―――自分自身を信じない者は、かならず嘘をつく。
だが、人が人である以上、嘘をつかない人間などいない。
誰もが嘘を吐いて生きている。
それが例え他者を思いやる嘘であっても、それが嘘である事には変わりない。
誰もが嘘を吐いて生きているのだ。









「騎士……ユーフェミア殿下に?」

「そうだ。」

短くダールトンが答える。
他にこの場にいるのはレナードとギルフォード。
二人とも会議が終わり疲れたところで、ダールトンから良質の酒があるからと言われ、付いて来たのだが、どうやら仕事抜きではなさそうだ。

「最近はこのエリア11も情勢が些か不安定だしな。
テロリストだけではない。
特に中華連邦はこのエリアに対して野心もあるようだからな。」

ダールトンの言う通り、つい先日も中華連邦のKMFガンルゥを所持するテロリストグループが殲滅された。幾らサザーランドなどより安いガンルゥとはいえ、KMFに変わりはない。
しかもガンルゥはグラスゴーのように払い下げとなった機体ではなく、立派な現役機。
背後には十中八九、中華が絡んでいるだろう。

「しかし騎士を選ばれるのは、皇族の方の特権。
我々が口を出すことではないのでは?」

「それはそうだ、ギル。
しかしこの手の事は、臣下のほうから進めない限り話が全く進まん事が多い。」

成る程とギルフォードが頷く。
ちなみに"ギル"というのはギルフォードの愛称?のようなものだ。
そう呼ぶ人間はそれこそダールトンくらいしかいないが。

「確かにユフィ――――いえ、ユーフェミア殿下は政治的、経済的にも重要なエリア11の副総督。
SPは信頼出来る者が揃えられているようですが、やはり"騎士"は必要かもしれませんね。」

エリア11は外交的には大国中華連邦への牽制として、
経済的には世界一サクラダイトの埋蔵量が多い地として、他の植民エリアよりも重要な場所だ。
そんな重要なエリアだからこそ、コーネリアのような優秀な人材が送られてきたのであり、それだけ本国の関心も高い。
つまり、それは。

「テロリストや中華連邦、EUだけではない。
こういうのもなんだが、皇族方には内部にも敵は多い。」

「…はい。」

内部の敵というのはつまり、コーネリアやユーフェミアの親族達。
つまりは兄や弟達という事だ。

どこの国でもそうだが権力の中枢、それもブリタニアのような帝政を敷いてる国では特に、権力争いというのは酷い。
つい十数年前のブリタニアは、暗殺、粛清、叛乱、テロなどは日常のこと。
下手な戦場よりもよっぽど命の危険が高い阿鼻叫喚の世界であった。

今でこそ唯一皇帝シャルル、ナイトオブワン、ビスマルクなどの努力により国内は落ち着いているが、それでも皇族同士の争いがなくなった訳ではない。
事実、閃光のマリアンヌと呼ばれた故マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア后妃は八年前、暗殺によってこの世を去った。

つまりダールトンが言っているのは、本国にいる皇族がコーネリアやユーフェミアを暗殺、ないし謀殺しようとしている可能性には十分考慮すべきということだ。
なにせコーネリアは勿論、ユーフェミアとて今後の出る目次第では皇帝の座に着く可能性も有り得る事なのだから。

「だから、そこを含めてお前達に煽って欲しいと言っておるんだよ、ギル、レナード。」

「はっ、私がでありますか?」

「そうだ。俺からユーフェミア様やコーネリア様に申し上げるより適任だろう。」

「それは何故です?」

「息子どもを推薦されていると思われるのも困るのでな。
お二方ともそんな情に流される事はないが………誤解を受ける事は避けたい。」

それを聞き、レナードとギルフォードも納得した。
ダールトンのいう"息子"とは実子ではない、養子である。
ダールトン将軍はその強面からは想像出来ないが、これまで彼は戦争や災害などで身寄りのなくなった子供の多くを引き取り、育てているのだ。
その全てが軍人になるという訳ではないが、多くの男子が軍に入るのも事実。
偉大な養父の背を見て育った子供が、養父と同じ道を進もうと考えるのは、ある意味当然かもしれない。

