―――誠の恋をするものは、みな一目で恋をする。
思えば、俺が彼女を目にした時、既に俺は恋をしていたのだろう。
一目惚れ、口に出すと恥ずかしい。
しかし、同時に紛れもない事実ではあった。
『恋は盲目』という言葉は、少なくとも自分にとっては真実であった。
だが軍人であらんとするならば、盲目の目を正さなければならない。









SIDE:レナード


「動くな。」

銃口は真っ直ぐに俺の心臓を狙っている。
少しだけ、落ち着きを取り戻してきた。
よく見れば、フランカは最初の時と全く同じではない。
若干の、震えがある。

たぶんだが、
フランカは最初に出会った時なら、そんな震えは絶対にしないと思う。
事実、拘束する際にも屈服したと見せかけて反撃の用意を整えていた。

希望的な観測だが、迷ってくれているのかもしれない。
俺がした提案「ブリタニア人にならないか」というものを。
だとしたら、説得できるかもしれない。

「銃を下ろせ。
先ずは落ち着け。」

「………………」

「もし、俺が見たという小隊の事を期待しているなら意味はない。
既に、壊滅済みだ。
それに俺の殺した所で、あのグロースターは動かないぞ。
なにせフランカにはIDが分からないだろ。」

「関係ない。」

「なに?」

「関係、ないんだ!
そんな事は!!」

絶叫が木霊した。
それは心の底からの叫びに思えて、どことなく悲しかった。

「お前は、ブリタニアの軍人で、私はEUの軍人だ。
答えろ。
どうして私を殺さなかった、拷問しなかった!どうして、私をブリタニアに誘ったりした!」

「それは…………」

いい加減、自分の本心くらい分かっている。
頭では、そうする事が正しいと、そう理解はしていた。
だがどうしても行動には移せなかったのだ。
最初は自分の頭がおかしくなったのかとも思った。
しかし違った。

なんの事はない。
ただ、一目見た彼女が、どうしようもなく綺麗で。
そして話をして、たぶん、完全に、好きになったのだと思う。
軍人としての責務から、目を背けてしまう程に。

「…………………」

彼女は答えを待っている。
ただ、静かに。
罪を受け入れるかのように。

ここで正直にならないと一生後悔する。
そう感じた。
だから、

「それは、お前の事が………好きになったから。」

「そうか。」

短い一言。
しかし、そこにどれほどの感情が込められていたのかは、俺には計り知る事は出来ない。
ただ。彼女の痛ましい表情が、辛かった。

「だけど、やっぱり駄目だ。」

「!」

「私はEUの軍人なんだ。
そして、お前はブリタニアの軍人……。
レナード。お前はこれからも、私と同じ国の人間を殺すんだろ?」

「ああ。」

否定は出来ない。
俺はブリタニアの軍人だ。
フランカの言葉を否定する事は、自分が軍人ではないと言う事と同義なのだ。

「たぶん、最後だから言うよ。
私もお前の事が好き、なんだと思う。」

「そうか、なら――――――――」

フランカが俺を好きじゃないというなら、諦めるつもりではあった。
無理矢理、自分の権力で彼女を自分の物にする事も出来るが、それはしたくなかった。
彼女を自分の物にしたくはあるが、同時に彼女に悲しんで欲しくない。
矛盾した感情。
自分でも、よく分からない。

「でも、無理だよ。
私は絶対に、お前と一緒には行かない。」

「そんな、」

そんな事はない、そう言おうとしたが、

「父親なんだ!!」

その一言に完全に、呆然としてしまった。

「な、に?」

「父親なんだよ。
お前が討つと言ったEUの軍人。
テオ・シードは、私の父親なんだよ!!」

俺の思考は、完全に凍りついた。

「そんな、馬鹿な――――――――。」

「本当だ。
フランカ・シード。
それが私の名前だよ。
部隊の仲間は、お父さ……シード将軍と区別する為に、ファーストネームで呼んでたけど。」

フランカが、EUの名将シードの娘、だって。
そんな、どうして―――――――――

「お前がブリタニアの軍人として戦うなら、お前は私の父親を殺すかもしれない。
だから、お前は!」

フランカの銃を握る手に力が篭る。
真っ直ぐに構えられた銃身は、引き金を引けば必ず俺の命を奪い去るだろう。







――――――そう、弾が入っているならば。

自分の銃は弾薬も含めて全て持っていった。
幾らなんでも武器を、捕虜のいる所へ置いておくマヌケはしない。
だから、フランカの持っている銃は、彼女が元々持っていたEU製の銃。
そしてその銃からは、既に弾を抜き取っている。

