アムリッツァに集結した同盟軍と帝国軍
 その数は両軍合わせてかるく15万隻を超えていました
 ほんとに馬鹿みたいな規模です
 私とオモイカネの仕事も大変です

 戦いが始まりました
 提督は、かなりましな戦いができると言っていました
 その予想通り同盟軍は帝国軍を圧倒して攻めまくります
 がむしゃらではなく、連携したみごとな組織的攻撃です

 各艦隊の戦術に私は密かに驚いていました
 これだけの規模、これだけの戦力
 ネルガル時代にはとても想像できなかった
 すさまじいまでの攻防です

 「名将の下に弱兵なし」
 
 まったくその通りです。この戦場は名将ばかりです
 お陰様? で敵も強大。帝国軍も負けてはいません
 損害を被りつつも確実に反撃し
 同盟軍に決定的な隙を与えません

 そんなこんなで会戦から15時間
 あれ? なんか眼が霞むんですが……


 
 ──ホシノ・ルリ──








闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説






第六章(後編)

『咆哮する相転移砲/20,000隻VS100,000隻!!』








T

 同盟軍の後背を襲った帝国軍別動隊に敢然と立ち向かった艦隊があった。

 「全艦、右舷回頭! 機雷原を突破した帝国軍を一隻も味方に近づけさせるな!」

 ウランフの命令が通信回線に轟いた。第10艦隊は撃ち減らされた黒色槍騎兵艦隊を無視して猛然と艦首をひるがえし、機雷原を通過してきた帝国軍を狙い撃った。

 「撃てっ!!」

 暗黒の空間が無数の光跡と爆発光に彩られ、一瞬の華麗で壮大な破壊劇を作り出す。エネルギーと生命の四散は連続して宇宙を照らし続けた。

 「今ここで帝国軍の突破を許せば全軍が崩壊してしまう。なんとしても食い止めろ、味方の撤退を支援するのだ!」

 すでに同盟軍は敵艦隊を牽制しながらイゼルローン方面に後退を開始しつつある。

 しかし、別動隊と呼応した帝国軍の攻撃は苛烈を極め、同盟軍の後退を容易に許さない。この状況で後方から攻撃を受ければ即全軍崩壊もありえた。

 「戦艦クリシュナ被弾! アップルトン提督重傷の模様」

 通信オペレーターからヤンに悲痛な報告がもたらされる。第8艦隊はビッテンフェルトの攻撃から立ち直り、その後ワーレン艦隊と交戦していたが、後方からの帝国軍の攻撃と同時に対峙する帝国軍が全面攻勢をかけたため、ただでさえ数を減らしていたところに小艦艇による集中砲火を受けてしまったのである。ワーレンは距離を詰めて近接戦闘に切り替え、艦橋付近をワルキューレに攻撃されたときにクリシュナの損傷箇所は数十箇所におよびアップルトン中将は運悪く負傷してしまったのだ。

 「第8艦隊の様子は?」

 ヤンがオペレーターに尋ねると、すぐに返答があった。

 「副司令官ラスター少将が指揮権を引き継ぎ、現在撤退しつつあり」

 まだ余裕はある。ヤンは第8艦隊の援護を行うために左翼を延ばし、味方を追撃してくる帝国軍めがけて砲撃を命じた。

 第10艦隊にもアップルトンの負傷がもたらされたが、ウランフは帝国軍の別動隊を押さえることで味方の退路を確保するとともに、損害と動揺を最小限に抑えようと奮闘した。

 「エネルギーの消費を惜しむな! ここで突破されれば我々は全滅だぞ。撃って撃って撃ちまくるんだ」

 勇将に率いられた第10艦隊の砲撃も苛烈を極め、機雷原を通過した帝国軍を容赦なく鉄の残骸に変えていった。

 しかし、その勇戦も長く続かない。ミュラーの艦隊が戦場に到着すると、傷ついた第10艦隊は押される側に転落した。

 「もはや同盟軍は袋のねずみも同然だ。このまま一気に葬りさるのだ」

 ミュラーの巧みな攻撃と防御によって橋頭堡を確保した帝国軍は次々に機雷原を通過し、同盟軍艦隊に痛烈な砲火を浴びせかけた。

 「閣下、このままでは……」

 チェン参謀長が危惧を表明するが、勇将に退く気は毛頭なかった。

 「まだだ、第13艦隊が我々より後退しなければ動けない。ここで後退してしまえば分断されてしまう」

 まさにその通りだった。ヤンは第8艦隊を支援しつつ3個艦隊を相手に後退しているため、さすがに骨が折れるらしく同盟軍が確保する退路に到達していなかった。今、第10艦隊がイゼルローン方面に後退して機雷原から離れると勢いを増した帝国軍は第10艦隊を追撃しつつ、まだ後退しきれていない第13艦隊の後背を突くに違いなかった。

 数の上での不利を覚悟でウランフは留まらなければならなかったのである。


 第10艦隊はなお戦場に踏みとどまるが、当然ながら帝国軍がいつまでも正面きって対応するはずがない。ミュラー艦隊の一部が迅速に第10艦隊の左側面に回りこんだ。

 メインスクリーンを凝視するウランフとチェンの表情が強張った。

 「閣下! これでは挟撃されてしまいます」

 「くっ!」

 ミュラー艦隊の本体とキルヒアイス艦隊の集中砲火によって正面の対応に精一杯な第10艦隊には成す術がなかった。

 進退窮まったウランフの目に帝国軍艦艇の砲門からエネルギーの青い光がほとばしるのが映った。

 閃光が煌めき爆発が生じた。









U

 ウランフの表情がみるみるうちに精気を取り戻した。側面攻撃を受けた帝国軍艦艇が次々に火球となって消滅したのである。

 「全艦、主砲斉射三連!」

 ユリカの命令は簡潔で鋭い。最悪のタイミングで横槍を入れられた帝国軍艦艇はビームの束に装甲を貫かれて瞬く間に原子に還元されていく。深刻な状況になる直前に帝国軍の側面を突いた第14艦隊は高密度の砲撃によって第10艦隊の危機をまたも救った。

