なぞの巡航艦は蹴散らされ
 ナデシコは救われた
 次々と現れる大きな艦艇
 それは、あっという間にナデシコを取り囲み
 宇宙も埋め尽くしてしまった


 私たちは息を呑んだ
 私たちは怖れた 
 私たちは混乱した
 けれど、艦隊の司令官さんは立派な人だった


 私たちは向かう、まだ見ぬ星系へ
 私たちは進む、まだ知らぬ銀河の舞台へ
 
 とても壮大な第一歩
 とてもとても困難な第一歩

 でも大丈夫

 みんなと一緒だから……


 ──ホシノ・ルリ──






闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説









第一章(後編)

一つの戦い、一つの出会い、私たちの『選択』









T

 二人の会見は、第10艦隊旗艦「盤古」の司令官室で行われることになっていた。ミスマル・ユリカを乗せた「揚陸艦ひなぎく」が巨大な戦艦の脇を抜け、その格納庫に降り立ったのは通信を終えてからおよそ40分後であった。
 

 客人を出迎えた同盟の士官たちは緊張と好奇の入り混じった目で「ひなぎく」を見ていたが、乗降用ハッチから「美女二人」が姿を現すと、その場の全員が思わず感嘆の声を上げる。颯爽と長い髪をなびかせ、まるで青葉に彩られた並木道を歩むかのようなミスマル・ユリカ。秋色に染まる都会の景色に舞い落ちる紅葉のさなかを毅然としてクールに進歩むがごとく、大人の魅力全開のイネス・フレサンジュ。そして、なぜか二人の美女の従卒にしか見えないその後に続く以下一名……

 羨望の風が一斉にそよぐ中、少将の階級章を襟につけた一人の男が、一歩前に進み出てユリカに向かって敬礼した。

 「小官はウランフ提督の参謀を務めておりますチェンと申します」

 「ナデシコ艦長ミスマル・ユリカです。わざわざのお出迎え大変恐縮です」

 ユリカは、慌てて敬礼する。まさか、こんな大勢の出迎えを受けるとは想像していなかったのだ。同行するイネスやアキトも同じ気持ちなのか、初めて見る戦艦の内部を鑑賞するどころか、やや落ち着きなく周囲を見回していた。

 「どうぞこちらへ。小官が司令官室へご案内します」

 チェンの誘導でしばらく歩いて司令官室に通されたユリカたちは、そこで力強く敬礼をするウランフの出迎えを受けた。

 「わざわざのご足労、痛み入る」

 「とんでもありません。こちらこそ快く会っていただき、ありがとうございます」

 ユリカは敬礼し、同行者を紹介する。それが終わるとウランフの右手が軽く上がり、背後の扉が閉められる。ユリカ達を案内してきたチェン参謀だけが部屋に残った。

 「さあ、どうぞ」

 ウランフの勧めに従ってユリカとイネスはソファーに腰を下ろし、「護衛」として同行したアキトはその横に立つ。彼を知っている者がこれを目撃していたら、きっと不適格に思ったであろう。 会見の主賓であるユリカは別として、イネスとアキトが「同行者」として選ばれた人事はそれなりの理由があった。

 当初、同行者は交渉のプロとしてプロスペクター、護衛として当然ながらゴート・ホーリーが選出されていたのだが、

 「なんか、それだと危なくない?」

 というミナトのさりげない一言が、その場にいた一同の首を少なからずひねらせた。

 「つまり、不測の事態というのを考慮すると、艦長はいいけどプロスペクターさんやホーリーだと捕まってしまったときに手が出せなくなってしまうわよね。三人が運よくひなぎくに搭乗できても、やすやすと発進できる可能性は低いと思うし、かといって艦長一人で行かせるわけにもいかないでしょう。ここは念には念を入れて瞬時に脱出できる人材を選ぶべきじゃないかしら」

 ミナトの考えを理解したクルーはひとしきり感心した。この艶やかな女性は時として違った角度から物事を冷静に見るのか、当たり前だが見落としている地点にやすやすと到達する。

 こうして「ボソン跳躍能力者」で会見の人事は決定されたのである。テンカワ・アキトに関しては「いないよりはマシ」というレベルで片付けられそうだが、イネス・フレサンジュの交渉力と助言能力は充分なレベルを有しており、プロスペクターの代役としては申し分のない人事であろう。

 もちろん、彼らが「ある事実」を知っていたならば会見方法と人事そのものが変更になっていたかもしれないが……


 ユリカたちが応接用のソファーに落ち着いた頃、部屋の扉が開き若い青年士官がトレイを両手にもって入ってくる。褐色の瞳をした端正な顔の青年士官は軽く敬礼をすると、「四つのコーヒー」をテーブルの上に丁寧に乗せていった。が、ユリカ達はウランフとの会見に集中しており、その士官の顔までは見ていなかった。

 香ばしさがテーブルの周囲に漂う。

 「コーヒーだが、よいかね?」

 「ええ、喜んでいただきます」

 ウランフがコーヒーカップをとり、ユリカが何の躊躇もなくそれにつづく。一口飲み終えて、彼女はほっとしたように一息つくと、ウランフに向けて自然に笑顔をつくった。

 「おいしいコーヒーですね。とても気持ちが落ち着きます」

 「そうかね。そう言ってもらえるとコーヒーを淹れた士官も喜ぶだろう。先ほどこれを運んできた彼は艦橋内ではコーヒー道楽で知られていてね。君たちにぜひ自分の淹れたコーヒーを出したいと言うものだから頼んだのだが、どうやら上手くいったようだね」

 「ええ、本当に美味しいですわ」

 と微笑して感想を述べたのはイネスだった。司令官室に来てからも珍しく緊張のベールをまとっていた彼女だったが、ウランフの人柄に触れ、青年士官の誠実さを表すようなコーヒーを飲んで「信頼にたりる」と判断したのか、その固い表情も和らぎ、彼女本来の美しさと落ち着きを取り戻していた。

 ユリカがアキトに言った。

 「ねえ、ねえ、アキトもいただきなよ。おいしいよ」

 「オレは遠慮します。任務中だし」

 と(一応)護衛の青年は背筋を伸ばし、両手を後ろに組んだまま表情を引き締める。アキトはウランフを信用していないわけではない。ナデシコでの通信や誠実な対応からウランフが十分信頼に値する人物であると感じていたが、「信頼」イコール「安全」とは限らず、ムネタケ・サダアキ提督のように、よき上司の後方で舌を出して裏切るような人物もいるのだ。はねっかえりの部下がいて、何かやらかさないという保証はどこにもない。(後にアキトはウランフ提督の統率力を見誤っていたことを恥じている)

