とある魔術の未元物質
SCHOOL31  奇 怪


―――焚書坑儒。
秦の始皇帝が儒者を弾圧し、儒教に関連する書物を焼いた事件である。
ただし現代の研究でこれが全くの偽りであり、そのような事実がなかったという事が分かっている。
このように歴史とは完全なる事実とは言い難く、慣れ親しんだ歴史がもしかしたら全くの事実無根だという可能性もあるのだ。








 ワシリーサが暴走し結果として垣根の修正を受けてから早一日。
 垣根とインデックスは直ぐにエリザリーナ独立国連合に向かうことなく、ロシア成教の教会で一夜を過ごす事になった。特にワシリーサがやけに協力的でエリザリーナ独立国同盟の実質的指導者であり名前の元となった人物でもある『エリザリーナ』に紹介状のようなものを書いてくれるらしい。
 過剰な親切を逆に不審に思った垣根が問いただしてみた所「ルリは偉大なり」などと訳の分からない事を言われた。
 なんにしても、ワシリーサとサーシャには借りを作ってしまった。何時か返さなければならないだろう。サーシャは兎も角、ワシリーサに返すのは抵抗感があるのだが。

「ふあ〜あ」

「第一の質問ですが、昨日は良く眠れましたか?」

「うんにゃ。ちょっと読書してたら思いっきり夜更かしした」

 教会にある一室で目覚めのティータイムに興じながら垣根が応えた。
 インデックスとワシリーサはまだ来ない。ワシリーサは分からないがインデックスの方はまだ寝ているのだろう。
 サーシャ曰く、垣根が目を覚ますまで寝る間も惜しんで看病していたらしい。どうやらサーシャ達のみならずインデックスにも借りを作ってしまったようだ。
 尤もインデックスに対しての借りなら腹一杯食わせてやれば簡単に返済出来るだろう。

「第二の質問ですが、一体どんな本を読んでいたので?」

「これだよ」

 ティータイムを興じながら読むつもりでいたのか、懐から一冊の本を取り出す。
 垣根の取り出した本をサーシャは物珍しそうにまじまじと眺める。

「私見ですが、これは様式からしてイギリスの…………初心者用の魔術書ですか」

「前にインデックスの事で色々とあってな。
俺の要望通り露出狂のエロ魔術師が律儀に置いてったんだよ」

 ちなみに魔術書には分厚い注意書きのメモが同封されており、絶対に能力者が魔術を使ってはならないなどと長ったらしく書かれていた。
 なんでも能力者が魔術を使うと、それだけでダメージを受けるらしい。なんでも知り合いに能力者兼魔術師という特殊な立ち位置の人間がいるらしく、それで知ったとか。
 
「第三の質問ですが、エロ魔術師とはなんでしょう?
もしかしてイギリス清教にもワシリーサのような変態が……」

「性格なら一応はまともな方だ。というよりあの年増女のような変態が何人もいれば世界は終わる」

「第一の解答ですが、同感です。ワシリーサのような変態は一人だけで…………いえ一人も要りません」

(そういえば絶対能力進化計画だと第三位のクローン二万体を量産してたっけな。
待てよ。もしもワシリーサの変態性を受け継いだクローン二万体なんてものが量産されたら……!)

 まず間違いなく、その時が地球最後の日になるだろう。
 垣根の脳裏に、二万体のワシリーサが世界中の美少女や美少年に襲い掛かっている光景が浮かぶ。

「ところで話は変わるが魔術っていうのも難しいよな」

「第二の解答ですが、魔術は貴方たち能力者のような『才能のある人間』に対抗するように生み出されたものです。
一応手順さえ完璧ならば誰にでも使えますが」

「違う違うそういう意味じゃねえ。
前は魔術のことオカルトって言葉で一括りにしてたが、魔術にもなんつぅか数学的な法則やらルーンを描く角度一つにしてもルールがあったりするんだよ。
中には俺が普段使ってる日用品の中にも、微妙に魔術的な意味があったりってな具合で。
単純なオカルトじゃねえ。魔術ってのは科学とは違うもう一つの『技術』だったってことだ」

「第三の解答ですが、魔術が最も一般的に知られていた神話や伝説の時代は、もしかしたら現代の科学社会よりも住みやすかったかもしれませんね」

「ちょっと前までの俺なら到底信じられない事だらけだ。こうやって『水よ(OL)』って言うだけで水が出てくるな――――――」

 垣根の言葉は途中で中断した。せざるを得なかった。
 何故ならばコーヒーカップから突然蛇口を捻った時のように水が噴き出してきたから。

「うお!? どうして突然水が出てくるんだ。俺はルーンも魔法陣も書いちゃいねえぞ!」

「だ、第四の解答ですが、恐らく詠唱にコーヒーカップに含まれる水の意味が反応したのだと思います!?」

 水は止まらない。
 コーヒーカップからは正に蛇口を思いっきり捻ったように水が噴き出し続ける。
 同じ水の魔術でもアックアのように数百tの水を操るなんて天災規模の魔術とは比べ物にならないが、それでも室内で水が噴射するというのは地味に厄介だ。
 今も垣根とサーシャに水が思いっきりぶち当たっている。ついでに床にも。そう、このようにダメージはなくても自分の服や床に掛かったりするので、室内で水魔術を行使してはいけないのだ。火事の可能性がある火よりかはましだが。

