―――私は夢想家だといわれた。その夢想家がいなければドイツはどうなていたか。
理想論や夢想家というのは、度々批判されることが多々ある。
だが、王に明確な理想や夢がなければ下の者は着いてこないし、指導者として君臨することも出来ない。今を生きる"指導者達"にも其々目的や理想がある。
ルルーシュは優しい世界のために。
二代目ゼロは恒久的世界平和のために。
そう、だからこそ。レナード・エニアグラムは"王"にはなれないのだ。







 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 レナード・エニアグラム。
 C.C.

 この三人は、偵察に行って来ると出て行ったきり行方を眩ましてから早数ヶ月。
 幸いにして、アーニャに憑依しているマリアンヌが的確な指示をすることにより、三人の失踪はアースガルズ内でも極々限られた者にしか知られてはいなかった。

 ちなみに、事実を知っているのはラウンズ全員、ユーファミア、枢木スザク、主任、ロイド、セシルだけ。他の者は三人は極秘裏に本国へ潜入しているっと公表しているが、それも何時まで保つか。嘗て当時のナイトオブワンを差し置いて"最強"に君臨していたマリアンヌをもってしても分からなかった。

 ここでいう保つ、とはアースガルズの軍人達がどうこうという訳じゃない。戦略だ。
 今現在ルルーシュが準備を始めていた戦略は、このままルルーシュが不在のままだと根底から崩れかねない。最悪もし死亡ということになれば…………間違いなくアースガルズという組織は崩壊するだろう。

 アースガルズにいる皇族はルルーシュだけではなくユーファミアもいる。が、幾らユーファミアの天性のカリスマ性がルルーシュよりも上だとはいえ、ゼロとシュナイゼルからブリタニアを取り戻すためには、カリスマ性だけじゃない。強い指導者が必要なのだ。
 
 それならば、ブリタニア本国で抵抗活動を続けているコーネリアが、とも考えられるがそれも難しいだろう。第一コーネリアはギアスを知らない。超常の力を知らぬコーネリアでは、それを知るゼロとシュナイゼルを相手には出来ない。現に一度、彼女は二人の前に完膚なきにまでに叩き伏せられたのだ。

 そして意外だったのは、レナード・エニアグラムという男の重要性だろう。
 マリアンヌはレナードのことを、あらゆる方面で優れた才覚を発揮する駒、と認識していたがそれは改める必要があるだろう。
 レナード・エニアグラムに王になる素養は欠片もない。が、将としては極めて有能だったということだろう。少なくとも、ルルーシュに足りない細かい気配りが出来る男だった。

 ルルーシュはその能力がありながら、足元を疎かにしてしまう弱点がある。いや、能力が優れているからこそか。優れているが故に、誰よりも前を突き進んでいってしまう。だが忘れてはならない。この世に生きる殆どの人間は凡人なのだ。天才を超えた鬼才ともいえるルルーシュに着いて行けるのは、余程忠誠心の高過ぎる者か、天才くらいだろう。
 その足元を、レナード・エニアグラムは固めていた。あのシャルルも言っていたが、世界を見渡す視野の広さ、部下を思いやる優しさ、主君へ尽くす忠誠心、時に肉親すら切り捨てる非情さを全て兼ね備えているのは、ラウンズだけでもレナードだけだ。
 
 レナードは幼い頃より貴族として、支配者として世界を見てきたし、あれで部下を労わる事も出来る男だ。戦に勝利した時は、部下と共に酒を飲み笑い合えるだろう。それはルルーシュには欠けている部分。そして恩義は決して裏切らない義理堅さがあるし、もし主君の敵ならば両親や姉でさえ迷わず殺すだろう。
 
 しかし決して"王"にはなれない。ワイアードギアスの素養があろうと、KMFパイロットとして最強だろうと、軍略は政治に精通していようと、レナードには決定的なまでに理想や願望が欠けている。
 軍の総帥にもなれるだろう。宰相にもなれるかもしれない。だが全ての頂点として、人を率いていく事は出来ない。人は明確な目的のない存在に従う事はないから。

