットに上から茶色のベスト、色鮮やかなストレートのジーンズに足元は登山用に似たトレッキングブーツだったりする。

 釣りもルアーフィッシングのおかげでだいぶイメージアップが図られ、各メーカーも機能とともにデザイン性の高いウェアーを世に送り出している。女性アングラー人口が増えたからよけいにデザイン性がアップしている。それは普段着としても十分着用が可能なものばかりだ。

 釣りもようやく長い停滞期間を得て、スキー感覚で楽しむスポーツになっている。

 「ですが橙子さん、いつの間にそろえたんですか?」

 という質問は鮮花ちゃんだ。フィッシングファッションに関しては素人の彼女が高い関心を示すくらいだから、橙子さんのスタイルは十分ファッションとして成り立っているのだろう。

 「ふむ、まあこれでもルアーフィッシングが流行りだした頃はなかなかハマってね。タックルはそのときにほとんど全て揃えたんだよ。ああ、ジャケとかは昨日買ったんだがね」

 前半部分の告白はさすがに俺も驚いた。この女性はもともと魔術師で交友関係も信じられないほど広く、ムダから専門までの知識も豊富だ。

 まさかルアーフィッシングまで嗜んでいたとは……ますますようわからん。

 「じゃあ御上、わるいが私は一足先に例の場所で釣っているよ。何かあったら携帯に連絡してくれ」

 橙子さんはそういい残し、大物用のタックルを片手にいそいそと目的地に向って歩いていった。

 「橙子のヤツ、どこに行く気だ?」

 式さんが怪訝そうな声で俺に尋ねてきた。何気に突っ込まれたくなかったのだが、特に誰も気がついていないようなので橙子さんの名誉のために、

 「この先には大物エリアがありましてね。橙子さんはどうせ釣るなら大物を狙いたいそうです」

 としごく常識的な回答をしたのだが、

 「あの橙子が釣りであんなに燃えるものなのか? なんの金にもならないのになぁ」

 と式さんは軽く考え込みながら、なかなか鋭い。周りを見ると鮮花ちゃんや浅上さんも「何か変だ」と疑惑に満ちた表情をしているではないか!

 「まあまあ、あの人はきまぐれだから、もしかしたらはじめた頃の童心に帰りたいのかもしれませんよ。今日のイベントもほぼタダだしさぁ、橙子さんだっていつでも損得勘定で動くばかりじゃないでしょ」

 「そうか?」

 と式さんは素っ気ないが、納得したというわけではなく、これ以考える必要もないと切り捨てたのだろう。それはそれで大いに助かる。追及されても「大物を釣りたいらしいよ」としかとにかく強調するしかない。あまり長々と問答すると式さんなら気づきかねないしね。


◆◆

 話が切れたところで有無を言わさずタックルを渡した。

 まず初心者のみんなに使い方を教えねばならない。横一列にスクール教室さながらに並んでもらう。

 うん、やっぱり式さんが一番浮いている。浮きまくりだよ。どう考えても一重の上に革ジャケじゃ浮きまくって当たり前だ。しかも12月の寒風吹きすさむ中、吐く息が真っ白なのにほとんど薄着だからなぁ……彼女の奇抜な服装に驚いている人も多いよ。

 ここは両儀式に物申さねばなるまい。(いろんな意味で)おとなしくタックルを持って並んでいるということは少なくとも釣りをする意思があるというこだし。だよね?

 「式さん、革ジャケ脱いでください」

 もちろん反応はよろしくない。予想通りなので黒桐の力を借り、「竿を振れませんよ。あっという間に疲れますよ」などともっともらしい理由を並び立てて説得すると、式さんはめんどくさいと感じたのか革ジャケを脱いだ。俺はすかさず用意していた機能的でデザインもよいアウトドア用のジャケットを彼女に手渡した。色は革ジャケに近い。

 「どうです、軽くてあったかいでしょう?」

 「ふんっ」

 とだけ式さんは答えた。肯定したも同然だ。黒桐がジャケ姿の式さんを褒めたのも大きな効果だっただろう。実際、タウンユース的に着てもまったく違和感のないデザインなのだ。式さんお気に入りの真っ赤なジャケよりもちろん軽く、ゴアテックス素材なので保温性、暴風防水性も非常に高い。丈もミドルロングだからちょうど腰の辺りをすっぽり覆ってくれるから腰からの冷気をシャットアウトしてくれる。ジッパーを上まで上げれば首周りもガードしてくれるので、冷気と風の浸入を防いでもくれる。雨が降ってもフードが装備されているから頭も濡れない。

 腰から上は「アウトドアバージョン両儀式」だ。腰から下はまあ仕方がないが、足元は編み上げのブーツだし、どうにかバランスはOKだろう?

