後世の歴史家にとって、    ローエングラム勢力と貴族連合軍の内戦における勝利者がいずれであったかを最終的に判断するのは至極容易である。

 しかし、個々の戦闘については議論の分かれることがしばしば起こった。しかも最古の議論と最新の議論とでは、その解釈も中身もかなり変わっていたのである。

 特に熱く議論が交わされるのが、ブラウンシュヴァイク攻防戦と並行した「マールバッハ星域会戦」であろう。

 この戦いは、当時は侯爵だったラインハルト・フォン・ローエングラムが貴族連合軍の各個撃破を狙うと同時に、その頭脳となっていたエーベンシュタイン上級大将をおびき出す作戦であった。組織としてのまとまりも戦略も欠くと思われた貴族たちをよくも悪くも結集させ、精鋭揃いの帝国軍を翻弄した謀将を倒せば勝利を確実のものとできると判断したからである。

 当初、その戦いの評価は戦場に最後まで留まっていた帝国軍勝利とする声が圧倒的に優勢であったが、時代が進むにつれて情報が開示され、エーベンシュタインの研究が進められていくと大きな議論の変化が顕著になっていく。

 すなわち、「戦略的には帝国軍の勝利。戦術的には貴族連合軍の勝利」というものである。

 しばしば軍事研究の結論で用いられる用語でああるが、マールバッハだけではなく、一連の戦闘の全てに当てはまっていると主張する歴史家も決して少なくない。

 それは、「フォン・エーベンシュタイン」という一人の風変わりな帝国貴族に秘められた「謎と疑問」が徐々に解明されていくほど支持されていった。

 そもそも「なぜ彼が本来そうしたのか?」と首を捻る行動の全ては、彼の生い立ちにおける空白期間とゴールデンバウム王朝の歴史、そして第36代皇帝フリードリヒ四世との関係とともにその真相に迫っていった。

 ──ただ、その行き着く先は、たった一隻の戦艦(・・・・・・・・)であることに誰しもが気が付くのだが、エーベンシュタインの研究が開始された当初、最もその動機の解明へと繋がる該当者たちは、生涯、公式に発言することはなかったのである。

 そのため、未だ「ゴールデンバウム王朝最後の謀将」の謎の多くは残ったままで、私のような一介の歴史学者は日々頭を悩ませているのだ。


 ──エリック・F・アッテンボロー──




闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説





第十七章(中編)



 
 『一時の休息は波乱への幕開け』 
  
  

T

 ──宇宙歴797年、帝国歴488年、標準歴5月22日──

 帝国軍を震撼させたマールバッハ星域会戦から10日あまり。帝国の内戦は一部の小競り合いを除き、ほぼこう着状態に陥っていた。ラインハルトとしてはすぐにでも貴族たちに追い討ちを掛け、一気に勝敗を決したいという思惑があっただろうが、会戦における帝国軍の消耗も決して少ないものではなく、橋頭堡として急遽マールバッハとカストロプ星系の中間に位置する中規模の軍事施設を占拠して艦隊の再編を進めつつあった。

 『そうか、ケスラーは当分戦線復帰はむりか……』

 「ああ、本人は意識を回復してすぐにでも戻ろうとしたらしいが、数歩も歩かぬうちに傷口が開き、部下にはベッドに張り付けにされ、軍医には痛みに耐えながら説教されたとか」

 『だろうな。ケスラーの気概には敬意を払うが、それよりも命のほうが大事だ。俺がもし部下だったら同じことをしただろうよ』

 「ほほう、俺には卿がケスラーと同じようにまっさきに戦場に戻るよう行動するんじゃないかと思えるが、違うか?」

 『どうだろうな。俺は卿ほどまじめじゃないし、病院のベットで日々を送らないために用兵を磨いているようなものだ」

 「いいことを言うなロイエンタール。俺も卿に同意する」

 『そうか?』

 帝国軍の双璧たるウォルフガング・ミッターマイヤー提督とオスカー・フォン・ロイエンタール提督は、再編作業の合い間を縫って通信越しに会話を交わしていた。話の骨子は僚友の身体をいたわる内容ではあるが、微妙に現状の停滞を語っており、それぞれの指揮シートの周りは遮断シールドを張っていた。

 数秒の沈黙の後、口を開いたのはロイエンタールだった。

 『ところでミッターマイヤー、卿はローエングラム公の読みを信じるか?』

 当然、という親友の即答にロイエンタールの金銀妖瞳が頼もしそうにゆれる。

 と言うのは、マールバッハ星域会戦において帝国軍を震撼させた超兵器が自爆した理由について多くの将帥たちが首を傾げる中、ラインハルトはその意図をほぼ正確に察していたことだ。

