―――両軍の力が拮抗する時はより悲観的な者が勝つ。
悲観的なもの………成る程。
確かに悲観的な人間は敵の戦力を過小評価しない。
寧ろ過大評価するだろう。
だが、それだけでは勝敗分からない。
戦場とは常に表情を千変万化する生き物のようなものだ。






レナード・エニアグラムのエリア11での仕事はそう多くない。
一応エリア11に派遣されている形となっているが、ナイトオブラウンズというのは、その立場上、通常の指揮系統から独立した自由部隊でもある。
彼らを縛れるのは唯一絶対の主君である皇帝のみ。
或いは皇帝の勅命により一時的に指揮権を与えられた者だけ。
つまりこのエリア11においてレナードとは客将という立場であり、また軍人気質である為か積極的に政治には関与しようとしない。
平常時の仕事といえば、カスタムグロースターの調整についてアイディアを出したり、それこそ学業というのもある。
だが、それは平常時の場合というだけであって、全く仕事がないかというとそうでもなかった。

「ユーフェミア副総督の…護衛ですか。」

「そうだ。」

レナードを呼び出したコーネリアは一番にそう言った。

「私はテロリストの鎮圧や駐屯軍の建て直しで時間がない。
今後、総督主催のものを除いた物以外は全て副総督に出席して貰う事になる。」

「成る程。今、このエリア11は腐敗しきっていますから。」

最初にレナードがその事実を知った時は驚いた。
汚職、コネ人事、賄賂、etc………。
種類は様々だが、なによりも驚いたのはその量である。
はっきりいって一々処罰するのが馬鹿らしく感じるほど途方もない量だ。
それだけの数の実力のない人間が、親や家柄の力だけで上にいくのである。
今までエリア11が衛星エリアに昇格出来ないのもある意味において当然といえるかもしれなかった。

「といっても私がお前に命令する事はできんがな。
出来るのは、総督の名においてナイトオブツー、レナード・エニアグラム卿に依頼する事だけだ。」

悪戯気にコーネリアが言った。
レナードは肩をすくめる。

「ご冗談を。喜んでやらせて頂きます、殿下。」

コーネリアは満足そうに頷くと、執務室を出て行くレナードを見送った。
そして、コーネリアはレナードがいなくなったのを確認すると、小さく誰にも聞かれないような溜息をついた。




総督代理といっても、別にコーネリアに変わってユーフェミアが軍の全指揮を担い、ナイトメアに騎乗して戦うという訳ではない。
確かにユーフェミアも皇族の義務として、KMFの騎乗訓練は受けているので一通りは乗りこなせるが、それはあくまでも並み。
コーネリアのようなラウンズ級の実力ではない。

つまり、ここでいう代理とは美術館の完成記念パーティーや大会などの開催宣言、医療施設の訪問など比較的平和なものだ。

「で、では。わたくしユーフェミア・リ・ブリタニアの名において今大会の開会を宣言させて頂きます。」

達者とはいえない演説。
しかし、その懸命な様子からは見ている者を和ませる何かがある。
事実、この体育大会の観客の中には生のユーフェミアを見に来ただけという人間も少なからずいる。
尤もそれはほんの少数、いわゆる"おっかけ"と呼ばれる類の者達であるが。

「レナード……あれで、よかったのかしら?」

演説を終えたユーフェミアがレナードに問うた。
レナードのほうは、頭を捻ったあと言った。

「初めてであれくらい出来れば上々でしょう。
私も士官学校に入った時に、新入生の前で演説、のようなものをさせられましたが、酷いものでしたよ。
噛みまくった挙句に最後はヤケクソになって『オール・ハイル・ブリタニア!』と叫びましたから。」

他の士官候補生達がのってくれたのが幸いでしたけどね。
そうレナードが付け加えた。

私生活においては不真面目、テキトーを絵に描いたような人物であるレナードだが、意外にも軍務においては妙に生真面目なところがある。
仕事中は決してユーフェミアの事を『ユフィ』とは呼ばないし、あの枢木スザクが相手でも、軍務中ではしっかりと口調を友人同士のそれから、ラウンズと一士官のそれへと変えるだろう。
こういうバランスは、非常に厳格と聞かされているエニアグラム公爵の教育が影響しているのかもしれない。そして日常での不真面目さは姉譲りだろうか。
まあそんな彼だが、やはりユーフェミアと会話する時は傍から見ても楽にしていた。
先程に場を和ませる過去話を聞かせたのも良い証拠だろう。

「それは大変でしたね…………ありがとう、レナード。」

「恐縮です。」

ユーフェミアの感謝は心からのものだった。
もしさっきの質問を他の誰か――――――例えばSPに尋ねれば返ってくるのはほほ間違いなく、称賛の言葉だろう。
それが仕方ないのは理解している。
自分はブリタニアの皇女。
これを下手に怒らせたり、不敬な発言をすれば、それだけでSPの首がとびかねない。
だがレナードは違う。
元々私生活では友人であるし、多少ユーフェミアに無礼と思われる発言をしたところで、皇帝シャルルはレナードを解任するような事はしないだろう。
精々、少し注意する程度か。

しっかりと自分に注意してくれる。
その事は自分が未熟だと理解しているユーフェミアにとっては喜ばしい事であった。
人間というのは、他者から注意されないと過ちに気付かないものだから。

