―――将とは、智・信・仁・勇・厳なり。
孫子の兵法。ブリタニアにおいても知られている最も有名な兵法書の一つである。
そして孫子は将ならばこの五つの徳性を備えていなければならないという。
智、頭の働き。
信、人から信頼されること。
仁、人間味のあること。
勇、勇気。
厳、厳しさ。
さて、レナード・エニアグラムはこのうちの幾つを備えているだろうか。








 祝勝会。
 それが開かれる要因は様々である
 帝都ペンドラゴンで開かれたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナイトオブツーの功績を称える為の祝勝会は、エニアグラム公爵が正式にルルーシュの後援貴族となったこともあり、かなりの賑わいを見せていた。
 だがこの会の主役である筈のルルーシュは。

(流石にウンザリするな、これは)

 ルルーシュの周りにはブリタニアを代表とする高官、貴族が群がっていた。
 ある者はルルーシュの功績を、ある者はルルーシュの皇族復帰を、またある者は母マリアンヌの武功を持ち出してまで賞賛してくる。

「いやぁ、しかしお見事!
ジョセフ殿下ことは残念ですが、その後のルルーシュ様の指揮っぷりは素晴らしい!」

「全くですな! 皇帝陛下も殿下の御働きには大変喜んでおられましたぞ!」

 言い寄る貴族達の相手をしながら、いい加減面倒になってきた。
 しかも皇帝陛下が喜んでいた、というのはルルーシュを更に苛立たせるだけで、一ミクロンたりとも嬉しいとは思わない。

 貴族達の魂胆。
 それはルルーシュには簡単に分かった。
 現在ヴィ家にはエニアグラム家とアッシュフォード家が後援に立っており、マリアンヌと古くから交友のあったナイトオブワン、ビスマルク・バルトシュタイン卿もルルーシュに好意的な対応をとっている。そしてレナードが影から手を回したお陰で、コーネリアが行方不明となったことで分裂し掛けたリ家の後援貴族を取り込むことに成功しており、言ってしまえば日の出の勢いなのだ。
 そしてアイスランドで見せた才覚。
 貴族達に"ルルーシュ戴冠"の光景を描かせるには十分だった。
 なにせ皇帝直系の男子でそれなりの力があったクロヴィスとジョセフは死亡。他の皇族達は皇帝となるほどの力はない。
 
 つまりルルーシュは降って沸いてきたような次期皇帝の三番手、という事なのである。
 もしも万が一、これの後援貴族に納まりルルーシュが戴冠すれば、その後援貴族には更なる権力が約束されるも同然……。

 延々と賛辞を繰り返す貴族達に嫌気が差しギアスを使いたい衝動に駆られるが我慢する。
 こんなことで一人につき一度しか使えないギアスを駆けるなど、浪費に等しい。
 そしてルルーシュは浪費家ではなく倹約家だった。
 金は豪快に使うのではなく貯金するタイプである。

 そこでルルーシュはピザを熱心に食べているC.C.を見つけたのをいい事に、貴族達へ「部下が呼んでいる」と言って別れると、そのままC.C.の下へ向かった。

「こんな場所でも相変わらずのピザか」

「当然だろう。
他の料理もあるが、それもピザという至高の食品と比べれば天と地ほどの差がある。
いや違うな、ピザを食品という矮小な枠で括るのは良くない。
そもそもピッツァという料理が生まれたのはイタリアのナポリだが、実はエジプトには円盤状のパンに具材を乗せて焼いた物があってだな。
 それが現ピザの調理法と酷似していることから、原型はエジプトからイタリアに伝来していると言う説もあるのだ。それはブリタニアにおいても――――――」

「分かった! 分かったら落ち着けC.C.!」

「なんだ、いい所だったのに」

(こいつ、ピザの事になるとなんて知識量だ……。
そう言えばスザクが言っていたな。確かこういうの日本では、お婆ちゃんの知恵ぶく―――――――)

「何か言ったか?」

「なんでもない。
…………そんな事よりレナードの奴を見なかったか?
あいつがいないせいで、貴族共の相手は俺一人でする羽目になった」

「残念だがNOだ。
私はレナードを見ていない。私の目にはピザしか映っていなかったからな」

「…………お前に聞いた俺が馬鹿だった」

 しかしC.C.が知らないとなると、一体誰に聞けば。

「お呼びですか、殿下」

「!」

 振り返ると、そこに見知らぬ女性がいた。
 艶やかなアッシュブロンドの髪。顔立ちは瞳に僅かな冷たさがあるものの、見る者を魅了する魔力を持っている。スレンダーな四肢を包むのは情熱的な赤いドレス。
 …………そこで漸く気付いた。
 この女性には見覚えがある。