 それに、護衛という任務を引き受けた以上、たとえ銃がなくても全力で二人を守らねばならず、常に気を配りつつ、クールに振る舞う必要がある、と考えている。

 「アキト、あまり無理しないほうがいいよ。普段しない顔していると無駄に緊張しちゃうよ」

 アキトは、さすがにうろたえた。

 「ば、馬鹿、何言ってんだよ。ばらしてどうする」

 「いいから、いいから、アキトも遠慮しないでコーヒー飲みなよ。とっても美味しいよ。わざわざウランフ提督がご用意してくれたんだし、せっかく淹れてくれた士官さんに悪いよ」

 「そうよ、テンカワくん。ウランフ提督や士官さんのお心使いに失礼だわ。しっかりいただきなさい」

 このやり取りにウランフは笑いの声を上げる。

 「テンカワくん、君は幸せ者だな。婚約者のミスマル艦長はおろか、フレサンジュ女史にも好かれているとみえる」

 なぜ、ウランフがそんなことを言ったかというと、ユリカがアキトを紹介したときに「私の婚約者のテンカワ・アキトでーす!」と高らかに宣言されていたからである。「こんなところで堂々と言うな!」とアキトの目は訴えていたが、ユリカはお構いなしに「彼自慢」を披露したのだった。アキトは穴があったら入りたい気分で聞いていたものの、クールさを何とか保つことだけには成功した。

 その際、愉快気に笑うウランフはアキトとユリカの右手の甲に奇妙な模様を発見したのだが、結局、最後まで話題からはもれてしまう。

 「まあ、テンカワくん。冗談は別として、君は少し緊張しすぎていると思う。護衛の任務を全うすることはもちろんだが、逆にそんなに肩肘張っては護れるものも護れんよ。君のためにコーヒーを淹れた士官の心意気にどうか一つ折れてくれんかね」

 一回りも年齢の違うウランフにそこまで頼まれては、さすがにアキトも遠慮するわけにいかない。彼は彼のために用意されたコーヒーカップを手に取り、琥珀色の飲物を喉の奥に流し込んだ。

 「うまいっス!」

 その場の全員が声を上げて笑った。






 「では、和んだところで話をしよう。さて、どこから始めようか?」

 ウランフの声を受けて、ユリカはアキト、イネスと目を合わせる。その表情は真剣だった。

 「提督、いきなり雰囲気を害すようで申し訳ありませんが、はじめにどうしても確かめておきたい事があります。私たちにとってとても重要なことです。笑わずにお聞きください」

 「うむ?」

 「ここはどこでしょうか? そして、今は西暦何年なのでしょうか?」


 ユリカは、一気に核心レベルに踏み込む。ウランフは一瞬だけ驚きの光彩を瞳に放つ。前もってそのような質問をされるであろうことを予想していなければ、同盟軍きっての勇将といえども冷静でいられたであろうか?

 ウランフは静かに息を整えた。

 「まず、最初の質問に対しては、わかりやすいかどうかは別だが、ここはヴァンフリート星系といってな、我ら自由惑星同盟と銀河帝国という二つの勢力のほぼ中間に位置する星系の一つになる」

  ユリカは、恐る恐る尋ねた。

 「太陽系……ではないのですか?」

 「ふむ、太陽系からはずいぶん離れているな。今や太陽系は人類の中心にはなっていないのだよ。銀河系の範囲内ではあるがね」

 ウランフの言葉にユリカたちはもちろん驚いたが、同時に安心した。話が通じる範囲内にある。やはり今は「未来」なのだと……

 「それと二つ目の質問だが、西暦という固有名詞は久々に聞いたが……」

 ウランフは、傍らの参謀長に問いかける。

 「チェン参謀長、西暦に換算するなら今は3600年くらいか?」

 「正確には3595年であります」

 と参謀長は控えめな口調で答える。


 もし、前後の事情を知らない第三者がこのやり取りを聞いていたとしたら、聞く側と答える側の常識はずれの奇妙な会話に頭がどうかしたのではと耳を疑っただろう。それだけ両者の会話は「奇妙奇天烈」であり、常人ではとても理解不能な会話が、その重さと真剣さを増して交わされていると想像するのは残念ながら困難である。

  しかし、少なくとも訊く側も尋ねる側もそれぞれの疑問を払拭するため「大まじめ」なのであった。


 「「さ、さ……3595年!?」」

 ユリカ、アキトも呆然としていた。あまりにも飛びすぎている。未来にジャンプアウトしたことは少なからず予想していたが、それが「1400年も先」とは想像していなかったのだった。2人が体験したボソンジャンプの時間のすべてを凌駕しており、まさに望まずに「記録上の人」扱いになってしまったのだ。

 そんな中、イネス・フレサンジュだけが青い瞳に落ち着いた光をたたえていた。過去、2度の長大なボソンジャンプを経験した金髪の学者は、声の出ない「二人」に変わってもう一つ重大な質問をした。

 「ウランフ提督、先ほど提督は『西暦という固有名詞』とおっしゃっていましたが、今は暦そのものが変わっていると言うことでしょうか?」
 
 金髪美女の問いにも、ウランフは冷静な表情を崩さない。

 「今は宇宙暦が用いられております。宇宙暦795年標準暦10月1日が今日です」

 ウランフは、うやうやしく答える。

 今度はイネスも黙り込んでしまった。国家が永遠でないことくらい彼女も充分承知していたが、まさか地球そのものの歴史が数百年前に終焉を迎えており、新しい星系で新しい暦が成立しているとは……それだけボソンジャンプの技術は大きく発展したということだろうか?