 ウランフは一息つき、指揮シートにもたれかかった。

 「やれやれ、さすがは戦女神だな、いや戦姫かな? いずれにせよ見事な戦いっぷりじゃないか」

 すかさず同意したのはチェンである。

 「ええ、確かに。ですがミスマル提督にはもう少しはやく援軍に来てもらえるよう、閣下から釘を刺していただけませんか? どうも心臓にわるいものでして」

 「そうだな、私も参謀長の意見に賛成だな」

 二人は笑い、すぐに笑いをおさめ、艦隊を再編しつつ必要な指示や命令を次々に下していった。







 「閣下、どうやら側面攻撃は第14艦隊のようです」

 部下の報告にミュラーは得心がいったように口を開いた。

 「なるほど、緒戦で戦ったときとは明らかに成長しているな。第14艦隊の司令官は実戦の中でこそ能力を発揮するらしい」

 ユリカと相まみえた若き帝国軍の提督は、アムリッツァでの第14艦隊の動きにより秩序があり、乱れがなくなっていることに素直に感心した。

 しかし、すぐに気持ちを引き締めて闘士を燃やした。ミュラーの艦隊はキルヒアイス艦隊と合流し、その数は12,000隻に増加していた。彼は名誉挽回をかけ、なんとしても負けるわけにはいかないのだった。

 「こちらは大兵力だ。下手な小細工など無用。敵の先頭に砲火を集中しつつ反撃を封じ、疲労を誘って敵を殲滅するのだ」

 ミュラーの言うように同盟軍は戦線崩壊こそ免れたものの圧倒的な戦力で押しまくられた。

 第10艦隊と第14艦隊は、協力して防御線を張りつつ帝国軍の進撃を阻むが、キルヒアイス艦隊の本体が戦場に到着するとまたも一気に状況は一変した。

 「慌てずあせらず目の前の同盟軍に砲火を集中するのです」

 正確無比なキルヒアイス艦隊の砲撃が第10艦隊と第14艦隊を同時に襲った。ナデシコのメインスクリーンを灼熱の爆炎が覆いつくし、破壊された艦艇が断末魔の叫びをあげて宇宙の塵と化していく。

 砲火はナデシコの周囲にもおよび、強力な中性子ビームが防御スクリーンを幾度も弾いた。エネルギービームの束が船体をかすめたかと思うと、ナデシコの至近で護衛艦の一隻が複数のビームに貫かれてあっという間に轟沈し、その衝撃がナデシコの艦橋を大きく揺さぶった。

 「左舷、中性子ビームユニット被弾! 出力が50パーセント低下します。なおYユニットに被害はありません」

 すでに勝敗は決し、帝国軍は追撃を強化していた。第10艦隊と第14艦隊は前面にミュラー艦隊の牽制砲撃を受けて思うように反撃できず、その後方からキルヒアイス艦隊の本攻撃によって確実に数を減らしつつあった。その間にも帝国軍は次々に機雷原を通過し、ウランフとユリカもさすがに対応が難しくなってくる。

 ツクモ中佐が危惧を表明した。

 「提督、これでは戦線を維持できません」

 「わかっています。ですがまだ第13艦隊が後退できていません。もう少し、もう少し留まる必要があります」

 ヤンの第13艦隊は大きな被害を受けた第8艦隊を守りながら3個艦隊を相手に奮戦していたが、敵の反撃は息つく暇がなく簡単に退けないでいたのだ。

 しかし、第13艦隊の後退を待つ前に第10、第14艦隊の戦線維持が危機的な状態に陥りつつあった。

 ユリカは、味方の惨状を見て決断した。

 「ルリちゃん、帝国軍左翼の後方にある機雷原をすぐに閉じてほしいの」

 「はい、提督」

 ルリはすでに予測していたかのようにIFSシートに身を沈め、10秒もたたないうちに機雷を動かし始めた。

 帝国軍は仰天した。右翼側に残存する機雷が突然動き出し行く手を阻んだのである。

 「どういうことだ!」

 声を出す余裕があった者はまだ幸せだったろう。信じられない状況に対応の遅れた艦艇は後進が間に合わず、不本意にも機雷に当たって訳もわからず爆発していった。

 キルヒアイスとミュラーも何が起こったのかすぐに理解できない。そのために統制が一時的に乱れる。

 ウランフとユリカは帝国軍のほころびを見逃さなかった。

 「「撃てっ!」」

 分断された別動隊右翼に反撃の砲撃が一斉に集中した。ビッテンフェルト戦で初めて艦列を並べて戦ったにもかかわらずユリカとウランフの連携が絶妙だったように、今回も二人の息はぴったりだった。

 浮き足立った帝国軍は一斉砲撃に完全に足元をすくわれ、砲火の的になった先頭集団は無秩序に混乱するかに思われた。第10艦隊と第14艦隊がこのまま帝国軍の陣形を乱して混乱を拡大させれば帝国軍別動隊は多大な犠牲を払い、同盟軍の撤退も容易に運んだであろう。

 しかし……

 「9時方向から敵艦隊です! 数、およそ2500、猛スピードで突っ込んできます」

 ルリが表示した戦術データーには、まさしく攻撃の矢となって突進してくる帝国軍艦隊があった。油断していたわけではなかったが、前面の敵に精一杯で死角を突かれた形になってしまった。

 「これ以上、ヤツラの思い通りにさせるな! 全艦、最大戦速で突撃せよ」

 分艦隊旗艦アウルヴァングの艦橋にべルトマン准将の勇ましい声が轟いた。ベルトマンは機雷原を通過中に機雷の不穏な動きを察知し、すぐに艦隊を前進させ機雷の包囲から逃れると、そのまま逆時計方向に転進して味方を葬り去る第14艦隊の側面を突いたのである。

 黒色槍騎兵艦隊の突撃に勝るとも劣らない強力な一撃が第14艦隊に痛撃を浴びせかけた。

 「ヤツラを生かして還すな!」

 カールセンが怒鳴るように反撃命令を叫ぶ。が、ベルトマン分艦隊の侵食速度は驚くほど早く左翼側面に一気に食いこんだ。この絶妙果敢な攻撃によって第14艦隊左翼の陣形が乱れ、苦戦する帝国軍に貴重な立ち直りの時間を与えることになった。

