―――因果応報。
罪を犯した者は、いずれ罰を受ける時が来るという。
しかしそれは真実なのだろうか。
世の中には、民衆を苦しめ人を食い物にした俗物が生きながらえ、安らかに眠りにつくこともある。
寧ろ、本当の悪人は裁かれないほうが多いのではないだろうか。









 異変というものは突然に起きるものだ。
 いや人々にとって異変でも、事実を知る者にとっては呪いとでも言うべきだろう。
 行方不明だったコーネリアの騎士ギルフォードがナイトオブファイブに任命された。
 何故、と彼を知る誰もが思う。彼はコーネリアの騎士。仕える相手はコーネリア以外にはいない。
 断じて主君の生死がわからない状況で、シュナイゼルに尻尾を振るような男ではない筈だ。
 しかし真実を、ギアスを知る者には分かる。
 シュナイゼルの絶対支配のギアス。それが彼の忠誠心を捻じ曲げ、操っているのだと。

   

同じ頃、中華連邦でも問題が発生していた。
 そう、それは中華連邦との交渉に成功し、来るべき作戦の為にマーリンやギアスユーザー専用にカスタマイズされたヴィンセントを密輸していた時のこと。
 
「オデュッセウス殿下と天子様が結婚!?」

「そうだ。つい先程私の下に連絡があった。
なんでも、既に婚姻の儀の為に第一皇子オデュッセウス、シュナイゼル及びナイトオブスリー、ナイトオブフォーが来ていると。また黒の騎士団からゼロの代理として親衛隊隊長の紅月カレンが」

「まさか大宦官が?」

「いや、私が見る限り奴等ではない。
恐らくは超合衆国の仕掛けだろう」

 場には周香凛や洪古などの中華連邦の反主流派、レナードを始めとしたアースガルズ側の人員が勢ぞろいしていた。

「レナード。君の方からアースガルズのルルーシュ陛下へと連絡を頼めるか?」

「無論、連絡はする。
しかし幾らアースガルズのステルス性が随一とはいえ、アイスランドから中華連邦に超合衆国に気付かれる来るには時間が掛かる…………見立てでは、早くて一日、遅ければ四日は」

「天子様が超合衆国に人質として送られてしまえばアウトだ。
なんとしても、その前に天子様をお救いしなければならない。だが……」

「星刻。進めていた計画はまだ完成していない。
これでは朱禁城にガンルゥで突入する事すら危ういぞ」

 供古が言う。
 今まで星刻達は大宦官の魔手より天子を救う為に計画を練っていたが、シュナイゼル達の行動が速すぎたせいで、それはまだ完全とは口が裂けてもいえない。つまり用意していた計画は間に合わないということを示していた。

「各自意見を述べてくれ。
敵は中華連邦の正規軍に加え、ブリタニアのナイトオブラウンズまでついている」

 星刻に従い、各々が自由に意見を述べる。
 しかし会議を聞いていたレナードの心には暗雲が立ち込めていた。

(相手はあのシュナイゼルだ。生半可な策では通用しない……)

 レナードは自分が知略においてシュナイゼルを上回る事はないと確信していた。
 出来るとしたら、自分の主君であり悪友であるルルーシュくらいのもとだろう。
 故に、どんな策を考えても、まるで全てが見透かされているような錯覚を覚えてしまうのだ。

(アースガルズの到着を待つというのも一つの手だ。あれほどの戦力と性能があれば、電撃的に朱禁城に奇襲をかけて天子を強奪することだって出来る。やはり、これしかないッ!
戦術で戦略を覆す…………相手は同じラウンズだがやるしかないッ!
その為には一刻も早く、アースガルズを婚姻の儀に間に合うようにしなければ。
例え多少の危険を侵してでも、中華連邦が超合衆国に膝を屈すれば全てが終わりだ)

「レナード。
やはりルルーシュ陛下とアースガルズの到着を待つのが最上と考えるが」



 同時刻。
 ブリタニア皇帝旗艦グレートブリタニア。

「シュナイゼル陛下。そろそろお休みになられたほうが」

 副官のカノンが明日に祝賀会があるにも関わらず、未だに夜空を眺めているシュナイゼルに忠言する。しかしシュナイゼルはただ微笑むばかりだ。

「カノン。明日は兎も角、明後日の結婚式にはナイトオブスリーとナイトオブフォーにはKMFで待機してもらおうか」

「はっ? それは敵の襲撃があると。
しかしガンルゥ相手ならばトリスタンだけで十分と思いますわ」

「そうだね、ガンルゥだけならば問題はない。
しかし敵がアースガルズという戦艦ならば?」

「ルルーシュ殿下が結婚式場へと来ると?」

「恐らくはね。私の弟は頭が良いから、恐らくはレナード辺りを中華連邦に派遣していることだろう」

「ナイトオブツーを、ですか」

「そうだよ。あの艦に武官は多くても、交渉や政略に長けている者は殆どいないからね。
もしかしたら、レナード一人かもしれない」

「直ぐに二人に指示を出します。大宦官達には」

「彼等にも正規軍を大量に建物内に潜ませて置くように伝えておいてくれ。
確かにアースガルズはあらゆる面で優れた戦艦だ。だけど四方からの同時放火にさらされれば、幾らブレイズルミナスといえど脆いものだよ」