 「エーベンシュタイン上級大将は切り札を失ったのであろう。あの場面では軍事天体を破壊せざるを得なかったのだ」

 まったくその通りである。貴族連合軍の謀将を追い込んだのがキルヒアイスの果敢さにあったことも金髪の総司令官は理解していたが、あえて口には出さなかった。彼は遠くの戦場にあって実際に軍事天体を見たわけではなかったが、戦況の推移と記録映像を見ただけでエーベンシュタインの心理をほぼ正確に看破したのはさすがと言うしかなかった。

 その上で貴族連合軍の拠点たるガイエスブルグ要塞に総攻撃を実行するつもりでいたのだが……

 「まあ、それだけじゃないだろうな」

 『ああ、俺もそう思う』

 二人は、それぞれに思案する表情になった。ロイエンタールは金銀妖瞳(ヘテロクロミア)をやや伏せがちにし、ミッターマイヤーは腕を組んで目を閉じる。その表情は懸念とも不安とも肯定とも言い難かった。

 ラインハルトがエーベンシュタイン──貴族連合軍に対して総攻撃を行わなかった別の理由とは、一つは兵士たちの心理状態。もう一つはエーベンシュタインの動向が掴めない事だった。前者はこれまでの想像もつかない苦戦を考慮すれば仕方がないことだった。また、兵士たちの軍事天体に対する恐怖心のようなものも払拭されていなかった。

 そして、厄介だったのは後者だ。ミッターマイヤーはエーベンシュタイン艦隊の足取りを調査させたが、いずれに退いたのか判別が付かないでいた。収集させた情報にも矛盾が生じており、うかつに動けない状況となっていたのだった。

 もちろん、それを仕掛けたのはエーベンシュタイン本人である。自らの動向を曖昧にすることで帝国軍の進撃を未然に防いだわけである。金髪の総司令官は彼の意図をある程度把握しつつも、巧みな情報戦略に舌打ちせざるを得なかった。

 『ある意味だが、宙戦部隊総監閣下は我々に勝った──と言えるのかな?』

 思考していたロイエンタール提督は不意に通信画面に金銀妖瞳(ヘテロクロミア)を向け、まだ考えがまとまらない親友に問うた。

 「…………ある意味か、そうだろうな。戦いが始まる前、貴族どもを相手にここまで苦戦すると誰が想像しただろうよ」

 ミッターマイヤーがため息混じりに答えると、ロイエンタールの視線は通信画面をそれて深淵を映し出すメインスクリーンに注がれた。あの星々のどこかでフォン・エーベンシュタインはワイン片手に次の一手を練っているのだろうかと……
 
 



U

  広大な銀河で名将たちが権謀術数と巨大な戦艦同士の艦隊戦に明け暮れている頃、銀河帝国とつながりの深い自治領フェザーンでも実力者たちがその先を見据えながら戦いの推移を見守っていた。

 自治領主の補佐官であるニコラス・ボルテックが資料と端末を小脇に抱えてアドリアン・ルビンスキーの執務室を訪れたとき、偉丈夫の男は腕を組んで何事かを瞑想しているようであった。

 「どうされました閣下、ご気分でも?」

 部下のいたわるような問いに、ルビンスキーは首を横に振り、目を開いたかと思うとわずかに口元をほころばせた。

 「いや、最近、なかなか面白いことをしてくれるヤツが多くて楽しんでいたところだ」

 「はぁ……」

 面白いヤツ、とは多聞に考えればローエングラム候であり、ヤン・ウェンリーであり、ミスマル・ユリカであって、最新はフォン・エーベンシュタインだろう、とボルテックは想像した。

 それは当たっており、ルビンスキーは早速最新の動向報告を部下に促した。ボルテックは立体ホログラム装置の近くに設置されたデスクに端末を置くと、次にホログラム装置にアクセスしてアルテナ星系を中心とした星系図を表示させた。

 「では聞こうか」

 「はっ」

 とは言ったものの、ボルテックの表情は優れず、ルビンスキーはその理由をしばらくしてから理解した。

 「そうか、マールバッハ星域会戦後の双方の情報はさほど多くなかったということか」

 「はっ、面目もございません。帝国領内に存在する協力者や軍関係者など、あらゆる手段を講じて情報を集めましたが、戦後の全容把握にはいたっておりません。ですが、未確認ながらその会戦において超兵器が使用されたよしにございます」