 「さすがですね。ベルトマン准将はよい戦術眼をお持ちです」

 キルヒアイスは艦隊を迅速に再編し、右翼部隊を広げてゆく手を阻む機雷を一掃すると、そのまま先頭集団の後方から第14艦隊めがけて主砲を斉射した。

 「ファイエル!」

 第14艦隊は予想もしなかった挟撃にさらされた。正確な砲撃が分断されかかった左翼方向に集中する。

 これを見たツクモ中佐はユリカに警告した。

 「提督、これでは左翼が分断された挙句に先頭集団も全滅させられてしまいます。ここはもやはや維持できる状況にありません。すみやかに撤退のご命令を!」

 「わかっています……ですが第13艦隊を見捨てるわけにはいきません。あと少し、あと少しで第13艦隊が後退してきます」

 とは言ったものの被害は拡大しつつある。いつまでも敵の反撃を支えていられる余裕はない。第14艦隊と並列して帝国軍別動隊の進撃を抑えている第10艦隊にも味方を援護するだけの余裕はない。

 こうなると、ユリカは再びルリを頼らざるえなかった。

 「ルリちゃん、もう一度機雷を……」

 ミナトの悲鳴が重なった。

 「ルリルリ!」

 ミナトは、がっくりとIFSシートにもたれかかる少女に慌てて駆け寄った。

 「ルリルリ、しっかりして! ルリルリ!」

 ついにルリの体力に限界が来てしまったようだった。もっとも怖れていた事態でもある。タンクベットの導入が間に合わなかったことが非常に悔やまれた。

 ユリカたちは、ルリの体力を心配して極力少女の休息を優先したが、「私だけが甘えるわけにはいきません。提督たちだって大変なのに」という強い意志に半分押し切られてしまう形で公平に休んでいた。

 「しまった、やっぱり強制的にでも休ませておくべきだったわ……」

 ──後悔先に立たず

 今、ルリを欠いてしまうとナデシコの機能はもちろん、艦隊管制に重大な障害をきたしてしまう。すなわち「全滅」という淘汰の二文字が現実化する危険性が高まってしまったのだ。

 「提督! 11時方向から敵艦隊です」

 スールズカリッター大尉の叫びは悲鳴に近かった。

 帝国軍が分断されつつある左翼に狙いを絞り、ベルトマン艦隊の攻勢に追従するよう半包囲陣を敷こうとしていたのだ。

 これを確認したユリカは初めて弱音を吐いた。

 「だめだ……ささえきれない」

 直後、ユリカの瞳が赤橙色に染め上げられた。











V

 ナデシコの艦橋が「わあ」と沸きかえった。

 「第13艦隊です!」

 弾んだメグミの声がユリカたちの心境を素直に代弁していた。第14艦隊の左翼にくい込む帝国軍と左翼を包囲しようとした帝国軍がエネルギーの光矢によって串刺しにされ、次々に破壊されていったのである。

 オモイカネが自動的にデータを表示した。ヤンは第8艦隊の後退を支援しつつ3個艦隊を相手にしながら側方砲撃で第14艦隊を援護するという神業をやってのけたのだ。

 帝国軍の攻撃が鈍った。

 尊敬する魔術師の助けを得てユリカが復活した。

 「今です! 左翼に迫る帝国軍にミサイルを斉射!」

 第13艦隊の側方砲撃によって動きの止まった帝国軍めがけレーザー水爆ミサイルが至近から叩き込まれる。直撃を受けた帝国軍艦艇はたちまち炎に包まれ、爆発を誘発させて瞬く間に金属の残骸と化した。

 ベルトマン分艦隊の後衛にも火がつき、思いもよらなかった角度からの攻撃によって突撃速度が落ちる。すかさずカールセンが陣形を再編し帝国軍艦隊に猛撃を浴びせかけた。

 アウルヴァングの周囲にも激しい砲火がおよんだ。当たらないのが不思議なほどである。

 参謀のウーデット中佐が上官に警告した。

 「閣下、すみやかに離脱すべきです」

 ベルトマンは悔しがったが、その決断は早い。

 「そうしよう。しかし、さすがはヤン・ウェンリーというところか、まさかあの角度からかくも正確な砲撃を加えてくるとはな」

 ベルトマンはすぐに左舷方向に艦隊の進路を変更し、まだ完全に立ち直らない第14艦隊の防御網を突破して離脱に成功する。その際、彼の分艦隊は200隻規模の損害を出すことになった。

 もしベルトマンがあと少し中央に食い込んでいたら──ナデシコの存在をこの時点で再度確認し、その後の展開は違ったかもしれなかった。

 もちろん、ベルトマンはそこまで知りえなかったので艦隊の脱出を優先し、それは何人にも非難されるものではなかったが、彼が「認識」したときは最終局面を迎えており、それを止めることはできなかったのである。





 ヤンの援護によって危機を脱し、落ち着きを取り戻したナデシコの艦橋ではルリが復活していた。ミナトやメグミが無理をしないよう説得したが、ルリは覆りそうにない意志を黄金色の瞳に宿してきっぱりと言った。

 「大丈夫です。私はまだ戦えます」

 ミナトは反対したが、ユリカはルリの意志を尊重した。現実問題として危機的な状況が続く中ではルリを欠くわけにはいかず、ラピスを代わりに据えるにはまだ多くの関係者が反対していたのだ。ルリができるというのなら、無理を承知で続けてもらうしかない。ナデシコによる強力な艦隊管制とオモイカネを動かせるのは今のところルリだけなのだから……