「ところで明日の祝賀会はいかがなされるおつもりですか?」

「明日、か。ふむ、確かにルルーシュを待たず襲撃を掛けてくる確率もゼロではないだろうね。
私の予想では先ず間違いなくアースガルズはアイスランドのどこかに潜んでいる筈だけど、レナードは賢い騎士だから、自分の機体であるマーリンくらいは中華に持ち込んでいるかもしれない」

「分かりました。それでは明日の会場でも二人を?」

「いや、対TASセンサーが漸く使い物になってきたところだ。
それにラウンズを連れてきながら、祝賀会にも参加せずというのも些か不味い。
そうだね。黒の騎士団の紅月カレン嬢にでもお願いしようか。
彼女の紅蓮には対TASセンサーの実験機が搭載されているしね」

「イエス、ユア・マジェスティ」




「いや、それはやめておこう」

『!』

 レナードは星刻の提案を、ばっさりと切って捨てた。
 
「理由を聞かせてくれてもいいか?」

「シュナイゼルが天才なら、俺もその案で行ったよ。
だがシュナイゼルは天才じゃない。あいつは鬼才だ。
こちらの考えや行動なんて、全部見通しているに違いない」

「奴の実力に関しては、ブリタニア人である君のほうが詳しいだろう。
しかしならばどのような手をうつ?」

「俺のマーリンのTASで祝賀会に乗り込む、と言うのも一つの手だが」

「成る程。確か君のマーリンのTASとかいう装置で不可視状態になれるそうだな」

「だけど……駄目だな。これも見透かされている気がする」

「はぁ。結局は仕切りなおしか」

 再び星刻含めた反主流派が会議を再開する。
 レナードもまた思考の海へと潜っていった。
 考えても考えても、シュナイゼルを上手く出し抜くイメージが沸かない。
 幾ら名案と言えるだけの策が考え付いても、そらすら読まれている気がする。
 瞬間。レナードの中に天啓のように閃くものがあった。
 
「これだッ!」

「どうした、突然大声を出して!」

「名案を思いついたんだよ。ああ、シュナイゼルを出し抜くにはこれしかない」

「なんと。それはどのような案だ。聞かせてくれ」

 レナードは星刻達に、その案を言う。
 すると、みるみる内に場に居る全員の顔が青くなっていった。

「しょ、正気か、それは……」

「失敗すれば間違いなく死。いやいや、それ依然にそんな馬鹿なことが」

「幾らなんでも、無謀では?」

 口々に異を唱えるレナード以外の全員。

「では逆に聞くが、他にシュナイゼルを出し抜く策があるのか?」

『……………………』

 無言。そんな策が何もないからこそ途方に暮れていたのだ。
 やがて最初に観念した星刻が。

「確かに、あのシュナイゼルを出し抜くにはそんな策しかないかもしれないな。
いいだろう。元よりクーデターが失敗すれば待っているのは死のみ。
ならば、この危険な賭けに出てみよう」

 星刻が呆れたように呟いた。




 朱禁城の迎賓館には中華連邦の大臣、そしてブリタニアの貴族達が勢ぞろいしていた。
 この祝賀会の中心は、明日に婚姻の儀を結ぶことになる、ブリタニアの第一皇子オデュッセウス、そして中華の象徴たる天子。

『合衆国ブリタニア第九十九代皇帝、シュナイゼル・エル・ブリタニア様ご到着!』

 会場内の視線が集まる。
 やがて入場してきたのは、端整過ぎる顔立ちの美青年。
 皇帝用のマントを翻し、堂々と歩いてくる。

「皇帝陛下、お待ちしておりました。
陛下の護衛は我等にお任せ下さい」

 シュナイゼルの前に、ナイトオブスリーとナイトオブフォーが跪く。
 それにシュナイゼルは微笑でもって応えた。

「頼もしい限りだね。任せるよ。ただ……」

「は?」

「もう少し楽にしてくれないかい。今日は祝いの場なのだから」

「イエス、ユア・マジェスティ」

 これで参加者は一通り揃った。
 首都、洛陽の警備は完璧といっていい。大宦官からの報告では首都内にKMFなどが持ち込まれた形跡は発見できないとも。

(やはり、今日のところは見送ったのかな、レナード)

