―――撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ!
河口湖の事件で、黒の騎士団のリーダー、ゼロはこんな事を言っていた。
はっきり言おう。その思想には全面的に賛成する。
俺としても出来れば撃たれる覚悟のない民間人を撃ちたくはない。
しかし俺は軍人……。
命令があればどんな相手でも殺しすしかない。
それが聖人君子でも、罪の無い民衆だろうと。
だが、しかしだ。
その命令に合理的な理由があれば、だが。










ナリタ連山。
このエリア11における最大のレジスタンス、日本解放戦線の本拠地である。
構成員の大半が戦前の日本軍人であるため、そこらの不良少年が武器を持っただけのテロリストグループとは威も格も全く違う。

更に厄介なのは、日本解放戦線に所属する元日本軍中佐藤堂鏡志郎。
奇跡の藤堂と呼ばれるこの男の実力は確かで、レナードも以前このエリア11に居た時には苦い思いを味合わされたこともある。

しかし、その日本解放戦線も今となっては、その命運は風前の灯であった。
ナリタ連山全体を蟻一匹でも逃さぬ陣形でぐるりと包囲したブリタニア軍。
しかも唯のブリタニア軍ではなく、コーネリア率いる精鋭。
コーネリア自身の優れた指揮能力だけではなく、ダールトン、ギルフォード、アレックスなどの部下の実力も確か。
追い討ちを掛けるようにナイトオブツーまで参加しているとあっては、日本解放戦線に勝ち目など万に一つもない。
この戦いは正に巨像と蟻の戦いというに相応しかった。

そんな中でレナードは現在、第二師団の全指揮を任されていた。
レナードに経験を積ませようというコーネリアの采配だろう。
後は前のサイタマでも、それなりの指揮官っぷりを発揮していた事も今回の抜擢に繋がった。
まだまだ経験が不足している点は副将にいるアレックスが補うだろうし問題はない。
いや、コーネリアにとって第二師団において懸念すべき存在はレナードでもアレックスでも、ましてや解放戦線でもなかった。

「さぁ久し振りの戦だ!
このジェレミア・ゴットバルトの実力を、惰弱なイレヴンに思い知らせてくれる!」

「黙れ、オレンジ!
レナード卿の好意で後方待機ではなく、前線に配置されたのだ。
少しは自重しろ!」

「ジェレミア卿、キューエル卿。
今は仲間同士で争うべき時ではありません!」

そうコーネリアが懸念しているのは、彼等純血派の存在であった。
第二師団の指揮をとるに辺りレナードが申し出たのは、この純血派を部隊に加える事だった。
はっきりいって例のオレンジ事件の兼でコーネリアの純血派に対する評価は最悪。
一応、テロリストと繋がっていた証拠はなかったようだが、やはり信用はしていない。
だがレナードの強い要望に仕方なしに認めたのだ。

「いや、そうだな。
ヴィレッタ卿の言う通りだ。
この機会になんとしても功績をあげ、汚名返上しなければ純血派の未来はない。
その為にもオレンジ!
今回は前の時のような真似をするなよ。」

「キューエル!まだ言うか!」

カスタムグロースターのコックピット内で、当のレナードは頭を抱えていた。
酷いとは思っていたが、ここまでとは……。
以前の純血派は意見の食い違いなどで多少すれ違う事はあれど、それなりに統制もとれた派閥であった。
恐らくそれは、ジェレミア卿の暑苦しいまでの忠誠心があったからこそなのだろう。
しかし例のオレンジ疑惑により、その忠誠心にまで疑問符が付けられるようになった。
指導者のカリスマ不足……それこそ今の純血派の一番の問題であるのかもしれない。

だが、レナードは彼らをこのままにしておく訳にもいかなかった。
幾ら恩義があるとはいえ、統制のとれない軍を率いたくはない。
それにあんなに仲間同士の仲が悪かったら勝てる戦いも勝てない。
コーネリアに無理言ってまで彼等を第二師団に配置したのは、どうにかしてこの戦いで功績をあげて貰いコーネリアの信用を得られるようにするのが目的だったので、純血派が役立たずでは意味が無いのだ。

(ジェレミア卿を含め純血派は優秀な軍人の集まりだ。
大体ジェレミア卿なんかはラウンズにも食い込める実力だし、もし完全に統制が出来れば、コーネリア殿下の親衛隊にだって見劣りしない。
やっぱり問題はキューエルとジェレミア卿の対立か。
ジェレミア卿はいいとして、問題はキューエル。
彼がジェレミア卿を許せば……)