 そうでなくても、ユリカは共に戦う戦友としてルリを強く信頼していた。

 「ルリちゃん、でも次はだめだよ」

 「はい、わかっています。わがままを言ってごめんなさい」

 ルリは立ち上がってユリカに敬礼し、すぐにオモイカネと交信を始めていた。

 
 一方、第10艦隊はなお激しい砲火の渦中にあった。

 「ウランフ提督、どうやら第14艦隊はヤン提督の援護で危機を脱したようです」

 爆発光がメインスクリーンに絶えず煌めく中で、ウランフは参謀長の報告に安堵した。

 「そうか、ヤンが救ってくれたか、さすがに今回はダメかと思ったぞ」

 第14艦隊はダメージこそ負ったものの秩序と態勢を建て直し、ウランフの第10艦隊を支援するために帝国軍に砲撃を加えながら急速に近づきつつあった。

 「よし、ここは第14艦隊と一気に敵を押し戻す。ミサイルを全弾帝国軍に食らわせてやるのだ」

 第10艦隊からも無数のレーザー水爆ミサイルが帝国軍めがけて発射され、漆黒のはずの有視界全てが茜色に染まった。帝国軍はひるんだ。

 「いまだ! 全艦、第14艦隊とともにイゼルローン回廊に後退するのだ」

 オペレーターの一人が絶叫した。

 「2時方向にミサイル! 直撃コースです!」

 「なにっ!」

 盤古のメインスクリーンが白光に覆いつくされた。








W

 「ぬうっ!」

 ウランフはまぶしい爆発光を手で遮った。右舷後方から猛進してきた駆逐艦にミサイルが直撃したのだ。閃光が瞬き、駆逐艦はあっというまに轟沈した。心を痛めつつ安堵した盤古のオペレーターもいたことだろう。

 しかし次の瞬間、不幸なことに駆逐艦の残骸が盤古の艦橋付近に激突した。

 「うわあ……」

 艦橋が衝撃によって激しく揺れ悲鳴が満ちる中、ウランフが陣取る指揮塔も大きく右側に傾いた。電流の火花が散り、スクリーンパネルが粉々に崩れ落ち、転倒を免れなかった者は存在しなかった。

 十数秒後、真っ黒な艦橋にようやく非常灯が点灯した。焦げた臭いが周囲に充満する空間のなかで一人の士官がよろよろと立ち上がり、焦点の定まらない視界に2人の上官の姿を発見した。

 「ウランフ提督! 参謀長殿!」

 駆け寄ろうとした士官は左腕に激しい痛みを感じた。よく見るとだらりと腕が下がったまま力が入らない。

 「折れたな」

 冷静に判断したが、今は優先すべきことがあった。

 「軍医! すぐに軍医を呼べ! ウランフ閣下とチェン参謀長が負傷された」

 若い士官は叫びながら二人の容態を確認した。チェンはうつぶせに倒れ、頭と口から血を流していた。しかし息はある。その奥の計器類付近に座り込んだような状態のウランフの容態はチェンより悪そうだった。天井から落下したと思われるスクリーンパネルの破片がウランフの右肩と右胸部に突き刺さり、すでに軍服を大量の赤い血で染めていたからである。

 「閣下、しっかりしてください。ウランフ提督、お気を確かに!」

 士官がウランフに大声で呼びかけると、勇将はわずかに目を開けて苦しそうに言葉を吐き出した。

 「アッテンボロー大佐に連絡……指揮権を譲る……第14艦隊に合流せよと……」

 ウランフの意識が飛んだ。




 「盤古損傷、 ウランフ提督重傷のもよう!」

 凶報がナデシコを駆け巡ったとき、艦内の気温が急激に低下したように思われた。絶句して呆然とするクルーの中でユリカはなんとか理性を保ち「ウランフ提督は亡くなったわけではありません。みなさん、しっかりしてください」と言って動揺を抑え、自らは気丈に振舞った。

 完全に衝撃が消えないうちに第10艦隊からユリカ宛に緊急通信が届いた。スクリーンに映ったのはヤンの後輩である緑銅色の髪と端正といえる顔にそばかすの残る青年士官だった。彼はユリカを見て驚くがそれは一瞬でしかなく、すぐに表情を平静に戻して敬礼した。

 『第10艦隊の指揮権を引き継いだダスティー・アッテンボロー大佐です。第14艦隊に合流せよと指示を受けました』

 先の戦いで副司令官は戦死しており、他の将官クラスも盤古の損傷時に全滅に等しかった。ウランフはヤンも高く評価する26歳の青年士官に後事を託したのである。

 ユリカは返礼し、ややためらった末にウランフの容態をアッテンボローに尋ねた。

 『申し訳ありません。重傷であるとしか報告を受けていません。その後の容態については……』

 「そう……ですか」

 アッテンボローは美女の落ち込む姿を見て、やはりウランフ提督とは浅からぬ縁があるようだとあらためて感じ取った。

 『ですが盤古は健在です。負傷者は大勢出ておりますが幸いにも艦長は軽症でしたので艦の運用そのものに支障は出ていません。提督もすぐに医療室に搬送されましたのでご無事だと思います。タフな方ですからご心配なく』

 アッテンボローが励ますように言うと、ユリカは微笑した。

 「そうですね、ウランフ提督を信じましょう」

 ユリカの顔は艦隊司令官のそれに戻っていた。

 「アッテンボロー大佐、被害を受けた艦艇を先に後方に下げます。ご協力をお願いできますか?」

 『もちろんです』

 アッテンボローの指揮の下、第10艦隊の残存兵力は第14艦隊に合流し、帝国軍の追撃に耐えながら傷ついた味方を守り、イゼルローン方面に撤退しようとした。

なお戦場は激闘の只中にある。








X

 ヤンの見つめる通信スクリーンにはビュコック、ボロディン、ミスマル・ユリカの顔が並んでいた。戦いの始まる前はウランフ、アップルトンも加わっていたから、今その二人を欠き一抹の寂寥感を禁じえないところである。