 「もっとも、ナデシコを攻撃した高速巡航艦の勢力では帝国暦が用いられています。帝国暦486年標準暦10月1日が帝国で言うところの今日です」

 と前置きして、今度はウランフが同盟と帝国の歴史と現在の情勢を簡単に説明する。ユリカ達はかろうじて話を聞いていたが、3人の意識はどこか散漫だった。








U

 最初に健全な意識を呼び戻したのは美貌の艦長だった。

 「ウランフ提督、失礼ですが提督は先ほどから私たちの飛び抜けた質問や話にまじめに対応なさってくれています。ですが、ご自身は何処まで信じておられるのですか?」

 ユリカの問いに、ウランフは 

 「否定できるほどの理屈を私は持ち合わせていない」

 と、意外にあっさり認める。

 「まあ、全面的というわけでもない。が、貴官らの話の内容に嘘が含まれているというわけでの意味ではない。そうだな、輪郭をはっきりさせるには、まだ点と点がつながりきれていない場所がある、ということだ。それに君らが存在しているのに、それを全面的に否定できるほど、私も参謀長も究極の理由とやつに手が届くほど腕は長くない。

 私が君たちに興味を持ったのは、他でもなくミスマル艦長の『地球連合宇宙軍極東方面艦隊所属…』という言葉を聞いたときに謎と興味を持ったわけだ。地球連合やら統合軍という組織が成立していた時代は数百年も前のことだからね。貴官たちに会って私の疑問が正しいことがわかったよ。もっとも、『人生で初経験になるだろう』などと想像すら出来ない未知との遭遇を、まさか一気に今になって体験するとは思いもよらなかったがね」

 「……そう、でしたか」

 ユリカは言ったが、さすがに歯切れは悪い。何にもかもが「過去」という二文字でしか語られないのだ。

 このとき、「連合宇宙軍の活動時期」について双方の認識には大きな隔たりが生じていたのだが、それを含め、後にナデシコ乗員にとっての「謎の追求」に変わるのはもう少し先のことになる。

  ウランフは、コーヒーを一口すすり、ユリカに言った。

 「多少前後してしまったが、君たちに起こった出来事を話してはもらえないかな。ささやかでも協力できるかもしれない」

 「はい、お話いたします」

 ユリカは、要領よく、しかし巧妙に演算ユニットの事実は隠したまま、これまでの経緯をウランフに語った。解釈に迷った部分などはイネスがフォローする。

 「1400年も前にそんな戦争があったとは……」

 ウランフは驚きの声を上げる。木星連合、ネルガル、極冠遺跡……どれも彼が初めて耳にする固有名詞ばかりだった。

 と同時に新たな疑問と歴史上の矛盾点に気がついたが、まだ確証がなく、判断基準とする資料が不足しているため言及は避け、別の案件を口にした。

 「ところで、ミスマル艦長より頼まれたエンジン修理の件だが、貴官たちの話を聞いて予定していた軍事施設では無理と判断した」

 「無理とおっしゃいますと?」

 ユリカが尋ねる。なにか不都合な事でも発生したのだろうか?

 「うむ、一つは秘匿性。貴官たちは言わば時の旅人だ。残念だが貴官らを客観的に理解できる人間は多くない。私が予定していたエル・ファシル星系では目立ちすぎると判断した。中には過剰に騒ぎたてる者もいるだろう。秘密も守りにくい。さらに君たちを何らかの形で不本意で強制的な協力へと駆りだすかもしれない。貴官らを通常の施設に留めるには大きな問題が付きまとう。

 二つ目。貴官らの話からするとチューリップクリスタルというものが無ければ時間転移による跳躍はできないということだが、ワープエンジンを持たない貴官たちのナデシコでは予定していた星系の軍事施設まで時間がかかりすぎてしまうということだ。これは現実的ではない」

 瞬時に「その部分」に反応したのはイネス・フレサンジュだった。

 「提督!今、提督はなんとおっしゃったのですか?」

 身を乗り出す美女の姿にウランフはさすがに戸惑う。

 「どうしたかね?」

 「ウランフ提督、なんとおっしゃったのですか!」

 「予定していた軍事施設までは時間がかかりすぎる……」

 「違います!その前です」

 今度は3人が異口同音だった。

 「ワープエンジンをもたない貴官たちの……」

 「そう、それですわ提督!人類はワープエンジンを開発したのですね」

 イネスがさらに身を乗り出す。顔がウランフにかなり近い。

 「……ああ、西暦2360年に開発された。実用化は30年後だがね」

 ウランフは圧倒されつつ言い終える。呼吸を整えた提督は金髪の美女が学者であったことを思い出し、半ば納得してうなずく。イネスは何か憧れの人物でも見るかのような表情になってソファーに腰を下ろし、ユリカとアキトもワクワクした表情になっていた。

 「なるほど。確かに驚くのも無理はなかろう。貴官らの時代では実現不可能と考えられていたのだからな」

 「ウランフ提督、どうやって相対性理論の問題を解決したのですか?」

 この質問の主はユリカである。科学者ではない彼女だが、ボソンジャンプという、いわば限定された条件下での跳躍ではなく、万人に対応した跳躍方法と聞けば科学者でなくても大いに興味をそそられる。

 ウランフは、コーヒーをもう一口すすり、1000年以上も前の「先人」に言った。

 「私も小難しいことはわからんが、簡単に述べると亜空間跳躍とそれに関わる質量操作を可能とする装置を開発したとだけ言っておこう」

 ギラリ、とイネスの青い瞳が怖いくらいに光る。

 「あとで資料を送ろう。機密以外のものなら見せても構わないだろうから……」

 同盟軍きっての勇将が慌てた口ぶりで約束する。今の昔も女性の勢いというのは健在であるらしい。彼は自分を落ち着かせるために咳き込む真似をする。




 「話を元に戻そう。以上の問題で貴官らのナデシコを予定していた施設に入港させられなくなったわけだが……」

 ウランフは、考えつつ傍らの参謀長に尋ねた。

 「どうだね参謀長、条件に見合う施設がこの辺りにあるかね?」

 チェン参謀長は、すばやく頭の中に保存する基地リストのページをめくり、アスターテ星系内にある、とある基地名を「欄外」から見つけ出す。

 「閣下、隣のアスターテ星系に非公式ですがハーミット・パープル前線監視基地が存在いたします。実際の主戦場からは外れているため、おかしな言い方ですが安全も確保できるでしょう。また、上下左右に展開可能な可変式修理ドックを二基備えており、存在上、秘匿性は充分にあると考えます。ここからならば通常航行で一日ほどの距離です。一基を欠いており、他の機関の出力ダウンが予想されるとはいえ、帝国軍の高速巡航艦と渡り合った彼らの艦のエンジンならば長くても3日もあれば到着できるでしょう」