「キューエル。」

「こ、これはレナード卿!
お見苦しい所を!」

レナードは最初は敬称付けで呼んでいたのだが、キューエルの方から断ってきた。
軍人の中でも忠義心厚く生真面目なタイプである彼らしかった。
ただジェレミアに対しては以前と同じよう敬称付けで呼んでいる。
これは階級がどうのというより、ジェレミアが純血派のリーダーであるからだろう。

「ジェレミア卿のオレンジ疑惑については、私自身が調べ無罪と分かった。
枢木スザクを逃したという失態は事実だが、何時までも過去の事に囚われても仕方ないだろう。
時間の針は過去に進む訳でもないのだし。」

「そ、それは…。」

「それに俺はジェレミア卿の忠誠心は信頼しているよ。
少なくとも裏切るような性格じゃない。」

「レナード……くぅ私は良い朋友をもった。」

大粒の涙を流すジェレミア。
ある意味、これも男の友情の一つの形かもしれない。

「まぁ細かい事は兎も角。
この戦いで功績をあげさえすれば、コーネリア殿下も分かってくれる。」

「ふっ、そうだな。
流石はその若さでナイトオブツーになっただけある。
私としては、そこのオレンジではなく君が純血派のリーダーとなって欲しいところだ。」

「お断りしますよ、キューエル卿。
純血派のリーダーはジェレミア卿だ。
それ以外には考えられない。」

ついつい以前の口調になってレナードが言った。
気付けば純血派の間で漂っていた不穏な空気が消えていた。
今の彼等にあるのは唯一つ。
目の前の敵を全力で打倒し功績をあげ再び忠誠を示す、それだけ。

『では、開幕だ。』

全軍に伝わる命令。
それは解放戦線の死刑執行命令にサインをすると同義であった。

「よし、では第二師団全軍、私に続け!」

実際、面倒だとは思う。
グロースターの中でレナードはそう心の中で愚痴った。
前に主任の言った通り、ナイトオブラウンズにとって戦場でその存在を誇示するのも目的の一つなのだ。
本来なら彼の戦場は最前線ではなく、長距離に陣取っての狙撃。
このように大部隊を率いて真正面から戦うタイプじゃない。

(まあいいか。
これはこれで遣り甲斐もある!)

「マルソー隊は右から、キューエル隊はその援護に回れ。
数でも錬度でもこちらが圧倒している。
焦らず確実に敵を掃討しろっ!」

『イエス、マイ・ロード!』

その性格に似合わずレナードはかなり堅実な指揮をとる。
奇策などは滅多に使おうとはしない。
それ故に、あのゼロのような華々しい戦果を上げる事はないが、勝てるべくして勝ち、負ける時は犠牲を最小限に抑えるタイプだ。
しかもそれを支えるようにアレックスなどの経験豊富な指揮官が補佐についている。
はっきりいって負ける要素はどこにもなかった。

「ジェレミア卿、そちらの敵KMF七機が接近中です。援軍を…?」

『必要ない!
このような敵、このジェレミア・ゴットバルトにはっ!』

言うが否やあっという間に七機の無頼がLOSTする。

「お見事。」

『はははははっ!
どうだイレヴン、私はこの手で未来を掴む男だっ!』

やけにテンションの高いジェレミア。
そのままの勢いで次々に無頼を撃破していく。
いや彼だけじゃない。

『オレンジにだけ功を上げられてはキューエルの名がなく!
どらあああああああああああああああああああああっ!』

知的に見えて意外と熱血だったキューエルが、ジェレミアに遅れをとるまいとばかり猛攻する。
これが純血派の力……。
正直、侮っていた。

『んんっ?あれは河口湖にいた雷光とかいう奴か?』

「ジェレミア卿、雷光とは確か。」

『無頼を改造して作ったリニアカノン……。
ジェレミア卿、今援軍を!』

ヴィレッタがそう言うが、ジェレミアはそれを制して、

『必要ない。
この私の力、見せてやるっ!』

ジェレミアのサザーランドが突っ込む。
だが無謀な突撃じゃない。
雷光のリニアカノンはかなりの攻撃範囲、威力がある。
しかしその砲身のせいで、通常のKMFほどの機動力はない。
ホテルジャックの時のような狭い通路ならまだしも、ここは山。
なら付け込む隙は、

『私のおおおおおおおおおおおおっ全力でええええええええええええええええっ!!』

ハーケンを使い崖に上ったかに思えたサザーランドは次の瞬間には、雷光の前に着地していた。
次弾を発射しようとするがもう遅い。
スタントンファを構え、雷光を殴る。
煙をあげ倒れる雷光。
逃れたパイロットを容赦なく掃討する。

「や、やりますね。ジェレミア卿。」

『はははっ。この私に掛かればこんなものだ。
さぁ全軍、私に続けぇ!』

(しかし流石は日本解放戦線というべきか。
そこらのテロリストと違って統制がとれている。
だが………。)