つまりフランカが、引き金を引いたところで、無意味。
彼女の銃は、誰も殺す事は出来ない。

ならば彼女に、その事を話して、
駄目だ。そんな事をしたら、今度は武器を捨て、自らの体を武器へと変えるだろう。
どっちにしたって現状は変わらない。

ならば、もう一度捕虜にすれば………。
だが捕虜にしてどうするというんだ。

だけど、それでも――――――。

「言っておくが、私は捕虜にはならない。
なるくらいなら、舌を噛み切って自害する。」

「なっ!」

「私が人質になったら、おと………将軍に迷惑がかかる。
そうだ。これが正しかったんだ。
私とお前は最初から敵同士………。
これが本当の関係だ。」

たぶん、理由はそれだけじゃないだろう。
彼女は許せないのだ。
父親を殺すかもしれない男を、俺を好きになってしまった事を。
だから、自分で俺を殺して、区切りをつけようとしている。
だから、退路を断った。捕虜という逃げ道を自ら塞いで。
芯が強いのだろう。
心の底からそう思う。




………俺は、どうすれば。
軍人として、ならば最も正解なのは捕虜にする、なのかもしれない。
なにせ相手の将軍の娘だ。
利用価値はある、かもしれない。
殺す、というのも一つの選択肢だ。
捕虜として生かすならば、最低限の食事も用意しなければならないし、今の孤立した状況だと色々と普段はないリスクもある。




『お前は将来このエニアグラム家を継ぐ事になる。
しかし貴族ではなく、軍人として軍務に就くときは、ただ帝国の剣である事を心掛けろ。
決して、軍務に私情をまじえるな。』

父上…………

『アハハハはっ!そうか、私と同じように騎士を目指すのか!
大いに結構だ。
だけど忘れるなよ?
戦場で腑抜けていると、逆に殺られるぞ。』

姉上…………

『なぁ、レナード。
お前の一番大事な物はなんだ?
それは命だ。
その大事な物を奪い合うのが、戦場だろう。』

ルキアーノ…………

『お前が軍人?
止めておいたほうがいいんじゃないか。
どうせ、お前なんか命令違反で直ぐにクビにされるぞ。』

ルルーシュ………

『私が人質になったら、おと………将軍に迷惑がかかる。
そうだ。これが正しかったんだ。
私とお前は最初から敵同士………。
これが本当の関係だ。』

フランカ…………




そうだ、最初から分かっていた事だった。
騎士なんていうのは、色々と飾っているが、実態は唯の殺人者だ。
それは事実。

だからこそ、俺はその真実から…………目を背ける。
あれは命令だった。
あれは仕事だった。
やらなければならなかった。
騎士としての使命。
軍人として当然の責務だ。
あらゆる言い訳で、自分を正当化する。
そうしなければ、軍人なんて、やってられない。

命を背負うなんて出来ない。
俺は、そんなに強くない。
だから………。


「なぁ、こういう時さ。
三流の映画とかだと『それでも、君は殺せない』だとか言って、お互い軍から大脱走。
逃げた先の浜辺でキスしたりして、終わるんだろうな。」

「そう、かもしれないな。」

「だけど、これは映画じゃない。」

銃を取り出す。
照準はしっかりと、彼女の心臓。

「だから、俺はお前を殺す。
――――――最後の警告だ、フランカ・シード。
武器を捨て投降しろ。」

最後の確認。
いや、俺にとっては一つの合図かもしれなかった。

「断る。私は投降はしない。」

「そうか、なら―――――――――」

互いの指が引き金にかかる。
もう、迷いはない。

カチャっ

タンッ

二つの音が響き渡った。
一つは引き金を引いただけの音。
そしてもう一つは、紛れもない銃声。

フランカという少女の体がゆっくりと倒れる。
最後に何か、一言呟き、そして、



―――皇暦2016年11月10日、午後8時51分。
テオ・シードの愛娘であり、レナード・エニアグラムが心を奪われた女性は、永遠にその瞼を閉じた。



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