 とはいえ、二人の勇将は亡くなったわけではない。ヤンもユリカと同じく希望を捨ててはいなかった。

 ヤンは、頼もしい3名の提督たちに言った。

 「私の艦隊が殿を務めます。御三方は損傷した艦艇を守りつつ、イゼルローン方面へ撤退してください」

 すかさず抗議したのはユリカだった。ヤンの艦隊が最も損害が少ないといってもこれは言わずにいられない。

 『お待ちくださいヤン提督! 一個艦隊だけで10万隻を超える帝国軍を相手になさるおつもりですか?』

 かなりの剣幕なのでヤンは少し驚いた。

 「ああ、こればかりは大勢いてもねぇ……」

 ヤンは頭をかきながら説得するように呟くが、ユリカの表情はさらに厳しくなった。

 『それは非常に危険です。すでに機雷原を突破した帝国軍の別動隊によって左翼方向は半包囲された状態です。帝国軍が第13艦隊に固執せずに右翼と中央で牽制し、左翼部隊が撤退する同盟軍めがけて追撃を強化する危険性があるのではありませんか?
 そうでなくてもこの状況下で一個艦隊のみの殿は自殺行為です。ヤン提督の実力を信じないわけではありませんが、私の第14艦隊もご一緒させてください──いえ、私が帝国軍左翼を抑えます』

 「いやあ、しかし……」

 ずばりユリカの言う通りなのだが、ヤンとしては期待以上の働きをしてくれた第14艦隊をこれ以上危険な目に遭わせたくないと考えていた。彼女の艦隊にはアッテンボローもいるし、いろいろな意味で無事でいてほしいと思ったのだ。

 しかし、ミスマル提督の決意は覆りそうにない。ヤンは困惑して周囲に助けを求めたがビュコックとボロディンはさりげなく視線を逸らし、グリーンヒル中尉は「女の意志は固いんです」と言わんばかりに頭を振っている。

 こうなるとヤンは決断せざる得なかった。

 「わかった、貴官に任せよう。ただ、くれぐれもムリはしないように」

 『はい、ありがとうございます』

 ユリカが感謝の敬礼をした直後、ボロディンが待っていたかのように「帝国軍右翼は自分の艦隊が抑える」と言い出したが、あっさりと三提督に却下されてしまった。

 『おいおい、私の活躍の場を奪わないでほしいものだな』

 「そういうわけではありませんが、第12艦隊は先刻の帝国軍の一斉反撃のときに第5艦隊をかばって大きな被害を出しています。3個艦隊を正面から相手にできる状態にありません。ですが、ボロディン提督には損傷艦艇を集約する第5艦隊の支援に回っていただきます。傷ついた味方を守る重要な任務です」

 ビュコックとユリカが即同意すると、反論しかけたボロディンは口を閉ざし、渋々ながらヤンの提案を承諾した。

 協議の終わりにビュコックは若い提督2人に念を押した。

 『ヤン、ミスマル提督、死ぬなよ』

 通信スクリーンが消えると、ヤンは残ったユリカに言った。

 「ミスマル提督、タイミングを間違えてはいけないよ」

 『はい、心得ています。それではイゼルローンなりハイネセンなりでお会いしましょう』

 そう答えてユリカの通信も消える。

 傍らのフレデリカ・グリーンヒル中尉が緊張した顔をヤンに向けた。

 「提督、大丈夫でしょうか……」

 ヤンは微笑み、副官を安心させるように答えた。

 「心配しなくていいさ、ミスマル提督も協力してくれるからずいぶん楽になる。あとは脱出のタイミングだけだよ」

 周囲の幕僚たちもヤンと同じ気持ちのようだった。参謀長のムライ、副参謀長のパトリチェフの顔に悲観じみた感情はない。

 ヤンはメインスクリーンに視線を投じて命じた。

 「全艦、後方に下がりつつ密集隊形。帝国軍の先頭集団に砲火を集中せよ」

 ほとんど同時にユリカの第14艦隊も帝国軍の左翼先頭集団に向って砲火を集中していた。ヤンが彼女の戦術眼に感嘆するところである。

 密度の高い砲撃を浴び、帝国軍の前進速度が鈍る。



 「やるなぁ、実によいポイントに砲火を集中してくる」

 ラインハルトは、同盟軍の洗練された砲撃に感嘆したが、オーベルシュタインからそれがヤンの第13艦隊と意識しつつある第14艦隊だと知ると表情を一気に鋭くした。

 「好きなようにはさせん! 右翼を広げて第13艦隊に包囲陣を敷き、左翼は砲火を集中しつつ距離を縮めるように伝達しろ」

 「はっ!」

 ラインハルトの命令は的確で辛らつだった。右翼を広げることでヤンに対して圧力を高め、第14艦隊には力ずくの攻勢を強化することで圧迫し、戦略的に二者択一させようとしていたのである。すでに左翼方面は同盟軍右翼を半包囲するにいたっており、第14艦隊は帝国軍の攻勢強化に留まるか退くかのいずれかしかないが、退けば帝国軍はヤンの第13艦隊を左翼から完全包囲できる圧倒的有利な立場に持ち込めるのである。

 ラインハルトは、これまでの第14艦隊司令官の戦いぶりを分析し、第13艦隊の危機を放置して退くとは考えられず、そのままとどまるであろう事を予測していた。その上で自軍有利の状況を利用し、近い将来、彼の野望の障害となるだろう第13艦隊と第14艦隊を一挙に葬り去ろうと画策したのである。

 それは的中した。第14艦隊は後退しない。第13艦隊も味方を逃がすために戦場にとどまっていた。

 「ヤン提督、これでは完全に包囲されてしまいます」

 参謀長のムライがさすがに表情を強張らせてヤンに訴えるが、戦術スクリーンを見つめるの司令官の判断は違った。

 「だめだ、まだ味方が安全圏に到達していない。あともう少し、あともう少し踏みとどまれば……」

 しかし、なんとヤンに誤算が生じた。予想していたよりもビュコックらの艦隊の後退速度が遅いのだ。これは宿将やボロディンの指揮に問題があるわけではなく、損傷艦に加えて機動力を著しく低下させた艦艇を多く抱え、それらを守りながらの撤退がうまくいっていないのだ。

 もう一つの誤算は、ヤンが脱出ルートと考えていた数を減らしたメックリンガー艦隊にラインハルトが迅速に増援を送ったことだった。ヤンは珍しくした打ちしたが時すでに遅く、味方がようやく安全圏にさししかかった頃、退路にはあらたに三重の防御網が敷かれてしまっていた。