 「さすがだな、参謀長。そうか、聞いたことがあったな、ハーミット・パープル基地ならドックもあり、秘匿性もあり、ある程度の安全も確保される。これ以上はこの辺りで望めそうにないな。問題は……」

 ウランフは、ユリカ達に視線を移すが、3人とも「お任せします」といった表情だ。

 「問題は基地司令官だが、誰だか知っているか?」

 「はっ、スタンレー・マクスウェル准将であります」

 ウランフが得心したように頷いた。

 「おう、知っているぞ。まだ会ったことはないがバウンス・ゴールド少将の友人だ。旗艦修理の際、少将に世話になったときによく話してくれた。信用の置ける人物だとおもう」

 
 いい終えて、ウランフは考え込んだ。あらたな候補は挙がったが、当然、ナデシコをいきなり基地に案内することは不必要な混乱を招くばかりか、秘匿性の面を脆弱にしかねない。そもそも彼らを「亡命者」として扱うには非常に無理があるといわざるをえない。この際、別の説得力のある理由を考えねばならないが、身に余る問題だけに、基地と連絡を取る前に統合作戦本部長と協議するべきだろう。それも早い段階で連絡をとる必要がある。
 
 (幸いだったな……)

 ウランフは胸中で安堵した。もし、統合作戦本部長が物分りの悪い堅物や視野狭窄者ならば、ウランフは独自に動いたであろう。だが、現在彼らを統べる制服組のナンバーワンは戦略と戦術に堅実な手腕を発揮し、視野も広く、軍の内外に人望と支持のある良識的な人物だった。この件に関しても硬直しない思考をもって話を聞いてくれることは疑いがない。

 ウランフは、ユリカに言った。

 「ミスマル艦長、候補が挙がったところで早急に行動に移したいが、正直なところ帰還命令の出ている我々もあまりゆっくりしていられなくてね。目下のところ貴官らの件は私の権限では身に余るのだ。そこで我々の軍の最高責任者である統合作戦本部長に裁可を仰ごうと思っている。なあに心配しなくてもいい、シトレ元帥はよくわかった方だ。君らの事を門前払いにはしない。少なくとも話しは真面目に聞いてもらえる。そして何らかの有益な指示を出してくれるだろう」

 ユリカは頭を下げた。

 「ウランフ提督、私たちのことでお手数をおかけして大変申し訳ありません。とても感謝に堪えません」

 ウランフは軽く手を上げる。
 
 「なに、君たちが気に病むことなどないのだよ。困ったときはお互い様というやつだ。まさか銀河の一角で遠い先人を助けるとは想像もしていなかったがね」

 ユリカたちは笑ったが、ウランフは笑いを消して真剣な表情を向ける。
 
 「真面目な話だが、ナデシコのエンジンが直ったら、その後、君らはどうするのかね?交渉が上手くいけば基地にしばらく留まる事も可能だが、今の状況では時間跳躍できんのだろう。元の時代へ戻れるのかね?」

 「ええ、ですが他の方法を見つけて私たちは帰らねばなりません。ここが過去、未来であろうと、私たちが存在してよいわけではありませんから」

 ユリカは答える。実際のところは違うのだが、演算ユニットのことを話すにはさすがに気が引けていた。演算ユニットは「時間跳躍」という革新的かつ神秘的な事象を技術的に具現化した存在である。それゆえに争いの火種になり、彼女たちの時代に多くの犠牲を生み出す元凶にもなってしまったのである。

 そのことを話せば、ワープエンジンとは全く逆説的な(だが実は同一のものである)古代のオーバーテクノロジーが1400年後の世界で争いの火種をさらに大きくしないという保証はどこにもないのである

 はっとして、ユリカに疑問がふつふつと湧き上がる。これまでの会話の中でも時折見られた矛盾点と疑問点の一つでしかないが、それらこそが今いる場所と時代を説明しうる鍵になるのではないかと、彼女は思考し始める。

 しかし、ユリカはそのことをこの場で口に出すことは止めた。とっくに気がついているはずの金髪の科学者が黙ったままなのだ。歴史にも科学にも精通しているイネス・フレサンジュが、あえて複数の矛盾点と疑問点に触れないのはなぜか?

 ユリカは、急速に別回線の思考を早めた結果、確信のない状態でそれらを不毛に議論するべきではないと判断したのである。イネスも同じ考えなのだろう。


 ユリカは、気持ちを切り替える。

 「ウランフ提督、私たちの戻る場所は銀河の果てよりも遥かに遠いかもしれません。ですが、起こってしまった事をくよくよ考えることもしません。すぐに戻れなくても、私たちの生きる故郷は一つなのです。みんなと力を合わせて困難を乗り切ってゆこうと思います」

 ユリカの決意に、ウランフは同意して力強くうなずいた。

 「ミスマル艦長は前向きだな。理解するのも困難な事態にもかかわらず、そこまで決意できる人物はそういるものではない。さすが帝国の高速巡航艦3隻の追尾をかわしただけのことはある。君なら乗員の心を一つにまとめ、この難局を乗り切れると信じているよ」

  やや話の内容に「箔」が付いたが、ウランフの賞賛をユリカは素直に喜んだ。

  「ありがとうございます。ウランフ提督」

 「さしあたり、まず統合作戦本部長と連絡を取らねば話が進まない。早急に連絡をとろうと思うが、組織とは面倒なものでね。時間は多少かかるだろう。また、念のためこの宙域からは離れようと思うのだが、貴官らの艦はどうかね?」

 「はい、右舷機関部の損傷はひどく、復旧は今のところめどが立っていません。その他のエンジンは出力が落ちるものの、通常の航行に支障はありません。補助推進機関も二基健在ですので、どうにかなりそうです」

 「そうか、無理はしないように。もし問題があれば駆逐艦に曳航させよう。すぐに出発とはいかないので、そのときは私に連絡をして欲しい」

 「はい、お心使い感謝します」

 ユリカは笑顔を作る。イネスもアキトも表情に余裕がある。3人はウランフに対する信頼と安心感を深めたようだった

 しかし、ユリカ達は同盟の実情を知りえてからは、自分たちはとても運がよかったのだと痛感するようになる。あの時、救出に来てくれたのがウランフ提督の艦隊でなかったら、私たちは今、無事でいられただろうか。こうしてみんなと共に同盟軍の一員として……彼らと共に戦っていられただろうか? 理解を示してくれる「人」がどれだけ貴重であるかを、ナデシコの誰もが後に実感するのである。

