―――死は人生の終末ではない。生涯の完成である。
天寿を全うした者は確かに完成だろう。
しかし事故や急病などによって唐突に人生を終えた者は、未完成のまま完成の烙印を押される。
一生涯、さて貴方は完成した人生を送れるか否か。







 無心で飛ぶ。
 帝都ペンドラゴンの奥、まだ見ぬ聖域へ。
 不思議と迷う事はなかった。
 自分自身の中にある予感めいたものが、順路を示してくれている。
 ただ、それ通りに進めばいいだけ。

 止める者もいた。
 だがその全てを黙殺する。
 脳裏に焼きついた映像が離れない。
 いや、より危機感は強まっていった。

 やがてペンドラゴン宮廷が見え始める。
 その奥に、聖域はあるのだ。
 迷わず進む。そして今までの生涯で一度も見たことのない場所に辿り着いた。
 如何してこんな物が、そう思わざるを得ない巨大な、巨大過ぎる壁。
 いやただの壁じゃない。
 中心に描かれた不死鳥のようなマーク。それを囲うように奔る紋様。
 
「此処が、入り口」

 迷わず手を伸ばす。
 すると、どういう理屈か壁から光が溢れ、マーリンの機体を全て包み込んだ。

 次に目を開くと飛び込んできたのは、映画などでしか見たことのないような神秘的な空間。
 黄色い空に照らされるように、夥しい柱が並んでいる。
 黄昏、その単語を連想せずにはいられない場所だった。

「急ごう!」

 もう直ぐだ。
 此処を進めば、皇帝陛下のいる場所へと辿り着ける。

 やがて広い場所に出る。
 中心に居たのは間違いなくシャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下その人。
 急いで馳せ参じようとしたその瞬間。

 銃声と共に皇帝陛下の体が、ゆっくりと倒れていった。

「皇帝陛下ァ!」

 叫ぶ。しかし既に起きてしまった出来事は誰であろうと変える事など出来ない。
 それでも全速で陛下の側へと降り立つ。
 
「馬鹿な! 黄昏の間に到る事が出来るのはコード保持者かR因子がなければ……!」

「しゅ、シュナイゼル殿下!?」

 何故此処に、という疑問は浮かんでこなかった。
 なんたって、手に持つ銃がシュナイゼルが何をしたかを雄弁に物語っていたから。
 故に、レナード・エニアグラムの行動は決まっていた。

「そうか。貴方が黒幕かッ!」

 対人機銃を撃とうとする、が、飛来してきた三角の物体に阻まれた。
 見れば、ゼロが手元にある装置を動かしている。
 
「シュナイゼルだけじゃなくゼロまで……!
表の叛乱は囮だったとでもいうのかッ!」

 機体をフルパワーで動かす。
 幸い機体を押さえている物体の力はマーリンより下。
 これなら弾き飛ばせる。

『黄昏の間へと到る、それにこの空間内でそれ程のパワー。
この男、まさかワイアードかッ!』

 よし。いける。
 このまま、この妙な物体を押しのければ……。

『退くぞ、シュナイゼル。
流石にKMF相手ではこちらの不利だ。
私自身、此処のシステムを完全にはコントロール出来てはいない』

「仕方ないね」

「待てッ!」

 しかしゼロとシュナイゼルは、必死の叫びも空しく虚空へ消えていった。
 恐らく逃げたのだろう。マーリンを抑えていた物体も消滅した。

「いや、二人より今は……!」

 急いでマーリンから降り、皇帝の側へと駆け寄る。
 陛下は胸を打たれ血を流していたが、まだ生きておられた。
 こうしてはおれない。急いで医者に見せる必要がある。
 
「陛下、緊急時故に非礼をお許し下さい!」

 意識の混濁している陛下をマーリンへと乗せる。
 幸いコックピット内は広い。何度もKMFで遭難した経験から居住性を高めたのだが、役に立ったようだ。

「直ぐに医者の下へ御連れします。それまでは、どうか御勘弁を」

 元来た道を逆走する。
 対して距離もない。直ぐに帝都ペンドラゴン宮廷へと出た。
 これで平時ならば医者の一人や二人と言わずに百人くらい居るのだが、生憎と叛乱のせいで皆退避してしまっている。いや、それ以前に響き渡る轟音と銃声から察するに、今だ戦闘は続いている。
 それもかなりの規模で。
 ならば反乱軍が来るかもしれない、こんな場所で治療するなど却下。
 出来るだけ安全な、戦地から離れた場所に御連れしなければならない。
 
 このような場合、自分一人の判断で決めると取り返しのつかないことになりかねない。
 やはり経験豊富な人物へ助言を得たほうが良いだろう。
 通信を入れる。やはりこんな時はあの人に連絡を入れるべきだ。

