闇が深くなる夜明けの前に
<外伝>



機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説



『ルリの航宙日誌』
(其の四)




T

 「ふむ、みんな元気そうでなによりだな」

 その声はフクベ提督でした。みんな立ち上がって敬礼しようとしますが、提督が片手で制します。火星で再会したときはウクレレ片手にアロハシャツという姿でちょっと性格が変わってましたけど、食堂に現れた提督はキッチリ軍服を着込み、以前のように落ち着いた雰囲気でした。

 「ここ、よいかのう?」

 「どうぞ、提督」

 ミナトさんがニッコリ笑って提督のためにイスを引きます。

 「うむ、すまんな」

 提督はゆっくりとした動作で座ると、深く被った軍帽の下から片目を覗かせて食堂をぐるりと見渡しました。

 「ふむ、一時はどうなるかと思ったが、それほど落胆はしていないようだな」

 提督はそう言って運ばれて来たお茶をすすりました。心地よさそうに一息ついて私たちに視線を流します。

 「みんないろいろ話をしていたのかね?」

 ふと、そんなことを口にしました。応じたのはミナトさんでした。

 「ええ、まあ何かと騒がしかったですからね」

 「なるほど、たしかにそうだ。こんな騒がしい一日は木星蜥蜴と戦ったとき以上だな」

 提督はかすかに笑ってお茶に再び口をつけました。

 「君達はもう落ち着いたのかね?」

 「そうですね。なんか悩んでいるのがバカバカしくなっちゃいました。ねえ、メグミちゃん」

 「ええ、ミナトさんの言うとおりです。あれこれ落ち込めば帰れるわけじゃありませんし、逆にもうすこしみなさんとナデシコで旅ができるって考えるとなんだか得した気分になりました」

 「二人ともさっきまでうだうだしてたんですよ、提督」

 ユキナさんたちの会話に提督ははっきりと笑い声をあげました。

 「いやいや、すまん。君たちを見ていると嬉しくてな」

 「「「はぁ……」」」

 楽しいではなく、嬉しいってどういうことかな? ミナトさんたちのやり取りが面白かったわけではなく嬉しかったって?

 なんだろ?

 ああ、ミナトさんたちが落ち込んでいなくて、いつもと変わらない様子だったからかな?

 「そうだな。ルリちゃんの言うとおりだ。私は安心できて嬉しかったのだよ。君たちだけじゃない。艦長もプロスくんもゴートくんも、今、食堂にいる全てのクルーが前向きになっていることにな」

 フクベ提督は湯飲みの中を覗き込んでます。となりの私が見た感じでは茶柱が立ってたようです。

 「まあ、君らには長生きしてもらいたい。私はもう、あの瞬簡にわずかでも清算できたと覚悟を決めていたのに、ご覧の通り私は生きていた。だがこうして生き恥をさらすことも悲壮ではないと最近は思う────なんと言ったかな……捨てる神あれば拾う神ありだ。こうして遠い未来にあるのもあながち単なる事故ではないのかもしれんな」