 「それでは、話がつき次第、貴官たちに連絡をいれよう。他に何かあるかね? あれば気軽に言って欲しい」

 その声を受けていくつかの取り決めや補足が話し合われ、会見は終了する。ユリカたちはウランフ、チェンと固い握手を交わして司令官室を退出する。3人は達成感に似た昂揚を感じつつ、それぞれに想いを抱きながら「揚陸艦ひなぎく」のある格納庫へ向かうのだった。








V

 ユリカたちが会見を終える頃、ナデシコでは一人の少女が目覚めていた。

 『ミナト、ミナト! ミナトいる?』

 ハルカ・ミナトが艦橋の操舵席でのんきに爪の手入れをしている最中、突然、通信スクリーンが大きく開き、そこには見知った顔の少女が映っていた。

 「あらー、ユキナじゃない。どうしたの慌てちゃって?」

 活発そうな少女にミナトは冷静に問いかける。

 『あの説明おばさんは帰って来たの?』

 思わず辺りを見回してミナトは苦笑いした。本人がいたら視線のレーザービームで貫かれていたに違いない。いや、八つ裂きにされるかもしれない。もちろん、ユキナに吹き込んだアキトの罪は小さくないだろう。

 「まだよ。ちょっと長くなっているみたいだけど」

 『ということは、アキトさんもまだってことよね』

 ユキナは困った顔をする。

 「どうしたの、何かあったの?」

 ユキナは困った顔をミナトに向けてきた。

 『あの娘が目を覚ましたの』

 「あの娘?」

 とっさにミナトは思い至らない。すると、スクリーンの向こうでユキナが「あっ」と小さく叫んだかと思うと、代わりに誰かがスクリーンを覗き込んだ。

 「あっ!」

 ミナトは思わずのけぞってしまったが、彼女はその「少女」を知っていた。桃色の長い髪とルリルリと同じ黄金色の瞳と白い肌!

 「そうか、あの娘ね。火星でアキト君が助けたあの娘が目を覚ましたのね」

 ミナトはようやく理解する。極冠遺跡の最下層で成長したアイちゃんことイネス・フレサンジュと本当の意味での再会を果たしたテンカワ・アキトは、イネスさえも気がつかなかった「その声」を受け、遺跡内の別の場所でコールドスリープのようなエネルギー球の中で眠る「少女」を発見したのだった。その少女はホシノ・ルリと同じくネルガルによって生み出された「マシンチャイルド」だったのだ。遺跡のある火星に連れてこられ、そこで英才教育を施されていた、ルリをも凌ぐかもしれない可能性を秘めた電子の申し子!

 あのとき、ナデシコが不用意に火星の基地の上に着地して無人兵器に襲われたとき、決断を迫られたユリカがディストーションフィールドを展開させた衝撃で土砂とともに生き残っていた火星の人々を何万トンという土砂の下敷にして「見殺し」にしたとき、少女の命も潰えたと思われていたのだ。しかし……


 ラピス・ラズリは生きていた!


 どうやって生きていたのか? なぜ遺跡の最下層にいたのか? どうしてエネルギーの球体に「保護」されていたのか?

 謎は多く残ったままだが、「生きていてくれた」それだけでユリカもアキトも他のクルーも救われたのだった。

 ミナトが現実に意識を戻したとき、ユキナはどうにか少女を通信スクリーンから引き離したところだった。

 「……というわけなんだけれど、私じゃ手に負えないのよ。なんか、アキトさんを捜しているみたいなの」

 「へぇ……」

 と、ミナトは他人事のように答える。なんというか、テンカワ・アキトという青年は純真かつ恋に不慣れな女性や少女を惹きつけてやまない「魅力」がよほどあるらしい。かっこいいとかステキとか強いとかではなく、彼自身は子供のようで未熟なのだが、その幼さを補完して有り余るまっすぐなところと熱血な部分にやられてしまうらしいのだ。まあ、私は大丈夫だけどね。

 まさか8歳のかわいい少女にもなつかれるとはねぇ……

 「うーん、でも今回は特殊な事例よね?」

 ミナトは思考をめぐらせるが、スクリーンの向こうではさらにユキナが奮闘し、なんとかラピスをベッドに戻らせることに成功していた。

 「ミナト、アキトさんたちと連絡とってよ。この子元気よすぎ!」

 「アンタもでしょう!」

 とミナトは言いかけたが、ユキナが大変そうなので連絡を取ることを約束して通信を終了する。

 「といってもねぇ、連絡取るにしても会見中だし……変に中断して会見を邪魔するのも気が引けるのよね」

 ミナトはぼやく。今まで最も不可思議で最も深刻な状況に追い込まれた「ナデシコ」は、ついに先に進むというのも困難な事態に直面し、その窮地を救ってくれた「謎?」の艦隊司令官と会見という想像もできない展開に発展したのである。ここはどこ? 地球はどっち?演算ユニットはなぜ行方不明なの? この大艦隊が意味するものとは何?
 
????があまりにも多すぎる。

 「だめだめ、もうだめ!」

 ミナトは、多くのなぞやら疑問やらを頭から振り払った。私考してどうにかなる事案ではないし、どう考えても自分の細腕で抱えきれる重さではない。艦長たちが戻ってくれば幾つかの謎は解けるはずなので、無理に頭を混乱させる必要はまったくないのだ。

 「それに、悩みすぎるとお肌に悪いものね」

 ミナトは、ぐるりと艦橋を見回す。一段高いフロアーでは、艦長代行の命を受けたアオイ・ジュンが指揮卓の前に立ったまま、いつでも不測の事態に対応できるようメインスクリーンに見入っている。その右横の副長席にはエリナが座り、ずっと落ちつかない様子でコンソールをいじっている。戦闘指揮席のゴート・ホーリーは瞑想をした状態で腕を組んで、艦長たちの帰りを待っている。