 あきらかにルビンスキーの機嫌がよくなった。

 「ほう、超兵器。 どちらが使ったのだ?」

 「貴族連合軍のようですが、そのスペックや形などは不明です。ただ、帝国軍側にかなりの損害が出たもようです」

 「フォン・エーベンシュタインか?」

 ルビンスキーの勘は当たっていたが、ボルテックは肯定しなっかた。未確認情報を”確定情報“として扱ってしまうと「情報と財力」を武器とするフェザーンにとっては危ういものだから。

 「ですが、軍務省の発表どおり、先の会戦において副盟主たるリッテンハイム候が戦死したのは確実です」

  となると、シュターデン提督に続いて貴族連合軍は中核の半分を失ったも同然となる。ローエングラム公としても戦果よりも帝国全土に喧伝するには格好の材料となったに違いない。事実、帝国領内では門閥貴族たちの終焉を感じた平民たちが歓喜の声を上げ、その裏では不穏な空気も感じられるという。いまだ貴族が支配する星系内に住む領民たちも、その支配が終局に向かっていることに気づきはじめているはずだ。

 (だが……)

 立体星系図を見つめるルビンスキーの瞳が鋭い光彩を放つ。そう、まだ勝負は決まっていない。貴族連合軍にはなお数万隻に及ぶ艦隊戦力とガイエスブルグ要塞、そして黒狐もその動向と知略に注目するエーベンシュタイン上級大将が健在なのだ。

 (当初の予想を覆してくれるとは、本当に楽しませてくれる)

 ルビンスキーは愉快そうにあごをなで、そして補佐官に問うた。

 「さて、同盟の方はどうなっている?」
 
 


V

 フェーザーンの大地にはルビンスキー以外にも内戦の動向を注視している一人の少女が存在する。郊外の一角に見事な庭園付きの邸宅をかまえる主の名を“マルガレータ・フォン・ヘルクスマイヤー”といった。

 その少女の後見人であり、現在は(あるじ)の執事や補佐を務めるランツ・フォン・ベンドリングが落ち着いた雰囲気のリビングに足を踏み入れたとき、彼の主は定時の紅茶タイムの真っ最中であった。

 「お嬢様、お待たせしました」

 ベンドリングの目に映った少女は白い布地でフリルのあしらわれたドレスに身体を包み、その美しさと優雅さを存分に引き立てていた。部屋に飾られた豪華絢爛とはいかないまでも十分調度品として優れた品々は主の見る目が高いことを物語っている。

 「まあ、座れ」

 金髪深碧の美少女に促されベンドリングは席に着く。少女は自ら空のティーカップに慣れた手つきで紅茶を注いだ。

 どうぞ、とマルガレータ。ベンドリングは軽く会釈して紅茶を一口。シロン星産だな……

 「そのとおり」

 と笑顔のマルガレータ。彼女はレンテンベルグ要塞戦の頃と違ってかなり落ち着いていた。戦いの結果に一喜一憂してしまうよりも、ラインハルトとキルヒアイスの勝利を信じることで自分がやるべきことに集中しようと気持ちを切り替えていた。

 (まぁ、ちょっと慌てふためいている姿もかわいいものなのだが……)

 ベンドリングが一息ついたところを見計って、マルガレータは深碧の瞳を向けて報告を聞いた。

 「現在のところ帝国軍と貴族連合軍は膠着状態のようです。双方とも大きく動く様子がありません」

 ベンドリングが入手した情報もあまりルビンスキー側と大差がないものだった。勝ったといえば会戦における帝国軍側の損害をほぼ正確に把握していたことだろう。これをルビンスキーが知れば賞賛されるか警戒されるかのいずれかかもしれない。

 マルガレータの反応は、ベンドリングが想像したよりもやや大きかった。小さくため息を漏らし、左右に頭を振ったのだ。

 「帝国軍の損害は予想を大きく上回っておるな……」

 「はい。使用されたとされる超兵器の存在が損害に関係しているのでしょう」

 「で、あろうな……」

 それ以上、マルガレータは言わず、行儀悪くほをづえをついて何事かを思案し始める。時々ほほが膨らむのは、その中身に嫌悪したか、または思いつかないことへの苛立ちからだろう。

 (こちらに来た当初よりもだいぶ表情は豊かになったかな?)