ここで問題となるのは、ダールトンごコーネリアの関係である。
コーネリアは決して私情でものを判断するような事はしない女性だが、日頃から傍においているダールトンの息子が、コーネリアの実妹たるユーフェミアの騎士に選ばれる。
するとどうなるだろうか。
世間は、ダールトンがコーネリアに自分の息子を進めたと誤解されるだろう。
まして騎士の兼がダールトンの口から出たとあれば尚更。

「どうやら、厄介事を押し付けられたようです。
さながら私とギルフォード卿は、飛んで火にいるなんとやら、ですか。」

「近いな。
正確には、餌に釣られて罠にかかった獲物だ。」

ここでいう餌は良質のウィスキー。
獲物はギルフォードとレナードに"騎士"を進めさせること。
断りたくても、既にウィスキーを口に含んでしまった手前、それは出来ない。

「本音を言えば、お前がユーフェミア様の騎士となっていれば、何の問題もなかったのだがな。」

「私が?」

そうだ、と頷きながらダールトンがウィスキーを飲む。
豪快な飲みっぷりだ。

「コーネリア殿下は何も仰られなかったろうが、はっきりいってお前ほどユーフェミア様の騎士に、適任だった男はいなかったからな。
殿下もそのつもりで、お前には特に厳しく当たっていたのだろう。」

「そうだったのですか……。」

言われてみればそうかもしれない。
レナードはウィスキーのグラスを傾けながらそう思った。

皇族の選任騎士は、大抵というか全てKMFの高い技量を持つ者が選ばれる。
そして自分は選任騎士に選ばれても可笑しくない技量は持っていた。
おまけに自分はユーフェミアの幼馴染であり、家柄も公爵。
ついでに言えば姉は天下のラウンズであり、コーネリアの親友。
これ以上ないほどの適任者だろう。

「尤も、そうなる前に陛下がお目を付けられてしまったがな。
それはそれで、親衛隊の中からラウンズが出たのは喜ばしいが、コーネリア殿下の笑みに若干の陰りがあったのは事実だ。」

「笑み?
私は笑みなど見ていませんが。」

「察せ。あのお方なりの思いやりだよ。
お前は誉められると調子に乗る事が多々あるしな。
誉めるよりも、叱る方が丁度良いのだ。」

「そういうものですか。」

「そういうものだ。」

そこで間が空く。
次に声を発したのはギルフォードであった。

「では、ご用件は賜りました。
ですが保障はしかねます。
我々も進言してはみますが、結局のところ。
お決めになるのはユーフェミア殿下ご自身なので。」

「そうか頼むぞ、二人とも。」

レナードは、やれやれ、と最後の一口を含むと退出する。
進言するにしても明日になるだろう。
今日は当のユーフェミアが出かけてしまったのだから。

(そうだ、久し振りにクラブハウスにでも行ってみるか…)

仕事で最近は遊びに行く暇もなかった。
時間も丁度良いし、遊びに行くのもいいだろう。
そう思いながらレナードは、政庁を後にした。

(ルルーシュの奴、いるかな?)

最近は生徒会をサボりがちというので、分からないが居たら料理でも作ってもらおう。
久し振りに上手い肉料理が食べたくなった。





 
 しかしレナードの期待を裏切るかのように、ルルーシュは留守であった。
理由は単純、黒の騎士団から「至急来てくれ」と連絡があったからである。

ついでに、ルルーシュが不在の今、クラブハウスの家事を一手に担う筈の篠崎咲世子も留守であった。
理由はこれまた単純。
生徒会長のミレイがまたお見合いするらしい。その関係で色々とあるのだとか。

そして最後に、
このクラブハウスに住むもう一人(正確には二人なのだが、その事はルルーシュしか知らない)は在宅であった。


「はぁ…。」

ナナリーは小さく溜息をついた。
普段なら、一人でもクラブハウス内でなら、どこにどんな場所があるか分かるので特に問題はない。
それでも一人というのは少し寂しいものがある。