「サーシャちゃんとていとくんがびしょ濡れプレイと聞いて参上!」

「第五の解答ですが、何の脈絡もなく現れるなこの糞野郎!」

「認めないわよ。垣根×サーシャなんて主が認めても、この私が認めないわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「トチ狂ってんじゃねえ年増ァ! どうでもいいから水止めろ水ッ!」

「み、水に濡れたサーシャちゃん…………粋ね!」

「第六の解答ですが、死ねばいいのに」

 その後サーシャの水に濡れた姿を見たせいで狂戦士(バーサーカー)と化した殲滅白書最強の魔術師の乱入で混乱は激化したが、最終的には垣根の『水が止まらないなら蛇口を破壊すればいいじゃないか』という考えのもとコーヒーカップを破壊することで事態は収束した。
 ちなみにあくまで魔術でコーヒーカップから水が噴き出していたから成功したのであり、本当の蛇口を破壊すれば逆に大惨事となるので注意を。

「水濡れサーシャちゃん、あれは良いものだ」

「第七の解答ですが、ギロチンと絞首台どちらがお好みで」

「そんなサーシャちゃん! 絞首台で私とSMプレイがしたいなんて!」

「死ね」

 水に濡れても変態は変態のままだった。
 馬鹿は死ねば治るが、たぶん変態は死んでも治らないだろう。
 そう思わせるくらい変態だった。

「ところでさー、ていとくーん?」

「おいコラ。誰がていとくんだ、誰が!」

「そんなもの決まってるじゃない。あ・な・た・よ」

「ぶち殺すぞ年増」

「酷い! こんな乙女に向かって年増だなんてー!」

「第八の解答ですが、自分の年を考えたらどうです? 大体この前の任務でも夜更かしは肌に悪いとかほざいて、帰ろうとしたのはどこのどいつでしたか?」

「うーサーシャちゃんとていとくんが徒党を組んで苛めるー。これがニコライの爺なら首を刎ねて踏みつぶす所だけで、可愛いから許しちゃう!
ついでにていとくんもイケメンだから許す!」

「お前も苦労してるんだなサーシャ」

「第九の解答ですが、最近お腹が痛くて胃薬が欲しくなってきました」

「お腹痛い? ………………それは、もしかして妊娠――――――」

 サーシャは武器である金槌を思いっきりワシリーサの顔面に叩きつけた。
 普通の人間なら鼻の骨が折れるのが普通の一撃を喰らっても、いかな防御策を施しているのかワシリーサは鼻血が出るだけで済んでいた。

「第四の質問ですが、金槌とドライバーはどちらがお好みで?」

「既に振り下ろしてから尋ねる事じゃないわねぇ。サーシャちゃんったら相変わらず常識外れの破壊力なんだから。
でも安心した。その様子だと何処の馬の骨とも知らない男に孕まされた訳じゃないようねー。
大丈夫よ、サーシャちゃん。貴女の処女は私が美味しく頂くまで死守すぼぎょっ!?」

 今度はサーシャの魔術を使い本気で殴ったらしく、振り下ろされた金槌はワシリーサに甚大なダメージを与えていた。
 けれど変態はゴキブリ並みのしぶとさを持っており、残念ながら死ぬどころか気絶すらしない。

「もーう、照れ屋さんなんだからー。でもこうやって容赦なく殴られていると未知なる快感(テレズマ)がッ!」

「もういい加減にしてくんねえかな、わりと本気で」

「うぅ、サーシャちゃんだけじゃなくて、ていとくんまで苛めるぅー」

「だから、ていとくんは止めろ」

「そんなー。インデックスちゃんの求めに従い、甲斐甲斐しく貴方の心と体の傷を癒した私に、仇名で呼ぶことも許してくれないだなんてぇ。
貴方の体の事なら、なんだって知ってるのに」

「言っとくが、身体は兎も角心の傷なんてセンチメンタルなもんを癒された記憶はねえ。
っていうかその言い方は色々誤解されるから止めろ」

「でもー。治してあげたのは本当だし、仇名で呼ぶくらいは許してもらわないとねぇ」

 それを言われると、弱い。
 垣根は善人か悪人かと問われれば悪人に近いが、それでも外道でも恩知らずという訳ではない。
 理由はともあれワシリーサが自分の傷を癒したのは事実であり、なんだかんだいってエリザリーナ独立国同盟に行くことにも協力して貰っている。謂わば借りがあるのだ。
 