 ベンドリングが保護者よろしく見守っていると、不意にマルガレータは元伯爵令嬢とは思えないくらいに腕と足を思いっきり伸ばした。その表情はなんだかすっきりとさえしていた。

 「この件に関しては深く悩んだほうが負けじゃな」

 はぁ、とベンドリングが相槌を打つと、彼女は同盟側の報告をするように依頼した。

 「では……」

 帝国の中身に比べると同盟側の情報開示度はかなりオープンだったと言ってよい。単純に共和制だからというわけではなく、イゼルローンからシャンプールに至る星系の混乱はすでに収まっており、そのために報道や情報──いわゆる通信網が回復傾向にあったためでる。

 「ヤン艦隊が惑星パルメレンドを攻略したのはご存知の通り5月18日です。その後、アクタイオンの攻略が順調に推移すれば、早ければ月末、遅くとも6月初旬にはバーラト星系に到達することでしょう」

 報告を聞いたマルガレータは潔いくらいにうなずいた。

 「早いな……同盟のほうはもうすぐに決着が着きそうじゃのう……」

 妬ましい、とは口に出さなかったものの、あさっての方向に向けられた視線が美少女の本心を物語っていた。

 (やれやれ。たまに分かりやすすぎるほど心理が丸見えなときがあるが…とはいっても普段から観察していないと気が付かないだろうけど、これって思春期特有のものか?)

 ベンドリングが様子を窺っていると、少女のほうが思い直したようにやわらかそうな唇を動かした。

 「で、一応聞くが、あのあほう(・・・)からの連絡はどうじゃ?」

 言わずもなが、金髪碧眼の工作員のことである。ベンドリングは内心で苦笑いしつつも事実をはっきりと言った。

 「ありません」

 正確には「届いていない」だ。少佐が足止めされている星系は救国軍事会議の勢力下にあり、宇宙港の出入りは厳しく規制されているだろうし、ヤン艦隊の接近に伴って周辺は通信妨害が激しさを増しているということだった。こうなると連絡が繋がるようになるのは救国軍事会議の完全敗北を待つより他はない。

 「まあ、へたに動き回って拘束されるよりはよい。あやつの目的はそんなことではないからな」

 目的と目標を混同してはならない、とはしばしば戦略戦術の重要性と役割を区別するにあたって用いられる説法ではある。軽いノリの工作員の目標はハイネセンを経由してイゼルローン要塞にたどり着くこと。目的は謎めいた「戦艦ナデシコ」とその乗員たちを探ることだ。大人しくしていてもらわねば困るのだった。

 しかし、マルガレータには一つだけ確信があった。

 「あやつ、ここぞとばかりに羽を伸ばすであろうな?」

 ベンドリングが味方のフォローをできずにいると、少女はその反応を大いに楽しんでから真剣を帯びた表情になって三つ目の議題に触れた。後見人の青年は一冊のファイルを令嬢に差し出した。

 「現在まで、そのファイルにあるよう三名に絞れました。そのうち二名まではDNAの採取に成功していますが、いかんせん残りの一人──ルパート・ケッセルリンクという青年だけはなかなか上手くいきません」

 「というと?」

 「ええ、どうにも感づかれているようです。引っかかってくれません」

 「ほほう……」

 直感的にマルガレータは理解したらしい。そして数秒ほど思案してから小悪魔のように微笑した。

 「わかった。私に任せよ」
 



 
 W

 ミッターマイヤーとロイエンタールの想像は外れていた。いや、まったく見当違いだったとも言いがたい。合致していたのは「ワインを片手に」くらいで──

  ──フォン・エーベンシュタインは特別医療室のベッドから半身を起こして数日振りに食事を摂っていた。その様子をかかり付けの軍医と忠実なる副官であるイェーガー大佐が見守っていた。

 「ふむ、450年ものとはいかないまでも460年ものがあるとは、リッテンハイム候もなかなか食のほうでは用意がいい。故人に感謝するとしよう」

 上官の軽口をたしなめたのは、メルカッツに勝るとも劣らない細い目つきをした副官であった。

 「閣下、酒類はお体に障ると軍医に忠告されたはず。せっかく脈拍とナノマシンの活動数値も正常値を取り戻しましたのに、さらに寿命を縮めてしまわれますぞ」

 エーベンシュタインの反応は超然としたものだったが、多少は耳に痛いのか左側を塞ぐ真似をした。

 「ここ、これに至って自分の健康を心配してもせん無きことよ。生死を彷徨った末の回復だ。ワインで祝杯を上げるくらい大神オーディンは寛大にお許しくださる。それに」

 「それに?」

 「点滴を打たれている私より、ワイン片手の私のほうが華麗ではないかね?」

 イェーガー大佐は一気に反論する気が失せてしまった。しばらくして軍医が再度注意喚起して退室すると、飄々(ひょうひょう)としたエーベンシュタインの表情が謀将らしい表情に一変した。