 ミナトのいるフロアーに目を移せば、メインオペレーターの少女は情報を収集しているのか、その周りには複数のデータースクリーンが忙しく回転し続けている。通信士のメグミは文庫本を片手に持っているが、つねにもう片方の左手はインカムの上にあった。リョーコやアカツキたちパイロットのメンバーは、特にユリカが指示をしたわけではないが格納庫に待機し、いつでもエステバリスを緊急発進できるように準備をしているのだろう。ウリバタケは損傷した右舷相転移エンジンの復旧作業を試みている関係で、ずっと機関区に詰めている。プロスペクターは自室に戻っており、何をしているかは不明だが、きっと今回の事態を独自に調査しているのだろう。

 「みんなまじめよねぇ」

 ミナトは感心して独語するが、実は爪の手入れをしつつ、ルリが収集した艦隊の布陣状況を基に脱出経路のシミュレートをしていたのである。あくまでもエンジンが完全に修復されるというかなり希望的な……劇的な展開が「前提」ではあった。それでも可能性が小さくても「やらないよりはまし」だったのだ。

 「もっとも、艦隊が攻撃してきたらおしまいだけど」

 ミナトは肩をすくめる。今までの努力を無に帰するような台詞だった。彼女は自嘲ぎみな笑みを浮かべる。

 ルリルリが集めた情報によると、ナデシコを守る? 艦艇の総数は13,800隻にものぼり、砲門およびミサイル発射口の数は現段階では個々の艦艇のデーター不足により算定不可能。艦隊の構成は「コスモス級」が1000隻ないし2000隻、ナデシコをやや上回る艦艇は2000隻ないし4000隻、ナデシコをやや下回る艦艇は8000隻ないし10000隻と推定されていた。

 「まったく、とんでもない数だわよね」

 ミナトに限らず、クルーのほとんどが危惧している事といえば、「これだけの艦隊を有する情勢」というやつだった。早々に「銀河帝国」の軍艦に追い回されたナデシコのクルーは、彼らを助けてくれた「自由惑星同盟軍」が、その勢力と戦争をしていることくらい容易に想像できていた。


 しかも半端ではない規模で!

 「あと、少なくてもこの艦隊と同規模の艦隊が9個艦隊は存在するってことよねぇ」

 途方もないわね、とミナトは嘆息する。全てを凌駕するというのは、多分こういうことを言うのだろう。10万隻にものぼる艦艇を見てみたいかな、と好奇心が働くのだが、ともすればそれだけ長く「この世界?」に留まっていなくてはならず、そうすればきっと争いに巻き込まれるのは明白だった。

 「早くエンジン直して、とっととユニット回収して地球に戻らないとね」

 正直な気持ちだった。きっとミナトだけではない。艦長をはじめナデシコに乗船する221名が彼女と同じ考えであるはずなのだ。つい一年前くらいは地球を侵略するなぞの無人兵器「木星蜥蜴」と戦っていた。その本当の正体は100年前に月を追放された独立派の子孫たちであり、自分たちと同じ「人間」だったのだ。これからは人と殺し合いをしなければならない……

 多くのクルーが想像もしなかった事実に苦しみ、戦う理由を失いそうになった。

 しかし、ナデシコは進んだ。争いの根本となった火星の極冠遺跡をめざし、ふたたび木連と激闘を繰り広げたのだ。多くの悲しみ、多くの犠牲、多くの命、多くの希望を背負い、ついに遺跡の中心であり、ボソンジャンプを実現する演算ユニットを回収して、誰の手にも渡らないよう、あとはそれをどこかに艦ごと放逐して地球へ戻るだけだった……

 ……戻るはずだったのに、現実は違っていた。見たこともない宙域、攻撃してくる3隻の軍艦、宇宙を埋め尽くす大艦隊!

 どう考えてもいやな予感がした。

 「戦争なんてもうまっぴらだ」

 誰もが穏やかな日常に戻りたいはずなのだ。






 「みなさん!」


 ミナトは、その声に驚いて振り向く。その先では通信士のメグミがうれしそうな表情で誰かと交信している。

 「みなさん、艦長より通信が入りました」

 待ちに待った報せだった。艦橋で歓声が上がる。ほどなくして大きな通信スクリーンにミスマル・ユリカの頼もしい顔が映った。

 『やっほー、みんな、お待たせしちゃいました』

 無邪気にVサインをする艦長を見て、艦橋にいる全員が安堵する。この様子だと会見は無事に終了したようだ。とりあえずは先に進めるということらしい。

 『ちょっと長話になっちゃいましたが、会見はばっちりでした。アキトもイネスさんも元気だよ』

 「やったね、ユリカ」

 『ありがとう、ジュンくん。みんなにもご心配をおかけしました』

 ユリカは丁寧に頭を下げる。その愛らしい姿にジュンは思わず顔を赤くする。

 『じゃあ、今からナデシコに戻ります。いろいろみんなに話さないといけないことがあるんだけど、ウランフさんが言うには、まずはこの宙域から離れる必要があるそうです。だからジュンくん、発進の準備を進めておいてね』

 「了解。ユリカも気をつけて帰ってきてね」

 そこへ、ミナトが割り込んだ。

 「ちょっと艦長、悪いんだけど、至急イネスさんに代わってほしいんだけど」

 『ほぇ?』

 2秒ほどたって金髪の科学者がスクリーンに現れた。

 『どうしたのかしら、ミナトさん?』

 特に隠す必要もないので、ミナトは普通に話した、

 「ええ、実はついさっきなんだけど、医務室にいるユキナから連絡があったのよ」

 そこまで言うだけでイネスは理解したようだった。

 『ラピス・ラズリがどうかしたの?』

 「目を覚ましたわ。なんか元気すぎてユキナも大変みたい。しきりにアキトくんのこと捜しているって言ってたわ」

 通信スクリーンの向こうからアキトの声が聞こえるが、何と言っているのかまでは聞き取れない。イネスはちょっと考える表情をしてミナトに言った。

 『わかったわ、ミナトさん、ありがとう。それにしてもいっぺんに問題というか案件というか、よくまとめて発生すわよねぇ。なんかナデシコにいると厄介事を引っ張ってくるというのか、引っ張られるというのか、みんな個性的だからというのか、退屈しないですむのはいいんだけれどね』

 「あんたが言うんかい!」

 もちろん、声に出して突っ込んだりしない。

 ミナトは、ごく穏やかに応じて通信を終了する。とりあえず、これでひと段落つきそうね。これからどうなるか予想もつかないけど、ほんのしばらくは何だかんだで忙しくなるのかな? できれば一時的な忙しさで終わりたいものね。

