―――人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある。
余程、自分の命をどうでもいいものと考えているような異常者でもない限り、どれほど勇敢でどれほど精悍な騎士であっても恐怖というものは付き纏う。
しかし、その恐怖を超えても主君を守るのが、騎士と呼ばれる者の務めなのだ。





 形成は既に黒の騎士団の圧倒的な優位だった。
 戦力の要であるKMFの殆どが失われ、頼みの綱の爆撃機もガウェインのハドロン砲の前に、殆どが破壊された。そして追い討ちを掛けるように、コーネリアの負傷と閣僚達の死。
 ブリタニアの戦女神とまで崇められたコーネリアの名が裏目に出てしまった。将兵が全幅の信頼をおいているだけに、そのコーネリアがいないというのは士気を大きく下げる要員にもなる。

 対して黒の騎士団の士気は、非情の旺盛といえた。
 当初こそ、余りに今までのやり方と掛け離れた奇襲作戦に異を唱えるものもいなかった訳ではない。
 だが、人というのは勝利に酔う。
 今まで抑圧されてきた被征服民である日本人達は、自分達に次々と倒されていくブリタニア軍を見て、確かな高揚感を覚えていた。
 
 そんな折、総司令であるゼロから命令が届く。

『たった今、政庁より発進した飛行艇を破壊しろ! あそこには総督コーネリアが乗っている』

 おおっ、という叫びが団員に響いた。
 コーネリアの首級を挙げれば、この戦いの一番手柄は頂きである。欲深い団員達が戦闘をきって飛行艇へと攻撃を加える、がやはり地上からでは効果が薄い。
 そう思った賢い団員は、ブリタニア軍から鹵獲した戦闘機へと乗り、追う。

「へへへっ、これで今回の手柄はこの俺! 玉城真一郎様のものだっ!」

 コーネリアの乗る飛行艇を目視しながらそう言った。
 思えば、カレンの兄であるナオトのグループに入って数年。自分も随分と可笑しな場所にきたものだ。
 黒の騎士団のスーパーエース(玉城の誇張が多分に入ってます)としてランスロットとかいう宿命のライバルと激戦を繰り返し、その優れた能力とカリスマ性によりゼロを疑う団員達を纏め上げ、そして今日という日があるッ!
 ならば、やることは一つ。
 黒の騎士団の幹部として、ゼロの親友として、総督コーネリアを撃つ。
…………独立後のポストは、是非とも財務大臣がいいものだ。
  そんな事を考えてしまったのが悪かったのか、飛行艇に攻撃を仕掛ける寸前、突如飛来したオレンジ色の物体により妨げられた。

『ゼロォオォォォォォォオォォオッ!!
貴方様への恨み! おおおおおおおお願いです! そこの貴方死んで頂きませんか!』

 玉城は知る筈もないことだが、今ジェレミアが騎乗している機体こKGFの実験機ジークフリート。
 フロートによる高速飛行と、ブレイズルミナスと電磁装甲により驚異的な防御力を実現した凶悪な兵器である。
 当然、玉城の乗る戦闘機は一瞬でハーケンの攻撃を受け撃墜された。