そんな時、
都合よく玄関のベルが鳴った。

余りのタイミングの良さに飛び跳ねそうに成る程驚いたナナリーだが、慌てず車椅子を動かし玄関に向かう。テーブルや廊下などの位置も把握しているので、何の問題もない。
玄関に辿りつき扉を開けると、

「あれ、ナナリー?」

ちょっとだけ意表をつかれたようなレナードがそこにいた。


「成る程ねぇ。
体の八十%が妹愛で出来てるような馬鹿皇子が、妹をほったらかすとは珍しい事もあるもんだ。」

冷蔵庫から取り出した牛乳をごくごく飲みながらレナードが言った。
しかし凄い飲みっぷりである。
空けたばかりだというのに、もう一本飲み干しそうだ。

「お兄様にも予定があったのだと思います。
それに、なにやら急いでいたご様子でしたし。」

「急ぐねえ。
もしかして女でも出来たとか。」

ピクッとナナリーが反応する。
レナードの言った女というのに心当たりがあったからだ。

「ん、どうした?」

沈黙したナナリーを不審に思ったのか、そう声を掛けてくる。

「いえ、そうなのかもしれませんね。」

「およ、心当たりがあるのか?」

「……はい。
前に家に来ていた人でC.C.さん、というらしいです。」

「C.C.?
もしかしてC2爆薬のことか。」

「違いますよ。
たぶんイニシャルだと思います。」

「イニシャル、だけ?」

「はい。」

「ふむふむ、身を隠す皇子の下に謎の女、か。
どっかの低級ラブロマンスみたいなノリだな。」

ラブロマンス、という単語にナナリーが更に落ち込む。
どうやら兄がシスコンなら、妹は妹で結構なブラコンらしかった。

「そうだ、レナードさん。
折り紙をやりませんか?」

「折り紙?」

鸚鵡返しに訊ねる。
するとナナリーは簡単に説明した。

「折り紙というのは、この日本で伝わる遊びだそうです。
特に折り紙で作った鶴を千羽折ると願いが叶うんですよ。」

「ドラゴ○ボールみたいだな。」

「ドラゴ○ボール?」

「ああ、最近知ったんだけどな。
このエリア11には、オレンジのボールがあって、それを全部集めると龍が出てきてパンティをくれるらしいんだよ。」

「ぱっ!?」

色々と間違った知識を疲労するレナード。
ナナリーはレナードのセクハラ発言に顔を赤く染めている。
不意打ちでは少し刺激が強かったかもしれない。

「それで、この鶴だがなんやらを千羽折るとパンティが落ちてくる訳だな?」

「ぱ、パンティが落ちてくるかは分かりませんけど………咲世子さんが言うには、なんでも願い事が叶うそうです。」

なんでも願いが叶う、という魅力に連れられて折り紙を手に取るレナードだが、不意に手を止める。
折るのはいいが、肝心の折り方が分からないのだ。

「これ、どうやるんだ?」

「ええと、これはですね。」

せっせとレナードに折り方を教える。
体力馬鹿ではあるが、手先はレナードも器用な部類に入るので、ナナリーがお手本を見せるうちに、それなりに折れるようになった。
だが幾らなんでも今日中に千羽は無理そうだ。

目は見えないので、肌でレナードの存在を感じながらナナリーは気付かれないように、ふっと笑う。
ナナリーにとって、レナードは特別な人間であった。
彼女にとってレナードは"変わっていない存在"だ。

兄であるルルーシュは母が殺された日以来、変わってしまった。
以前から人見知りするタイプではあったが、それが一層深くなり、周りの者全てに対して警戒するようになってしまった。
スザクと友達となった事で、今はそれ程ではないが、やはり周囲に対する警戒はそれなりに持っていると思う。

そして兄の親友であるスザクも同じ。
勿論再会は嬉しかったが、それ以上に怖かった。
前とはどこか違う。
性格が優しくなったとか自分の事を俺じゃなくて僕というようになったとか、そういうのじゃない。
根本的なもの、根っこが違うのだ。
それはまるで、どこか遠くに行ってしまいそうな危うさ。