 読み通りの結果の筈なのに、残念そうにシュナイゼルが目を瞑る。
 そんな時だった。その声が祝賀会場に響き渡ったのは。

『あ〜、オッホン! マイクテス、マイクテス。
神聖ブリタニア帝国。ナイトオブラウンズ筆頭騎士。
ナイトオブワン、レナード・エニアグラム様及び、クーデターの首謀者にして天子様の忠実なるナイトたる黎星刻様のご到着!』

 まるでその宣言に合わせたかのような爆発音。
 朱禁城の一角が爆発した。
 そして先程シュナイゼルが入場して来た場所に立つのは、帝国最強の証たる白いマントを羽織った男。嘗てのナイトオブツー、レナード・エニアグラム。そして隣に立つのは、その瞳に溢れんばかりの闘志を燃やした男、星刻。

「我等は問う!」

「天の怒り、地の叫び、人の心!」

「なにをもって、この婚姻を中華連邦の!」

「ブリタニアの!」

「「意志とするかッ!」」

「ナイトオブツー、何故今ここで!?」

「血迷ったか星刻!」

 星刻に対して大宦官が、レナードに対してカノンが叫ぶ。

「「全ての人民及び臣民を代表し、我等はこの婚姻に異議を唱えるッ!」」

 その中にあってシュナイゼルは冷静だった。慌てず人ごみに隠れ用意してあった一室へと難を逃れる。
 顔に歪んだ笑みを張り付かせたまま。



「久し振りだな、ジノ。それにドロテアも」

 自らを囲んだ中華連邦の警護兵を一瞬で切り伏せたレナードが、嘗ての同胞であるジノに対して声を掛けた。

「ジノ。裏切り者と交わす言葉などない。
この男は皇帝陛下にラウンズと任じられておきながらも、陛下を裏切った下劣!」

「俺が、裏切るか。なぁドロテア。それは事実か?」

「なに!」

「事実なのかと聞いているッ!」

 レナードが疾走する。手には剣を一振りとサブマシンガン。
 対するジノとドロテアには何もない。無手。

「ドロテア!」

 その不利を悟ってか、ジノが警護兵の持つ槍をドロテアへと投げる。
 しかし、生憎と彼らはレナードが堂々たる真っ向勝負をするような男ではない事を失念していた。
 レナードが隠し持っていたスタングレネードを投げる。瞬間、眩いばかりの光が二人の視界を奪った。その隙を狙い、突破するレナード。慌ててレナードを追う二人。
 だが二人は気付かなかった。レナードの目的が、ただ二人の目を星刻から逸らす事などとは。



 走る。ただ前へと。
 立ちふさがる兵士を切り伏せ、ひたすら前へ。

(可笑しなものだ)

 自嘲する。
 飢えた民を救いたいと願いつつも、私は天子様のことを考えている。
 
「今こそ、私は!」

「何をやっている、取り押さえるのだ!」

 切りかかる兵士達を薙ぎ倒す。
 ただひたすらに前を目指して。
 幸い大宦官達はブリタニアの参列者に危害を加えることを恐れ発砲しようとはしない。
 純粋な白兵戦ならば……!

「不忠なり! 天子様を己がものにしようとは!」

 兵士の言葉が胸に突き刺さる。
 そうかもしれない。この行動が天子様の御心に沿っているかは分からぬ。
 天子様は六年前のことなど覚えておられぬかもしれん。
 それでも、私は命を救って頂いた代わりに、永続調和の契りを交わしたのだ。
 私は、心に誓って!

「天子様に外の世界を!」

 夜空の下で交わした約束。
 誓い。そう、全ては天子様の為に。それだけを願い戦い続けた。
 全ては今日の為に!

「星刻!」

「ッ!」

 その時、確かに聞いた。
 天子様の声を。そして――――――

「星刻、星刻、星刻――――――ッ!」

 六年前のように、指を空に掲げる天子様の姿が。
 覚えておられた。あの誓いを、約束を! ならば。

「我が心に迷いなしッ!」

 もはや敵などいない。
 全ての兵士を薙ぎ倒し、そして天子様の下へと辿り着く。

「星刻!」

「はっ! お側に!」

 嗚呼、漸く辿り着けた。
 この人の下に。

「約束を果たしに参りました、天子様。
貴方に、外の世界を」

 静かに膝を折る。それは六年越しの願い。
 天子様の目より涙が溢れた。



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