 あとで写真に収めさせてもらうとして、さて講義に入ろう。

 まずは各道具の扱い方を知ってもらわねばならないが、ここで驚くべき光景を見た。事前にスパルタレッスンをしていた黒桐は間違っていないが、なんと鮮花ちゃんと浅上さんが正しい竿の持ち方をしていたのだ。

 「おほほ、礼園女学院の生徒ともなれば予習復習は欠かしませんから当然ですわ」

 鮮花ちゃんはスキー用ジャケットのポケットから「ルアーフィッシング入門」を取り出しつつ、お嬢様ぽい口調で高らかに言った。

 俺は感心した。

 「さすがだね。鮮花ちゃんも浅上さんもAクラスだけあるね」

 「もちろんですわ。すっかり忘れて寝入っていたどこかの誰かさんとは違いますから」

 はいはい鮮花ちゃん、計画のしょっぱなから相手を挑発してどうすんの? ちょっとキャラが違っているからそれ以上は自重してください。

 浅上さんが注意したこともあって、いらぬ方向へ脱線することは回避した。浅上さんに感謝しよう。にしても先が思いやられるなぁ……

 ちなみに「計画」というのは橙子さんとは別に俺と鮮花ちゃんが今日のために交わした「協定」をいう。俺が式さんの「勇姿」をカメラに収めることに協力してもらう代わり、鮮花ちゃんには黒桐と一緒にいられる時間を多く作ると持ち掛けたのだ。

 ブラコンの鮮花ちゃんは、普段から式さんに黒桐との時間を邪魔されているので、これ幸いと思ったのか条件付ながら乗ってくれた。条件というのは浅上さんをかまってあげることだった。うーん、別に避けてなんかいないんだけどなぁ、なんでそんな条件を突きつけられたのかよくわからん。

 とにかく二人の利害は一致し、今日の運びとなったわけだ。ただ、この計画の需要なところはやりすぎないというところだろう。

 とりあえず一通り説明したので実際に投げてもらった。式さんは見事に「芸能人もち」だったのでこれを改善し、教えたとおりに池に向って投げてもらうと、武術をしていただけあって手首のスナップが効いている! 誰よりも遠くへ飛んだ……がコントロールはいまいちだ。鮮花ちゃんは逆に力みすぎてルアーで水面を叩いてしまう。浅上さんは糸を放すタイミングいまいちうまくいかずルアーが前に飛んでいかない。

 さて、まずここで第一の約束を果そう。黒桐にさりげなく鮮花ちゃんの面倒を頼んでおく。何と言っても兄妹だしね。黒桐はほぼ基本をマスターしているので任せても違和感はない。ヤツには昨日、みっちり教え込んだからね。

 よし、さっそく黒桐は鮮花ちゃんに丁寧に教えているぞ。彼女もテンションがさらに上がってきたみたいだけど……

 こらこらよそみをしない!

 ザクッ!

 いやな音です。「ガン」でも「バン」でもないよ。

 「いたたたた……」

 黒桐が顔を歪めている。案の定、鮮花ちゃんは大物を釣り上げてしまったみたいだ。
兄貴の背中を……

 「ご、ごめんなさい! 兄さん、大丈夫ですか!」

 鮮花ちゃんは慌てて背中に刺さった針を外そうとするが、どうも取れないみたいだ。俺はすぐに駆け寄り、その状態を確認した。ふむ、厚いジャケットを着込んでいるから直接身体にざっくりと刺さっているわけではないようだ。セミバーブレスのトリプルフックを使っているかペンチですぐに外すことができた。初心が釣りやすいようにトリプルフックを使ったんだけど、やはり危ないようだ。

 「鮮花ちゃん、ちゃんと後ろを確認しないとだめだよ」

 やや口調を強めに注意した。安全に対する意識を高めてもらう必要がある。針のついた竿を振り回せば凶器だからね。昔、頭をざっくりしたヤツとかいたし……

 「はい、スミマセン」

 しゅんとする鮮花ちゃんだけど、まあ大事に至らなかったから、今日の楽しみを不意にしないように念を押し、再び黒桐に彼女を頼んだ。

 おっと、約束どおり二人のツーショットを撮っておこう。ふむふむ、ちょいアクシデント後なのに鮮花ちゃんも立ち直りが早い。おーい、二人で竿もってこっち向いてくれよ。Vサイン? 