「確かレナードの開発チーム、カムランの主任か?」

「ええ、そうです」

 にこりと主任は笑った。

「ところで少将をお探しとか?」

「ああ、知っているのか?」

「ええ、あそこにおられますよ」

 会場の一角を指差す。
 はたしてそこには、レナードがいた。
 なにやら蒼い髪の女性と親しげに話している。時折女性がポッと赤くなるのが遠目にも分かった。

「……あいつは一体全体なにをやっているんだ!?」

 貴族達に囲まれていた時を上回る苛立ちを込めて言った。

「恐らく、口説いているのでしょうね」

「だな。間違いなく口説いている」

 C.C.と主任が口を揃えて言った。

「ほう。つまりあいつは、俺が貴族の相手をしている時に、呑気に女を口説いていた訳か……」

「そうですね。ですが、驚くべきは相手にもあります」

「相手?」

「これをご覧下さい。
私が極秘裏に入手したあの女性のデータです」

 主任に渡された書類を見る。
 そこに記されていた事実に、思わずルルーシュの瞳がカッと見開く。

「なんだ、これは…………」

「どれどれ……ほぅ、あいつもやるじゃないか」

 ルルーシュから奪い取った書類をC.C.が見ると、にやりと笑みを浮かべた。

「ティファニー・マクベス、三十四歳……それはまぁ百歩譲っておいて置こう。
年の差に関しては、レナードの倍あるが、な」

 ルルーシュの震えが大きくなる。そして、

「だがこの『未亡人』というのは如何いう事だッ!」

 爆発した。
 だが幸いにして、ルルーシュの叫びはパーティーの喧騒に飲まれて消える。
 そんなルルーシュに主任が事情を説明する。 

「このような場ですと街中でするナンパと同じ、という訳にはいきません。
出席されている方もかなりの身分のお方ばかりです」

「それは、分かる」

「だからこそ間違っても夫のいる方を口説くことは出来ません。
また余りにお若い方ですと、本気になってしまう恐れがあります」

「だから、未亡人か」

「はい。まぁ半分は少将の趣味ですが」

「ほほう、レナードはマザコンだったのか?」

C.C.が悪戯気に言う。

「いえ違います。ただ守備範囲が広いだけです。
確認しただけで、15才〜37才までの女性と関係を持った事がありますし」

「……あいつは本当にラウンズなのか!?」

「少将は軍務の際は生真面目なお方なのですが、私生活においては不真面目の権化ですので。
……その女性関係のスキャンダルの揉み消しの経験などが、今の政治的手腕を育てる一因になったという事実もありますし、全くの無駄という訳ではないと思います」」

「そ、そうなのか」

 ルルーシュも自分達兄妹の地盤を固めるために、レナードがどれだけ動き回ってくれたかは既に知っていた。それを知った時はレナードの手腕に関心しもしたし、感謝もした。
 しかし、その手腕が女性関係の清算で培われたものと聞くとなんとも微妙である。




 ところで、その頃とうのレナードといえば、未亡人の女性を口説き落とすことに成功して、いざ出陣っという所で意外な客がきた。

「あら、お邪魔だった?」

「会長、如何してここに!」

 間違いなくレナードがエリア11にいた頃に通っていた学園、アッシュフォード学園の生徒会長であるミレイ・アッシュフォードだった。

「驚いた?
これでもアッシュフォードの娘だからね。招待状も来たし」

「ああ、そうか成る程」

 確かに言われてみればその通りだ。
 アッシュフォードは今やルルーシュの後援貴族のナンバーツー。
 ならばそのルルーシュの祝勝会に、アッシュフォードの令嬢であるミレイがいるのは、なんら妙なことではない。

 此処で話すのは、隣に居るティファニー・マクベスのこともあって些か不味い。
 そう思ったレナードは、ティファニーに一言「直ぐに戻ります」と言ってからミレイと外へ出た。

「しかし会長、ご無事で何よりです。
エリア11陥落の際には、心配して眠れませんでしたよ」

「当然♪ 植民地の一つや二つが落ちたところで倒れる生徒会長じゃないわ……とまぁ、そう言いたいのは山々なんだけど実は玉城とかいう柄の悪い騎士団員に絡まれてね。ほら、ニーナが……」

 なんでもニーナがうっかり騎士団員の前で「イレヴン」という単語を言ってしまったらしい。
 当然、日本人で構成された騎士団員がそれを聞いて愉快になる訳もない。
 その玉城とかいう団員に絡まれて、最悪自分の命も危ない、と思ったそうだ。