 対するルルーシュのほうは、逆に"王"以外はそれほど向かない男だ。
 生まれ着いての反骨精神。それはシャルルとの確執で更に増大していて、それこそルルーシュ本人が認めた者でもない限り、人の下に着こうという気はないだろう。第一ルルーシュは皇子だ。幾ら自らに流れる血を否定したとしても、ルルーシュは皇族の生まれと言う事実は変わらない。彼は生まれながらにして支配者として育てられたのだ。それはそう変わるものじゃない。

 だからこそ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとレナード・エニアグラムという主従は完璧にして隙がなかった。

 キングには決して成れないが、他の全てにプロモーションできるポーン。
 自分では動けず、決して他の駒になることの敵わないキング。

 性格面でもそうだ。
 もし仮にルルーシュの騎士が他の者だったならどうだったろうか。
 枢木スザク……確かに優秀な騎士ではあるが、やや潔癖な所がある。
 ルキアーノ……性格的にルルーシュが好む者ではない。
 ビスマルク……正々堂々を信条とする彼では、ルルーシュの卑怯卑劣と相性が悪い。

 またレナードの主君が他の者だったらどうだったろうか。
 ユーファミア……生まれ着いての戦士である彼には、平和を愛する彼女とは合わない。
 ナナリー……性格的には兎も角、差別を嫌う彼女は、平等を嫌う彼とは合わない。
 コーネリア……上の二人よりは良いが、レナードの戦術・戦略とは合わない。

 勝つためには手段を選ばない戦略家たるルルーシュ。
 結果の為に卑怯卑劣を良しとした騎士たるレナード。

 水魚の交わり、という言葉があるがルルーシュとレナードは謂わば、互いが魚であり互いが水なのだ。
 ルルーシュという水がレナードという魚を活かし。
 レナードという水がルルーシュという魚を活かした。
 双方が双方を補う形での主従。故に何よりも上手くいった。
 二人に率いられる形で、アースガルズは最強の座に君臨していた。
 それが崩壊する。その二人が姿を消したことで。

 マリアンヌから見て今のアースガルズは。
 到底世界最強を名乗れる戦艦ではなくなっていた。





 アイスランドへと向かう大艦隊。
 それを指揮していたのは、実質的に世界の覇者たるゼロだった。
 シュナイゼルはいない。計画の完成のため一足先に神根島の遺跡へと行って貰った。
 もう直ぐ。もう直ぐ計画は完遂する。
 夢にまで見た、恒久的世界平和が完成しようとしているのだ。

「ゼロ。ここまで状況が進んでいながら、なにも自ら出撃しなくても……」

 ジノ・ヴァインベルグが問う。
 この仮面の下を知る数少ない者の一人だ。

『いやいや、窮鼠猫を噛むという諺もある。
それに手負いの虎とは何時の世も手ごわいものだろう?』

「それはそうですが……。
しかし、本当なのですか?
アースガルズの指導者ルルーシュと、レナードがいなくなったっていうのは」

 今度はカレンが問うてきた。

『私が信じられないかね?』

「いえ。そういう訳では」

 カレンの疑問は至極尤もだ。
 ルルーシュとレナードが死んだなら兎も角、いなくなったというのは妙だろう。こちらから見てもこの状況で、アースガルズの指導者とその腹心がいなくなるというのは道理に合わない。ギアスの事を知るジノはまだしも、カレンはギアスを知らない。だからこそ実験中のシステムを用いて、あの二人を別世界へ送ったなどとは口が裂けてもいえなかった。

 ただ、僅かながらの後悔もある。
 あの時、あの場でルルーシュとレナードを殺してしまうという選択肢も確かにあった。自分と戦えそうな相手はレナード・エニアグラムだけだったし、打倒できる確信もあった。ただあの時、自分はコードを保持してはいなかった。
 
 一時的にシュナイゼルへとコードを移し、再び自らのギアスを復活させていたのだ。もし自分のギアスがなければ、こうまで早く超合衆国を成立させブリタニアでクーデターを起こす事は不可能だっただろう。だから、あの場で危険を侵す訳にはいかなかった。此処で自分が死ねば計画は終わる。それを恐れたが故に。

 私はこれを"弱さ"と受け取った。
 不死の体が長かったせいだろう。死なない事を当然と思い、極度にリスクを恐れるようになっていた。こんな事では、世界の理に革命を起こすなど出来ようはずがない。
 だからこそ、今回は自らの手で決着をつける。敵は僅か千人と一隻の戦艦に過ぎない。対するこちらの兵力は五万。しかもカレンやジノ。藤堂を始めとする精鋭揃い。

