―――10歳にして菓子に動かされ、20歳にしては恋人に、30歳にして快楽に、40歳にしては野心に、50歳にしては貪欲に動かされる。 いつになったら人間はただ知性のみを追って進むようになるのであろうか。
さて、俺は何に動かされているのだろうか?
少なくとも知性を追ってはいない事は確かだ。
なにせ身を置く場所は、最も苛烈で残酷な場所。
つまりは戦場なのだから。








SIDE:レナード


朝だ。
知らない天井………もとい、何時も変わらぬ大空だ。
ふと、こういう風に野宿するというのも玉には良いかもしれないと思う。
変な話だ。
危機的な状況なのに、俺という人間はこんな能天気な事を考えられるらしい。
いや、もしかしたら、こんな時だからこそ、考えるのかもしれないが。

「やっと起きたのか。」

冷たい声がかかる。
どうやら捕虜の女は、既に目覚めていたようだ。

「早起きだこと……。」

皮肉を言いつつ、ぐっと体を伸ばす。
うん、問題ない。

物陰に置いておいた軍用の非常食を出す。
そして食べる。

うん不味い。
流石は軍用、それも非常食。
非常時以外は絶対に食べたくない味だ。

「…………………」

「食うか?」

「食べない!」

即断しなくてもいいだろうに。
ブリタニアの兵隊の施しは受けない、っていうところか。
なにか「ぐっ〜」という音がしたのは聞かないでおいてやろう。
指摘したら、余りにも哀れだ。

「さてと、それじゃあ早速だけど、昨日の続きといこうか。」

「昨日の、続きだと?」

「楽しい楽しい"おはなし"の時間だ。
ああ。肉体言語での"おはなし"じゃないから身構えなくていいって。」

「誰も身構えてなんかいない。」

「ならいいけど。」

相変わらず気の強いお人だこと。
顔はタイプなんだけどなあ。
真っ青でサファイアみたいな瞳といい、太陽の光を反射して輝く髪といい、ルックスも今まで見た女性の中でも五本の指には入る。
だけど悲しい事だけど、こいつ敵兵なんだよな。

「それで、名前は?
何時までも捕虜Aじゃ格好がつかないだろ?」

「…………教える必要がない。」

幾ら女性に優しくをモットーにしてる俺でも少しカチンときた。
いいさ。お前がそういうつもりなら、

「そうか。じゃあお前の呼び方は俺が勝手に決める。
そうだな、これから俺はお前の事をゴンザレスと呼ぼう。」

「おいッ!」

「どうした、ゴンザレス?
そんなに怒って。」

「ゴンザレスはなんだ、ゴンザレスは!
もっと違うのにしろ!」

「そんじゃあ、名前くらい教えてもらおうか。
別に、名前を明かす事ぐらいなら、どうってことないだろ。」

「…………フランカだ。」

「フランカ、フランカっと。
よし覚えたぞ。
それで、俺としてはここら辺りの地理やら敵陣の情報やらを教えて欲しいんだが?」

「誰が教えるか!」

「だよな。そういうと思った。」

その答えは分かりきっていた。
あんなに全身から拒絶のオーラを漂わせる捕虜………フランカがそんな簡単に口を割る筈がないと。
本当なら此処で拷問タイム(ルキアーノなら嬉々としてやりそうだ)となるのだが相手は最悪な事に、好みのタイプど真ん中なやつ。
情けない事に、殺すだけならまだしも拷問する度胸がない。
……………これじゃあチキンだな、俺。

「さてと、じゃあ他には階級、そしてどこの部隊所属?」

「ふんっ!」

これも駄目か。
手始めに、答えても大した事のなさそうな質問をピックアップしてみたのだが。
ならここは、

「なあ、一つ取引をしないか?」

「取引?」

「そうだ。フランカ。
お前が俺に情報を話したら、捕虜としては最高の扱いをするよう打診しよう。
なんなら、戦争が終わって直ぐにでも解放してもいい。
どうだ、悪くない条件だろう。」

「論外だ。」

「理由を聞かせて貰っていいか?」

「先ず一つ。
戦争が終わったら解放するだって?
馬鹿を言うな。
戦争が終わったら直ぐに解放されるに決まってる。
勿論、EUがブリタニアを完全に屈服させてな。」

「…………そうか、そうだよな。
まあお互い自分達の勝利を信じてなきゃ戦争なんてやってられないわな。
それで、まだあるんだろう?」

「ああ。そして二つ目。
私を安く見るな!
最高の待遇?
そんなもので、味方を売るような真似を、この私がするとでも思ったか!」

嘗てない怒声が飛ぶ。
よほど、俺の言った事が頭に来たのだろう。

「はぁ〜。駄目、か。」

さっきので色々と諦めが付いた。
仕方ない。
自力でなんとかするとしよう。
どうせ、最初はそうするつもりだったことだし。

「さてと、じゃあ尋問おしまい。
俺は少し食休みでもする。」

これからどうするか?
幸いグロースターはまだ動く。
やはり移動するべきだろう。
こんな所に居ても仕方ないし、本隊と合流出来ればなんとかなる。

だけど、もし本隊に帰ったらどうなるかな。
コーネリア殿下のことだ。
帰ってきた俺を見て「戦闘中に本隊から離れるとは何事だ!」と怒鳴られるかもしれない。
厳しいお人だからな、あの方は。

