―――約束を守る最上の方法は決して約束しないことだ。
約束自体しなければ約束を守る必要はない。
だが約束してしまったからには、守らなければ男が廃るというものだろう。
だから二人は戦うのだ。約束の為に。






 天子を強奪された朱禁城は混乱の極みにあった。
 中華連邦の実質的支配者である大宦官にとって天子とは保身と贅沢の為の道具である。
 男根を永遠に失う事で後宮へ入る事を許された彼等にとって、天子こそ自分達の栄華を約束する傀儡であり、ブリタニアの貴族となる為に必要な餌なのだ。
 
 それが奪われた。しかも星刻に。
 天子とは象徴だ。天子本人に才覚がなくとも担ぎ上げる者がいるならば、それは十分に旗頭としての役目を機能する。
 そして大宦官が危惧することは、強奪したのがあの星刻であるということだ。

 実を言えば大宦官は無能ではない。
 否、無能であったならば他者を蹴落とし権力を握ることなど出来なかっただろう。
 頂点に立つ大宦官が有能であるのに中華連邦の人民の多くが貧しい暮らしを強いられているのは、ただ彼らの能力のほぼ全てが私腹を肥やすためだけに使われているからに他ならない。

 そんな大宦官だからこそ、星刻の実力を認めているし、同時に危惧もしている。
 星刻が天子を旗頭とし地方軍閥達と手を結べば、この中華連邦を真っ二つに引き裂く大戦すら起こりかねないのだ。そして大宦官達は政治的能力はあっても、戦争の才覚など無いに等しい。部下の中にも星刻に匹敵するような逸材はいない。このままでは、本当に最悪な結果が…………。
 
 そうやって右往左往している時であった。
 合衆国ブリタニアの皇帝シュナイゼルより提案があったのは。

「ではブリタニアの方々が助勢を?」

「はい。祝賀会の際、星刻と一緒に乗り込んできたのは我が国の元ナイトオブツー、レナード・エニアグラムです。となると、天子強奪事件の責任は、残念ながら不肖このブリタニアにもあるのです」

「それはそれは。しかし――――――」

 大宦官は戸惑う。
 なにせこのシュナイゼル、決して油断の出来ない男である。
 助勢を頼むのはいいが、その結果自分達が権力の座から引き摺り落とされる可能性だってある。
 注意しなければいけない。

「ご安心を。代価などは望んではいません。
ただ、両国の平和の為にも一刻も早く事件を解決しなければならないと思ったのです」

 代価がいらない、その言葉に反応する。
 これは非公式といえど、立派な会談だ。
 であれば、此処での発言を無下にする事は出来ない。

「分かりました。ではご協力をお願い致します」

「喜んで。既に彼等の逃走した場所は特定済みです。
直ぐに向かいましょう。両国の為に」

「はい。今後ともよしなに」







 反主流派のアジトにその警報が響き渡ったのは、非公式の会談から一時間が経過してからだった。

「星刻様! 敵KMFの熱源を感知。
また上空に大型浮遊航空艇1。これはグレードブリタニア、皇帝の御座艦です!」

「大宦官め! よりによってシュナイゼルの手を借りたのか……」

 星刻が暫し呆然とする。
 いや、こうなる事は予想していた。
 しかし行動が速すぎる。一体シュナイゼルはどんな取引を大宦官に持ちかけたのか。

「不味いぞ、星刻」

 側に居たレナードがグレートブリタニアを凝視しながら言う。

「ああ、そうだ。グレートブリタニアが出てきたと言う事は」

「弱ったな。ラウンズ同士で潰しあう事になるとはな。
しかもラウンズだけじゃない。あっちには紅蓮までいる。次世代の量産期であるヴィンセント・ウォードも確認されているしガンルゥだって凄まじい数だ」

 不幸中の幸いは、こちらに天子がいる為にミサイルなどで波状攻撃する事が出来ないという点だが、それでもこの戦力差はいかんともしがたい。

「だがやるしかないだろう。元より無茶は承知の作戦だ」

 星刻が決意の篭った視線を反主流派の者達に向ける。

「我々はこの大地の飢えた人民の為、天子様の為に立ち上がった同志だ。
で、あるならば百万の敵が来ようとも飲み込んで見せよう」

「おおっ!」

「星刻殿の言う通りだ!」

 口々に歓声が上がる。
 それは星刻への信頼が如何に深いかを表していた。

「仕方ないな。よし、俺も出る」

「すまん」

「別にいい。こっちもこっちの事情があるしな。
それと星刻。正直この戦力差だ。神虎がないと苦しい。
天子様の側で守りたいという気持ちは分かるが」

「言わずとも理解している。周香凛」

「はっ!」

「天子様を頼む」

「命に代えても」

「すまん。ではレナード」

「ああ。サンチアは残しておこう。
ガンルゥだけでは心配だろう?」

「迷惑を掛ける。では」

「行くとしようか、戦場に」




 マーリンのコックピットに搭乗すると深く溜息を吐く。
 なにせ初のラウンズ同士の潰し合いだ。
 しかもラウンズになったのは、ジノやドロテアのほうが先。謂わば先輩といってもいい。