「そんなのありかよおぉおぉぉおぉぉおおぉおッッッ!!」

 断末魔の雄叫びを残して、玉城は地面へと落下していった。
 ジェレミアはもう玉城には興味を失ったのか、次なる獲物を探して飛翔する。

『今こそ、皇族への忠義! 果たす時!
故に! オール・ハイル・ブリタアアァァァァニアアァァァァッッ!!』

 ゼロという最大の獲物が見付からないので、ジェレミアは地上にいる黒の騎士団に向かって、無差別攻撃を仕掛けた。

『うわっ、オレンジがっ!』

『ゼロ! オレンジだ! オレンジに吉田がやられたっ!』

『藤堂さん! これはオレンジです!
くそっ、オレンジってこんなに強かったのかっ!』

『焦るな! 包囲しつつ弾幕を張れ!
オレンジ一人に戦略を引っくり返されるな!
全力をあげて、オレンジを撃墜しろ!』

 黒の騎士団が怯めばブリタニア軍が勢いを取り戻す。
 既にボロボロだったブリタニア軍は僅かな活路を見出すと、それに飛びついた。

『オレンジが活路を開いたぞ!』

『オレンジに遅れるなっ! オレンジに続けぇ!』

『復活したぞ! オレンジが蘇った!』

『すげぇ! オレンジがあの赤いナイトメアを押してるぞ!』

『オール・ハイル・オレンジ!!』

 圧倒的なまでの性能。
 オレンジというイレギュラーにより黒の騎士団は一時的にブリタニア軍に押され始めた。
 だが、それも所詮は一時のもの。
 時間が経てば、どうしても指揮官不在というブリタニア軍の弱みが色濃く現れる。

 本国にエリア11陥落の報がくるのは、この時から数日後の事であった。



 エリア11より遠く離れたブリタニア帝都ペンドラゴン、インベル宮。
 少年ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは不機嫌さを隠そうともせずニュースを見ていた。

「C.C.」

 低く、苛立ちを込めてルルーシュは言った。

「断っておくが、あの"ゼロ"の正体について知っているかという問いの答えはNOだ。
私はあのゼロの正体に皆目見当もつかない」

「本当か?」

「本当だ」

 ルルーシュはC.C.を苛立ちの篭った目で見て、

「分かったよ。今のところは信じておこう」

「今のところはか?」

「当然だろう。
相変わらず秘密主義の魔女を無条件で信用するほど俺はおめでたい頭をしていない。
もし信用して欲しければ、お前の知る事を包み隠さず話すんだな」

「断る」

「だろう? だから信用できないというんだ。この魔女め」

――――――随分と不機嫌だな。
 ベッドに寝転がりながらC.C.はぼやく。
 まあ仕方ないか。なにせ"ゼロ"という理想の英雄を作り上げる為にこの男がしてきた労力は半端なものではない。シンジュク事変を始めとした"奇跡"の数々は勿論、黒の騎士団やキョウトからの支援、民衆からの指示、それ等を得る為にどれだけの時間を使った事か。
 その努力が、全て見ず知らずの他人に奪われるのだ。ルルーシュにしてみれば、これほど腹立たしいことはない。
 しかも、そのゼロとなった人物が、あっさりと日本解放を成し遂げてしまった事もルルーシュの神経を逆なでするのだろう。

「どこへ行く?」

 部屋から出て行こうとしたルルーシュを呼び止める。

「……シャワーだ」

 短くそう応えると、こちらを振り向こうともせずルルーシュは去っていった。
 確かに、信用できないだろうな。先程ゼロの"正体"については見当もつかないと言いはしたが、それは半分嘘で半分本当だ。
 ゼロの正体は確かに分からない。ただ、あのコーネリア率いるブリタニア軍を寡兵でしかない黒の騎士団が打ち破り日本解放するなど万に一つもないことだ。そう、普通ならば。
 つまり日本解放が成功した勝因には普通ではない要素があるということだ。そう、ルルーシュと同じ王の力、ギアスが。尤もこの程度の推理はルルーシュもしているだろう。いや、だからこそギアスに最も詳しい自分に聞いたのだろう。
 
 そしてシャルルより告げられたV.V.の死。
 タイミング的にも、無関係とは思えない。
 C.C.が能力を与えたギアス能力者で消息のつかめないものはいないから、自分の与えたギアス能力者ではない。いや、もしそうだとしても、あそこまで短時間で日本解放を行える程の能力者など、それこそルルーシュくらいしかいない。
 マオなら或いはとも思うが、生憎と彼は既に故人だ。V.V.が能力を与えた者は全てが殺されたらしいので、それもない。それに、日本解放なんていう大それた事を行うにはギアスという力だけではなく、ルルーシュに匹敵するだけの知略が必要になる。嚮団でそんな教育をしていないのは自分も知っているのでそれもない。