「ところでレナード。
学校はどうですか?」

「上手くやってます。
皇女殿下が心配しておられた枢木スザク准尉も、今では立派に生徒会の一員として、学園に溶け込んでいますよ。」

「そう、よかった…。」

心配事の一つは問題ないようだ。
偉そうに十七歳なのだから学校に行くべきだと言ったものの、入学するのはエリア11でもかなりの名門校アッシュフォード学園。
最悪、苛められているのかもしれないと心配していたが、上手くいっているのは何よりだ。

そうだ、この機会にあの事を訊ねてみよう。
意を決してユーフェミアは口を開いた。

「レナードは、ゼロについてどう思いますか?」

「ゼロに?」

「はい。」

「それは奴の能力のことでしょうか?
それとも――――――。」

「彼の考え方についてです。」

レナードの眉がピクリと揺れた。
だが文字通り一瞬の事だった。
直ぐに端整な顔を元に戻すと、ユーフェミアに言った。

「では恐れながら……。
私はゼロを、面白いと同時に恐ろしいと感じています。」

「面白い?」

全く予想していなかった返答に、ユーフェミアの口がぽかんと開く。
しかも面白いの次が恐ろしい。
ナイトオブラウンズとしては疑問視されるかもしれない答えだ。

「ゼロという男は頭が良い。
"弱者の味方"という分かりやすい、英雄像を演出したものもそうです。
民衆というのは、難しい理屈を並べる者より、単純な主張を連呼する者を支持する傾向がありますので。」

「演出?」

「そうです。
ユーフェミア殿下も好んでみておられた事があるでしょう。
単純な勧善懲悪ものの物語を、童話を。
それと同じです。
民衆というのは"正義の味方"が大好きのようですから。
その点で言えばゼロは民衆の好む"正義の味方"そのものです。」

「つまりレナードは、ゼロが全てを予想した上でやっていることだと?」

「はい。尤も殆どはコーネリア総督の受け売りですがね。
逆に意図せず天然でやっているのだとしたら、別の意味で大したものですが……。
ですが恐らくそれはないでしょう。
シンジュク事変を見る限りゼロは頭が良く狡猾な男のようですから。」

それはその後の事件を鑑みても分かる。
普通、暗殺などという手段は卑怯な手段として否定されるかもしれない要素を含んでいるというのに、ゼロは枢木スザクの救出という奇跡を行う事によって、民衆の目を晦ましている。

だが、だからこそレナードはゼロを面白いと評した。
彼もまた生粋の帝国貴族。
それも基本的に身分は関係なく、純粋な実力が評価されるラウンズだけあって、血筋においての差別意識は薄い。それは枢木スザクをあっさりと友人とした事からも分かる。
だからこそ、ゼロという存在を面白いと評価できた。
清廉潔白な主張とは裏腹の、冷酷なまでの結果主義者。
そして、幾ら卑怯な手段を使ったとしても、それを華麗なパフォーマンスと演出によって"奇跡"としてしまう手腕、カリスマ性。

無論、口には出さないが。
仮に自分が日本人として生を受けたならば、ほぼ間違いなくゼロに興味を持ち"黒の騎士団"に入団しようとしたかもしれない。

(まあ、俺は日本人じゃなくてブリタニア人。
敵であるなら誰であろうと。)

ただ彼は主義者ではない。
ブリタニアという国にそれなりの愛国心もあるし、皇帝には取り立ててもらった事に対して恩義を感じている。
幾ら今まであった誰よりも得たいの知れない"恐ろしさ"を宿していて、かつ面白いと思った相手だろうと、ブリタニアを裏切って黒の騎士団につこうなんて事は、考える筈もない。

政庁へと向う車が止まる事は、もう少し先になるかもしれない。
混雑した高速道路を見ながら、漠然とそう思った。







そして、数日後。
再びレナードはコーネリアの執務室に来ていた。

「ナリタ連山?」

「そうだ。
そこに日本解放戦線の本拠地があるという情報を入手した。
あそこはこのエリア11のテロリストの最大派閥。
私自身が赴くのがいいだろう。
それで、お前は―――――――。」

「行かせて下さい。」

コーネリアが言う前に、レナードがそう言う。
滅多にないレナードの積極的な言葉が、コーネリアには気になった。

「理由を聞こうか?」

「……日本解放戦線の首領である片瀬の懐刀。
藤堂には前にヒロシマで受けた借りがあります。
なので、是非とも藤堂は私の手で。」

レナードにとって、藤堂鏡志郎という男は彼の奥底に僅かにあった「ナンバーズはブリタニア人より劣っている」という偏見を破壊してくれた人物であった。
これが味方であるダールトンやギルフォードならば礼を言って、なにか良質のお酒でも持っていくところだが、相手は敵。
だからこそ、出来るのならば藤堂は自らの手で討ちたい。

「そういえば、お前は我が親衛隊に配属となる前はエリア11にいたのであったな。
よかろう。
お前がそこまで言うのだ。励めよ。」

「イエス、ユア・ハイネス。」

しかし、この時点ではレナードも、コーネリアですら予想していなかった。
本来ならブリタニアの圧勝で終わる筈であった戦場が、仮面の男による奇跡の舞台とされてしまうことを。



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