 「と言いますと?」

 「ふむ、そうじゃのう……」

 私たちはその先を聞くことはできませんでした。ちょうどホウメイさんが現れて提督と雑談を始めてしまったからです。

 私たちはちょっと肩透かし気分。

 もしそれが提督の作戦だとしたら、やっぱり人生経験の長さから得られる「年季」ってほんと人を巧にするようです。



◆◆◆

 食堂を後にした私たちはまだ時間があるので、いまだに姿を見せないアキトさんの部屋に寄ってみることにしました。忙しい艦長に代わって様子を見るっていう口実です。

 「ま、艦長の不安を取り除いてあげようかしら」

 ミナトさん、口元がほころんでます。なんか楽しそうです。

 艦長は何度かアキトさんに通信を送ったそうですが、着信拒否になってたみたい。

 「ねえ、ユキナ。あんたアキトくんと一緒にラピス・ラズリの子守してたわよね。あれからどうしたの?」

 歩きながらミナトさんが尋ねると、ユキナさんは疲れきった表情になりました。

 「アキトさんに代わってからあの子の面倒は見てないなぁ……」

 「ちょっとでも代わってあげないとアキトくん、部屋から出れないんじゃないの?」

 「うん。たぶん苦戦すると思ったから何度か足を運んだんだけど、アキトさん“大丈夫”って言うんだよね」

 「いいってなんだろうねぇ……」

 メグミさんが訝しげに呟きます。なんか怪しいってことみたいです。

 「いくらなんでもアキトくん、そっちの属性じゃないから大丈夫でしょう?」

 ミナトさん、言ってから失言だったように手で口を塞ぎました。あれです。なんとなーく言いたい意味はわかります。

 私も少女ですから……

 「あー、あー、ルリルリ勘違いしちゃだめよ。アキトくんは健全な男の子だし、なんと言っても艦長っていう大人の女性の婚約者がいるしね」

 「気にしていませんし、勘違いもしていません。あの子──イネスさんが言うにはアキトさんに強い親心を抱いているみたいですから、きっと離さないんだと思います」

 「そうね、そうね……」

 妙な空気のまま、私たちはアキトさんの部屋を目指しました。

 けれど結局、行けず終いでした。途中、艦長から緊急の通信があって艦橋に引き返す羽目になったからです。





U

 幸いにもナデシコに発生した異常は些細なことで済みましたが、アキトさんの部屋を訪問するのは水を差された感じでタイミングを逃してしまいました。

 非番のミナトさんとメグミさんは部屋に戻りました。ユキナさんはホウメイさんに呼ばれ、整備班のみんなに差し入れをする手伝いに行きました。

 私は艦橋でお仕事です。昨晩、ウランフさんが私たちに提供してくれたデーターの整理がまだ済んでいないからです。

 データーは「光ディスク」っていう円形の記録媒体2枚に入ってます。一つはほとんど軍事関連のデーターです。星系図データー、各宙域データー、艦艇識別コード、艦艇データーです。

 どれも重要なデーターばかりです。これをあっさり提供してくれるあたり、やっぱりウランフ提督はとても親切な軍人さんです。まあ、私たちが敵じゃないってこともありますけど、今後、同盟艦艇と接触する機会も多くなるわけですし、余計なトラブルを防ぎ、相互認識を高めるためには必要ってことです。

 もう一つには同盟さんの歴史データーやその関連データーが入っているみたい。

 「みたい」というのは、今から2枚目のデーターを取り込む作業に入るからです。私はウランフ提督が持ってきてくれた端末機に光ディスクを挿入します。

 ──オモイカネ、よろしくね。

 <<はい、ルリさん>>

 光ディスクって小さいのにとんでもない容量です。データーそのものは高度に圧縮されたデジタルデーターなんですが、ディスク一枚で考えると「私たちの時代の十数倍ある」って感じです。

 本来なら一つのディスクで済むデーター容量ですが、ウランフさん、わざわざ区別しやすいように分けてくれたようです。

 データーの取り込みはあっという間に終わってしまいました。一枚目のデーターを取り込んだときはちょっともたついてしまいましたが、その時のエラーも修正したので今回は余裕で取り込み作業を完了できました。

 昨晩、配線をつなげたウリバタケさんも凄いけど、ウランフ提督と参謀長さんはそれ以上に「オモイカネ」のスペックに驚いていました。

 「こいつは2倍驚いたな」

 「ええ、すばらしいCPですね」

 二人の褒め言葉にオモイカネは気分をよくしたのか、次々に嬉しさを示す表示が艦橋を席巻しました。

 軍人を嫌っているオモイカネですが、ウランフさんたちの素直な人間性には好感を抱いたようです。


 「──ところで提督、昨晩オモイカネが凄いっておしゃってましたが、かなり意外な気もします。僕なら1400年後の方がって想像してしまいますが?」

 今朝、ウランフ提督と基地司令官さんを交えた協議の終わりにアカツキさんが質問をしていました。たしかに普通に考えれば時代が進むほど技術が発展するものと想像しがちです。実際、艦艇とかワープとかまさにそう。