 V.V.からコードを奪った人間が、誰か能力のある者に力を与えたと考えるのが、最も正しいような気がする。といっても、これも推測でしかなく、真実は"ゼロ"しか知らないであろうが。

「なに、ルルーシュが心配かだって?
悪いな。私はそんなに優しくなんてないんだよ、マリアンヌ」


 

「エリア11が……陥落?」

 レナードがその報を聞いたのは、深夜のことであった。
 ルーベン・アッシュフォードから紹介された者と"親睦"を深め合い、ヴィ家の味方を増やしていく作業で疲れて帰ってきた所へ追い討ちを掛けるかのようなタイミング。
 だがそんな文句を言う事はレナードの頭にはなかった。

「まさか、……冗談だろう?
おいおい、性質の悪い冗談はエイプリルフールだけにしてくれ。
はっきり言って、笑えないぞ」

「事実です。
行政特区に現れたゼロは、その場でブリタニアからの独立を宣言。
これが、政庁陥落後にゼロが全世界に向けて発信した映像です」

『日本人よ! ブリタニアに虐げられてより七年、よくぞ耐えた!
だが、もう耐える必要はない! ブリタニアは、総督コーネリアは、我が黒の騎士団の猛攻の前に恐れをなし逃げ出した! これは、この日ノ本の国に刻まれる偉大なる勝利である!
我々は弱者を一方的に虐げ続けるブリタニアを打ち倒し、正当なる権利を勝ち取ったのだ!』

 高台で演説するゼロ。
 周囲には黒の騎士団の団員やキョウト六家の重鎮達、イレヴン達の多くが集まっている。

『私は今此処に、ブリタニアからの独立を宣言する!
だがそれは嘗ての日本の復活を意味しない。歴史の針を戻す愚を私は犯さない。
我々の創る新しい日本は、あらゆる人種、主義、宗教を受け入れる矜持を持つ国家だ。
その名は、合衆国日本!!』

 瞬間、銃声が鳴る。粉々になるディスプレイ。
 レナードが画面に向かって撃ったのだ。

「……殿下……コーネリア殿下、それにユフィ。
ダールトン将軍、ギルフォード卿は。そうだ、学園は……一般のブリタニア人はどうなっている」

「……申し上げにくい事ですが、コーネリア殿下ならびにユーフェミア殿下は行方不明です。
ギルフォード卿とダールトン将軍も、行方が掴めません」

「そうか」

「ですが、一般のブリタニア人に関しては、帰国出来るようです。
ゼロが演説でそのように言っておりました」

「本当か?」

「はい」

 レナードが黙り込む。
 屋敷のメイドがいれたコーヒーは全く手の付けられないままだった。

「それで、エリア11はどうするんだ?」

「ブリタニアの公式発表では、合衆国日本はテロリストが勝手に宣言しているだけであって、断じてそれを認めないと」

「まあそうだろうな。
もし合衆国日本を認めれば、他の殖民エリアまで五月蝿くなる。
ということは、当然鎮圧に行くんだろうな?」

「はい。総指揮はシュナイゼル殿下が行うそうです」

 レナードが立ち上がる。
 そしてメイドに指示してラウンズ専用の騎士服を持ってこさせる。

「どちらへ?」

「陛下に申し上げてみる。
エリア11鎮圧軍への参加を」

「分かりました」

 自分の責任と思うほど傲慢ではないが、それでも自分が不在となったエリア11が落とされた事に思うことは多々ある。
 それに行方不明のコーネリアやユーフェミアも気がかりだった。
 レナードは皇帝への謁見のため、ペンドラゴン宮殿へと向かった。


――――――結論から言って。
 レナードの申請は通らなかった。皇帝からは「そのままルルーシュの護衛及び監視を続けろ」と。そう言われては皇帝の騎士であるレナードには逆らえない。だが、自分で向かう事は敵わなかったが、姉であるノネットの派遣が決まったのは嬉しい誤算ではあった。
 そして、更にその一週間後。レナードとルルーシュは再びペンドラゴン宮殿へと赴くことになる。
 皇帝からの、命令を受けるために。



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