 「なんということだ、私としたことが……」

 悔やんでも悔やみきれずヤンが唇をかみ締めていると、第14艦隊から緊急電文がもたらされた。

 『我が艦隊の10時方向に脱出路を確保するものなり。第13艦隊は最善の道をとられたし』








Y

 第13艦隊が帝国軍の半数以上を抑えている時間と並行し、第14艦隊も帝国軍左翼の追撃に耐えながら困難な退却戦を続けていた。

 「慌てずに進撃する帝国軍の先頭集団に砲火を集中し、敵の足をとめるのです」

 ユリカは命令を下し、戦術スクリーンからは眼を離さず帝国軍の動きをつぶさに観察した。

 ツクモ中佐が報告した。

 「ミスマル提督、帝国軍が右翼を広げます」

 「ヤン提督も苦しいところでしょうね」

 爆発が絶え間なくスクリーンを照らす艦橋でユリカは脱出のタイミングを計っていたが、退却する味方の行動が思わしくないことに焦りを感じていた。今、第13艦隊とともに敵のもっとも薄い部分を一点集中で攻撃すれば比較的確実に脱出は可能であろう。だが早すぎる撤退はイゼルローンに退却する味方に砲火が及ぶことを意味していた。

 「もう少しです。もう少し踏みとどまれば味方はイゼルローン回廊に逃げ込めます」

 しかし、その味方の予想外に遅い後退速度に第13艦隊が脱出タイミングを計りかねたように第14艦隊も決断できないでいた。

 ユリカは、ヤンが狙っていたであろうメックリンガー艦隊の後方に新たな防御網が敷かれたことを知ると、その秀麗な顔を険しくした。こうなると退路は10時方向に展開するビッテンフェルト艦隊しかない。ここに防御網を築かれれば最小限の損害で脱出できるかどうか怪しくなる。案の定、帝国軍が対応するように両翼を伸ばし始めた。策があるとはいえ時間との勝負だった。同盟が先か帝国軍が先か──事態は緊急を要している。

 ユリカは、ヤン宛に緊急電文を打つよう通信士のメグミに依頼した。

 「内容は、『私たちの艦隊が退路を確保します。ヤン提督は最善の選択をしてください』こんな感じですね」

 「はい、すぐに発信します」

 「ええ、お願いします」

 ユリカは、すぐにメインスクリーンに視線を戻して命じた。

 「全艦、陣形を紡錘陣形に再編し、10時方向にある帝国軍のもっとも薄い部分を狙って一点集中で脱出します。急いでください」

 この命令に驚いたのはツクモ中佐だった。

 「提督、もし突破に成功してもその先は機雷原です。ヘタをすれば機雷原をはさんで後方から帝国軍に挟撃されかねません。どうかご再考を!」

 「いいえ、大丈夫です。私に考えがあります。退路はもう10時方向しかないのです」

 もう一つユリカは決断していた。

 「相転移砲を使います」

 若すぎる女性艦隊司令官の発言に艦橋が騒然となった。ツクモ中佐とスールズカリッター大尉は何のことかわからず首を捻っている。

 すぐさまプロスペクターが決断の是非を問い直した。

 「よろしいのですか? 提督」

 ユリカは、はっきりと言った。

 「言い訳はしません。私たちが生き残るために相転移砲を使います」

 ユリカの決意の固さを見て、プロスペクターはそれ以上追及せず、他の艦橋人員も深刻な状況を理解しているのか反論は一切ない。

 最初、ユリカはルリによって退路周辺の艦隊を無力化してもらおうと考えたが、それだとルリに負担がかかってしまい、無力化した艦隊が脱出時に逆に退路を塞いでしまう可能性があって断念し、相転移砲による退路確保に切り替えたのである。これならルリにかかる負担は小さくて済むし、現実、時間がかからず、手強い帝国軍を圧倒する上でも効果的と判断したのだ。

 「ルリちゃん、展開おねがい。それとジュンくん──」

 「──ナデシコを相転移砲の射程距離に早く近づけるために前進させるんでしょ?」

 同期の友人の鋭さにユリカはかすかに微笑んだ。

 「うん、その通り。さすがだね」

 旗艦が前進すればそれだけ敵の砲撃の的になりやすいが、この状況下で安全を惜しむ愚を二人は充分承知していた。時には出血を覚悟で立ち向かわなければならない困難な状況に直面する──まさに今がそうだった。

 ルリが相転移砲を展開しながら報告した。

 「第13艦隊が紡錘陣形をとりつつ、こちらに向ってきます」

 「さすがはヤン提督だわ。すぐに理解してくれたみたい」

 とはいえ、ヤンが帝国軍右翼の抑えを放棄したため、その方向から大挙してエネルギービームが押し寄せていた。状況は1分1秒を争う攻防になっている。

 
 2個艦隊の突撃陣形が帝国軍の一角めがけてビームの束を一斉に解放した。

 「ひるむな、反撃しろ! わが黒色槍騎兵艦隊に退却の文字はない」

 ビッテンフェルトは徹底抗戦を叫ぶが、同盟軍の突撃を防ぐだけの戦力が完全に不足していた。1200隻を切っていた艦隊は同盟軍2個艦隊の突撃を支えきれず簡単に突破を許してしまう。オイゲン大佐ら幕僚たちが上官を止めなければ黒色槍騎兵艦隊はこの世から完全に消滅していたであろう。

 勢いに乗った第13、第14艦隊だったが、黒色槍騎兵艦隊を突破した先には重厚な防御展開を終えたワーレンとキルヒアイスの艦隊が待ち構えていた。

 「「ファイエル!!」」

 部隊の一部を形成していたベルトマンの分艦隊も突撃してくる同盟軍に主砲を斉射する。だがアウルヴァングの誇る最新の重力波センサーがその存在をいち早く捉えていた。

 「敵の先頭集団に高密度の重力エネルギーを感知しました」

 オペレーターが不安そうに報告すると、ベルトマンは胸騒ぎを覚えてその宙域を拡大するように指示した。次の瞬間、驚愕の記憶が甦った。

 「なっ! こいつは──いかん、回避しろ!」

 直後に二つの黒い雷撃が音もなく帝国軍の一角を襲った。それはベルトマンがかつて遭遇した光景そのままに巨大な球体を成した何かが多数の帝国軍艦艇を包み込み、閃光が輝いた次の瞬間、そこには何も存在していなかった。

