―――時は金なり。
どんな大金持ちだろうと時間だけは買うことが出来ない。
世界最高の権力を持つ皇帝だろうと、天下に覇を唱えた英雄だろうと。
しかしもしも可能とする者がいるのならば、それは人ではない魔なのだろう。








 ランスロット・コンクエスターの合流。
 それはアースガルズという一隻の戦艦に小国に匹敵するだけの武力を持たせるのに等しかった。
 先の戦いでこそガヘリスを始めとするフロートを装備したKMFが多数出撃してきたが、アイスランド全体を見渡せば分かるだろう。
 EUにとっての航空戦力が、アースガルズのものと比べ如何に脆弱なのか。
 無論これはEUが特別弱いというのではなく、アースガルズの戦力が異常なだけだが。
 なにせ枢木スザクとランスロットはラウンズと同等の実力を持っており、そこにナイトオブツーであるレナードとギアスユーザー二人が操るGX01シリーズ、そして純血派の生き残りキューエルとヴィレッタ。
 ブリタニア軍全体を探しても、たった一隻の戦艦にこれだけの戦力が揃うことはそうはない。

 しかも指揮をとるのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 相手が戦下手なクロヴィスであったにしても、テロリストという弱兵を即興で率いて一時は壊滅にまで追い込んだほどの男である。
 少数精兵といえど、これだけの戦力を操るルルーシュに敵はいなかった。

 そしてアースガルズの奮闘を聞き、士気を高めたブリタニア軍の猛攻は既にアイスランドのEU軍を徹底的に殲滅し、遂にほぼ全域を支配するに到った。
 EUにとって残された拠点。それはアイスランドの首都レイキャビクのみであった。


 レナードがルルーシュとユーフェミアに続くようにアースガルズから下りると、総司令であるジョセフの姿があった。
 親愛からの出迎え、というのはルルーシュとジョセフの関係からして有り得ない。
 思惑から外れ大きな戦功をあげたルルーシュに嫌味でも言いにきたのかもしれない。

「お久し振りですね、兄上。
ご健勝そうで何よりです」

 ルルーシュが涼やかな笑顔をする。
 不機嫌そうなジョセフとは対照的だ。

「ふんっ、偉そうに。
大きな顔をして、肝心のガヘリスは取り返していないではないか」

「それは私の力不足が原因です。
しかし兄上。
当然ガヘリス奪還という任務を全う出来なかった私にも責任があります。
ですが、そもそも敵にガヘリスの強奪を許した責任者こそ最も責任を負うべきなのではないでしょうか?」

「ルルーシュ、貴様……!!」
 
 ここでいう責任者とは基地の長であり総司令であるジョセフのことだ。
 ジョセフが今にもルルーシュに掴みかかろうとする勢いで迫る。
 が、流石に本当に掴みかかるような真似はしなかった。

「ふんっ。まあいい。
それで、あれがアースガルズの捕らえた捕虜か?」

「はい」

 警備の兵に囲まれたEUの兵士達。
 投降した者に対する殺害はルルーシュが禁じたため、逃げ遅れた兵士は必然的に捕虜にしたのだ。
 
「不甲斐ない者共め。所詮は衆愚政治の統治下で育った弱兵。
偉大なる皇帝陛下の御名のもとで戦うブリタニア軍に比べ弱兵なのは当然か」

 ジョセフが残虐な笑みを浮かべた。

「弱者に用はない、と父上も仰られている。おい」

 周りにいる腰巾着に指示を出す。

「このような者共、生かしておいても何の価値もない。全員殺せ」

「馬鹿なッ!」

 一番最初にジョセフの指示に激高したのはルルーシュだった。

「捕虜の殺害は条約で禁じられている!
いや、それ以前に武力を失った者達を一方的に殺すというのか、お前は!」

「ルルーシュ。お前は何様のつもりだ?
総司令は私、ジョセフ・ディ・ブリタニアだ。貴様のような平民の子ではない」

「平民の子であろうと関係ありませんっ!」

 ルルーシュと同じようにユーフェミアも声を張り上げる。

「ジョセフお兄様。この者達はブリタニアとEUの条約を信じ投降してきたのです。
それを討つなど、人の道に反する行為です!」

「クッ、エリア11をゼロとかいうテロリストにみすみす奪われた無能がよく咆える。
ユーフェミア、君は軍事の素人だ。静かにしたまえ」

「条約など形式上のものだ、さて」

 ジョセフが兵士達に指示を出そうとする。
 しかし、それを止めるようにルルーシュが掴みかかった。

「ふざけるなっ! 確かに俺もEUの兵士を殺してきた。この手で、命令で!
だがそれは相手も同じように武器を持ったものだからこそだ!
武器を持たない捕虜を殺すことは戦争じゃあない、虐殺だッ!」