「チッ。まあ呼び名くらいならいい。で、何だよワシリーサ」

「ふーん。じゃあ遠慮なく聞くけど、どうして魔術使って生きてるの?」

「あっ。そういや…………そうだったな」

 能力者が魔術を使えば唯では済まない。
 そして先程の魔術を事故とはいえ行使したのは垣根本人だ。
 だというのに垣根の体は特になんともない。

「適当に詠唱して、そこら辺の日用品に秘められている魔術的意味合いが反応するっていうのは魔術の素人が稀にやっちゃう事故としてはポピュラーな方よ。
もしていとくんが普通の人間ならポピュラーな例が一つ増えちゃった、って終わりだけど」

「そりゃあれじゃねえのか。魔術ったって大した規模でもねえし、軍善負担がなかったんだろ?」

「それはないわね」

「どうしてだ?」

「私もちょーっとだけ深い部分にいるから知ってるけど、能力者が魔術を使うのは言ってみればロシアンルーレットのようなもの。
運悪く一発目で昇天しちゃうこともあるけど、運良く六発目まで耐えちゃう事もある。血管とか体が破裂する箇所によっても変わるし。
けど共通点は『能力者が魔術を使えば必ず重傷を負う』という一点」

「………………………………」

「その上で問うけど、貴方どうして無傷なの?」

「知らねえよ」

 ポツリと垣根が呟いた。
 嘘を吐いている訳でも誤魔化している訳でもない。本当に何も分からないのだ。
 大体垣根は魔術に関しては素人に毛が生えたようなもの。事故とはいえコーヒーカップから水が噴き出したのだから、簡単な魔術くらいは使えるのだろうが、それでも所詮は付け焼刃。
 垣根の知る神裂やステイル、サーシャやワシリーサには到底及ばないだろう。そんな垣根がワシリーサでも分からない魔術的問題が分かる筈ない。

「最初これは言うつもりはなかったんだけどねー。私がインデックスちゃんと会って駆けつけた時、もう既にただの『人間』なら確実に手遅れな段階だったんだよー」

「どういうことだ?」

「詳しい事は調べないと分からないけど、学園都市の人間だし変な改造されてるんじゃないのかなーって」

 変な改造と言われれば、能力開発そのものが変な改造に当たるかもしれない。
 けどこれまで垣根は脳に妙な機器を取り付けたりはしてきたが、人体を弄繰り回して改造人間になった覚えはない。

 だがふと一つだけ思い出したことがある。
 嘗てインデックスの『首輪』を破壊するべく、その術式を逆算しようとした時。
 あの時、自分自身の体内に『未元物質(ダークマター)』を生成しなかったか。
 未元物質は正真正銘この世に存在しない物質だ。だから既存の法則には従わないし、未元物質に接触した物体も独自の法則で動き出す。
 そんな未元物質を自分自身の体内に大量生成した。あの時は無我夢中で自分がどのような未元物質を生成したのかすら良く覚えてもいないし、もう一度同じことをしろと言われても無理だろう。
 けどもしそれが巡り巡って垣根帝督の肉体そのものの法則を塗り替えてしまっていたら。

(これは仮説に過ぎねえ。だがあの時、体内に未元物質を生成した後と前じゃ体に掛かる負担が段違いだった。
出来れば調べてえが未元物質によって変化した肉体の解析なんざ、学園都市にある特別な器具でもなけりゃ不可能だ。
今から学園都市に帰る訳にもいかねえし、諦める他ねえか)

 重要なのは魔術を『使える』ということだ。
 仮説に次ぐ仮説が本当に正しいのならば、垣根帝督は能力者でありながら魔術師にもなれるということだ。

「それともう一つ、はいこれ」

 ワシリーサが垣根の封筒を渡す。
 
「これは?」

「エリザリーナへの紹介状。
面識はないけど、殲滅白書の事くらい向こうも聞いた事あるから役に立つと思うよー」

「…………借りが出来ちまったな」

「いいよん。私も良いルリを見させて貰ったしねー」

 その時、パタパタと廊下を走る音が聞こえてくる。
 インデックスが目覚めたのだろう。また騒がしい時間が始まる。
 垣根帝督は呆れながらそう思った。




わーい本作最後のご都合主義発動だー。という具合で変態ワシリーサと魔術師なていとくんでお送りしました。
さて垣根の実力が上がりそうなので、難易度もベリーハードからKAKINE MUST DIEへと移行しましたw これからは単なる雑魚キャラですら無茶苦茶強くなるでしょうw



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.