 ──でもそうじゃないみたいです。

 「ああ、オモイカネのスペックのことだね?」

 そう前置きをしてウランフさんは私たちに説明しました。

 「──それはそうかもしれんな。ただ、失われた技術というのはそう簡単に(あらわ)になるものではないんだ。当然、そこには理由が存在するがね」

 つまり、西暦の時代にCPの暴走によって人類は甚大な被害を受けたことがあるそうです。その教訓から、以降、過度な人工知能を搭載したCPは作られなくなったとのこと。
そして、それらの設計図や試作品も封印されたり処分されたり、その後に勃発した二つの大きな大戦によって失われてしまったらしいです。

 いわば「オモイカネ」は、まだ制限がかかっていない時代の超超CPということになるのかな? 「自我」をもつCPはたしかに稀だけど、オモイカネが特別だということに変わりはないようです。

 「そうだな、君らが古代火星人のオーバーテクノロジーに触れたと同じ感覚だと思ってくれればよい。まさに失われた技術に感嘆しているところだ」

 ウランフさんが冗談めかして答えました。なんだか私たちも妙な既視感にとらわれますが、昨晩、それと同じようにナデシコの技術を体験した二人が懐かしそうに艦橋を眺めていた姿を思い出しました。

 いずれもはるかな時間に想いを馳せていたに違いありません。




◆◆◆

 同盟関連データーの取り込みが完了したので次の作業です。プロスペクターさんから同盟さんのデーターをマイクロディスクに焼いてほしいって頼まれてます。枚数的には7枚くらいでしょうか。なんでも重要なとあることに使うとか?

 なんだろう?

 艦長から許可が下りていますので、私はデーターのチェックをしてからコピーを始めました。

 「それにしても……」

 オペレーター席の周りを無数のデーターが回っています。どれもプロスペクターさんに渡す同盟史のデーターです。長征一万光年から始まった同盟さんの聡明期から最近の状況まで、政治・経済・軍事・文化・思想・一般常識にわたる6項目の構成です。

 と言っても難しい内容ではなく、基本的なことばかりかな。

 これらのデーターをウランフさんが提供してくれた理由は一つです。

  私たちは前線監視基地とはいえ、多くの兵士さんの勤務する場所にお世話になります。正体をはっきりと言えないし、かといって黙っているわけにもいかないので最低限の知識を身につけておく必要があります。

 ウランフさんは、私たちが同盟で過ごすために必要な基本的知識をわざわざ提供してくれたわけです。

 ホントにウランフさんは親切な大人です!






V

 データーのコピーが終了した直後でした。不意にアカツキさんがキザな挨拶と共に艦橋に現れて私に依頼しました。

 「ルリちゃん、同盟軍の艦艇データーってもう見られるのかな?」

 「はい」

 「そう。じゃあ、ちょっと悪いんだけど見せてくれないかなぁ、別に隠す内容じゃないよね?」

 「でも艦長の許可は必要です」

 「え? なんで」

 「一応、同盟さんのデーターといっても重要な内容ですし、やたら滅多ら知らずに引き出されても困るってことです」

 「ああ、なるほど。管理上許可は必要ってことだね」

 アカツキさん、すぐに艦長と連絡をとって許可を取り付けました。

 「というわけだから、よろしくね」

 片目閉じられても何も感じませんよ。

 それにしてもアカツキさん、なんだか妙に黒く喜んでいます。単に偏見でそう映るだけかもしれませんけど。

 私は、アカツキさんの目の前にウインドウを開きます。最初に表示したのは同盟軍さんの標準型駆逐艦のデーターです。

 「へぇー、いやはや駆逐艦クラスで全長200メートルとはねぇ。僕はてっきり巡航艦かと思っていたよ」

 次に表示したのは同盟軍さんの標準型巡航艦です。巡航艦クラスでナデシコの全長を70メートルも上回っています。アカツキさんが唸ったのは核融合反応炉エンジンの出力からなるずば抜けた機動力でした。