 鬱陶しそうにルルーシュを跳ね除けるジョセフ。
 しかしルルーシュは退こうとはしない。
 
 その時、鈍い銃声が響き渡った。
 ゆっくりと倒れるルルーシュ。その体からは生々しい血を、

「ジョセフ殿下!」

 慌ててレナードがジョセフとルルーシュの間に割って入る。
 先程までは皇族同士の会話に割って入るのは無礼であるため黙っていたのだ。

「スザク、急いでルルーシュを医務室に!」

「分かりました!」

 ユーフェミアが指示を出しスザクが従う。
 意識はあるようだが、もしかするかもしれない。

「殿下、乱心されましたか!?
味方を……しかも腹違いとはいえ異母弟を撃つとは!」

「……ちっ! 忌々しいっ!」

 ジョセフは流石に少し不味い事をしたと思ったのか、早足で場を去った。
 この事は後々に皇帝に報告するとしても、今ジョセフを追うことに大した意味はない。
 そう判断しレナードもルルーシュが運ばれた医務室へと向かった。



「――――――運が良かったです」

 しみじみとルルーシュを診た主任が言った。
 実は彼女、工学系だけではなく医師としても類稀な才覚を持っているのだ。
 
「弾は臓器などを一切傷つけることなく貫通。命には全く別状ありませんし、後遺症もないでしょう」

「そっか」

 今は麻酔による眠りに付いたルルーシュを眺めながら、レナードがほっと息を吐いた。
 ユーフェミアやスザクも同様である。

「それで完治は何時くらいになるんでしょうか?」

「それは今後の経過しだいです、ユーフェミア殿下。
ですが、この分なら直ぐに良くなりますよ」

「よかったぁ」

 涙を拭うユーフェミア。
 安心しているのが目に見えて分かる。

「うぅ…本当に、良かった…」

 ユーフェミア以上に泣いているのがスザクだった。
 
「おいお前まで泣くなよ、ほらハンカチ」

「ありがとう、レナード、ずずずっ」

「おいこらっ! そのハンカチで鼻をかむな!」

「あ、ごめん、つい……」

「はぁ。ま、お前はこういう奴か」

 レナードは呆れながら笑う。
 思えば懐かしい光景だった。
 こんな状況では不謹慎かもしれないが、こういうやり取りがアッシュフォード学園に戻ったみたいで少し楽しく思えてしまうレナードであった。




 そしてルルーシュが撃たれた三日後。
 事件は起こる。

「おい、下準備は進んでいるか?」

「勿論です、殿下」

 ジョセフがEU軍を追い込んでおきながら一気に攻め込まないのには理由があった。
 それは簡単に言えば名声である。

 ジョセフの予想に反してルルーシュが華々しい戦果を上げてしまった為、このまま終戦となれば自分の上にルルーシュがつくような事になりかねない。

 これは彼のプライドに掛けて断じて許せないことである。
 なんとしても、ルルーシュを越えるほどの華々しい戦果をあげ、同時にルルーシュの名声を失墜させなければならない。

 出来れば戦闘のどさくさに紛れて謀殺したいところだが、忌々しい事にルルーシュの側にはラウンズの一角であるレナード・エニアグラムがついている。それにユーフェミアもだ。
 それにエリア11での失態があるとはいえ、宮廷に多くの味方のいるユーフェミアを敵に回すのは、今後を考えれば得策ではない。

 だからこその次善の策。
 つまりルルーシュの戦果を自分の戦果のように報告し、ルルーシュの功績をそっくりそのまま自分のものにしようという魂胆なのである。

 自分には味方となる貴族が多くいるが、ルルーシュの後援貴族の筆頭であるナイトオブツーは戦場。もう一つの味方であるアッシュフォードは復権したばかりで動きがとりずらい。今こそが絶好の機会なのであった。

「さて――――――」

 ジョセフが次の指示を出そうとした時、突然やかましいサイレンの音が響いた。

『ジョセフ殿下!』

 会議室にブリタニア軍士官の声が響いた。

「何事だ!」

『EUが奇襲攻撃を仕掛けてきました! 敵戦力は少数ですが強奪された試作兵器を戦闘にそちらへ向かっております! 急ぎお逃げ下さいっ!』

「馬鹿を申すな! 我が軍のレーダーは居眠りをしていたとでもいうのかっ!」

 そう幾ら試作兵器ガヘリスといえど、ブリタニア軍の警備網を突破し此処に奇襲を掛けるなど不可能だ。
 必ず此処に到達する前に発見され、蜂の巣にされるのがオチである。

『それがレーダーが何も反応せず、突然現れたのです!』

「そんな事があってたまるか! レナード卿のマーリンならまだし――――――――」

 その時、ジョセフは見た。
 自分の居る建物の天上を貫通し迫る黒い業火を。
 ハドロン砲、その業火の正体を悟ったと同時に、ジョセフの体は焼き尽くされていた。



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