 まあ、古臭いけどいいんじゃね?

 「よし、撮ったよ。次は魚釣ってね」

 「任せてください!」

 鮮花ちゃんは上機嫌だ。また失敗しなければいいけど、その辺は兄貴にしっかり任せよう。

 で、俺担当の美少女二人に振り向くと……
 
 なんかヒットしてる! しかも二人同時だ。なんかすごい勢いで巻いているけど、本当にヒットしたのか? 竿のしなりはかなりだが……あれ? なんかおかしくね?

 「ておいおい、二人揃ってオマツリしてるよ!」

 しかも殺気のような、殺気のような、殺気以外のものを感じないぞ!

 ちょっと待ってくれ! 絡まったままでそれ以上リールを巻かないでくれ! 二人とも何そんなにムダに競ってんだよ。

 「ちょっとストオォォォォォーップぅぅ! そこで待ったぁぁぁ!」

 俺が割って入らなければ合計6万もするタックルがお釈迦になるところだった。

 しかしこの二人、まだ敵対しているらしい。同類としての式さんが浅上さんを助け、彼女に対する興味をなくした時点で分かり合えると思ったんだが、どうもいろいろ女の事情というものがあるらしい?

 浅上さんは、式さんが病気を殺して自分を助けたくれたことを知っているはずだが、なんというか相容れないというか、育ちなのか、価値観の違いなのか、すんなりとはいかないらしい。なんだろ?

 「わたし、あの人キライですから」

 でたぁー!! 浅上さんの拒絶の台詞!

 だけど、なんか妙に重い感情がこもっていてこっちが冷汗ものだ。二人の微妙な関係を把握していなかったわけではないが、考えているより慎重に行動しないと今日一日が丸つぶれになるかもしれない。鮮花ちゃんに申し訳ない結果になってしまうだろう。

 さて、俺も浮かれないように気を引き締めておこう。


◆◆

 「きゃー、きゃー」

 左方向から黄色い悲鳴が聞こえてきた。振り向くと鮮花ちゃんの竿が大きくしなり、黒桐が横でランディングネットを構えながらなにやら指示している。鮮花ちゃんは兄貴の指示通りにやり取りを行い、数分後になかなか立派なニジマスをGETした。

 「やったね鮮花」

 「ありがとうございます、兄さん」

 なんかいいよねぇ、兄妹のほのぼのとしたやり取りって……鮮花ちゃんも頭を撫でられてご満悦。二人とも笑顔できゃいきゃいって感じだね。

 うちの妹も鮮花ちゃんくらいかわいければなぁ……

 「みがみさーん、写真とってくださーい!」

 おっとそうだった。鮮花ちゃんの満面の笑みに急かされ兄貴とのツーショット写真を撮る。釣ったニジマスも綺麗な魚体だから朝陽によく映えていい感じだ。

 鮮花ちゃんは初の獲物に興奮したのか、すぐさま釣りを再開した。さり気なく俺にウインクしてくれるのが萌える。

 「おい、御上」

 思わず背後から声をかけられて振り向くと、そこには竿を担いで微妙に冷ややかな顔をした両儀式が立っていた。

 「どうしました?」

 「全然、釣れないんだけど」

 たった30分くらいで釣れるわけがない。初心者が一番陥りやすい罠だね。たいていそういうのは魚の生態とか水温とか、天候の変化によって生じる状況の違いを知らず魚のいないところを一生懸命狙っていることが多い。

 とはいえ、ここは湧水を利用した管理釣り場だからなぁ、魚がいるのに釣れなければ不機嫌にもなるだろう。

 ん? 待て待て

 なんかすげー反応じゃね?

