とある魔術の未元物質
SCHOOL6   文 化 衝 撃


―――迫害されるのは英雄の運命である。
この世界の殆どの英雄は迫害される。そのずば抜けた能力や容姿、才能故に。英雄とは優れているからこそ英雄であり、だからこそ同時に疎まれる。










 夜の学園都市に二人の怪物が対峙する。
 垣根帝督と神裂火織。共に最強クラスの二人が。

「神裂って言ったか?
『魔法名を名乗る前に保護する』だぁ。
なら俺も幾度となく言ってやる」

 神裂の眉がピクリと動く。

「断るってな」

 垣根は先程の『見えない連続の斬撃』から神裂火織の実力をステイル=マグヌスより上に設定する。つまり油断出来ない相手だ。垣根の『未元物質』はこの世の物理を操るに過ぎない通常の能力者に絶大的なアドバンテージがあるが、生憎と相手も『魔術』なんていう得体の知れないものを操るのだ。
 だからこそ最初から全力。生半可に能力を出し惜しみしたならば、逆にこちらがやられるかもしれない。インデックスの話によると、魔術の中には街一つを焼き尽くすものもあるそうなのだから。未元物質とはいえ油断は禁物。

「成程、ステイルが驚愕したのも頷けます。その翼は天使のそれと似通っている」

「無駄口叩いてる暇があるのか?」

 空気中に解析用の数万の未元物質を散布していく。
 そして神裂が戦闘モードに入る前に、垣根は動いた。
 『未元物質』とはこの世に存在しない素粒子だ。故にその素粒子と接触した物体は独自の法則をもって動き出す。垣根が干渉したこの世界の存在とは、この世界にいる全てが肌で感じているもの。即ち重力。

「潰れとけ」

 未元物質により変質した『奇妙な重力』は常人を地面に貼り付けにするような重圧を神裂に与える。
 けれどそんなものは、この女に何の意味もなかった。

「なっ!」

 驚きは垣根のもの。立てない程の重圧にさらされている筈の神裂は、まるで重圧どころか重力すらないような動きで跳躍し鞘で垣根を殴打した。

「……うおッ……」

 翼で受け止めるが、重い。
 到底人間とは思えない筋力に垣根の体は吹っ飛ばされた。
 しかし吹っ飛ばされながらも巧みに未元物質を操り衝撃を緩和させ、どうにか地面に着地する。

「たっく、本当に人間か。あの重圧であの動き……。
それとも魔術師ってやつは体を弄ってブーストでもしてるのかよ」

 あんな人間の筋力や限界を無視したかのような動き。
 垣根帝督には一人だけそういった訳の分からない奴に心当たりがあるが、まさかこの魔術師も同じ類なのだろうか。

(いや、アレと同じな訳がねえ。もしアレと同じなら大気中に散布した未元物質がなんらかの反応をする筈。魔術だって同じだ。俺には魔術なんて理解出来ねえが、その理解出来ねえ物が来る事はなんとなく分かる。だっていうのに、未元物質は何の反応も示さなかった。つまり、この女―――――――――)

 信じ難い事であるが、この女は純粋な身体能力のみで、あんな離れ業を成し遂げたことになる。けれどそんな事は人間より遥かに強い筋力を持つゴリラやチーターにも無理だ。

「何度でも、問います」

 七閃、神裂火織の一瞬と呼ばれる時間に、七度殺すレベルの必殺斬撃が垣根に飛ぶ。
 けれど急所は狙われていない。狙われているのは体の表面などの薄皮一枚で済ませられる程度の部位だけだ。そんな絶妙な手加減は神裂火織が未だに魔法名を名乗っていないというのもそうだし、ステイルよりも情の深い人間だからという事もある。

「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」

 垣根帝督は動かなかった。
 七閃が垣根の体を切り裂く。死なないように、後遺症の残らないように、絶妙な加減をされて。

「もう良いでしょう。
貴方が彼女をそこまで庇う理由はないはずです。ロンドンでも十指に入る魔術師を相手に、三十秒も保てば十分です、それだけやれば彼女も貴方を恨みはしないでしょう」

 それは嫌味でも自慢でもなく事実なのだろう。
 何で『神裂火織』なんて如何にもな日本人が倫敦で魔術師やっているかは知らない。
 けれど神裂の言葉には確かな『現実感』がある。ただ自分の力に有頂天になるのでもなく、一つの現実として自分が強い事を理解している口ぶりだ。
  
 だが垣根は屈していない。
 ゆっくりと神裂の事を凝視して、
 
「ロンドンでも十指に入る魔術師だと。
上等じゃねえか。テメエが十指に入る魔術師なら、俺は学園都市で二指に入る超能力者だ」

 垣根帝督は立ち上がる。
 もうそこに焦りはない。ただ何時もの通り絶対の自信に満ち溢れた第二位の超能力者がいた。

「七閃」

 短い一言。
 垣根帝督の自信を打ち砕くべく神裂は必殺の七斬撃を放った。

「残念だけどな。解析完了だ」

「!」

 しかし七閃は垣根には届かなかった 
 何故か垣根に到達する前に減衰した七閃は、白翼によってあっさりと受け止められたのだ。
 垣根の白翼には七つの鋼糸がある。そう最初から刀は囮。刀を抜く瞬間が見えないのも無理はない。なにせそもそも神裂は刀を抜いていなかったのだ。刀を僅かに抜いたように見せて、その実は七の鋼糸により攻撃する。それが神裂火織の七閃の正体だ。