 「こいつは僕らの時代にあった核融合炉系エンジンとはまったく別物といってもいいねぇ……」

 「はい。エネルギー効率で20倍、出力で30倍も違います」

 「はぁ……これじゃあ相転移エンジンも形無しじゃない。あの時、相転移エンジンは臨界点まで達してかなりのスピードだったていうのにねえ……」

 アカツキさんは、ため息をついてうつむくと何やら右手で頭をかき回しました。

 というのは、ナデシコを襲った帝国軍の巡航艦(みんな戦艦だと思ってましたが)は、ナデシコを拿捕するために「手加減」していたんじゃないかってことです。

 ウランフさんのお話だと、同盟と帝国の技術に大きな格差はないとのこと。ともすれば機動力は同盟軍さんの艦艇と同じと考えていいわけです。

 「まったく、亜空間跳躍エンジンといい新世代の革新的な核融合反応炉エンジンといい……」

 もう一つ、アカツキさんが唸ったのが各艦艇の最大射程距離でした。

 「巡航艦の最大射程が500万キロねぇ……」

 これが標準戦艦だと600〜800万キロ。艦隊旗艦級だと最大のもので1200万キロになるみたいです。

 しかもまだ射程距離は伸びてるみたいだし……

 「ナデシコはもとより地球連合のどの戦艦も相手を見ずして撃沈されるね……」

 そうです。月のずっと向こうからわけもわからず砲撃食らうようなものですからね。地球連合はおろか、ボソンジャンプできる木連の兵器だってどうだか──ボソン砲があってもねぇ……

 いくらディストーションフィールドが強力で、たとえ中性子ビーム砲を防げたとしても、はるか先から砲弾直径が最低120センチのレールキャノンを光速の数パーセントまで加速した状態で打ち込まれたらひとたまりもありません。

 物理的に限界というのは存在するわけです。無敵の防御なんてないってこと。

 事実、ナデシコのエンジン損傷は帝国軍の巡航艦から放たれたレールキャノンによって被ったわけですし……

 最初の一撃で撃沈されなかったのが幸運というか不思議というかなんというか……

 「ほんと、やってくれるよね……」

 アカツキさん、呟いてうつむいちゃいました。きっと自分が行ってきたことが世界を牽引すると信じていたのにボソン技術はおろか相転移エンジンも定着せずに消えてしまったんですから、大企業の会長さんとしてはなんとも惨めな気持なのかもしれません。

 ──と思っていたら、

 「なんか嬉しいよね。いろんな意味で」

 あれ? なんか拳を握り締めて感無量って顔して喜んでます。

 なぜだろう?

 「そうだねぇ、僕らの目論みは崩れちゃったのかもしれない。けれど人間の創造の追求って偉大だなぁと思うんだ」

 アカツキさん、かっこいい台詞をそのまんま真顔で言いました。

 それにしても意外に前向きです。顔つきからしてまた何か企んでなければいいんですが……

 その後も同盟軍艦艇の閲覧は続きました。同盟艦艇がなぜ縦長の長方体をなしているのかなど、その戦術理論に沿った兵器思想にも大いに感心していました。つど一喜一憂するアカツキさんはほとんど子供です。

 「いやあ、それにしても艦隊旗艦級のスペックは半端じゃないね。管制CPはオモイカネほどじゃないと思うんだけど最大3万隻も統制運用可能だなんて凄いことだよ。そのぶんもったいないねぇ」

 私は、艦長たちがウランフ提督と会見中に同盟艦艇をハッキングしました。まあ、いろいろと事情があったわけで──といっても小型艦艇ですが、駆逐艦一隻のメインCPを抑えた時間はおよそ15分。

 慎重を喫したこともあり、地球連合軍所属の駆逐艦と比べると6倍くらいの時間を要しましたが、1400年あまりの時間を経ても「オモイカネ」のスペックが高いことがわかります。まあ、オモイカネが異色といえばそうですけど……

 「本来ならオモイカネと同じ性能のCPも作れるってことですか?」

 「そうだね。でも今はムリなんじゃない? ウランフ提督が言ってたでしょ、CPによって引き起こされた事故で人類は甚大な被害を受けたってね。
 その過ちを二度と繰り返さないよう、それまで研究されていた超人工頭脳の全ては抹殺されてしまったみたいだし、一度失われた技術が簡単に復活できないのはまさに古代火星人の遺跡を発見した僕らと同じことで難しいんだろうね」