 あの両儀式が世俗的な嗜好に突っ込みを入れてきたよ。何か殺人嗜好以外、興味がなさそうに思えたが、やはり彼女にも「あたり」はあるらしい。

 いやいや、こうしてみんなで行くからこそ、自然と式さんも童心というものをくすぐられるのではないだろうか? クリスマスパーティーでは猫耳被ってくれたしなぁ……そう思いたい。

 しかし、そんな嬉しさも三秒くらいで吹っ飛んだ。式さんが鮮花ちゃんと黒桐の(中むつまじい)やりとりに鋭い視線をむけていたからだ。

 「やれやれ、無意識に嫉妬しているらしい」

 式さんも鮮花ちゃんに黒桐を譲る大人らしい態度をとることもあれば、やはり黒桐は「オレのだ」とまったく譲らないこともある。複雑だ……

 きっと式さんはニジマスを釣り上げて黒桐の関心を引きたいのだろう?

 とりあえず動機は何であれ、やる気をもってくれたことはいいことだ。式さんも四六時中、殺人嗜好というわけでもあるまい。

 「釣れませんか? まあ、管理釣り場だって馬鹿にしていると釣れませんよ」

 「ふーん、まあ、とりあえずもっと詳しく教えろよ。お前、ここの常連なんだろ?」

 おいおいおいおい、すばらしい要請じゃないか!

 「ガッテン承知!」

 いいねぇ、乗ってきた。やはり今日はこうじゃやなくちゃいけない。式さんが再び竿を構えたところなんか最高だ! とりあえず2、3枚撮ったけど、やっぱり釣り上げる瞬間を撮りたいよね。そのときに両儀式がどんな反応を見せるか大いに楽しみだ。

 「あ、あのう、私も、もう一度教えていただいてよろしいでしょうか?」

 控えめに手を挙げた浅上さんにも頼まれた。うん、いいことだ。彼女は社会復帰に向けてリハビリも兼ねているから積極的に物事に関わろうとする姿勢は大切だ。アウトドアを通して外の世界にもっと飛び出していくきっかけになればと思う。

 「もちろん、浅上さんにも教えてあげるさ。まずは一匹釣ろう」

 「はい、ありがとうございます」

 うーん、くどいけどやっぱり美少女の笑顔は最高だね。浅上さんはもっと笑顔が増えていいと思う。今まで笑えなかった分、もっと笑って人生を楽しく過ごしてほしいものだ。俺も彼女に力を貸すと宣言した手前、しっかりと彼女をサポートしないとね。

 というわけで、兄妹仲良く釣りをする横で講義再開──とはいかず、やや距離をとって式さんと浅上さんに説明することにした。時間は8時30分をまわったところだ。日差しも強くなってきたし、気温もだいぶ上昇したことだろう。といっても5度くらいだと思うけど。

 俺の講義を聞く二人の吐く息は白い。なんかエロく感じるのは気のせいか?

 まずはおさらいだ。この第一ルアー池はその名の通りルアー専用池だ。周囲はおよそ500メートル。なかなか大きいと思う。この池の水は湧水で年間を通して10度から12度くらいが平均水温だ。また他の池ともつながっているので排水溝もあれば流れ込みもある。最大水深は3メートル、手前から5メートルくらい沖まではなだらかな駆け上がりになっていて、その先から急に落ち込んでいる。水温が魚の適温になればその境目をトラウトが回遊する感じだ。今はまだ表面水温が低いので、魚は沖のほうにいる。流れ込こみ周辺ならわりと浅くても水の動きがあるので活性は高いが、その分競争率が高く、もっと早くからスタンバってないとだめだ。

 なんか講義中に何度となく鮮花ちゃんの幸せそうな歓声が聞こえてきたが、一応、式さんも浅上さんも平穏ではいる。

 俺は続ける。

 「えー、まだこの時間は底のほうで魚はジッとしていますので、正確には駆け上がりよりちょっと先に投げて底までべったり着底させたら糸をゆるめずにゆっくりリールを巻きます」

 もちろん、言っただけではわかりづらいので実際にデモンストレーションする。それを三回繰り返したときにおもわず釣ってしまったが……

 「とまあ、こんな感じです。とりあえず俺が投げた辺りまで投げて、あとはそこに着いたらものすごーくゆっくりとリールを巻いてください……そうそう、決して糸を緩めてはいけませんよ」

 とはいえ初心者に「糸を緩めたらだめさ」といってもすぐに理解できない。要は糸を弛ませないことです、ともう一度実践して説明すると、二人とも理解してくれたようだった。

 式さんが投げる。ただ投げるのではなく、竿のしなりを利用した正確なキャストだ。力ずくではないのでついさっきよりはまともになり、まっすぐに飛んだ。

 浅上さんはキャスティングホームが安定し、まだうまく遠くに飛ばせないようだが今度はフライになることなくまっすぐ飛んだ。よほどそれが嬉しかったのか、俺に笑顔を返してくれた。うんうん。