 帝国軍の主だった提督たちは呆然とし、対応が遅れた。直撃を受けた宙域の帝国軍は得体の知れない攻撃に恐怖して陣形に乱れが生じる。さらに十数秒後に第二斉射がおこなわれ、密集した防御網を展開していた帝国軍艦艇の300隻近くが瞬時に消滅した。

 ヤンとユリカの命令が同時に飛んだ。

 「今です! 全艦、突撃しつつ敵の空いた防御網に一点集中砲火!」

 「今だ! 空いた宙域に砲火を集中し突破するんだ」

 進路を阻む帝国軍艦艇はことごとく撃沈され、第13艦隊と第14艦隊はついに戦場の離脱に成功した。


 帝国軍は追撃を行わなかった。逃走した同盟軍の後方を守るように機雷が帝国軍の追撃を阻んだからである。理解しがたい事態が続いたが、すでにチャンスが失われたことをラインハルトをはじめとする帝国軍の提督たちは知っていた。






 急速に遠ざかる光群を見やりながらウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールの二人は通信スクリーンを隔て会話を交わしていた。小柄だが精悍な顔つきのミッターマイヤーが重包囲を突破した同盟軍の戦術を素直に賞賛した。

 「なかなかどうして、第13艦隊と第14艦隊か。すごいヤツラが敵側にいたもんだな」

 「ああ、ヤン・ウェンリーに謎の第14艦隊司令官か。今度会うときは一個艦隊同士で用兵を競いたいものだな」

 ロイエンタールが同意するとミッターマイヤーも頷き、消え去った人工的な光の方向をしばらく見つめていた。


 一方、ジークフリード・キルヒアイスは、メインスクリーンに映る総旗艦ブリュンヒルトの美しい純白の船体を視界に納めていた。完全な戦略的勝利で臨んだアムリッツァの戦闘は、当初こそ6個艦隊をそろえた同盟軍の短期集中戦術によって一時的に劣勢に陥ったものの、最終的に戦場に残っていたのは帝国軍だった。同盟軍は大きな損害を被り、帝国領から完全に駆逐されたのである。

 まずは満足すべき結果であるはずだが、キルヒアイスはラインハルトが不本意な失望に怒りを慄わせつつ、同盟軍を見送っているであろう事を想像していた。なぜならティアマト、アスターテ、そしてこのアムリッツァでヤン・ウェンリーによって完勝を崩され、第14艦隊という新たな脅威が出現し、帝国軍も勝ったとはいえ小さくない損害を被った。ビッテンフェルトの件もある。寛大な気分とはいかないだろう。

 「ラインハルトさま……」

 通信士官の報告があとに続いた。

 「総司令部より入電、艦列を整えつつ帰投せよとのことです」






 メインスクリーンにはすでに同盟軍の光点は映っていなかった。

 ──にもかかわらずベルトマン准将は指揮シートの前に立ち、青紫色の瞳をじっと虚空の先に向けていた。その表情は未整理のヴェールが二重に覆いかぶさっていた。

 「まさか、ここで再び遭うとはな……」

 あの遭遇からおよそ一年、これまで全く沈黙していた白い変わった艦型の「巡航艦?」がこのアムリッツァに現れたのだ。しかもオペレーターの解析によれば艦隊陣形の位置的な関係から旗艦を務めているのではないかというのだ。

 「あの時の指揮官が艦隊司令官になっていたのか……」

 ベルトマンは、アムリッツァでの第14艦隊の戦いぶりに納得できたような気がした。彼に追われたときも見事な指揮ぶりで再三の危機を脱し、最終的にはあと一歩というところで同盟軍艦隊に邪魔をされたが、自分の得意な小惑星帯内の追撃を切り抜け、一艦で逃げ切った指揮官である。

 その指揮官が司令官になり、白い艦とともに同盟艦隊を率いて帝国軍を苦しめたのだ。
感慨深いというよりは、やはりあのとき仕留めていれば──後悔のほうが大きい。

 そして、小惑星を一瞬で消滅させた脅威的な威力の艦砲が今度は帝国軍に牙をむいた。2度の砲撃によって500隻近い艦艇が一挙に失われ、球体の外殻にあって半身を消滅させられた艦艇はさらに100隻以上に及んだ。

 「参謀長殿は知っているのだろうか、あの攻撃のことを……」

 ベルトマンは、追っていた「謎」がアムリッツァに現れたことで上官に全てを話さなければならないと悟った。彼は虚空から視線を外し、通信士官に依頼した。

 「すまんがキルヒアイス提督に通信を繋いでくれ」




 
……TO BE CONTINUED

 第七章に続く

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 空乃涼です。

 大幅なフライング投稿です(w 今週末の予定がつぶれたのでだいぶSSに集中できました。まあ、一応前回、月末か来月の初めと言っていたので多少のフライングはありですよね? リアル事情が忙しくなる可能性もありますし(汗

 今話での感想やご意見をぜひお寄せください。お待ちしています!

 2009年10月25日──涼──

 (以下、修正履歴)

 新章の突入にあたり誤字や脱字等を修正し、若干の加筆を行いました。
 末尾にはIF短編Gを追記。

 2009年11月13日──涼──

 微妙に修正を加えました(汗
 2009年11月15日

 さらに微妙に修正を加えました(泣
 2009年12月26日


 最終修正しました。末尾IF短編は削除しました。
 2011年6月27日 ──涼──


 鯖移転時に発生したエラーを修正しました。
 2013年1月26日 ──涼──


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 二次小説 「闇が深くなる夜明けの前に」の執筆の軌跡@

 前々回に「書くかも」と言っていたヤツです。作者の身勝手なたわごとですので、華麗にスルーしてくれても構いません?
 