 「でもネルガルはナデシコを建造しましたよね?」

 アカツキさんは「ルリちゃんらしくない質問だね」と言いながら人差し指を左右に振りました。キザ丸出しです。

 「ルリちゃん、最初に火星の遺跡を発見して実際にナデシコが建造されるまで20数年もかかっているんだよ。それに解析されたのはまだ一部だけだしね。僕らは遺跡を発見したけど、そのテクノロジーの全容を解き明かしてはいないんだよ」

 アカツキさんは、私が何か言うより早く「あっ!」と小さく叫んでから考え込んじゃいました。

 「どうしました?」

 最初、私の声は届きませんでした。

 「アカツキさん?」

 2回目でようやくアカツキさんは我に返り、私の顔を見るなりごまかすような笑顔を向けてきました。

 「ああ、いや何でもないんだ……ちょっと気になることがあってね」

 言葉の内容に矛盾があります。

 私がじっと見つめると、アカツキさんは誤魔化せないと悟ったのか「やれやれ」と降参気味に呟きました。

 「ちょっと疑問が浮かんだんだけど、ボソンジャンプや相転移の技術が使われていないってことはさぁ、今この時代にある極冠遺跡ってどうなっているのか気になったんだよね」

 「この時代ですか?」

 「そうそう。だってさぁ、いくら地球が辺境になったからってあれはあれでものすごい発見でしょ?」

 「ええ、そうですね?」

 私は肯定したものの、語尾は疑問系になってます。なにかが頭に中で引っかかったからですが、もやもやのままでした。

 だけど、アカツキさんも話を広げたりはしませんでした。

 「ルリちゃん、西暦のデーターってあるのかな?」

 「いえ、ありません。宇宙暦のデーターだけです」

 「そう……」

 アカツキさんは残念そうに呟いてデーター閲覧に戻りました。たぶん、自分が勝ち取ったはずの栄光があっさり瓦解してしまった原因を知りたかったんだと思います。

 「ま、だいたい想像はつくけどね」

 まるで私の思考を読み取ったようにアカツキさんは唐突に声を出しました。私の驚く顔をみてにやりと笑うところなんか憎らしいです。

 アカツキさんは私に自説を語りました。相転移エンジンを上回るか革新的な核融合反応炉エンジンの登場と亜空間跳躍エンジンの発明によって極冠遺跡に残されていた技術が見向きもされなくなったんじゃないかってことです。「限定」より「万能」のほうが強いのは自明の理です。

 「僕らはそのおかげで人類の大躍進を見る事になったけどねぇ……」

 なんとなく負け惜しみに聞こえるのは気のせい?

 どれくらいの期間ネルガルが天下取っていたのか、後を継いだ人間として気になるっていうのはわかりますけど……

 アカツキさん、咳払いをして私に次のデーター表示を依頼しました。

 「たしか、最新の旗艦級戦艦のことをウランフ提督から聞いたけど、それのデーターってあるのかな?」

 「はい、一応艦艇データに含まれていました。ですが公式に発表されたものではないので詳しいデーターではありません。おおよその諸元のみです」

 「それで十分だよ。さっそく表示してくれるかい?」

 「はい」

 私は、アカツキさんの目の前に最新の次世代型旗艦級戦艦のデーターを表示しました。アカツキさん表示されるなり目を丸くしています。感情を表すように口笛まで吹いちゃいました。

 「なんというのか、こいつはまた強力な仕様だねぇ……」

 アカツキさんが見ているのは「型式名FBB―40トリグラフ級戦艦」のものです。それまでの同盟旗艦級戦艦「アイアイース級」とは違った三又のような艦首をもつ完成イメージと全長や全高といった基本性能が表示されているだけですが、十分驚きに値する仕様です。艦首中性子ビーム砲は80門もあります。口径は25センチ級って……

 「推定予定最大跳躍距離が400光年前後か……」

 アカツキさん、ふうと大きくため息をついてから悔しそうに指を鳴らしました。

 「ボソンジャンプはイメージ伝達がしっかりしていないと齟齬(そご)をきたすことが弱点といえば弱点だ。別の意味だとイメージ伝達がしっかりしていれば同盟艦艇の最大跳躍能力をかるく凌ぐはずなんだけどねぇ……」