「だけどその時、カレンが助けてくれたのよ」

「カレンが!? だが彼女は……」

「ハーフよ。シュタットフェルト卿と日本人の愛人との間に生まれたらしいわ」

「知っていたのか?」

「ええ、これでも理事長の孫だから色々と、ね。
流石に黒の騎士団に所属してたなんて夢にも思わなかったけど」

「しかし意外だな。
あの大人しいカレンが反政府勢力のメンバーだったとは」

「違うわよ。あれ演技よ、演技」

「演技?」

「そう。黒の騎士団の制服を着たカレン、学校の時とは随分と印象が違ってたわ。
活発的っていうのかしらね」

「あれが演技、か」

 脳裏に、何時も物静かで大人しそうだったカレンが思い浮かぶ。
 どうしても活発的な姿が想像出来ない。

「…………しかし、そうか」

 内心で良いカードを手に入れたと思った。
 シュタットフェルト家は押しも押されぬブリタニアの名門貴族の一つである。
 そのシュタットフェルト家の令嬢がハーフだというだけでも十分なのに、その令嬢が実は黒の騎士団のメンバーだったなんて事が公になれば、間違いなくシュタットフェルト家は没落、最悪の場合はエリア11陥落の責任の一端をとらされる事になるだろう。
 このネタを使えば、シュタットフェルト家をヴィ家側に取り込むことも可能だ。
 
 そこで慌てて頭をプライベート用に戻した。
 そんな思考は後で出来る。今はプライベート、仕事は後だ。

「それより、てっきり恨んでるかと思いましたよ」

「なにが?」

「ルルーシュとナナリーのことです。
折角アッシュフォードが匿っていた御二人を俺が――――――」

「ストップ!」

 レナードの言葉をミレイが遮る。

「まぁ本音を言うと少しは恨みもしたわ。
リヴァルなんか事情を知ると大泣きだったし。
でも私だってそれほど子供じゃないわ。
アンタがルルーシュとナナリーの為にどれだけ走り回ったか、少しは理解しているつもり。
…………こう言うとあれだけど、お陰で家も復興できたしね」

「会長」

「だから、このことはお終い! 会長命令よ」

「ははっ。会長命令じゃ仕方ありませんね。
生徒会専属ボディーガード兼、掃除係として上官たる生徒会長には従わなければなりません」

「よろしい!
…………あ、それとスザクは?」

「アイスランドでユーフェミア殿下とお留守番ですよ。
数日とはいえアイスランドを完全に留守にする訳にはいきませんからね」

「そう。じゃあスザクに伝えておいて。
今は色々と忙しいだろうけど、一区切りしたら一度本国のアッシュフォード学園に来なさいって。
リヴァルやシャーリー、ニーナも心配してるわ。ニーナの場合はユーフェミア殿下が心配で夜も眠れなかったみたいだけど……」

「分かりました、必ず伝えます」

「勿論、貴方もよ」

「?」

「だから、貴方も一仕事終えて暇が出来たらアッシュフォードに顔出しなさい。
これは命令じゃなくて、お願いね」

「…………分かりました。では、人を待たせているので失礼します」

 レナードは気まずい雰囲気を感じ取り早足でその場を去った。
 別にミレイから言われた、アッシュフォードに顔を出すというのが嫌だった訳じゃない。
 寧ろそれもいいかもしれない、と考えていた。

 だが再び学園に通うことは、もうない。
 エリア11でアッシュフォード学園に通っていた一つだけ分かった事がある。それは他の皆と自分との明らかな違い。
 レナードから見てアッシュフォードの学生達は羊だ。平和を喜び、草を食べて暮らす羊。
 対して自分は謂わば狼だ。戦争の中でこそ充実し、肉を食い血に飢える獣。
 根本的に違う。
 狼が羊の群れで暮らせる訳がない。
 だが同じパイロットであるスザクは違う、ルルーシュもだ。
 あの二人は確かに自分と同じように戦場に身を置いている。しかし二人は羊でも狼でもなく、例えるならば人間。肉だけじゃなく草も食べるし、血に飢える事もない。だから羊とも一緒に暮らせる。
 
 たぶん、自分は一生軍人として生きるだろう。
 そしてどこかの戦場で死ぬ。
 戦争のない世界、というのは考えた事もなかった。
 いや考えたくなかった。
 戦争がなくなれば自分のような狼はどこで生きればいい。
 だが考えなくてはいけない。もし何十年も生きたいのならば。
 やがて戦争は終わる。
 世界はいずれブリタニアの色一色に染まるだろう。そうすれば戦争はもうない。あるのは反政府勢力による抵抗活動だけ。そしてそれさえも終われば……自分のような獣は必要なくなってしまう。
 
「狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵る……。
俺も長生きしたかったら、雑食にならないといけないのかもしれないな」

 レナードの呟きは誰にも聞かれることなく虚空へと消えた。


 


おまけ


「なぁスザク。お前って最近EUの奴等に『白き死神』って呼ばれてるそうじゃないか」

 ある日、レナードがそうスザクに問いかけてきた。

「うん。そうらしいね。ちょっと大袈裟すぎるんじゃないかと思うんだけど……」

「だがスザク。お前にも苦味が加わったか」

「はい?」

「だってそうだろ。
ランスロットって白騎士って呼ばれるじゃないか」

「そうだけど」

「だからさ、ほら。
しろきし
しろきし"にがみ"!」

「えっ?」

「ぷぷっ……今夜のスザク君は苦味があります、ってか」



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.