「………おい。」

突然フランカが話しかけてきた。

「どうした、いきなり?」

「お前………本当にブリタニアの兵士なのか?」

「いや、ご覧の通り。」

自分の体を見る。
どっからどう見ても、ブリタニアのKMFのパイロットだ。

「いや、そういう事じゃなくて。
なんだか、私のブリタニア軍のイメージとお前が少し違ったから……。」

「イメージねえ。
興味があるな。
フランカはどういうイメージをもってたんだ?
ブリタニア軍人に。」

「そうだ、な。
自分主義で傲慢で、他国人の事を馬鹿にしてる腐った奴等。
そんな感じだ。」

「まあ、そういうのもいるな、確かに。」

事実、俺も軍人になって直ぐの時は、多少他国人をブリタニア人より劣った人種と見下していたところがあった。
尤も、そんな偏った思想は明らかに上官だったブリタニア人より格上のイレヴンによって破壊され尽くされたが。

「だけど、悲しい事に、俺は他国人に自分より上の奴がいるって知ってるからな。
たぶん、平均的なブリタニア人より差別意識は薄いんだろうな。
あと自分主義っていうのは偏見だ。
そんなの、どこの国にだっているだろう。
別にブリタニアだけにいるわけじゃない。」

「そうか。」

「ああ。
んじゃあ質問に答えたお返しを貰おうか。」

「なに!…………情報はやらないぞ。」

「別にそうじゃないって。
今のどうでもいい話に、EUの情報と同等の価値があるだなんて思っちゃいないさ。
別に、そう、大した質問じゃない。
当たり障りのないものだ。」

「なら、構わない。
それで何が聞きたいんだ?」

そうだな。
いざ質問するとなると、何を質問したらいいか分からない。
少し頭を捻らせて、ふと思いついた疑問を投げかけてみる。

「フランカは、どうして軍人になったんだ?
別に他にも幾らでも就職先はあったんじゃないか。」

「……祖国を守る為だ。
侵略者のブリタニアからな。」

「祖国を、守るねえ。
立派な志望理由だな。」

「そういうお前はどうなんだ。
どうしてお前は軍人になったんだ?」

俺が軍人になった理由?
そうだな、簡単に言えば、

「別にお前のように高潔な意思があったわけじゃない。
ただ、軍人になる事しか将来の夢が思いつかなかった。
士官学校に入って直ぐの時は、安易に軍人という道を選んだ事を後悔もしたけど。
たぶん、悩んでも最後に選ぶのは一つだっただろうな。」

それが答えだ。
父親も軍人で姉も軍人という道を選んだ。
だからこそ、子供の頃からの夢は、父や姉のような軍人となることだったし、
たぶん、それは今でも変わってない。

「そんな理由、なのか。」

驚いたような顔。
もしかしたら、俺がなにかご立派な理由を言うとでも思ったのだろうか?
そうだとしたら残念だが、ご期待には沿えそうにない。

「在り来たりな理由だな。」

「ああ。俺もそう思う。」

何故かお互い同時に溜息がつく。
どうしてか、吸った事もない煙草が欲しい気分だった。


だけど、本当にこれからどうするべきなのだろう。
例え本隊と合流したとして、こいつをどうすればいいのか。
正直――――甘い事を言っているのは分かっているけど―――彼女には死んで欲しくない、そう思う。
だから、こんな提案をしていた。

「なあ、フランカ。
おまえブリタニア人にならないか?」

「んなっ!
どういう事だ!
私が、ブリタニア人にだと!?」

「驚く事じゃない。
こう見えて俺はそこそこの貴族の長男だ。
それなりのコネもある。
一人の人間を、ブリタニアに紛れ込ませる事くらいならなんとかなる。」

「また取引か?
だけど答えは変わらない。私は――――――――」

「違う。」

そう、これは、

「取引なんかじゃない。
別に情報を喋らなくていい。
どうだ、これなら。」

「冗談言ってるつもりか?
だとしたら笑えないから止めてくれ。」

まあそう思うだろうな。
普通なら。

「そうだな。
普通、こんな虫のよい条件なんて出す筈ないよな。
なんたってブリタニアの国籍が欲しい奴は幾らでもいる。
特に植民地エリアのナンバーズは。
だけど俺は、お前にブリタニアに入って欲しい。」

「はぁ?
一体どうして?」

「さぁ、何でだろう?」

ブチィ、と何かが切れたような音が聞こえた気がする。
フランカは怒っていた。
人目で分かるほど、真っ赤になって。

「あんた、もしかして舐めてるの?」

「いやホントそう思うよな。
自分で考えても、さっきの発言はなかったと思う。
たっく、俺は馬鹿か……。」

頭を抱える。
何やってんだ、俺は?
なんだか調子狂いっぱなしだ。

「訳の分からない奴。」

「そうだな……俺は、訳の分からない奴だ。」

「そうだ、お前の名前は?」

「…………昨日、教えたよな。」

「仕方ないだろう!
あの時は、お前の名前なんて如何でもよかったんだ!」

「ひでえ。」

およ。待てよ。
そうなると、今は俺の名前が、如何でもよくはないのか?
だとしたら………いや、それは考えすぎだな。

「レナードだ、レナード・エニアグラム。」

「レナードか。
覚えたぞ、その名前。」

「そっか。」

ここが戦場だという事すら、忘れて笑いあう。
ほんの僅かな時間だけ、互いの国の事を忘れて。




だが、後になって思えば、俺はさっさとフランカを殺しておいた方が良かったのかもしれない。
そうしていたら、少なくとも――――――――――。



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