―――I have a dream.
嘗て、その言葉から始まる演説を唱えた、一人の偉大なる男がいた。
彼は非暴力不服従の信念で体制に反旗を翻した。
だがこの世界に彼はいない。
違った歴史を歩んだ帝国は、ただ差別の溝を深めるばかり。







「騎士を持たれては如何でしょう?」

 ユーフェミアが、姉コーネリア同席の場でギルフォードとレナードによって提案されたのは、一通りの仕事も終わり休んでいた時であった。

「騎士?」

「はい。
警護役ユーフェミア様の専任騎士とすれば、その者を中心に親衛隊を編成する事が出来ます。
ユーフェミア様は副総督でいらっしゃるのですから、既にその権利はおもちかと」

「念の為、私とギルフォード卿で候補者のリストは作っておきました」

 ユーフェミアが驚いて目を白黒させていると、隣に座るコーネリアから小さな呟きが聞こえた。

「ふむ……なるほど」

「お姉様――」

「確かに必要なことだな。
ユフィ、もうお前にも」

「ですが……」

「勿論、無理強いをしているのではない。
騎士を選ぶ事は個々の皇族の権利。
権利を使うも使わないも、最後はお前が決めることだ。ただ……」

「…………」

「私個人としては、お前の傍に私と思いを同じくする者がいれば安心できる。
そのことは覚えておいてくれ」

「…………」
 
――――――――思いを同じくするもの。
 悩んだユーフェミアは、幼馴染であるレナードをプライベートで自室へと呼んだ。
 なんといったって彼は皇帝の専任騎士ナイトオブラウンズ。
 専任騎士を選ぶにしろ選ばないにしても、何か良いアイディアをくれるのではという発想だった。
 同じ騎士としては他に姉の騎士であるギルフォードもいるのだが、どうせなら普段から仲の良いレナードのほうが、変な気遣いをしなくて済む。

「レナード・エニアグラム、御用があると聞き参上しました。
して、ユーフェミア皇女殿下。なにようでしょうか」

 完璧な動作で入室するレナード。
 こういうような頭の切り替えは流石だった。
 しかし、

「今はプライベートだから敬語はいらないですよ」

「おや、そうだったかユフィ」

 どこか素っ頓狂にレナードが言う。
 ユーフェミアはその様子が可笑しく小さく笑みを漏らした。

「それで、何のようだ。
もしかして騎士の兼か?」

「はい。よく、分かりましたね」

「そりゃ事前にコーネリア殿下に専任騎士の話を持ちかけたのは、俺とギルフォード卿だし。
それなら用事の内容も大方想像がつく」

「ええ、レナードの言う通りなんです」

「誰を騎士にしようか迷ってるのか?
それなら候補者リストの―――――」

「違うんです」

 レナードの言葉を否定する

「考えてみたんです。
私に騎士を選ぶ権利はあるのかって」

「それは…………」

「法律的な意味じゃありません。
騎士というのは自分を守る人です。
ですけど、守られるなら同じ分、相手を守らなければいけない。
そんな自分が選ぶ騎士は誰なんだろうって」

 酷な質問だったかもしれない、とユーフェミアは思う。
 レナードは騎士であり貴族であっても皇族ではない。
 その彼に皇族だけが持ちえる悩みを相談するのも変な話かもしれなかった。
 周囲に他の皇族がいないというならまだしも、直ぐ近くに姉という相談相手がいるのだし。

――――――――そういえば。

 昔、レナードがラウンズになる前、姉であるコーネリアからレナードを騎士としてはどうだ、と推薦されていた事があった。
 いやラウンズになった後にも思わせぶりな質問をされたような気がしたが、思い出せない。

 あの頃は、漠然とレナードが騎士になるのか、と漠然と思い浮かべていた。
 しかし今はどうだろう。
 勿論、皇帝の騎士であるレナードを自分の騎士にするのは、レナードが解任されるか自分が皇帝にならないと不可能だろう。
 といってもレナードは、ラウンズを解任させられるようなヘマをやらかしてはいないし、また自分がいきなり皇帝になるのも有り得ない。
 例え現皇帝シャルルが突然急死したとしても、恐らく次の皇帝はオデュッセウスかシュナイゼル、もしくはギネヴィアかコーネリアになるのは確実だろう。

 いやそういう問題じゃない。
 例えばレナードがナイトオブラウンズに任命されておらず、姉の親衛隊の一員のままであったならばどうなっていただろうか。
 まず間違いなく姉はレナードを騎士にと推薦するだろう。
 だが自分がそれを受け入れるのか、と言われるとどうも納得できない。
 別にレナードが信頼出来ない訳ではないのだが、どうも違う気がするのだ。