 「ここしばらくの動向は?」

 イェーガー大佐の表情も自然とあらたまった。

 「はっ。偵察部隊同士の小競り合いが一部発生した以外はほぼこう着状態です」

 「なんとか私が回復するまでには足止めできたか……」

 「ローエングラム候もさすがに控えざるを得なかったようです」

 「だろうな。候爵が私の意図を察していたとしても周囲が彼に()いてはいけぬ」

 ロイエンタールとミッターマイヤーがおぼろげながら悟ったように、エーベンシュタインの心理戦はラインハルトに向けたものではなかった。金髪の総司令官がその天才的な頭脳でエーベンシュタインの策を看破していたとしても周囲が追いついていかなければ意思と行動は直結しない。

 実は、エーベンシュタインには一つの懸念がなかったわけではない。ラインハルトが勝負に固執するあまり強引に進軍してくること──

 ──ではなく、リッテンハイム候の死や、負けていないと錯覚している貴族たちが逆にガイエスブルグ要塞から出撃してしまうことだった。

 それは回避された。それを防いだのはメルカッツだ。ただ、若い貴族たちの剣幕は相当だったようで、一時はブラウンシュヴァイク公も戦意をかき立てられて出撃の直前までいったらしい。

 「ほほう、あの男が約束どおりメルカッツに賛同してくれたわけだな?」

 「はい。装甲擲弾兵総監がブラウンシュヴァイク公や若い貴族たちを止めました」

 エーベンシュタインは面白そうに銀色の口ひげをひとなでした。

 「相手の願望というか欲望を巧に突くと平常から脱線するらしい。これだからやめられない……おっと、私もだいぶ人が悪いな。ガイエスブルグ要塞に戻る際は460年もののワインをもってオフレッサー上級大将に感謝の意を示そうか」

 そう、エーベンシュタインはガイエスブルグ要塞にはいない。彼が半身を起こす医療用の高機能ベッドは、ここ【ガルミッシュ要塞】に属していた。「ヴェーニヒ・アルテミス」を戦場に待機させていた時点で白銀髪の謀将はガルミッシュ要塞に撤退すると決めていた。

 その理由は複数ある。一つは憔悴しきった身体を貴族たちに見られたくなったことだ。これはブラウンシュヴァイク公やそのたの門閥貴族に付け込まれるのを防ぐためである。もう一つは、泳がせているスパイにに情報を与えないため。自分は健在で、何事かを画策していると思わせる必要性があったからだ。それは成功したと言えるだろう。

 しかし、イェーガー大佐が懸念を口にした。

 「今回はなんとか出撃を食い止めましたが、帝国軍、貴族連合軍ともにあと数日で軍の再編作業が完了すると思われます。ブラウンシュヴァイク公の甥であるフレーゲル男爵を中心に若い貴族たちの暴走が加速すれば、ガイエスブルグに戻る前に大規模な衝突が起こるかもしれません」

 もちろん、部下の言う懸念をエーベンシュタインも予想しなかったわけではない。ただ、情報を総合しても両者が再び激突するまで、なお1週間ていどは時間があると計算していた。その間により体調を整え、「華麗なる決戦」を挑むことは可能と思われた。

 「オフレッサーは、もうちょっとブラウンシュヴァイク公に嫌われることをしてほしいものだな……」

 エーベンシュタインは、そう言ってワインをグラスに注ごうとしたところを部下に止められてしまい渋い表情になる。

 「さしあたって……」

 切り札の大半を失った謀将に残された道は、頼りにならない貴族たちとメルカッツやファーレンハイトといった優秀な提督たちを最大限に活用した演出方法だった。

 それは、残存兵力の規模を考えれば十分可能と思われたが、3日を待たずしてエーベンシュタインの計画を台無しにする事件が起こった。


 「ヴェスターラント虐殺事件」である。
 
 
 
 

 ……TO BE CONTINUED

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 あとがき

 お久しぶりです。前話のように「一年後」の更新にならずに済んでよかったです(汗

 さて、今回は帝国側となりました。内容は、あの事件に繋がっていきます。どうなるのか、とみなさんは思うことだろうと思います。

 次回は17章後編です。帝国編をもう一つ投稿します。それで帝国側は折り返すはず。20章までの終わりが見えてきました?

 続きは書いている途中なので、あまり時間を置かずに投稿できると思います。


2015年月 6月26日 ──涼──

読者さんのアドバイスを受けて一部の表現を修正し、若干の加筆を行っています。

2015年8月1日 ──涼──

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