 既にアースガルズの拠点は割り出した。
 もし違ったならば、アイスランド全域を焼き尽くしてでもアースガルズを殲滅するくらいの覚悟で今日ここにいる。

「ゼロ。見えてきました。
アースガルズの拠点と思われる場所です」

 海沿いの森。
 そこの地下にアースガルズの拠点がある。
 アイスランド中の地脈、金の流れなどを徹底的に洗い出して漸く見つけた場所だ。
 
『さぁ、諸君。
最後の戦争を始めようか』





 アースガルズが停泊している、アイスランドの地下基地。
 そこに喧しい警戒音が鳴り響いたのは、つい先程のことであった。
 ルルーシュとレナードがいなくなった今。暫定的に指揮官の立場にあるアーニャ―――マリアンヌが表層に出ている―――の指示で直ぐにアースガルズを海中へ発進。退却、という選択肢は存在しなかった。なにしろ敵の数が多すぎる。恐らく海中に逃れる事も想定済みだろう。
 ならば取れる選択肢は唯一つ。

「KMF出せる機体は全て出しなさい。総力戦よ」

 やるしかない。
 五万の兵力を、千人に満たない軍で戦わなければならないのだ。
 しかも最高の戦略家と騎士を欠いたままで。

 アースガルズのKMF。
 それら全てが発進していく。通常なら二三機は残しておくが、その余裕すらない。
 無論、自分とて例外ではない。

「モルドレッドにはサンチアを乗せなさい」

 モルドレッドはいいKMFだが、私が全力を出すには近接戦闘型のほうが都合が良い。
 平常時なら多対一に強いモルドレッドで、ギアスを発動したビスマルク相手に完勝できる自信はあるが、今回ばかりは余りに余裕がない。

「は? で、ではアールストレイム卿はどうするので?」

「マーリンがあるでしょう? 私が乗るわ。主任!」

『お呼びでしょうか?』

 モニターに主任の顔が浮かび上がる。

「マーリンの近接戦闘用への仕様変更は済んであるわね」

『はい』

「そう。いい仕事ね。
流石はシャルルが見込んだだけの女だけあるわ」

『恐縮です』

 さて、急ぐとしよう。
 状況は切羽詰っているのだから。


 マーリンのコックピット……いや殆どのKMFのパイロットはアーニャの体には大きい。
 丁度良いサイズなのは、専用機たるモルドレッドだけだ。
 敵の大艦隊から大量のKMFが出撃してくる。数は…………数えられるレベルを超えている。よくもまぁ一隻の戦艦相手にこれほど大層な戦力で臨んだものだ。尤も私でも同じ事をするだろうが。

「あー、枢木スザク?」

『はっ! なんでしょう』

 やや緊張した声が通信機越しに聞こえる。
 私は手早く指示をとばした。

「貴方はあの紅蓮なんとか式っていうのを相手しなさい。ランスロット、改良したんでしょう?」

 ランスロットは特派の技術者であるロイドとセシルの手により改良を施されている。
 その性能は、第八世代の枠を飛び越え第九世代といっていい。
 紅蓮と唯一互角に戦えるKMFだ。そして、それは……。

「ルキアーノ」

『フハハッハハッハハハッハハアアハハハハ―――――――――――ッ!
待っていたァ! この時をォ! さァァァ、殺戮を始めようかァァ!』

 同じように第九世代へ、エナジーウィングを装備したパーシヴァルが突撃していく。
 それを迎え撃っているのは、エナジーウィングを装備したトリスタンだ。あの分だと問題はないだろう。ルキアーノ・ブラッドリーはあれで狂える野獣というだけでなく、ある程度理知的な思考も出来る男だ。問題ないだろう………………たぶん。

 数では圧倒的にこちらが劣っている。
 だが、質ではアースガルズは最高だ。機体もパイロットも全て一級品が揃っている。故に戦力が三倍だろうと五倍だろうと戦える自信はある。だが敵戦力は五万。こちらの約五十倍。しかも奇襲を受けたのはこちらなので、ルルーシュのような奇策も用意していない。だがやるしかないのだ。そしてこの戦局を打破する唯一の手段、それは。

「敵司令官への――――」

『奇襲、かね?』

「!」

 通信機から男とも女とも判別のつかない合成音が響いてきた。
 まさか、ハッキングされたというのか?