 「でも」と続けて言葉を切ったのは、「理論」が【成功した既存の技術】に対して無意味な言い訳だと悟ったからかもしれません。

 「やれやれ、この技術を僕らの時代に持って帰りたいねぇ……」

 アカツキさん、言ってから失言だったと思ったのか口を手で押さえました。やっぱりいろいろ企んでいるみたい。

 私が視線を向けると、アカツキさんは咳払いをして別のことを口にしました。

 「ところでルリちゃん、僕らは戻れると思う?」

 話題転換には強引ですが、私も追及する気がないので乗ってあげることにしました。

 「方法は私にはわかりませんけど、きっと戻れると思います」

 「そうだね。すぐに戻れるならいいんだけど、あまり時間が経っちゃうとこっちでの生活が板についちゃうかもね。その前に戦争に巻き込まれるという事態もあるね」

 「でも艦長はみんなに約束しました。戦争には介入しないように努力するって……」

 「そう、努力するとは言ってたね」

 アカツキさんの口調が意地悪に感じるのは気のせいじゃありません。私も──きっとみんなも不安だからです。

 「ま、このまま滞在が長引けばどう考えても同盟軍に属することになるよ。ユニットが直るまでナデシコ単艦で放浪なんてまったくの無茶だからね。当然、帝国側に亡命なんてありえない。フェザーンという惑星は中立国みたいだけど元は帝国領だし、そもそもナデシコを捨てるわけにはいかないからね」

 アカツキさんが何を言いたいのかよくわかります。ナデシコは戦艦という「兵器」です。それも1400年の未来にあってその技術は色あせていません。そして私たちがジャンプアウトした未来は二つの勢力が銀河を二分して戦争をしている世界です。

 戦争に介入しない方法はあります。ですがそれは「ナデシコを降りる」ことにほかなりません。人殺しをしたくなければ選択としてはそれが正しいとわかっていても、ナデシコ──私たちの故郷を失うことは、結局のところ元の時代に戻ることをあきらめろってなるわけで……

 いろいろな感情やら複雑な事情やらが絡まっていますから、開き直った行動がとれないこともありますし、木連に演算装置を渡さなかったのは、私たちはただの博愛主義者じゃないからでした。

 ですが、もしいずれかを選択しなければならない瞬間が来たとき、私は私自身の決断に後悔だけはしたくないと思っています。

 「ルリルリ、お疲れ様。交代するね」

 艦橋にミナトさんとメグミさんが姿を現しました。いつの間にか交代の時間になっていたようでした。

 「あれ? アカツキ会長、なんでここにいるの?」

 ミナトさん、アカツキさんが視界に入るなり「意外」みたいな発言です。もちろんアカツキさんは困惑顔です。

 「たいした事じゃないよ。ちょっとルリちゃんに頼んで同盟軍の艦艇データーを見ていただけさ」

 「ふうん、それってネルガルの会長として?」

 「それもあるけど大半は個人的に大いに興味があるからさ。あれだけの規模の艦隊を見せられたら誰だって興味が湧くものさ」

 と答えてアカツキさんは私にデーターを閉じるように依頼しました。去り際に「データーほしいなぁ」ってわざとらしく呟きます。

 「艦長の許可必要ですから」

 私はそっけなく教えてあげました。アカツキさんは肩をすくめ「OK、OK」と言って艦橋を退出します。


 入れ替わりにミナトさんとメグミさんが席に着きました。

 「じゃあ、ルリルリ交代ね。ゆっくり休むといいよ」

 「はい、ありがとうございます。失礼します」

 私はペコリと頭を下げて艦橋を後にしようとしました。

 でも、ふと思い出したことがあったので足を止め、ミナトさんに尋ねました。

 「艦長はアキトさんの部屋に寄ったんでしょうか?」

 返答は「否」でした。艦長はお昼を食べてからプロスペクターさんやイネスさんとミーティング後、機関室に様子を見に行ってから次の交代に備えて仮眠を取っているとのことでした。