「バルトシュタイン卿!」

『どうした、レナード! モニカから帝都へ向かったと聞い――――――』

「皇帝陛下が銃で撃たれました!」

『!』

 言葉に出来ない、息を呑むような声が通信越しに聞こえた。
 
「下手人はシュナイゼル! それに隣にはゼロがいました。
このタイミングの良さからして、恐らく両殿下の叛乱の黒幕はシュナイゼルかと」

『陛下の御容態は!?』

「芳しくありません。私見ですが、急ぎ治療を受けて頂く必要があるかと」

『しかしシュナイゼル殿下が……危惧していたとはいえ何てことだ!
私が突破口を開く、お前は何としても陛下を!』

「突破口?
それほど反乱軍の数が多いのですか。
それに幾らなんでもそろそろ援軍が到着して良い頃だと思いますが」

『シュナイゼル殿下が黒幕ということで説明がついた。
先程から援軍を要請する通信をしているが、一向に繋がる気配がない。
恐らくは妨害されている。私とお前程度の距離なら問題ないが、遠距離通信は壊滅的だ。
このような大それた仕掛け、可能なのはシュナイゼル宰相しかいないだろう』

「通信が……」

『そうだ。それに成る程、ゼロが共犯だったか!』

 漸く戦場が見渡せる場所へと到着する。
 そこで行われていたのは、熾烈な戦闘だ。
 ブリタニア軍を囲むように、黒の騎士団の暁とかいうKMFが襲い掛かる。
 いや、暁だけじゃない。ヴィンセント、ガレスなどの次世代の量産期がこれでもかというくらいに揃っていた。その数、幾ら帝国最強といえど苦戦を免れない。

「…………レナード……」

 その時だ。
 小さな、だがしっかりとした声が聞こえた。

「陛下! 喋っては……」

「……アースガルズだ」

「は?」

「アースガルズへと…向かえ……レナード」

「しかしアースガルズは此処から近い港で停泊中といえど、些か距離があります。
もっと他に近い場所が」

「我が騎士レナード。これは勅命だ」

「!」

 勅命、このブリタニアに生きる人間にとって、なによりも優先すべき命令。
 その命を下された以上、反論は許されない。

「イエス、ユア・マジェスティ」

「通信を……」

 陛下が通信を繋ぐ。
 相手は無論、バルトシュタイン卿。

「ビスマルク」

『存じております。
モニカ、アーニャ!』

 ビスマルクが共に戦場にいた二人のラウンズへと言った。

『お前達二人はマーリンの護衛をしろッ! なんとしても陛下をアースガルズへと御連れするのだ。
反乱軍の相手は私と私直属の部下で十分だ』

『しかしそれではバルトシュタイン卿が』

『愚問だな、モニカ。
お前は私が足止めの為に残るとでもいうのか?
この程度物の数ではない。が、此処ではもし万が一陛下の御身に危険があるか分からん。
故に最も安全な、陛下の言われた場所へと御連れするのだ。
陛下がアースガルズに到着される頃には、ここにいる反乱軍は根絶やしになっているだろう』

『……………………』

『分かったのならば、さっさと行け。
皇帝陛下を守護することこそ、ラウンズ至上の目的。
伊達にロイヤルガードの指揮官をしている訳ではないだろう』

『イエス、マイ・ロード』

『そしてレナード、聞いていたな』

「はっ」

『…………陛下を頼む』

「命に代えましても」

『よし、行け!』

 振り払う、ビスマルクを。
 今マーリンには陛下がいる。
 故に許されない。あらゆる感情を封殺し、自らの機体の安全を優先しなければならない。
 そのことが如何しようもなく歯がゆく、同時に悔しかった。




「行ったか」

 離れていくマーリンとそれを護衛するKMFを見ながら、ビスマルクは呟いた。
 正直、モニカに言ったのは半分誇張していた。
 別に此処に居る反乱軍を自分と直属の部下で殲滅出来ないと思っている訳ではない。

 しかし感じるのだ。
 長い事戦場に身を置いてきたからだろうか。
 死の予感、そのようなものをビスマルクは薄々と察していた。
 普通は自分以外から出るソレが自分から発せられている事も。

 すると、ギャラハッドの前に黒いKMFが姿を現した。
 一際大きな剣を持ったそのKMFはギャラハッドと比べても遜色のない威容を誇っている。

「…………ゼロ」

『ナイトオブワン、ビスマルク・バルトシュタイン。
主君を守る為に殿を務めたか、それともその少数の兵で叛乱を鎮圧出来るという自信か……。
恐らくは後者か』

 ビスマルクは迷いなく片目にした封印を解いた。
 それは嘗て一人の魔女より与えられた能力。
 極近未来を読み取るギアス。
 マリアンヌ以外には使わぬと定めたソレを迷いなく解放した。

「ゼロ。帝国最強の剣、知るがいい!」

『望むところだ。
では、私こそ最強なのだと、御身の技量をもって証明しようか』



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