 さて、ここで二人の写真を撮っておこう。それぞれの華麗?なフォームをカメラに収めないわけにはいかない。まず式さんを右側面からややしゃがんだ体制で下から見上げるような感じで激写。見事に俺の一眼レフカメラは両儀式のキャストを連続して捉えた。

 次に浅上さん。彼女はカメラに向ってにこやかに微笑むと、それまでとは違ってうまく竿の弾力を利用して綺麗にキャストした。なんかすごくかっこいい写真が撮れてしまった。被写体も申し分ないが、彼女の真剣すぎる眼差しが印象的だ。釣りって知らず知らずのうちに集中しちゃうんだよね。だから俺も精神統一の一環として取り入れているわけだ。

 「おっ!」

 式さんにヒット! おっと、浅上さんにもヒット! 二人とも夢中になってリール巻くけど変じゃね?

 「あっちゃあ……」

 俺はおもわず手で顔を覆った。またしても二人仲良く自爆ですよ。はいはい、美少女二人がにこやかな顔をしながら火花を散らさないでください。式さん、直死の魔眼を発動するのは勘弁してくださいよ! 浅上さんもそんな蔑んだ目で睨んじゃいけません!

 「やれやれ、意外に面白い展開だな」

 思わず楽しんでいたら、二人の対立図写真を撮り損ねてしまった。たぶん、こんな感じで対決したんだろうなぁ……

 「みがみさーん! 御上さーん!」

 元気な声の方向に振り向くと、鮮花ちゃんがVサインをしているではないか? 何事かと思って駆け寄ったら、なんとランディングネットから40はあろうかというピンヒレのニジマスを誇らしげにつかんで見せてくれた。

 「やあ、体高もあって綺麗なニジマスだね。引いたでしょう?」

 「はい、ものすっごく走られました。でも兄さんがちゃんと網に入れてくれました」

 鮮花ちゃんは兄貴と二枚目のツーショット写真を撮ってご満悦。というか恍惚の表情だよ。黒桐のヤツも嬉しそうだし、兄妹そろって楽しいやつらだ。

 「御上さん、わたしもう6匹も釣りましたよ」

 「それはすごいよ、鮮花ちゃん」

 「えへへへ……」

 冗談抜きですごい。初めての状況下で6匹というのはたいしたもんだとしか言いようがない。およそ一時間で6匹というのは完璧にハマッた俺の釣果には及ばないが、周りはまだそれほど釣れていないから充分すごいと思う。

 そこでちょっと鮮花ちゃんの釣り方を見てみることにした。ふむふむ、なるほどね。

 鮮花ちゃんは勉強やスポーツもよくできるようだが、それはたぶん物事のコツを掴むのが上手いせいだと思う。教えられたことをしっかりと実践するというのは本来、非常に難しいのだけど、彼女はそれができてしまう性分らしい。炎の魔術を短期間であれだけ上達するのも、そういう潜在能力を引き出す術にも長けているからだろう。あとは集中力かな。

 それから何気に恐ろしいのが兄貴だ。「兄さんの言ったとおりにやっただけです」という妹の発言に驚いて黒桐を見たら、実にしれっとした笑顔を向けて謙遜している。きっとこいつは俺が教えた以外にどこぞで情報を集めていたに違いない。あの短い時間でどんだけ情報をかっさらたんだか。

 黒桐、お前はやっぱり探偵か刑事がむいていると思うぞ。


◆◆

 さて、式さんと浅上さんのところに戻ると、式さんが向こうの状況を聞いてきたので答えたら、

 「ふーん、幹也に教えてもらったほうがいいんじゃね?」

 と、とんでもなくへこむようなことを言われてしまった。黒桐の教え方もよかったと思うが、いろいろな条件をクリアーして鮮花ちゃんは釣ってんだよね。その辺が判らない式さんじゃないと思うけど、自分に何が足りないのか気づかないとね。

 「あっ、あっ、あっ、あー」

 突然、ものすごーく色っぽい悲鳴が俺の耳に響いてきた。声の方向を見ると、浅上さんが大きくしなった竿に戸惑いながら、あたふたとした状態でこちらにSOS信号を送っている。

 ついにヒットしたのか?

 式さんは竿を収めているし、周囲と絡む状況ではない。そう、浅上さんに念願の初ヒットだ!