「だが負けられない・嘗て同格だったとしても、今の俺はナイトオブワン。
ラウンズに敗北はないが、ナイトオブワンには敗北は許されない」

 この土壇場になって漸くナイトオブワンの重さを本当に理解した。
 ナイトオブワンが背負うのは、ブリタニアという国そのものだ。
 帝国最強の騎士の敗北は即ちブリタニアの敗北。他のラウンズが敗北したとしても、ナイトオブワンだけは敗北してはいけない。何故なら帝国最強の騎士が敗北すると言う事は、ブリタニアの全ての騎士より敵が上だということを示してしまうから。

 そう思うと、よりビスマルクの凄味が分かる。
 血の紋章事件以後、彼意外のラウンズがいなくなってからというものの、彼はたった一人唯一のナイトオブワンとして帝国最強の座を守り続けてきたのだ。
 そして自分はそのビスマルクを継いだのだ。故に敗北は許されない。絶対に。

「レナード・エニアグラム。マーリン、出撃する」

 戦場に舞い降りる。すると直ぐに真っ直ぐこちらに向かってくる深紅の機影があった。紅蓮だ。
 つまりパイロットは。

『KMFで会うのはお久し振りね、レナード』

「ああ。確かナリタ以来か?
ブリテンではスザクにまかせっきりだったからな、お前の相手は」

『戦場で会った以上、容赦はしない。投降するのなら今の内よ』

「投降? 馬鹿を言うな。誰が投降なんてするかよ。
イレヴンってのは脳筋なのか?」

『ッ――――! イレヴンじゃない、日本人だッ!』

 突っ込んでくる紅蓮。それをヴァリスで牽制しつつ距離をとる。
 マーリンでは接近戦で紅蓮と戦うには不利だ。距離を詰められれば、不味い。

(紅蓮の攻撃の要――――――あの右腕をなんとかすれば……)

 データによると、あの異形の右腕から輻射波動といわれるエネルギーは発せられるらしい。
 逆に言えば、あの右腕がなければ紅蓮など恐るるに足りない。
 なんとかして右腕を、そう考えていると。

『よう!』

 振り下ろされた斧。
 どうにかMVSを抜き受け止める。

「ジノ!」

『違うな。血のヴァインベルグ卿って呼んでくれよ。レナード』

「その渾名、まだ覚えていたのか!?」

『流行らなかったけどな。
でも私はこの渾名結構気に入っていてね』

「それは、ありがとう!」

『どういたしまして!』

 しかし冗談抜きに不味い。
 星刻に援護を頼もうとするが、もう一人のラウンズであるドロテアの相手に手一杯のようで、こちらへの助けは期待できない。
 他に唯一助けになりそうなルクレティアは大量のガンルゥを相手していて動けない。
 サンチアは天子の護衛。つまりは……

(俺一人で二人同時に相手しろってことか)

 無茶苦茶だがやるしかない。
 やらないという選択肢が存在したいのだから、やるしかないのだ。

『カレン! 突っ込め!』

『ちょっと、私に指示しないでよ!』

 口喧嘩しているにしては良い連携だ。
 機動力において紅蓮を上回るトリスタンが敢えて後方に身を置き、紅蓮が突っ込む。
 紅蓮を避けても、スピードのあるトリスタンが先回りして逃げることを許さない。
 即席にしては中々に、隙が無い。

『弾けろォ!』

「弾けないッ!」

 ただどうしたものか。
 TASの不可視化を合間合間に使う事で躱しているが、

(このままじゃジリ貧だ。TASはエナジーを喰うんだぞ……!)

 おまけに紅蓮のほうが対TASセンサーを備えているようで、通常のKMF相手のように一方的な戦いをすることも出来ない。
 
(なんとかしなければ…………ッそうだ!)