 その時だ。
 マリアンヌは見た。
 こちらへ悠然と、王者の如く進んでくる一機のKMFを。その余りの威容。余りの威圧。
 アースガルズの将兵は、一瞬、攻撃を忘れた。

 フォルムはガウェインとほぼ変わらぬ黒と金。
 しかし嘗てのガウェインと違うのは、背負った大剣。あれはエクスカリバー。ナイトオブワン専用機ギャラハッドの主武装。
 最初に我へと帰ったのはマリアンヌだった。慌てて指示を飛ばし、ガウェインらしき機体へと攻撃命令を下した。
 ハドロン砲やアサルトライフルなどの攻撃がガウェインへ直撃する、が、無傷。ガウェインには傷らしい傷は一つも見当たらない。

「まさか……絶対守護領域?」

 マリアンヌはそれを防いだモノの正体を言い当てる。
 そうそれは間違いなく絶対守護領域だった。余りに扱いが難しい事からルルーシュ専用機たるオーディンにしか搭載されていない兵装。それをゼロが?

『そういう君はアーニャ・アールストレイム、でよいのかな?
妙だ。彼女の専用機はモルドレッドだったはず。何故マーリンへと乗っているのだか』

「………………」

『いや関係はない、か。
悪いが通信は傍受させて貰った。そこから考えるに、どうやらルルーシュ、レナードのいない今、アースガルズという組織を保たせているのは君のようだな。ならば』

 ガウェインが消えた。いや消えたと思った。
 そのスピードに。敏捷性に。
 
「絶対守護領域だけじゃなくエナジーウィングまで!?」

 一瞬でマーリンへと接近したガウェインはそのままエクスカリバーを振り下ろす。
 だが、忘れてはならない。今マーリンに騎乗する者が誰なのかを。
 彼女こそ女の身でありながら、実力ならばナイトオブラウンズ最強を誇った怪物。彼のビスマルク・バルトシュタインをもってしても、本気彼女と戦えば数分打ち合うのがやっとだという。それ程の規格外。史上最強の騎士。
 付けられた渾名は閃光。そして――――――双剣のマリアンヌ。
 マーリンもまた二振りのMVSを握っていた。

「死になさい」

 マーリンが動く。
 殆どの火器管制を放棄して近接戦闘特化型に改良されたマーリン。動きだけならば操縦者の技量を完全にトレースすることが可能だ。
 だが、マリアンヌが史上最強ならば、相手もまた史上最強だった。

「クッ――――」
 
 マーリンとガウェインの勝負。マーリンは押されている。
 マリアンヌは内心驚愕していた。
 幼少の頃は兎も角。今の今まで自分と互角に戦う相手など存在しなかった。機体性能だけじゃない。パイロットの技量ですら、相手は自分と同等なのだと、認めざるを得なかった。
 一体何者なのだ、このパイロットは。

(不味いわね……)

 パイロットの技量が互角ならば、勝敗を分けるのは機体の性能だ。
 ガウェインとマーリンは両者とも優れたKMFであるが、やはり性能差は圧倒的にガウェインのほうが高い。ならば勝敗もおのずと知れるというもの。
 だがマリアンヌはそう簡単に膝を屈しない。もし一騎討ちで勝てないのならば勝てるようにしてやればいい。彼女は決して武芸一辺倒ではない。その思考もまた"閃光"なのだから。

――――だが、やけにあっさりと、最強の敵は退いた。

「あら、どうしたのかしら?」

 ゼロに対して挑発をする。
 が、その傍ら。マリアンヌは素早く他の者達に指示を飛ばしていた。
 
『君の正体に心当たりがあるだけだよ。閃光』

「あら気付いたの?」

『アーニャ・アールストレイムに、私とガウェインを相手に、性能の劣るKMFで打ち合える程の技量はない。だがその体は間違いなくアーニャ・アールストレイム本人。ならば――――――』