数が違いすぎる。
比べて質もブリタニア側が圧倒している。
やけに士気の高いジェレミアを先頭に第二師団の猛攻は続いた。
そう、この戦いが一つの転機を迎えるまで。



『ダールトン将軍。
敵の動きの解析結果から、日本解放戦線の本拠地はあの山荘が入り口になると分かりました。』

「ビンゴ、と言うのだったかこういう場合。」

『いえ正確には…。』

「合わせろよ。正直ものめ。」

部下に指示を出して上空に向って閃光を発射する。
これはつまり「敵本拠地発見」の報せだ。



「あれは…ダールトンか。」

無論その光は同じように戦場にいるコーネリアにも見えた。
焦りは見られない。
いや勝って当然の戦で何を焦る必要があるのか。

『敵本拠地はあちらでしたか。』

「よし、我等は此処で備える。」

『宜しいのですか。』

目を細め笑みを浮かべながらギルフォードが言う。
それは提言というよりかは、どこか冗談のような軽さであった。

「部下の手柄を横取りする趣味はないさ。
予備部隊をダールトンの側へ寄せろ。」

また勲章が増えるな、と最後に呟く。
この時、既にコーネリアは勝利を確信していた。
それを浅慮と言う事は出来ないだろう。
圧倒的な戦力差、しかも本拠地の所在まで暴いたとなれば、これから日本解放戦線が勝利、または脱出出来る可能性などほぼ皆無。



「あの光………ダールトン将軍のところか。」

どうやら最大の功績は獲り損ねたらしい。
藤堂や四聖剣が出てこなかったのは気がかりだが、今から出てきても、ここまで進んだ戦局をひっくり返す事は出来ない。
最後の悪あがきが精々だろう。

(出来ればジェレミア卿達に功績をあげて貰いたかったけど仕方ないか。
それに最大の功績こそ獲り損ねたけど、この戦果なら十分に純血派の有能性は示せた。)

そう、もう問題は全てクリアした。

「これで」


「エリア11の反政府勢力は、」


「お終いだ。」


別々の場所から偶然同時に発せられた同じ言葉。
だがその言葉を裏切るかのように、

『よし!全ての準備は整った!』

反逆の狼煙が人知れず上がった。



異常に最初に気付いたのは、このナリタにあるKMFで最も有能なファクトスフィアを装備しているカスタムグロースターに乗るレナードであった。
異常なほどの熱源、そして訪れる揺れ。

「これは……地震!?」

別にそれ自体は珍しい事ではなかった。
このエリアではよくこんな規模の地震が起きるとは聞いた事が有る。
だから本来であれば、それは大した事のない筈の者であった。
そう、それが人為的に引き起こされたものでなければ。
ファクトスフィアが捕らえた映像、それは岩が津波のように此処へ押し寄せてくるものであった。
つまりは、土石流。

「全軍、急ぎ左翼に移動しろっ!
土石流だ!飲み込まれれば命はないぞッ!!」

『はっ?』

「はっ、じゃない!
急げ、死にたいのか!!」

『イエス、マイ・ロード!』

急ぎフルスロットルで左翼に移動する。
間に合うだろうか。
いや、間に合わなければOUTと考えていい。

まったく、こんなタイミングで地震とは神というのも皮肉な采配をする。
そんな馬鹿な事を考えている間もなく、土石流は刻一刻と迫ってきていた。
何機かのKMFが既に岩の波に飲み込まれていた。
振り返る暇はない。
そんな事をすれば、自分自身が呑まれる。

なんとか安全そうな場所が見えた。
迷わずハーケンを発射。

(よし、このまま………!)

跳躍し一気に脱出しようと思った矢先、それは起こった。
もともと地盤が緩んでいたのか、ハーケンが地面ごと剥がれる。

「なっ、こんな所で……!」

終わった。
もう土石流は直ぐそこまで迫っている。
このままじゃ飲み込まれるのは確実……。

(そんな……こんな場所で終わるのか…。)

レナードが諦めかけたその時。

『レナードオォォォォオォォォォォォォォオォォ!!』

ジェレミアのサザーランドがグロースターを押し上げる。
しかし、これではジェレミアのサザーランドは…。

「ジェレミア卿!」

なんて馬鹿な真似を……。
そう言おうとしたが、

『生きるのだ、レナード。
未来ある若者がこのような場所で死ぬ事はないっ!
純血派を……殿下を、頼むぞ!』

「ジェレミア・ゴットバルトォォオォォォオォォ!!」

モニターに映ったジェレミアが、ふっと笑ったかと思うと、次の瞬間には映像は消失していた。
残ったのは残酷に現実だけを示す『LOST』の文字だけだった。



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