 ですが、「自分もSSを書いてみたいんだよなぁ」という方は参考になるかも(エ

 一つの作品ができるまでの経過みたいなもんを書きますからw(ふう、結局読んでもらいたいらしいですw)

 さて、ご存知かと思いますが、私の二次小説初投稿は「空の境界」のオリ主ものが最初でした。それまでは同人活動なんか全くしたことがありませんでした。(マジですよ

 そうなるきっかけを書くと長くなるのでやめておきますw

 ☆☆空の境界を投稿したのが08年の3月。それから何話か投稿し、四月に入ってから

 「せっかくナデシコサイトなんだから、ナデシコを題材にしてなんかSS書けないかなぁ」

 というのが今に続くきっかけだったと思います。非常に単純な動機ですねw

 ナデシコはチラ見した程度の知識しか無かったので、まずは内容を知るためにDVDを全部見ることからはじめました。見始めたのが四月の中旬から五月の上旬にかけてだったと思います。不思議なものでちゃんと見ると面白いんですよね。ルリちゃんの人気は(放映時)当時から雑誌などを席巻していたので憶えていたのですが、ユリカとかアキトとかは覚えていませんでしたからね。作品を見直すことで愛着みたいなものが沸いてきました。

 それで、まずは登場人物の資料を作るために、DVDを見ながらスケッチしたり、各キャラの特徴や性格を記入していったわけです。途中、BOOOK OFでナデシコのフィルムBOOKを購入し、さらに細かいところを確認しました。

 TV版を見終わったら次は劇場版です。だいぶ本編の雰囲気とアキトがちがうよ、と聞いていたのですが、全くその通り。これには大きなギャップを感じました。

 キャラのスケッチと特徴をノートに記入した作業が4月の下旬から5月の中旬にかけてでした。

 ここまでの作業でTV版にするか劇場版にするか、作者は悩みました。

 ──続く──

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 前回いただいたメッセージの返信です。どうもありがとうございます。
おかげさまで作者もがんばれています。後編の感想とメッセージもお待ちいたしております!


 ◆◆2009年10月17日◆◆

 ◆13時59◆

 あまり同盟を勝たせないでください(帝国好きなもので)

>>>そうですか。前回は同盟に6個艦隊があればどのくらい戦えたかをシミュレートしたようなものなのでご了承ください。今回は同盟が食らってます。帝国軍と同盟軍の戦略状況と物理的・人的能力をその都度計って一応書いてます。


 ◆14時41◆

 ナデシコが銀英伝世界に訪れたことによるもう1つの未来を見てみたい!出来ればキルヒアイス存命で・・(つまり良くあるあの要塞での死亡ではなく重傷の為意識不明のまま歴史をってやつ。ラインハルトって基本的にキルヒアイスの為に宇宙を取ろうってなってるし)

 >>>( ̄0 ̄; !!! かなり以前から検討していますw

 ◆◆10月18日◆◆

 ◆22時53◆

 果たして何個艦隊が生還できるのか! 楽しみです。

>>>メッセージをありがとうございます。今話でご確認ください。作者の考えと読者さんの考えが一致しましたねw

 ◆◆10月19日◆◆

 ◆13時14◆

 いつもたのしみにさせていただいています。
原作でもこの6個艦隊が健在なら、どれだけましな戦いができたことでしょうか。物語前半での最大の危機をどうのりきるのか期待しています。

 恒星表面に核融合弾投下⇒爆発⇒艦隊が太陽風に押し上げられるというのは(無理があるにしてもたしか太陽風は荷電粒子だったので)起こりうるかも知れないですが、レーザー水爆⇒爆発⇒爆風で艦隊軌道をそらすというのは難しいのでは?(真空ですので、爆発による放射線や熱線・爆圧は生じても爆風や衝撃波は生じないのでは)でも、その場面を勝手に思い浮かべると絵的にすごくいい感じなので私的にはぜんぜんOKです。


 >>>なるほどw 爆圧かエネルギー流か衝撃かな、と一応は悩んだのですが、三秒後に爆風に決定していました。次回の修正時にもう一度調べておきます。SF作品の爆発の衝撃とかはなんと説明されているのだろうか?

 ◆◆10月21日◆◆

 ◆23時01◆

 ウランフ、ボロディン、アップルトンこの三人が生き残ってくれればどれだけ原作でもヤンが楽だったか!!
 この戦いをどうか三人の熟練の将達には切り抜けてもらいヤン、ユリカと共に自由惑星同盟を支え抜いて欲しい物です。


>>>さあ、はたして今話での生存が同盟にもたらす変化とはなんでしょうか?
次回をお待ちいただければ幸いです。

 ◆23時04◆

 アムリッツァを無事にとは言いません。
ウランフ、ボロディン、アップルトン、ビュコックの四人の名将が生き残ってくれれば同盟軍は原作のような余りにもみっともない敗戦は逃れらると思います。
せめて四人には生き残って欲しいです。ユリカの活躍しだいとなるのでしょうが次回の更新もお待ちしております!!


>>>その願いが届いたようですね。ちとアップルトンとウランフは重傷ですが(汗


 ◆◆10月23日◆◆

 ◆12時20◆

 大変楽しく読ませてもらってます。
ウランフ、ボロディン両提督が健在の設定はとても嬉しいです。
次回も期待しております。頑張って下さい。

>>>応援ありがとうございます。両提督とも作者の魔の手から逃れたのではないでしょうか? 次回は第七章です。

 ◆23時07分◆

 ヤン、ビュコックとミスマルの三人に、ウランフ、ボロディン、アップルトンの3提督が生き残っていたなら同盟の瓦解は防げたはず。6人が1人も欠けることなく生還できることを祈ってます。
特にアップルトン提督には、たとえ旗艦を失っても旗艦を乗り換えても戦い続けて、同盟軍の「鉄壁」と異名を呼ばれるようになってほしいです


>>>アップルトン提督が同盟の「鉄壁」ですか! なるほど、彼の得意な戦術は本編でも判断資料が少なく困るのですが、クリシュナの装備を考えると火力に優れた攻撃型編成ではないかと思っています。

 以上です。今回は一ヶ月に二話掲載となりました。(みなさんのおかげでがんばれました)私が前半のキリと考えている話数まであと二話です。たぶん一ヶ月に一話になるかと思います?

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎◎



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.