「貴方の知るギアスに関係ある人物で、自分と戦えるのが私しかいなかった、っということかしら?」

『ご名答だ。貴女のデータは拝見させて貰ったからな。
マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア后妃』

「ならばどうするの? 尻尾巻いて逃げ出す?」

『冗談を。ただ、ならば別に私がやるまでもない、と気付いてね』

 ゼロがなんらかの合図をする。
 すると後方からオレンジ色の丸い物体が高速で近付いてきた。

「それは……」

 知っている。
 確かKGFとかいう兵器だ。
 しかし、その実験機のパイロットの名前は。

『ジークフリート。君も聞いてはいるだろう。
さて、その実験体であるジェレミアという男はな。偶発的に面白いものを覚醒させたのだよ』

「面白い、もの?」

 不吉に笑うゼロ。
 そして、マリアンヌにとっては絶望的な現実を突きつけた。

『ギアスキャンセラー。全てのギアスをキャンセルしてしまう能力だ』

「!」

 不味い。
 この男の言うことが事実ならば、ギアスによってアーニャに宿る自分は……!

『ただマインドコントロール下にあるため、精神的不安定でね。
今までは温存していたが、君を無傷で倒すならば安いリスクだ』

「やめっ――――――」

 ギアスキャンセラーが発動する。してしまう。
 それだけで、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアという人格は、あまりにも簡単に、あっさりと、この世界より消滅した。


 アーニャが意識を覚醒させたのは、マリアンヌという人格が消えた直後だった。
 気付けばモルドレッドではないKMFに騎乗していた。目の前には見知らぬ機体。
 
「な、に……これ?」

 何が何だか分からない。
 記憶が混乱している……いや、記録?
 違う。全て違う。意識を失う前と後。記憶が全て違っていた。
 
 行儀見習いとして来ていたアリエスの離宮で、一人の少年がマリアンヌ后妃を撃ち殺す光景。
 皇帝シャルルによって極秘裏に呼び出された光景。
 どれもこれも、アーニャの記憶にはなかったもので、今まで書き換えられていたものだ。
 
「もしかして、これが」

 こんような状況にありながらも、アーニャは携帯電話に記録した情報と頭にある記憶を比べる。
 結果は、矛盾なし。ということは、これが。

「私の、記憶?」

 漸く取り戻した記憶。
 だがその感慨に耽る暇も、全てを受け止める時間もアーニャにはなかった。
 ガウェインが聖剣をこちらへ向けていた。避けられない。ラウンズであるが故に悟ってしまった。アーニャは恐怖から逃れるように目を瞑った。だが、断罪の剣が振り下ろされる前に、その声を聞いた。アースガルズに所属する全員へ聞こえる声を。

『神聖ブリタニア軍総員に告げる! 一分以内にポイントF4より退避せよ!
繰り返す! 一分以内にポイントF4より退避せよ!』

「これって……レナード」

 声の主を確認すると、アーニャの行動は速かった。
 もう他の全てを無視して、ひたすら現在の空域。ポイントF4から逃れていった。
 何故退避しなければいけないのか? 何故こんなギリギリのタイミングでレナードが姿を現したのか。それ等の思考をアーニャは思考の片隅へと追いやった。
 分かっているのは、今までレナード・エニアグラムという男が、ブリタニア軍に勝利を齎してきたという事実だけだ。ならば、この声に従おう。

「あれは?」

 アーニャは見た。
 アースガルズの遥か後方から放たれた一発の弾丸を。
 火器システムこそ残っていなかったが、最高性能のファクトスフィアは残されていた。それを最大望遠にする。映ったのはこのマーリンと同じ黒と赤。背には鮮血よりも赤いエナジーウィングを背負った漆黒の魔人。

 そして弾丸を見る。
 五万の兵が渦巻くこの戦場では、頼りなさ過ぎる一発。
 が、それは一瞬だけ光ったかと思うと、全てを飲み込んだ。

 例えるなら、太陽だ。
 突如としてポイントF4に現れた小さな太陽は全てを飲み込んでいった。その場にいた全てを敵味方関係なく。圧倒的な赤い破壊。KMFという兵器が子供の玩具に見えてしまうほど、凄まじい。



――――――Field Limitary Effective Implosion Armament。通称フレイヤ。


 その兵器の名を知るのは。
 もう少し後の事だった。



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