「騙されたぜ。魔術なんてオカルトのせいか攻撃全てが魔術によるものだって勘違いしてた。
だが蓋を開けてみればこうだ。魔術ではなく唯のワイヤーだかによる攻撃」

「……まぐれとはいえ七閃を防ぐとは驚きました。ですが」

 再度、神裂が七閃を放つ。
 だがそれも、垣根に到達する前に減衰し受け止められる。

「なっ!」

「理解してねえようだな。
それが魔術じゃねえっていうなら、どんなに威力が強かろうと、どんなに速度が速かろうと、そいつは所詮は『常識』の範疇なんだよ。そして俺の『未元物質(ダークマター)』に常識は通用しねえ」

 垣根が翼を使い飛翔する。事ここに至って漸く分かった。神裂火織は魔術ではなく肉弾戦による物理攻撃を主体としている。それならば幾ら強くとも常識の範疇内だ。既存の常識を塗り替える未元物質で防ぐことは容易い。

 それに例え魔術を使ってきたとしても関係ない。相手が魔術なんてオカルトを使うなら、使う暇も与えずこちらの科学(能力)で殲滅すればいいのだから。
 
 勝利条件も戦い方も分かった。
 後は実戦で試すのみ。でありながら神裂はというと。

「どういうつもりだ?」

 逆に戦闘の意思はないかのように刀を下ろしていた。

「状況が変わりました。謝罪します、貴方を手加減した状態で倒せると考えていたのは、私の考え違いです。貴方を相手にするとなると、私自身も本気を出さざるを得なくなる」 

「出せばいいじゃねえか」

「そうもいきません。貴方は学園都市において第二位にある超能力者。
つまり学園都市の重要人物です」

「まぁ、そうかもな」

 学園都市の闇というものを良く知っている垣根だが、それでもそこいらの能力者より遥かに自分の存在は希少だろう。ただそれは今の所自分の存在が学園都市の利益になるからであって、害になると判断されれば容赦なく排除しようとしてくるだろうが。

「世界が科学サイドと魔術サイドに分かれているのは」

「知っている」

「そうですか。なら話が早いでしょう。
先に言った通り、貴方が相手では私も本気を出さざるを得ません」

「だから出せばいいだろうが」

「そうもいかないんですよ。
現状科学サイドと魔術サイドは絶妙なバランスで成り立っています。
しかし、もしも魔術サイドの人間である私が、科学サイドの重要人物である貴方に重傷を負わせてしまい、なんらかの障害を与えてしまえば、そのバランスが崩れる可能性がい。最悪の場合は魔術と科学両サイドの戦争にまで発展する危険性を含んでいます」

 垣根にも事情が呑み込めてきた。ようや神裂火織が自分を相手するには本気になる必要がある。しかし本気を出せば、垣根に重傷ないし死亡させてしまう可能性がある。だから戦わない、と。

「じゃあどうする。大人しく尻尾撒いて逃げるか?」

「いえ、貴方に事情を説明し、貴方自身が納得して彼女を引き渡して貰おうと思いまして」

「事情を、説明だと……?」

「はい」

 微妙な沈黙が両者の間を漂う。
 だが時間にして数秒。垣根は口を開いた。

「聞くだけ聞いてやる、話せ」

「感謝します、少年。
改めて名乗ります。私はイギリス清教。必要悪の教会所属の魔術師、神裂火織です」

「必要悪の教会、だと。それって、まさか」

「そうです。私は彼女の同僚にして、大切な親友なのですよ」

「おいおい。大切な親友が何でその親友を追い回してるんだよ?
嘘吐くなら、もう少しマシな嘘吐け」

「嘘ではありませんよ。
私だって、やりたくて彼女を追い回している訳ではありません。
けれど、そうしなければ…………彼女が死んでしまうんですよ」

「死ぬ、だと?」

 垣根は思わずこの数日のインデックスを思い浮かべる。
 煎餅を勝手に食べたり、アニメを見て笑ってたり、人のベッドに入り込んで来たり、どう見ても死ぬ人間とは思えない。
 けれど不思議だった。神裂の言葉には先のそれと同じ奇妙な『現実感』がある。

「十万三千冊。彼女は膨大な量の魔道書をその完全記憶能力で記憶しています。
ですが、結果として彼女の脳の容量の85%が、魔道書の記録で埋め尽くされてしまったんですよ。だから彼女は残りの15%しか脳を使えない」

「……………………………」

「しかし完全記憶能力を持つ彼女は、その15%さえも、木の葉の形や色など、如何でもいい記憶で埋め尽くしてしまう」

「……………………………」

「だから彼女は1年ごとに記憶を消さなければ、脳がパンクして死んでしまう。
彼女が私を親友と気づかないのは当然です。
彼女には1年前からの記憶が消されているのですから。私たちの手で」

 神裂の言葉には確かな悔恨があった。
 悔しくて悔しくて堪らないが、それでも記憶を奪うしかない苦悩。
 垣根もまた、そんな神裂を見て顔面を蒼白にする。
 けれど垣根はどうにか声を絞り出した。神裂に向かって自分の心の内を教える為に。

「お前等、頭悪いだろ」




そんな訳でわりとあっさりと終わった垣根VSねーちん。

まぁ表向きは単なるLEVEL0の上条さんと違って、LEVEL5は重要人物だったから対応が変わったと思ってください。というより本気で激突したら、色々と街が破壊されそうで。



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