しかし、レナードに関してはそういう事はなかった。
確かに八年も経っているのだから、性格は多少大人しくなったし、落ち着いてきたと思う。
だがスザクとは違い、根っこの部分は変わらないままだ。

それともう一つ。
"レナードはナナリーを特別扱いしない"
差別、というと御幣があるかもしれない。
だが兄を含む今までナナリーが出会い触れ合った人々は、目と足の事を知ると親切になったり気を使ったりもした。

だがレナードにそれはない。
無論、それなりに気を利かせはする。
しかし必要最低限の気の利かせ方だけで、後は八年前と変わらない。

彼が甘さの一切許されない戦場に身を置いてきた人間だというのもあるだろう。
だが一番の理由は、レナードのナナリーに対するイメージの違いか。
周囲のナナリーに対するイメージは殆どが『大人しい、健気』というものだろう。
たいしてレナードのナナリーに対するイメージは『お転婆、強烈なボディブロー』というものだ。
………周囲とはほぼ逆のイメージ。

しかし実はそれが正解なのだ。
実際、ナナリーの気性は同じブリタニア皇族の中でも激しい部類である。
ただ普段はそんな奥底を人目につかないようにしているだけ。

なぜか?

簡単だ。
それがナナリー・ヴィ・ブリタニアにとって最も愛しい人の理想であり、「心優しい妹」であることが彼女の役割であったのだから。

だが、そんな仮面はレナードの前では剥がれてしまう。
仮面というのは相手を騙したり、誤魔化すためのもの。
しかし確信を持っている相手に対しては仮面は役に立たない。

仮面をつける前のナナリーしか知らず、目や足が不自由な相手でも、その生まれ故か健常者と殆ど同じように接してしまうレナードだからこそ、かもしれない。
幾ら仮面をつける前を知っていたとしても、大抵の人間はその目と足に目が行き、特別扱いする。
そんな彼だからこそ、仮面は強引に剥ぎ取られる。
ナナリーは意を決して、レナードに話しかけようとして、

「すまない、ナナリー!
遅くなった。」

「お兄様!」

慌てた様子でルルーシュが帰ってきた。
汗をかいている所から、たぶん走ってきたのだろう。
なんだか息切れもしている。

「ん、なんだ。いたのかレナード。」

「……随分と酷い扱いだな。
こう、ないのか?
黒の騎士団のせいで、てんてこ舞いになってる哀れな少年を労わる気持ちは?」

「自分で哀れと言えるくらいなら十分に余裕があるんだろ。」

「ひでぇ……。
とそんな事より、そろそろ夕食時じゃないか?」

「ああ、そうだな。
それで?」

「今日は肉料理がお勧めだ。」

「何でだ?」

「俺が喜ぶ。」

ルルーシュが頭を抱えながら冷蔵庫へ行き食材のチェックをする。
そして徐々に眉をピクピクと揺らしていき、

「なあレナード。」

「なんだ?」

「八本もあった牛乳が七本になっているのはどうしてだ?」

中々に良い悪人面でルルーシュが言った。

「おおそれか。
実はナナリーが「私、牛乳が大好物なんです」って言ってラッパ飲みしてたぞ。
こうクビーっと。」

「してませんっ!」

罪をかぶされそうになったナナリーが慌てて否定する。

「下手な嘘を…。
大体ナナリーがそんな事をする筈ないだろう。」

「そうか、わりとやりそうではあるけどな〜。」

「たっく、まあいい。
レナード、兎にも角にも肉料理が食べたいなら、さっさと近くのコンビニで牛乳を買って来い。」

「へいへい、たっく天下のラウンズに牛乳買いに行かせる奴は初めてだぞ。」

「さっさと行け。」

「イエス、ユア・ハイネス。」

冗談っぽく返事すると、レナードは夜のコンビニへと向かっていった。

そう、焦る必要はない。
レナードは同じ学校に通う生徒なのだから。



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