「カレン!」

 外部スピーカーをONにして叫ぶ。
 こうなったら、小細工を弄するしかない。

『なによっ!』

 攻撃の手が止む気配はない。それでも……。

「ゼロの正体、教えてやろうか?」

『えっ? 正体を……』

 見えた。今までの連携に乱れが出来た。

「隙有りッ!」

 マーリンを最高速度で飛翔させ、紅蓮の右腕をMVSで切り裂いた。

『腕をッ!』

『やられたのか、カレン!?』

 勢いに乗ってそのまま紅蓮のコックピットを破壊しようとするが、間に入ってきたトリスタンによって止められてしまう。
 レナードの顔に影が差した。

『カレン、一度後退しろ』

『でもっ!』

『レナードを甘く見るな。右腕がない紅蓮じゃあいつの相手はキツイ』

『…………分かった』

 紅蓮がそのまま後退する。
 やがてトリスタンがゆっくりと振り向いた。

『おいおい。言葉で惑わせるなんて、それでも騎士か?
騎士道は何処へいった?』

 半ば呆れたように、半ば愉しむ様にジノが言う。
 試しているというよりかは、確認をしているような口調だ。

「愚問だな。俺だって騎士だ。騎士道くらいあるさ。だが……」

『なら』

「我が騎士道に『正々堂々』の文字はないッ!」

『あれま』

「『正々堂々』という文字は、史上最強の騎士道にのみ存在する」

『史上最強って……』

「俺は史上最強じゃあないからな。
卑劣で卑怯な手段を使ってでも最強の頂きにしがみ付くだけさ。
これでも帝国最強の看板を背負ってるんでね」

『へえ、祝賀会で言ってたナイトオブワンは伊達じゃないってことか』

「皇帝陛下直々のご指名でね。という訳で死んでくれ、ジノ」

『死んでくれ、っか。
断るよ。私には私の守るべきモノがある』

「そうか。なら容赦はしないッ!」

『こっちもだ。さて――――――』

 ジノが合図する。すると五機のヴィンセントが一斉にアサルトライフルを放ってきた。

「チッ、六人掛かりとは……」

『卑怯っていうかい?』

「いや、戦術的に正しい判断だ」

『言うと思った。さて、それじゃあヴィンセント隊。
相手はあのブリタニアの魔人だ。油断せず囲って叩けよ』

『イエス、マイ・ロード!』

 本格的に不味い事態だ。
 ジノ一人だけでも厄介だというのに……。

――――――――お前は新しきナイトオブワンとしてルルーシュを支えるのだ

「!」

 そうだ。何を弱気になっている。
 自分は帝国最強の騎士。不利だと? そんなものナイトオブワンには存在しない。
 こんな不利など捻じ伏せるだけ。

(集中しろ。そう、あの時のように)

 帝都ペンドラゴンでの事件で感じた不思議な感覚。
 あれを引きずり出す。瞬間、脳と殻から思考が飛び出し空間全体に広がったような気がした。

(よし、いける!)

 敵の動きが見える。いや理解出来る。
 このまま押し返すしかない。

『奸賊レナード・エニアグラム、覚悟ォ!』

 後ろから迫るヴィンセント。倒すのは容易い。ただ横薙ぎにMVSを振るえばいいだけだ。しかしそれでは僅かな隙が生まれてしまう。それをトリスタンが見逃す筈がない。ならば。

 マーリンの操縦桿を握る。
 手から滲む汗が操縦桿を塗らした。
 タイミングを見計らい…………今ッ!

『んなッ!』

 ヴィンセントのパイロットが驚く。無理は無い。先程まで正面にいた敵が突如として消えていたのだから。
 マーリンは一瞬の判断で迫っていたヴィンセントの頭部を掴み、そのままヴィンセントの背を踏み台に見立てて跳躍したのだ。そして飛んだ位置には、勘の通りならば数瞬後に。

(来たッ!)

 もう一機のヴィンセントが――――援護に入ろうとしたのだろう――――そこに来た。
 マーリンはそのままの勢いで後ろに周りこみスナイプハドロンを照準、発砲。
 赤黒い閃光は先程叫びながら襲ってきたヴィンセントと援護に入ろうとしたヴィンセントを二機同時に貫き破壊した。

(まだ、いける!)

 スナイプハドロンを素早く収納。そして両腕からハーケンを発射。呆然と立ち尽くしていたもう二機のヴィンセントのコックピットを破壊する。
 本来ならヴィンセントの装甲はスラッシュハーケンの一つや二つ喰らった所で破壊されるほど軟ではない。しかしどのような兵器でもパイロットが死んでしまえば、それはただの鉄屑だ。

『!』

 そしてヴィンセントは残り一機。
 ヴァリスを照準する。そしてヴィンセントが避けていく方向を読み取り、そこへ発砲。
 躱した所で意味は無い。
 魔人は躱した場所を正確に狙ってくる。故に必中。必殺の攻撃である。

『驚いた。五機のヴィンセントが一瞬で。
随分と腕を上げたじゃないか』

「当然だろう。俺は最強の男だからな」

『そうか。でも』

 安堵したのも束の間。
 トリスタンの側に降り立つ紅の機体。

「カレン。右腕を換装したのか?」

 紅蓮には先程切り落とされた右腕が再びついていた。
 レナードの口元が歪む。

『お陰様でね。さぁ右腕の借り、返してもらうよ!』

『なぁレナード。随分と頑張ったけど、あんなにTASを連発したんだ。
そろそろエナジーが尽き掛けているんじゃないか?』

「……………………」

 事実だ。既に危険域に達している。
 セオリー通りならば今直ぐにエナジーを交換するところだが、眼前の二機はそんなセオリーを許してはくれないだろう。
 だがそんな状況でありながらもレナードは笑みを浮かべて見せた。

「ふっ。はははっはははっはは!」

『何が可笑しいんだ?』

「決まってるだろう。嬉しいからだよ。
ジノ、この勝負俺の勝ちだ」

『なんだって? 一体どういう――――――』

 ジノの問いに答えたのは上空から降り注ぐ巨大な光だった。
 赤黒いハドロン砲の光が大地を走るガンルゥや空を飛翔するヴィンセント・ウォードを破壊していく。そして光が止んだ時、上空に現れたのは。

『…………アースガルズ』

 ジノは畏怖を込めて、その名を呟く。
 漆黒の神界は静かに、されど堂々とその存在を誇示するかのように飛んでいた。



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