 ふと、オペレーターの少女と目があった。

 「ルリルリ、よかったね。艦長もアキトくんもイネスさんも無事に戻ってこられそうで」

 「はい、よかったです」

 感情こそこもっていなかったが、ミナトはとても新鮮な気持ちで少女の笑顔に感動するのだった。

 「それではみなさん、発進準備に取りかかってください。ウリバタケさん、聞こえますかー」


 艦長代行のジュンが活発に指示を出し始めると、艦橋は慌しくなってくる。プロスペクターが姿を見せ、身なりも完璧に整えてジュンの右後方に立つ。ルリは各箇所のチェック状況をメインスクリーンに映し出す。エリナは落ち着いた顔でジュンに指示された内容に沿ってコンソールを滑らかに操作する。メグミは通信装置全般とインカムの調整を行い、ゴート・ホーリーは低い声で格納庫のエステバリス隊と連絡をとっていた。


 しばらくすると、ジュンのまわりに陽気で肯定的な連絡が次々と入ってくる。
めまぐるしい「一日」にもかかわらず、ナデシコのクルーは「ナデシコのクルー」の何者でもなかった。一人ではどうにもならないことも、みんなと道連れならどんな困難にも立ち向かっていけると信じている。みんな自分だけは死なないと思っている。けれどみんなと死ぬなら仕方がないとも思っている。

 奇妙な覚悟?

 いつも未来は不透明だけれども、何が起こっても、何かに巻き込まれても、何かを背負っても、きっと誰もが「素敵な自分勝手」を貫くに違いない。

 それが「私たちの選択」の一つであるのだから。


 「相変わらずバカばっか……ね」


 ルリの呟きを耳に捉えた者はいなかった。耳に入ったのは「ひなぎく」の接近を知らせる少女の声と収容に移行する彼女の報告だけだった。

 
 「ひなぎく、誘導ビームに接続。これよりナデシコに収容します」








W

 ナデシコの艦内食堂では、料理長のホウメイと彼女を手伝う5人の女性クルーが夕食の仕込みの真最中だった。艦内時計は19時を回っていたが、状況が状況なだけに取り掛かりに遅れてしまっていた。

 しかし、幸いなことに夕食の始まる定時帯になっても誰も姿を見せていなかった。もちろん、艦長が会見中だからだろう。

 「ほら、お前たち、最後の追い込みだ。手を動かさないとそろそろみんな来ちまうよ」

 「はぁーい」

 女の子たちは、てきぱきと調理を進め、それを皿に盛り付けていく。その鮮やかさは軽快な音楽を奏でているようであり、観客がいれば拍手の喝采となったであろう。

 ホウメイは、と言えば、いつもの倍はあろうかという調理鍋にたっぷり作った特製カレーのうまみを出すためじっくり煮込みつつ、まろやかに仕上げるためにゆっくり混ぜながら2時間ほどつきっきりだった。

 「うん、いい仕上がりだね」

 味見をしたホウメイは満足な笑みを浮かべる。この完成度ならどんな疲れも一気に吹き飛ぶことは間違いないよ。今日はいっぺんにいろいろありすぎた。あたしには起こった出来事の半分も理解できないけれど、せめて食事だけは迷わず、悩まず、お腹いっぱいに食べてもらいたいものさ。

 「ホウメイさん!」

 声の方向に振り向くと、我らの艦長殿が笑顔いっぱいで料理長に手を振っていた。その後ろにはミナトやエステバリスのパイロットたちが控えている。

 「おや、艦長戻っていたのかい? その様子だと会見はうまくいったようだね」

 「ええ、もうばっちりです。向こうの司令官さんも良い人だったのでスムーズに話ができました。でも緊張しちゃったし、いろいろあったし、お腹がペコペコなんで、まずは腹ごしらえに来ちゃいました」

 当初、ユリカはウランフより知りえた情報を出発までの時間を利用してナデシコ乗員に知らせる予定だったが、みんなを休ませるほうが賢明と判断し、明日に持ち越すことにしたのである。また、ナデシコに帰艦直後、ウランフより通達のあった出発までのおよそ3時間、2交代で1時間ずつの休憩をとることにした。

 「はは、そいつは正解だよ。まずはゆっくり食事をして気持ちと欲求を静めるほうがいいだろうさ。細かいことは明日にしたほうがいい」

 「まったくです……あれ? ホウメイさん、この匂いもしかしてカレーですか?」

 「ああ、そうさ。昔の海軍の伝統に倣って(ならって)みたよ。金曜カレーと言うやつさ。『ホウメイ特製疲れも悩みもぶっ飛ぶ激うまカレー』だよ。サラダ付きさ。お好みでカツも乗せるよ。特別メニューだから食券なし。もちろん早い者勝ち」

 「はい、はい、はーい!私それにしまーす。カツ乗せて大盛りでお願いしますね」

 すると、そのボリュームと食欲をかきたてる匂いにつられたのか、次々と特製カレーの注文が相次いだ。
 
 「ほら、順番だよ。並んだ並んだ!」

 そこへ次々とナデシコのクルーたちが訪れ、アッという間に食堂はいっぱいになってしまう。数分前の緊張とは無縁のにぎやかさがそこにはあった。
 
 ナデシコクルーにとって、未知の宙域ヴァンフリート星系外緑にて初めての夕食が始まろうとしている。全力で危機を脱した彼らの表情はいずれもほころび、未来の困難さをまったく感じさせない陽気さだったが、「不安はない」といえば嘘になるだろう。真実の一部を知りえたユリカでさえ気持ちの整理がついたわけではなく、先のことは予測できないのが本音だった。

 「それでも今は、みんなと楽しく食事をしよう」

 ユリカの周りは、いつの間にか笑顔とおしゃべりと喧騒で包み込まれていた。




 ──3時間後──


 「ナデシコ、発進します!」


 宇宙暦795年、帝国暦486年標準暦10月1日23時40分(ナデシコの艦内時計時間22時16分)。ナデシコは第10艦隊の一角にささやかだが存在感のある「勇姿」を示しつつ、無限の虚空を仰ぎ見ながら自由惑星同盟領にあるハーミット・パープル基地をめざした。