 しかし、ちょっとやばい状況だ。

 「浅上さん、サオ! サオを立てて! 寝かせちゃダメだ」

 「えっ? えっ? ええ?」

 いかん、パニクってる。サオを地面に立ててはいけません!

 俺は駆け寄ってサオを手に取り、魚がバレていないことを確かめて浅上さんにサオを渡した。けっこう走るのでそれなりの型だろう。彼女の後ろに立って指示する。

 「あっ!」

 サオが右に持っていかれた。俺は浅上さんの両肩を掴み、彼女の体ごろ魚が歯h知る方向に誘導する。ついでにドラグを緩めて糸が切れないようにした。

 「落ち着いて落ち着いて、無理せずにいきましょう」

 「は、はい」

 俺は引き続き彼女の後方でサポートする。なんか浅上さんの甘い芳香がやばいんだけど……

 いかんいかん、真剣に取り組んでいる最中に不謹慎なことを考えてしまった。猛省します。

 それから無事に魚はランディングネットに収まった。鮮花ちゃんが釣り上げたニジマスほどではないが、30センチ強の綺麗なやつだった。

 「うわあ……」

 朝陽に輝く虹色の魚体に浅上さんはいたく感動したようだった。人生初の経験をしたのか興奮したように目を輝かせた。

 「わかりました、こうガンっていう感じでお魚さんの生命感が伝わりました!」

 うんうん、なんてかわいい無邪気な顔だろう。浅上さんには儚げな微笑よりも明日に輝くような女の子であってほしいね。俺の妹もこんな感じでかわいいといいんだが……

 「浅上さん、じゃあ写真を撮ろう」

 「は、はい」

 浅上さんは、ちょっと恐る恐るマスの下あごを掴み、ポーズを決めて屈託なえが尾のまま写真に収まった。

 「今日帰ったらすぐに現像しておくよ」

 「は、はい……あのう……」

 遠慮がちに浅上さんは俺に言った。

 「あのう、一緒に写真を撮りませんか? ええと、教えていただいた先生と写らないと……」

 「えっ? ああ、なるほど。魚もってツーショット写真かな? そうだね、一緒に撮ろう」

 「は、はい、ありがとうございます」

 浅上さんは嬉しそうだ。「先生」などと呼ばれたことは恥ずかしい限りだが、彼女が元気になってくれるなら価値のある一枚だ。

 「さて」

 式さんに頼もうと思ったけど、なんか黒桐と鮮花ちゃんのほうを見て殺気立っているので自重した。近くのルアーマンに頼んだ。

 「お兄さんの彼女? かわいいよね」

 などと冷やかされてしまったが、下手に答えると浅上さんを傷つけかねないので笑って誤魔化しておいた。


 浅上さんとマスをリリースした後、やや苛立ち始めた式さん対策をすることにした。今回のミッションを成功に導くには「両儀式に悟らせないこと」である。

 いや、特定の人物以外には全て悟らせないことだ。すでに橙子さんには気づかれたと思うが、これは最初から協力を求めるためだったので計画通りだ。

 ちなみに、鮮花ちゃんに計画を持ちかけたのはクリスマスパーティーが終わった直後だった。思いっきり驚いていた彼女だったが、すぐに二人の思惑は一致した。

 「御上さん、よろしくお願いします!」

 「まあ、任せておきなさい!」

 このミッションは二人の協力関係がなければ成立しない。また、どちらかが暴走しても成立しない。なかなかバランスが必要だが、鮮花ちゃんなら最後までやり遂げてくれるだろう?

 さて、一旦式さんを黒桐に任せるとしよう。式さんを制する者が今日を制す。平穏な一日にするにはそれが大事なんだよね。

 「おーい、鮮花ちゃん!」

 さあ、第二段階の始まりだ。


──御上真編END──


 

 ……黒桐鮮花編に続く

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 あとがき

 ようやく続きを投入できました(汗 いろいろ計算外が発生して手付かずでした。
 でも鮮花ちゃんの回が途中なんだよなぁ……

 空の境界も七部作全てが終了し、最後のDVDも発売されました。お正月はDVDを観ようと思っていたのですが、けっこうやることが多くてダメっぽいです。

 さて、2010年はどこまで書けるかなぁ……

 2010年 元旦 ──涼──

 誤字等の修正を行いました。

 2010年9月16日 ──涼──


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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