「ユフィ?」

「はっ……! すみません。
呼び出しておいて、一人で黙りこんじゃって」

「いや、それはいんだけど……大丈夫か?」

 自分を気遣うレナードに、大丈夫と返答する。
 ああ、そうだ。思い出した。
 前にレナードがラウンズに就任して暫くした時に、姉のコーネリアから聞かれたこと。

「ユフィ。お前はレナードが好きか?」

 そうだ。そう質問されたのだった。
 当時は深く考えず「はい」と答えたのだが今思えばコーネリアは、自分の婚約者にレナードをとでも思っていたのかもしれない。


 ちなみに、そのユーフェミアの予想は的中していた。
 コーネリアは妹のユーフェミアを溺愛しているが、一方で責任感の強い女性でもあった。
 そんな彼女だからこそ、ユーフェミアがやがて政略の一環として大貴族の誰かに嫁ぐのは仕方ないと受け入れていた。
 しかし、最愛の妹に幸せな結婚をして欲しいという姉心もまた存在する。
 そのコーネリアにとって、レナード・エニアグラムという男はこれ以上にない優良物件であった。

 家柄にしても生家のエニアグラム公爵家は、軍部において強力な発言力を持っているので皇族を妻とするのに問題はない。
 なにせ一代で二人のラウンズを輩出したのだ。
 その威光は過去最高といっていいだろう。
 次に本人の性格なども、コーネリア自身幼い頃より知っているので問題はない。
 多少、日常は不真面目なところがあるが、公私混同は決してしない性質なので大丈夫だ。
 
 最後にレナードはユーフェミアの幼馴染である。
 幼い頃はよく遊び、よく笑いあった仲。
 レナードなら例え望まぬ恋愛結婚であっても、ユーフェミアは幸せになれる、そう思ってのことだった。
 大体、別に恋愛結婚の先に必ずしも幸福な結果が待ち受けている訳でもない。
 最初は望まぬ婚姻であっても、その後の人生を楽しく生きている夫婦なんて幾らでもいる。
 一番の難関であるユーフェミアの母にしても、どこぞの馬の骨にやるくらいならと納得しているので全ての条件はクリア……これでユーフェミアがレナードに対して恋愛感情を持っているなら万々歳といったところだが。


 しかし、当のユーフェミアは残念ながらレナードに対して恋愛感情は抱いていなかった。
 確かにレナードの事は好きだ。
 なにせ仲良く遊んだ幼馴染、嫌いな筈がない。
 ただそれは、あくまでも親友としての愛であって、異性としての愛ではない。

 育った環境のせいかもしれない。
 幼い頃、ユーフェミアの初恋の相手として異母兄であるルルーシュの存在があったから、同じように近い異性であったレナードには、そういう感情を抱かなかったかもしれないし、もしくは異性としての好みの対象から外れていたのかもしれない。
 そしてそれは、レナードも同じだと思う。
 これは完全に単なる勘でしかないが、レナードも自分を愛していたとしても、それは親友としての愛であって、やはり異性としての愛ではないように思える。
 大体、当時のレナードの初恋の相手は自分じゃなく―――――――――――

「おーい、ユフィ。
聞こえてるかー」

「えっ」

 気がつくとレナードが自分の前に来ていた。
 どうやら随分と思考に没頭していたらしい。
 集中すると辺りが見えなくなってしまうのは、駄目な癖だ、直さないと。

「それで騎士の兼だけど焦る必要はないんじゃないか?」

「…………」

 一瞬何の事かと思い怪訝な顔になりそうになったが、直ぐに思いなおし表情を元に戻す。
 まったく、専任騎士を選ぶ事で相談に乗って貰おうと思ったのに、全然関係ない事を考えてしまった。
 
「俺は選ばれる側だから選ぶ側の心理はよく分からないけど、それこそ騎士を選ぶだなんて一生に関わる大問題だ。
焦って適当な奴を選ぶより、じっくりと選んだほうがいいだろ。
リストは作ってみたものの、人の本質なんて実際に会わないと分からないものだしな」

「うん、そうね」

 レナードの言う通りなのかもしれない。
 人の性格なんて書類で分かる事じゃないのだ。
 だが、けれども。

――――ユーフェミアの脳裏に一瞬だけ閃いた顔は、困ったような顔で微笑んでいた。

 
 




 それから数週間後。
 ニイガタのテロリストグループを壊滅させ帰還したレナードを待っていたのは、驚くべきニュースであった。

「藤堂が……藤堂鏡志郎が捕まった!?」

「はい。それで処刑はチョウフ基地にて行われるそうです」

「……あの藤堂が捕まるとはな」

 思い出すのは、ラウンズになる前のこと。
 ヒロシマでブリタニアの動きを見事に看破し、一時は絶体絶命にまで追い込んだ男。
 もし援軍の到着が間に合っていなければ、自分という人間は生きていなかったかもしれない。

「総督にチョウフ行きの許可を貰わないとな」

「立ち会うのですか?」

「ああ。個人的に奇跡の藤堂と話したい欲もあるしな」

「はぁ…………そうだ。
実はもう一つお耳にいれなければならないことが」

「なんだ?」

「死刑執行人は、枢木スザク准尉だそうです」

「なにっ!」

 その報告は、レナードを驚嘆させるのは十分であった。



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