 ……TO BE CONTINUED

 第二章に続く

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 みなさん、空乃涼です。SSも四作目になりました。当初はシルフェニアサイト様への感謝記念で短編として考えた個人的な企画ものでしたが、途中から長編ものに変更になり、大好きな「銀英伝」と好きになった「ナデシコ」のクロスロードを執筆するうちに熱が入ってきました。勢いと情熱、みな様の応援に支えられながら、何とか完走したいと思っています。

 今回は、ついにユリカがウランフ提督と会見しました。個人的にウラン提督のファンでもある私としては、二人の会見は楽しくかけました。この場面、ウランフかビュコックじゃないと、きっとナデシコを理解のできない危険分子扱いするでしょうからね。物語がいきなり終わったことでしょうw
 後に関わる、いくつかの素材をちりばめておきました。あからさまなところもあれば、確信の薄そうな出し方をしているところがあります。二章、三章、四章へとつづくうちにきっと、はっとしていただける……でしょう。


 前回の訂正箇所

 「三次元通信スクリーン」

 →「二次元通信スクリーン」が正解。三次元なら立体じゃないとおかしいですからね。これが映像だったら一発でエラーですw

 2008年7月5日 ──涼──

 涼です。一章終了に伴い、文章の追加と訂正、後に判明した事柄を追記いたしました。
 
 ──2008年8月31日改訂── 

 訂正したと思っていたところが訂正されていませんでした(汗)再改訂しました。
 ──2008年11月20日──


 駆逐艦の詳しい艦船データーが入手できたため、ナデシコと同盟艦艇との大きさの比較を訂正しています。

 2009年 5月16日 ──涼──


 最終修正です。西暦換算の数字を3596年から3595年に訂正。
 文章中の誤字を再訂正。節を区切る番号をつけました。一部文を見直ししています。

 2011年9月1日 ──涼──


◇◇◇◇◇なにそれ?ナデシコのコーナー(そのB)◇◇◇◇◇◇◇

 はぁーい、イネスです。このコーナーも3回目になりました。
個人的にはいっぱい説明が出来てうれしい限りです。

 今回は、ナデシコを軽く凌駕する同盟軍艦艇の大きさについて少しだけお話しましょう。

 まず私たちが乗艦するナデシコですが、その全長は298メートルです。昔の戦艦大和にほぼ匹敵する大きさというところね。米軍の艦船でいうと空母ジョージ・ワシントン級かしらね。

 そして同盟軍の艦艇の全長ですが、ルリちゃんのデーター収集とウランフ提督のご説明から判明したのは大体以下の通りね。

 ウランフ提督の旗艦 アキレウス級9番艦 「盤古」 (バン・グゥ)
 
 全長1,159メートル

 同盟軍標準型戦艦:全長600〜650メートル

 同盟軍標準型巡航艦:全長370〜400メートル

 同盟軍標準型空母:全長928〜954メートル

 同盟軍標準型駆逐艦:全長200〜250メートル

 「アキレウス級」というのは旗艦級戦艦の規格だそうよ。すごいわね。同盟軍から見たらナデシコは巡航艦より小さいのね。やや全長に開きがあるのは、個々の艦艇の若干のモジュールの変更や新型と旧型の違いね。同盟軍は資本主義よろしく、その艦艇建造も標準化されていて、ブロックごとで構築されているそうよ。これは同じ規格を用いることで就航までの時間短縮と経費の削減、修理時の手間を省くことにあるそうなの。

 さすがに合理的ね。

 ちなみに、私たちの「ナデシコ」をひつこく追い回してきた帝国軍の軍艦は高速巡航艦だそうで、全長は戦艦に匹敵する500〜550メートルもあるそうよ。私たちはすっかり戦艦だと思っていたわね。
 同盟軍艦艇も帝国軍艦艇の全長は、ただ戦うために大きくなったわけではないそうよ。
そのあたりを次回は説明しようかしらね。
 
では、また次回お会いしましょう。イネス・フレサンジュでした。

 

◆◆◆◆◆◆メッセージコーナー◆◆◆◆◆◆

 今回もいただいたメッセの返信をこの場を借りて行います。
 ありがとうございました。

 ■■2008年6月24日

 ◇◇25時29分

 まさか銀英伝でクロス、しかも相手がナデシコとは……ものすごく期待しています! がんばってください!!
 
>>>ありがとうございます。やはり銀英伝でクロスは少ないんでしょうか? 創竜伝とのクロスは知っているんですが、同じ作者のものですしね。銀英伝の世界とクロスするとなると、物語は面白いんですが、調和がむずかしいのかな?
 銀英伝ファンにトゥール・ハンマーされないよう、ナデシコには苦労してもらいます。


 ■■6月25日■■
 
 ◇◇5時53分

 画像が表示されないよ?

 ◇◇15時35分

 なぜか中篇のイラストが見れませんでした。今のPCが悪いのかな?

 >>>上記に関しては、その後、管理人様に問い合わせをしてエラーは直りました。
大変申し訳ありませんでした。
 まあ、見れなくても損をするようなイラストは描いていませんので……

 ◇◇18時35分

 久々に期待値極大の小説にであえたかと。期待してます!


 >>>もっともプレッシャーなメッセをありがとうございますw
とりあえず、作者も仕事や世の中の波にもまれる「一般人」なので、長い目でおき楽に見守ってくださいませ。

 ■■6月26日■■

 ◇◇12時06分

 帝国に捕縛されてたら完全にお先マックラ。

>>>たぶん、話がややこしくなります。ナデシコは接収。クルーは全員辺境惑星へ吹っ飛ばされるでしょう。ラインハルトが彼らを見つけたのだとしたら違ってくるかもしれませんが、専制政治の下で戦うかが問題ですね。

 ■■7月2日■■ 

 ◇◇21時43分

 気になったのですが、撃破されていた艦艇の挿絵が巡航艦ではなく戦艦に見えたのは気のせいでしょうか?

>>>もっとも見事な突っ込みありがとうございます。
 まさにその通りでございまして、帝国軍の巡航艦をしっかり認識していなかった、歴然たる作者のミスでございます。同盟の巡航艦に比べると、映りが少ないんですよね(言い訳)
 
 掲載されてから、やっぱ違うじゃん、と思った次第です。「奪還者」をみればよかったorz


今回は以上です。またメッセージ、シルフェニアサイトでの感想もお待ちしています。


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