 「ああ、それからね……」

 ミナトさんが、もう一つ知りたいことを教えてくれました。

 「アキトくんだけど大丈夫みたいだよ。お昼過ぎにホウメイさんが差し入れに言ったらラピスちゃんと一緒にゲキガンガー見てたみたいだから」

 「ゲキガンガーですか?」

 「そうそう。アキトくんたらゲキガンガーなんか卒業した! なんていってたくせにやっぱり割り切れないんだね」

 アキトさんにとって「ゲキガンガー3」は経典のような存在でした。でもその最終回にゲキガンガーが示した思想に失望し、ゲキガンガーの全てを否定したはずでした。

 でもアカツキさんに諭され、今、この銀河で進行しつつある現状を知って少なからず葛藤があったのかも。

 または「友情」「熱血」「正義」──物語が示した意味をもう一度見極めてみようと考え直したのかもしれません。

 「アキトさんも悩んでいるんですね……」


 こうして銀河の片隅における私の一日は無事に終わりました。交代したあとは普通にご飯食べて普通にお風呂に入って普通にパジャマに着替えて──

 そして今、ベッドにもぐりこもうという直前です。

 明日は早いですから、この辺で終わりです。

 ──じゃあね。



 
 ……TO BE CONTINUED

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 涼です。前話の続きです。容量がでかくなったので分割しました(エ

 さて、前回とは違い今回はほとんどすっとばした場面ばかりです。個人的にはなぜか短いけどフクベ提督の部分がお気に入りw

 また、今回は分割した関係で挿絵がありません(謝
 

 2010年6月1日──涼──

 微調整および誤字等の修正をしました。
 2011年6月2日──涼──


 (異名募集の記述は削除しました)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 メッセージ返信コーナー

 ここは作品に対していただいたメッセージの返信コーナーです。

 メッセージをいただいた方には心より感謝いたします。

  2010年05月28日15:57:22

 某実況板にてこちらの存在を知り、たいへんに楽しく読ませて頂きました(個人的にはユリカとアカツキの評価がやや高いかなーと思いましたが。ちなみにそのスレのタイトルは銀河帝国で一番のハンサムはメックリンガーでしたw)。実にいい所で一部終了ですね、ヤンファミリーとナデシコファミリーが本格的に絡むであろう第二部が今から楽しみであります。やはり気になってしまうのはヤンファミリーにおいてもっともナデシコの空気に近い男、ポプランの動向ですね〜、天才パイロットとしてはエステバリスに無関心ではいられないでしょうし(乗らせろーなのかスパルタニアンでリョーコ辺りとデートをかけて模擬戦か…個人的にはポプランとコーネフの専用エステバリスとか見てみたいですが、部隊長である二人だけ別系統の機体だとやはりスパルタニアン隊の運用に無理が生じますかね…(^_^;)
願わくばエステバリス隊との邂逅がコーネフにとっての生存フラグになりますように…


>>>メッセージをありがとうございました。某実況版ですかw ちょっと覗いてみましたけど、みなさん大なり小なり銀英伝ファンですよね。レスが1000まで続けば良いですね。

 ポプランは、もちろんエステバリにもリョーコたちにも無関心ではいられないでしょう。ポプラン流の手腕を駆使してもぐりこもうとするに違いありません。それに引きずられるというか成り行きのコーネフの今後も見ものでしょうねw


 2010年05月28日22:3:16

 別視点での外伝で面白いとは思いますが…
あまり本編そっちのけで外伝にのめり込まないよう頑張ってください


>>>第一部終了後、リアル事情で外伝の執筆自体が遅れてしまい、その分、本編の構想と執筆も大幅に遅れてしまいました。第二部は第一部以上に政治的な面が濃くなるため、一部以上に構想を練る必要があります。考える時間が足りなかったこともあり、第二部が遅れています。

外伝も全6話なので、それが終わるころには本編に入れるかと思います。
それまで、もうしばらく外伝にお付き合いください。


以上です。今回の外伝にもメッセージ&ご感想をお待ちしています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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